パーン・パーン・パーン! ー飛空艇事故の真実と真相ー   作:鈴本恭一

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セルトリア飛空2112便ハイジャック事件④:魔剣使いたち

 

○マルコ=スペンサー(セルトリア飛空2112便 機長(当時))の証言

 

 空港に補給を要請してしばらく経ちましたが、なんの返答もありませんでした。

 犯人達はどんどん苛立っていきました。

 

『もう一度言え。燃料を補給しろと』

『………ソルン・グラウンド、セルトリア2112、燃料の補給を要請します』

 

 しばし待つと、地上管制から通信が入りました。

 

『セルトリア2112、人質を解放する意図があることを保証して貰わない限り、補給要請は承認できない。女性や子供、老人を解放し、人質解放の意思があることを速やかに示せ』

『……だそうだ』

 

 私は犯人達を見やりました。

 彼ら2人は私達を監視しながら、相談を始めました。

 

『どうする、一部を解放するか?』

『駄目だ。人質の数が想像以上に少ない。数を減らせばそれだけ連中が強引に動き出す。犠牲の数は多くないと意味がない』

『じゃあ……』

『……旅券を調べさせろ。候補を見付けるんだ』

『了解』

 

 犯人のひとりが慎重に操縦室を後ずさり、外の仲間と何か話し合い始めました。

 私達のところには犯人がひとりになりましたが、そのひとりは我々から距離を取って警戒しました。不意を突いて組み付くことも出来ません。

 

『……なあ、俺たちは仕方ないとして、カカナ連邦民じゃない乗客は解放してくれないか? ただの観光客だっている。彼らはなんの関係もないだろう?』

 

 私はできるだけ穏やかに、両手を挙げながら翼人に話しかけました。

 

『関係ない者などいない』

 

 リーダーらしきその翼人は、険しい眼差しで私達を睨み付けました。

 

『飛空艇を使う者、竜人文明の恩恵を受ける者、全てが当事者だ。無関係を決め込んで逃げることは許さない。空の神ティーシャクーティンの裁きを受けろ』

 

 その瞳は、一切の妥協も交渉も受け付けないものでした。

 私達に出来ることは限られている。それを強く分からせられ、無力感に苛まれました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○アントニオ=ベルナルディ(突入救助班。臨時隊長(当時))の証言

 

 その人は幸いにも、ソルン空港近くのホテルに宿を取っていました。

 僕と同じく試合会場に行こうとする直前に試合が出来なくなった連絡を受け、そのままホテルの部屋に残ったそうです。

 そして僕はそのスイートルームの主――――――ソフィア=フラトコフ殿に深く頭を下げていました。

 

『試合を放棄したこと、心からお詫び申し上げます。名誉の機会をあなたから奪ったことも』

『………』

 

 リビングのソファに座るフラトコフ殿は何も言わず、備え付けの椅子を手で示しました。

 僕はそれを受け、椅子に座り、フラトコフ殿に向かい合いました。

 

『ここに伺ったのは、詫びを入れるためだけではありません。お願いがあって参りました。

 どうか、あなたの魔法の力をお貸し下さい。空港を、どうしても嵐にしなければならないんです』

『………空港を?』

 

 フラトコフ殿は美しい眉を少し跳ね、怪訝そうに僕を見据えました。

 僕は頷きました。

 

『そうです。情報は統制されていますが、空港にはハイジャックされた飛空艇がいます』

『ハイジャック? 飛空艇が占拠されたのか?』

『はい、セルトリア飛空の国際便です。カカナに行くはずの便でしたが翼人たちに占拠され、燃料補給のためソルン空港に降りています』

『………翼人だと?』

 

 フラトコフ殿の声が低くなりました。その声に含まれた複雑さは、僕にも理解できます。

 なにしろ世界王者、魔剣士の頂点に君臨しているのが、翼人なんですから。

 特にフラトコフ殿はシャブラニグドゥス殿と懇意なので、なおさらだったと思います。

 そんなフラトコフ殿に、僕は訴えました。

 

『犯人たちはとにかくカカナ連邦へ向かいたがっています。要求が受け入れられれば人質をワッサタウン空港で解放すると言っています』

『……ワッサタウン? なぜだ? ハイジャックの目的は亡命でない限り、金銭か政治的要求だろう。場所はどこでもいいはずだ。なぜわざわざ首都に行く?』

 

 驚いたことに、フラトコフ殿はハイジャックについての見識を持っていました。話が早くて助かった僕は彼女の言葉に頷き、

 

『ええ、そこです、問題は。

 僕らソルンは現在の位置、つまりソルン空港で交渉する用意をしてます。カカナ大使に本国へ連絡を取ってもらって交渉担当者を急いで呼んでます。

 が、ハイジャック犯達は頑なにカカナ行きを要求しています。ソルンに用など無いという感じで』

『なぜカカナに行きたがる? それも警備の厳重な首都に?』

『それなんですが、犯人は、燃料を搭載可能な最大量で要求しました。満タンをです』

『最大量?』

『ええ、ワッサタウンに行くにしては多すぎる量です。ワッサタウン空港で受け入れられず徘徊する可能性を考えてのことかとも思ったのですが………』

 

 僕は首筋がちりちりするのを感じながら言いました。

 

『骨羽でない翼人は、空を飛べるそうです』

『らしいな。リナが言っていたが、強い者なら4,000メートル級の山を飛び越えることも可能だそうだ』

『つまり、飛んでいる飛空艇から飛んで逃げることも出来ると言うことです』

『確かにな。だがなんの意味がある? 脱出することを考えるなら、最初からソルンで交渉した方が有利のはずだ。目的達成を確認するには結局のところ地上にいる必要がある。釈放した者や金銭の受け渡しが必要だからだ』

『…………目的は要求通りではない、としたら?』

 

 僕は声を一段低くし、やや小さな声量で、自分の考えを言いました。

 自分でも恐ろしいと思うことを。

 

『彼らの要求は全て嘘、竜人風に言うブラフで、本当の目的はワッサタウンに行くこと自体だとしたら、あの性急さも辻褄が合います』

『なんのためにワッサタウンに行く? 何かを運んでいるとでも?』

『そうです、連中は首都ワッサタウンまで運びたいんです』

 

 そして僕は、口にしました。

 彼らの目的。

 

 

 

『彼らはカカナの首都に送り届ける気です、飛空艇そのものを――――――――空港ではなく街中に墜として』

 

 

 

『………』

 

 フラトコフ殿の美しい顔が、強張ったのが分かりました。

 

『つまり……わざと墜落させる? 燃料満載のジェット飛空艇を?』

 

 僕の言った意味をフラトコフ殿はすぐに理解してくれました。

 僕は頷きました。

 

『操縦士を脅迫してワッサタウン上空を通過するコースを取り、手頃な場所に着いたらあとは操縦士を殺害して墜落させ、自分たちだけ脱出する。これが、考え得る最悪の展開です』

 

 ふむ、とフラトコフ殿は顎に手を置いて考えてくれました。

 

『その占拠された飛空艇の型は? 何号型だ?』

『ペネロピー号型です』

『……思い出した、子供の頃に父に連れられて乗ったことがある。古めの型だ。機体尾部に引き込み式の階段があった。そこから入ってファーストクラスに行った。だからあの機体は最後部の下から外に出られる』

 

 フラトコフ殿の言葉に、僕は合点がいきました。

 

『それです、そこから脱出する気なんです。

 飛空中に尾部から外に飛び出れば、もう飛空艇の何にも巻き込まれることなく空へ飛び立てます。最初からその機材を狙ってハイジャックしたんだ』

『脱出前提の自爆行動は、充分にあり得るということだな』

 

 フラトコフ殿は頷きました。

 

『ワッサタウン近くに来られた場合、カカナ連邦が取り得る手段は2つしかない。

 犯人達を信じて首都まで通すか、その前に撃墜するか。

 もし想像通りだとしたら、首都まで来られた時点で犯人の目的は達成される。地上の大勢が被害に遭う。

 その前に軍が撃墜できたとしても、乗員乗客は全滅だ。

 つまり、飛び立たせた時点で乗員乗客は助からない』

『そうです。

 もちろんこれは最悪のケースです。犯人達は単に地元のカカナで交渉したいだけかもしれません。ワッサタウンなら仲間たちの支援が受けられるとか、それ以降の計画があるという可能性もあります』

『だが、飛び立たせれば、もう彼らに手出しは出来ない』

『そうです。だから』

 

 フラトコフ殿に、僕は頷き、席を立ちました。

 

『お願いです。ソルン空港から彼らを飛び立たせないよう、あなたの魔法が必要なんです』

 

 僕は頭を下げて、彼女にこいねがいました。

 

『どうか、あなたの嵐の魔法をお貸し下さい、どうか』

 

 ……これは魔剣士としてはあり得ないことでした。

 ただでさえ僕は試合を放棄し、フラトコフ殿へ大変な無礼を働き、その上で助力を求めたんです。どの面下げて、という話です。

 僕はどんな罵声も侮蔑も浴びる覚悟でした。他の人間はともかく、フラトコフ殿は僕にそれを言う権利があります。

 

 けど、フラトコフ殿は、

 

『………その飛空艇が飛び立つとしたら、方角は分かるか? 滑走路の向きは?』

 

 思案顔のまま、そう尋ねてきました。

 僕は慌てて頭を上げ、答えました。

 

『連中がいるのは空港で一番長い、滑走路27です。なので飛び立つ方位は270度です』

『なら東からの追い風がいいな。60ノット、秒速30メートルもあればまず飛び立てない。地上作業すら困難だろう』

『フラトコフ殿……では』

 

 フラトコフ殿は僕の目を真っ直ぐ見詰め、頷きました。

 

『ソフィア=アレクサンドロヴナ=フラトコフ、ソルン市警の協力要請を了承する。飛空艇の解放に力を貸そう』

『ありがとうございます!』

 

 僕は思わず彼女の手を両手で握りました。

 細く滑らかで、けどしっかりとした存在感のある温度の手でした。

 

『翼人にこれ以上の狼藉を許せばリ…シャブラニグドゥスに的外れな非難が来る。それは避けたい』

 

 素気なく僕の手を振り払いながら、フラトコフは言いました。

 僕は少しだけ笑い、

 

『フラトコフ殿とシャブラニグドゥス殿は友人なんですから、普段通りの呼び方でいいのでは?』

『体裁というものがある』

『先ほど一回だけファーストネームで呼ばれてましたが?』

『……見逃せ』

 

 フラトコフ殿の耳が少し赤くなってました。

 この人に罵倒される機会を逃したのは、それはそれで惜しかったかもしれないと思いました。

 

 ともかくこうして僕は、最大の協力者を得ることが出来ました。

 

 

 ……もっとも後に、フラトコフ殿に負けず劣らずの、別の協力者を得るんですが。

 

 

 

 

 

 












ソフィア=フラトコフ魔剣士と世界王者については
拙作『ソフィアと魔剣、骨羽』
https://syosetu.org/novel/273008/
が詳しいですが、当エピソードでは特に読まなくても問題ありません
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