アイクの異世界旅行記   作:よもぎだんご

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メリッサ編。 投稿遅くなってしまい申し訳ありませんでした。orz
やはり自分には週一更新があっているようです。


MB メリッサ・バーグマン

「メリッサ」

 

 優しい声で私は目覚めた。

 遠くで歌みたいなのが聞こえる。女の人の声。

 

「良く似合っているわ」

 

 そこにはマデリーンがいた。私の前髪に玉虫色の髪飾りをつけている。

 私はそれを恥ずかしがりながら、確かに喜んでいた。これが彼女と家族になった証のように思えたから。

 

(……ああ、分かった。これは夢なんだ)

 

 これは過去の夢。幸せだったころの夢を見ているのだ。

 人間は死ぬ直前に自分の一生を幻視するという。私は人間の細胞を培養して構成されたアンドロイドだけど、夢を見れるらしい。

 

 

 私は夢を見た事が無い。

 もちろん睡眠はとる。だが夢は見ない。だって夢は脳が見せるもので、私の脳はマザーブレインを模した人工知能。安定した精神感応のためにそんな余計な機能はついていない。

 それなのにどうしてこんな夢を見ているんだろう。

 

「メリッサ」

 

 またマデリーンの声が聞こえる。今度は今にも泣きそうな声だ。マデリーンはいつも皆に強気に振る舞っているけど、本当は優しくて傷つきやすい人だから、慰めてあげないと。

 

「ごめんなさい。ごめんなさい」

 

 誰に謝っているの。何か悲しい事があったの。教えて。

 

「ごめんね。ごめんね。メリッサ」

 

 泣いているだけじゃ、分からないよ。教えて。

 

 でもマデリーンは泣きながら謝るだけ。

 

 

 私は夢を見た事が無い。

 もちろん睡眠はとる。だが夢は見ない。だって夢は脳が見せるもので、私の脳はマザーブレインを模した人工知能。そんな機能はついていない。

 それなのにどうしてこんな夢を見ているんだろう。

 どうしてマデリーンが泣いている夢を見ていなくてはならないんだろう。マデリーンにはいつも、たとえ夢の中ででも笑っていて欲しいのに。

 

 そこで私はふと気付いた。

 

(夢の中? じゃあ現実のマデリーンは?)

 

 私は必死に考える。最後にマデリーンを見たのはいつだったっけ。思い出せない。

 初めて見る夢の中には不思議な歌が流れていて、私の頭は靄がかかったみたいになっている。一番最近の情報が思い出せない。

 

(だったら、最初から見てやる)

 

 私は最初から思い出をたどり始めた。

 私は最初から人工知能MBだったけど、最初からメリッサ・バーグマンだったわけじゃない。

 

 たとえば私が初めて食べた物はチーズケーキだった。

 生存に必要な栄養さえ取れればいいと思っていた私はいつも味の無いゼリー状の栄養補給剤ばかり飲んでいた。周りの人も何も言わなかったし。

 私の舌は報告をするために、私の歯も発音をしっかりするために、人間の身体はメトロイドに自分を親と認識させるためにある。そう思っていた。メトロイドと交信して、彼らの思考を言葉に換えて報告し、合間に栄養を補給して定刻になったら睡眠をとる毎日に何の疑問も感じなかった。

 それが変わったのは、マデリーンに会い、彼女のチーズケーキを貰ったからだ。

 

 

 緊急報告という名のつかいぱっしりで私がマデリーンの自室に行くと、彼女は見た事のない“科学実験”をしていた。

 薄く平らな陶器の皿の上に、白い三角柱を乗せる。三角柱の上にスプレーから白いクリーム状の物を出し、冷蔵庫から取り出したオレンジ色の液体をスプーンで掬って陶器の上にかける。最後に冷凍庫から紙製の箱を取り出して中から白い固形物をスプーンで掬って置く。

 

 笑顔でデスクに座った彼女がスプーンで白い固形物を掬い、口に持っていこうとしたところでピタリと唐突に動きを止めた。

 

「え、MB!?」

 

 どうやら私に気付いたようだ。だが、何故動きを止めるのか分からない。今にもスプーンの上の物が落ちそうだ。

 

「落ちますよ」

 

 マデリーンが慌てて口に入れる。

 当時の私はじっとその様子を見ていた。あの固形物がどうしていつものきりっとした彼女を緩みきった笑顔に変えたのか興味があった。快楽を与える薬、いわゆる麻薬なのだろうか。

 

「えっと……食べる? MB?」

「私は常用性のある薬物を摂取する気はありません」

「チーズケーキよ! ……もしかしてMB知らないの?」

「知りません」

「……そっか、そうよね。これはバニラアイスで、こっちはチーズケーキ。個人的には生クリームとマンゴーソースをかけて食べるのがグットだけど、ストロベリーやラズベリーも捨てがたいわね。MBも食べてみる?」

「危険は無いのでしょうか」

「危険って、ただのお菓子よ。精々食べ過ぎれば太るくらいよ」

「私の体はベビーメトロイドに出会った時のサムス・アランで無くてはなりません。急激な肥満は認められません」

 

 宇宙にその名をとどろかせる凄腕の賞金稼ぎ、サムス・アラン。

 炎のような色をした特殊パワードスーツを身に纏った戦士の正体が、20代前半の地球人女性であることはあまり知られていない。

 

 銀河連邦軍でも困難なミッションを単独でこなしてきたサムスは、銀河連邦からの依頼を受けてメトロイドの原産地に赴き、メトロイドクイーンを始めとするメトロイドを絶滅させた。メトロイドは1匹もいれば軍隊に守られた都市があっさり落とせるほど非常に高い戦闘能力と耐久性、危険性を持つ生き物であり、テロ組織にメトロイドを利用されることを銀河全体恐れたからだった。

 そこで彼女は一匹のベビーメトロイドと出会い、なぜか懐かれてしまった。彼女は自分を慕うベビーメトロイドを殺すことが出来ず、銀河連邦に持ち帰ってきたが、研究の途中で情報をかぎつけたスペースパイレーツにメトロイドを奪われてしまう。

 

 再び依頼を受けたサムスは惑星ゼーベスを再占領したスペースパイレーツを殲滅し、奴らからメトロイドを奪い返そうとした。激戦の末に敵の親玉であるリドリーとマザーブレインを倒す事には成功するが、最後のメトロイドであるベビーを殺されてしまった。

 

 この施設で生まれたメトロイドや一部の生物は、その際にサムスのパワードスーツに付着していた細胞から培養したクローンだ。今も順調に成長し、繁殖している。

 

 そして私もメトロイドとサムスの擬似的な親子関係を模倣するために作られたサムス・アランの体細胞クローンであり、脳にはマザーブレインの思考パターンが再現された人工知能が組み込まれていた。マザーのコピーでなければメトロイドたちと精神感応による意思疎通や支配が出来ないからだ。

 

 故に私はベビーメトロイドと出会った当時のサムス・アランに出来る限り似た容姿をしていなくてはならない。今の私からすればおかしいと思えることも当時の私は本気で信じていた。

 

 マデリーンはそんな私の考えを一笑に付した。

 

「そんなに急に太るのなら私はここにいないわ。今頃食べても太らないケーキ作りを研究しているはずよ」

「しかし局長の様子を見る限り、これには依存性、常用性があります」

「それはない……とも言い切れない。確かにケーキもアイスも魔性の魅力があるわ」

「ならばやはりいりません」

「あ、アイスは私が手をつけちゃったからケーキでいいかしら」

「なぜ、そうまでして私にそれを食べさせたがるのですか」

「……だって悲しいじゃない。女の子がケーキもアイスも食べたことないなんて、人生の損失よ。だから命令、このケーキを食べなさい」

「……そこまで言われるのであれば」

 

 私は彼女からフォークを受け取り、チーズケーキを口に含んだ。

 柔らかでなめらかな口触り、口の中で溶けていく濃い香りと甘さ。

 今まで無味無臭の栄養飲料ばかり飲んできた私を虜にするには十分すぎる代物だった。

 

「これが美味しい……」

「そう。これが美味しいよ」

 

 マデリーンは輝くように笑った。

 

 この日から私の好物はチーズケーキになり、これをきっかけでマデリーンと私は仲良くなっていった。

 それから私はマデリーンと一緒にいろんな物を食べたり飲んだりしたけど、初めて美味しいと思った、そしてマデリーンと仲良くなるきっかけを作ってくれたチーズケーキは今でも不動の地位にある。

 

 

 

 それから随分と月日が流れたある日マデリーンは、私の人工知能を開発したのは自分だと打ち明けてくれた。

 私には良く分からなかったが、彼女はそれをとても気に病んでいた。人間の頭の中に埋め込むような代物ではないのに、それを止められなかった弱い自分を許してほしいと。身勝手な人間ですまないと。

 

 私は彼女を許した。私は自分の頭の中にAIが埋め込まれていることはあまり気にしていなかったし、これがあるからメトロイド達とお話できるのだ。

 

 私は彼らの生みの親ではないのだけれど、メトロイド達は私を「お母さん」「ママ」と言って懐いてくれていた。

 私に嬉しい事があると彼らもその小さな体を揺らして喜ぶし、私が落ち込んでいると彼らも悲しみながら寄って来て慰めようとしてくれる。餌を食べて少しずつ大きくなっていく彼らを見ていると愛しさと誇らしさが湧いて来る。この感情を与えるきっかけをくれたのはマデリーンだったし、私に感情というものを教えてくれたのも彼女だった。

 

 それじゃあマデリーンは私のお母さんね、と言うとマデリーンは一瞬呆然となった後、涙を流しながら抱きついてきた。痛い位強く抱きしめてくるマデリーンはごめんね、ありがとうと謝罪と感謝の言葉を何度も何度も言っていたのを覚えている。

 

 そうして彼女は私の母となった。ただマデリーンとしては私の母であることは嬉しいのだが、独身だし母親と呼ばれるほど年をとっていないのだから、今まで通り名前で呼びなさいと言った。まあ私も恥ずかしくてママやお母さんとは滅多に呼べなかったので心の中で呼ぶだけにとどめていた。

 

 そして彼女は私にMBをイニシャルに見立ててメリッサ・バーグマンという新しい名前をくれた。バーグマンの名前をくれた事に感激した私が抱きつくと、彼女は家族になったんだから当たり前よと照れながら笑っていた。

 

 私が髪にいつもつけている髪飾りも彼女がその時くれたもの。彼女は似合っているわ、とニコニコしながら付けてくれた。

 

 そう、彼女は終始笑顔だった。泣いていたり謝っていたりしなかった。

 じゃあ、どうして私はこんな夢を見ている。どうして一番最近の彼女を思い出せない。思い出そうとすると頭が痛くなる。

 AIからやめろと指示が出る。でもどうしても思い出さないといけない。AIから再び指示が、今度は強い電気信号として頭にやってくる。でも、頭の痛みなんて知った事か!

 

 頭の痛みが限界まで高まった時、さっきまで聞こえていた歌声が急に大きくなった。それと同時に頭痛は霧散し、頭の中にかかっていた靄が晴れて急激に頭が冴えてくる。私は眩しさに目を細めながら、ゆっくりと目を開けた。

 

 私は思い出した。

 感情を持った私は故障したと見なされ、処分されそうになった。そしてマデリーンは私が捕まるのを知っても、黙って俯いたままだった。見捨てられた私は絶望し、憎しみのままにスペースパイレーツや惑星ゼーベスのクリーチャーを召喚し、身勝手な人間を消そうとした。

 

 そして私を止めようとやってきたマデリーンとグレイル傭兵団にそれを阻まれて、怒りのままにマデリーンに銃を向けて……

 

「あ、ああ、ああ……」

 

 私が撃ったフリーズガンは標的を凍結させ、破壊する武器。威力、速度共に鉛玉の比ではない。人に当たれば例えかすり傷でもまず確実に死ぬ。それを私はマデリーンに向けて撃った?

 

 アイクによってあっさりと弾かれたそれはマデリーンには当たらなかった。

 そして頭に血が上った私はサムス・アランの常人離れした身体能力に任せて、アイクとマデリーンに跳びかかろうとして……それを察知したアイクにマデリーンを投げつけられた。

 

 戦闘経験など皆無な私は突然の事に一瞬怯み、その一瞬の間に私とマデリーンの距離はゼロとなり、私は脳を的確に揺らされて気絶した。

 

 

 

「えぐ、ひっぐ、ぐす……」

 

 天井を見上げたまま私は泣いた。涙が止まらなかった。自分がこんなに醜いなんて知らなかった。

 私は一時の感情のままに一番大事な人を自分の手で殺そうとし、アイク達がいなければ本当に殺してしまう所だったのだ。

 それどころか、お世話になっていたこの施設の人たちも全員殺してしまう所だった。アイク達に止められなければさらにエスカレートして、銀河連邦の中心にこのボトルシップを笑いながら墜落させていた可能性すらあった。

 

 私は捕まったのだろう。処刑されず生きているという事はこれからAIを初期化されるということか。それでいい。むしろ二度と同じ事をしでかさないように念入りにプロテクトをかけて欲しい。

 

 マデリーンが私の事を見捨てるのも当然だ。こんな欠陥品はいっそ溶鉱炉にでも放り込まれてしまえばいいのだ。

 

「そんなことない」

 

 聞き覚えのある声が聞こえた。声のした方を見ると、天使のような白い翼を生やし、流れるような金色の髪に神秘的な緑の目をした美しい少女がいた。今まで気付かなかったが私は彼女に膝枕されていたのだ。意外と大きい白翼が私を包み込む。

 

「リ、アーネさん?」

「メリッサは、わるくない。メリッサはみにくくない、きれい。メリッサはきれいな、おんなのこ」

 

 たどたどしい言葉で一生懸命話すリアーネに心が慰められる。それと同時に反発も覚えた。

 

「あなたに何が分かるっていうの。家族、全てを自分の手で殺しかけた私の気持ちなんて分かるはずない!!」

 

 駄目だと分かっていても、声が荒くなるのを抑えられなかった。

 

「わかる、よ。」

 

 だが、彼女ははかなげな笑みを浮かべるのみ。

 反発心を募らせた私がもう一度口を開きかけて、硬直した。リアーネの心が私の心に触れてきたからだ。

 

(これは、精神感応……! リアーネも精神感応ができるの!?)

(うん。わたしたちのしゅぞくはこころがわかるの)

 

 精神感応で意思疎通するメトロイドのように、リアーネは心と心で直接会話するつもりなのだ。しかも精神の防壁を一切張らずに、私に近づいて来る。私がやろうと思えば記憶や思考、彼女の全てを滅茶苦茶に出来るのを分かった上で、だ。

 

 私は動物や知性があっても自我の少ない生物には精神感応が出来るが、自力で人とすることは出来ない。人は、精神感応をたしなむ者ならより一層自我による精神や魂の防壁が厚いからだ。

 しかし彼女と心がつながった今なら分かる。

 彼女の前ではそんな物は紙切れも同然であり、私とは比べ物にならないほど精神感応者として高みにいる彼女は、何もしなくとも私の心のほとんどが分かってしまう。

 

 そしてお互いの精神と精神、魂と魂を結んだ今、記憶も、精神も、魂すら丸裸も同然である。私には彼女の全てが分かるし、彼女も私の全てを分かっていた。

 

(メリッサの、こころ、とてもいたい。とてもかなしい。とても、おびえてる)

 

 リアーネによってぐちゃぐちゃに乱れていた私の感情に名前がつけられ、少しずつ整理されていく。

 私も彼女が私の想いを全て感じ、表面上だけでなく心の底から私の現状に心を痛め、慰めようとしてくれているのが分かった。

 

 彼女は私を翼で包み込んだまま小さな声で歌を口ずさんでいた。それは夢の中に響いていた歌なのだと私はようやく気付く。温かい水晶の様な透き通った声で『再生』の呪歌が歌われている。

 痛みや苦しみ、薬物や魔術などによって歪んでしまった心身、魂までも癒す呪歌。かつて兄と共に心を歪められた竜人を癒した歌。焼けただれた故郷の森を蘇らせたこともある精神感応による癒しの極致。

 優しい歌が私を癒していく。悲しみも怒りも憎しみも恐怖も絶望も、暖かく溶けて涙になって消えていく。

 

(だいじょうぶ。マデリーンはあなたをあいしてる。ずっとあなたのそばにいたいとおもってる)

 

 彼女はそれを一片も疑ってなかった。だって彼女はマデリーンの心が分かるから。そしてそれは彼女を通して私に伝わってくる。

 

(マデリーンもいまとてもくるしんでる。あなたをくるしめてしまったことを。あなたにわるいことをさせてしまったことを。それをとめられなかったことを)

 

 マデリーンも私と一緒なんだ。マデリーンはまだこんな私を見捨てていない、愛してくれている。その事実にまた涙があふれ、私の心は少しだけ軽くなった。

 

(ありがとう。リアーネさん)

(リアーネでいい)

(……うん。ありがとう。リアーネ)

(うん)

 

 心をつなげたまま、私達は色々な話をした。

 

 私のことはさっきの夢を通してほとんどリアーネに知られていたので、私は彼女のことを尋ねた。

 彼女は喜んで教えてくれた。美しい森が瞼の裏に映し出される。彼女の故郷セリノスの森らしい。人口的に作り出された森とは違う、自然のままの景色。心に情景を思い描けばそれが相手にも伝わるのは新鮮で、心地よかった。

 

 彼女達の種族は自身の繊細な心身を持ち、翼で空を飛び、大きな鳥にも化身できる。不思議な呪歌を歌え、人の心が分かる種族だという事。女神ユンヌ(信じられないことに本物の女神だ)の封印されたメダリオンを代々守ってきたらしいこと。彼女自身も復活した女神ユンヌの加護を得て、より一層力が増したこと。

 森を愛し、森からも愛されていた彼女達は日々を森の与えてくれる美味しい果物や野菜のみを食べてきたこと。平和を愛し、戦う術を持たず、他者を傷つける事を考える事すら苦痛を感じる種族だということ。

 

 彼女の家族の姿も見せてもらった。

 父と、2人の兄、彼女の家族も彼女自身と負けず劣らず美しかった。黄金を溶かしたような髪に純白の翼。顔もリアーネを凛々しくしたような感じだ。

 

(あれ、リアーネのお母さんは?)

(……もういない。おかあさまもおねえさまも)

(え、どういうことなの)

 

 描かれたのは憎しみに顔を歪め、または狂ったように笑いながら、彼女の同胞を、母や姉たちを捕らえ殺していく人々の姿。古めかしい造形の服を着た老若男女が夜の森に火をつけ、手に包丁を、斧を、こん棒を、石を持って彼女達に襲いかかっていた。

 空に逃げた者には矢を放ち、縄をかけ、暴虐の限りを尽くす民衆に、戦う術を持たない彼女の種族は逃げ惑い、身を隠すほかなく次々と殺されるか奴隷にされた。幼かったリアーネやその兄たちが殺されなかったのは単に運が良かったにすぎなかった。

 

 一夜にして焼き尽くされた森は残された力で、生き残った者を真に助けとなる者が来るまで眠りにつかせる。彼の父と兄たちは事件後すぐに庇護者となりうる者たちに保護されたが、リアーネは眠りにつき20年近く目を覚まさなかった。

 

 20年の間に憎しみを募らせてしまった兄は森の祭壇で聞いたものをことごとく滅ぼすという禁呪を使おうとした。

 

 彼はアイクに助け出されたリアーネの説得と、虐殺を行った民衆の所属するベグニオン帝国皇帝が膝をついて謝罪したことで最終的には禁呪は使わなかった。しかしその後彼は随分と禁呪を使おうとしたことに苦しんだようだ。

 

 その時の彼は森に生き残った妹や民がいるとは知らなかったが、もし止められずに使っていたら間違いなく彼女達は死んでいただろう。彼もまた一時の感情に飲まれて大切な人や大勢の人を殺してしまう所だった。苦悩する彼の心情をリアーネは正確に察知していたし、彼女とリンクしている私もまた彼の心情が自分の物の様に感じられた。

 

(この人私と同じ……)

(うん。おにいさまとメリッサにてた)

(そっか。だから私の気持ちが分かるって言ったのね)

(うん)

 

 私は彼女の強すぎる精神感応力で私の心を読んだのだと思っていた。それも正しいがリアーネは私と似たような感情を持った人を知っていたのだ。

 

(お兄さん、今どうしてるの)

(おにいさまはせいじの、おべんきょうしてる)

(政治?)

(うん)

 

 悲劇を二度と繰り返さないためにも、自衛の出来る種族である鷹の民やカラスの民とともに新しい国を作ろうとしている。4年たった今リアーネの兄はすでに過去を振り切り、きちんと前を向いて歩いているようだった。

 

(私もできるかな)

(できる! ぜったい!)

(……リアーネは今楽しい? この力は辛くない?)

 

 私は彼女の話を聞いているうちに彼女のことが心配になってきた。彼女は他人の心の痛みを文字通り自分の物のように感じてしまう。優しい彼女にとってはこの力は苦痛なのではないだろうか。

 

(すこしつらい。でもまいにち、あたらしいことがいっぱいでたのしいよ)

 

 それから彼女は一緒にいるアイク達グレイル傭兵団のことを、情景を見せながら楽しそうに話してくれた。

 

 リアーネとその兄を奴隷にしようと軍勢を率いてやってきた帝国貴族から助けてくれたのがアイクたちグレイル傭兵団との出会い。

 アイクは目覚めたばかりで足元のおぼつかない彼女を背負って、数で圧倒的に劣る戦を懸命に戦い、彼女を守り抜いた。それ以来アイクの背中はリアーネのお気に入りになったこと。

 

 ワユはアイクと一緒に剣術に真剣に取り組んでいて、身体の弱い自分には出来ないから憧れていること。ネフェニーはクールに振る舞っているが恥ずかしがり屋で可愛い。イレースはいつもお腹を減らしていて食べるのが大好き。ミストはいつも元気だが、さりげなく気遣ってくれる。マーシャは頑張り屋さんで任務の他にも影で頑張っている。エリンシアは優しいだけでなく、皆を守るために強くあろうとしていること。

 

 そしてグレイル傭兵団の中に誰一人として心に傷を負っていない者はいなかった。親しい者との強制的な離別を体験していない者はいなかった。それでも、いやそれだからこそ彼と彼女達は命懸けで人に優しく出来るのかもしれなかった。

 

(もしみんなとおはなしできるきかいがあったら、はなしてみて。きいてみて)

(うん)

 

 私も彼や彼女達の様に、前を向いて歩きたいから。

 

 私はまだ知らなかった。

 控えめな人だと思っていたイレースさんが手痛い指摘をバシバシ飛ばしてくることを。

 真摯に話を聞いてくれていたミストさんと、何故かお互いの兄、姉自慢合戦になってしまうことを。

 始めこそ真面目なお話をしていた、しっかり者のはずのエリンシアさんが惚気話を始めることを。

 

 でも憂鬱な感情はいつの間にか消えていた。

 




dグレの短編勘違いものを書いてみました。こっちと違ってシリアルです。
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