パーン・パーン・パーン! ー飛空艇事故の真実と真相ー   作:鈴本恭一

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セルトリア飛空2112便ハイジャック事件⑪:生存者たち

 

 

 

○アントニオ=ベルナルディ(突入救助班。臨時隊長(当時))の証言

 

『ミス・ガル! 無事なのか!?』

 

 操縦室の保全を部下に任せ、僕は急いで右エンジンに向かいました。

 2112便の右エンジンは酷い有様でした。

 正面のファンは見事に全損し、その奥の圧縮機と燃焼室は粉々でした。そして破壊された無数の破片により、エンジン後部のノズルはタービンごと引き裂かれていました。

 よくエンジンカウルが壊れなかったものです。

 ペネロピー号の強靱なエンジンカウルにより、エンジン外への破損はありませんでした。

 

『ミス・ガル! 返事をしてくれ! 頼むッ!!』

 

 まさか、と僕は思い、冷たい汗が流れました。

 が、

 

『損害状況の診断を完了。全系統異常なし』

 

 グギュギャガガッ、という金属を無理やりへし折る豪快な音を立てながら、黒く破壊されたエンジンの中から、その白い姿は現れました。

 僕は思わずぎょっとしました。

 

『いつでも高稼働可能です。ご指示を、ミスター・ベルナルディ』

 

 ミス・ガルは、流石ダークスターの誇るスーパーゴーレムでした。

 ジェットエンジンの中に吸い込まれ、そのパワーのせいでエンジン自身が粉々になる破壊の渦の中でも、彼女には傷ひとつありませんでした。

 が、彼女自身は無事だったのですが、その、衣服はどうにもならなかったようで……

 

『……とりあえず、まずはこれを着ててくれ』

 

 僕は白い裸体を惜しげも恥ずかしげもなく晒すミス・ガルに目をそらしつつ、急いで防護服を脱いで彼女に着せました。

 幸い180cm近い僕用の防護服は、小柄なミス・ガルの体をすっぽり隠せました。

 

『あとで部下に毛布と、ちゃんとした服を寄越させるが……その前に洗浄か。煤と燃料を被っている。くそ、本当にすまない』

 

 ミス・ガルのきれいな銀髪にかかった燃料をハンドタオルで拭いながら、自分の未熟さに腹が立ちました。

 

『燃料による汚染は私には起こりません。洗浄の優先度は低いと思われます』

『いや、高い』

『なぜ?』

『君をその姿に創造した者に申し訳がないからだ』

『申し訳ありません、発言の意図を理解しかねます』

 

 つまり、と言いかけた僕でしたが、そこに、

 

『―――――――ガルッ!!!』

 

 大声と共に、ひとりの女性が全速力で走ってきてミス・ガルに抱きつきました。

 

『良かった…! 無事で良かった………』

 

 その金髪の女性はミス・ガルの被る燃料と煤に全く頓着せず、ぎゅぅっと力いっぱい彼女を抱きしめていました。

 

『ミス・セレネイド、私にはエンジン破壊の際の汚染物質が付着しています。安全のため私に近付かれないことを推奨します』

『エンジン破壊? あれガルがやってたの!?』

 

 驚きの声を上げる金髪の女性に、そのとき僕はやっと彼女がミス・ガルの同行者であるミス・セレネイドだと気付きました。

 

『本当に、申し訳ありません』

 

 そして僕は彼女たちの前で膝を突き、深く頭を下げました。

 

『飛空艇離陸を阻止しきれなかった僕の不始末を補うため、ミス・ガルはエンジンの中に飛び込みました。ミス・ガルがいなければ今回の事件は解決しませんでした。心からの感謝と……』

 

 僕は目を瞑りながら告げました。

 

『僕が弱いために、彼女をそんな姿にさせてしまったことを、深くお詫びします』

 

 一瞬だけ、僕ではなく他の魔剣士なら、ミス・ガルをこんな姿にさせなかっただろうかと思いました。

 シャブラニグドゥス殿ならば……と。無意味な雑念でしたが。

 

『頭をあげてください、ええと、ガル?』

『ミスター・ベルナルディ』

『ミスター・ベルナルディ、顔を上げて下さい。これは無茶をしたガルが悪いので。後で言ってきかせますから』

 

 そうして僕を立たせたミス・セレネイドはンンっと咳払いし、微笑んでくれました。

 

『突入部隊の方ですよね、まずありがとうございました、私達を助けてくれて』

『いえ、不手際が多く反省しています』

『ガルのことも、ありがとうございます。いやもう本当にこっちこそガルのことで大変ご迷惑をおかけして申し訳ありません。この子、強情だったでしょ?』

 

 フランクなミス・セレネイドの言い方に、僕は思わず笑ってしまいました。

 

『確かに。危ないので戻って、と言っても聞いてくれませんでした』

『ほらぁっ! なんで人の言うこと聞いてくれないの!?』

『状況を判断するにあの行動が最適でした』

『ああもう、大人しそうに見えてこれだよ……絶対に帰ったら師匠にうんと叱ってもらうから!』

『ミス・セレネイド』

『ん? なに?』

『あなたの無事を私は嬉しく思います』

『……………それずるぃぃ』

 

 ミス・セレネイドは再びミス・ガルを抱きしめ、泣いていました。

 僕は部下に急いで毛布を持ってくるよう言い、彼女たちを見ないようにしました。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○ダニエラ=チェルヴィ(セルトリア飛空2112便 客室乗務員(当時))の証言

 

 人質にされていた人を集めたフロアにガル様が入られましたとき、皆さん全員、お客様も乗員もだれもが立ち上がって彼女を拍手で迎えました。

 

『ありがとう、本当にありがとう。よく無事でいてくれた』

 

 スペンサー機長と私が代表して、ガル様の両手を取り、感謝を述べました。

 セレネイド様に付き添われたガル様は、首を小さく横に振られました。

 

『私はゴーレムです。私を損壊させる脅威はあの場ではありませんでした。その情報の通知がなかったため、乗員乗客の方々を混乱させたことをお詫び申し上げます』

 

 ガル様と初めて話す機長は彼女の仰りように苦笑しましたが、

 

『ミス・セレネイドは君のことを充分知ってても、君を守ろうとしたし、犯人に殴りかかった。今の私達も同じ気持ちだと言えば、伝わってくれるだろうか?』

『…………了解しました、ミスター・スペンサー、ミス・チェルヴィ』

 

 ガル様はワンピースの裾を摘み、やや時代がかった仕草で私達に一礼をされました。

 

『私もあなた方がご無事で嬉しいです』

 

 わあぁっと、再びみなさんから拍手が沸きました。

 

 ……その時のガル様は、ずいぶんとかわいらしいお召し物をされておりました。

 贅沢にたくさんのリボンをあしらった明るいフリルワンピースと、やはりフリルとリボンで飾られた大きなボンネット。

 ガル様のお顔の造形もあり、まさに等身大のお人形というお姿でした。

 隅々まで体を綺麗にされたのか、石鹸の香りもほのかにしました。

 

 そこには、私達を守ってひとり犯人の凶行を被った痕跡も、それを想起させるものも、どこにもありませんでした。

 

 だから私達は純粋に、彼女の無事と行動に感謝することが出来たのです。

 

 

 

 

 

 

 ――――――今でもあの時の乗員乗客は、《セルトリア2112ガルクラブ》という国際的なグループで交流し合い、年に1回集まっています。

 もちろんメンバーにはガル様もおられます。

 あの時のお召し物があまりにお似合いでしたから、皆さんそれにならって様々な衣装をガル様にプレゼントして、まるでファッションショーのようになってしまっています。

 今年の交流会ではガル様に何を着ていただこうか、みんなわくわくしながら楽しんで集まっています。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

○アントニオ=ベルナルディ(突入救助班。臨時隊長(当時))の証言

 

『死者も重傷者もなしとは、流石は当代一の反射魔剣の使い手だ』

 

 夜中になっても慌ただしく検分が続けられている2112便の突入現場を眺めていると、僕にそんな声が掛かりました。

 

『フラトコフ殿』

 

 僕は歩いてきた北の大陸王者を慌てて出迎えました。

 

『わざわざこちらまで来られなくても、空港のターミナルまでお迎えに上がりましたのに』

『焦点になった場所を見ずに去るのも忍びなかった。それに、飛空艇を見ておきたかった』

 

 そういうフラトコフ殿の眼差しは、2112便に注がれていました。

 右エンジンは破壊されましたが、それ以外はほぼ無傷でした。それを眺めるフラトコフ殿の表情は、とても柔らかいものでした。

 

『離陸を阻止し、かつ機体の被害はエンジンのみ。人的な被害もごく軽微。ムヒュルム大陸最強の魔剣士は伊達ではないな』

 

 その優しい眼差しが、僕に注がれました。

 フラトコフ殿ほどの魅力的な女性にそんな風に見られて、舞い上がらない男はいないでしょう。僕も普段だったら小躍りするくらい喜んだと思います。

 けど、その時は違いました。

 

『いえ、全然でした』

 

 僕は2112便の、唯一破壊された右エンジンを見て、どこまでも無力感に苛まれていました。

 

『僕の見立ての甘さと傲慢、そして未熟の全てをミス・ガルが被ってくれました。今日ほど自分の弱さが情けないと思ったことはありません』

『きみほどの魔剣士でそれなら、誰でも同じことだろう。私でも、おそらくモトタカ=ウラベでも。現代の飛空艇はそれだけ強い。不死鳥でさえ飛空艇を墜落させることは叶わなかった。だから誰でも同じことだ』

『シャブラニグドゥス殿でも?』

『……』

『すみません、今のは忘れて下さい』

 

 あの時の自分の最低ぶりは、今ではぶん殴ってやりたい気持ちです。

 それくらい、あの時の僕はどん底でした。

 

『ウラベ殿は不死鳥を狩り、僕たちは飛空艇と戦った。シャブラニグドゥス殿は何を相手取るんでしょうね?』

『竜かもしれん』

『それは素敵だ』

 

 僕らは笑いました。

 ……その数年後にシャブラニグドゥス殿が雲竜の首を獲るなんて知らなかったんですから、見逃して下さい。

 

『強くなりたいですよ』

 

 僕はフラトコフ殿に言いました。

 

『………強くなる方法は知らないが』

 

 フラトコフ殿は告げました。

 

『きみが強くなったかどうかを知る方法は、ひとつしかないだろう。きみより確実に強い魔剣士は、ひとりしかいないのだから』

 

 フラトコフ殿の言うことは、まさしくその通りでした。

 それが簡単ではないことを、僕も彼女も理解していました。

 だからフラトコフ殿は、違う話題を振ってくれました。

 

『大陸陸上の方も、解決したそうだな』

『ええ、向こうも夜になって突入しました。軍は装甲ゴーレムも無力化して、人質は全員無事に救出。ただかなりの激戦だったので、犯人は全員戦闘で射殺されたそうです。おかげで背後関係が全く分からなくなりました。そこもこっちと同じです』

 

 犯人グループが何を目的にして選手村を襲ったのかも分からないままでした。

 2112便の機長達の証言から、あれもデスフォッグが糸を引いていることは分かりましたが、それ以上は霧の中です。

 

『そうか………翼人への風当たりは激しくなるだろうな』

『人質を殺害しようとしたところをばっちり撮られましたからね…』

『……実家での年越しにシャブラニグドゥスを呼ぶ予定だったのだが、もう少し早く招くことにする。山の中なら静かに過ごせるだろう』

 

 山というか、それは領地と呼ぶのでは? と大貴族のご令嬢に言おうとしましたが、やめました。

 代わりに、

 

『今日の不戦敗で僕の世界ランクはかなり下がるでしょう。大陸王者は人気者ですから、あなたと戦うのは後になりそうです』

 

 試合直前の辞退は大きなペナルティを受けます。世界ランクもそれを反映した数字になり、上位のランカーへの挑戦優先権を下げられます。

 大陸王者ではありましたが、僕は世界ランクを上げるところから始めないといけません。

 が、

 

『いや、不戦敗にはならない』

 

 フラトコフ殿はこともなげに言いました。

 

『え?』

『私も試合を辞退していた、きみが試合を辞退したと聞いてすぐに。だから無効試合だ。両者が互いに辞退すれば、試合はそもそも無かったものとして扱われる。四魔協の規定通り。だから世界ランクの変動はない』

『……』

『斬って斬られる魔剣士が、2度も不戦勝になったところでなんの名誉になる』

『フラトコフ殿……』

 

 僕は言葉を失いかけました。

 フラトコフ殿は地元のジーニキリー大陸ではすこぶる評判の悪い魔剣士でしたが、僕には女神の化身に思えました。

 

 だから僕は魔剣の柄頭を彼女に差し向け、誓いました。

 

『僕に斬られる名誉を差し上げることで、あなたのご恩に報います』

 

 フラトコフ殿も強く微笑み、藤色の魔剣の柄頭を僕に向けました。

 

『我が魔剣の魔法で風ごときみを凍り付かせよう。美しい魔法のもとで斬られる名誉を、きみに』

 

 そうして、2つの魔剣は柄を交わしました。

 魔剣士の誓いの儀式です。

 これを試合前以外でするのは初めてでした。

 フラトコフ殿の清廉さは、その時からずっと敬意を払っています。

 

 

 そしてそのフラトコフ殿が、僕に尋ねました。

 

『ひとつだけ疑問があるのだが』

『はい』

 

 

 

『―――――――ハイジャック犯たちは、どうやって機内に凶器を持ち込めたのだろう?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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