幻想茶屋 おおかみ   作:シイタケ公爵

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二話

 

 

 

 

 

 

「────して、博麗の巫女様。

 短い間ではあるが、世話に......」

 

「うーん、うちは狭いから泊められないわね。

 こっから道なりに下りたら人里があるから、そこまで行きましょう。

 人里までの道に獣やはぐれ妖怪が出るから、私もついて行くわ。」

 

「いえ、博麗の巫女様よ、私には狼が......」

 

 うーんと背伸びをして立ち上がろうとする霊夢を、九郎が止める。

 

「なーに言ってんのよ。獣ならまだしも、妖怪は人間には扱えない“妖力”を持っていて、そこらの人間じゃ一瞬で殺されるのがオチ。

 あんたかそこの......忍び?が霊力を扱えるならまだしも、ね。

 ま、戦えたとしても妖あやかし避けの結界を張れる私を連れてくべきと思うわよ。」

 

 と言いながら、御札を片手に印を結ぶ霊夢。

 

「ありがとう......何から何まで世話になる。」

 

「いいのよ。幻想郷に迷い込んだ人を導いたり、外に帰すのが私の仕事だから。」

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

「そういえば、あんたたちは......アシナってとこから来たのよね?

 少しは聞かせて欲しいわ。」

 

 けもの道と言っても過言ではない森を歩きながら、霊夢が聞く。

 

「あぁ、そういえばまだ名乗っていなかった。

 私は九郎。葦名というのは────」

 

「......九郎様、よろしいのですか?」

 

「大丈夫だ。この地に葦名の者はいないはずだ。」

 

 やはりどうしても気がかりな狼を諌めて、九郎は自身が力を持っていること、その力に目をつけられ囚われたこと、その力を断つ直前で幻想郷に来たことを簡単に話した。

 

 ちなみに竜胤の血を流させるには、二振りしかない不死斬りで九郎を斬らねばならない。

 

 もしこの地に竜胤を知る者がいたとしても、不死斬りの一本は葦名の地に、もう一本は狼が持っている。

 力を引き出すことは、狼が死なぬ限り叶わない。

 

「それで二人とも傷だらけだったの。

 ......よく生きてるわねあんた。」

 

 あまたの戦場を駆けた狼を疑うようににらむ。

 

「......実際、死んだ。」

 

「────は?」

 

 狼の言葉に耳を疑う霊夢。

 

「い、いや......たとえというものだ。狼よ、冗談というのは場をだな」

 

 慌てて九郎が誤魔化そうとするが、

 

「狼さんは冗談を言うような人には見えないけど?」

 

「う、うぅ......」

 

 しかし複雑な表情の九郎を見て、

 

「──ま、余計な詮索はしないわ。」

 

 前を向いて霊夢は歩く。

 

「(狼よ、余計なことは話すでない)」

 

「(......申し訳ありません。)」

 

 狼はなるほど、と納得する。

 

 九郎は自分たちの事情を話したとはいえ、竜胤の力の核心や重要なことは避けて、霊夢から警戒されない程度に身の上を話し、外面を保っていたのだ。

 歳や見た目からは判断できないこの聡明さ、やはり御子様は貴い御方であると認識する狼だった。

 

「(まあ、そなたが話しを苦手だということはわかっている。それに、博麗の巫女様ならきっと大丈夫だ。)」

 

「......」

 

 

 

 

 

 

 

 

 十分ほど歩くとだんだん砂利が混じった道という道に出て、集落が見えてきた。

 ところどころ湯気が出ていたり、集落のまた奥に広大な水田、畑が見えるあたり、なかなか栄えているようだ。

 

「ここまで来たらあとは大丈夫ね......

 人里に着いたらまず慧音──“上白沢”っていう銀髪で変な帽子をかぶった女を探しなさい。そいつに頼んで空き家でも探すといいわ。」

 

「ありがとう、博麗の巫女様よ......本当に、どんなに感謝しても足りない。」

 

「気にしないで。

 ──とりあえず明日の昼頃、またここに来なさい。外の世界に帰してあげるから。

 それと、明日会う時は“霊夢”でいいわ。堅苦しいのは嫌いなの」

 

 ひらひらと手を振りながら言い残し、神社へ歩いていく霊夢。

 

「......狼よ、会釈ばかりでなくそなたからもきちんと礼を言うべきだ。」

 

「......!」

 

 彼女が発する謎の力など、少しばかり引っかかるが、主である九郎も狼自身も助けられたのは事実だ。

 

「......む?」

 

「あれ......?」

 

 振り向いた二人だったが、歩いてきた砂利道に霊夢の姿は跡形もなかった。

 

 

 

 

 

 ∽

 

 

 

 

 

「......そこの」

 

『......!』

 

「......む。」

 

 

 

「そ────」

 

『ひぃっ!』

 

「.........む」

 

 

 

 

「九郎様......申し訳ありません。」

 

「狼よ、そなた──避けられていないか?」

 

「......かも、しれません。」

 

 人里に入った狼は、上白沢という女を探そうと尋ね回っているのだが、先ほどから取り合ってもらえていない。

 

「やはり、そなたの腰と背中の──」

 

 九郎が狼に手を伸ばそうとした時だった。

 

 

『お前!里で許可なく帯刀は禁止だ!!』

 

 

 二人の元に土煙をあげんばかりの勢いで女が走ってきた。腰まで届こうかという長い綺麗な銀髪を風になびかせながら。

 

 よく見れば六面体と三角錐の間に板を挟み、てっぺんに赤い布結びを付けたような不思議な帽子、他の里人の纏う着物とは似ても似つかない上下一体の紺の服を着ていて、そこらの町娘とは違うことがわかる。

 

「貴女が、上白沢様ですか?」

 

「いかにも、私が上白沢慧音だ。寺子屋では見ない子だが......何故私の名を知っている。」

 

 訝しげに眉を寄せて、九郎に問う。

 

「あ、私は九郎──と、付き人の忍びだ。博麗の巫女様より、一晩の空き家を上白沢様に紹介していただけると。」

 

「なるほど。

 ということは、明日には外へ帰るということか。」

 

「はい。」

 

 慧音はううむと唸り、ふうと息をつくと、

 

「わかった。だが私は村人から報しらせを受けて、寺子屋より駆けつけたんだ。

 今日の授業が終わるまで待ってもらいたい。」

 

「騒がせて申し訳ない......」

 

 ぺこりと頭を下げる九郎。

 うむと頷き、しかし慧音は狼に向き直り、

 

「だが、お前たちに空き家を貸す代わりに、この村の掟には従ってもらう。忍び、その二本の刀は私が一晩預からせてもらおうか。」

 

「......」

 

 眉間に深く皺を寄せる狼。しかし九郎の目線を受けて、しぶしぶ刀を渡す。

 

「......上白沢様よ、その刀は我が忍びの“牙”です。」

 

「もちろんだ。あくまでお前たちはこの幻想郷の客人でもある。そもそも他人の刀を抜くような無礼はしないさ。」

 

 尤も、刀を抜いてほしくない理由は無礼云々ではないのだが、霊夢がある程度の信用を置き、学び舎で学を修めているほどの彼女なら大丈夫だろうと九郎は判断した。

 

「うむ、確かに預かった。ついてこい。」

 

 かくして、二人は慧音に連れられて寺子屋へ向かうのであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

『あっ、けーねせんせーだ』

 

『せんせーおかえりー』

 

『この人たちだれー?』

 

 

 慧音が部屋に入ると、輪になって話していたり座布団を枕にして寝ていた子どもたちがわらわらと集まってきた。

 

「おっ、帰ってきたか慧音......と、そいつらが件の忍びと子どもか?」

 

 子どもたちの輪の中心にいた、これまた長い白髪の女が親しげに慧音に話しかける。

 

「うむ、存外聞き分けのいいヤツでな。生徒の面倒を押し付けてすまん。」

 

「礼をくれるなら袖屋のおはぎが欲しいなあ?」

 

「うっ......あそこは確かに美味しいが、いまいち値段がな」

 

 二人の話を聞いて、九郎はもしや、とこぼし、

 

「......上白沢様が?」

 

「ああ。私がこの寺子屋で教師を務めている。」

 

 銀髪が目を引く端正な顔立ちの慧音の見た目は、二十歳になったかどうかというところ。そんな若さで人に教えを説くことができるとすれば、余程の向学心と天賦の才が必要だろう。

 

「ううむ、上白沢様の若さで教師を。」

 

 九郎は思わず独り言を漏らしてしまう。

 しかしそれを聞いた白髪の女が、

 

「おい、今なんて言った......?」

 

 九郎はぴくりと背筋を伸ばし、狼はずいと前に出る。

 

「いや、上白沢様の若さに見合わぬ博識さに、思わず......気を悪くしたなら、申し訳───」

 

 しかし九郎が言い切る前に、

 

 

「────ぶっ、あっはっはっはっは!!」

 

 

 白髪の女はこれ以上ないくらいに大笑いした。

 

「け、慧音が、わ、わ、わか、若いってっあっはっはっ、はぁ、はぁ」

 

 げっほげっほと息をつまらせながらも一通り笑い転げた白髪の女の胸ぐらを、慧音はぐいと片手で拾うように持ち上げる。

 それを見た狼は、微かに眉に皺を寄せる。そこらの町娘とは思えぬ初対面の走りから、慧音が『人ではない』者ではないかと踏んでいたのだ。

 

「ゆる、許して......け、慧音......お姉(・・)────」

 

「────天誅ッ!」

 

 

 尚も馬鹿にする白髪の女に、慧音は渾身の頭突きを食らわせた。

 

 

 ────!!

 

 

 瞬間、きっと人体から発してはならないであろう音を置き去りに、白髪の女は吹き飛んだ。

 

 狼は咄嗟に、九郎の目を手で覆った。

 

「まったく......うちの妹紅が失礼したよ。

 ま、明日帰ると聞いたから黙っていたのだが、私は白澤(ハクタク)だ。

 歳は......数えるのが面倒になるくらいには食った。」

 

 なかなか呑気に話しているが、この女、先ほど一般人なら確実に死ねる頭突きを食らわせたのだ。

 

「いやぁ気に入ったよ。私も永く生きてきたが、ここまでっ、笑ったのは久しいよっ、くくっ......

 だいたいこいつらの爺ちゃん婆ちゃんも、慧音の教え子だ。」

 

 いつの間にか起きていた白髪の女が、子どもたちを撫でながら話す。その端正な顔には痣傷一つ残っていない。

 まるで身体を作り直した(・・・・・)かのような回復ぶりである。

 

「歳の話は置いといて、だ。

 ......確か九郎、と言ったな。良ければ君も暇つぶしに受けるといい。」

 

 思わぬ誘いに九郎は顔を輝かせる。

 

「是非とも、聞かせていただきたい!

 ......狼よ、すまないが待っていてもらえぬか?」

 

「......御意。」

 

 

 

 

 

 




【傷薬瓢箪】
 狼が九郎より譲り受けた、いつの間にか薬水が湧き出す奇妙な瓢箪。葦名の薬師が作り出し、その弟子が薬水は瓢箪内の『種』から湧き出すと解き明かした。
 効能は非常に高く、飲めば忽ち傷を癒すことができるが、とても常人には飲めぬくらいひどく匂い、ひどく苦い。
 また繊細なことに、少しでも瓢箪を揺れ動かすと薬水は湧き出なくなる。

【忍具・手裏剣】
 忍義手に、手裏剣車を仕込んだ義手忍具。
 手裏剣車の絡繰りから打ち出された手裏剣を掴み、流れるように投げる。
 遠くまで届く刃は、飛び回る者を撃ち落とすこともできる。
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