十年浪人して剣魔学院に入学したおっさん、聖女に見出だされたチートスキル『ハードパンチャー』で黄金の右を放つ~剣も魔法も赤点の劣等生なので悪役令嬢にパーティを追放されたけど今更戻ってこいとかもう遅い~   作:朝食ダンゴ

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聖女、あるいは『鑑定の儀』

 翌朝。

 

 夜通し続いた警備から寝る間もなく、どういうわけか聖女の説法に耳を傾けている俺がいた。

 

「みなさん、はじめまして」

 

 学院の中心に位置する大講堂。大規模な劇場にも匹敵する舞台の上で、白い法衣に身をを包んだ少女が涼やかな声を響かせている。

 

「私の名はリーベルデ。運命の女神ダーナに仕える聖女です」

 

 年の頃は十代半ばほどだろうか。理知的で透明感のある微笑み。存在感に満ちた佇まい。控えめな装飾が施された純白の頭巾から、金糸のような艶やかなロングヘアーが流れている。陶磁器のような白い肌は顔だけしか晒していないが、それだけに法衣の内側にある肢体への想像力をかき立てられる。右の瞳は目の覚めるような鮮烈な紅。金のまつ毛に縁取られたその紅い瞳だけはどこか怪しげであったが、それが逆に聖女らしい神々しさのようなものを醸し出していた。

 

 特徴的だと感じたのは、左目を白い眼帯で隠しているところだ。眼帯には蓮の紋章があしらわれており、なにやら神秘的な雰囲気を漂わせていた。

 

「今年もこの学院への訪問が叶い、とても嬉しく思いまっています。また、道中つつがなく無事辿り着けたことを、神々に感謝いたします」

 

 感謝なら神々じゃなくて、警備を担当した俺達にしてほしいもんだ。俺が役に立ったかどうかは別として。

 まぁこういうのは社交辞令というか、いわゆる儀式的な決まり文句だからな。いちいち反応しても意味がない。

 聖女リーベルデは小さく咳ばらいを漏らし、凛々しい表情で口を開く。

 

「かつて魔王アンヘル・カイドは世界を闇で包み、自らの眷属である無数の魔物を解き放ちました。魔物達は自然の生き物を殺戮し、村々を焼き払い、街を滅ぼし、悲惨と残酷の限りを尽くしたのです」

 

 講堂の椅子を埋め尽くす数百人の生徒達は、誰もが神妙な表情で聖女の言葉に聞き入っている。

 だが、俺はその中にはいない。

 

 驚くべきことに、いま俺が立っているのは聖女と同じ舞台の上だ。

 聖女お抱えの騎士団と肩を並べ、聖女を守るように半円の陣を敷いている。俺はその端っこで、正しい姿勢と真剣な表情を保つことに努めていた。

 騎士団の仰々しい鎧に比べ、学生服の俺のなんとみすぼらしいことだろう。さぞ浮いているに違いない。

 

「人々に為す術はなく、恐怖と絶望とがはびこり、望みは失われ、まもなく世界は魔王に支配されるかと思われた――そんな時。一人の青年が、光と共に天よりこの地に降り立ったのです。彼は神より与えられた聖剣を手に、その英雄的な力で次々と魔物を除き、そしてついには魔王アンヘル・カイドを打ち倒した」

 

 それまで厳かだった聖女の声色が、ふと柔らかいものに変わる。

 

「ふふ。誰もが知っている勇者の伝説です」

 

 徹夜明け特有の高揚感と、形のない倦怠感からか、俺はほとんど夢見心地だった。

 

「今から五百年前。いつか復活する魔王に対抗できる人材を育成するため、時の賢者ヴェレーミアによって創立された由緒正しき学び舎。それがこの剣魔学院です。みなさんが入学してもうすぐ一年。今一度この意義を胸に刻んでください。そして、世界へ羽ばたく立派な人間へと成長し、平和の為に力を貸して頂きたいのです」

 

 聖女が言葉を切ると、講堂には万雷の拍手が轟いた。

 居心地が悪い。

 やっぱり学生が一人こんなところに立っていたらいやでも目立つだろう。みんな疑問を抱いているに違いない。なぜ十浪のおっさん劣等生が騎士団と一緒に立っているのかってな。

 

「さて。もうご存じの方もいらっしゃると思いますが、私は毎年、ある役目を果たすためにこの学院に来ています。人の中に眠る潜在能力を見出し、スキルという形で顕在化させる。我々はその儀式を『鑑定の儀』と呼んでいます」

 

 スキル。神代より伝わる古の概念。

 聞くところによれば、スキルを手にした者は努力や修練を必要とせず、特別な能力を自由自在に行使することができるらしい。まるでおとぎ話だ。

 

「もちろん、誰もがスキルを授かれるわけではありません。ごく一部の選ばれた者のみが、スキルという神からのギフトを手にすることができる。私には、そのお手伝いをする力があります。これもまた、女神ダーナより授かったスキルがあるからです」

 

 聖女の言葉は、経験に基づいた真実味を帯びている。

 

「言葉を重ねるより、実際に目にして頂く方が早いでしょう」

 

 予定通りの展開ではあったが、タイミング的には完全に不意打ちだった。

 聖女が体ごとこちらを向き、美貌の微笑みで俺の心を串刺しにした。

 

「フリード・マイヴェッターさん。どうぞ、こちらへ」

 

 その瞬間、講堂中の視線が俺に集中する。

 勘弁してくれ。どうしてこんなことに。

 

「早く行け」

 

 隣に立っていた騎士に小声で叱られ、俺はようやく聖女のもとへと歩みを進めた。

 そして俺は一応の儀礼作法として、聖女の前に跪き、両手を組み合わせた。

 

「みなさん。ここにいらっしゃるフリードさんは、かつて私の命を救ってくださった恩人です。これから数日かけて、みなさんお一人お一人に『鑑定の儀』を執り行っていくわけですが、その最初の一人に彼を指名させて頂きました」

 

 参席する生徒達がにわかにざわつき始めた。当然だ。俺みたいな奴が、こんな光栄な役目を与えられるなんて誰が予想しただろうか。

 痛いくらいに伝わってくる。俺に向けられる嫉妬と侮蔑の感情。講堂中から突き刺さるような嫌悪の視線。まったくイヤになる。

 

 騎士の一人が、水晶玉を抱えて聖女のもとへやってくる。

 聖女はその水晶玉を受け取ると、舞台に設けられた台座の上に置き、そっと手をあてがった。

 

「これより聖女リーベルデが、運命の女神ダーナの御名のもと『鑑定の儀』を執り行います」

 

 もう始まるのか。まだ心の準備ができていないのに。

 透明なだけだった水晶玉が、ほのかな金の光を放ち始める。その光は無数の粒子となって講堂中に拡散し、神秘的な光景を生み出した。同級生達は舞い浮かぶ光の粒を見上げたり、その中心となる水晶と聖女を凝視したりしている。

 当の聖女は、紅い瞳で輝く水晶玉を見つめている。

 俺は跪いたまま、どうすればいいかわからない。段取りとか何も聞いていないし。

 

「フリードさん。どうぞお立ち下さい」

 

 柔らかな声に促され、俺はゆっくりと立ち上がる。

 

「さぁ、この水晶に触れるのです。我らの神が、あなたの内に宿る才を見出だして下さいます」

 

 言われるがまま、俺は水晶に触れた。

 途端。それまで控えめに光っているだけだった水晶玉が、一際強い輝きを放つ。

 その眩さに、俺は目を細める。

 

「これは……」

 

 対して、聖女はその光をじっと見つめていた。

 まもなく光は収束する。講堂内はしんと静まり返っていた。

 聖女は驚いたような、あるいは戸惑っているような、そんな表情のまま固まっている。桃色の唇を小さく開いたまま、水晶玉から視線を離さない。

 

「フリードさん……どうして、こんな……」

 

 そんなことを呟かれたが、俺に反応の余地はなかった。

 聖女は思い出したように我に返ると、小さく咳ばらいを漏らす。

 

「残念なことではありますが――」

 

 この場の誰もが心待ちにしていた聖女の澄んだ声。

 

「――あなたの中に、スキルを見出すことはできませんでした」

 

 淡い期待を打ち砕く一言。

 あまりにも痛烈な宣告。

 

 けれど、分かっていたことだ。俺なんかに秘められた力があるわけがない。そういうのは、クレインやそのパーティメンバーのような、才能あふれる若者にこそふさわしい。

 

 講堂からは嘲弄の言葉や笑いが聞こえてくる。

 なにが『鑑定の儀』だ。同級生の前で笑い物にされただけじゃないか。

 

「ごめんなさい」

 

 それは俺だけに聞こえる、小さな謝罪だった。

 聖女は声量を変えず、できるだけ口を動かさないように言葉を続ける。

 

「日が暮れたら迎賓館に来てください。待っています」

 

 正直、その申し出には意表を衝かれた。

 

「さあ、お下がりなさい」

 

 何か反応する前に、お付きの騎士に壇上から去るよう促され、俺は何が何だかわからないまま講堂の警備に戻ることになった。

 いや、本当。

 どういうことなんだよ。

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