私達とリドリーの第2ラウンドは、マグマの底から舞い戻ってきた黒いリドリーが咆哮と共に巨大な火球を吐き出したことで始まった。
人体を容易く丸吞みにするほどの大きさを持つ炎の塊が高速で接近してくる。
リドリーの炎球は光速に近い速度で飛行する宇宙戦闘機を容易く撃墜するほどのスピードと人口惑星要塞に大穴を開ける程の火力を持つ。
バリア機能やセンスムーブ機能を持つ私、意味不明な身体能力を持つアイクはともかく、プラズマ砲以外は通常の連邦軍兵士の装備しかないアンソニーは避けることも防ぐことも不可能だ。
普段の私なら、リドリー相手に背を向けるという行為の愚かしさを理解しつつも、アンソニーを見捨てられず、彼を掴んでその場を飛び退いていただろう。
そして隙を晒した代償を嫌という程支払わされたはずだ。
しかし今の私はそんな行為はしない。私には頼れる仲間がいるからだ。
迫り来る煮え滾った炎を、ぬうん、という声と共に遮ったのは、やはり蒼炎の勇者アイクだった。
アイクは躊躇うことなく私たちの前に跳び出し、神剣を横薙ぎに振るって衝撃波を発生させると炎に叩きつけたのだ。
海の波を思わせる蒼白い衝撃波が、マグマのような赤黒い火球と空中でぶつかり合い、一瞬の均衡の後に火球を割って、リドリーに向かって直進する。
だが、自分の腕を切り落としたアイクを警戒していたのか、リドリーは旋回して衝撃波を回避した。
時を同じくして真っ二つにされた火球が激しい爆発を起こした。
閃光と衝撃が撒き散らされ、それに紛れるようにしてリドリーは速度を上げて移動し始める。
惑星間を短時間で移動できる程速いリドリーにとって、スピード勝負は十八番だ。
このままリドリーのペースで戦いを勧めさせるわけにはいかない。
そのためにはまず奴の加速を抑える必要がある。
私はアイクの稼いでくれた僅かな、しかし黄金にも勝る時間で、ロックオンとチャージを終え、スーパーミサイルの発射指令を出した。
アームキャノンが花のように展開し、ミサイルが複数同時発射される。
核融合反応によるプラズマエネルギーを付与されて、通常のミサイルより遥かに威力と速度が上がったスーパーミサイルを筆頭に、威力こそ通常の物だが追尾性がぐっと向上したシーカーミサイルも5発ほど同時に発射され、リドリーに襲いかかった。
どちらのミサイルも一度ロックオンさえしてしまえば、敵か自分が壊れるまで対象を追い回し、戦艦の装甲にすら穴を開ける凶悪な代物だ。
対するリドリーは直線で大幅に加速するのを諦めて、海中を自在に泳ぐ海蛇のような軌道で広場の上空を飛び回り、自身を鮫のように追い回すミサイルの群れを躱していく。
リドリーは猛獣のように獰猛だが、同じ位狡猾で賢い。
一定のパターンがない複雑な挙動を高速でされると人間も機械も照準をつけられないということを分かっているのだ。
事実私もアンソニーも、コンピューターのロックオンが間に合わず、ロックオンが必須なスーパーミサイルとプラズマ砲を封じられている。
私はプラズマビームを、アンソニーはフリーズガンを、マニュアル操作で撃っているが、如何せん相手が素早いのと、リドリーの纏う黒い光のようなものに阻まれて効果が薄い。
しかもリドリーは腕を切り落としたアイクの剣の間合いには絶対に入らず、猛禽のように上空を旋回しながら火球を吐き続けている始末だ。
だが、アンソニーを守る盾の役割をアイクがしてくれている今なら、私はこの状況を打開できる切り札がある。
敵が高速で動くなら、こちらも高速で動くまでだ。
「アイク、アンソニーを頼んだぞ」
3人で背中合わせになって視界を補い合いながら、私は囁いた。
「どうするつもりだ?」
心の中に残る僅かな怖じ気、それすら吹き飛ばすように、私は不敵に笑ってみせる。
「なに、ちょっと垂直に2キロ跳ぶだけだ」
初めて会ったあの時アイクは私に、垂直に2キロ跳べるか、と尋ねた。
私は戸惑いながらもイエスと答えた。
そう、条件さえ整えれば、私は空を跳べるのだ。
「そうか。じゃあ、そっちは任せるぞ」
背中合わせになっているから直接見ることは叶わなかったが、アイクが小さく笑ったのを背中で感じたような気がした。戦場で冗談を言って笑い合える彼らに、私も少しは追いついたようだ。
「こっちは任せろ、行け」
「よっしゃ、プリンセス。援護は任せときな」
彼らの頼もしい返事を受けて、私はリドリーを追って走り出す。
エネルギーをアームキャノンから、背中のスラスターに転用、スピードブースターを点火する。
チャージしたエネルギーでエンジンを温め、緑色のブーストを吹かせながら、私の体は加速していく。
突出して動き出した私は当然のようにリドリーに狙われる。
そして当たり前のようにアイクの衝撃波とアンソニーのフリーズガンに阻まれて、その攻撃は私には届かない。
その間にも私の背中のブースターは唸りを上げて出力を高め、それに押されるようにして私の体は速くなっていく。
エネルギーが緑色の光となって、ブースターから漏れ出てきた。
リドリーが苛立たし気に火球を放ち、瓦礫を投げつけてくる。しかし高速で走る私にそれらはほとんど当たらず、本当に当たりそうなものはアイクが排除してくれている。
私はエネルギーをチャージしながら、奴の動きを観察していた。
私はリドリーの性格を知っている。
普段のリドリーなら、遠距離から火球を撃つだけなんて、堅実だが相手を仕留めきれるか分からない手法、言ってみれば「ぬるい」殺り方は取らない。
埒が明かないと思ったら、自慢の五体を使って獲物を狩りに来るか、場を仕切り直すために離脱し、後日改めて奇襲するか、だろう。
それをしないということはなんらかの勝算があるのか、もしくはリドリーの思考を狂わせるような何かがあるということだ。
それが何なのかはわからないが……一つ確実に言えることがあるとすれば、やつは自身の脅威となる者を決して野放しにはしない、ということ。
リドリーは今ミサイルと私達を攪乱しながら、私たちを殺す機会を、あるいは逃走の機会をうかがっているはずだ。
そのために必ずどこかでスーパーミサイル群か私達の誰かを排除しにかかる。その瞬間を待つのだ。
そしてその瞬間は存外早く訪れた。
躱しても躱してもしつこく追い回すミサイル群に業を煮やしたのか、リドリーは空中で振り返るとミサイルを灼熱の吐息で焼き払ったのだ。
その攻撃でミサイルは全て撃墜されてしまったが、同時にリドリーもまた足を止めてしまっている。
千載一遇のチャンス。私はスピードブースターのスイッチを完全にオンにした。
その瞬間、私は青白い尾を引く一個の彗星となる。
スピードブースターのエネルギーはとっくの昔に臨界に達していたのである。
伝説のパワードスーツが生み出した超高密度なエネルギーが私の全身を包み込み、身体能力を大幅に強化し、爆発的な推進力をもたらす。
加速。加速。加速。
一歩ごとに速度を上げながら、私は青白い光を纏って、黒い光を纏ったリドリーに向かって突き進む。
加速する身体と反比例するように、周囲の光景はぐっと減速していく。身体強化は脳の認識力にまで及ぶのだ。
主観にして約十秒、客観的にはおそらくほぼ一瞬でリドリーの真下に辿り着くと、方向を変えるために、グッと腰を下とす。
スラスターの位置を整え、跳躍。
イメージ的には私自身が砲弾か逆昇りする流星になる感じだ。
私はまるで戦艦の主砲で撃ち出されたかのような勢いで上昇していき、リドリーの腹に抉りこむようにショルダータックルを喰らわせた。
ただの体当たりと侮るなかれ。
シャインスパークと名付けられたこれは、エネルギーチャージと助走を必要とする代わりに、私の武装の中で一二を争う攻撃力と飛距離を持つ。
ライバルはパワーボムとスーパーミサイル、プラズマビームのような核エネルギー兵器だと言えばその攻撃力の高さが分かろうという物だ。
パワーボムと違って広範囲を焼き払わないので、ピンポイント攻撃や中距離の高速移動、敵陣突破など応用できる範囲も広い。
さて核攻撃や戦艦の主砲に例えられるような一撃をまともに受けたリドリーだったが、腹を破られることもなく、鎧のように纏っていた黒い光を失っただけだった。
多少ふらつきつつも、こちらを睨む目の闘志はまるで失われていない。
さすがは宇宙を股に掛けるスペースパイレーツ、その首領たる怪物だと褒めてやりたい。
しかし私もまたそんな奴らを狩るバウンティハンターだ。
あわよくば奴の腹を蹴破ろうと思っていたが、一撃で奴を殺せるとは最初から思っていなかった。
だから……
「だから、これはお前への手向けだ。心して受け取ると良い」
『パワーボムロック解除』
機械的な電子音声と共に、私の最終兵器のロックが解除される。
アダムに仲間を殺しかねないからと、封印されていたが、遥か上空にいる今なら、巻き込む心配はない。
不穏な空気を察したのか、リドリーは私を噛み殺そうとしたが、地上から蒼い衝撃波と緑のプラズマが駆け上り、リドリーの尾を切り落とし、肩を焼き貫いた。苦悶の声を上げて、攻撃を中断するリドリー。
示し合わせた訳ではなかったが、アイクもアンソニーも歴戦の勇士だ。攻撃の隙は逃さなかったらしい。
私は綺麗に決まった連携に心地良さを覚えながら、私は素早くモーフボール化する。
チャージ完了、パワーボム起動。
スーツに残留していた全エネルギーを集め、パワーボムとして射出した。
「消えろ、リドリー!」
大爆発。
周囲を白く染め上げる閃光と共に、超高温の熱波が放たれる。
そこからの運命は対照的だった。
至近距離での核爆発に巻き込まれるリドリー、そしてパワーボムがただの爆弾ではなく、私の生命エネルギーをも使った鳥人族製の特殊爆弾であることを存分に利用して、無傷のまま地上に降下する私。
私はモーフボールを解除し、煙一つ上げることなく着地する。
着地の衝撃で床が少々陥没してしまったが、この程度では大したダメージにならない。
「おーい、プリンセス!」
アンソニーの声に振り返ると、嬉しそうに手を振っているアンソニーと相変わらず仏頂面のアイクが駆け寄って来る。
「いやー、デカくて良い花火だった。スカッとしたぜ!」
「ああ」
アンソニーが興奮した様子で私の背中をバシバシと叩いて来る。
私は空を見上げた。
パワーボムの爆発により、完全に消滅してしまったのか、リドリーの死体は落ちてこない。
まさか生きているのか、とも思ったが、心の中で首を振った。パワーボムはそんな生易しいものではない。あの至近距離で爆発に巻き込まれれば、リドリーはおろかメトロイドクイーンすら消し去るだろう。
「やったな、サムス」
「ああ」
周りを警戒しながら少し遅れてやってきたアイクにも労をねぎらわれて、ようやく少しずつ実感が湧いて来た。
私は、今度こそリドリーを倒したんだ、と。
父と母、コロニーと鳥人族の仇を討てたんだ。
涙は、出ない。故郷が滅んだ時、もう、泣きつくしてしまったから。
ただ、疲れた。喜びもあるが、何よりも疲れた。
恐らく、リドリーとの予期せぬ遭遇によるトラウマの再発が原因だろう。テンションの乱高下は人を疲れさせるものだ。
「サムスも剣士の兄さんも何浮かない顔してんだよっ。リドリーの野郎を吹っ飛ばしてやったんだぜ!」
「ああ……」
意外なことに、なにやらアイクは奥歯に物が挟まったような、彼らしくない顔をしている。
私はハッとなった。リドリーの吐息も火山性ガスも有毒である。
しかもマグマの海とリドリーの火炎、とどめに私のパワーボムのせいで周囲は溶鉱炉一歩手前の温度だ。
いくら強くても、私やアンソニーと違って、アイクは生身だ。体調を崩しても不思議ではない。というよりも体調を崩さない方が不思議なくらいだ。
「どうした、アイク? 気分でも悪いのか。アンソニー、ガスマスクと耐熱スーツの予備はないか?」
私が慌ててアンソニーに備品の有無を尋ねた。予備がないなら彼を退避させねばならない。だが、アンソニーが答える前にアイクが片手を振った。
「いや、そうじゃない。むしろ体の調子はさっきより良いくらいなんだ。ただ……」
「ただ……?」
「まだ戦いは終わっていない。むしろこれからが本番……そんな気がするんだ」
「おいおいおい、今さっきリドリーをぶっ潰したばっかりじゃねえか」
「客観的な根拠はない。だが俺の心が騒めく。戦いの興奮で身体の震えが止まらん。こんな時は決まって強敵が現れる。それもとびっきりのやつがな」
根拠はない、と言う割にアイクは敵が現れることを半ば確信しているようだ。
周囲への警戒を全く緩めない。完全に戦闘態勢のままだ。
「だが、センサーには何の反応もねえぜ。サムス、そっちはどうだ」
「私のセンサーにも特に反応はない。だが……私も胸騒ぎがしてきた。警戒を怠るな、アンソニー」
「分ってるよ。戦士の勘は馬鹿に出来ねえからな」
歴戦の戦士の勘は、時に最新のコンピューターの出した予測を上回ることもある。
私たちは戦場でそんな経験を幾度もしてきた。しかもこれは歴戦の勇者の勘だ。侮っていいはずがない。
「メトロイドのクローンか、あるいはこの巨大な断面を作り出した何かが襲ってくる、ということもありうる」
「メトロイド、しかもクローンだと? おい、サムス、どういうことか説明し……ッ!?」
私達は警戒を続けながら、その場を後にしようとした時、それは起こった。
ボトルシップの天井を突き破って、巨大な黒いドラゴンとそれに跨った大男が現れたのだ。
ドラゴンと大男に破壊された天井が巨大な瓦礫となって、次々と広場に降り注いでくる。
瓦礫と言っても宇宙ステーションの破片だ。その重さと大きさは人間どころか戦車とて容易く押しつぶしてしまうだろう。
そんな突然の惨劇を、私たちは素早く散開することで回避した。
アイクは勿論のこと、私とアンソニーも戦闘のための尖った意識のままだった。だから、とっさに避けることが出来た。
落下物が床に当たり、煙と大量の破片を撒き散らす。
この破片とて、数が多い上に、当たり所が悪ければ致命傷になる程の大きさとスピードだ。
私は暗雲の中、センスムーブを起動し、背中のバーニアを瞬間的に何度も吹かすことで、この擬似的な巨大フラググレネードを必死に避け続ける。
「アイク! アンソニー!」
私が回避で精一杯だということは、私よりも肉体性能で劣るアンソニーや、肉体性能は互角以上でも生身であるアイクは大怪我や致命傷を負っている可能性があるということだ。
しかも私たちは散開してしまっていた。アイクはともかく、私かアイクの援護なしにアンソニーが全ての破片を防御、あるいは回避するのは不可能に近い。
今の状況で大怪我をしてしまえば死は免れない。
それは嫌だ。絶対に嫌だ。
せっかくリドリーとの戦いを乗り切ったのに、こんなところで彼らを失いたくない。
私がなんとかして彼らの元へ行こうともがいていると、巨大な何かが墜落した音と何かが羽ばたく音と共に強烈な風が吹きつけてきた。
もうもうと立ち込めていた煙が一瞬で追い散らされ、クリアな視界が戻る。
そこに待っていたのは……倒れ伏したアンソニー、彼を庇うように立つ若い女性と雪のように白い天馬。
そして……
「ああ、久しいな。ガウェインの息子、アイクよ」
「狂王、アシュナード……!!」
黒竜に跨り、禍々しい巨大なフランベルジェを持った大男と、黄金の神剣を持ってそれらに対峙するアイクの姿だった。