心地よいピアノの音が聞こえる。
机にある紅茶を飲みながらその音に耳を傾ければ奏者がこちらに向けて微笑みかける。
「ニコル!」
エリアは叫ぶと同時にベットから飛び起き、乱れた息を整えるために大きく深呼吸をすると備え付けられた小テーブルに置かれた薬を口に放り込み水を流し込む。
「またか…」
左目から溢れる涙を服で拭い、時計を見るとまだ深夜であった。
ここ最近、ユニウスセブンの光景を見てからニコルの顔が見えなくなった。
「…顔向けできないってか」
ビーッビーッ
「はい」
「こんな時間に悪いわね、至急ブリッジに来てくれる?」
「分かりました」
ーー
「何事ですか?」
寝巻きのジャージの上に制服を羽織っただけという簡素な格好だが当直の者以外は全員が似たような格好をしていた。
「地球連合が宣戦布告、プラントは核攻撃に曝されたらしいわ」
「結果は?」
「プラントは無事よ。被害はないわ」
「この艦の対応はどうしましょうか?」
警戒レベルを上げて直ちに発進する手もあるがメリットばかりではない。
積み込み作業も終わっていないし修理も万全じゃない。
「オーブは中立を唱っていますがもう獅子は没し、前大戦中の力はない、この国が中立でいられる保証はありません」
「しかし今、カーペンタリアとジブラルタルには連合軍が展開し包囲しているようですが動きはありません」
「プラントを落としてから地上の基地を殲滅する予定だったんだろうな。だから今は面を食らって動けずにいる」
「難しいわね」
「現状は不安定です、ノイエフォード隊長の言うとおりオーブも信用はできません、できるだけ早く出港を!」
アーサーの意見は最もで、こんなドックで包囲されればいくら最新鋭艦といえど絶望的だ。
「ですが最速でカーペンタリアに向かったとしても包囲部隊を突破しなければなりません。そのせいで包囲舞台とカーペンタリアの我が軍の戦端を開きかねません」
「う、うーん」
「オーブがまだ中立の体裁を守っているうちはご厚意に甘えましょう。申し訳ないけど、作業は急ピッチでやって貰うわ」
「分かりました」
エイブスは頷くと作業を開始するためにブリッジを後にする。
「エリアたちはゆっくり休んで頂戴、連戦になる可能性があるわ」
「分かりました、シン達に伝えておきます」
「頼むわ」
ひとまず結論が出ると各自が各部屋に戻る。
休むのも立派な仕事なのだ。
ーー
「積極的自衛権の行使…やはりザフトも動くのか」
「仕方なかろう、核まで撃たれてそれで何もしないというわけにはいかん」
プラント首都、アプリリウス。
そこの墓地でプラントに来ていたアスラン、その付き添いのイザークとディアッカがいた。
「第一派攻撃の時も迎撃に出たけどな、俺達は。奴等間違いなくあれでプラントを壊滅させる気だったと思うぜ」
プラント内の交戦感情は頂点に達している。
議長であるデュランダルの非交戦姿勢は逆に反感を呼んでいる始末だ。
「事情はいろいろあるだろうが俺がなんとかしてやる。だからプラントへ戻ってこい、お前は」
「いやしかし」
アスランは公式的には英雄と言われているが実のところは裏切り者の反逆者だ。
「俺だって、こいつだって、本当ならとっくに死んだはずの身だ。だが、デュランダル議長はこう言った」
《大人達の都合で始めた戦争に若者を送って死なせ、そこで誤ったのを罪と言って今また彼等を処分してしまったら、一体誰がプラントの明日を担うと言うのです。辛い経験をした彼等達にこそ私は平和な未来を築いてもらいたい。》
「だから俺は今も軍服を着ている。それしか出来ることがないが、それでも何か出来るだろう。プラントや死んでいった仲間達の為に」
「それにエリアを見てたらウジウジ言ってられないしな」
「そうだ…」
ディアッカの言葉に思い出したかのようにアスランは言葉を発する。
「キラのこと。ストライクとフリーダムのパイロットが同じなんてこと言ったのはお前達か?」
「そんなこと言えるわけないだろ!」
「知ってたのか?」
「あぁ…」
「誰がそんな…」
アスランの言葉にイザークとディアッカが驚く。
廃人と化していた彼女にそんなことを言えるわけもなくそれに関しては沈黙を守っていた。
だがそれを彼女に伝えた人物がいるなんて。
「アスラン、お前は議長とコネがあるか?」
「コネという程でもないが…ある程度話しはして貰える」
「復帰しろ、そしてミネルバに行け!」
「いきなり…」
なんとか復帰したエリアはアカデミーでの教官を通して復隊したのだと思っていた。
だがそれは完全に外れていた、まだ仇が生きているなんて知れば復讐に走るのは目に見えている。
「俺はアイツがどう動くか全く分からなくなった…アイツは何かに巻き込まれている、間違いなく!」
最愛の人物を失い、心身ともにボロボロであったエリアを目的のために使い潰そうとしている人間がいる。
そのことにイザークは激しい憤りを感じた、それはディアッカも同じだった。
「お前がしなくても俺たちが行く!なら議長に直談判だ!」
「落ち着けイザーク!」
終始暴れるイザークを見かねたアスランとディアッカは必死に彼を止めるのだった。
ーー
時が代わりミネルバ、再びブリッジに呼び出されたエリアが聞いたのは聞き覚えのある声だった。
「ミネルバ聞こえるか。もう猶予はない。ザフトは間もなくジブラルタルとカーペンタリアへの降下揚陸作戦を開始するだろう」
「秘匿回線なんですがさっきからずっと」
「そうなればもうオーブもこのままではいまい。黒に挟まれた駒はひっくり返って黒になる。脱出しろ。そうなる前に。聞こえるかミネルバ」
無線から流れてくる声にエリアは静かに耳を傾けるとタリアが応答する。
「ミネルバ艦長、タリア・グラディスよ。貴方は?どういうことなのこの通信は」
「おーこれはこれは、声が聞けて嬉しいねえ。初めまして。どうもこうも言ったとおりだ。のんびりしてると面倒なことになるぞ。
「匿名の情報など正規軍が信じるはずないでしょ?貴方誰?その目的は?」
「んー…アンドリュー・バルトフェルドって奴を知ってるか?これはそいつからの伝言だ」
「砂漠の虎」
「ともかく警告はした。降下作戦が始まれば大西洋連邦との同盟の締結は押し切られるだろう。アスハ代表も頑張ってはいるがな。留まることを選ぶならそれもいい。あとは君の判断だ、艦長…幸運を祈る」
無線が切れタリアとエリアは顔を合わせる。
お互いに覚悟が決まったようだ。
「いいわ、命令なきままだけど、ミネルバ明朝出港します全艦に通達。出れば遠からず戦闘になるわ。気を引き締めるようにね!」
「メイリン、シン達をブリーフィングルームに集めろ」
「はい!」
ーー
「各員、聞いた通りだ。ザフト軍が地球降下作戦を開始する前に出港する。オーブとて地球の国家、地球軍にくだる可能性は十分にあり得る」
「戦争…」
本格的な戦争の始まりを感じ息を飲むルナマリア。
「よって我々は明朝に出立しカーペンタリアを目指す。当然ながら我々ミネルバは最新鋭艦と言うこともあって注目を集めるだろう」
最新鋭艦というブランドと本隊からかけはなれ戦力的に乏しいという点から見てもミネルバは美味しい敵のはずだ。
「だがそれは明朝の話、こんなことを言っておいてなんだがゆっくり休め。我々パイロットはそれが資本だ」
「「「了解!」」」
ブリーフィングを終え部屋に戻るレイとシン。
そんな中、ルナマリアだけはその場に残っていた。
「教官…」
「隊長だ、まぁいい…なんだ?」
「本当に戦争が始まるんですね」
「そうだな」
ルナマリア自身も感情を整理しきれていないのか言いたい言葉は出てこない。
「ナチュラルの劣等意識、コーディネーターの選民思想、民衆間で広がる怨み辛み。そんなものがまだ抜けきれてないこの状況で始まる戦争はどれだけ泥沼になるか分からない。その点ではデュランダル議長は冷静な判断を下したと言えるだろうな」
「なんでデュランダル議長のような人ばかりではないんでしょうね」
「そう考えられるならお前はまだ冷静だ。その考えを忘れるなよ」
そう言うとエリアはルナマリアの肩を軽く叩くとブリーフィングルームを後にするのだった。