パーン・パーン・パーン! ー飛空艇事故の真実と真相ー 作:鈴本恭一
○レイル=バルタザーレ(カカナ連邦 飛空艇事故調査委員会 クレインフライ飛空353便不時着事故調査チーム主任捜査官)の証言
私がフンド国際空港に到着したのは、353便が着陸に成功した翌日の早朝でした。
滑走路34Rに降り立ったオーディシアス号型は、朝日を浴びて鈍く輝いていました。
『これはひどいな……』
その姿は痛々しいものでした。
クレインフライ飛空の鮮やかな緑の塗装は完全に剥げ落ち、材質が完全に露わになっていました。
操縦室の窓も研磨されたように傷だらけになり、透過性は完全に死んでいたでしょう。
エンジンのファンブレードからは灰色の砂のようなものが夥しく零れ落ち、土の中に埋められていたかのような有様でした。
それでも、世界最高性能の双発ジェット飛空艇は、車輪も翼も失うことなく滑走路に降り立っていました。
最初に接地した場所は滑走路のほぼ末端で、もう少しで末端灯と接触するところでした。
しかしぎりぎりのところでそれらを飛び越え、オーディシアス号型は滑走路を外れること無く減速し停止しました。あの操縦室の窓を見た後では、とても信じられないことです。
『火の鳥……不死鳥、フェニックスか。まさか生きている間に見られるとは』
クレインフライ飛空353便を墜落寸前にまで追い詰めた相手に、私は感嘆しました。
フェニックスは伝説の生き物です。
火山で生まれ、火山で死に、千年以上という長い年月をかけて再び火山から蘇る不死の生物。
そう伝えられていました。
伝承の中でしか知らない生き物でした。魔術学会ですら、そのサンプルはごく僅かしかありません。既知でありながら未知の存在。幻想生物です。
そんな生き物と遭遇した353便にはどんなことが起きたのか、そしてどうやって生き延びたのか、他の飛空艇はどう対策すれば良いのか。
それを調べることが、私の任務でした。
まずは鉄則通り、353便から黒箱を回収しました。
飛空データを記録したFDRと、操縦室の音声記録であるCVRは、特に損傷も見られず無事に回収できました。
当時のエデ帝国には黒箱の解析装置がないので、カカナの事故調査委員会の本部に輸送しました。
解析結果を待つ間、私達はフンド空港にあるクレインフライ飛空のオフィスへ行き、整備部門の協力を得ました。
『これが、353便のクイックアクセスレコーダーから得られたデータです』
魔術師である魔導情報管理者が、大きな魔導卓の画面にそのデータを映し出しました。
そこにはセントラル空港で起動し、フンド空港で機能を完全停止させられるまでの飛空艇の情報が大量に映されていました。
『すごい情報量だな』
あまりの量に、思わず面食らってしまいました。
管理者は苦笑し、
『普段は全てを確認したりはしません。飛空ゴーレムが問題のあるものを見付けてそれを私達に教えます、対処法と一緒に。今回はどれが何に役立つのか分からないので、とりあえず全部を出してみたんです』
クイックアクセスレコーダー(QAR)は、普段からの整備や運航のため、飛空艇が自身の情報を収集し記録する装置です。
魔導衛星に対応した飛空艇は、その情報を衛星経由で飛空会社へ常時送信しています。353便も同様でした。
『353便が探知魔法から消えたのと同じタイミングで、衛星からの情報通信も消えました。
なのでユーオークさんが無事に着陸できなかったら、こうやってQARの中を見ることも出来ませんでした』
管理者の言葉に、私は頷きました。
QARは言うなれば、簡単に情報を取得できるFDRです。しかしあくまで通常の整備用に用いるもので、黒箱のような頑丈さはありません。
『エンジン関連のところを見せてくれ。墜落しかけた原因はそこだろう』
管理者は私の望み通りに情報を抽出してくれました。
『………これだ。ファンブレードへの衝撃探知、圧縮空気の圧力異常と異常燃焼。フェニックスの出した異物が混入したんだ』
既にエデ帝国の魔術師達が、353便から回収された物質の解析を行っていました。
皮膚や羽根、鱗といった生物的な素材と火山灰の中間のようなもので、フェニックスの体表から噴き出たものでした。
『エンジンに吸い込まれた体表物は火山灰と同様に高温で融解し、その粘着性で圧縮機に取り付いた。異物まみれになった圧縮機は本来の性能を出せず、火と風の精霊のバランスが崩れ、異常燃焼を起こした』
『異常が出たのをゴーレム達が報せて、ユーオークさんたちはエンジンが壊れる前に停止させました。停止命令の受信と実行も記録されてます』
『確かに。なんとか推力を絞って飛んでいたが、最終的には2つのエンジン全てが止まった』
どことも連絡が取れず、エンジンは止まり、現在位置も見失いかけていたのですから、その時の353便はどれほど恐怖していたでしょう。
よく復旧できたものだと思いました。
『……ここか、エンジン始動指示が何度も来た。そしてエンジンが再び始動した』
私は出力のなくなっていた2つのエンジンが、急にその性能を取り戻したタイミングを発見しました。
『エンジン再始動と同時に、通信魔導器具の全てが外部との接続に成功しました。弊社の運行・整備部門にも魔導衛星経由で情報がやって来ました』
『妨害されていた通信魔法が正常に通じるようになった。フェニックスの体表物が撒き散らされた領域を抜けたおかげだ』
353便を苦しめていた異物が消えた後、オーディシアス号型はまさに息を吹き返しました。
『エンジン内部に取り憑いていた体表物も、エンジン停止で冷えて固まり、粘着性を無くして吹き飛ばされた。だからエンジンが復活した』
QARには、無数のゴーレム群が自己診断や自動機能で正常な飛空を取り戻していく様が見て取れました。
『その後は問題なくフンド空港まで近付き、滑走路への着陸態勢に入った』
あと数分で着陸するという、その時でした。
353便に最後の試練が襲いかかったのは。
『………着陸直前、エンジンがまた異常状態になった。500フィートの低空状態で、フェニックスに襲われたからだ』
またしてもエンジンを失った353便には、再始動させる時間も高度も速度もありませんでした。
推力なしの353便は絶体絶命でした。
そのままではまず海面に墜落していたでしょう。
……ユーオーク機長の取った行動がなければ。
『ここがすごい。フルにしていたフラップを、一段階もどした。空中浮力が欲しいあの状況で』
353便はフラップを着陸用としてフルの位置に設定していました。最大展開です。
しかしその位置では角度が強すぎて、風の流れに引っかかってしまい、速度が出ません。
機長はこの抵抗を下げようと、フラップをフルの位置から一段階あげたスリーの位置に変えました。
『フラップが最大展開から少し引き戻されて、風との抵抗が下がって降下角度が緩んだ』
風との抵抗が下がって速度は上がりますが、空中浮力は減ります。
フラップを戻しすぎれば、空中浮力を失いやはり墜落していました。
機長が選択したフラップの位置は、風の抵抗と空中浮力の、そのとき許されるぎりぎりの位置でした。
『そのおかげで滑走路になんとか辿り着いた。その後の滑走路での操縦といい、並大抵の技量ではない』
『さすがユーオークさんです』
クレインフライの管理者は誇らしげに言いました。
『あの人は弊社でも指折りのベテランで、最新機種にもどんどん乗り換えてました。飛空時間だけじゃ無くてトラブルの対応経験も完璧で、何度も表彰されてます。フェニックスに遭遇したのがあの人の便だったなんて、本当に幸運でした』
整備部門の人間にさえそう言われるほど、ユーオーク機長の社内での評判は非常に高いものでした。
実際、ユーオーク機長らが取った行動はほとんど完璧なものでした。
そのため、今回の事故調査では対フェニックス災害の対策に重点を置けば良いと思いました。
が、
『………これは、なんだ?』
QARの操作方法を教えてもらい、自分でも検分をしていると、あるデータが気になりました。
『自動操縦ゴーレムの高度設定か』
それは事故直前、不明領域に入って通信不能になる前のデータでした。
機長席の自動操縦ゴーレムの高度設定が変更されていました。
『高度33,000フィートを設定した後、しばらくしてその高度を変更している………4,000フィートだと?』
その数値は明らかに異常でした。
『通信不能になる前と言うことは、降下許可をまだ取っていない。予定していた魔導灯台を通過していないからだ』
『降下に備えてたんじゃないですか?』
管理者の言葉に、私は頷きませんでした。
完璧を体現したようなベテランのユーオーク機長が、降下許可を得る前にこんな高度を設定するものでしょうか?
これは、調査官の勘のようなものでしたが、飛空データだけでは分からない何かがあると告げていました。
『操縦室の音声を聞かなければ』
幸い音声が記録されたCVRは、ほぼ完璧な保存状態だったため、思ったよりもすぐに解析できました。従来より高速で抽出可能な新型で、記録された音声も明瞭でした。
そこに記録されていたのは、やはり不可解なものでした。
『………機長に尋ねるしかないな』
こうして私は、ユーオーク機長への聴取を行うことにしたのです。