パーン・パーン・パーン! ー飛空艇事故の真実と真相ー 作:鈴本恭一
○アントニオ=ベルナルディ(突入救助班。臨時隊長(当時))の証言
それは僕らが待機している格納庫から、遠眼鏡越しにはっきり見えました。
機体の前方にある乗降用ドアが不意に開き、そこから女の子が現れました。
銀髪をしたその子の後ろに、大きな翼を持つ犯人がいたんです。
……背中を悪寒が走りました。
人質の解放にしてはその子1人だけなのはおかしいですし、じゃあなんのためにあんな目立つことをしてるのか。
その理由は、すぐに分かりました。
―――――犯人が後ろから、女の子の首筋に短刀をあてがったからです。
『やめ』
短刀が輝きました。
そして、閃光と爆発。
女の子の小さな体が、吹き飛びました。
模造魔剣の爆発魔法でした。
飛空艇の主翼の方へ跳ね、前縁に当たってそのまま主翼の下、滑走路に叩き付けられました。
その後は、ピクリとも動きませんでした。
全身の血が頭に昇ったのを、憶えています。
『ッ!!』
僕は魔剣の切っ先を飛空艇に向け、ありったけの魔力で犯人を穿とうとしました。
が、その前に犯人は翼で体を覆い、ドアの陰に戻りました。ドアもすぐに閉められていきました。
『教官! 今、女の子が!』
ルカたち隊員が叫びながら走り寄ってきました。
僕は全身の熱を自覚しながら、部下達の前でなんとか冷静になろうとしました。
『………突入だ。すぐ命令が来る。装備と手順を最終確認しろ』
『教官、畜生ッ! あいつら! ねえ見たでしょ!?』
『分かってる』
『教官!』
『聞こえなかったか、命令がくる、準備しろ』
『教官……』
ルカたち突入隊員は僕を見ました。
正確には、僕の魔剣を。
僕を代弁してくれる魔剣の赤い輝きを。
『……了解。全員、補給ゴーレムに乗り込みます。』
ルカは敬礼し、みんなを連れて戻っていきました。
僕は振り返り、ピエトロ課長を見ました。
課長は通信魔導器具で本部とせわしく話していました。その通信が終わり、課長は僕に言いました。
『連中は補給を即時実行するよう要求している。例の待ち時間は完全になしだ』
『僕らへの命令は?』
『まだだ。爆発魔法器具のことが分からん。本部もかなり揉めてる』
『この期に及んでまだそんな』
《―――――――――――設置された魔法液つき魔導器具は7つです》
………明瞭な声が、格納庫にいきなり響きました。
『なに?』
僕はあたりを見回しました。課長も驚いていました。
けどどこにもその声、若い女性の声の主は見付かりませんでした。
『誰だ? どこにいる?』
《私はガル。カカナ連邦スターゲイザー研究所所長ケイン=デュグラーディー直属エージェントです。現在はソルン国際空港の滑走路27、セルトリア飛空2112便の直下、機外におります》
『機外の直下だと?』
《発光灯を0.5秒間隔で点灯します。目視での確認願います》
僕は急いで遠眼鏡で2112便を見ました。
確かに飛空艇の下、滑走路の上に何かが光って瞬いていました。
そしてその瞬きの位置を知り、思わず息を呑みました。
『………確認した。きみは、さっきの人質の?』
《はい。他の乗客に危険が迫っていたため、私が代役を申し出ました》
『爆発魔法で吹き飛ばされたように見えた。無事なのか?』
《損害状況は診断済みです。全系統異常なし。いつでも再稼働可能です》
『きみは、その、なんだ? 人間なのか?』
そのときになって、僕はその声がどこから流れているのか気付きました。
僕の、魔剣からでした。
《いいえ、私はゴーレムです》
『ゴーレム? 人間にしか見えなかったが……犯人達は知っていたのか?』
《私も国外同行管理者ミス・セレネイドも申告をしませんでしたので、人間と誤解していた可能性は高いです》
『もしバレたら他の乗客が危険だが……よく報せてくれた、心から感謝する。爆発魔法の魔導器具があるのは確かなんだな?』
なぜ魔剣からゴーレムの声がするのかは大いに疑問でしたが、それより優先すべきことがありました。
《はい。全部で7つ。全て魔法液を使用する形式です。魔導線で紐付かれ一斉に爆発させることが出来ます》
『魔法液と魔導器具は客室に持ち込めないはずだ。どんなトリックを使ったんだ?』
《不明です。ハイジャッカーは全員、模造魔剣で武装。人数は4名。魔法の種類は不明》
『4人か。乗客名簿の翼人の数と一致する。想定通りなのはありがたい』
だが、とピエトロ課長が僕と僕の魔剣に言いました。
『爆発魔法が設置されているのが確定したのは、嬉しくないな。ますます突入の許可が下されにくくなるぞ』
『確かに。突入前に爆発の魔導器具を無力化できるのが一番なんですが、そんな方法は……』
《あります》
思案する僕らに、ミス・ガルが感情というものがまるでない声で言い切りました。
僕らはぎょっとして聞き返しました。
『ある? いったいどんな?』
《飛空艇から出たことで私の機内モードが解除されました。魔導衛星ネットワークにより付近のアクセス可能な魔剣を検索したところ、当該問題を解決可能な冷却魔法の魔剣が見つかりました》
『……フラトコフ殿か』
《はい。魔剣は私を仲介することで、私の仮想魔導線から魔法を使用することが出来ます》
『仮想魔導線?』
《非物理の魔導線です。私をご覧ください》
僕は言われたとおり、遠眼鏡でミス・ガルを再び見ました。
俯せに倒れ込んだ彼女の体から、半透明な紐のようなものが薄く光って伸びているのが分かりました。
その不思議な紐はふわふわと、しかし意思を持ち、主翼や主脚をすり抜けて動いてました。
《マスター直轄ゴーレムの標準機能です。これを爆発魔法の魔導器具へ伸ばし、冷却魔法により魔法液を凍結させることが可能です。ミス・フラトコフには既に了承を得ております。決断は突入本部にお任せします》
『魔剣の魔法を、きみを通して遠隔で発動できる?』
そんなことが出来るとは信じがたい話でした。
魔剣士である僕でも、そんな能力をもつゴーレムなど聞いたことがありませんでしたから。
『そもそもきみはどうして僕の魔剣から通話できる? 魔剣と魔剣士の間ならともかく、魔剣を通話器具代わりにできるなんて初めて知った。魔剣士の誰も知らないと思う』
《申し訳ありません。その質問の回答を得るには権限が不足しています》
『権限?』
《権限申請をマスターへ行い、了承された後に再度質問を行って下さい》
『…………いや、いい。僕が不躾だった、申し訳ない。ケイン=デュグラーディー、"ダークスター"のゴーレムならそれもあり得る。現に出来ているんだから今はどうでもいいことだった』
僕は呼吸を整え、頭を切り換えました。
今は事件の解決が最優先でした。
『魔法液を凍らせれば、爆発魔法は起きないんだな?』
《はい。魔法液は液体状態でのみ魔導器具と反応を起こします。固体では反応しません。また魔法液は凍結により体積が増えますので容器を破損させる恐れがあります》
『反応しない上に容器を壊せるのはありがたいが、犯人達にも気付かれる可能性が高いな。凍結させるタイミングは突入の直前がいい。出来るか?』
《ミス・フラトコフへ質問を伝えます》
『……言葉を選んで聞いてくれよ?』
《ミス・フラトコフから回答。事前に仮想魔導線を接続していれば任意のタイミングで凍結可能とのこと》
『さすが。なら爆発魔法の無力化は可能だ。課長』
僕の言葉に、ピエトロ課長は頷きました。
『本部に伝える。ダークスターのゴーレムがいるなら話はすぐ通るだろう』
『僕も補給ゴーレムに入ります。ミス・ガル、このまま魔剣経由での通話を維持しててくれ、突入するときに合図を伝える』
《了解です》
『あと……その俯せのままで待機するのはやめてくれ。立つか座るか、せめて仰向けでいてほしい』
《姿勢変更は死体への偽装を維持できません。私が稼働可能だとハイジャッカーに察知される恐れがあります。よろしいですか?》
『………………分かった。僕らが突入するまでそのままで頼む。けど全部が終わったら、顔をよく洗ってほしい。女の子が滑走路とキスしてるのは見ていられない』
《了解しました》
こうして僕らは突入の算段を立てました。
時刻は夕方を過ぎて黄昏時。夜が目の前に迫っていました。
――――――――そしてついに、突入救助班への突入命令が下されました。
○マルコ=スペンサー(セルトリア飛空2112便 機長(当時))の証言
空港はついに補給ゴーレムを寄越しました。
燃料タンクを備えた補給ゴーレムが2台、滑走路までやってきました。
その頃には嵐がだいぶ弱まっていて、当初の強風対策は必要なくなりました。
もっとも、弱っていたのは私も同様でしたが。
……あの爆発音は、今でも耳に強く残っています。
『乗客の中にダークスターの研究所の人間がいた。そいつをやった』
操縦室に来た犯人のひとりの言葉を聞いたとき、全身の血と力が抜けたようでした。
愕然とする私に、リーダー格の翼人が悪意に満ちた目でわらいました。
『お前が殺したんだ』
そう言われ、しばらくは何も考えられず、何を聞いて何を見たのかもよく憶えていません。私の心はそれ以上何も知りたくなく、目も耳も閉じていたのです。
そんなとき、地上管制から連絡が来ました。
『セルトリア2112、補給ゴーレムがそちらへ到着する。右翼の燃料供給口で作業を行う』
私は震える手で、おぼつかないまま通話を返しました。
『グラウンド、こちらセルトリア2112、了解しました。それから』
私は乾いた口で、なんとか言葉を選んで尋ねました。
『……外に出た方の、様子は分かりますか?』
『まだ機体の下で倒れている。動く様子はないが、補給作業員に救助をさせる予定だ』
私はちらっと犯人達を見ました。彼らは何も言いませんでした。
『グラウンド、了解。速やかな救助をお願いします』
通話が終わりました。
『……よし、補給が済んだら風の状況を聞け。多少ふらついても構わない。飛べるのならすぐに飛べ』
犯人達が命令しました。
私は抗う気力もありませんでした。
○アントニオ=ベルナルディ(突入救助班。臨時隊長(当時))の証言
『こちらチームリーダー、最終確認をするぞ。訓練通り、突入は2チーム、前部ドアから突入するアルファと、後部ドアから突入するブラボーだ』
僕は誘導路を通って飛空艇に近付く補給ゴーレムの中で、隊員達に言いました。
僕ら突入救助班は補給ゴーレムの抱える、燃料タンクに偽装した突入ポッドの中にいました。
飛空艇まで近づき、機内から見られないよう出て突入する手はずでした。
『ドアは外部からは開けられないようロックされてるが、人質を傷つけて外に放ったとき、前部ドアだけロックを解除した。情報ではまだ再ロックされていない。そこからアルファチームが突入する』
僕はもう1台の補給ゴーレムに乗ったブラボーチームへも確認を取りました。
『ブラボーは後部ドアのロックを強制切断して突入し、人質を避難させる。情報によると、犯人たちは人質を監視しやすいよう、乗客を後部の座席に詰めて座らせている。だから客室の前部分は空いている。そこが戦闘エリアになる。
ブラボーはアルファが前部ドアから突入したのと同時、またはその後に突入しろ。絶対にアルファより先に入るな。そうしないと人質を挟んでの戦闘になりかねない。トラブルが発生してアルファが突入できない場合も同じだ。アルファが突入したのを確認してからブラボーは突入しろ、いいな?』
『ブラボーリーダー、了解』
僕は頷き、
『アルファも、突入したら人質を防護する班と、犯人を制圧する班に別れて動け。ブラボーはロックを強引に破る必要があるからすぐには突入できない。それまで人質に被害が及ばないよう、防護魔法を展開して守れ。そうすれば制圧班も全力で戦闘が出来る。チームワークだ、訓練の成果を見せろ』
『アルファリーダー、了解』
アルファリーダーはルカでした。僕は同じ偽装タンクの中で彼に頷き、そして今度は自分の魔剣を通じて協力者に問い合わせました。
『ミス・ガル、状況に変化は?』
《ありません、ミスター・ベルナルディ。透過解析により、犯人は2名が操縦室、残り2名が客室。乗員乗客の座席位置も変化なし。ドアロック状況も変化なし》
『魔導線の接続は?』
《接続済みです。察知された様子はありません。ミス・フラトコフも、いつでも凍結を開始できるとのこと》
『了解、そのまま合図を待ってくれ』
《了解しました》
そして、ついに補給ゴーレムは飛空艇、2112便の右翼下まで到着しました。
『操縦室、どうだ?』
『想定通りです。左ハッチから出れば、機内からの死角に入れます。主翼の下から胴体の下へ展開できます』
『了解、偽装作業の用意を。動力は切るな、このまま待機。何が起きてもすぐ発進できるようにしててくれ』
『了解。ご武運を』
僕は息を少し吸い、突入隊員、フラトコフ殿、ミス・ガルに向けて告げました。
『―――――作戦開始!』