無限大の星、いよいよ最終章に突入します。
ウルトラマンと共演するに当たって、どうしてもやりたかった演出でした。
ハーメルン様でないと実現できなかったシーンです。
皆様も是非、一度聴いてみてください。
世界は、暗黒に包まれていた。
空は灰の曇天に染め上げられ、汚れた雨が絶え間なく降り注ぎ、朽ち果てた大地を染め上げていく。
最早生命のかすかな息吹すら感じられない死の世界の只中に、二つの影が見えた。
一つは、混沌。
この世の創造しうる全ての邪念すべてを混ぜ込んだような、恐ろしくもおどろおどろしく、そして抗いようのない威圧感を持って万物を見下ろす。
対するは、光輝。
人型を形作りながら、その巨躯を包む後光が如き光が暗黒の世界に尚も光を灯そうと抗い続ける。
その胸部に空色の輝きを見たとき、雷に打たれたかのような衝撃が脳内を駆け巡る。
知っている。
あの輝きを。
知らない。
この戦いを。
だが眼前の闇に立ち向かう大いなる光輝の名を、自分は知っている。
『シュッ……!!』
左右に広げられた光輝の両腕に、全身を包む光の粒が集まり、眩い光を放つ。
その腕が十字に組まれたとき、溢れた光が眼前にリングを映し出し、真ん中を射抜くように光線が発射された。
『グギイイイィィィ………!!』
対峙する混沌もまた、おぞましい咆哮と共に暗黒の雷を口から放つ。
二色の強烈なエネルギーのぶつかり合いは、勢いそのままに真正面からぶつかった。
『ヌッ、ウウウゥゥゥ……!!』
光輝が僅かに足を踏みしめ、力を込める。
対して混沌が返したのは、嘲笑だった。
『オロカナ……カミデモナキキサマヒトリノイノチガ、イクマンノオンネンニカテルトオモウカ?』
口元が醜く歪んだ瞬間、拮抗し続けたエネルギーが中心地で巨大な爆発を起こす。
疲労を露に足をつく光輝。
その様子に、混沌は勝ち誇るように笑う。
『ワレハクラウ……、コノホシノスベテヲ……ソレガワレダ!!』
トドメを刺さんと、混沌の全身から漆黒の瘴気があふれ出す。
だがその瞬間、光輝は動いた。
『シュッ!!』
既に赤く点滅を始めたタイマーに、全ての光を集約する。
先程の光線とは比較にならない眩さに、漆黒の世界は純白に染められた。
『グギイイイィィィッ!?』
今度は混沌が苦悶に叫ぶ番だった。
全身を包む瘴気を剥ぎ取られ、無数の閃光が全身を突き刺していく。
『……グ……グハハ……、ワルアガキヲ……』
それでも尚、混沌は嗤っていた。
『……ワレハキエヌ……、ワレアルカギリ……ヤミモキエヌ……』
『ワレノメザメガコノホシノハメツ……オボエテオクガイイ……、オーブ……!!』
「……ハッ!!」
閃光の果てに飛び込んできたのは、見慣れた自身の部屋だった。
窓からカーテン越しに差し込む日差しと鳥のさえずりが、目覚めの時刻を告げる。
そこにいたり、今までの光景が何なのか理解するに至った。
「夢……」
そう形容するにはあまりに生々しく思えた。
自身の研鑽の為に過去の英雄達の戦歴を思い返すも、あのような戦いは聞いた覚えがない。
だが、邪念に満ちた闇の瘴気と、対峙する光輝の胸に光った輝きに、心当たりがあった。
「……」
ふと、自身の左腕に視線を落とす。
プラズマ・オーブ。
今や自身の半身たるブレスと一体化したその宝珠の輝きは、夢に見た巨人の輝きと重なって見えた。
だとすれば、あの夢はオーブの……、
「あ……、もうこんな時間か」
視線の隅に見えた時計の時刻に、思考を止め立ち上がる。
横のカレンダーには途中まで順番に×印が記され、最後の×の隣には赤いペンで『クリスマス公演』と書かれていた。
華やかな町並みに囲まれた帝都銀座の一角に、一軒の古びた屋敷が存在する。
今時珍しいレンガで建てられた佇まいは、周囲の建物との異質さから小さい規模ながら不思議な威圧感を感じさせる。
そして長年手入れが施されていないであろう証拠に、壁全体を覆うように伸びた無数の蔦。
主無き屋敷は10年間の間に、『幽霊屋敷』と俗称がつけられるに至った。
その玄関が実に10年ぶりに開かれたのは、つい先程のことである。
「長生きはしてみるものだな。……この10年、よく耐え忍び続けてくれた」
「もったいないお言葉ですわ。……貴方様こそよくぞご無事で、花小路伯爵」
正面に座る女性に伯爵と呼ばれた男は僅かに口端を上げる。
齢は既に92を過ぎ、かの世界を牛耳った仇敵から逃れ続けること10年。
その間に既に老衰の兆候が見え隠れしていたその進行は、抗いようのないものであった。
いや、寧ろ10年前の記憶を忘れる事無く会話が出来ていく現状こそ驚くべきであろう。
「悪の芽を摘んで間もなく、こんな形でご老体に鞭打つことになり、深くお詫び申し上げます」
「構わん。人は心で動くもの。頭で理解したところで、その怒りを飲み込み続けることなど出来ん。行き場を失った怒りをぶつけ合うことの方が余程危うい」
去る『真田事件』の後、程なく解体されたWLOFに代わる形で、存命する各国の賢人機関の人間が形式上の霊的組織統括に収まった。
本来戻るべき鞘に収まったという形である。
しかしそれで10年間の贖罪を果たしたと公言して納得する国は存在しない。
一人の狂気に駆られた人間が無数の人々を巻き込み数え切れないほどの悲劇を齎し続けてきた現状は、当事者が亡き今、その男の生まれ育った祖国へと向けられることになった。
「行き場を失った怒りや怨みが吹き溜まりとなり、新たな魔を生み出す。それを食い止めるのもまた、霊的組織と我々賢人機関の仕事だ」
「感銘に堪えませんわ……。私達もまた秘密部隊に戻るだけのこと。それでは欧州の方も……」
「うむ。正式に復帰したそうだ。まさか欧州の連中も鉄壁が海峡を跨ぐとは夢にも思うまい」
WLOF解体と共に、世界各国は止まっていた時計の針のように一斉に動き始めた。
かつての巴里華撃団の古巣たるフランス政界では『鉄壁』の異名を持つ日本大使の迫水典通と、かつての総司令ライラック伯爵夫人が。
紐育華撃団の古巣たるアメリカではかつての総司令マイケル=サニーサイドが。
そして欧州星組の活躍したドイツではかつての隊長ラチェット=アルタイルが。
10年間の間に失われた霊的組織の真の理想に向け、世界の団結を目指し動き始めていた。
その唯一にして絶対の障害となる故・真田康弘への戦犯意識を少しでも緩和させるため、花小路が選んだのはその矢面に立ち、帝国華撃団の一時凍結と権利停止処分というものだった。
勿論これに帝国華撃団そのものの拘束はない。
あくまで国際責任を全うした形を取るための政治的パフォーマンスである。
この10年の間にWLOFによってその存在を白日の下にさらされた霊的組織。
それを表向き凍結扱いとして、元通り秘密部隊として水面下で活動するだけの話である。
「すみれくん……。奴は、真田は確かに死んだのだな?」
「はい。降魔皇の力とマガ細胞に飲まれ、最期は帝都に仇なす獣として果てましたわ」
力強い応えに重々しく頷く花小路。
しかしその表情は、依然として和らぐことはない。
「だが真田の残した怨唆の種は、今や世界にばら撒かれた。それらが胎動を始める前に、手を打たねばならん」
降魔大戦から始まる全ての元凶は死んだ。
だが世界平和の象徴を成していたWLOFが消滅したことで、世界各国の動揺と不安は計り知れないものであった。
自分達賢人機関の人間が表舞台に戻ったところで、その組織構造が張りぼて同然の付け焼刃である印象は到底拭い去れるものではない。
特に真田は霊的組織の中枢として潜り込み悪事を働いてきた。
その事実もまた、人々の霊的組織への信頼に影を落とす結果となっていた。
死して尚亡霊のように世界を蝕む狂人の底知れぬ執念には、ただ末恐ろしいと思う。
「お任せ下さいな。それこそ我ら霊的組織の十八番ですわ」
対照的に、視線の先に見えた彼女は一笑に付した。
理由と問えば、返事の代わりに懐の紙を差し出す。
その表紙に目を通したとき、花小路もまた笑みをこぼした。
「懐かしい名前を見たものだな……やはり長生きはしてみるものだ」
降魔皇という人智を超えた力に取り憑かれた一人の狂人が引き起こした悪夢から、気づけば4ヶ月。
日差しや木枯しを過ぎ、季節は白い雪が平和を取り戻した帝都に降り注いでいた。
吐く息も白く染まる寒波の中、それでも帝都民の活気は僅かも衰えない。
それには、理由があった。
『世界華撃団、クリスマス公演』決定の一報である。
折りしも国際社会に真田康弘という悪魔を世に放った責任を問われた大日本帝国政府は即日のうちにその責任を賢人機関代表と霊的組織へと転嫁。
両者の半永久的な権限剥奪と規模縮小という内輪から見れば滑稽極まりない茶番劇において、帝都民の不安が濃厚になりつつあった中での朗報である。
これまでは降魔の脅威から武力を以って帝都民を守り続けてきた帝国華撃団のもう一つの至上命題。
それこそ平時に舞台で舞い踊り、人々の心に安らぎと喜びを与えることだ。
言わば平和の象徴の一つと認識されている華撃団のクリスマス公演は、それまで不安に駆られていた帝都民の心を沸き立たせるには十分すぎる起爆剤となった。
「ようし、配線は問題ないな? 照明は観客に向き過ぎないように!!」
メガホンを片手に大勢のスタッフに指示を飛ばすのは、帝国華撃団整備班長の司馬令士だった。
これまでは降魔事件や世界華撃団大戦に対しての霊子戦闘機開発に尽力してきた彼のもう一つの顔は、帝国華撃団の役者に告ぐ花形の大道具である。
上海の李紅蘭直伝の蒸気工学技術の粋を駆使して生み出された舞台装置の数々は見る者達を感動に引き込み、花組団員演じる夢の世界へ観客達を誘ってきた。
その舞台演出の司令塔が意気揚々と準備に励んでいる代物に、様子を見に来た誰もが驚愕に目を見開くこととなった。
無理もない。
何故ならそれは、これまでの舞台演劇の常識を覆す革新的な代物だったからだ。
「しかしこれは……、思い切ったものだな……」
折りしも、それは帝国華撃団隊長神山誠十郎であっても例外ではなかった。
無理のない話である。
何せ舞台の上部と両脇に、それぞれ大きなモニターが備え付けられているのだ。
活動写真を写すスクリーンと言うより、蒸気テレビを巨大化させたようなモニターを一体何に使うというのか。
その答えを聞いて、誰もが二度驚いた。
「何せ世界の華撃団との同時中継だ。史上初のコラボレーション、節目の公演にはピッタリだろう?」
今回のクリスマス特別公演に際して司馬とすみれが出した驚愕のサプライズ。
それは最新鋭の蒸気モニター『中継ちゃん』を用いた世界華撃団との同時生中継による共演だった。
これまでならば日程調整や資金確保、さらには公演中に不在となる都市防衛の懸念から滅多に実現できなかった海外の華撃団との共演。
そのハードルを一気に下げる革命と言って良い今回のプロジェクトに、準備の段階から興奮が冷め止まらない。
「そっちの方はどうだ? 広報宣伝担当さんよ」
「ハハハ……、手ぶらな所を見て察してくれよ」
そう返すと司馬もまた満足げに笑い返す。
普段は主にモギリと雑用が中心の神山も、別段サボっていたわけではない。
広報宣伝として考案されたマスコットキャラクター『ゲキゾウくん』の中の人として、実に2ヶ月に及ぶ宣伝活動を帝都各所で展開してきたのだ。
その正体は帝都民は勿論のこと、帝劇内でも限られた人間しか知らない。
かくして前代未聞の中継出演と泥臭いまでの宣伝活動も功を奏し、既に前売り券は増刷分含めて即完売。
かつてない規模での一大イベントの準備が整ったのである。
「それにしても……」
ふと、神山は舞台中央で最後のリハーサルに熱を入れる隊員達に目を向けた。
支配人の悲願でも会った帝国華撃団の復活。
それから間もなく連続した降魔事件と、世界華撃団を巻き込んだ真田事件。
息もつかせぬ戦いの中、やはり舞台に立てないことへのわだかまりを誰もが感じていたのだろう。
今日の特別公演が決まったときの喜びようと、成功に向けて邁進する姿は感服に尽きる。
「やっと実感が沸いてくるな。帝都に平和が戻ってきたって」
「お前と、みんなの力だ。そして……」
「ああ。この平和を、人々の安らぎを舞台の上で守り続ける。それが今の、俺達の任務だ」
帝国華撃団としての戦いを終えた後は、帝国歌劇団として舞台の上から人々に夢と感動を与え、その心に癒しと安らぎを齎すこと。
それが都市防衛構想における魔障隠滅に何よりの意味がある。
平和を勝ち取った喜びと、それを守り続けられることへの感謝。
神山は改めて心の中で、共に幾多の窮地を乗り越えてくれた仲間達に礼を述べる。
「そう言えば神山……、考えてるか? アレ」
「え? ああ……」
司馬に手渡された一枚の紙片に、神山は思い出したようにペンを手に取る。
そういえば宣伝活動が過密化して後回しになっていた。
見れば他の皆はもう書き終えているらしく、自分の担当箇所だけが不自然な空白になっている。
「丁度本人がいないんだ。今のうちに纏めておけよ」
「ああ、そうさせてもらう。……ミライは?」
ふと、不在の人物の居場所を問う。
だが返ってきたのは、首をかしげて肩をすくめる昔なじみのおどけた顔だった。
同時刻、大帝国劇場の支配人室はいつになく張り詰めた空気が漂っていた。
理由は言わずもがな、部屋の主の前に立つ青年の発した言葉である。
「……それは確かなのね?」
念を押す問いかけに、返ってきたのは肯定の返事だった。
やはり年の功を侮ってはならないと、沈黙の中に驚嘆を飲み込む。
だが懸念がないわけでは決してなかった。
自分達が成したのはあくまで幻都の再封印であり、根源の降魔皇については未だ結界に隔たれた先にて再起の時を待ち続けているのが現状だ。
いわば10年前の奇妙な沈黙による平和に時を戻したに過ぎない。
故に彼の話したその光景は、単なる夢とは思えない。
「それがどこなのかは分かりませんでした。でも、あの怪物も、あの巨人も、僕が知るものではありませんでした……」
記憶の中に見える降魔たちの皇は、あくまでも人型に近い容姿のまま、言いようのない怪物然としたものではなかった。
こちらの言語や思想をも理解する高い知能を有し、人類の敵であることを除けば務めて紳士的な立ち振る舞いを欠かさない高貴ささえ兼ね備えていた。
そして相対する巨人にミライが心当たりがないというのも不思議な話であった。
世界を無に帰す混沌の闇と、それに抗う光の巨人。
夢の中で混沌は、巨人を『オーブ』と呼んでいた。
それが、目の前の青年が齎した情報のすべてだ。
「支配人、これは……」
「ええ……、闇の怨念に満ちた存在と、それに抗うオーブという名の巨人。単なる夢にしては、あまりにも辻褄が合い過ぎる……」
ふと、すみれはミライの左手首に輝くブレスに目を落とす。
赤の宝玉を包み込む、青いリング状のオーブ。
これまで幾人もの巨人達の力となり、この都市の、この星に勝利を齎し続けてきた光の至宝。
その中に眠るかつての戦いが、何らかの形で今の宿主であるミライに何かを伝えようとしている気がしてならない。
まだ脅威は去っていない。
そう自分達に警鐘を鳴らしているかのように。
「支配人……、宇宙警備隊からの連絡は……?」
「二つありますわ。良い知らせと悪い知らせと」
怪訝な顔の部下に、そのまま続ける。
「まずは悪い方から。現状私達の星以外でも怪獣事件が頻発して、宇宙警備隊は人員派遣が難しいとの回答があったわ。よって援軍は望めそうにありません」
「そうですか……」
「次に良い方。宇宙警備隊は貴方に地球での滞在期間延長を許可しました。依然として残る降魔皇の脅威に対抗するために、貴方の力が必要不可欠と判断したそうよ」
とはいえ、ミライの表情から憂いの色は消えない。
無理もない。
ゾフィーたち宇宙警備隊の主戦力となるウルトラマンはいずれも降魔皇諸共別次元に封印されたまま。
銀河が去った今、この地球を守れるのは文字通り御剣ミライ=ウルトラマンメビウスただ一人ということになった。
帰還命令が下されなかった事だけは幸いだが、果たして今の体制だけで十分な都市防衛を成し遂げられるかは不安定の一言に尽きる。
だからこそ、今尚胎動を続ける降魔皇復活への懸念という人々の不安を和らげ、僅かでもXデーの到来を遅らせる必要があった。
「どうぞ」
支配人室の扉がノックされたのは、僅かな沈黙を挟んだ時だった。
入ってきたのは、宣伝活動に従事していた隊長だった。
「最終リハーサル、全て完了しました。後は本番を待つばかりです」
「よろしい。アレも用意は終わっているわね?」
「はい、滞りなく」
申し合わせたように頷きあう二人。
一方、ただ一人蚊帳の外に置かれたミライは双方の顔を見比べつつ首をかしげた。
「あ、あの……アレって何ですか?」
リハーサルというのは分かる。
午前中一杯を見込んでいたクリスマス公演の準備だ。
中継ちゃんを用いた初の同時生中継公演。
その誰もが待ちに待った一夜限りの特別ステージの本番が今夜、クリスマス・イブに開催されるのだ。
自身も裏方に回り、昨日まで機材の準備と調整に奔走していたのはいい思い出だ。
だが、何かサプライズ要素はあっただろうか?
「オホホホホ、そういえばミライさんはまだご存じなかったわね。今夜のクリスマス公演では、お客様に内緒で一つ準備しているものがございますのよ」
「準備? 一体何ですか?」
「まあ、大層なものじゃないんだが……、せっかくだ。ミライも楽しみにしてたらどうだ?」
「え……?」
明らかにはぐらかされ、困惑するミライ。
それを尻目に、神山もすみれもスケジュール確認と称して支配人室を後にしてしまった。
かくして、部屋には状況が分からず首を傾げるばかりのミライだけが残された。
リハーサル終了から1時間の後、神山誠十郎は自室にて珍しく姿見で入念に身だしなみのチェックに勤しんでいた。
普段から仕事柄清潔感を大事にしている分さほど神経質になることではないが、今回ばかりは気合の入り様が違う。
理由は1時間前、準備を終えた自分達に支配人が告げた一つのサプライズにあった。
それが夜の公演時間までの自由時間。要は半休である。
思いがけない憩いの時間に、自分以下隊員たちはようやく張り詰め続けた肩の力を抜くことが出来ると喜び、各々が休息に入っている。
当然自分もと思った神山だったが、事ここに来て何をするべきか困惑してしまった。
何せ帝国海軍将校時代から真面目を絵に書いたような人間だ。
勿論休日というものは存在していたが、結局手持ち無沙汰になって自ら軍事書を読み漁って戦術の研究を深めたり、修練場で剣術の稽古に励む事に時間を費やすことしかしていなかった。
今まではそれで何の違和感も感じていなかった。
時間はとかく有限で、敵はいつ現れるか分からない。
故人の言葉を借りるなら、『治にいて乱を忘れず』。
そんな危機感が全てだった過去の神山には、そうした寸暇を惜しんで鍛錬に集中する事に邁進し、そのことに一切の疑問を持たなかった。
だが、今はそのアイデンティティは大きく変化を遂げていた。
「……よし」
普段のモギリ服を黒のシャツに取替え、少々バタ臭いが赤いジャケットを羽織る。
いつもなら専用の革ケースにしまいこむスマァトロンは胸ポケットに隠れるようにしまい込み、違和感のないことを確かめる。
通常ならマントなどを羽織ったりするかもしれないが、流石にそれは堅苦しすぎるためとりやめた。
今までの自分ならここまで着飾るようなことはしないだろう。
だが今日だけは話が別だ。
何故なら……、
「さくら、いるかい? こっちは準備できたよ?」
扉をノックすると、程なく開かれた隙間から普段と違う装いの少女が顔を見せた。
「……お待ちしてました、誠十郎さん」
一瞬、神山は反応に遅れてしまった。
所々に花柄をあしらった桜色のスカートと白のカーディガン。
黒髪にはいつも結わえていたリボンではなく、銀のカチューシャが光る。
昔から袴姿ばかりを見続けてきたからだろうか。
あまりにもその姿が、佇まいが違いすぎて、
「……キレイだ……」
気づけば、無意識にそう呟いていた。
「実は今日の為に、クラリスたちに頼んでコーディネートしてみたんです……」
「あ、ああ……その……何ていうか……綺麗だよ……とても……」
おかしい。
いつもなら冗談の一つでも言えるような彼女に、自然な言葉を返せない。
見つめようとすればするほど、顔から火が出るような感覚を覚え、無意識に視線をそらしてしまう。
「フフフ……、そういう誠十郎さんこそ」
「え?」
「似合ってますよ、そのハイカラな感じ。なんだか別人みたい……」
「そ、そうか……?」
こちらの羞恥を知ってか知らずか、さくらは目を細めて意地悪げに微笑む。
視線だけ返す事数秒、吹き出したのは同時だった。
「……行こうか」
「……はい!!」
それを見たのは、偏に偶然だった。
「……行こうか」
「……はい!!」
聞き慣れた声に、最初はてっきり中庭で剣の鍛錬でも始めるのかと思った。
だが僅かに開いた扉の隙間からこっそり盗み見ると、いつになくお洒落に着飾った姿の幼馴染と隊長が、どこか気恥ずかしげに腕を組みながら並んで歩いていた。
いつか休みの日に見た活動写真の恋人のようで、見知った二人のはずなのに、ひどく他人の様に思えた。
「……そっか。まあ、そうだよな……」
あの真田事件の後、帝鍵に纏わる騒動を経て、晴れて神山とさくらは幼馴染から恋人へとその関係を昇華させていた。
これまでも任務内外で二人して出歩くことはそう珍しいことではなかったが、その表情は兄妹然としたものから明らかに男女のそれへと変化している。
年齢は代わらないはずのさくらが、ここ最近になって妙に色気づいた、というのは失礼だが、大人びてきたように思う。
良い事だと思うし、親友がこうして長年の想いを実らせた事も大変喜ばしい。
ただ、同時に自分だけが何も変わっていない様な、どこか置いてけぼりにされているような、そんな漠然とした不安が心の片隅にのさばっていた。
「……どうすっかなぁ……」
ふと、自室の姿見でいつもの自分にそう呟く。
今までなら何の違和感も持たなかったが、先程の二人を見ていると、いつものお祭り感満載の自身の姿が中々滑稽に見えて仕方ない。
ふと窓から眼下の帝都を見下ろせば、道良く誰もが今日だけの特別な装いで今日だけの笑顔で、恐らく今日だけの思いを胸に行き交うのが見える。
年中お祭り女を自称する自身のアイデンティティを否定する気など毛頭ない。
実家ではもとより、これは自身にとって何物にも代えがたい正装だ。
でも今日は……、少しくらい趣向を変えてみても罰は当たらないのではないか。
「そうだな……、偶にはアタシも……ちょっとくらい……」
「心得た」
「へっ?」
突然の背後からの声に、思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
振り返ると声の主とついでに二人ほど人影が見える。
両手には溢れんばかりの大量の衣装と化粧道具。
まるでお屋敷で女主人をおめかしするメイド集団のようだ。
「さくらさんに頼まれて腕によりをかけたんですけど……」
「こっちはこっちで腕が鳴るわね」
「ちょ……ちょっと待てお前ら……い、いつの間に……」
満面の笑顔の奥に鬼気迫るようなオーラを感じ、本能的に距離を取ろうと一歩下がる。
瞬間、目の前にいたはずの人間が背後で無慈悲な宣告を下した。
「問答無用、ご覚悟」
一瞬、失礼かもしれないが誰かミライは分からなかった。
待ち合わせ時間5分前に突如あざみから少し待つように言われ、放置されること20分。
「……お……お待たせ……」
リンゴのように真っ赤な頬で彼女は扉から姿を見せた。
普段は右上に結った橙の髪は真っ直ぐ降ろし、向日葵を思わせる黄色の明るいフレアスカート。
まるで御伽噺の少女が絵本の中から出てきたような、普段の豪快な姿に隠れて見えない華奢な少女がそこにいた。
「……初穂……さん……?」
一瞬、その普段と全く違う姿に言葉を失うミライ。
だがそれを悪い意味に捉えたのか羞恥に堪えられなくなったのか、初穂は部屋に引っ込んでしまった。
「ほ、ほら! やっぱり変だって! ミライも唖然としてるじゃんか!!」
「そんな事ない。ミライは似合ってなかったらそう言う人」
「そうですよ! 初穂さんだって素材が素晴らしいんですから、お手入れすればお姫様にだって……!!」
何やら部屋の中から聞こえる騒ぎ出す声に、ようやく我に帰る。
そうだ、今の自分の反応で傷ついていたらいけない。
「は、初穂さん!」
着替え始めた最中かもしれないと思い、扉越しに声をかける。
途端に止まる話し声に、尚も続けた。
「す、すみません! とっても綺麗だったので、見惚れちゃいました!!」
「……ホント?」
「はい!! いつもの凛々しい初穂さんも素敵ですけど、今の可愛い初穂さんも素敵ですよ!!」
おずおずと顔を出す初穂に、元気付けようと念を押す。
やがてドレスアップをしてくれたと思われる3人に促されて、赤い顔の初穂が恐る恐る部屋から出てきた。
「……その……、ごめんな、待たせちゃって……」
「平気ですよ。こんなに可愛い初穂さんと休日を過ごせるなんて、今から楽しみです!!」
「ですってよ?」
満面の笑顔で力強く返すミライに、初穂はいよいよ顔から湯気を出す勢いで縮こまる。
すると、ミライはそんな初穂の手を取り我先に歩き始めた。
「さあ、行きましょう! デートって男の人がリードするんですよね!?」
「お、おいミライ……!!」
「大丈夫です! 今日は一杯楽しみましょう!!」
大帝国デパート。
帝都最大の繁華街として知られる銀座の中央に位置する大型商業ビルは、長年上流階級ご用達の道楽場所として広く名を知られていた。
貴金属類や西洋の織物文化を昇華させたブランド服、もしくは最新鋭の蒸気家具といった幅広い品揃えを誇るその建物は、今日も買い物や市場調査に明け暮れる人々で溢れ変える。
そしてその屋上に、一際周囲の目を引く男女が姿を現したのは先刻振りであった。
恐らく銀座に初めてきたカップルだろうと、誰もがあたりをつける。
子供のようにスキップを踏む女の後ろを、明らかに疲れた顔の男が追いかける。
その両手には幾つもの紙袋に溢れんばかりに詰め込まれた洋服たちが見えることから、大方2階の婦人服コーナーでファッションショーにでもつき合わされたのだろう。
典型的な若いカップルの縮図である。
「はい、お疲れ様でした」
そう言って差し出された緑茶を啜り、付け合せの串だんごを頬張る神山。
すると、さくらはその様子に微笑みつつ隣に腰を下ろす。
意図しているのかいないのか太もも同士が触れ合うような近さに、神山はとりあえず両脇においていた紙袋を反対側に寄せた。
「ありがとうございました。一度見始めたら止まらなくなっちゃって……」
「ハハハ……、仕方ないさ。初めての洋服だったんだろ? 全部似合ってたし、これから色んなさくらが見られるんだから、安いもんさ」
そう言うと、さくらはほんのり頬を赤らめ、そのままこちらの袖にもたれる。
一瞬周囲の様子を窺うも、神山は程なく腕をさくらの方に回し、肩へと抱き寄せた。
こんな大胆なこと、数ヶ月前の自分では、とても気恥ずかしくて出来なかっただろう。
「……何だか、不思議な気持ちです」
ふと、まどろむように瞳を閉じたまま、さくらが呟いた。
「ついこの前まで、世界中に降魔があふれ出して、世界中の華撃団が戦って……、幻都の再封印を、私達の手で成し遂げて……」
「ああ……、この平穏も、この平和な暮らしも、俺達が勝ち取ったんだ」
それは神山も同じ感覚だった。
新生帝国華撃団として真田事件を解決してから実に4ヶ月。
史上最強の霊子戦闘機を駆り、誰よりも隣で支えてくれた少女は、こうして隣に抱くと改めて普通の女性と何ら変わりないか弱い存在だと気づかされる。
絶界の血を引く一族の宿命と、果て無き羨望の果てに見た帝都を守る華として生きる道。
それを除けば、さくらもまた帝都で笑う一輪の華に過ぎないのだ。
これまで平和の為に、かつての女傑たちに報いらんと気を張り詰め続けた彼女が、こうして気兼ねなく平和を謳歌できること。
その一番側に自分という存在を求めてくれたことに、神山は喜びを禁じえない。
「神山さん、ご存知ですか? 今夜の演目……」
「ああ。『奇跡の鐘』……、先代花組が聖夜に演じた演目だったね」
初めてそれを聞かされたとき、神山は勿論花組の誰もが驚愕に目を見開いた。
奇跡の鐘。
それはかつて帝国歌劇団が聖夜を祝して行った一夜限りの特別公演の演目である。
復活と共にアナスタシアを迎えて舞台演劇に本腰を入れた花組ではあったが、すみれはあくまで新規かオリジナルの脚本を演目に指定し、かつて花組が演じた演目は避けるようにしていた。
無論脚本担当となっているクラリスの立場を考慮してのこともあるのだろうが、今の自分達の舞台上での実力が先代に遠く及ばないことは一目瞭然である。
誰よりも舞台にストイックであり続けるすみれから、そんな先代達の特別な想いを持って生み出された感動の舞台が任された意味の大きさを、神山たちは自覚していた。
「必ず成功させよう。俺達の掴んだ平和が束の間ではなく、永久に続くように……」
「はい……」
静かな風の音と、人々の喧騒。
その中に自分達が一部として溶け込める喜びを噛み締めながら、神山もまた目を閉じるのだった。
帝都の下町、浅草では今年も恒例の『聖夜祭』が執り行われていた。
商店街の中心部に位置する東雲神社主催の下、翌年の祈願を行ったり、時にはクリスマスツリーを模した神輿を担いだりとその様相は多岐にわたる。
今年は神社中央に設置したツリーに、初詣よろしく願い事をしたためた紙を結ぶというものだ。
商魂逞しいと言っては些か語弊があるが、型に嵌らずに節目の行事を祝える柔軟性は、人情と懐の深い浅草ならではのものだろう。
「お、おい初穂!? お前……、何て格好してんだ、お人形さんみてぇに!」
「まあまあまあ! あらあらあら! 貴方達もうそんな所まで……!!」
ひっきりなしの客ににこやかに挨拶していた権宮司と妻が、変わり果てた姿の娘に絶叫したのは、到着して程なくしてのことだった。
無理もない。
ただでさえこんな和風然とした神社の中で普段着付けない洋服をあしらったのだから、嫌でも目立つに決まっている。
それが自分達の一人娘となったら尚のことだ。
「ホラ見ろよ~。だからここだけは来たくなかったんだよ~……」
「だってもったいないじゃないですか! こんなに綺麗な初穂さん、ご家族にもお見せしないと!!」
深いため息をつく初穂の横で、瞳をキラキラ輝かせるミライ。
根拠もないのにえらく自信満々にリードすると言い張る様子に、どこかおかしいと思っていた。
任務中は実直で頼もしい自慢の彼氏だが、どこか世間とずれていると言うか突拍子もないことを悪気のないまま行ってしまう。
それが御剣ミライだということを、東雲初穂は失念していた。
「アタシは銀座の喫茶店とかで一緒にお茶飲んだりとか、活動写真館に洒落込むとかそういうのを期待してたんだよ!」
「だって銀座に初穂さんのご家族もお知り合いもいらっしゃらないじゃないですか」
「恥ずかしいだろうが! この辺じゃアタシを知らないやつの方が珍しいわ!!」
「そんな事ないですよ! 初穂さんとってもキレイですよ! ですよね、皆さん!!」
羞恥で真っ赤になった顔を両手で隠して縮こまる初穂に、ミライが大声で問いかける。
すると一部始終を見ていた周囲からは
「おうおう、めんこくなったじゃねぇか初穂ちゃん!!」
「馬子にも衣装ならぬ、巫女にも衣装ってか? いっでぇ!!」
「バカ亭主! そういうのはフランス人形みたいだって言ってやるんだよ!」
「あのガサツっ娘が一丁前になってるじゃないか。彼氏さん、大事にしなよ」
「う~む、わしがあと50年若かったらのぉ……」
「爺様、帰ったら話があるだ」
「だあああぁぁぁっ!! もう止めてくれえええぇぇぇ……!!」
とうとう堪えられなくなったのか、止める間もなく神社の奥へと消えてしまう初穂。
見物客達が爆笑する中、その後ろをバタバタと銀次と火乃香が追いかける。
その際火乃香が去り際に
「今夜はお赤飯かしらね」
と呟いていたのは気のせいだろうか。
「おやおや、珍しいと思ったらやっぱり騒がしい孫だねぇ」
騒動がひと段落して神社の喧騒が元通りになったあたりで、ふと背後から声が聞こえた。
振り向くと、そこには神社の宮司がにこやかな笑みと共にこちらを見ていた。
「帝鍵の儀以来かね、元気そうで安心したよ」
「キクさん、お久しぶりです お変わりないようで何よりです」
「眩しい笑顔だねぇ。まるで鏡のように曇りがない……、昔を思い出すようだ」
「昔……?」
キクは懐かしむように空を仰ぐ。
「あの子もお前さんのように、どこまでも透き通った若者だった。人より人を愛し、人より人を信ずる……、思えば全ての礎を、あの子が築いてくれていたのかもねぇ」
「キクさん、あの子とは……?」
「ミライくーん、せっかくだからお茶飲んでいきなさーい!」
ミライの問いかけを遮るように、火乃香の声が飛んできた。
一瞬躊躇するも、一言残してその場を離れるミライ。
その背中を眺めつつ、キクは一人呟いた。
「だとしたらこれはあの子達に……、いや、私達に課せられた試練なのかもしれないねぇ……」
大正29年12月24日。
クリスマス特別公演を迎えた大帝国劇場内は、この日を待ち望んでいた帝都民たちで埋め尽くされた。
演目はかつて帝国歌劇団花組が聖なる夜の平和を祝福したときと同じ、『奇跡の鐘』。
その意志を受け継ぐ新生帝国華撃団が同じ日に同じ歌を届けるその意味を誰もが噛み締め、誰もが心待ちにしていた。
「いよいよか……」
舞台袖で一部始終を見守るミライもまた、その一人だった。
結局朝方にすみれや神山が話していたというサプライズが何なのか、聞かされないままだった。
今回は舞台演劇というより歌謡ショウと聞いていたが、一体何を予定しているのだろうか。
『今日は、全てが輝く特別な日……』
『今日は、誰もが希望に胸を灯す日……』
『ふたりの愛が、あふれ出す日……』
『今宵、この暖かい星の輝きの下で……』
『忘れられない奇跡が起こります……』
白の衣装に身を包んだ5人の天使達が、聖なる夜に祝福の賛辞を送る。
瞬間、暗転していたモニターが一斉に異国の天使達を映し出した。
中国は上海、英国は倫敦、独国は伯林。
かつて降魔の脅威から人類の平和と希望を守るために戦った同志達が、今海を隔てた先で繋がった。
『あの鐘の音と、共に……』
そして、祝福の夜が始まった。
奇跡の鐘。
年に一度のクリスマスという聖なる夜の奇跡を歌ったその姿は、ミライの心に深く焼きついた。
自分がこの星に降り立ってから早半年。
長きに渡る降魔達の終わりなき脅威に晒され続けた人々の心は目に見えて荒み、苦しんでいた。
その戦いが終わり、ようやく見えた平和の兆し。
それを象徴するかのように、聞き入る人々の表情はどれも幸せと喜びに満ち溢れている。
それが、ミライは堪らなく嬉しかった。
「……素晴らしい舞台だな」
「……、隊長……!」
声を出しかけ、既の所で止める。
そう言えば広報活動とモギリを終えた今、神山も手が空いた状態だ。
こうして裏の特等席で舞台を堪能しに来たのだろうか。
「今、この空間には幸せが満ち溢れているのが分かる……」
「はい……、僕達がみんなで勝ち取った平和なんですね……」
誇りに思う。
今この場に、貢献できたと思えることが。
晴れやかに、鮮やかに歌う彼女達の力になれたことが。
だからだろう。
曲が終わり、観客達が総立ちで拍手する姿につられて、自分達も拍手を送っていた。
そのときだった。
『皆さん、少しだけ時間をいただけますか?』
ふと、中央に立つさくらが口を開いた。
一体何事かと客席がどよめき立つ。
無理もない。
今回は中継ちゃんの消費電力の関係上、アンコールは出来ない旨の連絡があったはず。
『霊的組織発足からようやく、降魔の脅威が去り、平和への一歩が踏み出せるようになりました』
『私達がそれを成し遂げられたのも、私達を信じてくれた皆さんのおかげです』
紆余曲折あれど、最後は自分達を信じてくれた帝都民に素直な感謝を述べるさくら。
拍手で返す観客達に礼を返し、さくらは続けた。
『実はもう一人、私達が感謝を伝えたい人がいます』
さくらは胸に手をあて、祈るように目を閉じて続けた。
『その人の名は、ウルトラマン……』
「え……?」
突如名を呼ばれたことに、一瞬ミライの時が止まった。
舞台の天使達は、さくらに続き祈りを続ける。
『遠い宇宙のかなた……M78星雲からこの星を見守り……、共に平和のために戦い続けてくれた光の勇者』
『どんな強大な敵でも、どんな僅かな可能性でも諦めず、共に勝利を掴んでくれた大切な仲間……』
『かつての戦士達に代わって私達を信じ、私達を愛し守り続けてくれた貴方の名前は、ウルトラマンメビウス』
『海も空も、星さえ隔てた先にいる貴方に、私達は礼を述べることすら出来ません』
『だからこの感謝を、この気持ちを、皆で詩にしたためました。今も宇宙を飛び続けているであろう貴方に、届くと信じて……』
『ウルトラマンメビウス……、この詩を、貴方に捧げます』
口火を切ったのは、いつの間にかモニターに並んでいたシャオロンだった。
『……今すぐできることは何だろう?』
その言葉を皮切りに、伴奏もなしに次々と素直な言葉を歌い上げていく。
ウルトラマンメビウス。
自身の名を冠した歌にして。
『悲しみなんかない世界 愛を諦めたくない』
『どんな涙も必ず乾く』
『僕らが変えてく未来 絆は途切れやしない』
『無限に続く光の中へ』
やっと理解が追いついた。
すみれ達がひた隠しにしていたサプライズ。
他ならぬ自身への、自作の歌を届けてくれたのだ。
仲間達からの心の篭ったささやかなクリスマスプレゼント。
ミライは声を押し殺したまま、喜びの余り滝の涙を溢れさせた。
『微笑みを繋ぐ世界 夢を諦めたくない』
『どんな希望も積み上げながら』
『僕らが叶える未来 仲間を信じていたい』
『無限に続く光の国へ』
「(みんな……、ありがとう……!!)」
『ウルトラマン……メビウス……』
こうして数多の人々の愛と幸せと希望に満ち溢れ、聖なる夜は眠り行く。
はずだった。
夜の風が、強い。
皆が寝静まった中、東雲キクは一人雪の降り止んだ空を見上げる。
昼間はあれほど澄み切っていた空に、曇天ではない何かが霞がかったように空を濁らせる。
だがその名を、東雲神社の宮司は知っていた。
「『オモンサマ』……。あなたほどの存在が動かれるとは……!!」
その名が意味する全てが、キクを戦慄させた。
この帝都で、そして世界に生きた賢者たちが一様に危惧していたその瞬間は……、
「ゴアアアァァァ……!!」
それは、何の前触れも無く寝静まった平和の町に牙を向いた。
激しい地鳴り。
吹き荒れる熱風。
たちまち変形する地面。
混乱の渦に包まれる町は、一瞬にして灼熱の地獄と化した。
「ゴアアアァァァッ!!」
この世のものとは思えない、おぞましい咆哮と共に。
突然の異常事態に、真夜中の作戦司令室は騒然としていた。
「司令、これは一体……!?」
長らく着る事が無いと思っていた戦闘服に身を包み、必死に冷静さを保ちながら神山が尋ねる。
一瞬間をおいて返ってきた返事は、明らかに震えていた。
「……マガ細胞……!!」
辛うじて返ってきたその言葉は、その場の全員に電撃を走らせた。
マガ細胞。
かの事件で葬り去った狂気の科学者が生み出した悪夢の種。
皆で祝った平和の夢は、僅か一夜にして儚く散った。
「現在原因不明の地震は収束。震源地に出現した巨大生命体は現在上野公園で破壊活動を継続。銀座市街地に進撃を続けています!」
「全身にどえらい発火性物質抱えとるで。しかも頭部にある角のような器官は、マガ細胞と解析結果が一致しよった」
カオルとこまちの報告から神山の脳裏に過ぎるのは、大帝国病院で相対した悲劇の怪物。
変異降魔皇獣マガタマグライである。
自分達の攻撃はおろか、メビウスやギンガの集中攻撃を受けて尚も立ち上がる強靭無比な生命力を武器にこちらを蹂躙したことは記憶に新しい。
あのモニターに映し出された化け物も、それと同等の力を持つというのか。
「集中解析結果が出ました。巨大生命体は大正12年帝都築地に出現した怪獣タッコングと酷似しています」
「ちゅうことは発火性物質は油やな。下手に引火でもさせたらどえらいことになるわ」
「だとしたら、少なくとも市街地から遠ざけないと被害の縮小は図れないという事ね」
アナスタシアの言うとおりだ。
かつて帝国華撃団と交戦した怪獣タッコングは油分を食料とし、全身にオイルを滾らせていた。
幸いにして出現が海上であった事と、早期にウルトラマンジャックによって倒されたから大きな問題にこそならなかったが、万が一市街地に出現していたら大火災に繋がっていたに違いない。
「最早一刻の猶予もありません。こちらは他国の華撃団と連絡を取ります。神山君、何としても怪獣の進撃を阻止するのよ!」
あまりにも情報が不足しているが、悠長に構えている時間はない。
今こうしている間にも怪獣は本能のままにこの帝都を蹂躙し続けているのである。
数々の苦難の果てに取り戻したはずの平和を、こんな形で壊されてなるものか。
皆の気持ちを代弁するかのように、神山は出撃命令を下した。
「帝国華撃団花組、出撃せよ! 目標、上野公園!! 怪獣の進撃を阻止し、帝都の平和を守りぬく!!」
「「了解!!」」
帝都、上野公園。
大帝国劇場より公共交通で30分とかからない場所にある自然の空間は、既に悪魔の瘴気によって地獄と化していた。
春先には立派な桜が咲き誇る桜並木は、灼熱の風に晒されほとんどが炎上または炭化し、大火事のようになっている。
「ひどい……、桜がみんな焼けてしまって……」
「それにこの熱さ……、まるでサウナの中にいるみたいね……」
季節は日中でも雪がちらつく真冬だというのに、焼け付くような温度に汗が止まらない。
吹き荒れる熱風だけではない。
まるで一帯の地熱が異常なまでに活性化しているかのようだ。
「あれか……!!」
その元凶を目の当りにした初穂が、大槌を握る手に力を込める。
以前過去の帝国華撃団の戦歴を確認したときに閲覧した事のある怪獣だった。
オイル怪獣タッコング。
文字通り球体の体にタコを思わせる吸盤を持ち、それを利用してオイルを吸引する性質を持つとされている。
だが眼前で我が物顔で居座る怪獣は面影こそ残しながらも、最早別物と呼ばざるを得ない姿形をしていた。
吸盤と思わしい全身の器官からは鋭い棘を生やし、こじんまりとしていたはずの四肢は肥大化し、獰猛な面構えとなった額には炯炯と怪しく紅に輝く一本角が見える。
忌まわしき降魔の皇が残した悪夢の欠片、マガ細胞。
その力により人智を超えた灼熱の怪物。
火ノ魔皇獣『マガタッコング』である。
『ゴアアアァァァ……!!』
身の毛もよだつ醜悪な咆哮が、一帯の空気を震わせる。
焼け付いて脆くなった木々が倒れ、その火種が周囲に飛び火し、火炎地獄が治まる気配は一向に見えない。
「どうしますか、隊長?」
「まずは怪獣の注意をこちらに向けさせる。進行方向を銀座から逸らすんだ」
状況を見る限り、怪獣は単独で出現し、特に明確な作戦を立てて破壊活動を行っている様子はない。
傀儡騎兵のような部下を引き連れる事もなく、指揮官に位置する上級降魔のような存在も見当たらない。
怪獣自身もあくまで生物的な生存本能による行動が破壊に結びついているだけで、どうやらそこまで知能は高くないようだ。
だとしたら、撃破はともかく進撃を妨害することはそう難しくはない。
音や光、刺激などで注意をひきつけ、興味をそらせばいいだけだ。
「アナスタシア、切り込みは頼めるか?」
「お安い御用よ」
言うや、青の無限が番傘の銃口を突きつける。
超高温を有する敵に、アナスタシアの霊力は氷を纏わせるといえど致命傷にはならないだろう。
しかし敵の注意をひきつける囮としては最も適し、遠距離攻撃なら接近による反撃の心配もない。
「運命を閉ざす、蒼き流星……、アポリト・ミデン!!」
放たれた霊力の一撃が、寸分違わず巨獣の足を撃ち抜いた。
具現化した霊力は絶対零度の氷柱となり、その歩を物理的に遮断する。
『ゴアアアアアッ!?』
突然の不意打ちに一瞬悶えるも、怪獣は事も無げに薄氷を砕いて眼下を睨む。
その凶悪に歪んだ双眸がこちらを捉えた時、神山は叫んだ。
「来るぞ! 総員、後退用意!!」
「「了解!!」」
打ち合わせどおり、一斉に7機の無限が四方へ飛び退る。
瞬間、怪獣は怒りをむき出しに吼えた。
『ゴアアアアッ!!』
それは自身に抗う人間への憤怒か。
咆哮と共に放たれた灼熱の火炎が、それまで自分達のいた場所のすべてを焼き尽くしていく。
もし直撃していれば、とても無事ではすまないだろう。
「ミライッ! さくらっ!」
「はい!!」
「了解!!」
次の攻撃が来る前に、神山は素早く指示を飛ばす。
先のアナスタシアの攻撃で進撃を止めたという事は、少なからず四肢に痛覚は存在している。
ならばより強力な攻撃を加えて身動きを止めれば、大きな対格差であっても戦力差は確実に縮まるはず。
即ち、先程の足により深い傷を残すこと。
「希望の未来に、描くは無限の可能性……、ホープ・ザ・インフィニティーッ!!」
「蒼き空を駆ける、千の衝撃!! 天剣・千本桜ーーーっ!!」
霊力を具現化した無数の斬撃が、一斉に大怪獣の足元を襲う。
息もつかせぬ連続攻撃に、さしもの怪獣も膝を折り、轟音と共に地に倒れる。
「今だ! 一気に畳み掛けるぞ!!」
二刀を抜いて突進する神山。
残る無限もそれに続く。
だが……、
『ゴアアアアアッ!!』
「……、いかん! 散れっ!!」
唐突な殺気に反射的に指示を飛ばし、7機の戦闘機が一斉に散開した直後だった。
大怪獣は全身を丸めるとまるでハリネズミのように高速回転し、ローラーのように眼前のすべてを押しつぶしていくではないか。
冗談ではない。
これでは進撃を止めるどころか近づくことすらままならない。
おまけに敵はこちらに感づいているようで、隙を突こうとしても器用に進行方向を変えて襲ってくる。
これでは防戦一方だ。
『神山さん! 賢人機関より許可が下りました。敵怪獣撃破を最優先とし、上野公園景観保護は放棄せよとの命令です!』
「こんな状態で景観もクソもあるかって……」
「だがチャンスだ。一つだけ突破口がある!!」
カオルからの連絡に軽口を突く初穂をたしなめつつ、神速の脳内は瞬時に最適解を導き出す。
賢人機関の言質は取ったのだ。
今さら文句は受け付けない。
「花組各機に通達! これより敵を後方の不忍池に誘い込む! あざみ、クラリス、アナスタシアは波状攻撃で敵を誘導!! さくら、初穂、ミライは俺と一緒に3人の移動に邪魔な障害物を排除する!!」
「「了解!!」」
上野公園の南西部には、広大な湖が広がっている。
建造物を除外すれば実に10万石に匹敵する規模を誇る水源『不忍池』である。
応戦はおろか接近も憚られる所以は偏に敵の纏う熱と刃の鎧と睨んだ神山は、この自然の生んだ天然の落とし穴に敵を誘い込み、莫大な水とぬかるんだ土で敵の鎧を剥がそうと考えたのだ。
「あざみさん、行きます!!」
「忍!!」
精製した霊力弾と放たれた無数の手裏剣が大怪獣の周囲を飛び交い、暴走車輪の軌道を逸らす。
『ゴアアアアアッ!!』
進撃を邪魔された怒りか驚きか、真っ向から襲い掛かるマガタッコング。
すかさず左右に飛び退った二人に代わって待ち構えていたのは、凍てつく狙撃主だった。
「チェックね」
放たれた一撃が、大怪獣の進行方向だった地面を僅かに抉る。
球体は突然の段差に足を取られ、勢いそのままに広大な湖に飛び込んだ。
瞬間、熱せられた水しぶきが高温の蒸気となって周囲に立ち込める。
『敵怪獣の体温、急速に低下しています!!』
『今よ、神山君!!』
その言葉に待ってましたといわんばかりに神山が飛び出した。
千載一遇の勝機、逃してなるものか。
「闇を切り裂く、神速の刃!! 縦横無尽・嵐!!」
霊力によって研ぎ澄まされた二刀の斬撃が、その名の通り荒れ狂う嵐となって大怪獣に牙をむいた。
ふんだんに練りこんだ霊力は吸盤に生えた刃という刃のほとんどを叩き折り、その岩肌のような全身に無数の傷跡を刻み付ける。
人智を超えた相手には、人智を超えた自然の力で対抗する。
型に嵌らない定石破りの戦略に長けた神山だからこそ構築できた、起死回生の一手だ。
だがまだ安心は出来ない。
敵はマガ細胞によって驚異的な進化を遂げているであろう相手だ。
当然マガタマグライのような不死身に等しい生命力も備わっているに違いない。
「来るぞっ!!」
予想通りギロリと睨んだ目に、神山は距離を取りつつ叫んだ。
まだ立ち上がるか。
突進か。
それとも火炎放射か。
考えうる敵の攻撃手段に身構える神山。
だが敵の反撃は、そんな神速の予想を超えてきた。
『神山さん! 敵体内の温度が急速に上昇しています!!』
『熱が全身の吸盤に移っとる! 何か来るで!!』
「まさか……!?」
瞬間、驚愕の光景に神山は言葉を失った。
刃を折られた全身の吸盤が視認できるほどの瘴気を熱へと変換し、次々と火炎弾を上空へ打ち出したのだ。
そんなバカな。
体内に燃料となる油を抱えた状態で、どうやってこんな芸当を……。
『ゴアアアアアァァァァァッ!!』
これまでの攻防を嘲笑うかのような声と共に、無数の火炎弾が一斉に襲い掛かった。
「無限各機、応答してください!! 神山さん!!」
「あかん……通信もイカれとる……。なんちゅう化けモンや……」
突然遮断された通信状況に、作戦司令室はこれまでにない緊張に包まれた。
そんなバカな。
帝都全域に張り巡らされた連絡系統が、今の一撃で寸断されたとでも言うのか。
これでは被害状況はおろか、隊員達の安否確認すらままならない。
「司令!!」
血相を変えた隠密部隊が飛び込んできたのは、整備班長に通信状態の回復を命じた時だった。
普段なら決して感情を表に出さないいつきが、ここまで冷静さを失っていたことがあるだろうか。
「奏組より緊急報告!! 帝都全域の瘴気が活性化! 各所で吹き溜まりが出現し、降魔が出現を開始しました!!」
「何ですって!?」
今度はすみれが冷静さを失う番だった。
そんなバカな。
降魔の皇は絶界の果てに閉じ込め、元凶の科学者は果てた。
事ここに至り、何者が降魔復活の手引きを整えられるというのか。
信じられない。
自分たちが死力を尽くして取り戻したはずの平和が。
ようやく踏み出し始めた未来への一歩が。
砂上の楼閣のように跡形もなく崩れ去っていく。
まるで、想像を絶する巨悪に嘲笑われているかのように。
「現在奏組が応戦し一般市民の避難を開始しましたが、とても間に合いません! 至急花組の増援を!!」
瞬間、すみれは確信する。
あの怪獣は、囮だ。
花組を誘い出し、無防備な市民を蹂躙する。
それこそが姿さえ見えぬ敵の真の狙いだったのだ。
いや、それどころかこの束の間に終わってしまった平和すらも……。
「くっ……!!」
全身に纏わりつく激痛と熱気の中、ミライは目を覚ました。
相対した大怪獣の放った火炎弾の銃弾爆撃に、自分達は回避もままならず一方的に蹂躙された。
無限も完全にオーバーヒートを起こし、通信も機能しない。
「初穂さん……、隊長……、みんな……!!」
意識を取り戻して最初に過ぎったのは、仲間達の安否だった。
未だ止まない咆哮に降りかかる悪い予感に頭を振り、ミライはハッチに手をかけた。
高温と衝撃で変化した無限のハッチを力ずくでこじ開け、
「……そんな……」
眼前の光景に、ミライはそう呟くのが精一杯だった。
隊長が起死回生を賭けた不忍池は完全に干上がり、乾きかけた汚泥に埋め尽くされていた。
それだけではない。
見渡す限りの帝都のそこら中で火の手が上がり、町全体が火の海に包まれていた。
まさか、あの一撃だけで。
『ゴアアアアアア……!!』
まるで勝ち誇ったかのように、元凶たる火ノ魔皇獣は高らかに天を仰ぎ勝鬨を上げる。
街が。
平和が。
人が。
何もかもが燃えていく。
「……許さない……!!」
それを理解した瞬間、身を震わせる言いようのない怒りが全身を包み込んだ。
自身が、仲間たちが、そして人々が死力をつかんで得たはずの平和を、未来を、この化け物が。
義憤を通り越した怒りの炎が、左腕の宝珠に宿った。
「お前だけは……、お前だけは……絶対に許さない!!」
眩い光を宿した左腕を天に掲げ、叫んだ。
「メビウウウウゥゥゥーーースッ!!」
暗黒の瘴気に覆われた帝都の空に、一筋の閃光が貫いた。
瞬間、光柱から赤と銀の巨人が姿を現す。
オーブに認められし6人目の光の巨人、ウルトラマンメビウスである。
「セアッ!!」
眼前の大怪獣に構えるや、メビウスは正面から飛びかかった。
「ハッ! ハッ! セアアッ!!」
右手で頭を押さえつけ、淡い光を宿した左拳で何度も殴りつける。
「ゴアアアアアッ!!」
「ゥアッ!?」
だが怪獣はまるで意にも介さないとばかりに巨体を揺らして巨人を振り払う。
4万トンの巨体が、紙くずのように宙を舞った。
「ゴアアアアアッ!!」
「クッ!?」
すかさず襲い来る火炎放射を側転で回避し、起き上がりざまに宝珠にエネルギーを集中する。
ウルトラマンメビウス必殺光線、メビュームシュートだ。
「セアアアァァァッ!!」
10万度の熱線が十字に組んだ腕から一直線に発射され、大怪獣の顔面を捉える。
だが……、
「クッ……!?」
着弾箇所からは小さな爆発が起きたに過ぎなかった。
マガタッコングはまるで何が起きたかすら気づいていないかのように平然と立ちはだかる。
「(それなら……!!)」
外部から引火させられないなら、内部に高熱のエネルギーを打ち込むまで。
そう考えたメビウスは、庇うように構えた左拳に再びエネルギーを集中する。
敵の体内にエネルギーを打ち込んで攻撃する、ライトニングカウンター・ゼロだ。
「ゴアアアアアアアッ!!」
三度放たれた火炎放射を前転で回避し、一気に距離をつめる。
そして敵が後退する隙を与えず、一気に拳を打ち込んだ。
「セアァッ!!」
渾身の力を込めた気合の一撃が、至近距離から打ち込まれた。
このまま内部から敵の体内を焼き尽くす、はずだった。
「クッ!?」
メビウスは目を疑った。
渾身の力を込めた拳が、深々とめり込んだはずの一撃が、まったくと言っていいほど食い込んでいない。
岩盤のように強固な外皮に、いとも容易く防がれてしまったというのか。
「(しまった……!!)」
眼前の魔皇獣が、ニヤリと口角を上げる。
食い込んだ腕が外れない。
この至近距離で攻撃を受ければ……、
「ゴアアアアアアアアアッ!!」
悪意に満ちた灼熱の本流が、情け容赦なく襲い掛かった。
苦悶の声を上げる間もなく無数の火炎弾に滅多打ちにされた巨人は再び宙を舞い、汚泥に満ちた瘴気に沈む。
瞬間、胸部のタイマーが絶望へのカウントダウンを開始した。
「くそ……っ……何て……力だ……!!」
メビウスは直感した。
灼熱の奔流の奥底にうずまいている、言いようのない瘴気の吹き溜まり。
その穢れはあの夢に見た怪物とそっくりであったと。
まさか、オーブが自身を介して与えた警告というのは……、
「ゴアアアアアアアッ!!」
魔皇獣の咆哮が、再び戦場を震わせた。
眼前に迫る悪魔の火炎。
エネルギーの尽きかけた今の自身に、逃れるすべがない。
その時だった。
「ミライイイイィィィーーーッ!!」
「スァッ……!?」
突如眼前に出現した光のオーラが、灼熱の波を左右に割って防いだ。
霊力による障壁。
それはひとしきり牙を剥く紅蓮の瘴気を遮り続けた末に、自身を包み込む。
まるで羽衣のような温もりが、熱き力をその身に宿したとき、メビウスはその正体を見た。
「初穂……さん……!?」
紅蓮の黒炎に焼き尽くされ、汚泥に沈んだ橙の無限を。
最初に感じたのは、全身に纏わりつく不快な暑さだった。
続けて全身を蝕む痛み。
意識が徐々に覚醒するに連れ、それは増して行くばかりであった。
「う……、ミ……ミラ……イ……?」
汚泥に沈んでいた半身を力任せに引き上げる。
だが既に霊力伝達が寸断されかけた無限には十分な動きがとれず、大槌を杖代わりに何とか堪える。
瞬間、モニターの先に見えた光景に、初穂は絶句した。
「な……なんだよ……これ……!!」
帝都が、浅草が、銀座が、上野が……炎に包まれていた。
そして眼前に聳える大怪獣と、倒れ伏す光の巨人。
まるで悪夢のような光景が、広がっていた。
「ミライ……!!」
既にエネルギーが尽きかけているのか、けたたましく鳴り響くタイマーの警告音。
地に伏したままのメビウスに、魔皇獣が勝ち誇ったかのようにアギトを開く。
その姿にあの無邪気な笑顔が重なった一瞬、初穂は全身の痛みも忘れて叫んだ。
「ミライイイイィィィーーーッ!!」
もう自身の体も、街への心配も、考える余裕すら残ってはいなかった。
唯一つ。
自身に残る霊力を、全てを賭けてミライを守る。
眼前に迫る灼熱。
だが、不思議なことに恐怖も痛みも何もない。
フワフワと漂うような浮遊感。
まるで夢見心地のようなその感覚に、初穂は何かを悟った。
『僕、もっと強くなります。帝都もみんなも、初穂さんのことも守れるように』
誰よりも無邪気で……、
『そして出来るなら……、僕が貴方を支えたいです』
誰よりも優しくて……、
『こんなに可愛い初穂さんと休日を過ごせるなんて、今から楽しみです!!』
誰よりも自分を女にしてくれて……、
ああ……こんなことなら……
もっと……甘えてりゃ良かった……
気づけば空は雲に覆われ、一つの星も見えなくなっていた。
轟く雷鳴は雨雲を呼び、気づけば汚れた雨が叩き付けるように降り注ぐ。
「初穂……さん……」
呆然としたまま、巨人は愛し少女の鎧に触れる。
だが、感じない。
普段は触れ合わずとも語り合うだけで感じたあの溌剌な霊力の輝きが。
情熱的に燃える命の輝きが。
それはまるで……、
「嘘だ……」
命を燃やし尽くし……、
「嘘だ……!」
死に絶えた星のように。
「嘘だあああぁぁぁ……!!」
目の前の全てを忘れ、巨人は声の限り叫んだ。
無情なまでの雷鳴と豪雨に掻き消されるその叫びを聞くものはない。
雨とは違うものが顔を伝い、自身の心を覆い尽くしていく。
「ゴアアアアアアアアアッ!!」
「……!!」
だが寸前、左腕の眩い輝きが、巨人に示す。
この場を託された運命と、その意味を。
「オーブ……、それが……僕に求める答えなのか……!!」
脳裏に過ぎるは、かつての日々。
仲間と笑いあい、共に助け合い、平和を掴んだ希望の記憶。
その片隅に見えた彼に、巨人は託された全てを察した。
「スァッ!! ハアアアァァァァ……!!」
眼前の少女が己が命をも賭して残した希望の灯。
その熱き奔流と左腕の輝きが混ざり合い、巨人を光輝の炎が包み込む。
メビュームダイナマイト。
自身の全身を爆薬と化し、相手を纏めて焼き尽くす最終兵器だ。
信じよう。
これが彼と、彼女と、オーブの出した答えなら。
「スァッ!!」
具現化した炎に身を包み、火達磨と化した巨人が走り出す。
真正面から放たれる無数の火炎弾を物ともせず組み付くと、瞬く間に炎が勢いを増し、全身を包み込んだ。
そして……、
上野公園一帯を、想像を絶する大爆発が包み込んだ。
「ハァ……ハァ……!!」
二つの巨大な炎が爆ぜた後、光の粒が集まり巨人の姿を形作る。
だがその命の灯が消えるまで、もう幾ばくもないことは明白だった。
「まだ……まだだ……!!」
歩を進めようとして、倒れこむ。
それでも這うように、泥に塗れて巨人は橙の棺に手を伸ばす。
「死なせない……」
そして……、
「貴女は……」
その棺を胸に抱いた時……、
「貴女だけは……」
最後の灯が……、
「絶対……に……!!」
<続く>
<次回予告>
全てを無に帰すときは来た。
屍の上に生き続けた魂達よ。
今、その業を払う時が来たのだ。
次回、無限大の星。
<君、死にたもうことなかれ>
新章桜にロマンの嵐。
言ったはずだ……必ず生きて帰ってくると!!