誰もが知っているような事を知らないのに、妙な特技や知識を持っている奴。
無愛想に見えて、意外と仲間思いな奴。
クールに見えて、根は強引で熱血な奴。
憧れていた絵本の勇者に少しだけ、そう、少しだけ似ている奴。
これが私の現在のアイクへの印象だ。
「アイク。最後の質問だ」
この施設で起きていることはだいたい分かった。連邦軍の愚かな計画の全貌もおぼろげながら見えてきた。
この施設が私の思っている通りの施設なら簡単に侵入できるはずがない。
「貴方達はどこから来たんだ」
「…………」
私の質問にアイクは初めて沈黙した。
私見だが、彼の出処には主に4つの可能性がある。
一つ目は彼がただアイクと名がつくだけの変わり者で蒼炎の勇者とは何の関係も無く、情報の価値を知らない駆け出しだということ。
だが、この可能性はアイク自身の戦いの技量と私との会話で打ち消される。彼は明らかに只者ではないし、情報収集も怠っていない。何より情報不足の駆け出しが連邦軍の秘密研究所に入れるはずがない。入ったとしてもすぐ殺されてしまうだろう。
二つ目は彼が蒼炎の勇者の子孫であること。いわゆるアイクX世というやつだ。
一応勇者の子孫と思われる人、自分がそうだと主張する人はいると聞いたことがあるので、可能性としては否定できないが、何故メトロイドたちを知らないのか疑問が残る。
メトロイドもスペースパイレーツも銀河連邦軍も有名すぎる程だ。辺境や別銀河出身で情報が入ってこなかったのかもしれないが、情報が届かないほど辺境出身者がどうやってここに入って来たのか、あの懐古趣味装備とそれを駆使する技術はなんなのか、疑問が残る。
三つ目は彼が蒼炎の勇者のクローン、もしくは勇者を模したアンドロイドであること。
可能性としてはこれが一番高いと思う。ここは生物を扱う研究所だ。ここの科学力と施設があれば、蒼炎の勇者の髪の毛からでもクローンを作り出せるだろう。彼についての物語や資料は豊富だからその人格を推測して人工知能を作り、それを高性能アンドロイドに入れた可能性もある。
常識を知らないのもここから出たことが無いから、で説明できる。ただ、彼が銃などの現代兵器を使わない理由が不明だし、そもそも勇者のクローンを作って何をするというのか。連邦軍上層部がおとぎ話を信じるとは思えないので、スタッフが遊びで作ったのだろうか。
最後は彼が史実の蒼炎の勇者アイク、その人であることだ。
さっきは真っ先に除外してしまったが、可能性は無くは無いのだ。数万年前の人物なら現代社会の常識など知らなくて当然だ。彼の装備、鎧とか剣とかも、それを扱う技量があることも本人ならば説明がつく。それにしたって強すぎると思うが。
ただ、この場合アイク達は数万年の時を超えた時空漂流者ということになる。時空漂流者とは何らかの原因で通常空間からワープに使う超空間に落ちて、時間と空間を飛び越えてしまった者のことだ。
でもバイオハザードが起きた研究所を助けに来た私の前に、伝説の英雄が現れる。そんな偶然があるのだろうか。
だが、もし万が一、本当にアイクが絵本に出てきた勇者だとしたら………握手とサインをしてもらいた、否、そんな場合ではない!
私は心の中でブンブン首を振って、逸れてしまった考えを戻すと、改めてアイクに目を向けた。
「貴方は傭兵団をやっていると言っていた。それなのにメトロイドを知らない。スペースパイレーツも銀河連邦のマークも分かっていない。これはこの現代社会で生きていれば、まして賞金稼ぎをしていればありえないことだ」
「…………」
アイクは何も答えない。
「だが、剣の腕や身体能力は非常に高い。多少無謀だが頭だって悪くない。情報の価値も分かっている。ここから導き出される仮説はそう多くない」
私は彼をじっと見つめた。無表情の顔からは何も読み取れない。
だが、私はアイクが大きな秘密を抱えているのを感じていた。
「アイク。貴方はおそらく……」
「テリウスだ」
「……え」
「俺たちはテリウス大陸の、それもたぶん過去のクリミア王国から来た」
アイクは、大きく息を吐き出すように言った。
一応予測していたとはいえすぐに受け止められる話では無く、私はしばらく身も心も硬直していた。
もし今クリーチャーに襲われたら大変なことになっていたかもしれない。
動揺のあまり、パワードスーツが解けそうになっているくらいだ。パワードスーツは私以外には外せない代わりに、私が揺るぎない意志を維持し続けなければ勝手に解除されてしまう代物なのだ。
そんなことになればアイクの足を引っ張ってしまうかもしれない。戦士として、それはいやだ。
私は若干上ずった声で尋ねた。
「そ、それは確証があって言っている事なのか」
そうだ、まだこの男の妄想とか、植えつけられた記憶とか、そういう可能性が残っているじゃないか。
「ああ。俺達はクリミアで催し物の準備をしていた時に、突然鐘の音が鳴り響き、視界が真っ青になり、気が付いたらこの近くの森にいた。俺達はこっちに来てから驚くことばかりだった。見た事も聞いた事も無い技術や発想、料理や武器、生き物に戦い方。俺は最初ここが違う国だからだと思っていた。だが、あんたの持っていた古い絵本を見て疑問を抱いた」
「…………」
アイクが見たという、青い世界。それは恐らく超空間の事だろう。超空間は秋空のようにどこまでも澄んでいて、美しい蒼の世界なのだ。彼らは偶然そこに落ち、そしてこの世界に流れ着いた。理屈は、通る。
そしてアイク自身の強さや物腰もその理屈を後押ししていた。
「あの絵本は、細部は違えども俺達の戦いの記録だった。俺達と同じ名前で、似た様な姿形で、同じ装備の奴が、俺達と同じ敵を倒していく。見て来た様にそっくりだ。それも四年前の戦だけでなく、数か月前の女神との戦が最後まで詳細に描かれていた」
「…………ん?」
アイクの発言に一瞬疑問がよぎったが、その疑問はアイクのとんでもない一言に吹き飛ばされた。
「あの本は古い。それも一年や二年じゃない。幼い字であんたや俺の名が書き込んであったし、決定的だったのはあんたがあの本は23年前に書かれたと言っていたことだ。23年前に俺はまだ生まれてもいない」
「ちょ、ちょっと待て! アイク、もう一度言ってくれ」
「23年前に俺は……」
「そっちじゃなくて……」
「あんたがあの本は23年前に書かれたと……」
「もっと前の」
「幼い字であんたや俺の名が書き込んであった……?」
「そ、それだ! な、なんであなたがそれを知っているんだ!」
「あんたの本の最後にびっしりと書き込みがあったのを読んだ」
「―――――ッ!」
幼き日の過ちを見られた私は悲鳴を上げそうになったが、やはり淑女らしく耐えた。
だが、かあああっと顔に熱が集まってくるのは止められなかった。
そんなものを彼に見られるのは耐えられそうになかったので、バイザーのスモーク設定を最大にするよう必死で念じた。
ピコンっと音がして設定が適応される。私の目の部分を覆っている緑色のバイザーがさらに濃い色になった。
これでこちらからは見えても外から私の顔を見る事は不可能なはずだ。
「なんだ、今の音は?」
「な、なんでもない。ちょっと暑かったからスーツ内の温度を下げただけだ。気にするな」
(私にしか聞こえないぐらい微かな音のはずなのに、どういう聴覚しているんだ!? 本は割とすぐに取り上げたから大丈夫だと思っていたのに!!)
幼すぎた私は本を読み終わった後の感動や興奮を持て余し、つい白紙になっている裏表紙の裏側にその情熱をぶつけてしまった。その結果そこには幼年期、少女期、思春期、各種取り揃えた感想や妄想が書き込まれてしまったのだ。
見るに堪えない絵やポエムのような何か、2次創作もどき。それらを見るたび突発的に本を焼き払いたくなるが、私の家族たちの形見であり想い出のある本を消滅させることなど出来るはずも無く、なるべく見ないようにしてきたのだ。
「特に最後の巻は凄く書き込みが多かったような気が」
「コッコホン。と、ところでアイク、確認したいんだが」
この結果がこれである。私は話題を変える事にした。
このまま公開処刑が続けば、ただでさえ動揺している私は今度こそパワードスーツを維持出来なくなるだろう。アダム達のまえじゃなくて本当によかった。
「本当に蒼炎の勇者なのか。アシュナードや漆黒の騎士、黒龍王や女神アスタルテを倒した、あの」
「蒼炎の勇者なんてたいそうな者になった覚えは無いが、そいつらを倒したのは事実だ」
「しょ、証拠は。あなたがアイク本人である証は」
「証拠、証拠か。俺が俺である証……」
そうだ、証拠も無しに信じる者なんていないのだ。
『焦ることは無い。サムス、冷静に分析しろ』と、アダムにも言われたじゃないか。
「証拠になるか分からないが、これなんてどうだ」
そう言って、アイクが腰から鞘ごと取り出し、抜いて見せたのは一見何の変哲もない長剣だった。だが、20年もファンをやっている私には分かる。分かってしまう。
拳3つ程の長さの赤い柄に、白く左右に伸びたつば、真っ直ぐで肉厚な剣身。アイクが初めての任務で父親から貰い、以後大事にしていた剣。
決して壊れることのない神剣ラグネルを使うようになっても、いつも傍に置いていた愛剣。長い歴史の中で紛失してしまって現代には伝わっていない剣。その名は……
「「リガルソード(だ)」」
私の呟きがアイクとかぶった。アイクは少し不思議そうな顔をしたが、すぐ納得した顔で頷いた。
「あんたも知っていたか。この剣は俺がグレイル傭兵団としての初任務の朝に親父から貰った物だ。まあ親父の形見みたいなもんだ。もう剣としては使い物にならないが、それでも捨てられなくてな。今でもたまに手入れをして、こうして腰に下げているんだ」
エピソードまでそのままだ。な、何かないだろうか、アイクがアイクじゃない証拠になる何か。
(!! これだ!)
私が目をつけたのは、アイクがもう一方の手で持っている黄金の剣。
「じゃ、じゃあ、その剣はラグネルなのか」
蒼炎の勇者アイクが振るったとされる至高の神剣は現代に伝わっている。銀河連邦でも有数の発言力と影響力を持つ星の至宝だったはずだ。私のデータバンクにも当然そのデータが入っている。実物も博物館の特別公開日に数時間並んで見て来た。
私のバイザーにはスキャンバイザーというものがある。視界に入ったものを分析してデータバンクに問合せ、情報をくれるバイザーだ。オーバーテクノロジーを誇る鳥人族の武器さえある程度は解析可能である。
例えばそこの隔壁をスキャンすると―
解析結果
名称 〇〇〇〇〇製の隔壁
形状 左右開閉式の隔壁
材質 〇〇〇〇〇
質量 およそ900トン
特記事項・解説
現在の武装では破壊は不可能。
こんな感じで出てくる。
つまりスキャンの結果、もしアイクの剣が本物のラグネルならば、アイクは絵本に出てきた本物のアイクであることはほぼ間違いない。ラグネルが盗まれた話も聞かないし。
「ああ」
アイクはリガルソードを鞘に納め、腰に戻してから、ラグネル(仮)を私にもよく見える様にした。
拳3つほどの長さの柄は、上半分は白く、下半分は黒い。
剣身は肉厚で1m50cm程と非常に長く、金色の両刃だ。
つばは金の縁取りがされた白い金属が左右に伸びている。真ん中には小さな緑の宝石が3つ埋め込まれていた。
一見すると華麗な外見だが、剣のあちこちに残る小さな傷が、この剣が実戦で使われていたことを教えてくれる。
全体としては鋭さ、神聖さ、凄みのような物を感じた。
外見上は私のデータと違いはない。
「……手に取って見せてもらっても」
「いいぞ。ただ、見かけより重いから足に刺さないように気をつけてくれ」
アイクから忠告と共に黄金の剣を差し出され、馬鹿にするなと思いながら片手で受け取り―――
「うわっ!?」
落としそうになって慌ててもう片方の腕で抱えこむように押さえた。
アイクは生身のまま片手で軽々と扱っていたから、たいした事はないと高を括っていたがとんでもない重さだ。
いったい何を素材に使ったらこんなに重くなるんだ。こんな物を持ち上げて振り回して、あまつさえ大ジャンプするとかあいつ本当に人間か。頭か体のどちらかが、あるいはその両方がおかしいとしか思えない。
もしかして実体の剣ってみんなこんな風に重い物なのか。
そんなはずはない。鳥人族に遺伝子から強化され、パワードスーツを着た私は常人の何十倍もの身体能力を持っているのだ。実体の剣がこんなに重かったら、地球人のほとんどが持てない。振り回すなんてもってのほかだ。
「……俺が持っていた方が良さそうだな」
「いいから、少し、待っていろ」
半ば意地になって物凄く重い剣を床に突き立て、剣全体がなるべく視界に収まるようにする。それにしても、床に刺した時、ほとんど抵抗を感じなかった。今もしっかりと持っていないと剣が埋まってしまいそうだ。この床が合金ではなく、豆腐かなんかなのではないかと思い始めてしまうほどだ。
私は改めてスキャン機能を起動する。視界に現れるスコープの中にラグネル(仮)を収め、解析を開始。
数秒後、ピコンッと電子音がして視界に解析結果が表示される。
これで彼が私の絵本の勇者なのか否か、はっきりするはずだ。
解析結果
名称 不明
形状 両手剣?
材質 不明
質量 不明
特記事項・解説
対象全体を不可視の障壁が覆っており、スキャンに失敗しました。
ほとんど何にも分かってないじゃないか!
分かったのはこの剣が分類的には両手剣だという事とこの剣が見た目より遥かに重い事、剣全体を不可視の障壁が覆っているという事だ。
あとスキャンバイザーの解析を免れ得る特殊な武器だという事も分かった。
だが結局これはラグネルなのか、ラグネルじゃないのか。
アイクは私の絵本の勇者本人なのか、そうでないのか。
「これで俺が過去から来たと信じてくれたか」
アイクの冷静な声で、混乱していた私はハッと我に返った。
「……信じられないし、信じたくないが、貴方が蒼炎の勇者アイク本人だと一応仮定しよう」
感情的には認めたくなかったが、私の中の冷静な部分がその可能性も否定できないことを告げている。私はアイクにラグネルを慎重かつ全力で渡しながら言った。我ながら素直じゃないというか、捻くれた言い方である。
「感謝する」
アイクは口元をふっと緩めて、私に向かって微笑んだ。
「あくまで仮定しただけだ。貴方が本物の蒼炎の勇者だと認めたわけじゃない。そこを勘違いしないでほしい」
私は早口で弁明した。オーバーテクノロジーを誇る鳥人族の武器さえ解析可能なスキャンバイザーの解析を免れ得る不可視の障壁や特殊な武器を持っているのだから並の男でないことは確かなのだ。
スモーク設定は大丈夫だろうかと片目で確認。たぶん私の顔は赤いままだろうから。
「自分でも荒唐無稽な話をしているのは分かっている。だがあんたが一応でも認めてくれて心底ほっとした。柄じゃないが言わせてくれ。ありがとう」
そんな私をよそにアイクは微笑んだままだった。
……もしかしてアイクも心の底では不安だったのだろうか。あまり感情を表にださないアイクだが感情が無いわけではないだろう。
彼は地球で言う中世に近い世界から突然知らない場所に放り出された。しかも未来の世界にだ。元の世界に帰る当てもないはずだ。
彼が普通の人間だったら精神的にも耐えられなかったろうし、例え彼が英雄でも辛くないはずがない。
それでも不安などおくびにも出さずに彼は戦い続けてきたのだ。
もしそうなら彼を、アイクを助けたい。不安におびえる彼を抱きしめて大丈夫だと安心させてあげたい。アイクやその仲間たちを救いたい。
「どういたしまして。それと……」
私はバイザーのスモーク設定を取り消した。濃い緑のバイザーの色素は限りなく薄く透明になり、向こうからも私の顔が見えるようになる。顔が燃える様に熱いが知った事か。
「これからもよろしく」
そう言って片手をアイクに向けた。これが今の私の精一杯だ。
アイクは私を見て少し驚いたような顔をしたが、すぐいつもの顔に戻り、
「こちらこそ、よろしく頼む」
私の手をしっかりと握ったのだった。