「毎度の事ながら、一体どんな生態をしているのやら……」
目の前に迫って来る白い物体を撃ち落しながら、コーティーは面倒くさそうにそう呟いた。
不本意ながらも砂区の管理者代理という役目を請け負っている彼の仕事は様々で、それは簡単な雑用から困難な戦闘任務まで取り揃えている。基本的に砂区は平和なので問題事はそう起こらないのだが、それでもこうして増えて来た野生の動物の討伐などは定期的に行っておかなければならない事だった。
この砂区に生息している野生動物、というよりも最早モンスターと言った方が適切なのかもしれないが、それらは幾つかのパターンに分類されている。巨大化したカタツムリのような何かであったり、徒党を組んで襲って来る体長二メートルは軽く超えそうな鳥であったり。
砂区のモンスターに共通して言えるのは、とにかく無駄に巨大であるという事だ。これはこの浮遊島全体がそうなのではなく、砂区に限った共通点だった。これでは時たまに討伐しなければならないというジェンカの言葉にも頷ける。
いくら砂区の住人の数は少ないとは言えども、こんなものばかりが生息していれば何時ミミガーや自分達に被害が出るかわかったものではない。特に、身を守る術を持たないミミガーにとっては大きな脅威となってしまうだろう。
そうなる前に数を減らしておくのがコーティーの仕事だった。
さて、そんな彼の目の前に現れたモンスターだが、これもまた特徴的なフォルムをしている。言うなれば、白骨化した恐竜の頭がそのまま足を付けて動き出したかのような形だ。
スカルと呼ばれているその個体は攻撃方法も実に器用で、アンバランスな見た目に反した俊敏な動きによる体当たりを始めとし、更には口から自分の身体の一部と思われる骨を吐き出してぶつけて来たりなどもする。しかも、一匹ではなく複数でいる可能性が高いので、総合的に見てみればかなりの戦闘力を誇っていると言えた。
ただ、それでもコーティーにとっては物の数ではない程度だが。
飛び交う骨を悠々と避けながら、彼の思考は別の方向へと進んで行く。今最も気になるのは、このモンスター達が普段はどのようにして生きているのかという事だ。
気付けばこうやって砂区で生活をし始めて一年になり、色々と不自由も無く生活出来るようになったわけなのだが、どうにもこのモンスター達の生態は掴めずにいる。どこからともなく現れて、数を減らしたかと思えば少し経つとまた増えているのだ。
超常現象か。
うすら寒くもなったが、よくよく考えてみればここは悪魔の王冠などという天災が存在している浮遊島。この程度のモンスターが湧く事などあまり気にするべきではないのだろう。都合の良い戦闘訓練だと考えれば悪くないような気もしてくる。
ちなみに、相手は物も言わずに襲って来る凶暴なモンスターなので慈悲をかける必要も無かった。
「まず、何を食べてるのかが問題だと思うんだけどねー」
「骨じゃないか?」
「骨が骨を食べるの?」
「カルシウムを補給して、骨を太くしたり再生させたり」
「無いわね!」
マシンガンをばら撒きながら襲い来る鳥、クロウと名付けられているそれを牽制していたカーリーがそんな事を言い始めた。コーティーは割と真面目に答えたつもりだったのだが、彼女には冗談だと受け取られたらしい。
当然の話ではあるが、モンスター駆除はカーリーの仕事でもある。単純な戦闘力ではコーティーをも凌駕する可能性のある彼女は戦闘自体を楽しんでいるような節もあり、最近では率先してこの役割をこなすようにもなっていた。
記憶が無いというのに、以前までと同じかそれ以上に楽観的な性格をしている彼女にコーティーは振り回され放題だ。ムードメーカーになってくれているのは間違いの無い事実なので何も言えないが、もう少し落ち着きを持ってもらいたいとも思う。
「食べるで思い出した、花の栽培はどうだった?」
「上手くいかないな、如何せん水が足りない」
「そうよねぇ。地下水でも出ないかな」
そんな軽口を叩きながら、二体のロボットは流れ作業のようにモンスターを撃破していく。既に合計して十以上は狩っているだろうか。正直に言って、油断していたとしても簡単な仕事なのだ。
当初はコンビネーションの欠片も無かったコーティーとカーリーであるが、一年間の共同生活を送る内にいつの間にか互いの考えが何となくわかるようにまでなっており、それは戦闘において顕著に表れている。
例えば自然と互いの射線を開けてみたり、動きやすいように敵を牽制してみたり、背後をカバーしてみたりと。果てにはそれを雑談混じりにこなすようになってしまっていた。
そんな事実には二体共に気付かずに、当たり前と感じてしまっている時点で色々とおかしいのだが、それが明るみに出る事は一生無いのだろう。
小走りに移動しながら、コーティーはネメシスを連射し群がるクロウを叩き落としていく。右腕一本の戦闘にも慣れたものだ。当初は色々と不便な思いをしていたが、今となっては日常生活にも支障は無い。
カーリーとの息が合っているのも、実はこの腕に理由がある。関係をリセットして一から付き合いを始めた二体ではあるのだが、やはり心優しいカーリーは必要以上に左腕を失っているコーティーを気にかけていた。
特に問題も無く行えるような事ですら手伝おうとする彼女を若干煩わしいと思ってしまったのは事実であり、それでも色々とサポートをしてもらっている手前文句は言えない。まるで介護をされる老人の気分だと、苦々しく感じている点もあった。
実のところ、コーティーの左腕を修復するのは不可能ではない。島の各地に現在も散らばっているキラーロボットの残骸を使えば、無理矢理に腕を繋ぎ合わせるのも不恰好ながら可能なのだ。
しかし、ジェンカが出したその提案をコーティーは拒否した。曰く、まがい物の左腕を自分のものとしては使いたくないと。あくまでも彼のプライドの問題だ。美意識が無いのは周知の事実ながらも、それなりの自分に対する誇りは持っているから始末が悪い。
未だにカーリーには黙っている過去の戦闘での敗北。それを忘れず自分を戒めるためにも、彼は一本の腕で生きると決めていた。
「食事に関してはジェンカのおばあちゃんが一番大変だと思うわ」
「だろうな、犬達がどうにかしてるらしいが。いざとなったら、犬を食べればいいんじゃないか?」
「……」
「……冗談だ」
尋常ではない侮蔑の眼差しを向けて来たカーリーに対し、コーティーはいたたまれなくなって謝るように訂正した。やはり、慣れない冗談を言うべきではないようだ。
その後も軽くモンスターの討伐を移動しながら続け、狩った数が二十を超えた辺りでコーティーは打ち止めを提案した。いくら相手が害を与えて来るモンスターとは言えども、流石に絶滅させてしまっては環境を破壊する事にも繋がりかねない。
コーティーとしてはそれでも別に構わないと思うのだが、ジェンカやミミガー達はそれを看過しないだろう。この島に住まわせてもらっている以上、住人の意見は最大限に取り入れなければならない。
いくらロボットでも、その程度は理解しているつもりだ。
「ねぇコーティー、あれ見て」
「ん?」
駐在所へ帰ろうと振り返った時、カーリーが何かを見付け指さした。目をこらして見てみれば、何か遠くの方に空を飛ぶ黒い影が見える。
クロウかと思ったが、それにしては形が何か変だ。徐々にこちらに近付いて来るにつれてシルエットの正体が明らかになってくる。
確かに正体はクロウだった、しかしただのクロウではない。クロウがスカルをその足で掴んで運び、真っ直ぐにこちらへと突っ込んで来ていた。まるで一人で勝てなければ二人で挑めばいいと言わんばかりに。
「あいつら、違う種族同士で組むような知恵があったのか?」
「でも、何か強そうじゃない?」
「俺には間抜けに見えるがな」
数にして四対八匹。全てのぶら下がっているスカルの口から一斉に骨が発射された。
空中から来るそれは、確かに今までの弾幕に比べれば厄介だろう。しかしそれだけだ。歴戦のロボット二体に対してはあまりにも生温い。
「カーリー、散らしてくれ」
「はいはいはいっと」
マシンガンの弾がモンスター達の脇を通り過ぎると、四対で固まっていたクロウはそれを恐れて各個に散会した。その移動によって生まれた隙を、コーティーは逃さない。
雷光一閃。連続で放たれた雷はぶら下がっているスカルをことごとく撃ち抜き、その姿をバラバラになった骨へと変えていく。生まれた時から使い続けているネメシスだ、今更狙いが狂う事などあり得ない。
気が付けばクロウもカーリーのマシンガンによって全て撃破されており、別モンスター同士による共同作業もあっさりと儚く無駄になった。
「賛美せよ」
「それ、好きねー」
一種の儀式のようになっている定型文を言うと、カーリーからツッコミが飛んで来る。コーティーとしても、どうしてこんな事を言っているのかはもうわからないが、何となく言わなければ気が済まなくなっているのだった。
確かネメシスが女神の雷というコンセプトで作られていると聞き、冗談で言ってみたのが始まりだっただろうか。とりあえずは、そんなくだらない理由だった筈だ。
今更やめるつもりも無いので、どうでもいい事だが。
さっさと行ってしまおうとするカーリーを慌てて追いかけ、二体は帰路に着いた。
☆
結局のところ、コーティーはカーリーに記憶について何も教えていなかった。
一年が経った現在でも彼は真実を告げるべきかどうかを悩み続けているのだが、一度タイミングを逃してしまえばやはりどうしても言い出す切っ掛けを失ってしまう。自分にはこんなにも決断力が無かったかと、思い悩んだのは一度や二度ではない。
いや、ただ決断力云々だけではもっと話は簡単だっただろう。問題はそこではなく、コーティーとカーリーが元は敵同士だという点にある。真実を教えてしまえば、この先の生活が色々とやり辛くなってしまうのは明白だ。彼女は、二体が知り合いだったという事すら知らないのだから。
コーティーが自分の得だけを考えるのならば、どう考えてみてもカーリーに記憶を戻さないように立ち回るべきだ。しかし、将来的にはどうなるかはさておき、今は味方。家族と言っても差支えない関係になっている。
ならば、と彼は考える。彼女自身に委ねてみようと。
「カーリー」
「何?」
ずんずんと前を歩くカーリーに声をかけると、歩いたまま振り返ってそのまま後歩きに聞き返してきた。
何時からか、コーティーの彼女に対する呼び名もカーリーブレイスからカーリーに変わっている。そうした方が良いと思ったのでそうしたのであって、深い意味は無い。
荒野に立ち止り、コーティーは続ける。
「記憶を戻したいと思うか?」
「どうしたの、急に」
「答えてくれ。お前が望むなら、俺はその手伝いをしたいと思う」
「えっ……」
沈黙が訪れる。驚いた様子のカーリーは、そのまま黙って考え込んでしまった。
何を驚く要素があったのだろうか、逆にコーティーも考えさせられている。もしかしたら、今更何を言うのだといった心境なのかもしれない。
暫くの間沈黙を貫いたカーリーは、唐突にその沈黙を破った。
「別にいいかな」
「……何だと」
あっけらかんと、彼女は笑いながらそう言う。
「昔がどんなのでも、今は今だからいいの。私もロボットだから、もしかしたらミミガーを殺したりしてたのかなって思うと不安だけど……だからこそ、あの子達を守りたいって思うわ」
「もう一度聞くぞ、いいんだな?」
「うん。あんまりしつこい男は嫌われるわよ」
茶化すように、やはりカーリーは笑い飛ばした。その笑顔の裏にどのような考えがあるのかはわからない。記憶が戻らなくていいなどと嘘に決まっている。
それでも、この笑顔を見て何も言えなくなってしまった。コーティーは何故だか負けたような気分になり、ようやく思い付いた冗談めいた一言を負け惜しみの如く言ってみた。
「知らなかった、つまりお前はイイ女だったんだな」
「そんなの、私は生まれた時から忘れてないわ」
今度は声を上げて笑い始め、カーリーはまたコーティーに背を向けて歩き始める。完敗だと、認めてしまった。
カーリーはヒロインではありません、というかヒロインなんていません。
次回から原作付近の時系列に入ります、明日は……投稿出来るか微妙ですね。