ウマ娘短編 作:おぶなむ
「ああ、今日は酷い目にあった……」
あれから、どうにかこうにかエアグルーヴを誤魔化し、トレーナーは1日の業務を終えた。
学園の食堂は生憎閉店時間であったため、今日の夕食は自宅に戻ってからとなりそうだった。
「うーん……そういや、チーム室に冷凍のご飯があったか?」
わざわざ帰って飯の準備をするのもなぁ、というのが彼の考えである。
ここで、面倒だから飯抜きでいいか、とならないのは、単にトレーナー業が体力勝負だからということに尽きる。
さて、チーム室に着いた彼は目論見通り冷凍ご飯を発見した。
電子レンジにかけつつ、おかずを求めて戸棚を漁る。
「茶漬けでもあれば……ねぇわ。味噌はある。ねこまんまだな」
要はご飯に味噌汁を掛けたもので、醤油めしよりは体に良い(独自調査)。
鼻歌を歌いながら味噌をお湯で溶くと、タイミング良くレンジが鳴った。
解凍用のタッパーから、ご飯をやや大ぶりな丼に移し、味噌汁をぶっかける。
「良し」
「良くないデース!」
「うお!?」
いつの間にか、エルコンドルパサーがいた。
「な、何だ、脅かすなよ」
「あ、ゴメンナサイ。明かりがついてたから来てみたら、トレーナーさんの鼻歌が聴こえたので……って、違いマス! トレーナーさん、まさかそれが今日の夕御飯なんて言いませんよネ?」
「……寮の門限過ぎても知らんぞ。さっさと帰った方が良いんじゃないか?」
あからさまに誤魔化すトレーナーに、エルはムスッとした顔をして詰め寄る。
「トレーナーァ? エルに食事の大切さをアレだけ言っておいて、自分はソレなんて良くないと思いますヨ!」
「大人は嘘つきではないのです。間違いをするだけなのです」
「え? エルのデスソース人参ハンバーグが食べたい?」
「スンマセンでした! でも今日だけは許してつかぁさい!」
めんどくさいんです、というセリフは辛うじて飲み込んで彼は頭を下げた。
こと日常生活の分野において、彼の謝罪の価値は軽い。
エルはしばらくジト目でその姿を見下ろして、小さくため息をついた。
「本当に、健康には気をつけてくださいね。あなたは、その、エルの大事な……ぱ、パートナーで」
「ちょっとトレーナー! 門限も近いのにいつまで居残りしてんの……って、エル先輩?」
「……スカーレット?」
大事なところを邪魔されて、珍しくエルが青筋を立てた。
当のダイワスカーレットは、彼を叱りに来たつもりが予想外の相手から怒りを向けられて若干怯んでいる。
「……まぁいいデス。せっかくですから、スカーレットにもトレーナーさんを叱ってもらいマス」
「ごめんなさいママ!」
「誰がよ!」
止せばいいのに余計なことを言ったトレーナーは、その後こってりと絞られた。
門限がなければ、説教時間は軽く倍になっていただろう。
明日は良い日でありますようにと祈り、すっかり冷めたねこまんまをかっ込んでから、レンジにかければ良かったことに気づく。
「ダメかもわからんね」
ボヤきながら、彼は仮眠室に向かった。
果たして翌日はダメな日であった。
「貴様、どうも昨日から精彩を欠くな……」
トレーナーの目の前で、エアグルーヴが頭痛をこらえるように額に手を当てている。
まさか、エアグルーヴが自分のことが好き好き~♡だと聞いたせいで、とは言えず、彼は黙って正座している。
ちなみに今回の不手際は、必要器具の申請書類を書き間違えに気づかず提出しようとしたことであり、幸いにそれはエアグルーヴが危ういところで発見した。
「トゥインクル・シリーズが終わったとはいえ、貴様が私のトレーナーであることに変わりはない。余り不甲斐ないようでは困るぞ」
「仰るとおりで……」
「……」
殊勝にうつむいてみせるトレーナーに、エアグルーヴは少しだけ考える素振りを見せた。
普段の態度はともかくとして、『女帝』の名に恥じぬ結果を自分にもたらしたのは彼の功績に依るところも大きい、と彼女は内心で認めている。
チーム自体も、主力の4人を軸として学園でも上位の成績を収めているし、彼の実力は確かだ。
(……疲れているのかもしれないな)
彼女の目は、トレーナー関連に限り、割と節穴である。
「……たまには労いも必要か」
「うん?」
「いや……そうだな、トレーナー、温泉旅行券があっただろう」
「温泉? ああ、前に商店街でもらったやつか。あるぞ」
「今週末はオフだったはずだな。行くぞ」
トレーナーの目が丸くなる。彼の心中を代弁すると、これマジ? である。
ゴールドシップの言がなければ、また別の反応だったろう。
「……ふ、二人でか?」
よりによって出た言葉がこれの辺り、彼もだいぶテンパっている。
「――っ、ぺ、ペアチケットだ。当たり前だろう……ばか」
頬を赤らめてぷいと顔を背けるエアグルーヴ。反則的な可愛さだ。
普段は強気なキャラが、ふと見せる純情な可愛さ。アリだと思います。
何ともむず痒い雰囲気になったところに、元気よくエルコンドルパサーが入ってきた。
「ヘーイ! 今日もエルが来ましたよー! ……って、なんだか妙な雰囲気デスね?」
うーん、と首を傾げた彼女はまずトレーナーを見て、次にエアグルーヴを見た。顔が見えない。
「むむむ……」
ジリジリと移動して、ライバルの顔を視界に入れようとするも、エアグルーヴは巧みなステップで視線を外す。
その均衡は長くは続かなかった。
「……エアグルーヴ先輩にエル先輩、何してるんです?」
「スカーレット、いいところに来たデース! そっちに回り込んでエアグルーヴ先輩の顔を確認してくだサイ!」
「はい? ええと、失礼します?」
普段ならエアグルーヴを立てるダイワスカーレットだが、今日は二つ返事でエルの指示を聞く。
ははーんこれが女の勘ってやつか、と、トレーナーは他人事のように眺めている。
流石に2対1では分が悪く、エルの視線が遂にエアグルーヴの顔を捉えた。立て直しの暇はなかったようで、その顔はまだ恥ずかしげに赤く染まったままだ。
「――エアグルーヴがメスの顔してるデース!」
「なっ!? き、貴様、言うに事欠いてメスの顔とは……!?」
思わず敬称を忘れたエルに、エアグルーヴが更に顔を赤くしながら食って掛かる。
一気に騒がしくなった室内で、なおも正座のままのトレーナーにスカーレットが近寄ってくる。
「ねぇ、何があったのよ」
「大人には色々あるんだ」
「アンタには縁遠い言葉ね。と、ところで今日の夕御飯だけど、もし良かったらアタシが……」
おずおずと切り出したスカーレットだが、それを見逃すエルではない。
「ああっ! 抜け駆け禁止デース! トレーナーはエルのパートナーなの!」
「ぬ、抜け駆けってなんですか! アタシは別にそんなんじゃ……って、何抱きついてるんですか!?」
ゴール前の末脚もかくや、という速度で飛び込んだエルコンドルパサー。
そのままの勢いでトレーナーの背後に回ると、幼児がぬいぐるみを抱きかかえるように腕を回した。
ぐええ、と潰れたカエルのような悲鳴が上がる。ウマ娘の力は強いのである。
「ああもう、埒が明かん。エルコンドルパサー、こうなればレースで決着をつけよう」
やや遅れてエアグルーヴ。
学園内のウマ娘は揉め事をレースで解決することになっているのだ。本当か?
「望むところデス! トレーナーは渡しません!」
「スカーレットも来い。距離は……2000でいいな」
「アタシもですか!?」
「私の目は誤魔化せんぞ。貴様も、言い分の一つや二つがあるだろうからな」
エアグルーヴの目は鋭い(対トレーナーを除く)。
なおも言い募ろうとしたスカーレットだが、それより先にエアグルーヴがトレーナーの腕を取って立たせる。
自然と振り払われるような形になったエルが、猫の威嚇のような声を上げた。
「貴様も来い。審判がいる」
こういう時のエアグルーヴに逆らってはいけない、とトレーナーは経験則で知っている。
素直に立ち上がった彼の様子に、スカーレットは覚悟を決めた表情になった。
「……わかりました。アタシも行きます」
(あらやだ血の気が多い)
トレーナーは勘違いしている。いや、勘違いしようとしている、が正しいかもしれない。
とりあえず、背中に改めてひっついてきたエルの二つの山と、何故かもう片方の腕に絡まってきたスカーレットの谷間を努めて無視しながら、彼はため息をついた。
これで中等部とかマジかよという顔をしている。無視できてないじゃないか!(憤怒)
「不埒な考えをしている顔だ」
エアグルーヴが氷点下の眼差しを送るも、ふん、と鼻を鳴らして彼の腕を取ったまま歩き出す。
自然と歪な隊列を作ったまま、4人はコースへと向かっていった。
廊下の片隅から、その様子をゴールドシップが愉快げに眺めている。
「残りの名前を言う必要はなかったな? ま、今回は助けてやるよ」
貸し一つ、だな。
呟いて、ゴールドシップもコースへ向かった。
期せずしてチームの四天王最強戦の様相となったレースだが、バチバチに牽制し合う3人を尻目にゴールドシップが一気に捲くって勝つ、というあっけない結果を迎える。
一着になったゴルシはいつもどおりトレーナーにドロップキックを見舞い、それまでの騒動は有耶無耶になったという。
この場は取り繕われたが、その陰で4人による協定が結ばれ、トレーナーの逃げ場は本人の知らぬ間に失われたことだけを記しておく。
ヒロインが複数いると着地点が難しい……。
エアグルーヴはともかく、エルコンドルパサーとかダイワスカーレットは地味に依存度が高そうですよね(偏見)。
でもこのトレーナーはゴールドシップが掻っ攫っていきそう。
全く関係ないんですが、この話はエルに「エアグルーヴがメスの顔してるデース!」と言わせよう、と思い立ったので書きました。