カサマツからメジロ家専属マッサージ師に就職しまして。   作:wisterina

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俺とオグリン

「あ、あの。もう。勘弁してくださいませ」

 

 施術台から逃れようとするマックイーンお嬢様の手に嵌められた手錠がガチャガチャと鎖の音が鳴る。だがしっかりとつながれた手錠は逃がさず施術台に抑え込まれる。そして俺の手がマックイーンお嬢様のおみ足を包むと、一気にツボを押す。

 

「お覚悟をお嬢様」

「いやああああ!!」

 

***

 

「またはしたない声を上げてしまいました。メジロ家の名折れですわ」

「それだけ疲労が溜まっていたということですお嬢様。ご自愛くださいませ」

 

 施術を終えて、マックイーンお嬢様の手に嵌めていた手錠を外す。

 別にやましいことはない。俺はメジロ家の専属マッサージ師で、練習前のマッサージを行っただけである。一つ違うのは、マッサージの痛みで周りのものを壊してしまわないように手錠を嵌めて身動きを取れなくしていただけのことだ。

 

「いつも思いますが、手錠は嵌めなければならないものですの?」

「人間の場合ならこんな物騒なものを付ける必要はありませんが、人の何倍も力があるウマ娘ですとマッサージで暴れるだけで損害賠償が発生した事例もあるので」

「……そのようなことがないように精進いたしませんと」

 

 疲労回復のツボを揉んだだけで悲鳴が上がったなら、練習の疲労が溜まりすぎている証拠だ。

 

 レースを走るウマ娘にとって、足はもう一つの心臓ともいえる代物だ。骨折一つで選手生命が脅かされることなんてよくある話だし、ウマ娘のガンと言われる屈腱炎を起こしたら即引退だってことがある。

 そうした最悪の事態を回避するためにトレセン学園、中にはウマ娘専属のマッサージ師を抱えることもある。俺の場合は少々経緯が特殊でカサマツの地で家族経営のマッサージを営んでいたのだが、屈腱炎やケガで復帰できずにいたウマ娘たち脚を治してきた実績により、一家丸ごとメジロ家にヘッドハンティングされた。

 

 田舎のカサマツから大都会の東京に一家丸ごと召し抱えなんて驚いたのだが、専属となったのがメジロ家の令嬢にして芦毛のウマ娘、メジロマックイーンときたものだ。

 

 マックイーンお嬢様は、高飛車な感じはなくむしろ気品のある年頃の女の子としての可愛らしさがある。

 そして何より、名家メジロ家の高級な香水やシャンプーで整えたであろう触れるだけで絹のようにきめ細やかな芦毛の髪とお耳と尻尾。

 

 こんな均整の取れた芦毛は、俺の芦毛ウマ娘写真集でも見たことないほどの見栄えだ。

 芦毛というのは、年を経るごとにメラニン色素が抜けてより白さや銀髪の輝きを増すのだがまだ中学生という未成熟の体でこれは完璧に最も近いものではなかろうか。

 

 と芦毛の素晴らしさ心の声を心の中で叫んだ。いかんいかん。芦毛フェチだとお嬢様に露見されたらトレセン学園に入れる権利どころか、メジロ家まで立ち入り禁止になってしまう。もうすぐ三十手前、この年で転職するのは難しいし退職理由が芦毛フェチが主人にバレましたからなんて面接で答えられない。

 

「これから練習ですかお嬢様」

「はい、オグリ先輩と併走する予定が入っておりまして」

「あの葦毛の怪物のオグリキャップとですか。同じ芦毛として名誉なことで」

「はいっ! オグリ先輩の走りを隣で走れるなんて夢のようですわ」

 

 憧れの先輩であるオグリキャップの話をしだすとお嬢様は顔をぱあぁっと明るく咲かせ、尻尾をフリフリしている。

 お嬢様おやめください。そんなふりふりされますと、自分が抑えられなくなります。

 

「それでは、私はお先にターフに行きますので後はよろしくお願いいたします」

「かしこまりました。お嬢様」

 

 マックイーンお嬢様がウキウキと出て行く。そのすぐそばでチームメイトのゴールドシップが「マックちゃんご機嫌だね。何々、マックちゃんが三十分も待ち続けてたニンジンプリンアラモードが手に入ったからか!?」「違いますわ! というかどこからその情報知りましたの!

!?」と相変わらずの夫婦漫才を披露していた。

 間借りしたトレセン学園の施術台を片付けていると、上に残っていたいくつもの細い芦毛の落とし物が煌めていた。その落とし物を指先に摘まむと、今にも指から抜け落ちそうに繊維がしなやかだった。

 

「やっぱり芦毛のウマ娘はいいなぁ」

「……私も芦毛なんだが」

 

 芦毛に恍惚の笑みを浮かべていると、ドアの隙間から五つの星型の髪飾りが着いた芦毛の頭部と耳がぴょこりと覗かせていた。

 『葦毛の怪物』ことオグリキャップ。彼女は少し頬をむくれさせて、入ってくると俺は仕事モードからプライベートモードにすぐ切り替えた。

 

「お久、オグリン。うちのお嬢様と併走の予定なんだろ、行かなくていいのか」

 

 オグリンこと、オグリキャップとは同じ故郷であるカサマツの出身で、小さい頃親父が足の悪かったオグリの施術をしてきたころからの知り合いである。まともに二本足で立つこともままならなかったが、親父と俺の二交代で懸命に施術した結果、今ではトレセン学園でレースに出られるほどに成長してしまった。

 もっとも俺とオグリとでは十も違い。幼なじみという関係と呼ぶにはいささか年の差が離れすぎているが。

 

「むぅ。まだマックイーンとの練習までには時間はある。けど、あんなにベタベタ体を触れ合うのは破廉恥じゃあないのか」

「体を触るのがマッサージ師の職業だ。手を使わずにどうやって施術するって言うんだ」

「こう、手を使わずに体をもみほぐす方法とか」

「気功は使えないぞ俺」

「変だな。前にテレビで、こう手をグッと握って頭が金髪になった途端、気の塊を手の中に作りだして相手に投げていたが。あれは誰でもできることじゃないのか」

「サ〇ヤ人以外無理だっての。つかそれマッサージじゃなくて攻撃だから」

 

 この天然芦毛娘は、レースと食事のこと以外にはまるで思考が働いていないのか。

 

「カサマツから引っ越してやっとお兄とトレセン学園で再会できたのに、マックイーンのことばかりじゃないか」

「俺がここにいるのは仕事のためなの。それにマックイーンお嬢様の芦毛はいつ見ても最高だしなぁ。見てて飽きない」

「むぅ、同じ芦毛なのに。どうして私には構ってくれないんだ。やっぱり髪なのか。どうやったらマックイーンのように髪をキレイにできるのだろうか。私のはいつまでたってもゴワゴワだ」

「もしかしてまだ髪の毛石鹸で洗っているのか?」

「うん。あれ一個で頭も体も全部洗えてしまうすごいものだ。ついでに食器や洗濯物だって洗える」

「オグリン。同じ部屋のタマモクロスにちゃんとシャンプーとリンスと食器用洗剤と洗濯用洗剤の違いを教えてもらえ。普通は頭に石鹸は使わん」

「お兄が一緒に行ってくれるなら助かるのだが」

「残念ながら、俺はお嬢様のお付きの人だから忙しいの。傍を離れたら、一家丸ごと路頭に迷うことになる」

 

 と御託を並べたが、実際は時間さえ調整すればなんとでもなる。

 それができないのは、もしもトレーナーではない他の選手の付き人がオグリンと相思相愛の仲と世間に晒されたら、オグリンの選手生命関わる。スターにスキャンダルは命取りになりかねない。大好きなレースに集中できなくなる。そんなことお兄ちゃんとして許すことはできない。

 

「オグリン? なんでピッタリくっつく?」

「もうすぐマックイーンと併走の時間だから、今のうちにお兄とくっつけ合いたくて。昔カサマツに住んでいたころ、こうしてお兄とを思い出すから。今いる部屋は暖かくてきれいだが、私には広すぎる」

「カサマツは冬は寒いしオグリンの家は古かったのもあったからな。寒いったらなんの」

「うん。その時はこうして体を寄せ合ってよくお兄と温め合っていたな。お兄の体は意外と暖かった。もしもお兄が」

「変わんないなお前は」

「昨日身長を測ったとき、一センチ伸びていたぞ。まだ育ち盛りだ」

「そう言うことじゃねーの」

 

 本当にこの『芦毛の怪物』は、どこまでも可愛いんだから。

 だって、俺を芦毛フェチにさせたのはお前が傍にずっといたからだぞ。

 

 だけどもう昔とは色々と変わってしまった。

 

 親子で動けなくなった脚を懸命にマッサージしていた小さな女の子は、今や『葦毛の怪物』としてトゥインクルシリーズのスターウマ娘という手の届かないような場所に立っていて。

 昔はお兄と慕われていた俺は、メジロ家に仕える按摩師。光と影という言葉がふさわしいほどに環境も立場も変わってしまった。

 

 時の流れは残酷という言葉の通り、もう昔のようにオグリをなでなでするのは世間体にできなくなった。

 だけど、この時だけはゆっくり温め合いたい。

 

「また私の家で遊びに来てほしいな。そうだな、今度カサマツでレースをするときとかはどうだろう」

「オグリン。カサマツに寄れるのは中京レース場の時だけだぞ」

 

 この会話もまた変わらない。

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