倒れ伏す二体のロボットを前に、男は汗を流しながら満足げに笑っていた。
手に入れた絶対的な力。予期せずに付属してきた強力な手下。赤い花によって暴走したミミガーは、地上に送れば便利な破壊兵器となってくれる。全てが完璧に回る。まるで、運命が自分に味方するかのように。
このロボット達、恐らくは地上からの刺客だろが、この二体は良い腕試しの相手となってくれた。そして認識した事が一つ。自分は最強になったという事だ。
頭に乗る王冠の正体や歴史など知る由もない。だが、こうやって自分に力を与えてくれるのであれば過程などに意味は無く、この世を支配する結果だけが残ればそれでいい。
男は笑い賛美する。王冠と自らが手にした世界を、力を持った自分自身を。
男がひとしきり高笑いを続けたところで、背後から声が聴こえた。
「女神の賛美があらんことを」
響いた衝撃が身体を貫くごとに、男の意識はゆっくりと遠のいていった。
☆
「……呆気ない、悪魔の王冠とやらも結局はこんなものか」
ピクリとも動かなくなった死体を見下ろしながら、コーティーは至極つまらなそうに呟いた。
ミザリーを撃退し大農園の奥に突き進んではみたものの、既にカーリーとクォートは倒されてしまっていた。そして、その二体を前にして堂々と勝ち誇る馬鹿が一人。
隙だらけだった。だから後ろから撃つには何の工夫もいらなかった。引き金を合計で五発、時間にしてものの二秒で王冠を被ったミアキドはあっさりと死んでしまった。
カーリーとクォートが敗北したのならば、とてつもない強敵だったのだろう。周囲を見渡してみれば水路と思われるこの一帯はところどころが崩壊しており、マシンガンの弾痕と思わしきものもちらほらと散見出来る。
計り知れない激闘だったのは見て取れる。しかし、まともに戦いさえしなければこんなものだ。触って確かめてみれば、男の心臓はやはり停止していた。
独裁者の最期にしてはあまりにもお粗末だが、残念ながらコーティーに正義と悪の美意識など存在していない。ただ敵が楽に死んでくれたと、それだけの話だ。
さて、どうするか。コーティーは傷によって焼けただれかけている思考回路をフル回転させ、今起こすべき最善の行動を思案し始める。
従来ならば、ここで通信によって地上からの指示を仰ぐところだ。しかし、現在の自分は通信機能を失っており相談をするべき相手もここにはいない。
カーリーとクォートに意見を伺うのも却下。この二体は元はと言えば敵であり、今回はただ利害が一致したので協力体制を取っただけだ。見れば大きな傷を負っているようだが、助けてやるような義理も無い。
いや、義理はあるのだろう。コーティーもこの二体には不本意ながら助けてもらっていたのだから、恩を返すという意味でならば手当の一つでもしてやるべきだとも思う。
悩んだ末にコーティーは、二人に追撃をせずにそのまま放置しておくことにした。敵味方の関係に戻るのならば、ここで完全に壊されても文句は言えまい。それを見逃すだけでも恩返しになるというものだ。
それよりも、優先するべきは悪魔の王冠。これを持ち帰る事こそが自分の存在意義だ。
「悪魔の王冠、か」
死体の頭にはコーティーが想像していたような王冠とはかけ離れたものがはめられている。
コック帽のような長さに、銀色の金属製と思われるフォルム。前面部はまた別の素材で青色になっている。そして、その前面部の中央には不気味な赤い単眼。まるで王冠自体が生きているかのように錯覚させられた。
美的センスの無いロボットをもってして、あまりにも不気味だと思った。大きな力を持った正体不明の王冠なのだ。生きていると言われても驚きはしないが、これを製作した者のセンスはあまりにも悪すぎはしないだろうか。
倒れているミアキドは筋肉質の軍人然とした男だ。コーティーも派遣される際に直接指示を受けた事があるが、確かに傲慢そうな奴だったと記憶している。
人望があったのかどうかなどは知らないが、何となく人には好かれないような性格だったのではないかと思う。今となってはもうどうでもいい話だが。
とにかく回収を。そう思い、少しの躊躇いを振り払って王冠に手をかける。
そして、殺気が走った。
「プガアァァァァァァ!!」
「ガァッ!?」
ミアキドの右手が突如として動き、反応する間も無く首を掴まれる。およそ人間が出せる筈もない握力によって、首の装甲がミシリミシリと軋むのをコーティーは驚愕の中に感じていた。
立ち上がる、確かに死んでいたミアキドが。身体中に不気味に血管を浮き上がらせ、皮膚を沸騰するかのように泡立たせ、猛獣の如き咆哮を上げながら。
こいつは何だ、最早人間ではなくなってしまったのか。言うなればゾンビ、化け物、もしかしたら悪魔の王冠そのものか。
「離、せ!!」
「グルァァ!!」
力の強まっていく右腕に対し、ネメシスを連続して撃ち込んでいく。三発撃ち込んだところで、ミアキドの腕は真っ二つに千切れて胴体から離れた。
首に与えられた圧力が弱まる。ショートする視界から見える世界では、腕の断面から赤い液体が飛び出し自分にかかってきているのが見て取れる。
ただの血液ではない、もっと恐ろしい何かだ。まるでマグマのように煮えたぎった何かがコーティーに纏わり付いて来ている。
「うっ、ああぁぁぁぁぁ!?」
恐怖に身を任せ、首に張り付いたままになっていた右手を剥がし放り捨てる。これは生かしておいてはいけない、こんな物を地上に蔓延らせるわけにはいかない。
目の前にしてみて実感した、これは人類にとっての敵だ。存在するだけで害をもたらす災害だ。
ここで破壊しなければ。当初の目的など知ったことか、それを無視してまで壊す価値がこの化け物にはある。いや、破壊しなければ自分が破壊される。
ミアキドは化け物であって、害敵だ。
「消えろ、デーモン!!」
「グッ、ギャァァァァァァ!!」
フラフラと移動しようとするミアキドを蹴り飛ばし、頭を狙ってネメシスを乱射する。恐怖に震え狙いはバラバラだ、それでも弾は全て身体のどこかに命中していた。
腹に穴が空く。左腕が根本から吹き飛ぶ。身体が失われていく。そして最後に、頭が砕け散った。王冠が地面に転がる。
ミアキドの残骸が倒れて行く、口すら無くなったというのにどこからか断末魔を発しながら。これでお終いだろう、お終いの筈だ。
だというのに、コーティーの身体は震えていた。まるで心を鷲掴みにされ、そこから氷が広がっているような錯覚が起こる。
バラバラになった腕や脚、身体のパーツから赤い煙が噴き出している。アレは何だ。嫌な予感が急速に高まっていく。
すると、地震が起こった。ゆらゆらゆらと、弱い縦揺れが足下から響いてくる。コーティーの恐怖が更に高まっていく。ここは浮遊島なのだから地震など存在するわけがないのに。
「ぐっ、ああぁぁ……」
頭に何かイメージが入り込んで来る、とてもネガティブなイメージだ。痛い、苦しい、助けて、殺せ、殺せ、殺してくれ。そんな声が頭の中に響いてくる。
急速に失われていく意識の中で、コーティーは目の前に莫大なエネルギーが集まっていくのを感じた。
発生源は悪魔の王冠、そしてミアキドの残骸。
「これは……」
何かが炸裂する感触があった。
光が走ったと認識した次の瞬間、コーティーの記憶はそこで途絶えた。
☆
声が聴こえる。
「ジェンカと言う女性に、弟がいたのは知っていますか? 弟の名前はボロスと言います。姉と同じく、彼にも人間には無い魔力がありました」
中性的な声だ。聴いたことの無い、それでもすんなりと受け入れてしまえるような。
「彼は魔力を使って人々を救い、導き、そして国民から愛され信頼されていました。国王をしのぐほどに……」
暗転していたビジョンが移り変わっていく。見た覚えの無い顔に傷のあるミミガー、暴走する赤い花を食べたまた別のミミガー、壊れたキラーロボット達、カーリー、クォート、ミザリーにバルログ。
そして、単眼の王冠が。
☆
「うあああぁぁぁぁぁ!?」
叫び声と共にコーティーは目を覚ました。何か、おかしな夢を見ていたような気がする。決して見てはいけないような何かを。
だが、思い出せない。たった今まで見ていたであろう、邪悪なものを孕んだ夢の内容を全く思い出せないのだ。
「ここ、は?」
自分はベッドに寝かされているらしい、そしてここはどこかの民家のようだ。簡素な佇まいではあるが、作りの特徴から浮遊島のどこかであることは見て取れた。
誰かに保護されたのだろうか、見れば身体のあちこちには修理をした跡が見受けられる。しかし、左腕は失われたままだった。
キラーロボットの腕はそれぞれの個体によって違う特殊な造りをしており、専用のパーツと専門の技術者の両方が備えられて初めて修復することが出来る。この島にも技術者は派遣されていた筈だが、恐らくはミアキドにどうにかされてしまっているだろう。つまり、この島にいる限りコーティーの左腕は直らない。
脇の机の上には、傷だらけになったネメシスが置かれていた。意識を失う瞬間まで持っていたのが功を奏したのだろうか、腕などよりもこれが無事だったのが最大の救いだ。
「起きたみたいだね」
開けっ放しにされていた扉から、白髪の老婆が杖を突きながら入って来た。後ろからは中型の犬が二匹追従して来ている。
「具合はどうだい。ワシはジェンカ、この辺りに住んでるただの年寄りじゃ」
ぶっきらぼうではあるが、どことなく優しさが感じられる女性だった。見た目の年齢に相応しい、もしくはそれ以上に老練な彼女が纏う雰囲気に思わず背筋が伸びる。ベッドに座ったままで不敬だとは思いながらも、コーティーは頭を下げた。
「コーティーだ。助けてもらった事に対し礼を言う」
「例ならウチの犬ころに言うんだね、砂に埋まってたあんたを拾って来たのはそいつらじゃよ。ついでにその銃もね」
「そうか、すまなかったな」
近寄って来た犬を順番に撫でてやると、両方が同じ様にくすぐったそうに目を細めた。首輪に書かれているのは名前だろうか。ハジメに、ミック。
「質問、いいか?」
「聞くのは自由じゃ」
「なら遠慮無く。まず、ここはどこだ?」
「島の中でも水源の極端に少ない場所、砂区と呼ばれているところじゃ。ここはその駐在所じゃよ」
砂区という呼ばれる区域があるのは頭の中に情報としてインプットされていた。実際に訪れた事は無いが、確か他のチームが派遣されて特に何も無しとの報告が入っていたはずだ。
ミミガーすらもほとんど住んでいない荒れ果てた場所、そんなところにこの老婆は住んでいるのだろうか。だとしたら、無謀が過ぎるというものだが。
とにかく、今はジェンカの身元を探っている場合ではない。
「次だ、俺を修理したのはあんたか?」
「そうだとも。昔の知り合いに工学に詳しい奴がいてね、少しだけロボットを知っていたんじゃ。残念ながら部品が足りなくてね、腕は直せなかった」
「いや、十分だ。恩に着る」
軽く上半身を動かしてみると、全快ではないが少なくともミザリーと戦った時よりも状態は上がっているようだった。少しだけと言っているが、恐らくは相当にロボットに関する知識があるのだろう。
これもまた別の話だ、今はどうでもいい。
「俺はどれぐらい寝ていた?」
「一週間じゃ。そろそろ、本当に聞きたい事を聞いたらどうだい」
「……」
そうだ、本当に聞かねばならないのは自分自身の状態やジェンカがどういった人物なのかではない。そんな事は後でいくらでも入手出来る情報だ。
問題はたった一つ。あの時何が起こって、その後はどうなったのかという事。
わかってはいるが、コーティーはわざとその話題を避けていた。この目で見たおぞましい出来事を、また直視するのが怖かったからだ。
自分自身に恐怖などという不必要な感情が芽生えてしまっている事に愕然とするが、どうにもこれは抑えられそうにない。成程、これが人間でいうトラウマというものなのだろう。
これが感情なのかと、コーティーは一人納得していた。嫌な自覚の持ち方だとも。
「悪魔の王冠」
「っ、知っているのか?」
「ああ。アレは厄介な代物でね、依代を倒したとしても最後には魔力が暴走して大爆発を起こす。それでいて何年か経つと自然と復活してしまう。まるで自然災害じゃ」
「あんなものが、自然災害だというのか」
この世に存在してはいけないモノ、悪魔の王冠に対してコーティーが持った第一の感想がそれだ。
とにかく、人智の範疇を凌駕してしまった悍ましいモノ。どうにかして食い止めなければこの世界の滅びにも繋がりかねないそれが、何年かでまた復活してしまうというのか。
魔力による大爆発、それに自分が巻き込まれたという事だけはわかる。そして、相当な距離を吹き飛ばされたという事も。
「アンタ、王冠の持ち主に会ったのかい?」
「……この手で殺した、確かにこの銃で何発も何発も撃ち抜いた。いや、俺は本当にアレを殺せたのか? そんな実感が一切無い」
「依代は死んでいるよ、それでも王冠は滅びん。爆発で消し飛んでも王冠はまたどこからともなく現れて被害をもたらすんじゃ」
「滅ぼす方法は無いのか?」
「……さあね。言っただろう、自然災害じゃと」
ジェンカは何かを知っているようだった。恐らくは、王冠に関するもっと詳しい情報を持っている筈だ。だが、無理矢理聞き出すのは恩人に対してあまりにも失礼が過ぎる。
向こうから話してくれない限りは、どうしようもないか。
「他にも二体、ロボットがいなかったか?」
「犬ころが連れて来たのはアンタだけだったよ」
カーリーとクォートはどうなっただろうか。感情をある程度理解した今だからこそ、あの二人には多少なりともの情が浮かんできている。
ハジメとミックが見付けられなかっただけなのかもしれない、それならばまだ砂区のどこかに埋まっている可能性が高い。それならば、探さなければ。復活するであろう王冠に対するためにも。
「それよりも、一つ頼まれてくれないかい?」
「……何だ?」
コーティーが何か行動しようとした瞬間に、ジェンカがそんな事を言い出した。この老婆は狡猾だ。自分が何かに対して焦っているのを見越して、その前に暗に恩を返せと言ってきている。
ふざけるなと突っぱねるのは簡単だが、ジェンカの目は真剣そのものだ。恐らくは王冠に関する内容なのだろう、この話の流れならばそれしか考えられない。
何を優先するかなどわかりきっている。生まれたばかりの感情に振り回される程自分は耄碌していないと、コーティーは歯噛みをした。
「赤い花があるじゃろ。あれには核とも言える種があってね、王冠が復活すると同時に成長し数を増やすんじゃ。それを封印するために回収して来て欲しい。見ての通り、わしはもう足腰が弱くてね」
「所在は?」
「王冠の男が花を栽培していた場所じゃ。どこかに保管されているじゃろうて」
赤い花には悪い思い出しか無いが、やはりあれも王冠に関係するものだったという事か。そうだ、ならば封印しなければならない。
この老婆を完全に信用してはいない。だが、種の回収を自分で出来るのならば、状況を見て怪しいと思えば渡さなければいいだけの話だ。
「種を破壊すればいいんじゃないのか?」
「破壊したとしても、赤い花はまたどこからともなく現れる。それなら、壊さずに隠しておいた方が管理もしやすいじゃろう」
つくづく厄介だ、まるでゲリラやテロのようではないか。ならば、どこか外に漏れない場所に密封しておくのが最善なのかもしれない。
「いいだろう、だが一つ疑問がある。俺はキラーロボットだ、そんな俺を簡単に信用してしまっていいのか?」
「何じゃそんな事か。ウチの犬ころは悪い奴には懐かん、特にそのハジメはね」
ならば、見当違いもいいところなのではないだろうか。自分は多くのミミガーや人間を殺してきた悪そのものだ、だというのに言うに事欠いて悪い奴ではないとは。
何にせよ、信じてもらえているのならばそれは好都合だ。先程からハジメがペロペロと顔を舐めてきているのは少し鬱陶しいが。
「条件が一つ。俺と同じように爆発に巻き込まれたロボットが二体いる。俺の同型が一体と、女型が一体だ。それを二匹に探してもらいたい」
「構わないよ、アンタが農園に行っている間に探しておこう」
「頼んだ」
ニヤリと笑うジェンカに対し、コーティーはただ無表情のままに頷いた。そしてハジメを引き剥がして立ち上がろうとしたところで、掛布団の下の身体が丸裸である事に気が付いた。
「……何か服はないか?」
「アンタの迷彩服はボロボロじゃ、繋ぎ合わせればマントぐらいには使えそうだけどね。大きさが合いそうなのはこれぐらいじゃな」
そう言うと同時に、いつの間にかいなくなっていたミックが銜えて持って来たのは黒いズボンだった。そして自分が愛用していた迷彩服、これは本当に縫い合わされてマントのようにされていた。
何が使えそうだ、そう使えと言わんばかりに仕立てられているではないか。ツギハギだらけなので見た目は良くないが、なんとなく悪い気はしない。
ならば、行くとしよう。
「女神より与えられた糧に、感謝を」
「意外じゃな、そういった宗教の信者かい?」
「いや、俺が信じるのはこの銃だけだ」
ネメシスを右手に持ち、コーティーは薄く笑う。そういえば笑ったのはこれが初めてだったのではないかと自覚したのは、数秒経ってからだった。
最もわかりやすい感情は、他から与えれた恐怖だと思うのです。
原作では戦争終結後にジェンカが赤い花を全て封印したという事なので、この辺りも協力者がいたのではないかと独自解釈を。
ちなみにコーティーはまるっきりオリキャラというわけでもありません、原作内でのミザリーのセリフに
「あの時もいたな。おまえのようなタフなロボット……」
というのがあったので、ミザリーは戦争時に似たようなロボットと戦っていたのではないかと思ったのです。
で、噛み合わせてみた結果こんな展開になりました。
あくまでも、これは原作の裏を補完するようなストーリーにしていくつもりです。