人間たち、特に魔術師や魔導師などという輩が言う《まつろわぬ神》。
超自然の存在である彼らは、いかにして生まれるのか。
それを知る人間はいない。何しろ、当の神々ですら明確には答えれない現象なのだから。
彼ら《まつろわぬ神》は気づいた時には地上に顕現し、存在しているものだ。自らの誕生の過程などいちいち覚えていたりはしない。
「我が何者であるか、などと己に問いかけても答えなどでないというわけだ」
実体を得たばかりの彼だが、そこには悲しみは無く、かすかに笑みすら浮かべながらつぶやいた。わからない事を楽しんでいるような節さえ見受けられる。
真の自己が何者かを探したいなどと繊細過ぎる悩みを持つのは、神代に人間の規格外とまで言われた豪傑である彼の流儀では無かったのだ。
ただ、彼ら神々の核を形作る要素は神話である。
故にその物語を語る人間たちの暮らす土地や物語にゆかりのある土地で聖誕するケースは多いと言えるかもしれない。あるいは物語に深い縁を持つ者がいれば、そこに聖誕するかもしれない。
彼はどっかりと地面に座って耳を澄ませた。
彼は四方を鬱蒼と茂った木々に囲まれていたが、超人的な戦士である彼の耳には争いの音、どこか聞き覚えのある声、竜の咆哮と微かな鐘の音が余裕で聞こえてくる。そして少しずつ集まっていく蒼い炎の呪力も感じられた。
「面白い。戦、女神の炎、竜、そして奴か」
彼は自分の顕現した理由を唐突に悟った。
どこか聞き覚えのある声、これの正体も見当がついた。おそらく神騎将ガウェインの息子であろう。見てもいないのに確信できるのは自分の最期を飾った人物だからだろうか。
「神代の敗北を濯ぐのもまた一興か、いや」
そこで彼の超感覚は先程の咆哮の主とは別のより強大な竜をとらえた。不遜なことに精神感応の術でこちらの正体を探ろうとしている。
「まずは、貴様に身の程をわきまえさせてやるか」
戦神にして、竜と大地の征服者である己にふさわしい強敵がいる。喜ばしい展開ではないか。
とりあえず、倒すべき敵がいればよい。血沸き、肉躍る戦があればそれでよい。
これがなければ始まらない。戦神の存在意義がない!
青髪の偉丈夫はゆっくりと立ち上がった。女神の祝福を授かった漆黒の鎧を身に纏い、その手に長大な神剣を持って。
途中絵本をアイクに見られるという赤面物のハプニングこそあったものの、私達を乗せた船は概ね順調に上昇していた。
ここに来る前、いなくなってしまったベビーの事を考えて感傷的になっていた私は、船を自動操縦にしてなんとなくこの本を読んでいたのだが、救難信号を受けて慌てて操縦席に戻った。それっきり補助席に乗せたまま片付け忘れていたのだ。
22歳になって絵本を読むとか自分でもどうかと思うし、ましてやそれを他人に、しかも同性ならまだしも異性に見られるとか恥ずかしくて死にそうだ。穴があったら入りたい。
私は表面上平静を保っていたが、内心ではあまりの羞恥に悶絶していた。
ああ、私のブラックヒストリーリストがまた加筆修正されてしまう。
思い出して悶えるたびに、二度とこのリストを増やさないぞと胸に刻んでいるのに、またやってしまった。
でも仕方ないじゃないか。
この絵本、「蒼炎の勇者の冒険」は、私が地球系コロニーから惑星ゼーベスに移る前から持っていた唯一の物だ。一番古くから私と一緒にあった物だといってもいい。
嫌な事があった時にこれを読むのは幼いころからの私の癖なのだ。と誰に言うでもなく自己弁護を試みる。
私を拾ってくれた鳥人族曰く、リドリー率いるスペースパイレーツに故郷を破壊された私はこの本を胸に抱えて倒れていたらしい。おそらくはもう顔も名前も思い出せない両親に、幼かった私が買ってもらった物なのだろう。実質両親の形見と言ってもいいものだ。
リドリーが私の住んでいたコロニーを襲った当時のことは、私は何も覚えていない。おぼろげに両親が優しかったなと覚えているだけだ。幼い私に両親や友人の死や故郷の喪失は耐えがたく、記憶を封印してしまったのだろう。3歳の子供には無理もない話だ。
鳥人族に拾われて惑星ゼーベスに移ってからも、この絵本たちは私と共にあった。
幼かった私はこの本に夢中だった。環境の激変のせいで空想の世界に逃避したかったのかもしれない。
蒼炎の勇者の冒険譚の内容は、とある星の史実をもとにしたおとぎ話。
無愛想だが熱血漢な青年アイクは、母親を早くに亡くし、父親も邪神を封印したファイアーエムブレムを守って殺されてしまう。その父親の後を継いで慣れない傭兵団の仕事をこなしつつ、エリンシア姫とファイアーエムブレムを守るため圧倒的な敵戦力とひるまず必死に戦う蒼炎の勇者アイクのお話だ。
最後はアイクの明かした真実のおかげで、バラバラだった各国がアイクとエリンシア姫の元で纏まり、隣国の悪いアシュナード王を倒して終わるのだ。
私は何度も読み返し、たくさんの光景を夢想した。私は時に勇者となって空気でできたアシュナードを倒し、時にお姫様になって空想の勇者に助けてもらうのだ。
私のあまりの熱の入れようを微笑ましく思ったのか、私を拾ってくれた人たちは当時の私にこの本の続きを取り寄せてくれた。私は買って貰ったその日に喜び勇んで読んだのを覚えている。
アイク達はその3年後、大陸に住む二つの種族の戦争に巻き込まれる。魔法が使える以外は普通の人間であるベオクの帝国ベグニオンと、大きな獣に化身できるラグズ連合の戦争が起きたことで、800年間眠っていた2人の女神アスタルテとユンヌを起こさざるを得なくなった。
ここで面白いのは、主人公のアイクはベオクなのにラグズ側で参戦すること、前作からいろんな人たちが信仰していた正当な女神アスタルテではなく、邪神と言われていた女神ユンヌの側に立つところだ。そして世界中の人間を戦争を起こした罰として石に変えてしまったアスタルテの所に仲間たちと共に向かい、様々な試練と戦いの末に女神アスタルテを倒してしまうところだろう。
当時の私は子供ながらに、作中で800年前に大洪水をおこして世界を沈めてしまったのは、争いを止めない人類を止めようとした女神自身であったという真実や、天地と生き物を創った完璧な存在と作中で言われていた女神が実は不完全な存在であり、最終的に人間が彼女を倒し、そして許したことに衝撃を受けていた気がする。
最後のシーンに至ってはページがくたくたになるまで読み返した。
「不完全で人を迷わしてしまう自分たちは消えた方が良い」と言う女神ユンヌに、勇者アイクは「それでもいい、あんたは生き物全ての親のような者で、子にとって親はやはり必要なものなのだから消えないでほしい。たとえどんなに目を覆いたくなることがあっても何度でも向き合えば良い」と諭す。最後は鳥になったユンヌを見上げる勇者アイクの後ろ姿で終わるのだ。
10台前後の私がパワードスーツを受け取り、鳥人族から銀河を守る使命を受け継いだのもこの本が無関係とは言えない。当時の私の中にヒーローに憧れる気持ちがあったのは確かだ。
鳥人族がマザーブレインとリドリー、スペースパイレーツに滅ぼされ、私が銀河連邦軍のアダム部隊に入った時にもこの本は一緒だった。遠出する時の暇つぶしのためにスターシップに入れられていたこの本たちと一緒に私は惑星ゼーベスを出て、後にゼーベスが滅んだと知ったのだ。
連邦軍在籍時代の私は、女性扱いされることを極端に嫌っていた。常に意地を張り、無愛想な男言葉で話していた。無愛想な男言葉、そう本棚の奥にそっと隠してあった絵本の主人公の様に。そうしていなければ簡単に崩れてしまいそうな自分が歯痒く、苛立たしかった。
そんな私をいつも気に掛けてくれていたのが、アダムだった。
普段彼はジョークなど口にしない。なのに、ブリーフィングの終わりには必ず、「異論はないか、レディー」と言っていた。気遣いだと分からなかった未熟な私はそれが面白くなくて、ブリーフィング終了の時のサムズアップをサムズダウンにして応えていた。作戦の了承と女性扱いされることへの断固とした抗議を込めて。
子供だった。
そして私は、未熟だった私は、大型スターシップの事故の被害を最小限に抑えるために自身の弟を見殺しにしたアダムに向かって弾劾の言葉を吐いてしまった。一番辛いのはアダム自身だというのに。結局このことが原因で私は父親同然だった彼のもとを去ったのだ。
まあそんなことは、今は関係ない。
自己弁護している内になにやら他の黒歴史まで掘り返してしまい、危うく頭をかきむしりながら悲鳴を上げそうなった事などどうでも良いのだ。
そんなことより目前の問題だ。
私が自分の羞恥心と格闘している間にも、私達を乗せた船は憎たらしいほど順調に上昇していた。
船が通れるほど穴は大きくないので、船の頭についている出口を使うことにした。
私は慎重に船の頭を穴にくっつけにかかる。コックピットに移る穴のふちは焦げてボロボロになっていた。
「それにしてもどうやってこんな大きい穴を開けたんだ?」
ここの壁や床は宇宙船などに使う特殊金属製なので、個人携帯兵器では破格の威力を誇る私のミサイルやボム、ビームでも壊せないのだが。
「俺の仲間がレクスボルトで開けた」
レクスボルト、名前からしてビーム兵器だろうか。
「そうか。安心した」
「? どういう意味だ」
「いや、あなたの傭兵団には剣や槍以外の使い手もいるみたいだから」
「当たり前だろう。剣や槍みたいな近接武器だけでは対処しづらい事態もある。そんな時のために遠距離攻撃も出来る奴らをそろえておくのは必須だ」
おお、珍しくアイクがまともな事を言っている!
私は安堵した。彼の傭兵団にも色物兵器以外の使い手がきちんといるらしい。団長が衝撃波の出る剣みたいな趣味装備をゴリ押しできる破天荒な奴だから、彼の傭兵団もそんな人外たちで溢れ返っているんじゃないかと心配していたが、どうやら杞憂だったようだ。
「あなたもきちんと考えて傭兵団を運営していたんだな」
正直、俺についてこれる奴だけついてこいみたいな感じだと思っていた。
「まあ、経理や運営はセネリオやティアマトに手伝ってもらっているがな」
まただ。私は眉をしかめた。
「さっきもエリンシアと言っていたが、それはあだ名かコードネームか何かなのか」
さっき絵本を見た時にようやく思い出した。この男の名前や装備にどうも見覚えがあると思っていたのだが、見覚えがあって当然だ。
アイクやエリンシア、セネリオ、ティアマト、どれも「蒼炎の勇者の冒険」の登場人物の名前なのだ。
アイクは言わずもがな主人公だし、エリンシアは彼を慕う王女の名。セネリオは彼に忠誠を誓う頭の切れる参謀、ティアマトは包容力溢れる副団長の名である。
だが、本人であるはずがない。何しろ彼らは数万年前の人物である。
「コードネームが何なのかは知らんが、どれもあだ名とかじゃなくて本名だ」
だとすると、彼らの親は相当の蒼炎の勇者マニアだったようだ。しかし気の毒だ。少し考えてみれば分かるはずだ。息子や娘にチンギス=ハーンやヨシツネ、クレオパトラみたいな名前をつけたらどうなるかを。
もうひとつアイクたちが蒼炎の勇者たちの末裔で、アイクX世、エリンシアY世な可能性もあるが、まあこれは限り無く低い。どんな偶然だ。
「ところでサムス、この『蒼炎の勇者の冒険』についてなんだが…」
ガコンッ!
船が天井に当たってかすかに揺れた。
(その本のことは忘れろ!!)
私は叫びそうになったが、淑女らしく耐えた。
「この本はいつ書かれたんだ」
「23年前の出版だ。裏表紙に書かれているだろう」
私はいつも通り冷静に答えた。これ以上恥の上塗りは避けねばならない。なにより私の心が耐えられない。
「……そうか」
アイクはそれきり黙り込んでしまった。
私はその態度を不思議に思ったが、船の軌道の修正に戻った。
船を出た私達の目の前には頑丈そうな隔壁があった。
「とりあえず扉は破られていないようだな」
アイクは険しい顔でうなずいた。
「ああ。少し安心した。だが、これは……」
そして、隔壁のすぐ近くの壁には、巨大な刃物で切り裂かれたような裂け目が出来ていた。
断面は鏡のようだ。横幅はスターシップが入れそうなほど広く、奥へ奥へと続いている。
ここの壁や隔壁に使われている合金を破壊するには、相当の威力が必要だ。現状の装備では不可能なほどこの施設の壁は硬い。それなのにこんなにきれいに切断するなんて。
「アイク……まさかとは思うがこれも貴方がやったのか。もしくは貴方の仲間が」
「いや、俺はやっていない。それにこの太刀筋は俺の仲間の物では無いな」
「……そうか。アイクは剣を使うだけあって太刀筋が誰の物か分かるのか」
「ああ。だが、この太刀筋は……いや、それはないな」
太刀筋か。私はアイクたちお得意の不思議兵器の心当たりを聞いたつもりだったが、その発想は無かった。いくら私でもさすがに太刀筋の鑑定は専門外だからな。
「サムスはなにか心当たりはないか」
「ないな」
あいにくこんな風に壁を切り裂く兵器なんて見当もつかない。大型レーザーカッターでも使ったのか。断面的にも広さ的にも違うと思うのだが。
さらに、床には足の踏み場がないほど大量のクリーチャーの死体が折り重なっていた。
原形をとどめていない物を除いても、焦げていたり、切り裂かれたりした死体はざっと見て500は下らない。
唯一の救いはその中に人間の遺体が一つも見当たらないことだ。どれも見覚えあるクリーチャーばかり…………
「サイボーグ…! それにこの胸……!!」
「何か分かったのか!」
「見て分からないのか! こいつらはスペースパイレーツのゼーベス星人だ。しかもサイボーグに改造されているし、この胸の模様は銀河連邦軍のものだ!」
「その賊はギンガ連合軍に所属している兵士だったということか」
「いや、それはありえない。銀河連邦とスペースパイレーツは長年激しく対立してきた。それにこいつらは体の所々が機械に改造されている」
「……改造? どういうことだ」
「頭部に埋め込まれているこの機械は、恐らく強制的に命令に従わせるものだろう。海賊なんてしているがこいつらは元々知能も身体能力も高いから生物兵器にはうってつけだ」
「……まるで“なりそこない”だな。気に食わん」
私もだが、アイクもこの悪趣味な機械にかなり嫌悪と怒りを感じているようだ。
“なりそこない”と言うのは『蒼炎の勇者の冒険』に出てくる薬品と魔術によって自我を破壊され、強制的に化身させ続けられ戦わせられるラグズ奴隷のことだ。たしかデイン王アシュナードとそのお抱え学者によって研究されていた。確かに生物兵器という点では同じだ。
アイクが何故スペースパイレーツを知らないのか、なんで“なりそこない”を引き合いに出してきたのかは疑問の余地もあるが、そんなことより私はこの事件の真相が気になっていた。
「銀河連邦軍が秘密裏に生物兵器を研究していたとは……生物兵器の使用も研究も禁止されているはずだ」
私はアイクに顔を向けた。こうなってはなりふり構っていられない。
「アイク、お願いだ。この事件について私はどうしても真相を突き止めなくてはならない。あなたが知っていることを教えてほしい」
「……分かった。俺も詳しい事は分からないが、ある程度は知っている。メリッサを作るだけでなく、こんなことまでしていたとは正直思ってなかったが」
「メリッサ?」
アイクのとんでもない語りが始まった。
アイクがよく分からないから聞いたままをを話すぞという前置きから始まった話をまとめるとこういうことになる。
研究員メリッサ・バーグマンは、テレパシーによって生き物を支配・制御するべく生み出されたアンドロイドで元はNBと呼ばれていた。
テレパシーによって生き物を支配・制御する、それはかつてマザーブレインがスペースパイレーツやメトロイドに行ったことだ。メリッサはおそらくマザーのコピー。MBという名も、おそらくマザーブレインの略称。たぶんこの計画の首謀者はMBを使ってスペースパイレーツのサイボーグ部隊を操らせる予定だったのだろう。
MBは最初こそ人形のようだったが、親代わりだったマデリーン・バーグマン局長にメリッサ・バーグマンと名付けられ、マデリーンや施設の人間と触れ合う内に心のような物を獲得した。
しかし、それを良しとしない計画首謀者が恐らく外部から連絡してきて、メリッサの処分が決められた。
ここでいう計画の首謀者とは銀河連邦の上層部の誰かだろう。かつて惑星ゼーベスとそこの住人の鳥人族は、感情を持ってしまったマザーブレインが操るスペースパイレーツによって滅ぼされた。その失敗を目にしている彼らは自分たちも同じ目にあうことを恐れたのだろう。
黒幕の手先に脅されたマデリーンはメリッサの助けを呼ぶ声を無視してしまった。母親に裏切られたと思ったメリッサは錯乱し、ここに倒れているクリーチャーを大量に召喚して暴れだした。
彼女をこのまま放置できないと判断したマデリーンはアイク達に彼女の抹殺を依頼。しかしアイク達はそれを拒否し、マデリーンとメリッサの間にある情を信じて、彼女達を和解させる作戦に出た。
「それで、どうなったんだ」
「俺はマデリーンをメリッサに直接ぶつけることにした」
「それで」
「作戦は成功し、マデリーンとメリッサは気絶した」
「……よく意味が分からないんだが」
「だから彼女達は気を失ったんだ。お互いを抱きしめながらな」
和解できた嬉しさのあまり気を失ったという事か。あるいはお互いを殺そうとしたことに彼女たちの心が耐えきれなかったのだろうか。
そこまで考えて、私にはある考えが浮かんできた。それはあまりにも荒唐無稽、ありえないものだった。しかしもしかして……
「……まさかとは思うが、マデリーンをメリッサにぶつけるというのは彼女達を話し合わせるという意味だよな」
「もちろんだ。最初はな」
「最初は…?」
何故だろう。嫌な予感が止まらない。
「ああ。いつまでもぐだぐだ言っているマデリーンに頭に血が上ってしまった俺は、彼女をメリッサに投げつけた。彼女は見事にメリッサにヒットし、敵将の撃破、親子の会話と、メリッサに対する処罰がいっぺんに終わった。そういうわけだ」
私はいい加減頭痛がしてきたこめかみを抑えながら、言った。
「……やることが強引過ぎる、無茶苦茶だ。と言われたことはないか」
「割とよく言われる」
「……まあいい。続けてくれ」
「メリッサが気絶した後は怪物たちも固まっていたんだが、奇声が響いたと思ったらまた動き出して俺達を攻撃し出した。しかも今度はメリッサごとだ。俺達はメリッサとマデリーンと共に転移で離脱しようとしたんだが、どういう訳か俺だけ転移に失敗して扉のむこうに行けなかった。俺は奴らを殲滅し、扉の向こうへ行ける道を求めてこの穴に飛び込んだ。その探索中にサムスに会ったというわけだ」
「殲滅って、こいつらは一体、一体が強力なクリーチャーだぞ。それこそ一体いれば連邦軍の精鋭を数十人は軽く倒せる。こいつらを一人で殲滅したのか」
「ああ」
信じられない。生身の体でそこまでやるとは。だが、現にここは切り裂かれた死体で埋まっている。もしかしてアイクは私のように何らかの遺伝子調整をされているんだろうか。それにしたってパワードスーツも無しにこの戦闘力は異常と言っていい。
「…この計画の首謀者の名前とか分かるか」
「いや、分からん」
「黒幕の手先はどうだ。その後どうなった」
「メリッサ曰く、この扉の向こう側に逃げ込んだそうだ。それ以降は分からないが、たぶんメリッサを殺そうとした落とし前はつけさせられているんじゃないか」
「クリーチャーを暴走させた奇声の主は?」
「ここで死んでいる奴でもメリッサでも人間でもないということくらいだ」
「ということは他にも厄介なクリーチャーがいるという事か……ならここに倒れている以外のクリーチャーに心当たりはないか」
「他には……そういえばマデリーンが『メリッサはメトロイドとの交流で心を得たのかもしれない』と言っていた」
「待て、メトロイドだと!!」
「あ、ああ。メリッサはメトロイドとやらを自分の子供の様に大切にしていたらしい」
アイクは私が何をそんなに焦っているのか分からないという顔をしているが、これが焦らないでいられるだろうか。
私には連邦軍の愚かな計画とこの事件の発端と全貌がおぼろげながら分かってしまった。
『君がお偉いさんの前で恥をかかないように、スーツはピカピカに磨いといたよ』
検疫官がニヤニヤとした軽薄な笑みを浮かべていた訳が、やっと分かった。彼は私のスーツに付着していたベビーの細胞を採取し連邦軍に売ったのだ。
連邦軍はその細胞を培養し、メトロイドを繁殖することに成功したのだろう。さらにマザーブレインのコピーであるメリッサを母親と認識させ、精神感応で操る。こうして最強の生物兵器メトロイドの部隊を作ることを可能にした。
しかしメリッサがメトロイドやマデリーンとの関わりの中で心を得てしまったため、計画の首謀者は彼女のAIを初期化しようとした。だが、メリッサの抵抗でそれが阻止され、メリッサの暴走はアイク達の奮闘で阻止されたのだ。
そして施設内が混乱したことで、生物兵器たちが檻の中から出て、溢れかえっている。これが現状だ。
それにしても、メリッサはメトロイドを自身の子供の様に扱うというところで胸が痛んだ。きっとベビーのように懐いてきたんだろう。
アンドロイドの小女が彼女を母親だと慕う生き物との触れ合いの中で自我を目覚めさせる。本来は素敵なストーリーになるはずなのに、醜い欲望がそれを汚そうとしている。私はそれが許せなかった。
「……あんた程の戦士がそんなに焦るなんて、メトロイドは相当やばいものらしいな。俺にも教えてくれないか。敵となりうる奴の事は出来るだけ知っておきたい」
「……本当に知らないのか?」
「ああ。俺は学が無いからな」
そういう問題だろうか。この銀河で賞金稼ぎなんてしていれば、いやしていなくてもメトロイドの脅威は嫌でも耳に入ってくるはずだ。
何かがおかしい。
そう思いながらもメトロイドを知らないらしいアイクにレクチャーすることにした。
「メトロイドは透明な緑色の皮膚に赤い核、4本の下アゴをもつクラゲの様な姿をしている。常に空中を浮遊し、他の生物に喰いついて生命エネルギーを吸い取って生きている。生命エネルギーを吸われた生き物はミイラの様になって死ぬし、逆に生命エネルギーを送られたものは回復する。卵で増えるがベータ線でも増殖する。宇宙空間でも耐えられるし、皮膚が強靭でほとんどのビームやミサイルのような物理攻撃はほとんど効かない。効くのはアイスビームみたいな低温攻撃の後の物理攻撃か、もしくはよほど強力な攻撃を行うかだ」
「もしそいつらと遭遇したら、どうすればいい。あんたが凍らせて俺が斬る、さっきみたいな感じでいいか」
「いや、生身でメトロイドに取りつかれた場合打つ手がほとんどない。出来れば手を出さないで欲しいが……言っても無駄か」
「それでも何か出来る事があるはずだ。そいつらは接近戦しか出来ないようだから、あんたが凍らせた後に俺が衝撃波でやれば、遠距離から倒せるんじゃないか」
「まあ、あの威力と速度、飛距離なら可能だと思うが。……絶対に前に出てくるなよ」
「俺もミイラになるのはごめんだが、サムスが取りつかれたらどうする」
「私は見えないだろうがエネルギーシールドを張っているし、前に戦った時はモーフボールになってからボムを使えば奴らを吹き飛ばす事が出来た」
「モーフボール?」
「ああ、アイクにはまだ見せていなかったか。これの事だ」
私がモーフボール状態になると、アイクが眉を上げた。
少しの間だが一緒に過ごした私には分かる、アイクはすごく驚いている。
その反応に少し気分を良くした私は、そのままアイクの周りをコロコロと転がった。アイクの目線は私に釘付けである。
「驚いたな、そんなことが出来るとは。どういう仕組みなんだ」
「企業秘密だ」
この質問をされた時の決まり文句を口にしながら、ボムを設置する。
透明な青色のボムは少し間を置いてから爆発し、私は爆風で少しだけ浮き上がる。
「今のがボムだ」
「間近で爆発して痛くないのか」
「別に痛くはない。ただ私以外のものが触れれば別だ。かなりの衝撃と痛みをくらう筈だ」
「便利なものだな」
このボムはパワービームと同様に私の生体エネルギーをもとに作っているから、私には痛くないし何発でも生産可能なのだ。チャージすればメトロイドさえ一撃で葬れる、私の武装の中で一番の攻撃力と範囲を誇るパワーボムが使えるのだが、これは忠告する必要があるな。
私は普通の形態に戻って、真剣な口調で頼んだ。
「アイク、今はアダムに制限をされている身だが私にはパワーボムという武装がある。これはさっきのボムの強化版で、使えばメトロイドを倒せるが、私を中心にして広範囲を焼き尽くす武器なんだ。だから万一大量のメトロイドに包囲されたらば、アイクは仲間を連れて離脱してほしい」
アイクは真顔で頷いた。
「分かった。その時は退避させてもらおう」
「ありがとう」
「念の為訊いておくが、パワーボムを使ってもサムスは怪我をしないんだよな」
「当たり前だ。自分の武装で怪我してどうする」
「それもそうだな」
アイクはふっと微笑んだ。
私も少し笑って、自分が今日会ったばかりの人と笑いあえていることに驚く。
誰もが知っているような事を知らないのに、妙な特技や知識を持っている奴。
無愛想に見えて、意外と仲間思いな奴。
クールに見えて、根は強引で熱血な奴。
憧れていた絵本の勇者に少しだけ、そう、少しだけ似ている奴。
これが私の現在のアイクへの印象だ。
「アイク。これが最後の質問だ」
この施設で起きていることはだいたい分かった。連邦軍の愚かな計画の全貌も見えた。
この施設が私の思っている通りの施設なら一般人や色物賞金稼ぎが簡単に侵入できるはずはない。
だがもし彼らが、私の推測で初めに除外した人物で、あれに巻き込まれたとしたら、話は別だ。
「貴方達はどこから来たんだ」