カサマツからメジロ家専属マッサージ師に就職しまして。 作:wisterina
俺はメジロマックイーンお嬢様の専属のマッサージ師ではあるが、お嬢様だけに施術を施すわけではない。お嬢様のご友人とか、困っているウマ娘がいるとお嬢様の頼みで無償で施術を引き受けることだってある。
今日の脚の施術をしているマックイーンお嬢様の同室であるイクノディクタスさんもその一人だ。
「イクノさん痛みますか」
「いえ、この指圧ならば許容範囲です。このまま強くしても構いません」
「ではさっそく」
「にぎゃー!!」
また保健室にウマ娘の悲鳴があった。
「良薬は口に苦しという言葉があるのですが、実際に味わう側はなかなか苦痛です」
「ですが、効果はてきめんですよ。だいぶ走られているようで筋肉の緊張が高まっていましたよ。運動後の個人でのストレッチを入念にお願いします」
イクノディクタスさんはメイクデビュー前に屈腱炎を発症し、あわやそのまま引退の危機にあった。お嬢様がイクノディクタスさんと同室であったのが幸いし、懸命なマッサージの末屈腱炎を克服したのである。
もっとも走れなくなりかけた反動なのか、体を鍛えるために月一ペースでレースに出走しているというのだがそんなに走ったらまた脚を痛める要因になるので心臓に悪い。そういう経緯もあって、お嬢様の許可を取って月に一度イクノディクタスさんの脚を揉んで異常がないか診ているのだ。
毎回診るのはさして問題はないのだが、俺個人としてはイクノディクタスの髪と尻尾が芦毛でないのが残念なところだ。
「なるほど脚がだいぶ軽くなりました。実は、より脚を鍛えるために理論の実践をしておりまして、」
「ほう、それはどんな理論で」
「はい、まず脚を鍛えるために多く走ることが先決です。そして多く走るためにはより多くのレースに出走することが何よりも良いと考えます。というのも練習ではレース本番のような緊張感が約三分の二程度減少します。そのため実践で」
「そういうのはおやめください」
う~んこの見事に構築された脳筋理論。というかレースで調教とかどこぞのシンザン大先輩だよ。
施術が終わりちょうど昼ごはんの時間。しかもトレセン学園の食堂で食事をとってもいい許可が下りている。下の者が主人と同じ場所の同じ時間で取るのは礼儀としてはしたないから、わざわざずらしていたからトレセン学園で食事をとるのは初めてだ。
なにせ四千人の食欲旺盛なウマ娘たちの胃袋と舌を満たすトレセン学園の食堂、そしてウマ娘たちに囲まれて食事をするのが夢だったんだ。これで前や後ろや隣の席に芦毛のウマ娘がいれば、どんなメニューもニンジンハンバーグくらいの豪勢なランチになる。
そんな妄想に思いをはせて食堂に赴くとそこにあったのは、白飯と茶色い揚げ物と赤々としたニンジンの連峰が連なっていた。ようなをつけるまでもない、まさに食い物の日本アルプス山脈が平たい皿の上に形成されていたのだ。
その異様な山脈に挑む芦毛の挑戦者は、オグリキャップだった。
「さすがオグリキャップさん、炊飯器一台分のご飯に一塊分のトンカツにニンジン山盛りと一見暴飲暴食を思わせるが栄養バランスを考慮した食事配分です」
「いえ、ここの学食の供給配分考え欲しいのですが。調理師さんたちの体持ちますのでしょうか」
「ご安心ください。すでにトレセン学園給食部部隊はシフトO体制を組んでいます。朝昼間夕晩夜食の六度の食事の時間に訪れてもここの学食はオグリキャップさん専用の食材と調理体制を敷いておりますので」
そんなシフトをオグリの胃を満たすためだけに敷いているのか。天下のトレセン学園もオグリの食欲に戦々恐々しているんだな。他のウマ娘たちがオグリンの異常な食欲に慄いている中、イクノさん一人がオグリンのいる席の反対側に堂々と座った。
「失礼しますオグリキャップさん。ご一緒の席でもよろしいですか」
「うん。かふぁなふぁいよ・・・・・・っぷときふぃもいふぁのか」
「ご相伴に預からせていただきます。すごい量ですね」
お付きの人モードでオグリンに丁寧なあいさつをして俺が着席する。昔からオグリンの食べる量は凄まじいもので、一度地元の食堂をまだランチタイム前なのに、オグリンが来店してすぐその日一日閉店に追い込んだぐらいだ。
「時にオグリキャップさん。前からあなたに伺いたいことがありまして、幼少の頃オグリさんも脚の怪我で立てなくて走ることすらままならなかったと聞き及んでいます。その時はどのように治療いたしましたか」
イクノさんの質問にオグリの箸が止まった。
スターウマ娘とあれば、その来歴はだいぶマスコミに調べ尽くされており昔オグリンの脚が悪かったこともすぐネットなどで調べればわかるほどに情報が流れている。だが、俺の家のことはメジロ家に頼み込んで完全に秘匿にされてはいるのだが、オグリの脚が治った経緯は俺の家のことを避けずにはいられない。
さてどうするのか。
「知り合いに腕のいいマッサージ師がいてね。母とその人のマッサージのおかげでなんとか自力で歩けるようになったんだ。それからはいっぱい食べて、いっぱい歩いて、いっぱい寝たかな。体を治すにはそれが一番だと言われてね」
「なるほどやはりそうだったのですね。では私も理論を実践に移すとしましょう」
理論? いったん席を外したイクノさんが席を外し、戻ってきたときにはなんと、オグリが先ほど飲み込んだ飯と同じぐらいの量の山をテーブルの上にドスンと置いたのだ。
「イクノさん。これはいったい…………」
「はい、理論の実践です。前々からオグリさんの強靭な脚について私なりに分析してきました。そしてオグリさんの脚の強さはその食事の量にあるのではとの仮説が浮かびました。これは力のある人間が己の技の消費カロリーを、それに見合うぐらいの多くの食事を摂取することで賄う質量保存の法則と同じ理論であります。手っ取り早い方法ならバナナにおじやに炭酸抜きコーラなどもありますが、多種多様の食事を」
そんな格闘漫画によくあるめちゃくちゃ理論を真に受けるな。さてはこの娘、理的そうに見せかけた脳筋メガネだな。
と俺の制止も聞かず、イクノさんは自ら築き上げた山に果敢に挑んだ。
「凄まじい食べ方だな」
さすがの俺も思わずモードが外れてしまうほど引いてしまった。するとオグリはまたも箸を止め、耳をしゅんと垂れた。
「やはり、いっぱい食べる女の子ははしたないのかな」
まさかオグリが、自分の食欲にはしたないと思うようになった!? いやオグリだって年頃の子、それもみんなの憧れのスターウマ娘とくる。俺としてはオグリの食べっぷりは見事なものだが、一般的にはクールでカッコイイと見られているから、そのギャップに逆に引かれる娘もいるのだろう。
「いやオグリさんのようにいっぱい食べる子は好きですよ。食べることは体力をつけるにもいいですし。実は私も今日腹を空かせていまして、若い私にはメジロ家の食事は少々量が物足りなくて」
「…………! そうか、では少し待っててくれ」
オグリンは尻尾をピンと立てて空っぽの皿を下げると、フリフリと揺らしながら学食の窓口に向かっていく。
ううむ。オグリンの尻尾、枕にして寝たい。いっぱい体を鍛えて尻尾までいっぱい栄養を蓄えているだろうから、もっちりとした感触を味わえるのだろうな。
「お待たせ」
戻ってくると、ニコニコと微笑むオグリンの両手には、同じぐらいの山盛のご飯ときつね色に焼き上げられた生姜焼きが何重にも重ねられて塔と化したものに、バイキングで取り分ける用であるはずの巨大なボールに入ったサラダをそれぞれ二つずつ持ってきていた。
「ほら、いっぱい食べるんだぞ」
「ア……い、いただきます」
くそっ、笑顔がまぶしすぎて食べるしか選択肢がない!
一つ目の もうワンセットの皿がオグリンの席に置かれた。
「いや。これは……私の分だ。すまない、ついおいしそうだったから取ってきてしまったんだ」
オグリン。お前、ずいぶんと胃の容量が増えたんだなぁ。
***
なんとかオグリ級の飯の量を食い切った俺たち。最初はその味を楽しむ余裕があったのだが、ぜんぜん減る気配がない飯の量にまだ頂上に着かない山のように腹が苦しくなった。なお、その冠名を飾る本人は妊婦のように腹を膨らませて幸せそうにお腹をさすっていた。
「ふう、食い切った」
「せ、摂取量は、完了。続いて、睡眠と、運動をすることでの体力増加、の理論、を」
バタリ。ああ、やっぱりな。普通のウマ娘でも食いきれないほどの量を無理やり食べるから。
後でイクノさんの先生に、午後は欠席するように伝えておこう。
しかし一番苦しかったのは、オグリンがよそってくれた飯の量に慄き他のウマ娘たちが近寄ることがなかったのだ。
「はぁ、芦毛の娘来なかったなぁ」
「……あの、すまないが。ちょっと抱きかかえてくれないか。ちょっと歩けなくて。こう抱き上げる感じで。その方が胃が楽になるらしいんだ」
「こうですか。うぅ」
重い! オグリンの素の体重とさっき食べたものの量が合わさった重みでめちゃくちゃ重い。
あ、脚が。震える。
「す、すまない。食べ過ぎたかも。下ろしてくれも」
「い、いえ。大丈夫ですよ」
離してなるものか。だって、こんな合法的に生芦毛に触れられる機会なんてないんだから。それも抱き上げた時に触れられるオグリンの長髪と尻尾の先が当たって。ちょっとゴワついてかつしっかりとした髪と尻尾の感触が!!!! 逃してたまるものか!!
一時の苦痛は、今の幸せのために。オグリン、食べ過ぎて動けなくてサンキュー!
「う、うん。変ですね。今までのデータですと、オグリさんのあの腹具合では一度たりとも自力で移動できないことなどありませんでしたのに。うっぷ」