無限大の星   作:サマエル

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第1話:芽吹いた桜

時刻はもう深夜に入ろうとしていると言うのに、真昼のような閃光が爆音と共に振動を伴って街を揺るがす。

レトロな風景も、温もりある町並みも、すべてが黒煙と瓦礫に埋もれていた。

 

「警戒級霊力感知、前データ比率280%!!」

 

「ダメだ! このペースだと避難区域到達まで3分ねぇぞ!!」

 

瓦礫と瓦礫の間を縫うように、目にも止まらぬ速さで巨大な影が二つ通り抜ける。

また、爆発が街を揺るがした。

その影から、異形とも言うべき怪物が姿を現した。

蝙蝠の様な羽を広げ、爬虫類を思わせるほどの尻尾を振り、口以外の器官を失った顔面には無数の牙が光る。

数百年の昔からこの地に積もる怨念を糧に歴史の陰に潜み続けてきた人類の敵。

その名を『降魔』という。

 

「前方に妖力反応あり! 目標補足!」

 

言うや影の一つが勢いそのままに怪物の集団に突撃した。

多くは反応する間もないまま、身を切られてたちまちのうちに肉片へとなってその場に散る。

運よく空へ飛び上がった3体も、続けざまに放たれた弾丸のようなものに蜂の巣にされ、文字通り粉々になった。

 

「ギシャアアッ!!」

 

銃声に気づいた周囲の降魔たちが一斉に建物の影から飛び出してくる。

だがそれは同胞が殺されたことに対する怒りではない。

純粋に喰らう獲物を見つけたことに対する動物的本能である。

 

「リカ、構えろ!!」

 

「バッキューン!!」

 

ここで初めて風だったものが地面に足をたたきつけ、両脇の銃を派手に撃ち鳴らす。

まるで射的ショーのように、迫り来る降魔の軍勢をひき肉に変えた。

 

「グアアアッ!!」

 

僅かに遅れて飛び出してきた大物の降魔が、豪腕を振りかざしリカと呼ばれた緑色のロボットのようなものに迫る。

だがその豪腕に明後日の方向から飛んできた鎖が勢い良く絡みついた。

幾重にも巻かれたチェーンが豪腕を引き絞り、降魔は苦悶の叫びを上げる。

 

「カンナっ!!」

 

「おっしゃあ!!」

 

チェーンを引き絞る黒いロボットに、リカと共に疾駆していた赤のロボットが応える。

刹那、その右腕が突如炎に包まれた。

 

「桐島流派奥義……公相君!!」

 

猛虎の咆哮が如き爆炎の一撃が、降魔の柔肌を貫き風穴を開ける。

体が上下に分断された怪物の生死など、確かめるまでもない。

 

「キリがねぇ……、隊長は!?」

 

「カンナッ!」

 

辺りを見渡す赤の下に、青い身の丈はあろうかと言う斧を持ったロボットが駆け込んできた。

その様子から、かなり焦っている事が分かる。

 

「グリシーヌ!? マリアたちはどうした!?」

 

「西側が突破された! ヤツめ、妖力が尽きるどころか溢れる一方だ!!」

 

「……てことは……」

 

言われて赤は爆炎の中心地を見る。

山ほどはあろうかと言う巨躯。

それが生命体と言う情報一つで、如何に強大な存在かが見て取れるような怪物。

赤は悔しげに握り拳を振るわせる。

 

「隊長はもう向かってんだな……アタイらも行くぞっ!!」

 

4機は一斉に降魔が湧き出る主要道路を真正面から突進を開始した。

彼女達は『霊子甲冑』を駆り、この降魔と呼ばれる人智を越えた存在から人々を守る霊力によって選ばれた女性達。

人は彼女達を『華撃団』と呼ぶ。

 

「隊長!!」

 

「カンナ!! 来てくれたか!」

 

赤の霊子甲冑、『桐島カンナ』の姿に、隊長と呼ばれた二刀を持つ白の霊子甲冑は安堵の声を漏らす。

彼の名は『大神一郎』。

霊的組織の祖である『帝国華撃団』総司令にして、最前線で戦う隊長でもある。

 

「大神司令! 北方、南方、西方部隊も揃いました!!」

 

「分かった。何としてもここで食い止める! 新次郎! 空中支援は任せたぞ!!」

 

「了解! 星組全機、上空より地上部隊を支援してください!!」

 

「「了解!!」」

 

「「イェッサー!!」」

 

色違いの総勢16機の霊子甲冑による総攻撃。

各々が持ちうる最大限の霊力を得物に込め、流れるように叩き込む。

ある者は業炎、ある者は氷刃、ある者は旋風、ある者は雷撃。

これまで都市を、人々を脅かしてきた数多の脅威を退けてきた、希望の象徴とも言うべき一撃の数々。

 

「チィッ! まるで手ごたえがねぇ!!」

 

「……まずい! 防御体制を……」

 

まるでハエを払うかのように、ビルほどはあろうかと言う巨躯の豪腕が横に凪いだ。

ギリギリで散開し辛うじて直撃を防ぐが、これではジリ貧だ。

大神の顔に焦燥が浮かぶ。

そのときだった。

 

「ストリウム光線!!」

 

遥か天空から、眩い光線が巨大な影を直撃する。

かつて紐育に降誕した真紅の巨人「ウルトラマンタロウ」。

 

「ハッ!!」

 

逆方向から飛来した巨人が、L字に組んだ腕から光線を発射し牽制する。

3000年の長きに渡り巴里と共にあり続けた伝説の巨人「ウルトラマンティガ」。

 

「ダアアッ!!」

 

「ヘアアッ!!」

 

今度は地上から、瓜二つの顔をした二人の巨人が、同時に青白い光線で攻撃する。

2度にわたりこの帝都を降魔の脅威から守ったM78星からの使者「ウルトラマンゾフィー」、「ウルトラマンジャック」。

時に彼ら華撃団を助け、時に彼ら華撃団に助けられ、共に平和を守り続けてきた巨人達の、決死の一斉攻撃。

しかし、倒れない。

無理もないと、大神は思う。何故なら……

 

「無駄だ……。幾千の恨み……、幾万の業……その全てを糧とする私に……お前達は小さすぎる……」

 

強いどころか、こちらを敵としてすら見ていないまでの圧倒的な力。

何度攻撃を仕掛けようとも、何度決死の一撃を加えようとも、倒れることのない不死身の肉体。

そして、人智を遥かに超えた威厳すら漂う風格。

その名、『降魔皇』……。

 

「大神さん、このままでは……」

 

「ああ……。これほどの力を持つ降魔皇から帝都を守るには……最早あれを使うしかない……」

 

「『帝鍵』と……五輪柱の陣……」

 

「そして、我々の『ファイナル・クロス・シールド』……」

 

大神たち人間には、最後の切り札が残されていた。

帝都の秘められた家系のみが生み出すことの出来る、現世と異界の境界を切り裂く力を持つ神器『帝鍵』。

そして妖力を糧とする魔の存在を押さえ込む封印術『五輪柱の陣』と、M78に伝わる、敵を物理的に遮断する合体技『ファイナル・クロス・シールド』。

この陣を組んで降魔皇の身動きを封じ込め、帝鍵で切り開いた異界に敵を封じ込める。

それが、大神たちに残された最後の切り札だった。

しかし……、

 

「しかし……、この陣に使用する霊力は膨大すぎる……。花組・星組の全員が揃っていないこの状況……、もし使えば……」

 

「うむ……。例え無事で済んだとしても……我々全員が戦うための霊力は、最早失われてしまうだろう……」

 

霊力とは、人の生きる力そのもの。それが果てたとき、その命の華は枯れてしまう。

これほどまでに強大な力を持つ相手を封じ込めるために要する霊力は、並大抵のものではない。

良くて霊子甲冑の起動が出来なくなるほどの枯渇。下手をすれば命すら落とすかもしれない。

命がけの最後の切り札に、誰もが躊躇し、言葉をなくす。

 

「……やりましょう」

 

一人の声が、沈黙を破った。

 

「そして……生きて帰ってきましょう。あたし達が愛した、この帝都を……世界を守るために……!!」

 

その言葉に、全員の顔が変わる。

そうだ。やり遂げよう。そしてまた、全員で生きて帰ってこよう。

それが、自分達の成さねばならない、至上命題なのだから。

 

「よし……陣を発動させる! 配置につけ!!」

 

「「了解!!」」

 

「紐育華撃団、上空所定位置を確保してください!!」

 

「「イェッサー!!」」

 

地上で2人1組となった10機とその上空を旋回する5機。

そして更に上空を4人の巨人が制圧し、円の中央に新次郎機に乗った大神自身が帝鍵を手に構える。

 

「行くぞっ!! 五輪柱の陣、発動せよ!!」

 

霊力を具現化した、巨大な円柱状の結界が生み出され、降魔皇を包み込む。

さらにその上から、巨人のエネルギーを具現化した金色の蓋のような結界が出現した。

そして、帝鍵を逆手に持った大神が跳躍し、降魔皇目掛けてその刃を突き立てる。

 

「うおおおおおおっ!!」

 

次元を切り裂く刃を以ってしても、降魔皇の体に傷をつけることは出来ない。

だが、目的はそこではない。

降魔皇の立つ地面の境界が切り裂かれ、混沌に包まれた空間が出現した。

神器の力で、降魔皇を封じ込める空間を生み出したのである。

 

「……無駄なことを……」

 

「今だ!! 押さえ込め!!」

 

「「イェッサー!!」」

 

低い声で、一言だけ呟く降魔皇に、霊子甲冑と巨人が一斉に飛び掛る。

膠着すること数秒。

稲妻が飛び交う激しい衝撃と閃光が世界を包む。

果たしてその場に建物は一切が消滅。

降魔皇も巨人も霊子甲冑も、すべてが消えうせていた。

彼らは何処へ行ったのか。

その答えを指し示すかのように、衝撃の中心には、淡い光を放つ神器が、ただ突き立っていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大正19年。後に「降魔大戦」と呼ばれることになる死闘は、三都華撃団と巨人たちによって終結した。

彼らの消滅という、大いなる犠牲と引き換えに……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

これが、僕が知る三都華撃団の最後の戦い。

彼らの、そして共に戦った英雄達の話を聞いて、僕は決意したのだ。

 

 

彼らが愛し守り続けた星……、『地球』へ行ってみたいと……!!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無限大の星

 

 

 

<第1話:芽吹いた桜>

 

 

 

懐かしい夢を見た。

 

「……どうかされましたか?」

 

怪訝そうに尋ねる秘書の声に、無意識に微笑んでいたと気づく。

このところ様々な書類と睨めっこばかりしていたので、心配をかけていたかもしれない。

 

「久しぶりに、思い出に浸る夢を見ましたの。今の家を見たら、どんな顔をするかしら?」

 

その言葉に、秘書『竜胆カオル』の口元もふっと緩んだ。

 

「そうですね……。すみれ様がこちらに帰って来られている事にまず驚かれるかと」

 

「ホホホ……、違いありませんわ」

 

10年前のあの日、様々な理由で戦場に立てなかったものがいた。

この大帝国劇場の支配人『神崎すみれ』もまた、その一人だった。

かつて帝国華撃団の一員として神崎風塵流の薙刀を戦場で存分に振るい、一度舞台に立てば帝国歌劇団花組のトップスタァとして老若男女を魅了した才女。

ここはその帝国華撃団花組の総本山、大帝国劇場の支配人室である。

 

「失礼します」

 

その扉が開かれたのは、談笑を終え書類との睨めっこを再開しようとしたときだった。

 

「あら天宮さん、稽古中にごめんなさいね」

 

遠慮がちに入ってきたのは、空色の着物と赤の袴が印象的な少女だった。

背中まで伸ばした黒髪に桜色のリボンが印象的な、大和撫子然とした少女の名は『天宮さくら』。

一人前の舞台女優を目指し、この大帝国劇場にて住み込みで稽古と鍛錬に励む、次世代を担う花組の蕾である。

 

「いえ、問題ありません! しっかりこなして見せます!」

 

「あらあら、随分気合が入ってるのね?」

 

「だって遂に花組としての初任務なんですから!」

 

興奮を抑えきれない様子のさくらに、カオルと顔を見合わせて苦笑する。

かの降魔大戦の後、中核をなす隊員が行方不明となった三都華撃団。

その解散が言い渡されるまで、大した時間はかからなかった。

当時霊力の減退から華撃団より身を引き、古巣の金属加工会社『神埼重工』のトップを父より引継ぎ商会の華となっていたすみれは、父に事業を再度委託し帰参。

同志が先立って中国で組織した上海華撃団に帝都防衛の協力を得つつ、霊子甲冑の整備と舞台公演の準備。そして素質を持った人員補充と育成に尽力。

結果として現在、諜報部隊「月組」に出向している1名を加えて4名の隊員の確保に成功している。

 

「それでは天宮さん。任務内容の復唱を」

 

「はい! 本日一四〇〇にて、帝都中央駅に見えられる花組隊長、神山誠十郎少尉を案内せよ!」

 

そして今日、霊的組織としての最後のピースである、隊長候補たる一人の軍人を、この大帝国劇場に招きいれる予定になっていた。

所属する全ての隊員を纏め上げ、心を通わせる触媒の役目を持つ、霊的組織において最も重要視される役職。

厳しい人員選定の末に、一人の若き海軍将校がすみれの目に止まった。

若干20歳で特務艦体の艦長を勤め上げた若き秀才にして、帝国華撃団への入隊に強い意欲を示したという人物。

それが『神山誠十郎』なる人物だった。

 

「よろしい。ではその隊長なのですが……」

 

「もう到着されるんですよね!? こうしちゃいられない! 行ってきます!!」

 

「あ、ちょいと……!」

 

写真を取り出そうとしたすみれに気づいていないのか、はやる気持ちを抑えきれないのか。

さくらはすみれが止める声も聞かずにバタバタと飛び出していってしまった。

 

「……全く、憧れとはいえこんなお間抜けな所まで真似しないで頂きたいですわ……」

 

ピクピクと痛むこめかみを押さえ、すみれは頬をひくつかせるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今回の超法規的な軍内人事の決定に、神山誠十郎は何ら抵抗も疑問も持たなかった。

飛び級で海軍士官学校に入校するやメキメキと頭角を現し、しまいには戦術本科を首席で卒業し、そのまま特務艦『摩李支天』の艦長に大抜擢された逸材中の逸材。

かつて帝国陸軍にその名ありと謳われた秀才「大神一郎」の再来とまで謳われたエリート中のエリート、それが神山誠十郎という人間だった。

本来ならば帝国陸軍の管轄である霊的組織「帝国華撃団」。かの降魔大戦の末に機能不全となったこの組織が近々再結成されることが決まり、その隊長として彼が選ばれた。

表向きは降魔の襲撃を受けた際に轟沈した摩李支天の責任を取っての左遷となっている。これは帝国華撃団の再結成が秘匿事項であるためだ。

そのためだけに不名誉な謂れを受けて陸軍管轄の部隊への異動。通常の軍人ならば一蹴するか、受理したとしても少なからず難色を示していたであろう。

だからこそ、この海軍きってのエリートが二つ返事で受け入れたことに、海軍上層部の誰もが驚き首をかしげていた。

その理由は、本人だけが知っていた。

 

「まさかこんな形で叶うなんてな……」

 

帝国華撃団。

その名前を、誠十郎は幼い頃から知っていた。

幼馴染の女の子が毎日のように言っていたのだ。

帝国華撃団花組のトップスタァ真宮寺さくら。彼女を目指して自分も花組に入ると。

そのときに誓った。ならば自分が隊長となって共に戦うと。

幼い頃に交わした、他愛のない約束。

それが意外な形で縁を繋いだことに、神山はある種運命染みたものを感じていた。

 

「元気にしてるかな……さくらちゃん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハックシュン!!」

 

「おいおい、公衆の面前だぜ?」

 

「風邪ですか?」

 

駅の往来で起きた盛大なくしゃみに、人々の奇異の視線が集まる。

ついてきてくれた同僚からも奇異の視線を送られ、さくらは周知で顔を真っ赤に反論した。

 

「ち、違うよ~! きっと誰かが噂してるだけ!」

 

「それもそれでまずいだろ、まだデビューもしてねぇのによ」

 

「それは初穂も一緒でしょ!?」

 

顔を真っ赤にするさくらに、面白そうに初穂と呼ばれた少女がカラカラと笑う。

祭り用のしめ縄を普段着に使っていることからも想像できる通り、彼女『東雲初穂』の実家は帝都に古くから伝わる由緒正しき『東雲神社』。

下町育ちの江戸っ子気質な性格と相まって、年中お祭り女として下町ではちょっとした有名人であった。

 

「けどさくらさん。この人だかりでは、いくら幼馴染と言っても探し当てるのは難しいのでは?」

 

からかう初穂と対照的に、クラリスと呼ばれた少女、『クラリッサ=スノーフレイク』は顎に指を立てつつ真面目に考察する。

帝都から遠く離れた欧州はルクセンブルクの出身である彼女が、何故この場にいるのか、その経緯を知るものは極めて少ない。

 

「クラリスの言うとおりだぜ。具体的な目印とか聞いてねぇのか?」

 

「そ、それは……」

 

今度はばつが悪そうに指を突きながら背を向けるさくら。

要するに何も聞いていないということだ。

 

「はぁ~……、ったく仕方ねぇ。軍人さんなら軍服着てるだろ?それで手当たり次第に声かけるしかねぇな」

 

「そうですね。海軍の方なら土地勘もないでしょうから、道が分からなさそうな方から声をかけてみましょうか」

 

「じゃあ見つけたら、スマァトロンで呼んでね!」

 

まだ見ぬ新隊長を探して、3人の少女の走査線が開始された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

捜索を開始して早20分。

東雲初穂の顔には疲労と苛立ちがありありと浮き出ていた。

 

「ったくよぉ……。幼馴染なら顔以外にも背丈とか特徴覚えとけってんだよ……」

 

原因は言いだしっぺの親友にあった。

何せ幼馴染だと言うのに顔と名前以外ほとんど覚えていないときたものだ。

ほかに特徴がないのかと尋ねてみても、考えるうちに何を妄想したのか恥ずかしげに悶々とし始めたので諦めて置いてきた。

クラリスに至っては早々に諦めたのかベンチで持参した本を読み出した始末。

ああなった本の虫には何を言っても効果はない事は過去に経験済みである。

結果自分ひとりで顔も背丈も分からない「カミヤマ」なる男を探し出さなければならないことになってしまった。

何と言う貧乏くじであろうか。

 

「キャッ!?」

 

「おっ!? わ、悪ぃ……!」

 

唯一の手がかりである軍服を着た道に迷っていそうな男性という情報を頼りに周囲を見回しながら歩いていた初穂は、足元を走る少女に気づかず引っ掛けてしまった。

反射的に助け起こすが、ふと頭上を舞う風船に気づく。

それを寂しげに見上げる少女に、初穂は自分のしてしまったことに気づいた。

 

「あっちゃ~……、これじゃ届かねぇな……」

 

帝都中央駅のホールは2階建てで、中心部分は天井の窓から明かりを入れるために吹き抜けになっている。

周囲には足場もなく、ジャンプしても届きそうにない。

 

「ごめんな嬢ちゃん。アタシが新しいの買ってきて……」

 

さすがにこのままごめんなさいで済ませるのは気が済まない。

生来の江戸っ子気質から少女にそう話しかけた初穂の頭上で、ワッと声が上がった。

 

「へ……?」

 

何事かと振り向き、声を失う。

無理もない。

一人の青年が吹き抜けの淵から手すりを蹴って飛び出し、風船の持ち手を掴んで落ちてきたのだから。

 

「お、おい……!!」

 

屋内とはいえ地上6メートルはある高さである。

打ち所が悪ければ怪我では済まない。

だが青年はそんな心配無用とばかりに空中で回転し、鮮やかに目の前に足をつけた。

まるで雑技団のような身のこなしに、思わず周囲から拍手が起こる。

 

「はい、コレ」

 

驚きで固まっている少女に、青年は屈託のない笑顔で風船を差し出した。

すると我に帰った少女も、溢れんばかりの笑顔でそれを受け取る。

 

「うん! お兄ちゃん、ありがとう!!」

 

こちらへ手を振りつつパタパタと走り去っていく少女と、手を振って見送る青年。

そこで初めて、初穂は青年の見慣れない服装に気づいた。

春の時期に不釣合いな、胸元に金の刺繍を施した黒服。少なくともここ近年の帝都のファッションではない。

 

「見たところ何かお探しみたいですが……、よろしければ手伝いましょうか?」

 

「え? あ、ああ……いや、そんな……」

 

見ず知らずの自分に対してもやわらかい紳士的な物腰。良く出来た軍人さんのようだ。

と、初穂は探し人の手がかりを思い出した。

まさか、この人が……?

 

「な、なあ……」

 

「はい?」

 

「その……、もし違ってたらすまねぇんだけど……、アンタ……『神山誠十郎』……か?」

 

数秒の沈黙。

返ってきた答えは、

 

「……いえ、僕『御剣ミライ』といいます」

 

予想通り、盛大な人違いであった。一文字も合ってやしない。

 

「すまねぇ。何かすまねぇ。いやホントもうマジですまねぇ」

 

自分の失態で迷惑をかけた上に往来で恥をかかせるという恥の上塗りも等しい有様に、もう頭を真っ白にして謝り倒すしかない初穂。

義理立てや詫びどころか、これでは恩に仇で返したようなものではないか。

が、ミライと名乗った青年はまるで気にしてないと言わんばかりに笑いかけた。

 

「大丈夫ですよ。こちらこそ、何かご迷惑でも……?」

 

「い、いやぁ……そんなんじゃねぇんだ。その、人を探してて……」

 

「人……、その『カミヤマセイジュウロウ』って人を探してるんですね。分かりました!」

 

言うや、ミライは手を叩いて走り出した。

 

「お、おい!?」

 

「僕に任せてください! いい方法があります!!」

 

初穂が止める声も聞かず、ミライはある所へ駆け込んでいくのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初に異変に気づいたのは、到着を告げるアナウンスが流れて周囲の客が席を立ち始めた辺りだった。

窓から駅の様子を見ると、誰も彼もあたりをキョロキョロ見渡して落ち着かない。

誰か有名人でも来ているのか。そんな事を思いながらホームに下りる。

その時、真上のホーンスピーカーから聞こえてきたアナウンスに、耳を疑った。

 

『えー、迷子のご案内を申し上げます。カイグンからお越しの、神山誠十郎くん、神山誠十郎くん。お連れの方がお待ちです。1階駅員室までお越しください……』

 

『ただいま、帝都中央駅付近で、神山誠十郎くんという方が、迷子になっております。誠十郎くんは、軍……服?を着ているとのことです。見かけた方は、1階駅員室まで……』

 

「な、なんだこれは一体!?」

 

訳が分からなかった。

たどり着いた駅では、軍服を着たカミヤマセイジュウロウという迷子がいると騒ぎになっていた。

別段指定時間に遅れたわけではない。寧ろ20分も余裕を残してきている。

それが何で自分が迷子になっているみたいな扱いになっているのだ。

 

「カイグンって、帝国海軍よね。じゃあ子供じゃなくない?」

 

「軍服って将校か? 最近の海軍将校は陸も分からんのか?」

 

「誰だか知らんが、いい年して迷子とはみっともないな、そのカミヤマというのは……」

 

顔も名前も知らない周囲の人々が、こぞってヒソヒソ囁きあっている。

冗談ではない。

こんな状況で自分がそうですと知られでもしたら赤っ恥どころではない。

辞令を受けて帝都にはるばるやって来たというのに、何でこんな目に遭わなければいけないのか。

 

「と、とにかくばれない内に駅を離れないと……!」

 

こうなれば上着や帽子など顔を隠せるものを何か持ってくればよかったと後悔しながら、足早に改札を出る。

だがこの時、神山誠十郎は知らなかった。

帝都中央駅の改札口は、駅員室の真正面にあるということを。

 

「いたーーーっ!!」

 

「ええっ!?」

 

突然真横から飛んできた声に思わずひっくり返りそうになる神山。

振り向けば声の主と思われる黒服の青年が駅員室から飛び出してきた。

 

「すみません! 貴方が『カミヤマセイジュウロウ』さんですよね!?」

 

「え、あ、ああ、はい……」

 

勢いに負けてつい頷いてしまう。

すると青年はあらん限りの声でホールの方角を向いて叫んだ。

 

「初穂さーーーん!! 見つかりましたよーーーっ!!」

 

「わ、分かった! 分かったから叫ぶな!!」

 

返事と共にホールから3人の少女が駆けて来るのが見えた。

まさかとは思うが、彼女達が辞令にあった案内人と言うことだろうか。

 

「アホか! 子供じゃあるまいし何で迷子センター使ってんだよ!」

 

「でも、すぐ見つけるにはこれが一番ですよ!」

 

「ああ……これが支配人に知れたら……」

 

「ハ…、ハハ……。その……帝国海軍から来ました、神山誠十郎です……」

 

もう逃れるすべはない。

そう悟った神山は、半ば開き直って力のない声で名を名乗る。

すると空色の着物の女性が一歩こちらに歩み寄った。

 

「お待ちしておりました。『天宮さくら』と申します。……久しぶりですね、誠兄さん」

 

「10年ぶりか。……大きくなったね、さくらちゃん」

 

昔と変わらぬ柔らかい微笑みが返ってきた。

士官学校に入ってから疎遠になっていた彼女、念願の帝国華撃団への入隊を果たしたという知らせを手紙で知ってはいた。

幼い頃に自身もまた帝国華撃団の一員として、共に帝都の平和を守る。

様々な偶然が重なりながらも、その約束が果たせたことに、素直に喜びを感じる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、脅威はそんな余韻に浸る時間すら、与えてはくれなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何だあれは!?」

 

一瞬窓の明かりが遮られたかと思うと、激しい音と共にガラスが砕け散った。

無数の破片がホールの床にばら撒かれ、辺りにいた人たちが蜘蛛の子が散るかのように逃げ惑う。

そこへ、異形の怪物が降り立った。

 

「降魔か!?」

 

「それも一匹じゃねぇ! 上空にかなりの数がいる!!」

 

耳を澄ませば屋根の上から、蝙蝠のような羽音と耳障りな声が響く。

たちまち駅はパニックに陥った。

 

「た、助けてくれっ!!」

 

「逃げろーっ! 殺されるぞ!!」

 

「押すな! 俺が先だ!!」

 

「マリちゃん!? マリちゃん何処に行ったの!?」

 

我先にと出口に人が殺到し、避難がままならない。

こんな状態であの怪物が襲い掛かれば……

そのときだった。

 

「セヤアッ!!」

 

先ほどの青年がいの一番に飛び出し、降魔の顔面にとび蹴りを食らわせた。

突然のことに誰もが一瞬、その青年を見る。

 

「コイツは僕がひきつけます!! 皆さんは今のうちに避難してください!!」

 

言うや青年は、割れた窓の淵に飛び移り、屋根の上を走り去ってしまった。

降魔も青年を獲物とみなしたのか、それを追って駅から飛び出す。

やがて我に返った人々は、互いに落ち着かせながら避難を開始する。

その様子に僅かに安堵した神山だったが、まだ危機は去っていない。

囮になったあの青年は、未だ降魔たちの真っ只中にいる。

一刻も早く助け出さなければ。

 

「誠兄さん、ついてきてください! 帝国華撃団本部に案内します!」

 

「分かった!!」

 

幼馴染から軍人の顔に戻り、神山は先行するさくらを追って駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

無数の降魔たちに追い回されながら、御剣ミライはひた走っていた。

屋根から屋根へ飛び移り、襲い来る爪撃を巧みにかわす。

しかし敵の数、何より空を飛べる相手を陸の上で撒くというのが如何に無理難題か、彼は良く理解していた。

それでも自らを危険に晒して注意をひきつけた理由はたった一つ。

あの場にいた『人間』を一人でも多く安全に逃がすためである。

 

「困った……。まだ場所も聞いていないのに……」

 

帝都中央駅から、ミライはある場所に向かう途中だった。

しかしそこで困っている女の子を目にして、その流れであの女性を手助けするうちに、今に至る。

だが結果的にこうして避難の一助となれたのなら、結果オーライといえるかもしれない。

 

「……そろそろか」

 

先ほどの駅から十分距離を離したと判断したミライは、足を止め振り返る。

観念したと思ったのか、降魔たちは口元の歯をギラリとチラつかせながらにじり寄ってくる。

だが、ミライの顔は、笑っていた。

 

「悪いね。今の今まで逃げてたけど……」

 

瞬間、驚くべきことが起こった。

青年の左手首に紅い腕輪のようなものが現れたかと思うと、そこから黄金色の光剣が生えてきたのである。

まるで、奇跡が起こったかのように。

 

「戦えないとは、言ってないよ」

 

眼前の降魔に、ミライは光剣を構え、袈裟懸けに切りつけた。

鉛の鉄砲では傷一つつかない不死身の体。

光剣はその悪魔を、まるでバターでも斬るかのように一刀両断して見せたのである。

その後も2匹目、3匹目と襲い来る降魔を次々に切り伏せるミライ。

ほとんどの降魔は一撃で消滅するが、後から出てきてキリがない。

 

「ハァ……ハァ……、流石に多いかな……」

 

斬り捨てた数が20匹を越えた辺りで、ミライの肩が上がってきた。

何せ四方八方から襲ってくる怪物を一人で相手にするのだ。

いかに力のある剣豪でも、一個大隊を単機で相手にすれば勝ち目など限りなく薄い。

多勢に無勢とはこのことである。

 

「そこまでだぜ!!」

 

再び降魔に切りかかろうと剣を構えたその時、後方から若い男の声が飛んだ。

直後、自分を庇うように二つの巨大な影が跳躍する。

それは、龍を思わせる尾を持った、緑と黄色のロボットのような戦士だった。

 

「「上海華撃団、参上!!」」

 

「……華撃団……!?」

 

ミライは驚愕に目を見開いた。

かつてこの国に「帝国華撃団」という部隊がいたことは知っている。

だが彼らが名乗ったのは、隣国中国の上海。

彼らもまた、「霊的組織」なのか。

 

「全く一般人が無茶するぜ。……だがその根性、気に入った」

 

「駅からここまで降魔を引き付けてくれたんだよね。ありがと!」

 

それぞれ少年と少女の声が聞こえてきた。

ということは、これはロボットではなく中に人が乗っているのか。

 

「ここからは俺達に任せてくれ。帝国華撃団に代わって、この街の平和は守ってやる!」

 

「え、でも……!」

 

「勇気と無謀は別物よ?お兄さん、結構いっぱいいっぱいでしょ?」

 

「……ありがとうございます」

 

素直に礼を述べ、ミライは屋根を蹴り、飛び降りた。

心苦しいが、彼らもまた降魔との戦いを専門とする霊的組織。

『本来の自分』ならともかく現状では足手まといにしかならないだろう。

ならば今できる最善の行動は一つ。

一刻も早く、あの場所に向かうことだった。

 

「急ごう。『大帝国劇場』へ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10年前の災厄を最後に、時を止めた帝都の象徴、『大帝国劇場』。

かつては人々で賑わい、いくつもの感動と夢を生み出したこの場所に、悪と戦う砦があることを知るものは数えるほど。

その大帝国劇場地下の帝国華劇団作戦司令室に、真新しい戦闘服に身を包んだ青年が走りこんできたのは、今しがたのことであった。

 

「神崎司令! 帝国華撃団隊長、『神山誠十郎』少尉をお連れしました!」

 

「ご苦労様。帝国華撃団総司令の神崎すみれですわ。……ようこそ帝国華撃団へ、神山誠十郎少尉」

 

菫色の着物に身を包んだ妙齢の女性が、柔らかい微笑を称えて神山を迎え入れた。

神崎すみれ。あまりにも有名なその名を、神山は知っている。

帝都有数の重金属企業たる『神埼重工』の跡取り娘にして、大帝国劇場で知らぬものはいないトップスタァ。

そして何より、最初期から初代帝国華撃団を一員として支え続けてきた偉大なる先人。

霊力減退に伴う引退から久しい今ですら、当時のオーラは全く色あせていない。

 

「本日より帝国華撃団隊長に就任いたします、神山誠十郎と申します! 隊長の任、謹んでお受けいたします!!」

 

だが今は敵が出現した緊急事態。圧倒されている場合ではない。

敬礼と共に任を復唱する神山に、すみれは満足げに頷いた。

 

「いい目をしているわね。隊長は共に戦う隊員たちをまとめ、心を通わせる触媒たる存在。期待しているわよ、神山君」

 

「帝国華撃団花組隊員、東雲初穂だ。隊長さん、よろしくな!」

 

「同じく、クラリッサ=スノーフレイクと申します。クラリス、とお呼びください……」

 

「同じく、天宮さくらです。誠兄さん……いえ、神山隊長!」

 

「私は帝国華撃団支援部隊風組、竜胆カオルと申します。花組の輸送と戦闘支援を担当します」

 

「同じく風組の大葉こまちや。よろしゅう!」

 

先ほどまでとは打って変わり、凛々しい表情の隊員達に、神山の表情も引き締まる。

連絡では帝国華撃団の再構築は秘匿事項とされていた。

こうして水面下で準備を進めてきたのだろう。

 

「ご存知とは思うけど、帝国華撃団はこれまで上海華撃団の支援を受けながら再構築してきた組織。貴方はもちろん、彼女達も初の実戦となります」

 

「霊子甲冑は現存の三式光武を整備しております。しかし神山隊長の機体に関しては、準備が間に合っておりません。本部からの現場指示をお願いします」

 

「今までは上海華撃団におんぶに抱っこやってん、カツカツなんや。色々やりにくい思うけど、どうか頼んます」

 

仕方あるまい。

霊的組織は通常、舞台公演などの娯楽事業を行い、経済的な活動資金を得ている状態。

水面下で密かに再構築している間は、当然表舞台に立つことなどできない。

そしてにわか仕込みのこのタイミングで実戦投入と言うことは、何か理由があるのだろう。

 

「本来なら神山君の霊子甲冑を用意して共に戦場に出てもらいたかったのだけど、上海華撃団は今までの任務代行のために霊子戦闘機が不調を起こし始めてるの」

 

「なるほど……。そこで我々花組の実戦が早まったのですね?」

 

「ええ。既に上海華撃団は出現した降魔と交戦中よ。帝国華撃団花組は、彼らと合流し、降魔を殲滅して頂戴」

 

「承知しました! 帝国華撃団花組、出撃!! 上海華撃団を支援し、降魔を撃滅せよ!!」

 

「「了解!!」」

 

あの忌まわしき戦いから実に10年。

止まったままの帝劇の長針が、動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ユーラシアは亜細亜諸国において、その名を知らぬものは最早いないと言っても過言ではなかった。

中国は上海より誕生した、対降魔殲滅部隊『上海華撃団』。

結成から僅か1年足らずで最新鋭の工学技術を駆使した霊子戦闘機を駆り、4千年の歴史で培った中国拳法で数多の敵をなぎ倒す。

まるで荒れ狂う龍が如き戦い方は海を隔てたこの帝都にも轟き、今では帝都の防衛までも兼任するほどの信頼を勝ち取った。

それも偏に彼らの並々ならぬ戦跡と、総司令たる人物の卓越した機械工学技術があったためである。

しかし今、その歴戦の龍たちが窮地に立たされていた。

 

「チィッ……! やっぱ古傷には勝てねぇってか……」

 

迫り来る降魔をまた一匹叩き潰しながら、上海華撃団隊長『ヤン・シャオロン』は悔しげに毒づく。

普段の自分達なら、この程度の相手は烏合の衆に過ぎない。

だが今自分の操縦している霊子戦闘機「王龍」の動きは、明らかに今までのそれより遅く、軽く、鈍いものに変わっていた。

もちろん理由はわかっている。

これまで実に3ヶ月に渡り、帝都を含めた亜細亜諸国全土を碌な整備の時間も取れないまま無数の降魔たちとの防衛戦に明け暮れていたためである。

事実、王龍の生みの親である総司令からは半月前から整備に戻るよう指示が出されていた。

本来3人で構成される隊員の内、3人目は既に帰国して久しい。

それを拒んで帝都防衛の任を担い続けたのは、他ならぬシャオロン自身である。

すべては、この国に本来咲くべき蕾たちを守るために。

 

「頑張って王龍……、コレが最後だから……」

 

同様に帝都に残る道を選んだシャオロンの相棒『ホワン・ユイ』も、祈るように呟きながらその蹴撃で怪物たちを沈めて行く。

紙のように軽かったはずの一撃が、果てしなく重い。

満足な整備が叶わなかったために積み重なってきた無数の古傷が、ここに来て気高き龍たちを蝕んでいた。

 

「くっ!?」

 

渾身の力を込めたかかと落とし。

いつもならば降魔の頭部を跡形もなく砕いたその一撃が、片手で防がれてしまった。

一瞬その牙が、にやりと笑う。

 

「うあっ!?」

 

「ユイ!! ぐおっ!?」

 

力任せに投げ飛ばされる相棒に気をとられた一瞬、背中から強烈な衝撃が走る。

不覚の極みであった。

まさか仲間の危機とはいえ背後を取られてしまうとは。

 

「……霊子同調が……このままじゃ……」

 

「まだだ……、まだ沈むな、王龍……!!」

 

今の衝撃で明らかに霊力伝達に支障をきたし始めた龍。

必死に己を鼓舞するも、最早まともに戦える状態でないのは誰の目から見ても明らかだ。

最早これまでか。

そのときだった。

 

「そこまでよ!!」

 

凛とした声が、刀の如く響く。

見れば遠くの屋根に、それはいた。

いつか共に立つと約束した、咲いてみせると約束した蕾の花たちが。

 

「「帝国華撃団、参上!!」」

 

10年前に歴史の影と消えた麗しき乙女の戦士達。

その志を継ぐ新たな花たちが、遂に帝都に咲き誇った瞬間だった。

 

「シャオロンさん、ユイさん、今まで……私達のために、帝都のために本当にありがとうございます……」

 

「アンタらには今まで帝都を守ってもらった恩が、数え切れないくらいある……。今、ここでその恩を返すぜ!」

 

「帝都の……世界の未来を切り開くため、私達も共に戦います!!」

 

自分達の国を、自分達が守るべき町を、これまで幾度となく助けてくれた偉大な先達へ、素直な言葉で感謝を述べる三人。

もう守られるだけの存在ではない。守る立場に変わったことを、示してみせる。

それはシャオロンたちが、信じて待ち望んでいた瞬間でもあった。

 

「来てくれたか、同志!!」

 

「信じてたよ、みんな……!」

 

モニター先の瞳が一瞬だけ潤み、鋭いものへと変わる。

それは、もうか弱いだけの花ではない。

悪を蹴散らし正義を示す、気高く凛々しい華の顔だった。

 

『こちらは帝国華撃団本部! 上海華撃団は防御陣形を敷いて後退してください! ここからの前線は、帝国華撃団花組が引き受けます!』

 

「「理解(ヤゥチェ)!!」」

 

自分達に代わり平和を守り続けてくれた偉大な龍たちへ捧ぐ恩返しの戦い。

帝国華撃団の華々しき初陣が、幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いつの時代も、戦場で最も犠牲となりやすいのは、実戦経験の少ない新兵である。

まだ年若く、訓練以外に武器を握ったこともない彼らにとって、戦場を想像するのはまず不可能だ。

故に彼らの多くは初めての命のやり取りに恐怖で固まる、もしくは発狂して奇声を発し、敢え無く敵に殺される。

どんなに真面目に訓練をつんだとしても、互いに命を奪い合う経験はしていない。

初めて立つ戦場では、その経験の差が浮き彫りになってしまうのである。

しかしこの場における新たに芽吹いた華たちは、初めてとは思えない動きで戦場を舞い踊るかのように敵を蹴散らしていく。

それは、偏に作戦司令室より的確な指示を飛ばす、触媒にあった。

 

『前に出すぎるな、さくら。ある程度敵を誘い出して、初穂の攻撃でまとめて蹴散らすんだ!』

 

「了解!」

 

『初穂! 真上からの攻撃では敵に読まれやすい。さくらの攻撃に気をとられている隙を狙うんだ!』

 

「あいよ!」

 

『クラリス、君の両脇は上海華撃団が固めている。その利を活かして乱撃で敵を撹乱してくれ!』

 

「は、はい……!!」

 

若干20歳にして特務艦を任される稀代の海軍将校、神山誠十郎。

その海軍きっての秀才の十八番は、迅速且つ正確無比な兵法にあった。

思考は一瞬、指示は明快。その一声で劣勢の戦局をひっくり返したことも数知れず。

そして一度自身が戦場に立てば、我流の二刀を振るい先陣を切って敵陣を嵐の如く縦横無尽に暴れまわる。

いつしかついた異名は、『神速』。

その由来を、彼はこの帝都でもまざまざと見せ付けた。

 

「すごいよ3人とも! 初めてとは思えない動き!」

 

「アタシらも驚いてんだ……! ただでさえ三式光武は整備も間に合ってねぇのに……」

 

出撃開始からさくらたちが戦場に着くまでの僅かな時間に、神山誠十郎はこの状況で最適な布陣と戦術を組み立て終えていた。

隊員は3名。間合いは狭いが小回りが利く太刀を操るさくら。次に大振りだが周囲を纏めて攻撃できる初穂。そして防御が脆いが遠距離から霊力弾で狙撃や掃射が可能なクラリス。

彼女達の長所を活かしつつ、かつ負傷のある上海華撃団を出来る限り庇うことのできる布陣。

それが、戦闘開始直前に神山が指示した、『風雷の陣』である。

さくらやクラリスの波状攻撃で敵の意識を引き、初穂の攻撃で複数の降魔を纏めて撃破するという、言葉にすれば至極単純な作戦。

だが本命である初穂の大槌は威力こそ申し分ないが、ただ振り回すだけでは飛行能力を持つ降魔に察知されてまず当たらない。

そこで先にさくらやクラリスが囮の攻撃を仕掛けて注意を誘い、そこに初穂が不意打ちを仕掛けるというものだ。

無論知能が決して高いとはいえない降魔の注意をひきつけるには、敵が本能的に危険を思わせるレベルの攻撃をさくらたちが仕掛ける必要がある。

そしてその攻撃は敵を初穂の攻撃範囲に引き込み、かつ同時に自身は巻き込まれないよう適切な距離のとり方が重要になる。

互いに動きを熟知しているさくらと初穂だからこそ成しえる、風神と雷神のような阿吽の呼吸を前提とした作戦であった。

更に風神と雷神が戦っている間、クラリスは無防備となってしまう点も、その左右後方をそれぞれシャオロンとユイが牽制しつつ阻止するという形で解決してしまった。

かくして帝国華撃団花組の記念すべき初陣は、さしたる危機もないまま僅か10分足らずで降魔を全滅させると言う大戦果を飾るのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、彼女達は気づいていなかった。

 

 

 

 

 

 

この優勢すらも、敵の掌の上であったと言うことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やはり腐っても華撃団……。烏合の衆如きでは仕留められんか」

 

「誰っ!?」

 

不意に上から降り注いだ声に、さくらが叫び返す。

見上げれば、遥か頭上の文字通り『何もない』空間に、怪しい風貌の男が幽霊のように浮かんでいた。

灰色のローブに全身を包んだ謎の男。だがその顔が、手が、全身が、青白い炎。

まるで火が意志を持ち人の形を作っているかのような、そんな男が、遥か頭上からこちらを見下ろしている。

それは、かの男が人智を越えた人ならざるもの。即ち敵であることを示すに十分すぎるものであった。

 

「我が名は『陰火』。偉大なる降魔皇様の遺言に従い、この地に混沌を齎す命を賜りしもの」

 

言うや、陰火と名乗ったその男は、掌にらせん状の光が交錯した球体の何かを生み出す。

何かの攻撃かと身構えるさくらたち。

だが陰火は、それをボールのように宙に放り上げた。

刹那、それは花火の如く弾け、たちまちのうちに空を侵食していく。

 

「穢れた土地に満ちた千の瘴気を喰らい、罪深き万の命を屠れ……。出でよ我が僕! 『タマグライ』よ!!」

 

瞬間、不可思議な空間内に次々と青白い人魂のようなものが集まり、スライムのように合体していく。

やがてそれは申し訳程度の手足を生やし、頭部に巨大な一つ目と大きな口を形作った。

無数の降魔の怨念を糧に生み出された変異降魔獣『タマグライ』の誕生だった。

 

「咲いたばかりの華を食い散らすのもまた一興。……やれ」

 

「ギシャアアアアッ!!」

 

極上の餌を前にした肉食獣のように、醜悪な怪物の咆哮が淀んだ空間に響き渡った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あれは……!!」

 

場所も特徴も分からぬ大帝国劇場を探し銀座をひた走っていたミライは、突如響き渡った奇声に立ち止まった。

見上げれば、絵の具をぶちまけたような歪んだ空に、この世のものとは思えないおぞましい怪物が聳え立っていた。

瞬間、理解する。

予見されたこの星の災厄が、今再びこの星を襲ったのだと言うことを。

 

『10年後に帝都『大帝国劇場』へ向かえ。地球を託す』

 

「ゾフィー隊長……、タロウ教官……、そして……」

 

脳裏に浮かぶ、まだ光線も撃てず、飛行能力しかなかった自分を迎えてくれた隊長。僅か2年の間に鍛え上げてくれた恩師。

そして、自分がウルトラマンになることを決意させてくれた、憧れの戦士。

 

「どうか、見ていてください……。皆さんの愛したこの星を、今度は僕が、この手で守ります!!」

 

刹那、その左腕に輝く紅蓮の腕輪が、眩い光を放つ。

数多の星で齎された奇跡の光。それが、今正に解放されようとしていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一瞬、何が起こったのか分からなかった。

高い妖力反応が見られた直後に戦闘区域全体を多い尽くした謎の空間。

同時に出現した、降魔と呼ぶにはあまりにも巨大で醜悪な怪物。

その咆哮が轟いた瞬間、信じられないことが起こった。

 

「……何だ!? どうした、王龍!?」

 

それまで不調を起こしつつもギリギリ起動を保っていた霊子水晶が、全く霊力を受け付けなくなってしまったのだ。

いくら戦闘服越しに霊力を送り込んでも、反応を見せない。

これではいくら最新鋭の霊子戦闘機といえど、張子の虎ではないか。

 

「ダメです! こちらの光武も動きません!」

 

「チクショウ! どうなってやがんだ!?」

 

見れば自分だけではない。最低限の整備しかされていない旧型とはいえ、起動間もない三式光武までもが同様に機能不全を起こしていた。

まさか、今の奇声だけで……!?

 

『みん……、し……応答……!!』

 

恐らくは陰火なる降魔の作り出した空間の影響だろう。頼みの綱の本部通信もノイズが混じり使い物にならない。

万時休すとはこのことだ。

 

「ギシャアアアッ!!」

 

怪物が再び咆哮を上げ、こちら目掛けて尖らせた爪を振り下ろす。

だがその爪撃が龍を裂く寸前、桜色の影が庇うように飛び込んできた。

 

「さくらっ!?」

 

それは、他の二機と同様に機能不全に陥っていたはずのさくらの三式光武だった。

自信の体ほどはあろう巨大な豪腕の一撃を、ギリギリのところで太刀をたたきつけて押さえ込んでいる。

霊子水晶がまともに同調していないだろう状況でなんと言う無茶をするのか。

 

「無茶ださくら! 霊力同調が出来ない三式光武じゃ勝ち目なんてねぇ! 撤退しろ!」

 

そう叫ぶ間にも、怪物が繰り出す2撃目、3撃目をふらつきながら必死に剣で弾く。

だがそんな間に合わせの応戦もいつまでも持つはずがない。

何度目かの攻撃を防いだ瞬間、乾いた音と共にさくら機の刀が弾き飛ばされてしまった。

手から離れた刀は遠く離れた家屋の壁に突き刺さる。とても取りにいける距離ではない。

 

「さくら! これ以上は無茶だ! お前だけでも……」

 

自分は構わない。

元より司令の忠告を無視して残った時点で、覚悟は決めていた。

だが今咲いたばかりの希望の華をここで散らすことだけは許せない。

せめて彼女達だけでも逃がそうと叫ぶ。

が、眼前の花は頑として首を縦には振らなかった。

 

「引きません! 私は守られるためにここに来たんじゃありません! この町を、大切な人を守るために来たんです!」

 

「馬鹿野郎! 死んだら元も子もねぇ! そこで終わりなんだぞ!!」

 

「シャオロンさんだって死なせません!! 今まで私達を守ってくれた恩人を……見捨てて逃げるなんて出来ません!!」

 

丸腰になり、最早まともに戦う手段すらない中、桜色の三式光武は両手を広げてこちらを庇うように怪物に立ちはだかる。

なんてザマだ。

長い長い雌伏を経て、やっと花開いたはずの蕾が、今途方もない悪意によって無残にも踏み潰されようとしている。

こんな事のために守ってきたわけではないのに。

こんな思いをさせるために戦ってきたのではないのに。

 

「例えそれがどんなに恐ろしい相手でも……どんなに勝ち目のない戦いでも……私は一歩も引かない! 逃げない! 大切な人を守るために命を懸ける! そう決めたんです!!」

 

「……さくら……!!」

 

嬉しい瞬間のはずだった。

待ち望んでいた瞬間のはずだった。

屈託のない笑顔で夢を語っていた少女は、ゆるぎない志を胸に戦場へ立つ華となっていた。

だからこそ、その華が今ここで無慈悲に摘まれようとしている現実が、果てしなく許せなかった。

 

「くそっ!! 動け王龍!! 動いてくれ!! アイツはまだ、こんなところで死んでいい人間じゃねぇんだ!!」

 

くず鉄のように沈黙してしまった操縦かんを、狂ったようにたたき付ける。

何が上海華撃団だ。何が帝都を守り育てるだ。

育ててきたその花に庇われて、何が平和を守る龍だ。

 

「胸躍る茶番だな。だが耳障りだ、やれ」

 

「さくら!!」

 

「さくらさん!!」

 

トドメを刺さんと腕を振り上げる怪物に、仲間達が叫ぶ。

そして……、

 

「やめろおおおぉぉぉ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メビウーーーーーースッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如空間内に響き渡る別の叫び声。

直後に現れた謎の巨大な光が、怪物とさくらの間に割って入り、怪物を吹き飛ばした。

 

「え……!?」

 

「な、何だ!?」

 

突然の事態に状況が飲み込めず、混乱するシャオロンたち。

それは、怪物をけしかけた降魔、陰火も同様だった。

 

「この目障りな光……、まさか……!?」

 

徐々に収まっていく光の先に見えた光景に、またしても絶句した。

その光は、人の形をしていた。

赤と銀の体色と、乳白色の瞳。そして胸に輝く空色のタイマー。

眼前の怪物とタメを張る巨躯は、さながら『光の巨人』という形容詞が相応しい。

その巨人を、彼らは知っていた。

帝都で、巴里で、紐育で、幾度となく人類の危機に立ち上がり、奇跡を齎してきた大いなる光の巨人。

その名を口にしたのは、さくらだった。

 

「……ウルトラ……マン……!!」

 

「セアッ!!」

 

その呟きに応えるかのように、巨人が構える。

かつての勇者達の最後の戦いとなった降魔大戦。

それから実に10年のときを経てこの帝都に現れた新たなる光、ウルトラマンメビウスの初陣だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おい、見ろよ!」

 

「ウルトラマンだ……、ウルトラマンが、来てくれた……!!」

 

その姿を見た途端、空間内のあちらこちらでどよめきが起こった。

何せ10年前の災厄を最後に目撃されることのなかった光の巨人の誕生だ。

希望の象徴ともなりつつあるその巨人を生で見たことに興奮しないほうがおかしい。

 

「頑張れ、ウルトラマン!!」

 

「帝都を守ってーっ!!」

 

「降魔共なんか蹴散らしちまえーっ!!」

 

どよめきがたちまち声援に変わる。

その希望を背に、メビウスが構えた。

 

「セアアッ!!」

 

「ギシャアアアッ!!」

 

真正面から怪物に突進し、掴みかかる。

互いに巨躯を活かした押し合いの末、仕掛けたのは巨人だった。

 

「セアッ!!」

 

内側から敵の片足を引っ掛ける。

こちらを押さえつけることに必死になっていた怪物はたちまちバランスを崩して倒れこんだ。

そこですかさず馬乗りになり、激しいチョップの連打を繰り出す。

 

「セアッ! セアッ! セアァッ!!」

 

通常ならば岩肌も叩き割るほどの威力の手刀の連撃。

しかしメビウスは、全くといって良いほど手ごたえを感じていない。

まるで固いこんにゃくを延々叩いているかのような、そんな感覚だ。

 

「グギィーッ!!」

 

「!? ゥアッ!!」

 

先ほどとは違う金切り声に何かを察し、素早く飛びのく。

直後、周囲の空間と同じ混沌とした色の怪光線が、怪物の口から放たれた。

もし馬乗りになったままなら直撃していただろう。

 

「グゥゥゥ……!!」

 

「スァッ!!」

 

徐に起き上がり、こちらに明らかな敵意をむき出しにする怪物に、油断なく構えるメビウス。

そのとき脳裏に浮かんだのは、自身に戦闘の手ほどきを教えた恩師の言葉だった。

 

『メビウス。戦いとは敵を倒すことだけに注力するのではない。その地、その星には原住民達の暮らしが存在する。われわれはその星を守るために存在するのだ』

 

「(さっきの怪光線が乱射されたら、たくさんの暮らしが壊される。それを防がなければ……!)」

 

避けるのではなく、防ぐ。

そう判断したメビウスは、首をもたげた怪物の正面にエネルギーで精製したバリアを張る。

直後、放たれた怪光線は半透明の虹色の壁に阻まれ、霧散してしまった。

 

「グギィィィーーーッ!!」

 

怪物は更に意地になって光線をはき続けるも、やがて息切れを起こして蹲る。

恐らく溜め込んでいた怨念や霊力をエネルギーにしていたが、それが枯渇してしまったのだろう。

ならば……、

 

「スァッ!! ハァァァァ……!!」

 

バリアを解除したメビウスは、左腕のブレスに右手をかざして力を解放し、頭上にエネルギーを集約する。

全身から迸る光の波動は両手の掌を包むように広がり、∞の文字を形作った。

10年かけて磨き上げたウルトラマンメビウスの必殺光線『メビュームシュート』である。

 

「セアアアァァァッ!!」

 

淡い橙の光線が、怪物の顔面を狙い撃った。

怪物は待ち構えていたと言わんばかりに体を広げ、そのエネルギーを吸収する。

だが、それこそがメビウスの狙いだった。

 

「グ……グギ……グギギ……!!」

 

怪物の腹部があっという間に風船のように大きく膨らんでいく。

やはりそうだ。

いくら霊力やエネルギーを吸収できるとはいえ、その吸収量には生物である以上必ずキャパシティが存在する。

そして先ほどのバリアで防げる程度の光線で枯渇したと言うことは、そのキャパシティはこちらのエネルギーをすべて吸収しきることは出来ない。

つまり……、

 

「グ……、グ……、グギャアアアァァァ……!!」

 

天を仰いで断末魔が響いた直後、貯蓄限界量を超えた怪物の体は木っ端微塵に大爆発した。

エネルギーの余波で光を帯びた怪物の破片が、季節はずれの花びらのように散っていく。

同時に周囲を包み込んでいた異空間も、嘘のように消滅した。

 

「セアッ!!」

 

異空間と怪物の消滅を確かめ、メビウスは空へと飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「みんな、大丈夫だったか!?」

 

異空間が消滅してから15分後。

風組と共に戦闘区域に駆けつけた神山が心配の声を上げる。

何せ異空間が発生してから通信機能は麻痺しており、全く戦況を把握できない状態であった。

不安にならないはずがない。

 

「何とか平気さ。初陣にしちゃ上出来だったぜ、帝国華撃団」

 

それを払拭するように言葉を返したのは、疲労の顔を笑顔で誤魔化す上海華撃団隊長だった。

 

「帝国華撃団隊長、神山誠十郎です。シャオロン隊長、今までの帝都防衛、深く感謝いたします」

 

「よせやい。堅苦しいのは苦手なんだ。アンタこそ、初対面の人間達をよくアレだけ動かせたな。ここまで被害が抑えられたのは、間違いなくアンタの采配のおかげだ、神山隊長」

 

互いの健闘を讃え合い、固い握手を交わす。

そこへ、風組の応急処置を受けたさくらたちも戻ってきた。

 

「それじゃあ誠兄さん。帝国華撃団の勝利といえばアレ、やりませんか?」

 

「アレ……ですか? 話には来ていましたが……」

 

「今さら恥ずかしがるなって。知ってんだぜ? 夜中に部屋でこっそりポーズ考えてるの」

 

「なっ!? い、いつ見たんですか!?」

 

「アレ……か。そうだな。オレも実はやってみたかったんだ」

 

帝国華撃団には、互いの絆を深めるために戦闘に勝利した後に必ず行う習慣があると、幼少期にさくらに聞いたことがある。

かくいう自分も、子供心に内心憧れていた。

それが叶ったということもまた、自分が紛れもなく、あの時夢に見た帝国華撃団隊長になったのだと実感し、感嘆する。

 

「よし、みんな行くぞ! 今日この瞬間を持って、新たな華は芽吹いた。志し新たに、いざ悪を蹴散らし正義を示さん!! 勝利のポーズ……」

 

「「決めっ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ようやく、スタートラインに立てましたわね」

 

自室に立てかけられた振るい写真立てを眺め、すみれは一人呟く。

長い道のりだった。

共に残った僅かな仲間と互いに慰め、励ましあい……。

時代のうねりに飲まれながらも懸命にそれぞれの国で抗い、彼らの意志を新たに形にした。

今度は舞台に立つ「帝国歌劇団」としての復活公演。これから激しくなるであろう降魔に対抗するための霊子甲冑に変わる新兵器『霊子戦闘機』の研究・整備。

やることはまだまだ山積しているが、その心に焦燥はない。

今日この日に、新たに芽吹いた花たちが凜と咲き誇る瞬間を、確かに見たのだから。

 

「大神司令……、貴方の意志は、確かに若き世代へ受け継がれております……。いつかその目で見定めていただける日を、心待ちにしておりますわ……」

 

10年経っても何一つ色あせることのない思い出の笑顔に、一人寄り添うように呟く。

その時、支配人室の扉が開かれた。

 

「……ようこそ、帝国華撃団へ。貴方がここに来られる事は、『ある方』から伺っておりましたわ」

 

だが突然の来客にも、すみれは驚く事無く優しい微笑のまま迎え入れた。

否、知っていたのだ。この瞬間に訪れる人物を。

 

「本日付で帝国華撃団花組に出向いたしました、『御剣ミライ』と申します!! よろしくお願いします!!」

 

それが、これから帝都の、いや、世界に向けられた大いなる試練の序章に過ぎないということを。

 

<続く>

 




<次回予告>

こんな力、望んでなんていなかった。

何かを壊すことしか出来ない、誰かを傷つけることしか出来ない力なんて……

現実に居場所がないのなら……、

私は、私の物語の中に眠り続けたい……。

次回、無限大の星。

『迷宮のクラリス』

新章桜にロマンの嵐!!

迎えに来たよ……覚める事のない夢の世界へ……
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