良くも悪くも、カズマという男は人間らしい人間だというように映った。同じ牢に閉じ込められたよしみで軽く話した程度だが、言うなればあまり頼り過ぎては後々後悔する相手というところか。
人に対する愛情は会話の節々に感じられるが、自分第一に物事を考える傾向にある。この辺りは自分に似通っているようで、別に嫌いではない人種だとコーティーは考えていた。
本人が言うには、彼はドクターと同じ研究チームの一員だったのだが、裏切られて逆らったところをこの牢に押し込められたのだと言う。どこまで信用していいかはイマイチ判断が付かないが、脱出を志している内は協力体制を外す必要は無いだろう。
「脱出する手段は、何かないか?」
「この牢のカギさえ壊せればどうにかなるんじゃないかな。実は奥の方にドクターも知らない転送装置が隠されてるんだ、今は壊れてるけど俺ならちょっと時間をかければ直せると思う」
幾分かフランクな喋り方になってきたカズマと脱走の手筈を考えてはみるものの、結局のところこの牢屋から脱出しなければ何も始まらない。転送装置が本当にあるのならば逃げ出すのは相当に楽になるが、そこまで辿り着くのがまず一苦労なのだ。
先程確認してみた牢のカギは、頑丈そうな錠前だった。金属製のそれはコーティーの腕力では到底破壊出来ず、銃火器も失われている現状では力任せにはどうしようもない状態になってしまっている。
コーティーもカズマも、金属に対抗する道具は何も持っていない。カズマは技術者らしく幾つかの簡単な工具は持っているようだが、それもドライバーやスパナのようなありふれた工事道具ぐらいだ。ドライバーでカギを壊すなど夢物語だった。
つまり、今はどう足掻いたとしても正面から脱出するのは不可能。何か他の策を考えなければならないのだが、そう簡単に考えが浮かぶわけも無かった。
「俺の銃に関して何か知らないか? ここに入れられる直前まで使っていたんだが、奪い取られてしまったみたいでな」
「銃、か。そういえばドクターが君を連れて来た時に、隣の牢に何か袋みたいなのを放り込んでたような。もしかしたら、それがそうかもね」
「だとしたら随分と迂闊だな、こんな近くに武器を置いて行くとは」
「えらく急いでるみたいだったよ、何かを復活させるとかなんとか」
悪魔の王冠を所持した者が復活させるものがあるとするならば、王冠に使役される存在に決まっている。つまりはミザリーとバルログ、その二人を復活させてまた何かしらに利用しようというのだろう。
特にミザリーは厄介だ。前回はコーティーが不意を打つ形で勝利を収めているが、もう一度やり合うとするならば今度は彼女に軍配が上がるだろう。この世にはどうしようもない地力の差が存在する。製造された時点で戦闘力がある程度決められてしまっているロボットでは、成長という概念があって無いようなものなのだ。
勿論、パーツや武器を強化すればある程度の対応は出来るようになるだろう。だが、そんな物はここには無い。勝てない以上、ミザリーに見付かってしまえばその時点で一巻の終わりだ。ならば、彼女が復活する前にここから出る必要がある。
カズマが言うには、コーティーは一週間も眠っていたのだという。ドクターが放ったあの赤い玉には、ロボットを長期間に渡って機能停止させる効果があったようだ。ならば、時間が経過してしまっている以上は急がなければならない。
今、手元にある道具は破壊力の無い工具とこの身のみ。これでどうするべきだろうか。
「……鉄は突破出来ないな」
「だろうね、だけど出口はこれしかない」
「ドライバーは幾つある?」
「プラスとマイナスが一本ずつだね」
「どっちでもいい、一本貸してくれ」
座り込んでいるカズマからマイナスドライバーを受け取り、コーティーはコンコンと指で横の石壁を叩き始めた。隣の牢との境になっているこの壁は、叩いた感触や音からしてそこまで厚くはないようだ。
ドライバーを逆手に持ち、壁に力強く擦り付ける。尖った部分が削れてしまわないような絶妙な力加減でそれを暫く続けていると、壁が軽く削れてへこみが出来上がった。そこに今度はドライバーを、全力で縦に叩き付けた。
鈍い音が響いてドライバーをその場で手放すと、それは壁に先の部分が刺さったまま突き立っていた。丁度壁に対して綺麗な九十度になっているドライバーは、少し力を入れて触ってみても全く動かない。どうやら相当強く突き刺さっているようだ。
外れない事に対して満足気に頷いたコーティーは、今度は壁とドライバーが正面に来るように移動して立つ。そして右手を強く握り締めたかと思うと、そのまま正拳突きの要領でドライバーの柄を強く殴りつけた。
壁が、牢屋全体が強く揺れる。ドライバーは壁の更に奥深くに刺さったようだった。
更に突きを放つ。ドライバーが斜めに傾かないように真っ直ぐに。二度、三度と繰り返す内に右手に対する負荷が無くなった。確認してみると、刃の部分が壁の向こうに貫通したようだ。刺さっている部分を見るに厚さは五センチ程度らしい。
ドライバーを引き抜くと、確かに横長の穴が空いている。予想していたよりも脆い壁のようだ。これならば、刃にそう負荷を掛けることもなく作業を続行出来るだろう。
「何度か繰り返して、壁を破る」
「これまた豪快な……どれぐらいかかるかな?」
「狭い穴程度なら、二時間か三時間もあれば開くだろ」
言いながらも、今度は穴から一センチばかり離した場所を削り始める。ロボットの身体は人間よりも小さいのだから、そこまで大きな隙間は必要無い。
想定以上に壁が老朽化しているのもコーティーの有利に働いた。これならば小さな穴を円状に空け、最後に中央部分に強く力を与えてやれば破壊出来るものと思われる。
もし本当にネメシスが隣の牢に置かれているのだとしたら話は簡単だ、カギを撃って破壊すればいい。急いでいたとはいえ間抜けが過ぎる。これならば、ドクターという男も研究は出来ても根本的に頭の悪い人間だという事か。
何にせよ、悪魔の王冠を利用しようとしている時点で頭の出来はお察しなのだろうが。
「地上の人間は、どいつもこいつも」
「ん、何か言った?」
「いや」
浮かんだ苛立ちに身を任せ、コーティーはドライバーを振りかざした。
☆
「なるほど、エネルギー弾か。鉄を壊せるって言うからどんな馬鹿デカいのかと思ったよ、電熱ってわけだ」
絶え間無く連続でネメシスを撃ち込むことによって、錠前は徐々に熱を帯びてその形を変えていく。暫く経つと完全に溶け始め、引っかかる場所を無くしたカギは金属音を立てて床に落ちた。
最初に壁を破壊し始めてから体感で三時間程度になるが、その間に一度も見回りや見張りといった人員は訪れていない。カズマが言うには人員不足らしく、ミザリーやバルログの復活を最優先にしているのもそれが理由なのだろう。悪魔の王冠も情けなさに泣いているに違いない。
「それで、君はこれからどうする?」
ゆったりと立ち上がりながら、カズマがコーティーに聞いた。
「帰るべき場所に帰る。本来なら今すぐにでもドクターを殺したいところだが、如何せん今の状態では不可能だからな」
「それなら、僕と一緒に来るか? 転送装置がどこに通じているかはわからないけど、正面突破するよりはマシだと思うよ」
この誘いに、コーティーはどうするべきかと思案した。確かに幾らドクターが二人の復活にかかりきりだとはいえ、真正面からまともに行ったとしても見付からずに逃げ去るのは至難の技だ。
それに、もしミザリー達が既に復活していたとしたら更に厳しい。何度も言うがコーティー単独ではドクターはおろかミザリーにも勝つのは難しいのだ。それならば、確かにカズマに着いて行くのが無難な選択肢ではあった。
それでも、迷いは短時間の内に振り払われた。
「いや、転送先がわからない以上、俺はお前には着いて行けない。俺の使命は家族やこの島の住人に悪魔の王冠の復活を伝える事だ。それに、ある地区の管理者も務めていてな。早く帰らないと先代にどやされる」
「……そう、残念だな。君がいれば百人力だったのに」
「ドクターと戦う以上、またどこかで会うだろう。お互い生きていればだがな」
カズマはニヤリと笑うと、そのまま先に牢屋から出て扉の反対側、部屋の奥の暗い方向へと歩き出した。どう見たとしても、彼が言う転送装置らしき物はそこには無いというのに。
しかし、カズマがあまりに自信満々に進んで行くのでコーティーも黙ってその後姿を眺めていると、彼は突き当りの壁の前で立ち止まる。そして、壁の上部にある通気口の蓋を外したかと思うと、そのまま登って中へと這いつくばって進んで行ってしまった。
排気口の中からくぐもった声が聴こえる。
「俺には君みたいな勇気が無いから、無理だと思ったら逃げるさ。それでも機会があったらまた会おう」
それを最後に声は聴こえなくなった。カズマを信じなくて良かったと、コーティーは心から思う。最初に感じた通りに彼は自分の身を最優先に考える人間だ。もし共に行動していたなら、いざという時に利用されて囮にでも使われていたかもしれない。
口ではああ言ってみたものの、コーティーが彼の誘いを蹴ったのは第一に信用を置ける相手ではなかったからだ。例えばあれがカーリーのような性格をしていたら、何ら迷いも無く誘いに乗って楽にここを脱出していただろう。
だが、あれはダメだ。戦力にもならず、それどころか足手まといにすらなりかねない。単独ならば生きる可能性が最も高いような人種だとも感じられたが、あくまでも単独ならばだ。団体行動にはあまり向いていないと言える。
今のコーティーには守るべき家族がある。帰るべき家もある。何よりも優先するべきは悪魔の王冠だ、それは間違いの無い事実。だが、自分はあの男のボディーガードをするためにここにいるのではない。
自分の身は自分で守る、だからお前も自衛程度はしてみせろ。既に見えなくなった姿に対し、コーティーはそう心の中で言った。
「……行くか」
回収した袋を背負い、ズボンのベルトにネメシスとそのホルダーを付け直して歩き出す。この先は何が出たとしても、瞬間的に対処しなければ生きては帰れない。
隠密行動ではあるがスピード勝負でもある。敵影が無ければ全力で走るというぐらいのつもりで行かなければならない。こんなところにこれ以上いたとしても、一銭の得にもなりはしないのだから。
扉に手をかけ、一呼吸置いてからゆっくりとそれを開く。突如として飛び込んで来た光に目を潰されかけるが、機械製の眼球は瞬く間に明るさに適応して眩しさを打ち消してくれた。
周囲に人影は無い。ならばさっさと走り抜ける。そう決意し、コーティーはままよと扉から飛び出した。
しかし、聞き覚えのある声が一つ。
「ヘーイ!」
上空から聴こえた、そう認識した瞬間に衝撃が走った。気が付けば地に倒れ伏している。どうしたとしても身動きが取れない。何かによって拘束されてしまっているのか。
一度だけ会った事がある相手だ、あの時は戦わずにお互いが見逃す形になった。生物のような、どこかの電化製品のようなモノ。
「バルログ、か……!!」
「ワオ、覚えててくれたんだ。まあ、ボクは君の名前を知らないんだけどネ」
バルログはコーティーにのしかかったまま、何故か楽しそうな様子を見せた。十年ぶりに復活したからだろうか、とりあえず前回よりもテンションが高いようだ。
そして同時に、コーティーの前に立つ者がもう一人。
「また会ったな、カタワ」
ミザリー、戦争時に死闘を繰り広げた魔女が邪悪な笑みを浮かべながら見下ろしている。
「お早い復活だな、魔女」
「私はもう少し前に起きて冴えない男をミミガーに変えたりしていたんだがな、そいつはついさっき起きたところだ。もっとも、いてもいなくてもあまり変わらないが」
「酷いな、ボクだってちゃんと働いてるんだよ!」
前回の時点で何となく察してはいたが、この二人はあまり仲が良くないらしい。陰険そうなミザリーとあまり頭がよろしくなさそうなバルログだ、根本的に相性が悪いのだろう。
だからといって、バルログがコーティーにのしかかる力を弱める気配は無い。ネメシスに手を伸ばそうとしてみたが、右手も完全に固定されてしまっているようだ。何とか逃れようと全身に力を込めてみても、バルログはピクリとも動いてくれなかった。
なるほど、ミザリーが遠距離ならばバルログは近距離での力仕事担当というわけか。上手く役割が分担されているものだ。
「しかし、ざまあないなカタワ。お前は私がこの手で殺してやりたいところだが、ドクター様は許してくださらなかった。……本来なら牢屋に閉じ込めておくべきなんだろうが、脱出してしまったか。なら絶対に逃げられない場所に放り込んでおくか」
「ミザリー、どうするの?」
「こいつをこの島の迷宮に送る」
「なるほど、あそこに入れられたらお終いだもんね!」
「迷宮、だと?」
十年間も生活していたのだ、この島に何があるかはコーティーも概ね把握している。それでも、ミザリーが言う迷宮については何も心当たりが無かった。
恐らく、島の深部も深部に位置しているところなのだろう。それも二人が言うように脱出が不可能なような。冗談ではない、そんなところに入れられてしまったら、脱出出来たとしてもどれ程先の事になってしまうのか。
時間をかけてはいけない、ドクターの侵攻に島が屈伏してしまう。
「離せ!!」
「おっと、暴れたって無駄だヨン」
いくらもがいてみても、バルログの体重にコーティーの力は及ばない。背、腹、腕、脚、全てを全力で動かし暴れても届かない力がそこには存在した。
不可能に対してここまで抗ってみたのは初めての経験だ。今までのコーティーは、無理だと思ったら直ぐに諦めてその後の対応を考えるような現実主義者だった。だというのに、彼は押し寄せる衝動に突き動かされて暴れる。
自分には使命があるのだ、貴様らなどには干渉出来ないような崇高な使命が。あの駐在所へ、自分の家に帰らなければならないのだ。
「ククク……弱くなったな、カタワ。昔のお前はもっと飢えた猛獣のような凶暴な目をしていたぞ。なのに、今のお前の目は余計な事を知って無駄に澄んだ人間のそれだ」
「何を言っている。俺はロボットだ、目に差などあるか」
「信じるも信じないもお前次第だ。今のお前じゃ、話しててもつまらないだけだな」
じゃあな、と一言告げると共にミザリーが杖を振った。足の先から感覚が消えて行く。ゆっくりとどこかに飛ばされているのだと理解すると、同時に激しい怒りが湧いた。
「ミザリィィィ!!」
最後にコーティーが耳にしたのは、やはり醜悪な女の笑い声だった。
☆
物語は動き始める。湿った洞窟の奥深くでゆっくりと、それでも突如として。
「もう一週間じゃ。捕まったか、破壊されたか。とにかく、帰って来ないと思った方が良さそうじゃな」
「……」
一人の人間が淡々と言った、内心は悲しみに満ちているがそれを表に出さずに。
一体のロボットは無言でいた。両手を握り締めて震えながら立ちすくむ。
ロボットは意を決して歩き始めた。家から去っていく背後から、人間が声をかける。
「どうするつもりじゃ?」
「何も変わらないかな、今まで通りにあの子達を守るわ。それが、私達の仕事だったから」
ロボットが振り返って見せた笑顔は、まるで泣いているようだった。
☆
二足歩行のカエルは、巨大な虫のようなモンスターであるガウディが運び込んで来たロボットを診察していた。ロボットは喰えないからいらないなどと、勝手な事だ。これがミミガーだったなら、間違いなく彼は骨まで食べられてしまっていただろう。
それにしても酷い状態だ。左腕は肩の部分から消失しており、全身には歴戦の戦士の証と思わしき傷が至る所に刻まれている。正直なところ、ここまで稼働していたのが奇跡だと言える。
早急な処置が必要。そう判断した男カエルは、隣のもう一匹の女カエルに声をかけた。
「薬は後どれだけある?」
「最後の一つです」
「ほう、丁度良かったな」
以前の診療所から追い出されて暫くになり、薬の確保は急務だった。それでも彼は出し惜しみなどしない。医者が患者のために妥協など、してはならない事だ。
ラスト一つ。願わくば彼が完全に回復しますようにと祈りながら、医者はその薬を受け取った。
☆
少年に見える男は唐突に目を覚ました。長い間寝ていたのかもしれない。ぼんやりとした頭でそう考えるが、どれだけの時間なのかは皆目見当すら付かない。
周りを見渡してみると、ここは湿気の多い洞窟のようだ。ぽたりぽたりと天井から落ちて来る水滴が顔を濡らして鬱陶しい。起き上ると、せまっ苦しい小部屋のような場所に倒れていたのだとわかった。
そして彼は、自分が何者なのかを考えてみた。何を考えてみても思い出せない。自分の経歴も、どうしてここにいるのかも、名前すらも記憶がぼやけて消え失せてしまっている。
それでも、どこかに行かなくてはいけないというような気がした。ここから出て何かに打ち勝たなくてはならない、そんな使命感が脳裏によぎる。
立ち上がり、フラフラと歩き始めた。目の前の扉を目指して。
誰かの通信が聴こえる。
『スー? いるかー? 俺だー。カズマだー。なんとか逃げ出せたが、迷子になっちまったー。今、何も無いシェルターにいる。見てたら応答してくれー。いないのかー?』
戦わなければいけない、そう思った。頭の中に響き渡る声を無視して彼は呟く。
「武器、落ちてないかな。銃とかがいいな」
表の物語が、始まった。
コーティーは原作開始を迷宮で迎えました、こいつ何時も気絶してんな。
次回からは原作をなぞる……のは間違いないのですが、実はここからはそんなに長くなかったり。
後五話ぐらいで終わると思います。