十年浪人して剣魔学院に入学したおっさん、聖女に見出だされたチートスキル『ハードパンチャー』で黄金の右を放つ~剣も魔法も赤点の劣等生なので悪役令嬢にパーティを追放されたけど今更戻ってこいとかもう遅い~ 作:朝食ダンゴ
昼食時。
やっとのことでその日の任務を終えた俺は、何か腹に入れようと食堂を訪れた。
生徒のみならず、教官や職員を含む学院関係者すべてが利用するだけあって、食堂はかなりの広さを誇っている。千を超える席数があるにも拘らず、この時間帯はいつも八割以上が埋まっているのは、上手い料理を食べられるからに他ならない。
これだけ広いと使う席も日によって変わるので、知り合いに遭遇する確率は極めて低い。
実際、ソロになってからの一か月。俺は幸運にも元パーティメンバーと顔を合わせずに済んでいた。気まずいので極力会いたくないのだ。
だが、向こうから俺を探してやってくるとなれば、俺にそれを避ける術はない。
「ごきげんよう。フリードさん」
食堂の片隅で黙々と食事をとっていた俺に、聞き慣れた少女の声がかかった。
右手のフォークが止まる。それに絡まっていたパスタが、ずるりと皿に落ちた。
「クレイン……みんな……」
元パーティメンバー達のご登場である。
中央に立つクレインは立派な金髪をこれ見よがしにかき上げ、貴族然とした堂々たる佇まいで俺を見下ろしていた。
「さきほどはいいものを見せて頂きました。講堂の大舞台に招かれていながら、あのような醜態。滅多にお目にかかれるものではありませんわね」
クレインの蔑んだ目。ソルのせせら笑い。フレデリカの汚物を見るような表情。ユキの冷めた瞳。
「本当、あなたをパーティから追放して正解でしたわ。危うく、わたくし達の評判まで地に落ちるところでした」
彼女の声は喧騒の中でもよく通る。いつもより声を張っているせいか、彼女の言葉は食堂中に響き渡っていた。
当然、注目を集めることになる。
「ふん。こんなおっさん、最初からいない方がよかったけどな。追放は正解じゃなく、必然だったと捉えるべきだ」
言葉の端々に嘲笑を乗せるソル。いけ好かない。
「まぁまぁ。私の考えるところによるとですね。フリードさんはよくやっていると思うのです。少なくとも一か月、この学院で生き延びたんですから」
フレデリカが眼鏡を押さえながらフォローを入れてくれる。だが、その口元は侮蔑の形に歪んでいく。
「生き延びただけで、全過程において赤点を記録していますけどね」
クレイン達は示し合わせたように大笑いを響かせた。
こいつらは俺を笑い物にして楽しんでいる。なんてイヤな奴らなんだ。
他の席からもクスクスと笑いが聞こえてきた。クレインに賛同する野次も飛んでくる。
俺に味方してくれる声など、誰一人としてあげようとしない。
けど、それがどうした。
今ここで事を荒立てるようものなら、学院に迷惑がかかるし、俺の評価もガタ落ちだ。聖女滞在中はトラブルを起こさない。暗黙の了解。そういう雰囲気が、学院中に蔓延している。
故にクレイン達は、公衆の面前で俺を罵倒するという暴挙に出たのだろう。俺が言い返さない。周囲も仲裁に入らない。聖女滞在中の雰囲気を逆手に取ったというわけだ。
俺は食事もそこそこに、ゆっくりと立ち上がる。
「クレイン」
「あら、もしかしてお怒りになられまして?」
したり顔の彼女に、俺は呆れたような溜息を浴びせた。
「俺は大人だから、ガキの相手はしない。年上を見下して悦に入りたいなら、どうぞご勝手に」
徹夜明けの妙なテンションと、溜まりに溜まった鬱憤が、煽るような文句を俺に言わせたのだろう。それに、事を荒立てたくないのはクレイン達も同じはず。意趣返しというやつかな。
言い返してくるなんて思ってもみなかったのか、クレイン達は面白いくらいにそれぞれの反応を見せていた。
クレインは呆気にとられ、フレデリカは勃然と眼鏡を押さえる。ユキは相変わらずの無表情。
そしてソルが、わかりやすい怒りを露わにしていた。
「言ってくれるじゃないか。十浪劣等生のおっさん風情が」
平静を保とうとしているようだが、煮えたぎる怒気を隠せていない。こめかみがぴくぴくと痙攣している。
「ソル。おやめなさい」
今にも腰の剣を抜きそうなソルを、クレインが嗜める。
「止めるなクレイン。歳ばかり食っただけの奴にコケにされて黙っていられるか」
「ソル! ダメですってば!」
フレデリカの制止もむなしく、ソルは勢いよく抜剣してしまう。
おいおい本当に抜きやがった。こいつマジか。
「なぁおっさん。僕は前々から気に入らなかったんだ。あんたの存在そのものが鬱陶しくてね」
「そいつは……心が痛いな」
「しかしそれも今日で終わりだ。貴族への不敬をはたらいた罪は重い。この場で斬り捨ててやる」
大仰な所作で剣を構えるソル。本気の目だ。彼はここで俺を殺すつもりらしい。
誰も止めようとはしない。生徒はまだしも、教官すら傍観を決め込んでいる。聖女やら、貴族やら、面倒な社会の仕組みが彼らを縛り付けているのだ。
皆そそくさと席を立ち去り、離れた場所で野次馬と化していた。
「ははっ。みな気が利くじゃないか。ありがたいお膳立てだ」
ソルは怒り心頭のまま笑いを零す。
「ほら、おっさんも抜けよ」
俺は自分の剣を一瞥する。
「抜かないのかい?」
ここで抜いたら、最悪退学もありうる。少なくとも停学処分は免れない。
「まぁ。どっちでも構わないけどね」
俺が迷っているうちに、ソルはすでに動き出していた。
業物のロングソードが迫る。
残念なことに、防御の機会はとうに失われていた。
「死んじまえよおっさん!」
俺にできたのは、咄嗟に腕を振り上げることだけ。無意味な反射だ。こんなことをしても腕ごと斬り裂かれて終わりだろう。
だが、結果は予想に反していた。
振り下ろされたはずの剣は、ソルの手から離れ宙を舞っている。中ほどからぽっきりと折れ、切っ先は高い天井に突き刺さり、柄は鈍い音を立てて木製の床に落下。ソルは尻もちをついていた。
束の間の静寂の後、場はにわかに騒然となる。
何が起こったか分からないのは俺だけではないだろう。
一年生の中では最も優秀な剣士と呼び声の高いソル。もちろん彼の持つ剣も並大抵の品ではない。誰もが驚きを隠せないようだった。
「な、なにが起こりましたの?」
クレインは青い瞳を見開いて、天井に突き刺さった刃を仰いでいる。
「おっさんお前っ! 一体何をした!」
ソルは慌てて立ち上がり、俺に人差し指を突きつける。
「こんなのおかしいだろっ! どう考えても! なにかインチキをしたに決まっている! この卑怯者め!」
どうやらソルは恥をかかないようにすることに必死なようだ。あれだけの大口を叩いておいてのこの様だ。彼の沽券に関わるのは間違いない。
俺にも何がなんだか分からないが、ちょっとした仕返しのチャンス到来かもしれない。
「ソル」
「なんだっ」
「気にすることはないんだ。君はまだ若い。間違えることだってあるさ」
「……はぁ?」
「強がった子どもが、自分の力を過大評価するあまり恥をかいた。たったそれだけのことじゃないか」
年を重ねている分、俺の方が少しだけ冷静だった。というより、この状況は俺に有利なだけかもしれない。
だから正直なところ、俺の挑発は随分と大人げなかったのだ。
「ふざけるなよ……! この劣等生がぁっ!」
ソルは激昂していた。理性などどこ吹く風。
「いけません! ソル――」
俺の胸倉を掴み、拳を振りかぶる。
「――それだけは!」
そして、強かに顔面を殴りつけてきた。
十四歳といっても、鍛え上げた肉体から繰り出されるパンチは強烈だ。今度は俺が無様に尻もちをつく番となった。
「いてて……」
とはいえ、フォルス教官のロッドで殴られるよりは全然マシだ。
俺は頬をさすって立ち上がりながら、
「お前、やっちまったな」
溜息混じりにそう吐き捨てた。
食堂はこれまで以上の喧騒に包まれる。
「何の騒ぎだ」
野次馬をかき分けて現れたのはフォルス教官だった。
クレインは顔面を蒼白にし、こちらに歩いてくる教官を見る。
「シャルラッハロート教官……」
「何の騒ぎだと聞いている」
「あの、これは……その、深い理由がありまして」
フレデリカもしどろもどろになっている。
仕方ない。年若い生徒にとって、戦闘教官は畏怖の対象だ。
俺とソルの状態を交互に確認するフォルス教官。その表情は厳しい。
腫れた頬を押さえる俺と、赤くなった拳を握るソル。何が起きたかは一目瞭然だった。
「殴ったか」
ソルは何も言わない。いや、言えないのだ。
教官が現れたことで幾分か冷静さを取り戻したのか、ソルの顔には後悔の念が滲み始めていた。
「ち、違うんです教官。僕は剣を――」
「いい。何も言うな。恥の上塗りをしたくなければな」
教官の視線は転がった剣の柄に行き、それから天井へと向いた。
「自分が何をしでかしたか分かっているな?」
「……はい」
悄然と俯くソル。
「拳を武器とする。ましてそれを人に向けるなど、我らが神を冒涜する行為に他ならん。貴様は退学処分の後、神聖裁判にかけられる。覚悟しておけ」
ソルに叩きつけられた宣告。神聖裁判。神の敵と見なされれば、生命だけでなく、人としての尊厳まで奪われる極刑が待っている。
自分のことじゃなくとも、ぞっとしない。
「ソル・グートマン。貴様を連行する」
フォルス教官はソルに拘束魔法をかけ、腕の動きと魔力の操作を封じた。ソルの体に巻き付いた青白い光の縄がその証だった。
「あの、教官」
この時ソルを連れて食堂を去ろうとする教官を呼び止めたのは、他でもない俺だった。
「なんだ。マイヴェッター」
振り返った教官は、じろりと俺を見上げる。
「俺はなんともありませんし、殴られたことも気にしていません。ですから、今回の件は不問ってことになりませんか……?」
「たわけたことを抜かすな。馬鹿者」
分かっていたことだが、俺の嘆願は一蹴される。
「貴様がどう思おうが関係ない。拳を武器とする行為そのものが問題なのだ」
「もちろん理解しています。しかし」
「話は終わりだ。お前は救護室にでも行っていろ」
教官はにべもなく、足早にソルを連行していった。
残されたクレイン達パーティメンバーは、二人の後姿を呆然と見送るばかり。
大変なことになった。
まさかこんなことになるなんて。
食堂にいつもの喧騒が戻るまでに、しばらくの時間を要したのは言うまでもない。