「ボロスに嫉妬した国王は、 ボロスを捕らえて牢に閉じ込めてとても残酷な刑をしたんです。人間とは恐ろしい生き物です……」
知っているような声が聴こえた。遠い昔にどこかで聴いたような、そうでもなかったような。それでも不思議と懐かしい気持ちになる。
「あまりにも残酷な刑は、ボロスの魔力を暴走させてしまったのです。 暴走した魔力に飲み込まれて王国は滅んでしまいました。彼が愛した国はたった一夜で熱い灰がたちこめるだけの廃墟になってしまったのです」
「何の話だ?」
何も見えない、ただ暗闇の中に浮かんでいるような感覚だけがあった。また自分は気を失っているのだろうとコーティーは思った。
質問に対する言葉は帰って来ない。一方的に語っておいて礼儀を知らない奴だ、文句の一つでも垂れてやろうかと思った矢先に声は続く。
「ジェンカは狂ってしまった弟を空中に浮かぶこの島に幽閉しました。彼女にはそれが精一杯でした。実の弟を殺すことなんて彼女には無理だったのでしょう」
「待て、思い出したぞ。十年前のあの夢か」
「幽閉されたボロスに悪魔の冠を作らせたのはジェンカの娘のミザリーです。彼女は冠に呪われてしまって冠を手にした人間には逆らえない。冠を壊せば呪いは解けます。しかし……悪魔の冠は復活するのです。ボロスが死なない限り何度でも……それぐらい冠にこめられた彼の魂は強いのです」
ここで、以前に見た夢の内容を完全に思い出した。ジェンカに助けられた時に抱いていた何かを忘れているような感覚、それが彼の中に蘇っていく。
言葉の意味自体はわからない、しかし知っている単語があまりにも多すぎる。ジェンカ、ミザリー、悪魔の王冠。どうしてこんな重要事項を自分は思い出せていなかったのかと苛立ちながら、コーティーは少し声を荒げる。
「この際歴史なんてものはどうでもいい、だが答えろ。そのボロスとかいう奴を殺せば王冠は滅ぶんだな、そいつはどこにいる」
苛立ちが通じたのだろうか、突如として空間に光が生まれた。まずはコーティーの周囲にだけ光が集まり、彼自身に自分の姿が見えるように照らされる。周囲に何があるのかは見えない。ただ、暗い水の中を漂っているような感覚だけがあった。
そして、今度は目の前に光が集まる。その光は一つの姿に形を整え、確かな輪郭を作り始めた。見覚えがある。確かに見た姿だ。
「主人はこの島の奥深く、人々の知らないところで確かに生きています。場所を知っているのは彼の姉であるジェンカだけ、貴方にそれを教えなかったのはこれ以上巻き込みたくなかったからでしょう」
「お前は……」
それは、何の変哲もない犬だった。特筆するべき点があるとするならばそれは一つ、ジェンカが飼っている五匹の犬と容姿が完全に一致しているというところだ。
似ているなどというレベルではない、コーティーですら見分けが付かない程に同じ。特に雰囲気がハジメのそれだと、何となく彼は思った。
「ただの犬じゃないのか?」
「使い魔、従者、お好きな解釈で構いません。私達は主人達に仕える少し他とは違う犬です」
声も一方的に語り掛けて来ていたあれと同じ、つまり予想が正しいのならば。
「お前がこの夢を見せてるのか」
「はい、私の力ではただ夢の中でこうやって呼びかける事しか出来ません。それに貴方は起きるとここでの出来事を全て忘れてしまう、これが私の限界なのです」
その場で待てと命じられたかのように座る犬の表情は変わらないが、どことなく悲しそうにも見える。話に出て来るボロスの使い魔、つまりこの夢は魔力によって構成されているという事か。到底、コーティーの理解が及ぶ領域ではなかった。
まだ肝心な部分を聞いていない。
「覚えていないのなら、お前はどうして俺の前にこうして現れた。俺に何を望んでいるんだ」
犬は顔を下に向けて言う。
「私に出来るのは忠告だけです。奇跡が起きて貴方が答えに辿り着けるように、そう道筋を立てられるように。もしここでの出来事を思い出し、貴方が私達の近くに来たのならば……主人を、ボロスを殺してください。そうすれば王冠は二度と復活しなくなります」
「自分の主人を殺せと、そう言うのか?」
「主人は暴走する魔力によって死ぬ事すら出来ません、そして彼はこれ以上の悲劇を望んでいません。苦しみながら生き続けているのです、私はその苦しみから主人をただ解放したいと願っています」
「……」
これ以上コーティーは言葉を出せなくなった。あまりに突飛な展開に頭が付いて行けていない。それでも、迂闊に頷いていい内容ではないとだけは思った。
「カギはそれです」
犬が右の前足を上げて指示した先にはコーティーの右手がある。そこにいつの間にか握られていた物、彼が愛し使い続けた銃が激しい光を放っていた。
「ネメシス?」
「それを持っている限り、貴方は答えに近付いて行くでしょう。しかし、手放してしまうとその時点で答えのレールから突き落とされてしまいます。大切に、大切に持っていてください」
何を今更、そう思った。コーティーにとってネメシスは何よりも大切な相棒だ、手放すなどとあり得ない事を。
当然だと言い返そうとしたところで気が付いた。犬の姿が徐々に薄くなり消えて行っている。
「おい、まだ話は終わって無いぞ」
「申し訳ありません、時間が来てしまったようです。これ以上私に出来る事はありません、それでもこれだけは覚えていてください」
犬は明るく言う。
「女神は確かに貴方と共にあります」
そして、光は弾けて消え失せた。
☆
薬。それは生物の怪我や病気、様々な疾患に対して使用される物の機具以外全般を表すものである。生物ではないためにとんと縁が無く詳しくは知らないが、コーティーにとって薬とはそのように教えられていた。
色々と曖昧ではあるが、とにかく生物を治すために飲んだり塗ったり貼ったりするものだという考えに間違いは無いだろう。あってもらっては困る。
間違いなど、無いと言ってもらいたい。
「すまん、もう一度言ってくれ」
「運ばれて来た君は色々なところが壊れていた、だから私が薬を使って治したんだ」
「ロボットの俺をか?」
「ロボットの君を」
自分が座るベッドの脇に立つ男によって繰り返された言葉に、コーティーは思わず頭を抱えた。まさか目覚めて直ぐに、自分が自然に生まれた生物なのではないかと疑う羽目になってしまうとは。
そもそもだ、改めて考えるまでもなく、ロボットであるコーティーの身体には薬が作用する臓器や細胞を持った箇所など存在していない。だというのに、このカエルをデフォルメ化して巨大化させたような医者は薬を使って治したと言い張っている。
出鱈目を言っているのではないかとまず最初に思ったが、確かに歴戦の傷の細やかなものまでが消えているので、修理をされた事自体は間違いない。そして周囲に修理機具が一切無い事からして、物理的な意味での手は施されていないと予想された。
つまり、本当にこのカエルはコーティーを薬だけで治療したのだと結論付けられる。何を言っているのかさっぱりわからないが、そういう事なのだ。
いや、百歩譲ってここにはロボットに効く薬が存在するのだとしよう。だがこれはどう説明してくれるつもりなのか。
無くなって十年経つ左腕が、確かにここにある。それもパーツを使って直したのではなく、本来あった通りの最初期の姿のように光り輝いて。
正に自分の腕だとコーティーは確信していた。
「薬で腕が生えるのか」
「君に使った万能薬は、記憶領域に干渉して身体を最善の状態に戻す効果を持っている。安心しなさい、薬とは言っても無害なナノマシンを投与したにすぎない」
「……都合の良い薬もあったもんだ」
「万能薬と銘打つだけはあるだろう?」
納得は出来ないが、理解はした。あまりにも便利なオーバーテクノロジーがこの島に存在していたのもそうだが、そんな物を自在に操る医者がこんな迷宮にいた事にも驚きを禁じ得ない。
単純に地上よりも優れた技術だ、表舞台に出たならば世界に革新が起こるだろう。本人がどう思っているのかはコーティーの知るところではないが。
それよりも。
「……銃は、俺の荷物は?」
気になるのは、そっちだった。
☆
ドクター下呂と名乗るカエルの医者が去り、一人となった病室の中でコーティーは物思いにふけっていた。
悪魔の王冠の復活。どこともわからぬ迷宮に飛ばされ、そして果てには唐突な左腕の再生。あまりにも整理するべき情報が多すぎる。
まずは、この迷宮についてだ。全て下呂からの情報になってしまうが、幸いにも彼はここに住んでいるだけはあって迷宮に関して詳しかった。
迷宮とは名ばかりのほとんど一本道のような構造をしているこの洞窟は、下呂達の他にはガウディと呼ばれる虫のような種族が住んでいるらしい。
そして、最深部には出口と共に何かがあって、そこに通じる道は巨大な岩によって封じられてしまっているそうだ。何かに関しては、下呂も知らないらしく教えてもらえなかった。
ガウディは最初からここにいたのではなく、最深部のその何かを守るために連れて来られたのだとか。しかし、それは遠く昔の事で今のガウディは守るべき何かをやはり忘れている。本末転倒だろうと言ったコーティーに対し、カエルはただ笑うだけだった。
そして、ここで意外な名前が飛び出す。この迷宮を作ってガウディ達を閉じ込めたのは、ジェンカという名の魔女だと。
魔女、あのジェンカがだ。
コーティーにとって魔女と言われて真っ先に思い出すのはあの怨敵であるミザリーだが、まさかジェンカとは。十年間共同生活のような事を続けておきながら、あの婆さんは自分が魔女であるなどと一言も教えてはくれなかった。
いや、よくよく考えてみればヒントのようなものは幾らでもあったのだろう。例えば、悪魔の王冠やそれに関係する赤い花に関してやたらと詳しい。悪魔の王冠は魔力の塊だ、つまり魔力に関して詳しい彼女が魔女であったとしても何らおかしくはないだろう。いや、その方が自然だとすら思える。
教えてもらえなかったのは、信頼の無さが理由なのだろうか。わかりはしない。それでも、彼女に聞くべき事が山程に増えてしまった。
迷宮に関して考えを戻す。外界に通じる転送装置のような類の物は確認されていないらしく、外に出るには最深部にあるらしい出口を目指さなければならない。しかし、前述の通りに通じる道は巨大な岩によって閉ざされており、その岩は力持ちのガウディ達が束になっても持ち上げられないような大きさなのだとか。
コーティーにとって掘削に使えるような道具は、下呂によって保管されていたネメシスだけだ。それ程の大きさでもないカギならば壊して見せたネメシスだが、まず基本的には物の破壊作業には向いていない。つまり岩の破壊は不可能と言える。
当然ながらそう都合良くつるはしやドリルのような作業道具が存在している筈も無く、残念ながら暫く考えてみても岩への対抗策は全く思い浮かんでくれなかった。どこを見ても出口など存在していない。正に八方塞がりではないか。
「……冗談じゃないな」
ツッコミ役がいなければ寂しいだけだ、カーリーや犬達の存在が恋しくなる。とにかく、迷宮に関しての情報はこの程度だ。これからの行動は大岩を破壊する方法を探す事がメインになってくるだろう。
次に左腕に関して。しかし、これに関しては何というか、あまり考えたくないのがコーティーの本音だ。
第一に、どれ程強力なナノマシンを使っていたとしても、無くなった腕が生えるなどとあり得るものか。細やかな傷すらも無くなっているのは良いとしても、腕は非現実的がすぎる。
いや、確かに左腕の復活は嬉しい。これで戦闘力も全盛期の頃に戻るだとか、日々の生活で不便な思いをしなくて済むだとか、家族に気を遣ってもらわなくていいようになるだとか。多くのメリットはあれどデメリットは全く存在していない。
だから、もう考えないようにした。左腕は何やら特殊な薬を投与された事によって見事に復活してくれた、しかも細かな機能や年季が入ってガタが来ていた身体も完璧に修理され尽していた。それでいいのだ、もうこれ以上は関わるべきではないという気すらしてくる。
戻って来た機能も多く、例えば以前に失われた事で不便な思いをした暗視カメラ等も復活している。中でも最もありがたかったのは、通信機能の復活だ。
まずこれに気付いたコーティーは、地上に対して通信を飛ばした。しかし帰って来るのは、まるでテレビに流れる砂嵐のような、ザーッというノイズ音ばかり。どの周波数でもそうだ。恐らく、コーティーが所属していた国の通信回線はもう使い物にならなくなっているのだろう。
かつてミアキドは地上に多くの暴走ミミガーを送り込んだという。その影響で国の機能が麻痺したのか、それとも国自体が滅んでしまったのか。詳しくは確かめる術も無い。切羽詰っていて頭が回らなかったが、カズマに確認を取っていれば良かった。
他のキラーロボット達への通信も途絶えている。全滅したか、それとも此方も回線自体が死んでしまっているか。もう十年にもなるのだから、通じなくて当たり前なのだと諦めたくない。だが、悪あがきが意味を成さないのもまた事実だった。
とにかく、独力で何とかしなければいけないのは今までだってそうだったのだ。新たな情報も大量に入っているのだから、まずは他よりも自分の事をどうにかしなければ。
色々と考えてはみたものの、最終的な目的自体はあまり変わっていない。第一にこの迷宮を脱出して砂区に帰還し、ジェンカに報告と様々な質問をする。そして謎を解き明かしたところで悪魔の王冠を打倒。最終的な目標はドクターだが、ミザリーにも一矢報いなければ。
それにしても、あの腐れ魔女には腹が立つ。不意打ちのような真似をしてロクに戦わずに迷宮送りにするとは。今度会う機会があればこの手で撃ち殺してやると、以前は自分が不意打ちで勝った事を棚に上げながら、コーティーは心の中に炎を灯す。
ちなみにバルログに関してはどうでも良かった。特に深く話したわけでもないのだが、彼は何となく良くも悪くもイイ性格をしているように思える。言ってしまえば、あまり警戒するべき要素が無いのだ。飛行能力と力はあるようだがただそれだけ、戦闘になったとしても遠距離から撃っていれば完封出来るという確信めいた予感もあった。
とにかく、左腕が戻って来ている以上はもう誰にも負ける気などしない。二丁目のネメシスは相変わらず失われてしまっているが、それでも戦闘中に行える動作には雲泥の差がある。ドクター戦のようにわざわざ銃を持ちかえて無様な隙を晒す事も無くなるのだ。
そう考えてみれば、気は少し晴れた。やはり無意識の内に鬱憤が溜まっていたようだ。片腕を苦にしていないつもりだったが、ストレスは蓄積してしまうものらしい。
思考を中断し、一つ大きく息を吐く。我ながらロボットらしくない行動だとコーティーは思ったが、最近はジェンカやミミガー達と共に生きているからか、生物のような行動も多くなって来ている。目の前にカーリーという人間臭さの達人と言うべきロボットがいるので、その影響も大きくあるのだろう。
ベッドに座りながら左手を軽く握ってみると、意思に反して動作に若干のタイムラグがある。なにせ十年ぶりの左手なのだ、やはり感覚がまだ追い付いてくれていないらしい。
何にせよ三日間は安静にしていろと下呂からは指示が降りている。焦る気持ちはあるが、完全に治りきっていない以上はあまり無理をするべきではない。明日辺りからリハビリを始めるとしよう、そう決意してコーティーはまた物思いに耽り始めた。
☆
「泥棒に入られてな、お前の欲しがってるような武器はねえよ」
「……そうか、それは災難だったな」
退院という形で下呂の元から去って二日、コーティーは迷宮を歩き回りながら奥に通じるルートの構築や情報収集に勤しんでいた。まだ迷宮の最深部に挑んではいないが、そろそろ有益な情報も出揃って来たので、期は熟したといったところだろうか。
奥に通じる道には門番らしき者が存在しているらしく、それはモンスターXと呼ばれる巨大な機動兵器だと噂されている。よくはわからないが、とりあえず強敵ではあるのだろう。
念には念を、準備は大切だと思い至ったコーティーは迷宮の中にある武器屋を訪れた。結果は残念ながら会話の通りだ。片手でも使いやすい銃を所望してみたところ、目の前のガウディは無いの一点張りで通している。
しかし、間の悪い事だ。武器屋を見付けて幸運に感謝したというのに、上げて落とされるとは。
「時間をくれれば作れるぜ、パーツは結構余ってるからな」
「どれぐらいかかる?」
「二週間ってところだな」
「……そうか」
流石に遅すぎる。やはり、しっかりとした銃を作るにはそれなりの時間がかかってしまうものらしい。コーティーはこうやって時間をかけて迷宮を探索しているとはいえ、それは効率的に脱出を目指しているからであって暇を持て余しているからではない。
二週間となれば、もう外の世界ではドクターの侵攻が取り返しの付かない程に進んでしまっているだろう。今からでも脱出を開始しようというところなのに、必要以上のタイムロスを認めてなるものか。
あまり時間が無い旨を伝えて断わりと謝罪を入れると、チャバと名乗るガウディは少し残念そうな顔をしながら頷いた。
「すまねぇ、また良かったら寄ってくれ。それまでにお前が満足しそうな銃を作っとくぜ」
「ああ、また時間がある時にでも来よう」
それだけを言って、背を向けて歩きだす。モンスターXの対策は結局立てられずじまいだが、こうなってしまっては仕方が無い。最後に行き止まりだという方向に迷宮を遡り、行ける場所を全て確認してから奥に進むとしよう。
沢山のガウディ達が溢れる中をコーティーは歩く。ここはガウディの休憩所や集会所も兼ねているようだ、何か用事があってここに集まっているのだろう。
もしかしたらこの島で最も栄えている種族なのかもしれないと、そんな事を考えながら彼は真っ直ぐに脇目も振らずに歩いて行った。
だからこそ、ガウディの群れが壁になって互いに気付けなかったのだ。自分のすぐ傍をロボットが通った事に、その顔が自分にそっくりだという事に。
こうして兄弟の再開は果たされない。正史の主人公は、導かれるままに真っ直ぐと明るい道を歩き続けるだけだった。定められたルートはただ進行していく、部外者の介入は許されないと告げるように。
数時間後、モンスターXは撃破される。コーティー以外の何者かの手によって。
ちょっと遅くなりました、展開が早いですがコーティーの視点オンリーだと仕方ないのです。クォート視点だと原作そのままになってしまいますからね。
コーティーとカーリーは入れ違い。薬でロボットを直す(治す?)とか本当にどうやってるんでしょう……
ごたごたとした説明回になってしまいましたが、話の裏ではクォートのストーリーも変わらずに進んでいます。つまり、この時点でキングとトロ子は……何故に生存ルートが無いのですか!?
次回、ブースター死す。デュエルスタンバイ!