幻想茶屋 おおかみ   作:シイタケ公爵

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三話

 

「......ということから────」

 

 

 九郎が授業を受けるということで、狼は大部屋の後ろ隅に座り上白沢の話を聞いていた。

 

 

「......だから────」

 

 

 話口から彼女の熱意は伝わるのだが、変に難しい方向への脱線といい、少し分かりづらい言い回しといい......狼にとって彼女の授業はつまらなかった。

 

 

「......であるからして────」

 

 

 つまり────狼は暇していた。

 平たく言うと、彼女は勉学に優れた者にありがちな、いわゆる“頭の固い”人間......いや、半人半獣であった。

 

 

「......ここ試験に出すからな────」

 

 

 狼が不死斬りで九郎を斬ることで竜胤を断つことができる、と九郎は思っているが、狼はある秘密を隠している。

 九郎の竜胤を狼が一手に引き受け、竜胤を断つことができる方法を知ったのだ。

 だからこそ、狼はなにも言わず九郎を授業に行かせた。

 

 ───狼が竜胤を断った後、どんな小さな知識でも九郎自身の役に立つ時が来るかもしれないから。

 

 

「......」

 

 

 目を閉じた狼は、感覚を研ぎ澄ます。

 

 日が頂点より少し傾き、昼過ぎといった所か。

 

『あの九郎、って男の子......カッコよくない?』

 

 慧音が白墨を滑らせる音。

 

 生徒が読本をめくる紙擦れ音。

 

『おい見ろ、けーね先生のアレがくるぞ......!』

 

 大通りから賑わいの声。飯屋からほんのりとうまそうな匂いが漂って───

 

 

 

「────っ!」

 

 

 

 咄嗟に左手を顔の前で振る。

 義手に弾かれた白墨が砕け散り、粉が舞う。

 

「ほう、やるじゃないか。

 学び舎で寝るのは生徒のやる気を削ぐことになるが......黙想なら許可しよう。」

 

 教壇から教室端までの距離を、狼の眉間を的確に撃ち抜く軌道で、かつ砕け散る勢いで投げたらしい。

 

「......」

 

 この幻想郷、平和な地と思っていたが、やはり油断ならない。

 認識を改めた狼であった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────よし、今日はここまで。皆よく頑張ったな。

 ......あっ、今週末までの課題を忘れるんじゃないぞー!」

 

 慧音の言葉を最後まで聞くことなく、子どもたちは立ち上がり白髪の女──妹紅や九郎の周りに集まる。

 

『ねーねーどっから来たの??』

 

「うーむ、ここから遠い所──」

 

『あの人お父さん?』

 

「狼は──」

 

『空き地いこーぜー!』

 

「わ、私は今から上白沢様に──」

 

 やはりと言うべきか、九郎は子どもたちから好奇心をぶつけられていた。

 手を引かれて空き地とやらに連れて行かれそうになり、九郎は困ったような目線で狼に訴えかける。

 

「む」

 

 近付こうとする狼を、白髪の女──妹紅が手で制し、九郎を見てみろと言わんばかりに親指を向ける。

 

「だから私は上白沢様に──」

 

『けーね先生のことなら大丈夫だって!』

 

『授業は厳しい......遊びには寛容......』

 

 いつもの狼ならば、子どもたちをのけて九郎を連れ出していただろう。

 だが困りながらも、嬉しさが垣間見える九郎の表情から、それは九郎の“御意”ではないのだろうかとも思えてきたのだ。

 

「むぅ......」

 

「おーい、九郎だっけか?

 慧音は夕暮れまで仕事が残っているから遊んでていいぞー!

 

 ──あの子は任せておけ。

 村の中は安全だし、あんたも楽しんでいったらどうだ?」

 

 言い残して、子どもたちを追って歩いていく妹紅。

 

 九郎はというと、

 

 

『もこ姉さんも言ってるし連行だー!』

 

『遊びというものを叩き込む......覚悟しとけ。』

 

「お、狼ぃぃぃい────」

 

 

 わっしょいわっしょいと囲まれながら外へ連れて行かれていた。

 

 あわてて追いかける狼の顔は心做しかいつもより皺が少なく見えたなぁ、と後に妹紅は語る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「よし九郎、まずは“ケードロ”だ!」

 

「......地域によっては“ドロケイ”とも言う」

 

「け、けいどろ......」

 

 空き地に連行された九郎は、頭の上に『?』を浮かべる。

 

「お前っ、ケードロ知らねーのか?!」

 

「......警察と泥棒に分かれて、警察は泥棒を追いかけて触る。

 ......全員触れれば警察の勝ち。」

 

「今日は九郎が警察な!」

 

 警察というのがよく分からなかったが、泥棒を捕まえる役ということは奉行か何かといったところだろう。

 

「ちょっと待って、九郎くんだけって──」

 

「ふむ、とりあえず私が皆を追いかけて、触れれば良いのだな?」

 

「おう、そこで十秒数えてからだ!

 みんな逃げろーーー!!」

 

 女の子が何か言った気がするが、リーダー格の男の子の声で男女混じって十五人ほどが散り散りに走り回る。

 

「(よし...)」

 

 目を閉じて、少し気を張って息を吸う。

 

「────いーち」

 

『聞こえないぞやり直しィ!』

 

 ......

 

「────いーち!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『────ここのーーーつ!!』

 

 

 (もうすぐ、か......)

 

 細い声を無理やり張り上げたような声が広場に響く。

 

 確か、九郎──と言ったか。髪を肩口まで伸ばし、色白で女みたいな奴である。

 

 顔は整っていて、紳士的な言葉遣い、明晰な頭脳、どこかのお坊ちゃまかと思えば、どこか強い意志を感じる風格......休み時間の女の子たちの話題を一気にかっさらったのだ。

 

『────とーーーお!!』

 

 ......早い話、男の子たちはイケメンでかっちょいい九郎のことが、少し気に入らなかったのである。

 

 ぐぐっとこぶしを握りこみ、息を殺して、隠れていた木の影から広場をそっと覗く。

 

 

 

『────ダイキ、逃げろォ!!』

 

 

 

 色白で整った顔が、眼前に迫っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「───よし、これで最後...だな。」

 

「きゃ......!」

 

 最後まで見逃がしてやっていた、運動が少し苦手そうな女の子の肩に触れて、“けいどろ”が終わる。

 やけに簡単に終わってしまったのだが、皆初めての九郎に手加減していたのだろう。

 

 勝手に納得していると、

 

「───つ、次は蹴鞠だ!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「......そろそろ、上白沢様を訪ねなければならないのだが」

 

「強い...猿や天狗のような身体能力」

 

「く、くそう......何一つ勝てねぇ」

 

 あの後散々遊びという遊びをし尽くし、皆だんだんと帰っていき、九郎と二人の男の子だけになっていた。

 

 日もだいぶ傾き、木陰から狼がこちらの様子を窺っているのが見える。

 

「申し訳ないが、行かねばならない。」

 

「────待った!」

 

 踵を返した九郎を、確か“だいき”と言ったか...男の子が呼び止める。

 

「オレは勝ち逃げなんて許さねえ。

 ......“また”、いつか勝負してくれ。」

 

「......」

 

 何も言わず...否。

 何も言えず、九郎は背を向けたまま去った。

 

 明日には葦名の地へ帰るのだから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────来たか。」

 

「申し訳ない上白沢様、待たせてしまった。」

 

「気にするな。私も、まあ事務作業のようなものが溜まっていたからな。

 着いてこい。」

 

 うんと一伸び、手提げを片手に歩く慧音の背中はどこか疲れが見える。

 

 思えば彼女が空き家を貸してくれるということ、そして昼に妹紅が話していたことがまことならば、それはもう昔から生きているのだ。

 博麗の巫女が言う“人間”がまともなものならば、長く生きている慧音が(おさ)であってもおかしくない。

 彼女が長年ここを取り仕切っているならば、疲れが溜まるのも頷ける。

 

「それにしても、九郎のような優秀な子と......隻腕の忍び。

 お前ほどの武人が旅立つのは、少し惜しまれるな。」

 

「......」

 

「なにぶん、この人間の里には警護できるほどの力を持つ人間が少なくてな。」

 

「......」

 

「外からの侵略を防ぐ結界がなにかの違いで抜けられたとしても、私や妹紅、それに霊夢......あの紅白の巫女もいるが、細かいことを一つ一つ追うにも限界がある」

 

「......」

 

「自治会の連中もいるにはいるが、老人が多いから裁くことばかりでとっ捕まえることができないんだよなぁ」

 

「......」

 

 話を聞きながら幾度か曲がった後、道の突き当たりに荒屋とまでは言えないが、こじんまりとした家が見えてきた。

 最低限の手入れだけはされているようであばら家というほどではないが、障子からは月明かりが漏れ、天井には蜘蛛の巣が所狭しと張られている。

 やはり荒屋かもしれない。

 

「里の宿を貸してやりたい気持ちもあるが、余所者のお前たちを受け入れるには少々厳しい。

 一日だけ辛抱してくれ。」

 

「いえ、屋根のある家を一日貸してくれることに感謝の言葉もありません。」

 

「......助かる。」

 

 ペコペコと頭を下げる九郎を見て、狼も少し頭を下げる。

 

「うむ、気にするな。

 もし──お前たちの気心が変わったとしても、職やもっとまともな寝床は直ぐに用意できる。」

 

 考えておくことだな、と立ち去る慧音。

 

「「......」」

 

 二人は顔を見合わせ、どちらともなく座り、蝋燭に火をつけた。

 

 

 

 

 

 

「......狼よ、まだ起きているか?」

 

「......はい。」

 

 横たわった九郎がぽつりと呟いたのを、禅を組んで黙想していた狼は聞き逃さなかった。

 

「博麗の巫女や上白沢様のような人に出会えて、私たちは運が良かったな。」

 

「......はい。」

 

「私たちの知らぬ地とはいえ、こんなに平和な里があるとは思わなかった。」

 

「......はい。」

 

「狼よ。

 もし、私がこの地で生きると言ったら、そなたは赦してくれるか......?」

 

「......」

 

 

 なんとも返し難いことを投げかけられて、狼は少し考え込む。

 

 ──きっと九郎様は、竜胤断ちを成すために自分が斬った人々に、申し訳が立たないと思っているのだろう。

 本当にこの幸福を享受していいのか、悩んでいるのだろう。

 義父の掟だけに従い己を殺して生きてきた自分に新たな生きる道を導いた九郎様が、この幻想の地に来たことで為すべき道に分岐が生まれたのだ。

 できるならば、九郎様には生きてもらいたい。そして高望みだが、その九郎様を傍で見届けたい。

 

 生きる意味を与えてくれた御恩を、今こそ九郎様を導くという手でお返しできるのではないだろうか。

 

 

「......私は、多くを斬り、多くの業を背負って生きています。」

 

「そなたに、本当に大きな苦心を背負わせていることは──」

 

「......私は、斬った者の心残りを、身に、心に......業を背負い、その重さを耐え忍び......生きています。」

 

「......」

 

「......あまり夜更かしされては、お体に障ります。」

 

「......そうだな。」

 

 

 ごそごそと麻擦れ音の後、規則的な寝息が聞こえてきた。

 

 ──自分の言葉は九郎様の御心に響いただろうか。

 

 無論、狼は九郎が帰ると言えば帰り、躊躇いなく竜胤を断つつもりだが、九郎は狼を追うことなく狼の業を背負って生きていくだろう。しかし、年端もいかない九郎が長い余生を過ごすには、あまりにも酷である。

 

 

「......」

 

 

 目を閉じ、深く息を吐く。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「────!」

 

 

 日が山際から顔を出そうかという頃合。

 鵯の鳴き声や木の葉のさざめきに混じって何者かの足音が近づいてくる。

 狼が目を開き立ち上がり、朝風の吹く壁穴から外を覗く。

 

 

「......九郎様、お目覚めください。」

 

「狼、か。」

 

 

 呼びかけると直ぐに立ち上がり、髪や服を整えたところで、

 

 

「───ほう、早起きとは殊勝なものだな。

 

 して、決めたんだな?」

 

「はい、上白沢殿。」

 

 

 足音の主......慧音が横開きの戸を開いた。

 

 

 

 

 

 

 




 続くかもしれない。
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