「今日はここまで」
いつの間にか授業は終わっている。
今日も過ぎるのが早かった。
理由はわかっている。
あの日から数日たった。
あの時の熱はまだ冷めていない。むしろ考えるたびに増していく。
思いだすたびに心臓が跳ねる。
あれはとてつもなくきれいだった。
あの刃の軌跡が、暗闇に映えたあの姿が脳裏に焼き付いて離れない。
また会いたい。
会って、今度は…
そんなことを考える。考える。考えていく。
あの手の持ち主は?どこに行けば会えるのだろうか。どんな人なのか。あれはすごかった。あの人なら僕の中身を隅々まで見てくれるかな。
興味と好感。あとドキドキも少々。
思い出すたびに心臓が震える。
そんなことを考えながら帰っているものだからふと我に返ってみると周りの視線が痛い。
母親の見ちゃダメ、という言葉が胸に刺さる。これでも普通の人の感性はあるのだ。耳が痛い。
顔を隠しながら小走りで帰った。
ーーー
「今日の昼めしがない」
忘れていた。そういえば昨日食材を使い切ってしまったのを思い出した。
なんなら米を炊くのも忘れている。大失態だ。
仕方がない。コンビニ飯かな。
幸いまだお金には余裕はある。
急な出費もなければバイトもしているし今月もうまくやりくりできるだろう。
財布を持って近くのコンビニへいく。
引っ越してきて早数か月。いまだ慣れないこの町、平坂市は狭くも広くもない、田舎かと言われたら田舎ではないし、都会かと言われたらそんなでもない、よく言えば普通、悪く言えば中途半端な街だ。
そんな街でも目移りするようなものは割とあるし、人は結構行き交う。
ホカホカの弁当を手に歩いていると、ふと目が留まった。
華奢な体に長めのウェーブのかかった髪。色はブロンド、というのだろうか。
ゴスロリチックな服はところどころほつれていて体もボロボロだ。
そんな少女が道に座っている。寝ている、のだろうか。
その視線を遮るのはいかつい装備を着た人。
ちらほら見かけるその人たちは、何かを探しているのかきょろきょろと目を配っている。
釘付けになっていいた。
誰かも知らないはずなのに。ただくぎ付けになっていた。
少女が目を覚まし、こちらを見る。
びっくりしたのか慌てて逃げ出す。
「あ!まって!」
一瞬だけ彼女は振り返ったが、すぐさま走り出す
僕ははっとして彼女を追いかける。
曲がり角、曲がってすぐのところには彼女はいなかった。
いたのは先ほど見かけたこれから怪物退治にでも行くんじゃないかという装備をした人。
「わ、ご、ごめんなさい」
「ああ、こちらこそ済まない。少しよそ見をしていた。」
ぶつかりそうになって慌てて謝る。対応するその人はヘルメットで顔こそ見えないが、背は高く、声は低い。
「君はここに何しに来たんだ?」
「えと、その」
見かけた女の子を追ってました、なんて言ったら通報まっしぐらだろう。
「猫を、追ってたんです」
苦し紛れの嘘をついてしまった。
「そうか。この辺は最近殺人鬼が出ると言われていてね、そうでなくとも危ないから早く大通りに出たほうがいい」
「そうですか……すみませんご迷惑をおかけして」
「いいんだよ。食人鬼が出ないうちにはやくいきなさい」
諭すような声の主に従い、彼女を追うのをあきらめることにした。
あ、昼飯。
走った振動でぐちゃぐちゃになったお弁当は冷たくなっていた。
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