碇・アスカ・ラングレーの逆襲   作:しゅとるむ

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いきなり第八話 ASUKA STRIKES BACK(Aパート)

 太平洋の波濤を乗り越え、進むその艦の名は、イエロー・ブリック・ロード。国連海軍の誇る正規空母オーヴァー・ザ・レインボー級の二番艦に当たる。

 

 僚艦として右舷に見えるのは、同じく三番艦のウィザード・オブ・オズだ。

 

 そのイエロー・ブリック・ロードの甲板上に、エヴァンゲリオン弐号機の引き渡しに訪れた特務機関ネルフの葛城ミサト一尉と、彼女に引率されたシンジ、トウジ、ケンスケの三人の少年たちは立っていた。

 

「おぉぉぉ!国連海軍の誇るオーヴァー・ザ・レインボー級新鋭空母が二艦も揃い踏みだ!これが男なら涙を流さずにいられようか!!」

 

 と眼鏡の少年、相田ケンスケが歓声を上げながら、ビデオカメラを回す。トウジやシンジもケンスケほどの熱狂ぶりではないが、広大な甲板の規模に圧倒されている。

 

 三人の少年は艦上特有の強風に吹かれながら周囲を見回す。すると、黄色いワンピースに身を包んだ白人風の少女がシンジたちを見つけ、猛然と走って近寄ってきた。彼女の進路に立っていたトウジとケンスケは、

 

「邪魔!」

 

との一言の下、少女に肘を突かれ、弾き飛ばされる。

 

「な、なんやこの女!いてまうぞ!」

「あー、俺のメガネが……!ビデオカメラが……!」

 

 尻餅を付いた少年たちの怒声や阿鼻叫喚もどこ吹く風とばかりに、少女は残る一人の少年、シンジににじり寄った。年の頃は、十四、五、シンジたちと丁度同年代なのだろう。背丈も同じくらいだった。くっきりした目鼻立ちや色素の薄い長い髪、肌の色から純血でないにせよ外国人の血が混じっている事が伺われた。

 

 鋭い眼光をたたえ、しかし、少女は急に、その猪突猛進な態度を沈静化させ、不思議そうな表情で、どこかぼんやりとシンジの顔に手を伸ばし、ほっぺたをつまみ、身体のあちこちをペタペタと触ったりしている。

 

「あ、あの……」

 

 シンジは突然の、見知らぬ少女からの身体的接触、とりわけひんやりと冷たい掌の感触にどぎまぎする。

 

 顔を至近まで近付け、矯めつ眇めつシンジの顔を眺めていた金髪の少女は、やがて俯くと。

 

「ちゃんと………てる……」

「え?」

 

 シンジにはよく聞き取れなかった。少女はそのままずっと俯いていた。

 

「あの……」

 

(まさか泣いてるの?)

 

 シンジが声を掛けようとすると、途端に少女は顔を上げて、明るい声を出した。

 

「やっぱ冴えないわね、アンタ!」

「はあ?」

 

 とんでもなく失礼なことをいきなり告げられて、シンジも憮然とするより前に、唖然とする。

 

(さ、冴えないって確かにそりゃそうだろうけど……)

 

「でもま、素材は最悪って訳でもないし、我慢の範疇かしらね」

 

 人生は忍耐って言うものね、と少女は一人で納得したようにうんうんと頷く。改めて少女の顔を眺めると、その実、驚くほどの美少女だった。確かにこのアイドル顔負けの容姿を持つ少女にとってみれば、凡百の男子など冴えないの一言で切って捨てられる事だろう。

 

「あの……冴えないは分かるとしてやっぱりって……それに、我慢って……?」

「ああ、安心しなさいよ、アタシが来たからには冴えないアンタの惨めな人生も、これから、ちょっとはマシになるわよ」

とまるで、答えになってないような返答を返された。

「ミサトさん、あの、この子は……エヴァの関係者なんですか?」

 

 保護者を振り返り、説明を求めるシンジだが、ミサトの顔にも当惑の色が浮かんでいるのを見て、さらに不安になる。

 

「え、ええ……紹介するわ。エヴァンゲリオン弐号機専属パイロット、セカンド・チルドレンの惣流……」

「違うわ、ミサト」

「え?」

 

 顔見知りの少女に早々に紹介した内容を否定され、ミサトも怪訝な顔をする。

 

「アタシの名前は、碇・アスカ・ラングレーよ」

 

と少女は胸を反り返らす。

 

「碇?……あ、もしかして、僕の親戚だったり……」

 

 父は、親戚付き合いがほとんどなく、しかも六分儀ではなく碇というなら母方の親戚の筈で、それで知らないのかとシンジは合点した。

 

「い、いや……そんな話は聞いてない……シンジ君……」

 

とミサトがアスカの方へ踏み出そうとするが、アスカはミサトから遠ざかり、シンジの陰に隠れるように位置を取る。

 

「親戚?……ま、当たらずとも遠からずね」

 

 そして、アスカはふんすと鼻息荒く、バッグから出した書類をシンジの前に差し出した。

 

 その書類には、「夫になる人」という欄があり、碇シンジ、とシンジの名前が書いてあった。「妻になる人」の欄には、「惣流 アスカ・ラングレー」と書かれている。

 

 その書類の意味がシンジには全く理解できない。

夫?妻?一体、何のことなのか。言葉の意味が上滑りして頭の中に全く入ってこない。

 

「……あの、キミって一体……誰なの」

「アタシ?……アタシはアンタのお嫁さんよ。だから配偶者を親戚の一種として捉えるなら、当たらずとも遠からずと言ったのよ。ま、もちろん妻は親戚じゃないけどね」

 

 お嫁さん?次々に濫発される目新しい単語に、シンジの頭が目まぐるしく回転するが、とても理解には追い付かない。

 

「……な、何言ってるんだよ、突然……」

「あれれ、赤くなってる。可愛い所あるのね」

「か、からわないでよ。何かの冗談なんだろ。えっと……惣流さん」

「だからもう名字はアンタと同じ碇になるんだって。アンタにはアタシを名字呼びは出来ないの。夫婦なんだから」

「ば、バカなこと言わないでよ」

「いいから観念して、アスカって呼びなさい。あ、アンタ限定でね。そこらに転がってる山猿みたいなスケベな男子たちは当然、呼び捨てお断り。これはアタシの夫の特権だから」

 

 このびっくりするぐらい綺麗で、信じられないくらい言葉遣いと性格の悪そうな(多分)女の子の……夫が僕?

 やっぱり、まだ意味が分からない。

 

「あ、あの、アスカだっけ……僕、君が何を言ってるのか全く分からないんだけど……」

「あら、頭だけでなく耳まで悪いのかしら。アンタ、サードチルドレンの碇シンジでしょ?」

 

 事ある毎にこちらをバカにしてくるアスカという少女に、いくら美少女とはいえ、シンジもさすがにムッとする。

 

「む……そ、そうだけど」

 

 それを聞いて、少女は頷き、やっぱり合ってるじゃん、と呟いて、

 

「アンタ、自分の幸運さをちゃんと理解してるのかしら?」

「な、何が」

「アタシがアンタのこと、もらってやるって言ってるのよ。要するに」

 

 と耳元に口を近付けて、小声で囁く。

 

「冴えないアンタをアタシのお婿さんにしてあげるってこと。ありったけ、一生ぶん、感謝なさいね」

「だからお嫁さんとか、お婿さんとか……何で僕が、初めて会った君なんかと……」

「…………」

 

 すると、少女は少しだけ寂しげに俯き、それから物分かりの悪い少年を哀れむようにやれやれと溜め息をついた。

 

「よくアタシの事を見なさいよ。アンタ、今までの人生でアタシより可愛い女に会ったことあるの?」

「え……い、いや、それは……確かに……ないけど……」

「可愛いでしょ?アタシ」

「そ、それは、確かに可愛い……けど。でも!まだキミの事、何も知らないしっ!」

「見た目が可愛ければ、男はそれでいい筈でしょ?人は見た目が九割、っていう日本のことわざもあった筈よ」

「そんなの……あったかな……」

「とにかく、情けないアンタの人生で最初で最後のラッキーチャンスよ。ね、これから、艦を降りたら帰りの足で、一緒に市役所に行こう?そしてアタシと夫婦になろう?」

「ちょ、ちょっと待ってよ!ミサトさん!!」

 

 呆然と二人のやりとりを眺めていたミサトが我に帰った。

 

「あの、アスカ……何があったのか知らないけど、あなたシンジ君を知ってるの?」

「サードチルドレンの資料ならドイツの第3支部でちゃんと貰ってるわよ」

「つまり、その資料で知ってるだけ?」

「ん……まーね」

「それでシンジ君を気に入ったのだとしても、そこから幾らなんでも、結婚ってのは飛躍し過ぎじゃない?」

「別にアタシが誰と結婚しようと、誰にも文句は無いでしょ」

「僕はあるよ!いきなりそんな事を言われても困るよ……」

 

 シンジが赤面しつつ大きな声を張り上げると、アスカはあら居たのアンタ?と言わんばかりの表情でちらりと見て、

 

「ハァ?……アンタの反対に一体何の意味があるのよ」

 

 虫けらに対して宣言するように言い放った。

 

「いや僕自身が反対してるんだよ!……当事者じゃないか!……結婚は両性が同意しないといけないとか、そういうのが法律……か何か……に有るんじゃないの……?」

「両性?アタシが同意すれば問題はないでしょ。アンタは損なんて何もないんだから。アンタの同意はアタシが代わりにしてあげるわよ」

 

 そして、ポンポンと肩を叩いて耳元で囁く。

 

「素直に結婚すれば、今ならエッチもやりたい放題させてあげるから、ちょっとだけいい子にしてなさいよ」

 

と、この類い希な美少女は甘やかな囁きで少年の顔を赤らめさせた後、あらかじめ用意してあったのか碇という三文判をショルダーバッグから取り出し、空母の耐熱処理された甲板に書類を置いて、

 

「ほら、判子も用意してあるから、とっととこれを捺して。ぽんぽんってね」

「捺せるわけないだろっ!」

 

 そこにミサトが遅まきながら割って入る。

 

「というより、その前にあなたたちは中学生でしょ、十八にならないと、そもそも結婚は無理よ。諦めなさい、アスカ」

 

 アスカはその言葉に不満を隠さないが、ミサトに婚姻届を取り上げられて、しょげ返って見せる。

 

「アスカ、これは一体どういう冗談なの?シンジ君をからかうにしても、少したちが悪いんじゃ……」

 

 しかし、その後すぐにアスカは舌を出して、笑って見せる。

 

「なーんてね。日本ではアタシたちの歳では結婚出来ない、そんなのはとっくに知ってるわよ。日本って何でも保守的でダメな国ね」

 

(……中学生で結婚できないのは保守的というより、当たり前じゃないの……)

 

 シンジは突っ込もうとしたが、金髪の安達が原の鬼が怒り出しそうなのですんでのところで止めた。とにかくこれはアスカという少女の仕掛けた冗談だったらしい。少しだけ残念なような……もったいなかったような。そんな事を僅かに考えていると、少女はまた話しかけてきた。

 

「ところでウルグアイって国を知ってるかしら」

「……ウルグアイって南米の?」

「素晴らしい国があるものよね」

「まさか」

 

 シンジは嫌な予感をして、一歩下がるが、すぐアスカに腕を掴まれる。彼女は再びショルダーバッグから、今度は横文字の書類を取り出した。

 

「スペイン語だから、あんたにはどうせ読めないだろうけど、結婚証明書と言えば、お分かり頂けるかしらね?」

 

 書類には、アスカの写真ばかりではなく、その横には、勝手にシンジの写真が貼られていて、2つの写真の上に割り印が捺されていた。

 

「このウルグアイという国では、男は十四歳、女は十二歳で結婚できるのよ。それがどういう意味なのか、分かるかしら、碇シンジクン?」

 

 シンジはへたり込み、アスカは心底愉快で堪らないという顔で、そのシンジを見下ろして、気の毒そうに言った。

 

「アンタ、もう法律的にはアタシの夫なのよ」

「NOOOOOOOOOOOOOOO!!」

 

 シンジの絶叫が新鋭空母の上に響き渡った。

 

「なるほど、スペイン語では否定はNO()か。生きたスペイン語会話を学んでるな、碇……」

「見てくれは兎も角、中身は残念極まりない女やな。ワシら、お前には何もしてやれん。堪忍や、シンジ……」

 

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