パーン・パーン・パーン! ー飛空艇事故の真実と真相ー 作:鈴本恭一
○アントニオ=ベルナルディ(突入救助班。臨時隊長(当時))の証言
突入の許可はなかなか下りませんでした。
交渉に当たっているカカナ連邦大使からの難色が強かったのと、機内に設置されていると思われる爆発物の情報が不足していたからです。
『だが突入方法は補給ゴーレムを取り付けるとき以外にない。想定通りだ、準備はそのまま進めていい』
僕は隊員達にそう指示しながら、遠眼鏡で問題の飛空艇2112便を眺めました。
そのとき僕ら突入救助班は、国際線ターミナルの地上作業用の格納庫に移動していました。いつ突入してもいい状態で。つまり最前線です。
獲物はもう目の前にいるのに、待てを命じられている犬の気分でした。
『この嵐は突入の邪魔にならないのか?』
作戦に駆け付けたピエトロ課長が、僕の横に来て訊きました。
『突入するときになったら、魔剣がフラトコフ殿に伝えます。彼女の魔法は発生させるまでは時間が掛かりますが、止めるときはすぐ消えます』
『お前の魔剣の準備は?』
『もう出来てます。空港から許可をもらって、地上作業用ゴーレムの魔力貯蓄器の魔力を吸いました』
『ゴーレムの? 魔導線から魔力を吸わないのか?』
『空港内の魔導線から直接魔力を吸うと、空港施設に影響するかも知れないからです。最悪、空港が魔力停止になる危険は冒せません………課長、僕らの準備は出来てます。いつ突入になるんですか?』
ピエトロ課長は肩をすくめました。その仕草から、僕をなだめに来たのだとすぐ分かりました。
『状況は膠着状態だ。カカナの大使が犯人に色々と交渉してる。犯人はどうしても補給したがってるから、大使殿はそこを糸口にしようとしてるようだ。が、あっちは聞く耳を持たない。無条件でとにかく補給しろというわけだ』
『それはかなり危険です。あっちが変な気を起こさないうちに補給するふりをして、油断したところを突入するのが一番です』
『だが機内の状況が分からん。翼人が本当に爆発魔法を使えるとしたら、人質全員が危険に陥る』
『……確かに』
課長の言うことも正しかったです。とにかく情報がないので、突入させるべきかの判断が下しにくい。
しかし膠着状態で犯人達は追い詰められていました。彼らが強行的に何かしてしまう危険性も同時にあったんです。
『突入せざるを得ないときがくれば、大使が何を言おうがお前達を突入させる。それは確かだ』
課長の言葉に、内心不安がありました。
突入せざるを得ないときとは、何が起きたときなのか。
手遅れにならないことだけを祈りました。
日没が迫っていました。
○マルコ=スペンサー(セルトリア飛空2112便 機長(当時))の証言
…………その魔剣もどきが鳴ったのは、補給の要求をしてから20分後のことでした。
操縦室を占拠する翼人の模造魔剣が、なんの前兆もなくぶるぶると震え出したんです。ビービーという音も鳴り出しました。
持ち主の翼人も驚いて、
『なんだ?』
ひどく戸惑った様子でした。
もちろん私達も何が起きてるのか分かりません。
困惑する操縦室に、模造魔剣が喚きました。
そして突然、その謎の鳴動がぴたりと止んだんです。
代わりに、
《―――――オ取り込ミ中に失礼しマす》
模造魔剣から、その声が響きました。
全員、犯人達を含めて誰もが驚きました。
《どナタか応答できマスか?》
その剣からの声は、男とも女とも、子供とも老人とも取れる、奇妙に聞き取りづらい声でした。
『………お前はだれだ?』
リーダー格の翼人が、その手に握る模造魔剣へ応えました。
《アナた方に強盗ノ道具と手順ヲ差し上ゲたもノデす》
犯人らがはっと息を呑みました。
明らかな緊張がその顔に走っていました。
《ひトツだケお聞きしたイコとがあッて連絡シマしタ》
彼らの強張りを無視し、その謎の声が問いました。
《なゼ、今ノ空港に着陸ヲ? どウシてカカナへ直行シナカったノですカ?》
それを聞いて、私はぎょっとしました。
まずい、と思いました。
そんな私の動揺をよそに、犯人達は答えました。
『ワッサタウンまでの燃料が足りなかった。手近なところで補給するしかない』
《現在ノ燃料計ヲ見せテ下さイ》
翼人は機関士のマッシモの方を向き、どれが燃料計か教えろと言いました。
マッシモは私の方を見ました。私が頷くと、彼は燃料計を指し示しました。
その燃料計へ、翼人は模造魔剣を近付けました。
『どうだ?』
《確カに、足りマセん》
謎の声は言いました。
私は頼む、気付かないでくれと願いました。
が、
《しかシコれは着陸後ニ補助魔力装置を動かシ続けタカら燃料が減っていルノでス。2112便ノ飛空計画でハ代替空港にワッサタウンがあリマしタ》
『……なんだと?』
《最初ノ燃料だケデ、ワッサタウンに着けたノデす》
2人の翼人が私を睨み付けました。
憤怒に瞳を燃やしながら。
私は心臓が止まりそうでした。
かつてない緊張に包まれた操縦室で、あの謎の声がわらいました。
《大胆ナ操縦士でスね。咄嗟に機転ヲ利かセ計画を一気に悪化さセマしタ》
『……教えてくれ、ここからどうすればいい?』
《あナた方の予定ト同ジデす。燃料を補給シて離陸しワッサタウンに向かッテ下サい。探知さレヅらイ低空ガオすスメでス。燃料消費ガ激しクなルノで燃料ヲ充分ニモらッて下さイ》
『ああ、そうする』
《大陸陸上ノ方で軍隊ヲ引キツケていまスカら、現地警察さエ凌ゲば問題はなイデシょう》
『大陸陸上?』
《アナた方に合わセて予定を前倒シさセましタ。今ノウちに離陸すルノが賢明デしョう》
『分かった。何から何まで、恩に着る』
《成功ヲオ祈り申し上ゲマす。世界ヲ漂白の霧ノ中へ》
そして、謎の声は沈黙しました。
通話を終えた翼人が、私を再び睨みました。
『よくも騙してくれたな……』
『誤解だ、あの時は――――』
『口を開くなッ!!』
翼人が私を強く殴打しました。
何度も殴りました。
私は腕で顔を抑えましたが、その上から容赦なく殴り付けてくるのです。腕の感覚がなくなり、手が下がったところで顔をまた殴られました。
殴り殺されると思いました。
『…………貴様の不誠実が何をもたらすのか、その身に教えてやる』
息を荒くした翼人が、もうひとりの翼人に目配せしました。
『やれ』
私は顔を大きく腫らしながら、その言葉の意味を悟って血の気が引きました。
『ま、待ってくれ……』
『口を利くなと言った!』
また殴られました。
私の胸ぐらを掴みながら、犯人は怒りの目で睨み、言いました。
『お前のせいだ。今から起きることは、全部お前のせいで起きるんだ』
○ダニエラ=チェルヴィ(セルトリア飛空2112便 客室乗務員(当時))の証言
私はその時、他のお客様と同じく座席に座らされていました。
ただし一番前の席です。隣には翼人らがいて、後ろに詰めて座らせたお客様を見張っていました。
私はずっと人質でした。
緊張と危険で、正直言えばかなり疲れていました。座らされていた同僚のモニカがそれに気付いて、自分が代わると言い出したときもありましたが、私はそれを拒みました。危険だったからです。
そんな私の隣にいる犯人へ、操縦室にいたはずの1人の翼人が近付いてきて言いました。
『目星は付けたのか?』
『ああ、翼人管理局の役人がいた。そいつにする』
『分かった。やってくれ』
『……ああ』
翼人が立ち上がりました。
その動きに、今までに無い気配を感じました。
私は不安になって立ち上がりそうになりましたが、他の翼人に抑えられました。
そして、あのカカナの管理局のお客様に、犯人が近寄ったのです。
剣を突き立て、こう言いました。
『立て。お前に仕事をしてもらう、来い』
ひっ、とお客様は叫ばれました。
当然でした。先ほどの暴行の後です。連れていかれれば何をされるのか分かりません。
『や、やめてくれ……』
男性は震え、怯え、青ざめた顔をなさっていました。
『ふざけるな。俺たちに何もしてこなかったお前に、俺たちのためになることをさせようって言うんだ』
が、犯人がそう言ったとき、お客様は歯を食いしばるような形相で叫びました。
『わ、私たちは何もしてこなかったわけじゃない!』
そのお声に強さに、翼人はたじろぎました。
皆、その方を注視しました。
『予算は確かに減らされていた! けど部のみんなはそれでもなんとかしようとした!
翼人でも入れる保険や支援がないか探したり、自治体と掛け合ったりした。ものすごく苦労したが麻薬中毒から抜け出した翼人の家族もいる』
お客様はまっすぐ犯人を見て仰いました。
『今日もソルンの少数種族サポート活動セミナーに参加した。彼らは少数種族と比較的うまくやってるから、それを学んだ帰りだ………私たちは何もしていないわけじゃない』
『じゃあどうにかしてみろ!!』
翼人は荒々しい剣幕でお客様を殴りつけました。
お客様はひいっ、と叫び、席に座りながら体を丸めました。
『先祖の土地を返せ! 俺たちに自治権を与えろ! 俺たちを飛べるようにしろ!!』
またしても暴行が始まりました。殴り、蹴られるたびにお客様は苦鳴をあげられます。ひどい光景でした。私は泣きたくなりました。
『それが出来ないなら、今、俺たちの仕事の手伝いをしてもらう。来い!』
ひとしきり暴力を振るい終えると、翼人は息を切らせながら、お客様の腕を掴み立ち上がらせようとしました。
私は思わず立ち上がろうとしました。
そのときでした。
『―――――――――――その方はすでに充分な仕事をなさいました』
殺伐とした機内に、場違いなほど静かな、奇妙なほど抑揚の薄い声が流れました。
誰もが、その声の主を探しました。
私も見ました。
いつの間にか、客席の通路にひとりの女の子が立っていたのです。
きれいな銀髪をした、あの不思議な女の子です。
『あなたの要求は翼人管理局の権限を越えた要求であり、連邦政府による立法を必要とします。そのため連邦議会へ議題として提出する必要があります』
『なんだ、お前は……』
表情を全く作らないまま一定の速度で話すその子に、翼人は不気味さを隠せない様子でした。
残りの犯人達も全員立ち上がり、その子を警戒しました。
私たち乗員も戸惑いました。お客様も。
……いえ、その子の同伴をなさっていた、金髪の女性だけは違いました。
『何してんのッ!!』
彼女は席から立ち上がり、銀髪の子の両肩を持って席に引き戻そうとしていました。
『私の言うこと聞いて! 規定違反だよ!』
『席にお戻り下さい。危険です』
『それはこっちの台詞! 危ないのはみんな一緒でしょ!?』
『私は違います』
『そうじゃなくって――――』
『黙れ!!』
彼女たちの遣り取りを、犯人達が怒鳴って潰しました。
怒声に金髪の女性はお体を強張らせました。
その隙をついて、銀髪の子が前に歩き出しました。
あ、と金髪の女性が気付いたときには、銀髪の子は翼人管理局のお客様のすぐ隣にまで移動していました。
つまり翼人の目の前まで。
『!?』
翼人が翼を大きく広げ、慌てて飛び退りました。翼の起こす風が機内を荒らしました。
他の翼人全員が、模造魔剣を女の子に突きつけました。
『動くな! 飛空艇を爆破されたいのか!!』
犯人のひとりが魔導器具を握り、その子に見せつけました。
爆発魔法の魔導器具です。
機内のどなたかが悲鳴をあげました。
『私が代行いたします』
恐慌になりかけた客室を、少しも動揺のない声が制しました。
あの銀髪の子が。
『翼人管理局・健康サービス部は翼人への援助を行っており、組織規模を鑑みれば活動実態は充分に活力的であり、今後の翼人へのサポートに必要な組織です。彼らへの損害を与えることは翼人への損害に直結することとなり推奨しません』
銀髪の子は両手をあげながら、感情のない平板な声で仰いました。
彼女が言葉を作れば作るほど、翼人達の警戒心は高まっていきました。
それほど、そのときの彼女は異様だったのです。
『よって健康サービス部の方へ依頼される作業を、私が代行いたします。どうぞお命じ下さい』
ざわ、と機内が動揺しました。私もです。
その子はどう見ても十代の女の子です。そんな子がこの状況で口にして良い言葉ではなかったからです。
『ふざけるな。なぜお前にさせなければならない』
『私は恐怖を知らないからです』
『なに?』
『私はあなた方を脅威と見なしていません』
言葉の意味が分からず戸惑う犯人達に、その子は言いました。
『あなた方の計画はまだ続きます。補給をし、離陸し、大陸間を飛翔し、カカナ連邦へ入国し、着陸をしなければなりません。着陸後も交渉は続きます。あなた方は4名でそれを成し遂げなければなりません。50名の乗員乗客を支配下に置きながら。
うち49名は現在あなた方に恐怖し、従っています。そのため今後も反抗することはありません。計画は進められます。しかし』
彼女は仰いました。
『私はあなた方に恐怖していません。恐怖を知らないからです。私だけが、反抗の可能性を有しています。
そのため、あなた方の計画達成のためには私を排除する必要があります』
『………何を、言っている? 殺されたいのか? お前は狂ってるのか?』
翼人の声に、かすかな怯えがありました。
私も、彼女が何を言いたいのか理解できませんでした。
そしてそんな私達に、彼女はさらに続けました。
『あなた方が私を排除する理由は、他にもあります』
『なに?』
『私はカカナ連邦スターゲイザー研究所に所属しております。所長の直属エージェントです』
『!!』
その研究所の名前が出たとき、犯人達が色めき立ちました。
そんな犯人達へ、あの子は告げました。
『我が主の名は、ケイン=デュグラーディー』
機内の誰しもがその名前に息を呑みました。
世界にその名を轟かす、あの大魔術師の名前でした。
『貴様ダークスターのッ!!』
翼人たちが一斉に剣をその子の喉元に突きつけました。強い殺気がありました。私は叫びそうになりました。
が、その子はやはり微動だにしませんでした。
『ホーミーの侵略者が!』
『竜人文明の最大の発掘者、ダークスターの手の者か、通りで頭がおかしいと思った』
『いいだろう、貴様に仕事をくれてやる、来い。下手なことをすれば機を爆破する』
銀髪の子は頷き、静かに歩き出しました。
けれど同伴の女性はそうではありませんでした。
『やめろっ!!』
彼女は怒鳴り、銀髪の子を連れ戻そうと通路を進もうとされました。
『その子は連邦憲法で保護されてる、その子に何かしたら問答無用で死刑だよ!!』
『動くんじゃない!』
翼人たちは金髪の女性に切っ先を向けました。思わず足を止めた女性に、翼人たちは嘲笑を浮かべました。
『裁かれるのは貴様らだ』
金髪の女性はなおも抗おうと動き出し掛けました。
が、
『ミス・セレネイド。お席にお戻り下さい』
静かに、銀髪の子が仰いました。
『何の問題もありません』
その声にはやはりなんの不安も恐怖もありません。
が、金髪の女性は納得されていませんでした。
そしてそれは、私も同様でした。
『わ、私が代わります! その子はどうか!』
私は犯人達に言いました。
とても怖かったです。連れて行かれればどうなるのか、薄々分かっていたからです。
家族のことが脳裏に浮かびました。涙がこぼれたのを憶えています。体がとても寒かったです。
そんな私を見て、銀髪の子は仰いました。
『どなたも私の代わりは務まりません。危険ですのでお席にお座りください』
……あれほど感情のない声を、私は聞いたことがありません。
人の声のはずなのに、どうしてもそうとは思えない、異質な声音でした。
その強力な違和感が、私の動きを押し止めました。
そして彼女は音もなくすたすたと歩いて行き、犯人達に連れられて機体前方の乗降用ドアに辿り着きました。
金髪の女性が叫びました。
その子の名前を。
『―――――――ガル!!』