十年浪人して剣魔学院に入学したおっさん、聖女に見出だされたチートスキル『ハードパンチャー』で黄金の右を放つ~剣も魔法も赤点の劣等生なので悪役令嬢にパーティを追放されたけど今更戻ってこいとかもう遅い~   作:朝食ダンゴ

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闇夜の任務

 二日後。月のない深夜。

 

『こちらエルミス・エナ。定時連絡、異常なし』

 

『イリョス了解。警戒を怠るな』

 

『エルミス・ミナ了解。引き続き哨戒を続ける』

 

 片耳に装着した魔導具が、本部と部隊の通信を奏でている。

 深い森には深淵に呑まれたような真っ暗闇が広がっている。警備の任に就いてから一時間。そろそろ帰りたくなってきた。

 筒状の照明魔導具を揺らし、あてがわれた範囲を歩き回る。比較的安全な場所ということだが、魔物が現れる可能性はゼロじゃない。そう思うと、得体の知れない恐怖心が湧いて出てくる。

 

『こちらイリョス。アリス・ペンデ、応答せよ』

 

 俺への通信だと、すぐに気がつけなかった。

 任務中は本名ではなくコールサインで呼び合うのが学院の伝統だ。この任務で初めて与えれたコールサインには、まだ耳が慣れていなかった。

 俺は足を止め、通信機に指を当てる。

 

「こ、こちらアリス・ペンデ。どうぞ」

 

『定時連絡が遅れている。何か異常が?』

 

「……すみません。忘れていました。こちらも異常ありません」

 

『了解』

 

 本部の応答には苛立ちの響きがあった。

 

『気を引き締めろ。聖女様の御身の安全を預かっていることを忘れるな』

 

「はい。以後、気をつけます」

 

 通信が切れ、俺は足下に視線を落とす。

 やっちまった。また失敗だ。

 

 思えば、クレインのパーティにいた時も失敗続きだったように思う。努力はしていたが、結果につながらなけりゃ意味がない。愛想を尽かされるのも当然か。

 この任務だって、いてもいなくても変わらない人数合わせ要員だ。フォルス教官も言ってたじゃないか。誰もお前に期待なんかしていないって。所詮、俺はそのていどの存在だってことだ。

 

「だめだな。こんな湿っぽい森の中にいちゃ気分まで滅入ってくる」

 

 ネガティブな考えはよそう。今は任務に集中するべきだ。

 気持ちを切り替えて哨戒を再開する。その一歩目を踏み出した――まさにその時だった。

 

『こちらギ・テッセラ! エリア2にて大型の魔物を確認! ハナクイ竜……ファイアフラワードラゴンだ! 数は三、いや四体! うち一体は幼生と確認!』

 

『イリョス了解。交戦は待て。増援を送る』

 

『だめだ! もう気付かれて、ブレスがくる! 助け――』

 

 猛々しい竜の轟きの後、通信は途絶える。

 それに重なるように、同じ咆哮が宵闇の森に響いた。

 

「おい、冗談だろ……」

 

 こんな時は常套句しか出てこない。

 ハナクイ竜の俗称で知られるファイアフラワードラゴンは、昼行性で草食。だがその凶暴さゆえに古くから駆逐の対象になり、今や絶滅危惧種ともいえる魔物である。

 普通なら深夜の森に複数で現れるような奴らじゃない。何かの間違いじゃないのか。

 

『イリョスよりエリア2付近の隊に告ぐ。現場に急行し、事態を調査せよ』

 

 俺は急いで地図を開く。

 事前にエリアの位置を確認していたが、いまいち確信が持てなかった。というよりは、持ちたくなかったのだ。

 

「たのむ。たのむぞ……!」

 

 こんな時は神に祈りたくもなる。

 どうか、ここがエリア2の近くじゃありませんように。

「……ああ。やっぱりな」

 

 祈りは届かず。エリア2に最も近い地点にいるのが、この俺だった。

 なにが比較的安全だ。なにが突っ立っているだけでいいだ。

 

 頭上からドラゴンの咆哮が落ちてくる。人間の臭いを辿ってきたのだろうか。一体のハナクイ竜が空から飛来し、俺の目の前に猛然と降り立った。見上げるような巨体はやはり相当な重量があるようだ。着地の衝撃だけで小石のように跳ね飛ばされ、俺は地面を転々として大木に叩きつけられた。

 

「痛ってぇ……」

 

 なんとか立ち上がってはみたが、激痛が全身の自由を奪っている。一歩も歩ける気がしない。

 目の前では、ハナクイ竜が凶悪な顎から灼熱の炎をチラつかせていた。

 

「はは……死んだなこりゃ」

 

 人は死の間際にそれまでの人生を思い出すというが、どうやらそれは偽りらしい。

 俺の目に映るのは、恐怖の象徴ただ一つ。

 ドラゴンという究極の暴力。その存在を凝縮したかのような猛火のブレス。

 俺の体は絶望的熱量によって焼き払われ、後には灰すら残らないだろう。

 

「けどよ」

 

 俺は腰に提げた剣を抜く。剣魔学院を志してから十年余り、共に戦場を駆け抜けたロングソード。由来のない武骨なだけの長剣だが、だからこそここ一番で頼りになる相棒なのだ。

 

「精一杯の悪あがきはさせてもらう……!」

 

 無駄だと理解しつつ、俺は駆け出した。

 せめて一太刀。死ぬのはそれからでも遅くない。

 気合は十分。俺はハナクイ竜へと接近する。

 

「馬鹿者! 下がれっ!」

 

 横合いから誰かの声。俺は思わず足を止める。

 直後、灼熱のブレスが猛然と吐き出された。

 視界がまばゆい赤に染まり、一帯は真昼のように明るくなる。

 

「っ――」

 

 俺は死を直感したが、すぐに誤りだと悟る。

 突如として俺とドラゴンとの間に割って入ったフォルス教官が、その小さな体からは想像もつかない膂力で身の丈ほどもある分厚い大剣を振りかざし、火炎のブレスを真っ二つに斬り裂いていた。

 

 赤と黒の軍服に覆われた華奢な背中が、この世の何よりも頼もしく思えた。

 可憐にして苛烈。ともすれば生徒より幼く見える彼女だが、その剣筋の力強さたるや格が違う。

 ブレスを両断した教官の剣圧は、そのままドラゴンの鼻っ面を叩き、巨体を大きくよろめかせた。

 

「トカゲ風情が。図に乗るな」

 

 大地を蹴り飛ばし、ドラゴンへと肉薄。空中からの落下を伴った大上段の一太刀をもって、頭部から尻尾までを真っ二つに分割した。

 すごい。そんな感想しか出てこない。 

 ドラゴンは力なくその場に倒れ、森には静寂が戻る。

 一息ついた教官は大剣を背負い直し、通信機に指を当てた。

 

「プルトナス・オクトからイリョス。エリア7にて、ハナクイ竜の成体を一匹やった。エリア2で確認されたうちのひとつと思われる」

 

 その声は、目の前と通信機の二方向からほんのわずかのズレと共に聞こえた。

 

『イリョス了解。全オペレーターへ告ぐ。ファイアフラワードラゴンはすでにエリア2を移動している可能性が高い。担当区域を厳重に警戒せよ。発見後、手に余ると判断した場合は増援を待て。以上』

 

 ノイズを残して通信は終了する。

 俺は死の恐怖からまだ立ち直れていない。ほとんど呆然自失のような感じだった。

 

「フ、フォルス教官」

 

 俺の呼びかけで、教官はようやく振り返る。そして俺の目の前まで大股でやってくると、腰のロッドを手にした。

 

「マイヴェッター」

 

 鋭い打撃が、俺の額に打ち込まれた。

 

「痛ったい!」

 

 マジで痛い。

 

「ファーストネームで呼ぶなと何度言えばわかるんだ、たわけ」

 

「も、申し訳ありません……」

 

「まったく」

 

 ロッドを納め、教官はハナクイ竜の死骸に目を向けた。

 

「しかしまさか、こんなものが出てくるとはな」

 

 二つになったハナクイ竜を、魔道具の照明で照らす。

 

「驚きましたよ、ほんと。ドラゴンなんて、資料でしか見たことありません」

 

 額の痛みで我を取り戻した俺は、教官の後ろでしげしげと死骸を眺める。

 

「教官が来てくれなかったら確実に死んでいました。ありがとうございます」

 

「かまわん。これも任務のうちだ」

 

 そっけない態度は相変わらずだ。

 

「でも、どうしてこんなところにハナクイ竜が……生態系が崩れたりしてるんでしょうか?」

 

「たわけ」

 

 教官はじろりを俺を見て、呆れたように鼻を鳴らす。

 

「十中八九、聖女様がらみだろう。そんなこともわからんか」

 

 聖女がらみとな。

 

「それってつまり……誰かが聖女リーベルデに危害を加えようとしている。そういうことですか」

 

「うむ。早急に対策を立てる必要があるな」

 

 死骸を検分し終えた教官は、その場を立ち去ろうとする。

 

「マイヴェッター。お前は引き続き警備の任に当たれ。私は本部に戻る」

 

「冗談ですよね? またドラゴンが出てきたらどうするんですか」

 

「その時は潔く諦めるんだな。私とて二度も救援に来るほど暇ではない」

 

 まじですか。

 俺の不安をよそに、教官はさっさと森の闇へと消えていった。

 

 一人残された俺は、死臭を漂わせ始めたドラゴンの死骸を見て、心底げんなりするしかなかった。

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