十年浪人して剣魔学院に入学したおっさん、聖女に見出だされたチートスキル『ハードパンチャー』で黄金の右を放つ~剣も魔法も赤点の劣等生なので悪役令嬢にパーティを追放されたけど今更戻ってこいとかもう遅い~   作:朝食ダンゴ

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落ちぶれた日々

 それからはもう散々だった。

 

 時が経つのは速いもので、パーティを追い出されて一か月が経過しようとしている。

 これまでパーティで行っていた訓練や試験を、たった一人でやらなければならなくなった俺の苦労は、筆舌に尽くしがたい。

 

 ここ剣魔学院では、ほとんどが実地訓練だ。実際にダンジョンを探索したり、魔物を討伐したり、賊と戦ったり。実戦の中で己を鍛えることを教育の理念としている。

 試験となればもっと過酷だ。戦争中の敵国との戦闘に参加することもあれば、特殊な作戦を遂行することもある。

 

 だからこそ、学院生は数名からなるパーティを組むのが慣例だ。力を合わせ、生き残る確率を上げ、より大きな成果を出すために。

 中にはソロで臨む猛者もいるが、俺のような劣等生がそんな真似をすれば命がいくつあっても足りない。

 

 学院とは言っても、そのカリキュラムは命懸けだ。一歩間違えれば死ぬことだってある。事実、入学した者の約二割は、無事に卒業できないと聞く。まったくシャレにならない。

 

 優秀なパーティに加入できて幸先のよかった一学期。順調だと思っていたが、まさかこんな仕打ちを受けようとは。

 けれど愚痴ばかり言っていられない。十年も浪人してやっとのことで入学したんだ。子どもの頃からの目標を達成するためにも、こんなことで折れてなるものか。

 

 そう気張ってはみるも、キツいものはキツい。

 この一か月は生き延びることに精一杯で、訓練や試験でまったく結果を残せなかった。増えるのは傷ばかり。死んでいないだけ幸運だ。

 

 ある時、ぼろぼろになって学院に帰ってくると、とある同級生パーティが俺の姿をせせら笑っていた。

 

「見ろよ。あれがかの有名な十浪おっさんだぜ」

 

「うわー、ズタボロじゃん。だっせー」

 

「ああはなりたくないものよね。ほんと、反面教師として重宝するわ」

 

「そうだね。あのおっさんを見ると安心するし、もっと頑張らなきゃって思えるもんね」

 

 そう言って大笑いする同級生達。

 俺は拳を握り締める。悔しくても、反論はできない。

 どうせ反論しても、コテンパンにされるのがオチだ。俺には力がないから。

 

「そういえば聞いた? あのおっさん、クレインさんのパーティから追放されたって」

 

「聞いた聞いた。ほんと、よく我慢したと思うわよクレインさんも。やっぱり能力のある人は器も大きいのねぇ」

 

「クレインさん、ご実家が侯爵家だっけ。目指すならああいう人じゃないとね」

 

 やっぱり人望があるんだな、クレインは。貴族で家格も高く、個人の能力にも秀でている。確かに彼女は逸材だ。

 溜息。もうあのパーティに未練はないはずなのに。こんなに苦しいと、パーティを組んでいた時の順調さを思い出してしまう。

 

「フリード・マイヴェッター」

 

 学院の庭園をトボトボと歩く俺を呼び止めたのは、気の強そうな女性の声だった。

 ぼーっとしていたため、誰の声かは判別できなかった。ただ名前を呼ばれたことだけはわかる。

 

「聞こえていないのか。フリード・マイヴェッター」

 

 二度呼ばれて、ゆっくりと振り返る。

 

「あ」

 

 声の主を認めて、俺は慌てて居住まいを正した。

 

「フ、フォルス教官! 失礼しました!」

 

 俺を呼び止めたのは、赤と黒を基調とした制服に身を包んだ女教官である。

 肩のあたりで切り揃えられた銀髪を風になびかせ、意志の強そうな深紅の瞳が俺を見上げている。十九歳にしては小柄で、背丈は俺より頭二つ分も小さい。きめ細かな白い肌は、戦場に立つ戦士とは思えないほどに美しい。

 剣魔学院の戦闘教官、フォルス・シャルラッハロート。

 またの名を、怒り竜のフォルスといった。

 

「私の呼びかけを無視するとはいい度胸だ。いつからそんな偉くなった? ああ?」

 

 強烈な威圧感の笑みに、俺の全身はがっちりと固まってしまう。

 

「も、申し訳ありません。すこし考え事をしていまして」

 

「言い訳は聞いていない。それにだ」

 

 フォルス教官は腰に提げていた棒を抜き、先端を俺の胸に押し当てる。生徒指導用の木製のロッドだ。

 

「いったい誰が、私をファーストネームで呼ぶことを許可した? なぁ? ほら、どこのどいつだ。言ってみろ」

 

「も、申し訳ありません。つい――」

 

「つい、なんだ?」

 

「突然のことでしたので、思わず」

 

「ほう? そうか。貴様は動揺すると教官を馴れ馴れしく呼ぶような軟派者だったか」

 

 手首の動きだけで振り上げられたロッドが、俺の額に直撃する。

 まずは衝撃。

 

「痛っ――!」

 

 遅れて激痛が訪れる。俺はひととき星の涙を見た。

 ふらふらと後退り顔を押さえる俺を見て、教官は薄い胸の前で不機嫌そうに腕を組む。

 

「ふん。この程度で怯むとは、相変わらず貧弱だな」

 

 戦闘教官の攻撃を喰らって平気でいられる方が稀だと思うんですが。

 

「まぁいい。わざわざ私が出向いてまでお前を呼びに来た理由。もちろんわかっているな?」

 

「え? ええっと……」

 

 いや、すみません。まったくと言っていいほど心当たりがない。

 教官の表情に苛立ちが募っていく。

 

「たわけ。三日後の聖女訪問の件で、クレインから話がいっているだろう」

 

「聖女、訪問?」

 

 初耳である。俺の呆けた顔を見て、教官は銀の眉を捻じ曲げた。

 

「聞いてないのか? ふむ。それはおかしいな。奴はお前にしっかり伝えたと言っていたぞ」

 

「何のことだかさっぱり」

 

 教官、深い溜息。

 

「パーティ内で意思疎通ができていないのは問題だな。お前達のところは学年でも優秀な方だと思っていたが、まさかそんな弱点があったとは」

 

「あの……教官、もしかしてご存じないんですか?」

 

「なにがだ」

 

「俺、あのパーティを抜けたんです」

 

「……なんだと?」

 

 正確には追い出されたのだが、ちっぽけなプライドが真実を口にさせなかった。

 フォルス教官は幼さの残る瞳をぱちくりとさせて、信じられないものを見るような目で俺を見上げる。

 

「なにがあった? 詳しく聞かせてみろ」

 

 その声は少なからず親身さを帯びていた。

 剣魔学院において、パーティを抜けたり移籍したりすることはさほど珍しいことではない。それぞれの意見が食い違うだとか、能力の相性が合わないだとか、理由は様々だ。みんな、自分の能力を最大限発揮できる居場所を求めているのだ。

 

 けれど、俺の場合はすこし違う。無能ゆえ、ほとんどお情けでパーティに加入させてもらっていた。そのあたりの事情は教官もある程度は把握しているはずだ。

 

「実は――」

 

 クレイン達にパーティを追放された経緯を説明する。

 ところどころ口ごもりながら話す俺の言葉を、教官は最後まで黙って聞いてくれていた。

 

「なるほど。つまるところ、貴様がパーティメンバーにふさわしくないと判断された。そういうことだな」

 

「まぁ、そんなところです」

 

「よくある話だ。人間、合う合わないは必ずある。ましてや未熟な学生のうちはそういった軋轢も多いだろう。災難だったな」

 

 気の毒には思ってくれているみたいだが、特に味方をしてくれるわけではない。教官とは学生に対して中立の立場を徹底している。パーティのいざこざに口を出すような真似はしないだろう。

 期待はしていなかったが、面と向かって言われると落胆も大きい。

 

「それよりも。パーティの脱退手続きがなされていないのは頂けん」

 

「手続き、されていないんですか? すでにクレイン達がしているものかと」

 

「だったら私が知らないはずがない。これでも貴様ら一年生の学年主任なのだぞ」

 

 そういえばそうだった。

 教官は俺の姿をじっと検め、呆れたように鼻を鳴らす。

 

「ひどいケガだな。傷口が化膿しかけている。応急処置の心得もないか」

 

 実を言うと、先ほどからずっと痛いやら痒いやらで堪らない。

 

「一応ちゃんと勉強したんですが……医療道具を全部パーティに置いて来てしまって」

 

 教官は舌打ちを漏らす。

 

「救護室へ行け。パーティ脱退の書類は私が手ずから用意しておいてやる。受理も含めてだ。感謝しろ」

 

「お手を煩わせてしまい申し訳ありません。ありがとうございます」

 

 正直、面倒な手続きをしなくて非常にラッキーだ。

 

「聖女訪問の件は後回しだ。まずは手当てをしてもらえ、私も後で向かう」

 

 

 そう言い残して、教官は小さな背中を向け去っていった。

 

「まったく……これだから貴族というやつは……」

 

 なにやらブツブツ言っているが、ほとんど聞き取れない。

 多少は、気にかけてくれているのだろうか。ありがたいことだ。

 言われた通り、救護室に向かうとしよう。

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