パーン・パーン・パーン! ー飛空艇事故の真実と真相ー 作:鈴本恭一
○アントニオ=ベルナルディ(ソルン共和国 ソルン市警刑事部 特殊事件課 突入救助班 教導係。突入教官)の証言
『ヴィンセントもブルーノも来れない?』
特殊事件課のオフィスに出動して、ピエトロ課長に聞かされた言葉に僕は耳を疑いました。
『どういうことです? 2人は突入班の隊長と副隊長ですよ? 来れないなんてことないでしょう?』
『軍が持っていった』
課長がむすっとした顔で言いました。
『有事の際の編成権は軍にある、大陸陸上の期間中はな。知ってるだろ? 軍の人間以外の、他部署の人員で構成するサブチームがある。取り決め通り2人はそこに入れられて、選手村の方に行ってる。2人とも事前の招集リストに入ってたからな』
『それは2人のうちどっちかって意味ですよ。2人とも一度に行かれたらうちの指揮を執る人間がいなくなる』
『俺もそう言ったよ。だが軍は事前に決めてあった通り、の一点張りだ。聞く耳持ちゃしない。とにかく今回の件の決定権は軍にある。これ以上の抗議は逆に俺たちが牢屋にぶち込まれかねない』
『………で、ハイジャックの方は誰が指揮するんです?』
僕は薄々この緊急招集の意味を理解してたので、課長の次の言葉にも驚きませんでした。
『お前だよ、アントニオ=ベルナルディ警部。残った人員で突入班を編成してる。全員お前の生徒だ、顔見知りだよ、指揮はしやすいはずだ』
『飛空艇への突入は建物やバスとは違います。施設がないんでそっちの訓練経験は少ない。ぶっつけ本番は無理です』
『分かってる。引退した飛空艇の中に、ハイジャックされた飛空艇と同じ機体がある。それを訓練用として徴収した。ソルン空港の整備用格納庫に来るはずだ。チームもそっちに向かってる。資料を渡すから、空港に着くまでに訓練内容を考えてくれ』
『今からですか?』
『時間がないんだ。あっちは待ってくれない』
『了解』
突然でしたが課長の言うことももっともなので、僕は渡された資料を受け取り、何をするべきか、何をさせるべきかフル回転で考え始めました。
『アントニオ』
オフィスを出る直前、ピエトロ課長が言いました。
『……試合の件は、すまなかった』
魔剣闘技の試合は、欠場になりました。四魔協には連絡済みでした。この場合、僕の不戦敗として処理されます。
会見までした試合を土壇場で反故にするのは、魔剣士では大変な恥と見なされます。
それは臆病風に吹かれた弱虫というより、対戦相手への敬意を欠く無礼者ということです。
斬る名誉や斬られる名誉を相手に与えなかったのですから。
僕は課長に首を振り、
『それは僕の領分です。課長の領分じゃありません』
一瞬だけ浮かんだフラトコフ殿の顔を頭の隅に追いやって、空港へ向かいました。
○マルコ=スペンサー(セルトリア飛空2112便 機長(当時))の証言
犯人達はひとしきり要求を宣言し終えると、操縦室の私達に命令しました。
『燃料の補給を指示しろ。補給でき次第、カカナに飛べ』
私は眉をひそめました。
『機関士と相談して計算する必要がある。彼と話させてくれ』
『最大まで補給しろ』
『多すぎる。ワッサタウン空港までならそんなには要らない』
『いいから最大まで補給しろッ!!』
犯人が怒鳴りました。
手に持った模造魔剣を私に突きつけながら。
私はそれを見据えながら、彼らに言いました。
『………消費量の問題だけじゃない。燃料は重量物だ。重すぎて飛べないかもしれない』
『嘘をつくな。燃料を一杯にしたら飛べなくなるとでも言うのか? そんな無意味な設計があるか?』
『飛空艇は車とは違う。積まなければならない人や荷物がものすごく少なければ、最大燃料でも飛べる。だが実際にはそんなことはない。
飛べたとしても離陸重量だけじゃなく着陸重量のこともある。重すぎて着陸時に破損したり停止できないこともある。それを計算して許容範囲内に―――』
『黙れっ!』
私は、頭を殴り付けられました。
副操縦士のジョバンニが思わず立ち上がろうとし、もうひとりの翼人が彼を剣で制止させました。
『竜人文明に汚染された人間の言葉など耳に入れたくない』
私を殴った犯人は改めて刃を首に当て、低い声で脅しました。
『空港に言え、燃料を補給しろ、乗客がどうなっても知らんと』
○アントニオ=ベルナルディ(突入救助班。臨時隊長(当時))の証言
僕はソルン国際空港の国内線ターミナルで、訓練用の飛空艇が来るまで待機していました。
格納庫で待っていても良かったんですが、あそこは管制塔とハイジャックの通信魔法が聞き取りづらい位置にあったので、急いでターミナルまで移動したんです。
そのおかげで、ハイジャック犯が燃料補給を何度も激しく要求していることを知りました。
『なんでそんなにカカナに行きたがってるんだ?』
僕は無人になった待合所で独り言を零しました。
空港は緊急封鎖され、離着陸を予定していた便は中止か他の空港に回されました。待合所には誰もいません。
と思ってたんですが、
『カカナ連邦が嫌いだからでは?』
後ろから唐突に話しかけられて、思わず立ち上がりました。
振り返ると、そこには白い髪をボブにしたサングラスの女性がひとり。
『……ニコレッタ=ネロ?』
『後ろからすみません。思わぬお人を見かけたのでつい』
ハンチング帽を被った彼女は、人懐っこい仕草で私の隣に座りました。
『いえ、構いませんよ。それより、なぜあなたがここに? 国際線ターミナルではなく?』
『あちらはもう他の局や人でいっぱいです。みんなと同じ所で同じものを見ても何にもなりません。
思い切って国内線の方に来てみたら、ベルナルディ魔剣士がいらっしゃってびっくりしました。でも私もあなたをびっくりさせたようで、ごめんなさい』
『いえ、ここまで近付かれて、声を掛けられてやっと背後を取られたことに気付くとは、未熟で恥ずかしい限りです。あなたが魔剣士でデビューしたら、僕の今の地位は危ういな』
『まぁ嬉しい。お前は存在感がないってよく言われます』
『神秘というのは目に見えないものです。あなたには魅力的な神秘がある………ところで、先ほどのはどういう意味です?』
つい口説こうとしたのを自制し、僕は彼女に問いかけました。
『先ほど………ああ、犯人達がカカナに行こうとする理由ですね?』
『はい。カカナ連邦が嫌いだから、とおっしゃってましたが』
そうですね、と彼女は口元に手を当て、言いました。
『大陸でカカナ連邦が建国された当時、翼人の住む土地は連邦の領土外でした。
翼人の土地はそこまで魅力的なわけではなかったので、当初は特に問題になりませんでした。
が、彼らの土地の多くで古代竜人文明の遺跡が発見されると、何もかもが変わりました』
白髪の彼女はまるで教師のような静かな口調で、カカナと翼人の歴史を説明しました。
僕は女性教師という単語に魅惑を感じながら、学生のように耳を傾けました。
『カカナ連邦は喪われた古代技術を翼人が独占していると非難して、大規模な調査隊の派遣認可を求めました。
一方、翼人側は調査隊を招き入れることに強く抵抗しました。一度調査隊が遺跡に着けば、それはもう遺跡を中心とした街になり、実質的にカカナ連邦が土地の支配者になる。そういった事態が頻発したからです。
もし全ての遺跡がそうなれば、翼人は残されたとても狭い土地に追いやられます。そもそも翼人は古代竜人文明を忌まわしいものとして封印し続けるのが習わしです。
何もかもがカカナと翼人の間で衝突し、ついに争いになりました。
そしてカカナが勝利し、翼人は土地を奪われ、狭い居留地で暮らさざるを得なくなりました。なので翼人のカカナへの恨みは歴史的なものなんです』
根深いものでしょうね、と彼女は言いました。
『……カカナ連邦に恨みがあるのは分かりました。けど、それならなぜソルンの便をハイジャックしたんでしょう? 連邦内でやる方が手っ取り早くないですか?』
『さあ、そこまでは。そもそもどうしてソルン空港に着陸したのかも分かりません。カカナに行く便だったんですから、わざわざソルンに降りる必要はなかったはずです』
僕も彼女も首を傾げました。
僕の任務は捜査ではないですし、彼女も僕から何か聞き出すという感じではありませんでした。本当にただの雑談でした。
『ただ、翼人がハイジャック犯というのは、ある意味厄介ですね』
白い髪の先をもてあそびながら、彼女は言いました。
『ご存知ですか? 翼人は魔導器具なしで、自力で飛ぶことができるんです』
『まあ、あの翼が飾りではないと思ってましたが』
とはいえ僕が実際に会ったことのある翼人はひとりしかなく、しかも飛べない翼人なので、正直言えば翼人のことはあまり知りませんでした。
『雷神にして空の神ティーシャクーティンに仕えることを許された翼人は、創造神から飛空の神秘を与えられました。速度と高度こそ飛空艇には及びませんが、その気になれば飛んでいる飛空艇から飛び立つことも出来るそうです』
『なるほど、確かにハイジャック向きだ』
僕は頷き、
『けど実際には難しいでしょう。ジェット飛空艇から飛び出たらエンジンに吸い込まれたり尾翼に当たったりします』
『まあそうですね。だいぶ良い具合の場所から飛び立たない限り現実的ではありませんね』
『そもそも、脱出するならなんでハイジャックしたのか? という話になります。目的達成のための脅迫材料なんだから、自分達だけ脱出しても…………脱出?』
僕はその時、何かが閃いた感じがしました。
頭の中でぐるぐると閃きが連鎖し、火花のように考えが巡りました。
とても恐ろしい考えに。
『連中は……まさか……』
『ベルナルディ魔剣士?』
『ありがとう、ニコレッタ=ネロ。申し訳ないが急いで行かなければならないところが出来ました』
僕は彼女に握手をしました。
信じられないほど細く小さな、冷たい、現実感のない淡雪のような白い手でした。
今でもあの感触をよく覚えています。
『何かのお役に立てたのなら幸いです。ご武運を』
彼女は朗らかに笑ってそう言いました。
僕は彼女と別れ、大急ぎで待機中の突入班本部に連絡しました。
『連中を離陸させるな。奴らの補給要求は絶対に拒否しろ』
『なんだ? どうしたんだアントニオ?』
『連中はたぶん離陸したら二度と着陸しない。離陸さえ出来れば勝負は決まったと思ってる』
『どういう意味だ?』
『とにかく飛ばさないようにしないとまずいんだ。何が何でも』
『いつまでもは無理だ。嵐でも来ない限り、あいつらは無理矢理に離陸しようとする』
『分かってる。だから今から協力を取り付けにいく』
『どこに?』
僕は言いました。
『――――――――嵐を呼ぶ魔剣使いのところに』