【完結】洞窟物語~女神の雷~   作:FA-UMA

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最終話

 異変に真っ先に気付いたのはコーティーだった。この空間に入った時から既に見えない重圧のような物を感じていたのだ。それも、中央に陣取っているあまりにもリアルな石像から。

 彼は数年に渡って赤鬼との死闘を繰り返し続けている。だからこそ、その気配を間違える筈も無い。静寂の中に聴こえた何かがひび割れるような音に即座に反応し、ネメシスを後方へと振り返りざまに連射した。

 

「やはり貴様は不死身か、デーモン!!」

 

 一部がひび割れた石像の中から鬼の肌が姿を見せる。今まで殺して来た生物の血を吸ったかのような赤い肌が禍々しい。鬼どころか、悪魔と呼ぶ方が相応しいのではないか。

 着弾した五発のネメシスは全てが見事に生物の急所と思われる場所に命中し、轟音と共に石像を破壊し土煙を巻き起こした。ただでさえ高威力のネメシスが五発だ。並の生物ならば、この時点で即死している。

 並の生物ならば。

 

「構えろカーリー、来るぞ!」

「えっ、えっ。どうしたの?」

 

 今度はガラスが割れるような音が響く。そしてその瞬間、コーティーはブースターを起動させてカーリーを担ぎ直し、上空へと飛び上がった。

 間一髪、二体がいた場所を高速の何かが通り過ぎて行く。まるでアクセルを全開に踏み込んだダンプカーが通り過ぎたような暴力的なまでの圧を放ち、その何かは真っ直ぐに反応の遅れたバルログへと突っ込んだ。

 

「えっ、あががぁ!?」

 

 衝撃と共に、成す術無くバルログは虚空に螺旋を描きながら吹き飛んで行く。重量級である筈の彼がこうも軽く弾き飛ばされた、その事実にカーリーは顔を真っ青にしながら敵の正体を確かめようと目を凝らす。

 真紅の屈強な肉体、砂埃が晴れた先にそいつはいた。伝説のモンスター、赤鬼。それが確かに今、自らのタックルによって付いた勢いを殺そうと片膝を地面に降ろしていた。

 岩の壁に叩き付けられて落下し、バルログはそのまま沈黙した。完全に気絶してしまったようだ、白目を剥いて突っ伏してしまっている。

 

「撃て、カーリー、撃ちまくれぇ!!」

「っ……!!」

 

 言うが早し。コーティーはブースターのノズルを上に向けて地面へと下降しながら、ネメシスを最大速で連射し始めた。数テンポ反応が遅れたカーリーもマシンガンを赤鬼に向け、ありったけの弾を撃ち込んでいく。

 着弾と共に火花が上がる。しかし、赤鬼はそれを意にも介さずゆったりと背中を見せたまま立ち上がった。そして、これまたゆっくりと地面に着地した二体の方へと向き返り、観察するかのようにその白い眼で何をするでもなくじっと見てきた。

 互いに動かない。不気味だとカーリーは息を呑んだ。

 

「効いてないの?」

「いや、恐らく奴には痛覚が無い。自分の状態がどうなのか、奴自身にもわかっていないらしい」

「そんなの、倒せるの?」

「最後の時には、ネメシス二百発程度だったな」

 

 普段と変わらず冷静で平坦なコーティーの言葉にカーリーは絶句し、言葉の意味を吟味する。

 二百発、あまりにも膨大な数だ。ネメシスは片手で扱える銃というジャンルの中では、彼女が知る限り最も高い攻撃力を備えている。それで二百発ならば、自分が持つマシンガンでは一発毎にどの程度のダメージを与えられるのか。蚊に刺された、いや、それ未満の威力にしかならないのだろう。

 しかし彼女が持つ武器はマシンガンのみ。そして、コーティーが持つのは彼女が知る限り恐らくだが、ネメシス一丁だ。ならば数を撃ってどうにかするにかない。ネメシスで二百ならばマシンガンで千といったところか。

 

「振り落とされるなよ」

「そっちこそ、事故らないでね!」

 

 沈黙を破る銃声が連続して轟き、赤鬼の身体を揺らす。数十発の弾が殺到すると同時に赤鬼も動き出し、まるで被弾を感じていないかのようにそのまま二体に向かって体当たりを仕掛けた。弾は全て当たっている。だが、やはり怯む素振りすらも無い。

 またも上空に回避し、通り過ぎた背中に向けて発砲を続けるコーティーは、何か目の前の敵に対して違和感を覚えていた。

 

「あいつ、以前よりも弱くなってるな」

 

 復活したばかりだからだろうか、コーティーが知る赤鬼よりも動きが遅く攻撃も単調なように思える。彼が戦った鬼はもっと単純に手ごわかった。確かに硬さは以前のままだが、力強さという点ではまるで比べものにすらなっていない。

 クォートが上手くやったのだ。そう考えて、コーティーは思考を捨てて着地しつつ尚もネメシスを連射し続ける。これで撃ち込んだ数は二十を超える程だ、そろそろ電撃による麻痺などが出て来てもいい塩梅になってきた。

 このままパターンに則った行動を赤鬼が続けるのならば、もう勝ちは揺るがない。そう彼が考えたその時だった。

 

「っぅ!?」

 

 赤鬼が後ろを向いたまま空中へと跳躍した。凄まじい脚力だ、コーティーがブースターで飛んだ最高点と同じ高さにまで悠々と達している。この行動をコーティーは知っていた、何度か同じ技を見た覚えがある。

 後方へと跳躍し、対象を飛び越えると同時に仕掛けられる攻撃だ。赤鬼が唯一持っている遠距離攻撃、それは単純故に強力なものだった。

 赤鬼のどこからか生まれる、赤緑色のブーメランを二本合わせたような形状のそれは、またも以前と変わらない挙動で投げ出された。

 

「揺れるぞ!」

「きゃぁぁ!?」

 

 小刻みにブースターを吹かし、ジグザグの動きで連続して襲い来るブーメランを回避していく。急激な空中での方向転換によって視界が大きく揺らめくが、コーティーに気にしている余裕は無かった。

 何よりも問題なのは、回避の際に赤鬼に対して背中を向けてしまった事だ。これではネメシスによる攻撃が出来なければ、相手を見る事すらも出来ない。

 更に迫るブーメランをかわしながら叫ぶ。

 

「カーリー、赤鬼に後ろに回られたら指示をくれ!!」

「了解、そっちは飛ぶのに集中して。私が攻撃するわ!」

 

 声と同時にマシンガンが発射され、赤鬼の身体を揺らす。それでも空中でバランスを崩さないように威力の抑えられた弾では、ろくなダメージを与えられないようだ。幾ら当てても全く意に介している様子を見せてくれない。

 真後ろから来た、上空へ。右に回りながら弾が来た、小刻みに動いて左後ろへ。背後の上空から来る、真後ろに飛んで逆に背後へ回り込む。

 赤鬼の下を通過すると同時に、カーリーが吠える。

 

「撃って!!」

「少しは痛がれ!!」

 

 空中で背中を見せた赤鬼は完全に無防備だ、これで向こうに攻撃はおろか回避する手段すらも無い。マズルフラッシュが薄暗い洞窟を照らし、光は赤鬼へと殺到する。既に何発目かもわからなくなった弾は五秒間も連続して放たれ、全てが赤鬼に命中した。

 確かな手ごたえを感じた攻撃によって、着地と同時に赤鬼が左脚を崩して膝を地に着けた。明らかに弱っている。こうも連続した弾幕に晒されれば、どのような耐久力を持っていようがダメージを受けて当然だ。

 遂に麻痺が出たのだろう、勝負は貰った。

 二人は更に攻撃のスピードを上げて行く。しかし、またも赤鬼は立ち上がった。そして振り返って突進の素振りを見せる。

 死にぞこないの苦し紛れだと、コーティーは鼻を鳴らした。

 

「単調な……」

 

 駆け出した赤鬼を見てから、同じようにコーティーは上空へとブースターによる回避を試みる。先程までと全く同じだ、天井擦れ擦れまでに飛び上がって攻撃の隙を作るだけ。

 それが、逆に自分自身の隙になった。

 

「コーティー!!」

「っ、何!?」

 

 赤鬼が走るのを止めた。それもコーティー達の真下で。

 今までの突進の勢いでは、途中で止まるなど不可能な筈だ。現に、今までにタックルを仕掛けた後は、足でブレーキをかけて暫くしなければ奴は止まれていなかった。それが、どうしてこうも上手く下を取れているのだ。

 回る思考の渦の中でコーティーは気付く。今の赤鬼の動きは攻撃ではなく移動で、タックルをするには勢いが無かったのだと。赤鬼はただ小走りで移動しただけなのだ、それを自分は誤解してまんまと上に逃げてしまったのだ。

 赤鬼には理性も無く思考能力も存在していないというのは、それはこれまでの経験で理解している。しかし、野生の本能がこうやってフェイントを考えさせたのだろう。いなされていた分を返してやると、丸く白い目が二体を睨んでいるようだ。

 ズシンと鈍い音が響く。赤鬼が跳躍したのだと理解した時には、コーティーとカーリーは下から天井に叩き付けられていた。

 

「ちょっ……」

「がっ、はあ!?」

 

 二百キロは超えるであろう巨体がコーティーを押し潰し、ミシリと身体中が軋む感触に支配される。咄嗟にカーリーを横にずらして攻撃からは守ったが、それでも衝撃は完全には殺せなかったようだ。今のカーリーはロープの動きにただ翻弄されている。

 一瞬の停滞から、二体と一匹の落下が始まる。この先の未来を明確に想像したコーティーは、ネメシスを一発懐に向けて発射し、自らとカーリーの身体に巻かれているロープの繋ぎ目を切断した。そして勢いのままにロープを振って、ブースター以外の背負っていた物全てを投げ出した。

 カーリー、ロープ、そして荷物の入った袋が空間の隅へと飛んで行く。ほんの少しだけ安堵の表情を浮かべたコーティーの両足首を掴む者がいた。赤鬼だ、無言の悪鬼が今までの恨みを晴らさんと眼前に迫っている。

 

「くっ、貴様」

 

 必死にもがいて抵抗してみせるが、馬鹿力によって足はビクともしてくれない。正面に見える赤鬼の顔は、全く変わらずに無表情のままコーティーを見ていた。ムカつく顔だ。

 彼が嫌悪感から顔を歪めたその時に、右足を掴む左手が離された。しかし、次の瞬間には背中にその手が回されている。何を、という考えはすぐさま行動によって示される。

 浮遊感が失われ、急速に視界が回り出す。真下に投げられたのだと理解が追い付いた時点で、もう地面に激突していた。

 

「カーリー!! 袋にがぁっ……!!」

 

 走った衝撃は、生まれてこの方味わった事も無いような大きな物だった。意識が明転と暗転を繰り返し、果てには瞼が意思に反して閉じようと動き出す。

 バラバラと金属片が散らばり辺りを反射光に包むが、そこには幻想感の欠片も無いではないか。どうにか行動をと考えてみても、身体は無慈悲なものだった。頭から指先まで全く動いてくれない。気が付けば、赤鬼はコーティーの前に着地し彼を見下ろしていた。

 お前如きに見下されるような安い存在になった覚えは無い。ハッキリとし始めた意識の中で目を見張って睨み付けてみても、赤鬼は涼しい顔だ。本能的に握り締めていた右手のネメシスを向けようとしてみたが、やはり手は上がってくれなかった。

 赤鬼の右腕が天高く掲げられ、その拳はコーティーへと向けられている。殴ってトドメをさすつもりなのだろう。今殴られてしまえば、間違い無く彼は耐えきれず残骸と化してしまう。

 諦めが思考を支配しようとする。しかし、彼は視界の端に確かにそれを捉えていた。ニヤリと口角が吊り上がる。

 

「勝ち誇るのは勝者だけの特権だ、背中がお留守だぞ」

 

 爆砕音が鳴り響いた。音源は赤鬼の背中から。連続で何かが破裂し、その皮膚を焦がし焼き尽くしていく。ネメシスでもマシンガンでもない攻撃によって赤鬼の口が半開きになって、中から空気が漏れ出す音がコーティーの耳を打った。

 バズーカのような武器など二体は持っていない。攻撃を仕掛けたのは、この場にいてたった今まで忘れ去られていた第三者だ。

 苦しそうに突っ伏しながら顔を起こしたバルログが、ミサイルを発射していた。声が出ないのだろうか、目線でコーティーに追撃しろと伝えてきている。狙うならば傷ついた背中だ、ならばここで動くべきなのは彼女に他ならない。

 先程、投げ飛ばした女がゆっくりと立ち上がる。未だに足はふらついているが、それでもどうにか立てるようにはなったようだ。

 足下に転がっている袋から取り出された回復用の道具、使用済みのライフポットが姿を覗かせている。瞬間的に傷を癒す力を持ったそれは、流石に水没によるエラーには対応していないが、軽い怪我程度ならば瞬間的に治療する効果があった。故に、カーリーはこうして立ち上がっている。

 そして、彼女は右手に持ったマシンガンの引き金を躊躇無く引く。だが、弾は発射されなかった。

 故障だ。度重なる圧力によってどこかが壊れてしまっていた。

 

「っ、コーティー!!」

 

 カーリーが走り出した。動きは遅いが、確かにこちらに向かって。赤鬼はまた右腕を振り上げている。

 右手はどうにか動く程度には回復していた。だが、このままネメシスで正面から攻撃したとしても赤鬼の攻撃を中断する事は叶わないだろう。やるならば、やはり背中からだ。しかし、カーリーに使える武器も無くバルログもこれ以上は動けそうにない。

 取れる手段は、たった一つだけだった。

 

『手放してしまうとその時点で答えのレールから突き落とされてしまいます。大切に、大切に持っていてください』

 

 覚えの無い声が、どこからか頭の中で反響した。手が硬直し取ろうとする行動を拒む。

 僅かな迷いを、コーティーは直ぐに振り払った。

 

「カーリィィィィィィ!!」

 

 叫び、腕を振るってネメシスを投げた。ぐるぐると回転しながら愛銃は真っ直ぐに彼女の元へと飛んで行き、マシンガンを捨てたその手に収まる。

 安堵にコーティーは笑う。これで終わりだと勝ち誇って。

 赤鬼の右腕が振り抜かれるのと、ネメシスが火を噴くのは同時だった。凄まじい速さで迫る腕をコーティーは甘んじて受け入れ、衝撃に意識を手放す。

 最後に見えたのは、自分を殴り飛ばしながら石化を始めた赤鬼の姿だった。

 

 

     ☆

 

 

 損傷は致命的な域に達している、それ程までに赤鬼の一撃は重すぎた。身体の中から何かが抜け落ちて行く感覚にコーティーは嫌な感触を覚えるが、止められそうにない。このまま意識を委ねてしまえば、自分はどこか知らない場所へ連れて行かれてしまうのだろうという確信もある。

 これを死と呼ぶべきか、それとも壊れると呼ぶべきか。

 自分は既にロボットとしてはあまりにも人間的な思考になり過ぎている。だから、もしかしたら死と表現してもいいのかもしれない。そんな場違いな考えばかりが浮かぶ自身に疑問を感じながらも、彼は俯いていた顔を上げた。

 カーリー。自分を抱き起こしている彼女は泣きそうに顔を歪めている。何を悲しむ必要があるというのか、ただロボットが一体いなくなりそうになっているだけだというのに。

 

「何をしている、早く行け」

「置いて行けないわよ、一緒に……」

「ロープも何も無い状態でか?」

 

 両脚は既に機能しておらず、ブースターも破壊された。連れて行ってもらったとしても、引き金を引く力すらこの身には残っていない。今のコーティーは正に死に体だ。どうあったとしても戦う力は生み出せないだろう。

 バルログはフラフラとどこかへ飛んで行ってしまった。ミザリーに何かがあったのだと言っていたが、詳しいところは不明だ。どうせクォートが戦いでもしたのだろう、奴ならば勝てると信じていた。

 

「これが役目だった、それだけの話だろ。……行け、これ以上俺を辱めないでくれ。戦う力の無くなった自分自身を俺は許せそうにないからな、行ってもらわないと羞恥心でそれこそ死んでしまいそうだ」

 

 あえて、死ぬという単語を使ってみた。遊び心を持って発したそれを、カーリーは深く考えなかったようだ。悔しそうに口と目を閉じてどうするべきか思考しているように見える。

 未だに葛藤している彼女に対し、コーティーは続けて言う。

 

「任務をしっかりと果たせ、カーリーブレイス。俺達は、実行すべき事を最期まで追う存在で、今のお前は俺の代わりにドクターを始末するべきだ。……頼む、俺の分まで、奴にそれを叩き込んでくれ」

 

 目を動かして、彼女が手に持つネメシスを見た。この銃にはコーティーの意志、コーティーが得て来た全ての物が込められている。きっと助けになってくれるだろう、武力的な意味だけでは無く様々な理由で。

 無言のままにカーリーが立ち上がった。その顔からはもう、悲しみの色は消え失せている。彼女は大丈夫だ、きっと自分の分まで戦い抜いてくれると信じている。

 

「まだ生きててね、絶対にまた会える」

「……ああ、そうだな」

 

 カーリーが一瞬だけハッと目を見開いた。しかしその直後には頷いたかと思うと、背を向けて走り出す。迷いも無く、全力疾走で。

 コーティーは笑っていた、今までに浮かべた事も無いような満面の笑みで。それに本人は気付いていない。

 

「女神よ。我が女神、ネメシスよ。カーリーに賛美を。彼女に祝福があらんことを」

 

 言葉と共に、大地が揺れ始めた。この揺れには覚えがある、迷宮で感じたブースターとの会話途中で起こったものと同種だ。

 コアが破壊された、やはりクォートが一人でやってのけたらしい。これでは、自分達がここにいる意味すら無くなってしまうではないか。罪な奴だ。任務に生きるロボットから任務の意味を奪ってしまうとは。

 コーティーはただ笑っている。この浮遊島で起こった出来事を振り返りながら。様々な人物に出会った、様々な敵と戦った。勝ちもしたし負けもしたが、無意味な事など一つも無かったと自信を持って言える。

 学びながら精一杯に生きたのだ、だからこそ今自分は誇り高くいられる。結局、強敵には負け通しだったのが悔しいが、結果が良ければ全て良いではないか。意味はあったのだと、せめて自分自身だけでもそう思っていたい。

 

「貴方は、答えに辿り着けなかったのですね」

 

 いつの間にか、目の前に一匹の犬が座っていた。喋っている、どこかで会ったような会っていないような、そんな不思議な雰囲気のする犬だ。

 ジェンカの飼い犬に似ているが決定的に違うそれの存在に対し、何故かコーティーは疑問を抱いていなかった。

 

「カギは彼女に渡りました、貴方はもう先には進めません。私の力不足ゆえに、申し訳ありません」

 

 犬が謝っている、言葉の意味はわからない。しかし、返答はすらすらと口から出て来ていた。

 

「なら、そのカギとやらを持ってる奴を導いてやれ。俺はこれで退場だ。構っている暇があるなら、その分だけ少しでも手助けをしてやるのが効率の良さっていうやつだろ」

 

 犬が頭を下げたかと思えば、最初からそこにはいなかったかのように姿を消してしまった。今見ていたものは本当に存在していたのだろうか、それとも死の間際の極限状態が見せた幻覚だったのだろうか。

 どうでも良かった。もう物事を考える力すらもこの身には残っていない。揺れが強まっていく、洞窟が崩壊を始めた。最期なのだなと漠然と思いながらも、コーティーは揺れに身を任せて目を閉じる。

 瞼の裏に浮かんだのは、砂区で過ごした何時かの風景だ。楽しそうにはしゃぎまわるカーリーとミミガー達、仏頂面のジェンカ、自分にじゃれついている五匹の犬達。戻れないのだと思うと、不意に恋しくなった。

 弱くなったものだと、軽く鼻を鳴らして心を無にする。旅立ちだ、余計な事を考えるのはあまりにも無粋ではないか。

 

 ああ、そうだ。壊れるのではない。死ぬのだ。

 ロボットは、壊れる時に走馬灯など見ないのだから。

 

 不意に身体が浮遊感に包まれた。地面が抜け落ちて落下しているらしい。

 どこまで落ちるのだろうか。もしかしたら、残骸だけは地上まで帰るのかもしれない。そんな事もどうでもよかった。

 しかし、それでも願う。

 

「女神よ、俺が愛した全てに祝福を」

 

 呟きと共に、彼の意識と身体は闇の中に消えて行った。

 

 

     ☆

 

 

「無様だな、どいつもこいつも」

「どうするの?」

「当然、上手く利用させてもらう。気になるならお前は……」

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