パーン・パーン・パーン! ー飛空艇事故の真実と真相ー   作:鈴本恭一

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クレインフライ飛空353便エンジン故障事故⑭:真実

 

 

 

 

 

 

○レイル=バルタザーレ(カカナ連邦 飛空艇事故調査委員会 クレインフライ飛空353便不時着事故調査チーム主任捜査官)の証言

 

 

 ゴロー=ユーオーク機長は、フンド空港の会議室を借りた調査室での聴取に快く応じました。

 

『まずは敬意を。あの難しい状況下で生還したあなたの操縦技術は、本当に素晴らしい』

『ありがとうございます。けれど生還が出来たのはオーディシアス号型の高い飛空性能と、副操縦士や管制やカオティックブルー号の力と、幸運のおかげです』

 

 ユーオーク機長は穏やかに謙遜し、緊張の無い様子で私の質問に答えてくれました。

 

『では、スンスス山の噴火情報については、事前にご存じだったんですね』

『はい。離陸前に弊社のディスパッチャーとも確認と相談をしました。噴火の警報が出た場合の予想範囲と迂回航路についても計画し、交通管制の承認を得ていました』

 

 機長の受け答えは明瞭でした。

 話し方も柔和そのもので、知的な紳士を絵に描いたような人柄でした。

 クレインフライ飛空の様々な社員から尊敬を受けているのも頷けました。

 

 だからこそ、彼に尋ねなければならないことが、私にはありました。

 

『キヨタの飛空交通管制部との通信記録も拝見しました。魔導灯台"ギャラッド"へ向かい、高度33,000フィートを飛ぶよう指示されましたね』

『はい。そのすぐ後に例の現象が始まり、"ギャラッド"へは行けませんでしたが』

『キヨタ・コントロールとの通信が終わった後、ダイアクラブ副操縦士が離席しましたね?』

『はい、降下前なので彼はトイレに行きました』

『伺いたいのは、そこなのです』

 

 私は核心の質問を投げました。

 

『ダイアクラブ副操縦士が離席し、ひとりになった後、どのような操作をされましたか?』

 

『……』

 

 ユーオーク機長は穏やかな表情を変えず、しかし何も答えませんでした。

 私は続けて、

 

『黒箱の記録から、ダイアクラブ副操縦士がトイレから戻り、操縦室の入り口のブザーを鳴らしたとき、まだあの現象は起きてないことが分かっています。

 しかし、操縦室のドアは開かなかった。

 その時はまだ、なんのダメージも受けていなかったのに』

 

 私は尋ねました。

 

 

『なぜ、操縦室のドアを開けなかったのですか?』

 

 

 ユーオーク機長は、すぐには答えてくれませんでした。

 しかし辛抱強く待ち、彼の様子を伺っていると、その表情に強い疲労が浮かぶのが分かりました。

 

『………操縦士として恥ずべきことですが』

 

 彼は重く口を開き、

 

『何も、憶えていないのです』

『え?』

 

 私は目を丸くしました。

 

『ダイアクラブくんが一緒にいた時までは、確かに記憶があります。が、彼が席を立ち、ひとりになった後の記憶がひどく曖昧なのです。信じては頂けないでしょうが、あの不死鳥の現象が起きるまで、自分が何をしていたのか、何を考えていたのか、自分でも分からないのです』

 

 驚く私に、機長はひどく疲れ果てた声で言いました。

 芯のない、心ここにあらずという感じの弱い声でした。

 

『憶えているのは、あの赤い光の群れの中から、見たことも無いほど大きな眼が、私の目を射貫いたことだけです。

 ……そこから、私の意識や記憶がはっきりしていきました』

 

 そのとき、ユーオーク機長の声が芯を取り戻しました。

 まるで事故の時の操縦室での様子を再現するかのように。

 

『あの眼に睨まれたとき、私のどこかが「非常事態だ、ゴロー、訓練通りにすぐ動け!」と叫んだのです。私は咄嗟にストームライトを点け、その直後に落雷が起きました。

 落雷の後、ダイアクラブくんがブザーを鳴らしたのは憶えています。私はダメージチェックに一通り目を通してから、操縦室のドアを開けました』

『………なるほど』

 

 ユーオーク機長の証言に、私は頷くことなく確認しました。

 

『つまり、その、ダイアクラブ副操縦士が落雷の前、最初にドアを開けるようブザーを鳴らしたときのことも、あなたは憶えていない、と?』

『お恥ずかしながら、その通りです』

『では、ダイアクラブ副操縦士が席を立ってあなたひとりになったとき、自動操縦ゴーレムの高度設定を変更したことも、憶えていませんか?』

 

 印刷してきたQARのデータを、ユーオーク機長に見せました。

 彼は首を横に振りました。

 

『分かりません。降下に備えて予定高度を設定しようとしていたのか、現在の維持高度を勘違いしたのか』

 

 静かにため息をつき、ユーオーク機長は背筋を真っ直ぐ整え、

 

『ミスター・バルタザーレ、フェニックスとの遭遇で対応が遅れたのは、私の過失です』

 

 私を真摯に見詰めて言いました。

 

『ダイアクラブくんがいないとき、私は正常な業務遂行能力を無くしていました。責められるのは私であり、ダイアクラブくんを始め乗員や管制官、カオティックブルー号の方々は力を尽くしてくれました。彼らに落ち度はありません』

『それを調べるのは私の仕事です』

 

 私は機長にはっきりと言いました。

 

『またこの調査の目的は再発防止の策定です。犯人捜しでも粗探しでもありません』

 

 機長は勘違いをしていました。

 事故調査官は、けっして裁く者でも断罪する者でもないのです。

 もしそうであれば、誰も真実を私に話しはしないでしょう。

 

『失礼ですが、あなたの健康診断を調べさせてもらいました。肉体的な疾患がないことは承知しています』

『しかし私は現に』

『ええ、ですのでこの問題の焦点はそこです。事前にそういった状況、つまり操縦士がひとりの時、何かしらの理由で操縦室のドアを誰も開けられなくなるという状況は、どこでも起こりうるということです……あなたなら、どのような対策をしますか?』

 

 私はユーオーク機長に尋ねました。

 

『……まず外から開けられる仕組みが要ります。暗号式がシンプルでしょうか。しかしその暗号を何かしらの手段で知られた場合に備え、操縦室から暗号を無効化し籠城するモードも要るかも知れません。

 ただもし手違いで操縦士ひとりのときに暗号無効化をし、完全な籠城に気付かず操縦士が意識不明になれば、そこで万事休すです。この兼ね合いは難しいでしょう』

 

 機長はしばし考え、

 

『最も簡単で確実なのは、操縦士がひとりにならないよう、席を立つときは客室乗務員等を代わりに操縦室へ入れることです』

『なるほど』

 

 ユーオーク機長の意見は道理にかなっていました。

 その時の機長の目には、理知と思慮の光が静かに灯っていました。

 

 そしてフェニックスに遭遇した後の部分の聴取を取り終えるまで、その光が消えることはありませんでした。

 彼は完璧な操縦士でした。

 あの不可解なひとりの時間を除いて。

 

『……以上です、ご協力に感謝します、機長』

『いえ、私でお役に立てれば』

 

 こうして機長への聴取が終わりました。

 最後に、ユーオーク機長は私に尋ねました。

 

『フェニックスへの対策は、どうなるでしょう? あれは汎用探知魔法には引っ掛からないと聞きましたが』

『魔術学会が対不死鳥用の探知魔法を開発しています。353便には大量の体表物が残留していたので、反応を特定するのは容易いそうです。ほどなく完成するでしょう』

『探知できるようになった、その後は?』

『平行して不死鳥除けの魔法を開発中です。こちらはカオティックブルー号の魔術師が簡易版を既に作っているので、それを基にさらに有効と思われる魔法を数種類準備して、実際に有効性を確かめる計画です』

『実際に……つまり』

 

 私は機長に頷きました。

 

『今度はこちらが、不死鳥を追い立てるのです』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○ロック=ダイアクラブ(クレインフライ飛空353便 副操縦士(当時))の証言

 

 

 あの事故から1ヶ月が経ち、私たちはカカナに戻りました。

 聴取や診断、休養などのためしばらくは業務に就けませんでした。

 私も自宅で過ごしていました。

 そこに同僚から連絡があったんです。

 その連絡を受けて、私は慌ててクレインフライ飛空の本社に向かいました。

 

『機長! ユーオーク機長!』

 

 バッグひとつで帰ろうとするユーオーク機長を社内で見付け、慌てて声を掛けました。

 ユーオーク機長は小さく笑って、

 

『もう機長ではないよ』

 

 その言い方に、私は強いショックを受けました。

 

『………本当なんですか? 退職願を出したというのは』

 

 ユーオーク機長は、はっきり頷きました。

 

『先ほど運航部長に提出した。問題なく受理されるだろう』

『なぜ? どうしてです?』

『事故調査委員会の第一報告書は、君も読んだろう? 私は君の操縦室への入室要求に応答できなかった。意図不明の操作もしている。飛空艇を預かる機長としてあるまじきことだ』

 

 機長の言葉は静かでしたが、強い意志を込めたものでした。

 私は納得できず食い下がりました。

 

『しかし機長は回復し私を操縦室へ入れました。

 事故調査委員会の報告書にも、操縦士が一人の時に不良になった場合の想定がオーディシアス号型にはないので対策を勧告するというだけで、機長に責任があるとは一言も言っていません』

 

 乗っ取り対策に防犯装置を備えたのは、オーディシアス号型が初です。

 そのため前例がないので、どういった事態が起きるのかを全て把握することは不可能でした。

 

『診断と休養を取って、復帰用の操縦能力テストを受けるべきです、規定通り。そこで問題があった時に、改めて決断すれば』

『違うんだ』

 

 機長は、穏やかに私の言葉を遮りました。

 そしてゆるやかに首を横に振りました。

 

『違うんだ、私はもう飛べないんだ』

『どういう意味ですか?』

『飛ぶ理由は、もうないんだ』

 

 とても哀しい顔をしていました。

 完璧な操縦士とは思えない、機長の本当の表情でした。

 

『……息子のことを、憶えているかな』

 

 機長は言いました。

 

『息子は難産だった。妻は息子を産んですぐ亡くなった。

 男手ひとつで育てた。君と同い年くらいだった。利発で、私の祖父に似たのか、山に登るのが好きな子だった』

 

 機長は微笑みました。

 小さな幸せのある、優しい表情でした。

 それが次の瞬間、一瞬で消えました。

 

『あるとき、息子は病気になった。

 難病だったよ。治療薬はない。症状を和らげて延命させることしかできない。それにはひどく金が掛かった。

 私は必死で働いた。どんどん飛んだ。他の人間の代わりを進んで申し出た。新型にも挑んだ。飛空時間も稼ぎも増えた。息子を生き長らえさせるためだけに、私は飛んだ』

 

 だが、と機長は言いました。

 

『だが結局、息子は死んだ。

 私が飛ぶ理由はない。惰性で飛んでいただけの一年だった。私の操縦士の全ては、息子と共に消えたんだ』

 

 その声に震えはありませんでした。

 どこまでも静かで、熱の無い、悲しささえ枯れた声でした。

 

『私のどこかが私に言った。

 「お前の息子はもういない。お前のこれまでの努力は全て無意味になった。お前は無駄だ」と。

 その通りだと思った』

 

 機長は言いました。

 

『だから、私はもう飛べない』

 

 ……その時は知らなかったのですが、機長の退職願を受けたとき、運航部長はおろか社長と会長さえ出てきて、引き留めの説得を行っていたんです。

 ユーオーク機長は我が社で最優秀の操縦士でしたし、この事故の英雄でした。

 機長を説得する様々な方法を、彼らはもう試していたんです。私よりもずっと前に。

 そして、その全てをユーオーク機長は退けました。

 

 誰が何を言おうと、機長はもう飛ばないのです。

 

 しかし、私は、

 

『………機長は、私達を生還させてくれました』

 

 機長に言いました。伝わってくれと願いながら。

 

『息子さんのために磨いた技術が、私達392人を死なせませんでした。それだけはどうか、憶えていてください』

 

 無駄などではない、と。

 

『……』

 

 機長は顔を背け、私を見ず、立ち去ろうとしました。

 しかし私に背を向ける直前、一言だけ、私は確かに聞きました。

 

 

 

『―――――――――――ありがとう』

 

 

 

 それが、ユーオーク機長を見た最後でした。

 

 

 

 

 

 退職願を出した一週間後、ユーオーク機長は、エデ帝国のオン島で亡くなりました。

 

 滑落死でした。

 

 息子さんと一緒に登った、ゴジンカ山で。

 

 

 

 

 

 

 

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