3人称をアイク1人称に変更しました。
俺達がここの護衛部隊として雇われた翌日、俺たちの最初の仕事は「健康診断」というのを受けることだった。
「貴方達には健康診断を受けてもらいたいのだけど、いいかしら? 」
マデリーンが人1人が余裕で入れる白い箱の前に立ち、おずおずと訊いてきた。メリッサは白い箱の近くに座って何か作業している。
いいかしらも何も「健康診断」なんて知らないし、やった事も無い。黙っているとマデリーンが慌てて説明を入れてきた。
「健康診断」というのは、俺たちに人に移る疫病や寄生虫なんかが付いていないかどうかを調べるというもので、ここで雇われている全ての人間に課されている義務だそうだ。内容は真っ白い部屋の中の変な白い箱に入ってじっとしているというもので、こんなんで分かるのか疑問だったが、分かるらしい。
たださすがに、血や尿、唾液の採取は断った。できるだけ雇い主の意向には沿ってやりたいが、エリンシア達も恥ずかしがっていたし、人の血は呪いの強力な媒介になるとイレースに忠告されたからだ。腹ペコサンダーもたまには賢者っぽいことをする。マデリーン達もあっさり引き下がった。ダメでもともとだったんだろう。
俺たちの世話をしてくれているマデリーンとメリッサに俺たちがこういうのを一度も受けたことが無いと言ったら流石根無し草の賞金稼ぎ、と呆れていた。賞金稼ぎではなく傭兵と言ってほしいものだ。
「健康診断」は一日かかった。箱の中で1日じっとしているのは思っていた以上に苦痛だった。
俺が箱の外で、固まってしまった体をほぐしていると、メリッサがやってきて言いづらそうに切り出した。
「明日は貴方達の能力を教えてもらいたいのだけれど」
俺たちがどれくらい戦えるのか見せろということか。
「当然の要求だな」
「いいの!?」
「雇い主が俺たちはどれくらい戦えるのか見たいと言うのなら、俺に断る理由もない」
戦力の把握は基本だからな。できる奴ほど基本を怠らない。
「ありがとう。じゃあ、部屋に案内するわね」
「頼む」
この施設は広大で未だに部屋までの道が覚えられない。地理の把握は基本なのに情けない限りだ。
道順を意識しながらメリッサについて歩いていると反対側から女性陣を担当していたマデリーンがやってきた。どうやらエリンシア達も終わったようだ。
マデリーンは俺に挨拶した後、メリッサと何やら靄がどうのと話していたが天候が悪化したのか。
しかしそれより気になっていたことがあった。
「なあ、あんたらはどういう関係なんだ? 」
「血は繫がってないけど親子よ」
複雑な事情がありそうだが、メリッサもマデリーンも嬉しそうに笑っていたのでここで深入りはしないことにした。
部屋に案内してもらい二人と別れた。
昨日この部屋で、ここが本格的にクリミアでは無いことがはっきりした。それどころかテリウス大陸かどうかも怪しい。
マデリーン達が用意してくれた部屋に、蛇口というのを捻ると好きな温度で好きな量の水を出せるシャワーというものがついているすごい風呂場があったり、初めて見る美味い料理がたくさん出てきたりと異国情緒たっぷりだ。個人的には肉料理には特筆すべきものがあったと思う。
俺が夕食について思いをめぐらしながら、扉を開けると、
「あ、おかえりお兄ちゃん」
「…ただいま」
なぜか妹がソファーでくつろいでいた。ソファーの横の小さなテーブルには氷と透き通った黄色の液体が入ったグラスが2つ置いてある。
「お疲れさま、ここ座って」
「…ああ」
別に疲れちゃいないとか、なんでお前がここにいるとか、色々言いたいことはあったが俺は口に出さなかった。
俺がミストの傍に座っても、ミストは何も話さない。とりあえず、俺はグラスを手に取り、透き通った黄色の飲み物を飲む。
「あっ」
ミストは短く声を上げると、咎めるような目でこちらを見た。
「別にお前の分はもう一つあるじゃないか。」
「そうじゃなくて……もう、お兄ちゃんは」
甘い。とても甘い。リンゴの汁を冷やしたもののようだ。少し酸味があるがそれがさわやかさを生んでいる。結構おいしい。
ミストはしばらく口をとがらせて俺を睨んでいたが、ため息をついてグラスを取った。リンゴの汁を飲みながら話し出す。
ここのお風呂がすごい。見た事もない美味しい料理や菓子に感激した。つい食べ過ぎてしまい太らないか心配だ。イレースが私の数倍以上食べているのに自分より痩せているのは理不尽だ。前から開発していた変身魔法が遂にできた。
俺は適当に相槌をうって聞き流しながら、俺たちを襲ってきた蜥蜴みたいな賊について考えていた。
カーネルは盗賊だと言っていたし、あの荒々しい動きにはある程度納得している。だが、あいつらの動きには軍隊のような一定の規則性があった。軍隊崩れの連中なのか、それとも奴らは軍隊なのか。森の中を跳び回りながらハサミのような腕から紫の光を飛ばしてきた。ゲリラ戦にも似た戦術は賊が思いつくことだろうか。腕から光線を出すとは奴らは魔法兵なのか、それとも魔術の付与がされた武器を扱う兵士なのか。ここの魔道技術はテリウスより進んでいるようだし……
「お兄ちゃん、聴いてる? 」
「ああ、聴いてるぞ」
妹の言葉に現実に引き戻された。
「むぅー、ほんとかな~」
「ちゃんと聞いていたさ」
ミストはいぶかしげな顔をしているが、真実は一つだ。
「変身魔法ができるようになったんだろ。すごいじゃないか」
俺の言葉に気を良くしたのか、ミストは「でしょー」と得意顔になった。
「イレースとエリンシア様にも手伝ってもらったんだ。杖の魔法の特性を利用すれば1本の杖で術者と対象者の二人同時に変身させることが…」
意外と繊細なミストは色々と心細かったのだろう。今日はいつにもましてよく話す。俺にできるのは妹の言葉を淡々と聞き流し、相槌を打つ位だ。少しでもミストの心が軽くなれば御の字である。
ひとしきり変身魔法の講義をして満足したのかミストはグラスを置いた。
「帰るのか」
「うん。みんなが心配するといけないしね」
俺に魔法の素養は全く無いので話の内容は今一つ分からなかったが、満足したならそれでいい。
ミストは席を立って、部屋を出ようと扉の前に行ったところでくるっと振り返った。
「えっと、お兄ちゃん今日はその、ありがとう」
心なしか顔を赤くして言うミスト。なんだかこっちまで照れくさい。
いつもこういう感じならかわいい自慢の妹だと言えるのだが。
「ああ。気を付けて帰れよ」
まあ、帰ると言っても隣の部屋なのだが。そうじゃければ送っていかなくちゃならない。部屋同士が隣り合っているだけでなく、ミスト達の馬が主の傍を離れたがらないので一緒にいられるような広い部屋が欲しいなんてわがままを聞いてくれたマデリーン達に感謝だ。
ここにきて三日目の朝、間抜けな事にどこで戦力の確認をするのか傭兵団の誰も知らなかったので、俺たちはマデリーンの部屋に向かっていた。
「なんだか変だよ。人がいなさすぎる」
「…ええ、おかしいと思います」
ワユとエリンシアの不信感をはらんだ呟きに同意だ。
今俺たちがいるのはマデリーン達以外の人も暮らしているエリアなので本来人通りも多いはずだが、人っ子一人いない。
明らかに様子がおかしい。
「リアーネ」
「……むこうに、なんにんか、ひとがいる。マデリーンと、メリッサも、いる。」
「そうか。なら、ひとまずあいつらに話を聞いてみよう。案外ここでは普通のこと__」
__ドスンッ!__
「アイク様! 」
「お兄ちゃん! 今の音! 」
「分かっている! 」
あの音は、人が床や壁に叩きつけられる音だ!
「アイク! キャッ」
「リアーネ、悪い」
ラグネルを抜いて、運動能力の低いリアーネを背中に背負う。
リアーネは自身の翼で空を種族ゆえか体重がミストの半分くらいしかない。普段からラグネルやエタルドを背負っている俺にはいないも同じだ。
「グレイル傭兵団出撃する! 俺に遅れるな! 」
さっきの音を皮切りに、悲鳴や連続した炸裂音が聞こえだした。
俺たちは走るペースを上げ、現場に急ぐ。
「アイクさん! マデリーンさんです! 」
先行しているマーシャがマデリーンを見つけたようだ。
「アイク様! マデリーン様の近くに何かいます! 」
「っ、エリンシア、マーシャ、マデリーンを守ってくれ! 」
このエリアの天井は天馬騎士が飛べるほど広く、高い。
住んでいる者に閉塞感を与えないために高く作ったとかメリッサが言っていたような気がするがこっちには好都合だ。
俺たちがエリンシア達に追いつくとそこには異様な光景が広がっていた。
人と同じくらいの大きさをした50近い数の、青緑色のハチのようなやつら、毒々しいトゲの生えた緑の玉、銀色のクワガタムシみたいなやつらが、マデリーンを救出したエリンシアとマーシャを襲っていた。
一番数の多いハチのような奴らは飛行しながら、トゲボールは床や壁を不規則にバウンドしながら宙を舞う天馬騎士たちに体当たりを敢行し、7体しかいないクワガタムシは巨体に似合わぬスピードで地上から角や爪を使って攻撃。
地上と空中からの多面的攻撃に彼女たちはよく耐えていた。
マデリーンを乗せたエリンシアの周りをマーシャが縦横無尽に飛び回り、槍を振り回して彼女たちに近づく奴らを片っ端から切り裂き、貫く。マーシャのとりこぼした敵はエリンシアが宝剣アミーテをもって切り裂き、マデリーンに敵を寄せ付けない。二人の乗る天馬も盛んに嘶いて敵の動きを封じ、彼女たちが戦いやすいように微妙に位置を変え、背後から近づく敵がいれば思いっきり蹴り飛ばして主を助けていた。まさしく人馬一体の境地。
だが、敵の数が多すぎて殲滅には至らない。また、3体のクワガタが意外な狡猾さを見せてエリンシアとマーシャに攻撃している。全て躱しているが何度か危ない場面もあった。
さらに、馬や天馬に乗り続けるのには素人の想像以上に体力がいる。マデリーンは必死にエリンシアの腰にしがみついているが、このままでは騎乗も戦闘慣れもしていない彼女がもたない。遠からず落馬して怪物たちの餌食になってしまうだろう。
「イレース、頼む! ワユ、受け取れ! 」
イレースに指示を出しながら、腰に着けていたエタルドをワユに放り投げ、ラグネルを構える。
後ろも見ずに放り投げたエタルドをワユはあやまたず受け止め、ミストは愛用の魔法剣フロレートを構え、イレースが呪文を唱えながら片手を振り上げる。イレースの周りに浮かぶ黄金の魔法陣。俺はおもいっきり大声で叫んだ。
「2人とも、全力で下降しろー! 」
「サンダーストーム! 」
2人が下降を開始するのとほぼ同時に突如として天井付近に黒雲が発生し、一度に数十もの雷を落としだす。
黒雲から連続して発生する雷は、全速力でこっちに飛んでくるエリンシアとマーシャの間を縫うように敵だけを打ち据え、叩き落していく。雷に打たれた敵は真っ黒にこげるどころか爆散してしまった。ちょっとやりすぎだ。
さらに俺たちがそれぞれの剣を振るう。2振りの神剣と1振りの魔法剣が乱舞し、次々と斬撃が飛んでいく。
縦、横、斜めの斬撃がエリンシア達を追撃してくる敵に次々と襲いかかり、切り飛ばし、殲滅した。
「アイク様、ただいま戻りました」
「おかえり。3人とも無事だな」
「あ、アイクさん! いきなりなんてことするんですか! イレースさんもちょっとは手加減してください! 」
「エリンシアとマーシャなら必ず避けられると信じていた」
「…お二人なら回避してくれると信じていました」
「ううぅ、信頼が重すぎるぅ」
「そんなことより大丈夫か、マデリーン」
マーシャの嘆きはさておいて、マデリーンの顔は真っ青だ。特に外傷は見当たらないが、全身小刻みに震えている。
「え、ええ。だ、だい、じょうぶ……」
「マデリーン様。落ち着いてゆっくり息を吸ってください」
エリンシアが慈愛溢れる微笑みを浮かべ、小さな子供をあやすようにゆっくり優しく話しかける。
マデリーンは言われた通りに深呼吸を繰り返し、息を整えてから俺の方を向いた。
「アイクさん」
「なんだ」
「メリッサを、MBを殺してください」
恐らく今週中には(下)を投稿できるはず。……はず。