『神殺し』
それは人が神を殺戮し、神々を神たらしめる至高の権能を簒奪するという最悪の暴挙にして、至上の奇跡である。
その偉業を行った者は場所によって様々な呼び方をされる。神殺し、英雄、悪魔、悪鬼羅刹、堕天使、魔王、カンピオーネ。
炎の紋章『ファイアーエムブレム』。
それは時代や世界をまたぎ、異なった形と役割で存在する強力な神具だ。
そのもっとも古い形の一つが、ここテリウス大陸にある女神アスタテューヌの半身ユンヌが封じられていた『青銅のメダリオン』。
水しかない世界に大地と生き物を創った大地母神であるアスタテューヌ。
約800年前、とある事情でアスタルテとユンヌに別れて互いに討滅し合った結果、ユンヌはアスタルテの軍勢に敗れ青銅のメダリオンに封印された。
そして数か月前にその封印が解け、再び女神たちは互いを滅ぼし合い、紆余曲折の末に一人の剣士が女神アスタルテを弑逆した。
時はベグニオン歴649年、春。
平和になった世界で当の神殺しアイクは眉を顰めてため息をついていた。
精悍な顔立ちで、青い短髪に緑の鉢巻きを巻き、背中と腰に剣を背負っている。身長は平均男性を大きく超えているのに、見ていてひょろ長く感じないのは世界最強の剣士として鍛え上げられた筋肉がついているからだろう。
「どうしたの、大将。ため息なんてついちゃってさ」
珍しい物を見た、という顔をしているのはグレイル傭兵団の女剣士ワユだ。
小柄だが出る所は出て、引っ込む所は引っ込むという抜群のスタイルをオレンジ色のサーコートで包んでいる。ぱっちりとした紫色の瞳に同色の長い髪。野外で活動する剣士だというのにしみ一つない白い肌。
10人いれば10人が賛成する美少女でありながら、女を感じない自然な態度であるが故に男女ともに人気がある。世の女性、特に野外活動している方々が見ればインチキも大概にしろと怒るに違いない。
「いや、なんでベグニオンとクリミアに返還したはずの爵位と、神剣がまだ手元にあるんだろうな」
嘆くアイクに、ワユは苦笑する。
「うーん、仕方ないんじゃないかな。大将今回もまたとびきりおっきい手柄を立てちゃったしね」
この世界で最も信仰される創世の女神様を倒すことがとびっきりの手柄になるとは、世の中分からないものである。
「だからってこれはやりすぎだろう。
なんだこのクリミア王国、ベグニオン帝国、ディン王国における自由公爵の位とクリミア、ベグニオン、ディン、ガリア、セリノス、フェニキス、キルギス、ゴルドア、ハタリの名誉国民に任命する旨を云々って、訳が分からん。
しかも、拒否したらラグネルとエタルドまで付いてくるとかますます意味不明だ!」
彼の心からの叫びだった。しかしワユの反応はいまいち鈍い。
「いや、そもそもラグネルは大将以外に扱える人いないし、エタルドだって扱える人ほとんどいないじゃん」
「だからってあれベグニオンの国宝だろ。俺みたいな傭兵にポンポンあげていいもんじゃない。もっと丁寧に扱え!」
普段の、武器なんて使ってなんぼだ、といわんばかりの己の言動を棚に上げてアイクはのたまった。
そもそもアイクは根っからの傭兵であり、剣士だった。
アイクは両親が遺した妹とグレイル傭兵団を守り、父親から受け継いだ剣術さえ極められれば、それでよかった。剣にも傭兵団にも誇りを持っていたからだ。
だがひょんなことからアイクはエリンシア姫に出会った。命の危機にあった彼女を助けない訳にはいかず、それをきっかけに様々な事に巻き込まれて、いつの間にか英雄だ、勇者だ、貴族だと祭り上げられてしまった。という風にアイクは考えていた。
実際には亡国の姫を見捨てる機会は腐る程あったのに、この男が絶対にそれを良しとせず奮闘した結果である。
さらにいえば彼が貴族や名誉国民だになっているのは彼の仲間の内で国の高い地位に就くものが考えた勇者共有計画、つまり彼を恐れた有象無象の暴走を防ぐための彼は自分たちの味方ですよアピールである。
しかしアイクは英雄にも勇者にも貴族にも興味がなかった。政治も宗教も英雄も色々と非常に煩わしいし、嫌な記憶しかないのだ。
貴族は領地を運営し、人を食ったような連中がうようよいる国政にも参加しなくてはなくてはならない。そのためにはたくさんの人間を雇わなければならない。人材を確保するために手を打たなくてはならないし、雇った人間の面倒も見なくてはならない。
自由気ままな傭兵団の連中を纏めるだけで精一杯だというのにこれ以上責任を負いたくない。そのうえ毎日意味の解らない会議や催しに参加し、人々の上に立つ英雄として振る舞うことを要求されるのも肩が凝って仕方がない。
いっそのこと全てを放り出して、どこか別の世界に行きたいと願うこともしばしばだった。大きな布にでかでかと「探さないでください」と書いて失踪したくなる衝動にかられることもあった。
今日もやっとのことで暇を作って剣を振るえる任務をもぎとってきたというのに、「不幸の手紙」を貰ってしまう始末だ。
後世に残る世界規模の英雄になり、ついでに平民が公爵になれることを『名誉』ではなく『不幸』と呼ぶのは少数派であることをアイクは意図的に無視していた。嫌な物は嫌なのだ。
「そういえば今朝、ベグニオンの方から神使親衛隊の天馬騎士が来てたけど、それがもしかして…」
「ああ、彼女達がこの書状とラグネルとエタルドを運んできた。事情を聞いたら断れなかった。」
「事情?」
「剣が俺に引き寄せられるらしい」
マーシャの元同僚達の話によると、この2振りの両手剣は両方ともアイクを正式な所有者と見なしているらしい。帝国1の魔術師セフェランに様々な封印の魔術を施されているにもかかわらず隙を見ては術を破ってアイクの所へ飛んでいこうとし、先日遂に宝物庫の分厚い壁にも大穴を空けてしまった。今回も安全に運べる様に魔術を何重にもかけてもらったそうだ。
「なんだか飼い主に懐く犬みたいだね」
ワユの呑気なコメントに、抗議するようにアイクの腰と背中にある剣が震えた。
「いらっしゃい」
「二人だ」
店の扉を開けると、スキンヘッドの大男が二人を出迎えた。この違法賭博場の支配人である。こいつの罪状や日程はすでにアイクの参謀のセネリオが調査済みであり、毎月の今日ここに金を取りに来ているのも調べがついていた。
「ん?大将、あのピンク頭は…」
「あれ、団長さんに剣士ちゃんじゃないすか。めずらしいねぇ」
「…マカロフ、お前賭け事は止めたんじゃなかったのか」
マカロフ。剣騎兵として腕は確かなのだが、頭の中が髪の毛と同じでピンク一色なので騎士団では毎年退団ギリギリのラインを行ったり来たりしている男である。
年中酒を飲んでは勝てもしない賭け事にのめりこみ、借金をこしらえては騎士団や妹のマーシャのつけにするという割とどうしようもないダメ人間なのだが、なぜか美しい女騎士ステラに猛アタックを受けているという色々な意味で許せない男でもある。
「くっくっく、お二人さん、この男の知り合いかい。こいつにはいつも稼がせてもらってるぜ」
「いや~はっはっは。いつも良いとこまで行くんだけどいつのまにかすっからかんになっちゃうんだよねぇ」
「………」
アイクは沈黙し、ワユの心の中で(それってカモられてるんじゃ)とつぶやいた。
「お客さん、ルール分かるかい」
「ああ」
「じゃあ、賭け金はどうする」
「これで、頼む」
「「ちょっ」」
躊躇なく背負っていた神剣ラグネルを差し出すアイクに、期せずしてワユとマカロフの声が被った。
「こ、こいつはすげえ! 黄金で出来た刀身に緑の宝石がいくつも……! お前さん、こいつをどこで」
「でかい
神殺しを
「へっへっへ、そうだな、コイツの価値はこれ位かな」
大男は二番目に高いチップを30枚ほどアイクに渡し、大声で叫んだ。この男も神剣の価値が分かっていないらしい。まあ、この店にある金庫の中身を全てひっくり返しても、神剣は買えないだろうけど。
「じゃあ、はじめようか!!」
こうして、世紀のいかさま対決が始まった。
「そ、そんな馬鹿な。15連続クリティカルだと! ありえん! この鉛がたっぷり仕込まれたサイコロで出るはずがねえ!てめぇっ、いかさましやがったな!!」
ブーメランなセリフと共に店員たちは武器を持ってアイクにとびかかった。
だが、チンピラレベルの強さしか持たない男たちが、戦場に鍛えられたアイクやワユに適う筈もなく、みるみる数を減らしていく。
「つ、強え。くそ、せめてこいつだけでも…」
スキンヘッドの大男はテーブルの上のラグネルを持ち上げて…
「いただいていくぜ! ぎゃあああああ!!」
前方につんのめった。しかも悲鳴を上げ続けている。
「腕が、腕がー!なんだこれ超重えええええ!!」
「セフェランの術が切れてきたか」
アイクが賭け金代わりに渡した神剣ラグネルにはセフェランが厳重に、幾重にもわたって、2種類の魔術―封印魔術と軽量化魔術―をかけていた。
神剣ラグネルと神剣エタルドは剣の意思うんぬん以前に使い手を非常に選ぶ。何を隠そう、この2振りの両手剣はもの凄く重たいのだ。
具体的には設置型投石機と同じくらいの重さだ。飛ばされる岩だけでも数百キロから数百トンの重さであり、それの土台になる投石機の重さは推して知るべしと言ったところだろう。絶対に剣として間違っている。
その代わり、神剣は暁の女神の加護と血がかかっているため、永遠に鋭い切れ味を保ち、絶対に壊れないし、衝撃波や見えない斬撃を飛ばしたりできるし、その他にもいろいろ良い所があるのだ。
「さて、いろいろと吐いてもらうぞ。時間がたてばたつほど、その剣は重くなるんだ」
両腕が剣の下敷きになって動けないスキンヘッドの大男に、アイクは無情にも告げた。
「ないわー、神剣を拷問に使うとか、ないわー。常識的にないわー」
マカロフの呟きは聞こえなかったことにして。
「たいしょー、店の外に逃げた奴らを捕まえてきたよ。」
「こっちも全部吐かせたところだ。任務完了だな。来い、ラグネル……本当に来たな」
アイクもこの前まで知らなかったが、この神剣たちは呼ばれるとアイクの手元に飛んでくる。気を失っている男の上からふわりと浮かび上がりアイクの手元に収まった。アイクは一回ぶんっと振ってスキンヘッドの血と汗と涙を払い背中に収めた。
「今回は楽ちんだったね。…マカロフさん、どうしたのその顔」
「マーシャに兄が今度賭け事をしているのを見かけたら、根性を叩き直してくれと頼まれてたんでな」
「ふーん、まあそれならしょうがないかな」
「じょ、冗談じゃない。顔が変形するかと思ったぜ」
「自業自得だ。ワユ、表に馬車をまわしてくれ」
「りょーかい」
「にしても、団長さん博打めちゃくちゃ強いな。なんかこつあるの?」
「勝つつもりでやれば勝てる」
「いやいやいや」
「そんなことより、こいつらを馬車に乗せるのを手伝え」
「さあてと、どっか別の酒場でも」
「手伝え」
「はい」
アイク達は檻付きの馬車に犯罪者たちを放り込み、最寄りの監獄に寄って引き渡してから、帰路に就いた。あたりはすっかり暗くなってしまったが、アイク達は夜目がきくので夜でも問題なく王都メリオルの城に着いた。
「お、あの桃色の髪はマーシャかな」
「げっ」
目の良いワユが城門の前に立つマーシャを見つけた。マカロフはとっさに逃げようとするが、天馬に乗ったマーシャが近づいて来る方が早かった。
「あっお帰りなさい! アイクさんもワユさんもお疲れさまでした。……兄さん? なんでここにいるんですか?」
明るい笑顔で出迎えてくれたのはクリミア王国の天馬騎士マーシャである。
赤いブーツをはいた足はスラリと長く、凹凸の少ないほっそりとした体は白いチェニックと赤い部分鎧で覆われている。桃色の髪をショートカットにしているせいか、小顔なワユよりさらに顔が小さく見える。気さくな美少女である彼女のファンもまた多い。
「俺たちが摘発した店で会った」
「いや~帰り道にばったり出会ってさー」
アイクとマカロフの声は同時だった。マーシャはにっこり笑った。
「アイクさん、ワユさん、お疲れ様でした。ゆっくり休んでください。あっエリンシア様とお菓子を焼いたので、あとでお部屋に持っていきますね。兄さん、お話がありますので、訓練所に行きましょうか」
兄の手を笑顔で掴むマーシャには有無を言わせぬ迫力があった。マカロフの賭け事のせいベグニオン聖天馬騎士の職を失った挙句、海賊に売り飛ばされそうになったところをアイク達に助けられた経験のある彼女の怒りはひとしおである。
触らぬ女神にたたりなし、アイクとワユはさっさと城内に戻っていく。後にはマーシャと、彼女に引きずられていくマカロフのみ。
「さあ、行きましょう。次約束を破ったらクリミア式訓練だって前に言いましたよね」
クリミア式訓練とはジョフレしょーぐんやケビン将軍が考案した騎士団の訓練で、守備隊と攻撃隊に別れて行われる実戦形式の訓練兼一般人への見世物である。攻撃隊は何とかしてエリンシア女王役の人間に一撃入れるか、誘拐すれば勝ち、守備隊はエリンシア女王役を守りきれば勝利である。訓練の様子は一般人にも公開され、どっちが勝つか賭けも行われている。一見何も問題は無い。
「アイク団長の言う事を信じるな! あれは誤解だ、陰謀だ、謀略だ。俺を信じてくれ!」
「無理です」
「お前は兄貴の言葉よりアイクの言葉を信じるっていうのか! それでも兄妹かあ!」
「いっそアイクさんの妹になりたいですよ……」
「あんなムリゲーやってられるか、俺は厩舎に帰らせて貰う!」
一見何の問題も無いかに思えたこの訓練には実は重大な欠陥があった。それは攻撃隊と守備隊の人数はジョフレしょーぐんの胸先三寸で決まってしまう事である。故に最悪の場合、攻撃対守備が1対1000とか、その逆とかがまかり通るのだ。ちなみに無謀極まる1vs1000の戦いで1側が1000側に勝利したのは数回だけ、なんたら無双の様に守備隊を強行突破した某団長がいたとかいないとか(ついでにこの時だけはこっそり本物のエリンシアが女王役をやっていた)。
「はあ。本気でアイクさんがお兄ちゃんに欲しい。でも兄妹じゃお付き合いとか色々問題あるしなぁ。でも……うーん……」
「い、嫌だあぁ。クリミア式訓練は嫌だぁあああー!」
捕らぬ狸のなんとやらをするマーシャ、そのマーシャに捕まったまま引きずられていくマカロフ。
数十分後マカロフの奮闘虚しく、ワンサイドゲームが始まり彼の悲痛な声が夜空に響いた。
ラグネルとエタルドの重量の設定は公式
ちなみに一般的な片手剣の重さは1.5キロ~3キロくらいで、
クレイモアやツヴァイヘンダーなどの両手剣の重量は3キロ~6キロくらい。
設置型投石機と同じ重さのラグネルとエタルドはは少なくとも10トン以上と思われる。
アイクさんもしっこくさんも、これを両手に持ってぶん回したらしいオルティナさんも、どんだけ力持ちなんだよ……ここまで重い剣も珍しい。