ずっと、ずっとこの瞬間が書きたくて仕方なかった。
あの日、思い出と再会できなかった全てのサクラファンに、贈ります。
大正29年12月。
帝都は、世界は、混乱の最中にあった。
未だ衰えることなき怨念の源泉から際限なく湧き出る、魔の下僕達によって。
「おらあああぁぁぁっ!!」
中国、上海。
幾つもの商業ビルが立ち並ぶ一帯が、何の前触れも無く炎に包まれた。
当ても無く逃げ惑う獲物となった人々を、無数の降魔たちが容赦なく襲い掛かる。
程なく出撃した三色の龍が迎撃に出るも圧倒的物量差にほとんど意味を成さない。
「クソッ!! 何だってまた降魔共が一斉に……!?」
「それだけじゃない……! 明らかに降魔の戦闘力そのものが上がってる……!!」
「シャオロン! ユイ!! 北東に新手、です!!」
英国、倫敦。
臨時の避難場所として解放されたテンプル教会一帯に、無数の英国民が押し寄せたのは先程のことだった。
程なく獲物の臭いをかぎつけ続々と集まり始める降魔たち。
だがその入り口に、突如漆黒の鎧に身を包んだ霊子戦闘機が立ちはだかった。
倫敦の円卓に残された最後の一人、黒騎士である。
「来い、悪魔共……!! 民には指一本触れさせん!! 我が剣技の全てを見せてやる!!」
独国、伯林。
降魔達の急襲に際し独国は直ちに総統官邸地下に建設していた緊急地下壕へ市民を避難誘導。
追撃にかかる悪魔達をせき止めたのは、世界最強の狩人達だった。
「最前線は任せろ!! 片っ端から打ち落としてやるぜ!!」
「フォーメーション、Δ! 生存確率0.27%上昇は見込めるわ!」
「それだけあれば十分だ! 行くぞ!!」
「……何ということなの……!!」
そう搾り出すようにつぶやくのが、精一杯だった。
原因不明の通信切断を辛うじて復旧させて3時間。
事態は、最早絶望的という状況すらも通り越していた。
上野公園で交戦した火ノ魔皇獣マガタッコングは、ウルトラマンメビウスの捨て身の自爆という奇策によって、痛み分けに近い形で撃破に成功した。
だが、その代償はあまりにも大きすぎた。
帝国華撃団は神山誠十郎以下4名の隊員が重傷。
隊員の一人東雲初穂は、著しい霊力減退から集中治療が開始されたが、今尚意識不明のまま余談を許さない。
そして極めつけは、現時点で一名の隊員が未だ行方不明となっている事だ。
御剣ミライ。
またの名を光の巨人、ウルトラマンメビウス。
帝都を、世界を守るべく遣わされた青年がその素性を明かし、名実共に仲間となった祝福の夜は、地獄へと一変してしまった。
辛うじて残された戦闘記録から、発動したのは光エネルギーを纏って相手諸共自爆するウルトラダイナマイト。
過去にウルトラマンタロウが使用した事のある、捨て身の大技だ。
発動後に使用者は存命だったという記録こそあるが、それが確定的なものかは甚だ疑問が残る。
もしも最悪の可能性が正しいとしたら、同様の怪獣が出現した際には打つ手が無い。
「……ダメです。他国の華撃団とも連絡が取れません」
落胆に肩を落とすカオルに、力なく首を振る。
既に世界各国に再び降魔が大挙して押し寄せてきたというのは、先のニュースで見知っていた。
各々が自国の都市を防衛することに手一杯で、とても支援に動くことなどできるはずもない。
かく言う自分達も、主用戦力である花組がほぼ戦えなくなった状態で、奏組の面々が帝都民の避難を主導している状態だ。
だが霊音を武器に生身で戦う彼らにも限界がある。
恐らく2日も持たないだろう。
「……大尉……」
ふと、すみれは一人目を閉じ、苦痛な表情のまま呟く。
脳裏に浮かぶのは、在りし日の自身の隊長。
初めて心の底から尊敬し、一度は恋慕の情すら抱いた完全無欠の殿方。
彼がそこにいるだけで、どんなに絶望的な劣勢も、どんな強大な敵でも勝利できた。
「貴方が……貴方さえおられれば……!!」
悔しい。
情けない。
この古巣を託されておきながら、守ると誓っておきながら、このざまは一体なんだ。
すみれは今この時ほど、無力同然の自身を恨んだことは無かった。
「米田中将……、貴方も、こんなお気持ちでいらっしゃったのね……」
かつて自分がまだ帝都を守る一人の乙女であったとき。
父同然に公私を見守る稀代の軍人がいた。
昼間から支配人室で豪快に酒をあおっては周囲に呆れられるその姿は仮初。
実際は魔の出現のたびに自分達を戦場を送るばかりの自身の罪悪感と戦い続けた老師であった。
昔は幾たびも衝突したものだが、今になって痛いほど分かる。
代われるものなら代わってやりたい彼らの痛みも苦しみも分かち合えぬままに戦場へ送り続けるしかない自分が、呪いたくなるほどに憎い。
その時だった。
「な、何や!? 降魔達の反応が急に消えおったで!?」
「すみれ様! 使用中の通信回線のひとつが……!!」
報告が終わらぬうちに、それは現れた。
突如司令室のモニターに移った、青白い球状の浮遊物。
胎児の胎動のような微かな明滅を繰り返すその物体を凝視したとき、何かの衝撃が脳を揺さぶった。
『この星の支配者たる人類に告ぐ』
それは、強い威厳に満ちた低い男の声だった。
遥か天井より下界を見下ろす神を思わせるその声に、すみれは聞き覚えがある。
だからこそ、信じられなかった。
『全てを無に帰すときは来た。屍の上に生き続けた魂達よ。今、その業を払う時が来たのだ』
忘れない。
忘れられる訳が無い。
何故ならそれは、一度はこの帝都の、世界の終焉すらも告げた悪魔の宣告だったのだから。
『恐れることは無い。嘆くことも無い。命はやがて枯れ行き、また別の命へと輪廻する』
『人と呼ばれる命の栄華が終わりを告げ、新たな命がこの星を支配するのみ』
『委ねよ、新たな支配者に未来を。捧げよ、新たな輪廻にその天命を』
あの時もそうだった。
想像を絶する力をまざまざと見せ付けた後、こちら側へ迫ったのは文字通りの全面降伏。
即座に徹底抗戦を宣言した時の総司令がいなければ、どれだけの人間がその恐ろしさに屈したか分からない。
『滅び行く命に未来はない。だが終わり方を決めることは出来る』
『自ら天命を新たな輪廻に捧げる者には、安らかな眠りを約しよう。あくまで抗うものには、苦痛と慟哭に満ちた終焉を約しよう』
『この日が沈んだ時を刻限とする。見知ったものとの別れを済ませておくが良い』
『我が名は降魔皇……。この世界を、この星を支配するものなり!!』
「降魔皇……!?」
地下格納庫に用意された臨時の治療室でカオルに聞かされた顛末に、さしもの神山も衝撃に耳を疑わずに入られなかった。
10年前の降魔大戦で、時の華撃団達の多大な犠牲と引き換えに封印に成功したはずの、すべての魔の源泉にして最強の敵。
それが青い球体を通して、こちらに全面降伏を迫ってきたというのだ。
証拠としてそれまで世界各地を我が物顔で暴れまわっていた降魔たちが幻のように掻き消え、世界は傷跡を残したまま不気味な日常を取り戻していた。
そんなバカな。
幻都の再封印は確かにさくらが成し遂げたはず。
その復活の為に暗躍した元凶の真田は自分達の手で倒したはず。
ならば今、降魔の皇を騙り世界中を文字通り地獄に変えた敵は何者だ。
僅か一夜にして世界中に降魔の大群を呼び寄せ、更には恐ろしいまでの力を持つ魔皇獣までもけしかけてきた黒幕は何者なのだ。
冷静にそう思考をめぐらせても、無駄だった。
その黒幕のおおよその見当を、帝国海軍きっての戦略家は読みきってしまっていた。
降魔皇の細胞片からなるマガ細胞を持つ魔皇獣を使役し、世界各国に降魔達を出現させ、その上でこちらに精神的な屈服を強いる狡猾な知性。
そのすべてに当てはまる存在を、神山誠十郎は一人しか知らない。
「まさか……、封印が不完全だったのか……?」
考えうる唯一の可能性は、あの世界華撃団大戦会場における戦闘での封印が不完全であり、そこを敵に突かれたとするものだった。
本来神器を用いた封印は神器単体で行えるものではない。
膨大な霊力を持つ集団が特定の陣を描き、その上で対象に神器を突き立てなければ、幻都への封印は成しえないのだ。
あの時は用いられた五輪柱の陣とファイナル・クロス・シールドはいずれも降魔皇を閉じ込める空間を精製するためのもので、同じ場所に押し込んで出口を閉ざせば良いと思っていた。
だが今考えると、その過程で何らかの綻びを見逃していた可能性もありうる。
「分かりません。あの球体が降魔皇本人か判明しないことには、何とも……」
力なく首を振るカオルに、神山も出口の見えない思考を中断した。
情報があまりに少ない今、例の球体の正体を考えても結論には到底辿り着けない。
それよりも問題は、先の戦いで壊滅的な被害を受けた花組の現状だった。
火ノ魔皇獣マガタッコングとの戦闘で、7機の無限はいずれも大破。
司馬を中心に懸命な修復作業が続けられているが、今日中に完了させるどころか目処すら立っていない。
加えて隊員達の受けた傷も深刻だった。
特に初穂は火炎放射の直撃を受けてしまったらしく、発見時は心肺停止の状態で、今も尚医療ポッド内で治療が続けられている。
自分を含む他の隊員4名も打撲や火傷の重傷があちこちに残り、傷の痛みに堪えながらリハビリを行っている状態だ。
そして何より神山の心を抉るのは、今尚行方が知れない一人の戦友だった。
「ミライは……」
返ってきた数秒の沈黙に、神山は僅かな期待を胸にしまう。
御剣ミライ。
子供のように無邪気で明るく、まるで太陽のように自分達を照らしてくれた青年。
そんな彼が花組と共に戦った光の巨人、ウルトラマンメビウスと知ったのは、つい最近のことだった。
救世の光として、時に公私を共に過ごす仲間として、かけがえの無い存在だったはずのミライ。
そんな事は無いと心の中で自身をいくら叱咤しても、脳裏を過ぎる最悪の可能性は拭い去ることは出来なかった。
何とも情けない話だ。
こんな時に誰よりも強く彼の生還を信じてやれるのが仲間であろうに。
「現在月組が帝都民の避難誘導の合間を縫って捜索を継続していますが……、あの状況では……」
そこまで言いかけたカオルを、神山は手を突き出し制する。
言わせてはいけない。
自分はともかく、状況を理知的に分析し、尚且つ戦場というものになれていないカオルに、その予想を口に出させるのはあまりに酷だ。
「……俺は信じています。ミライは必ず、必ず生きて戻ってくる」
「神山さん……、今は憶測で希望を持てる状況ではありません……! 酷かもしれませんが、最悪の事態は想定して動かないと……」
「憶測だろうと根拠が無かろうと、俺は信じる。それが、仲間だと思っています……!!」
真っ直ぐカオルの目を見て、ハッキリと神山は告げる。
論理的でないことなど百も承知だ。
これまでの帝国海軍少尉神山誠十郎ならば、現時点で生死不明の部下に死亡宣告を下すことなど当たり前だったに違いない。
だがしかし、今この場にいる帝国華撃団花組隊長神山誠十郎は違う。
全員絶対生還という先代の理念を至上命題とし、これまでも幾度もの死線を共に乗り越えてきた。
勿論これは理想に過ぎない。
最終的に待っている現実は、受け入れがたい結果になっているかもしれない。
それでもその瞬間まで仲間の生還を信じ続けられなければ、それは花組ではないと、神山は断じる。
何故なら、仲間を失った先にある平和など、誰も望んではいないのだから。
「その通りよ。生きている限り希望を捨ててはならない。それが花組の隊長として何より必要な資質だわ」
「すみれ様……!!」
突如聞こえた声に立ち上がる。
入ってきたのは、僅かな憔悴を残しながらも気丈に振舞う総司令の姿だった。
「神山君、カオルさんから事情は把握しているわね?」
「はい。降魔皇を名乗る者が降魔、そして魔皇獣を率いてこちらに降伏を迫っていると……」
「賢人機関は未だ回答が揃わないわ。霊的組織の無い国家は既に半数が全面降伏を受け入れる意思を示している……。あの方がいれば怒鳴り込んでいたでしょうね」
そう力なく笑うすみれの姿に、神山は彼女の心痛を慮る。
人智を超えたとてつもない脅威に対抗するには、自分達霊的組織のみならず各国の人々が国家間という垣根を越えて結束し、一致団結して立ち向かうことが必須である。
だが現状は、その足並みすら揃っていない。
この地球上の人間の半数が、魔の甘言に誑かされ生きる義務を放棄しようとしている。
大神司令に代わってその場所を守り続けているすみれにとって、今まで守られて来た側の人間達の報いる意志すら見せられない現状がいかに歯がゆく情けないか。
何よりそうした国の姿勢から滲み出る不安や恐怖は伝染する。
立ち向かおうと必死に心を奮い立たせている国も、その心を折られてしまうことすらあるのだ。
だからこそ、神山は真っ直ぐに言った。
「ならば司令。我々が陣頭に立ちましょう。帝国華撃団花組が世界の先頭に立ち、降魔皇の脅威から人類を救い出す……!!」
その一瞬、すみれは驚愕に目を見開く。
神山は気づいていない。
この瞬間の自身の顔が、かの黒髪の貴公子と同じ目をしていたということを。
「……やはり貴方を選んだ決断に狂いは無かったようだわ。……勝つのよ、神山君」
「はい!!」
数刻後、神山は一人、帝劇内に歩を進めていた。
既にリハビリを開始している花組隊員達には、すみれ自身から現状を伝えられている。
反応は即座に徹底抗戦を主張するもの、返答に猶予を求める者、沈痛な面持ちで沈黙する者と分かれたという。
無理の無い話しだ。
かつては当時の霊的組織すべての戦力を結集し、初めて渡り合えた相手である。
満身創痍どころか戦意すら喪失しつつある現状で、ともすれば自分達だけで立ち向かわなければならないかもしれない。
迷うなと言う方が酷な話である。
「(みんな……思い詰めていなければ良いが……)」
その話を耳にした神山は、各隊員の様子を窺うことを進言した。
絶対無敵に等しい降魔の皇に立ち向かう決意は、自身の中では欠片も揺るがないが、それを仲間達に押し付けることは出来ない。
こんな時だからこそ、心に寄り添い、希望の芽を育まなければならないのだ。
帝都を守る華たちの触媒となる。
帝国華撃団隊長のもう一つの任務である。
「よ、神山はん。ケガは良うなった?」
地下格納庫から出てきた神山に、朗らかな声がかけられた。
同時に厨房から腹の虫を起こすような食欲をそそる香りがする。
「こまちさん。それは……?」
覗き込むと、厨房には並べられた大量の笹の葉に、大量の握り飯が並べられていた。
ざっと10升分はあるだろうか。
良く一人でここまで準備できたものである。
「月組が浅草に臨時の避難所を開設しとるさかい、炊き出しや。折角助かった命でひもじい思いしとったら救われへんやろ」
相変わらず強い人だ、と思う。
花組復活当時から在籍し、主に帝劇の財政面を一手に引き受け黒字へひっくり返したその豪腕もさることながら、一連の実績を欠片もひけらかさない。
どんな苦境においても笑顔で、
「苦境は逆境、あてら次第で何とかなるやろ」
と豪快に笑い飛ばすその姿に、自分もまわりもどれだけ助けられてきたことか。
「手伝いましょうか?」
そして神山も、務めて自然に振舞う。
元よりこまちは、そうした自身の功績を他者から意識されることを嫌っていた。
褒められるためにやっているのではない。
当たり前の勤めを当たり前に果たしただけだと。
「……おおきに」
そして他者の気遣いに強がる事無く甘えられるのも、こまちの魅力の一つだった。
静かに笑い返し、神山は既に並べられた握り飯を笹の葉に包み始める。
湿り過ぎないようにあえて硬めに炊き、ふわりと香る梅と昆布の香りが少しでも日持ちさせるための気遣いを思わせる。
「神山はん、知ってる?」
米を握る手を止めぬまま、こまちが呟くように語り始めた。
「人間、結局は動物の本能は変わらんねんて。今は勉強して頭働かして、理性でブレーキかけてんねんけど、精神いわしてもうたらおっかない猛獣と変わらんねんて」
「……」
「難儀な話やな。何ぼ強い心もっとっても、腹空かせて疲れてもうたら、心まで疲れていわしてまうなんて。……そう思ったら、あて、居ても立ってもおられんかったわ……」
「だから……、今回の炊き出しを思い立ったんですね?」
「……親父も、こんな気持ちやったんかもな」
最後の握り飯を結び終え、空になった釜を少々乱暴に水に漬け込む。
いつもと同じはずだった笑顔は、陰りを帯びていた。
「あての実家はお世辞にも裕福やのうてな。親父の商店は赤字続き、借金続きの自転車操業。おかげでお袋も、あてが物心つく前に蒸発してん」
それは、今までこまち自身が語りたがらなかった身の上だった。
時折自身や仲間が彼女にそれとなく興味本位で聞いてみたことがある。
だがそのたびに彼女は話題を変えたり濁したりと、話すことを躊躇ったため、無理に聞くのは良くないとして触れないようにしていた。
「商売の才が無いわけやない。けど親父は金より人情って曲げへん人やった。何ぼ火の車になっても、客が笑って、あてが育つのが何より嬉しいって。終いには借金取りまで娘の自立まで何も言わんって言い出すねんで。そんなアホな話があるかいな」
浅草下町は、損得勘定より義理人情を重んじるとは聞いている。
その前提を持って考えても、こまちの父は人が良すぎるくらいの人情人だったのかもしれない。
自分の懐も腹も二の次で、とにかく客と娘の幸せの為に身を切り続ける生き様は、正しいのかはさておき真似できるものではない。
「今は、お父上は……?」
「もうおらん。 2年前にポックリ逝ってもうたわ」
瞬間、こまちの顔から笑顔が消えた。
「寝耳に水やったわ。 前々から世話になってた煎餅屋のお姉ちゃんにコネてもろうて、帝劇の建て直しなんて最高にええ話もろうた直後に、あてが家を出てからあっちゅう間やで。 次に会うた時は骨壷になってんで。 焼香ブチまけて叫んでもうたわ。 『別れくらい言わせんか、ドアホ!!』ってな」
辛うじて見せた笑顔の仮面は、見ているこちらが苦しくなるほどに引きつっていた。
目じりの涙に、神山は彼女の本心を見る。
「親父は死ぬ前何て言ったと思う? あてが立派になって満足やて。 救いようないやろホンマ、自分ばかり満足して幸せもクソもあらへんやろ。 腹いっぱい飯食わす事も、孫の顔見せることも叶わんまんま、あては心残りばかりや」
「それだけ、こまちさんを支えることに必死だったんですよ……」
「……せや。アホやねん。相手の気持ちも考えんと自分だけ満足して逝くなや……」
僅かな沈黙が厨房を支配する。
それを破ったのは、こまちだった。
「……なんか吐き出したらスッキリしたわ。おおきにな、神山はん」
「こまちさん……俺達はみんな、貴方の明るさに救われています」
でも、と神山は続ける。
「時々は、俺達のことも頼ってくださいね。知らないところで貴女が傷ついているのは、俺達も辛いですから」
「おおきにな。そのときは、とことん付き合ってもらうわ」
その空間は、光の差し込まぬ虚無に包まれていた。
大帝国劇場の誇る大舞台。
様々な感動と喜びを見る者に与え、夢と希望を齎してきた場所。
そこに、アナスタシア・パルマはいた。
「アナスタシア、ここにいたのか」
特に何をするでもなく、一人佇む彼女に舞台袖から声がかけられたのは、その佇まいに一瞬目を奪われた後だった。
「キャプテン……、何かご用事かしら?」
「みんなの様子を見て回っていたんだ。……支配人から話は聞いた」
「そう……」
一言だけ返し、アナスタシアは背を向ける。
すみれから告げられた皇の宣告に、彼女は返答を控えていた。
その意味が、神山には分かるような気がした。
「思い通りには行かないものね……。冷静でいようとしても、心が恐怖にかき乱される……。いっそ演目だと思い込めればどんなに楽か……」
「アナスタシア、一人で抱え込むことは無い。俺達は仲間だ。苦しければ互いに支えあうもの。それは心だって同じだ」
世界屈指の舞台女優の名を、最早知らないほうが珍しい。
だが幾つもの名声を得てきた彼女も、その舞台を降りれば一人のか弱い女性でしかない。
完全無欠の女傑という印象は、色眼鏡でしかないのである。
「強いのね、キャプテン」
「そんな事は無いさ。俺だって怖い。ここに来る前の俺なら弱音を吐いて逃げ出していたかもしれない」
でも、と神山は続ける。
「俺は知っている。例えどんなに強大な相手でも、僅かな希望でも、仲間を信じて戦い続ける事が、やがて奇跡を必然に変えると」
「……感化されてしまったようね。私も貴方も」
あの日。
幾つもの感動を生んできた、自分達にとっては平和と日常の象徴だったこの空間で、一人の戦友に感謝をしたためた。
彼は誰よりも、人間を信じていた。
時に無慈悲な現実に打ちのめされても、それでも人より人の温もりを信じ、人より人のためにあり続けた。
冷静に考えれば考えるほど、こちらに勝機など雀の涙ほども無いことは一目瞭然だ。
だがそれすらも皮算用に過ぎないと、記憶の中の戦友は言ってのけるだろう。
「勝とう、アナスタシア。例え僅かな可能性でも……」
「そうね。仲間を信じて最後まで……、私が期待していた言葉だわ」
初めてアナスタシアの微笑から緊張が消える。
求めていた何かを得て安堵したような、そんな顔だった。
大帝国劇場の2階には、創設時から長年愛用され続けてきた図書室がある。
過去の霊的組織の戦歴や上演してきた舞台を記した資料室としての側面を持つその場所は、偏に活字に慣れ親しんだものならば時間を忘れて入り浸れるほどの情報の宝庫だった。
「……」
その奥にある閲覧用のスペースに、クラリッサ=スノーフレイクは黙したまま腰掛けていた。
入隊当初から本の虫といわれて久しい彼女は、一度文字を読み始めると周囲の雑音も全てシャットアウトしてしまう集中力を見せる。
だが、この時ばかりはいつもと様子が違っていた。
「……はぁ……」
ふと、視線をずらしてため息をつく。
先刻から、文字はまるで頭に入ってきていない。
同じページを端から端まで眺めては、ため息を突くばかりの時間の浪費を、ただ無意識に繰り返していた。
「クラリス、ここにいたのか」
突然の背後の声に、ハッとして振り向く。
そこには、先程まで治療を受けていた隊長が怪訝な顔でこちらを見下ろしていた。
「か、神山さん……どうかされました?」
妙な居心地の悪さを感じつつも、務めて平静を装い尋ねる。
神山もばつが悪そうな表情のまま、応えた。
「ああ、みんなの様子を見て回ってたんだ。……司令から、現状を聞かされたんだろう?」
「……はい……」
優しい人だ、とクラリスは思う。
あと1日もしないうちに、歴史上類を見ない最大の敵との対峙を決断しなければならない、その心中は決して穏やかではないだろう。
それをおくびにも出さず、こうして自分達隊員のケアに心を砕ける自己犠牲にも近いぬくもりに、クラリスは表現しがたい心地よさを感じていた。
だからこそ、思う。
彼の前では、素直であろうと。
強がりも虚勢も、結局は巡り巡って彼の重荷になってしまうだけなのだから。
「怖くないと言えば、嘘になります……。今の世界華撃団……、もしかしたら私達だけで立ち向かわなければならないとしたらと思うと……」
「そうだな……。どんなに心を強く持っても、人の心から恐怖が消えることは無いし、誰も彼もが強い心を持っているわけでもない」
だからこそ、と神山は続ける。
「俺達がその指針になる。諦めず立ち向かう俺達の背中を見て、共に戦おうと奮い立つ人もきっといるはずだ」
強い人だ、とクラリスは思う。
この状況下において尚も、彼の瞳に燃える闘志は僅かな衰えも見せていない。
どんなに不安に陥っても、彼ならば容易くそれを跳ね返してくれる。
「……できるでしょうか。私達に、そんな夢みたいなハッピーエンド……」
だから、あと少しだけ甘えていたい。
彼の強さと優しさに。
「出来るさ。俺達ならきっと出来る!」
それさえあれば、自分はどんな苦難にも立ち向かえるのだから。
「ありがとう、神山さん。このクラリッサ=スノーフレイク、最後まで共に参ります……!!」
「あざみ……やはり出ているのか」
ノックしても応答の無い部屋を前に、神山は落胆に肩を落とした。
月組が帝都各地で奔走していると聞いてから、内心予想はしていた。
だが自身がそうであるようにあざみも心身ともに浅くは無い傷を負っている事に間違いない。
故にそんな彼女がケガを押して捜索に参加しているという現状は、神山にある確信を抱かせる。
未だ意識の戻らない初穂と、今も行方の知れないミライ。
二人の喪失が彼女の心に深い影を落としているのだろうと。
「誠十郎?」
背後で声がしたのは、一人心を痛めていたそのときだった。
聞き覚えのある声に振り向くと、そこには首をかしげる幼いくのいちが不思議そうに佇んでいた。
瞬間、神山は思わず安堵に息を吐いた。
「どうしたの? あざみに何か用事?」
「いや……、みんなの様子を見て回っていたんだ。あざみは……?」
大方の予想はついてはいたが、神山はあえて尋ねる。
あざみは一瞬躊躇った様子を見せながらも、視線を逸らして重い口を開いた。
「……月組と一緒に、ミライを探していた……」
やはり、と神山は安否の分からない最後の隊員に顔を歪める。
結束は固く結ばれれば結ばれるほど、僅かな欠片が綻びを産み、敵に付け入る隙を与えることに繋がる。
それに隠密のプロである月組が現時点でミライの行方を掴めていないという事実がまた、この綻びを大きく広げる結果となっていた。
花組の結束のためにも、そしてミライの生還を信じるからこそ、あざみは治療中の体をおして捜索活動を続けているのだ。
「あざみ、司令から聞いているとは思うが……」
「分かっている……。刻限の日没を以って、花組は降魔皇との全面対決に入る。それに支障はきたさない」
幼くも曇りなき視線が、明らかに同様に揺れているのが見て取れた。
「でも……、それでもあざみは諦めたくない。ミライに生きていて欲しい。そして……初穂の側にいてあげて欲しい……」
「あざみ……、その気持ちは俺達も同じだ」
片膝をつき、目線を合わせて笑いかける。
僅かに紅潮した頬と潤んだ瞳が見えた。
「俺は信じる。ミライは絶対に生きている。初穂を置いていなくなるはずがない。時が来れば、必ず俺達と一緒に戦ってくれるはずだ」
「誠十郎……」
あざみは潤んだ瞳を閉じる。
一滴の雫が、こぼれた。
「あざみは、悔しい。初穂が苦しんでるのに……ミライもどこかで苦しんでいるのに、何もしてあげられない……」
自分では現状をどうにも出来ない歯がゆさ。
ましてや初穂を姉のように、ミライを兄のように慕うあざみにとって、それは耐えがたい苦痛だった。
神山の脳裏に、かつてのあざみの恩師の言葉が過ぎる。
人に頼ることになれない事がどれほど辛く苦しいことか。
「出来るさ。あざみに、俺達にしかできないことが」
「え……?」
涙に濡れた目が見開かれる。
小さな両肩に優しく手を置き、語りかけた。
「信じるんだ。初穂は必ず目覚める。ミライは必ず帰ってくる。どんな状況になっても他の誰が信じなくても、俺達は絶対に信じるんだ」
「誠十郎……」
「忍びとは、忍び堪えるもの……ならば今、俺達みんなで忍び堪えるんだ。今度こそ、真の平和をみんなで取り戻すために」
心が傷ついた時の最良の治療薬。
それは、心を癒すための思い出や、心の指針を取り戻させることだ。
あざみにとっての指針とは、即ち里の掟第一条。
あの一度きりの邂逅で、かの生ける伝説が伝え残した教えだ。
酷なことをしている、と神山は思う。
目の前に居るのは、まだ年幼い少女である。
霊的組織の一員であろうと、忍びとして影の世界に行き続けてきた経緯があろうと、その事実は決して変わらない。
今の彼女を突き動かしているのは、責任感だ。
姉のように慕う初穂が目覚めたときの為に、何としてもどこかで傷つき動けなくなっているであろうミライを見つけて助け出そうとしているのだ。
だがそれは、幼い少女が心に押し寄せる不安の波を防ぐために突貫工事で作り上げた継ぎ接ぎの防波堤だ。
いずれ決壊し、取り返しのつかない傷になることは想像に難くない。
だからこそ、神山はその不安の波を少しでも和らげるために、それを分かち合うことを選んだ。
彼女の不安を花組全員で、共に忍び堪えようと言ったのだ。
「……わかった」
その言葉を噛み締めるように目を閉じること数秒。
あざみは、微笑んだ。
「里の掟66条。生きる希望を失うな……。あざみも、一緒に信じる。ミライは必ず、初穂の所に戻ってくるって」
大帝国劇場の窓から見上げる空は、今までと同じ青空だった。
一見すれば、静かに風がそよぐ平時の昼下がりと何一つ変わりない。
だが時折風に乗って鼻につく焼け焦げた煤のような臭いが、この時間が戦果の中で意図的に生み出された仮初であることを思い知らせてくる。
「さくら……」
その中心部である大帝国劇場の中庭に、天宮さくらはいた。
静かに瞳を閉じ、愛刀を手に座したまま黙するその様子に、神山も一瞬息を呑む。
そういえば、いつものこの時間はさくらは鍛錬に勤しむのが日課だった。
「ハッ!!」
目を見開き、声を上げて居合いの如く刃を横一文字に一閃させる。
相手が降魔だろうと怪獣だろうと両断してしまいそうな勢いであったが、その表情は晴れない。
「……誠十郎さん?」
ここに来てこちらに気づき、汗を拭きつつ立ち上がるさくら。
神山も我に帰り、歩み寄る。
「ケガの具合は大丈夫かい? 無理は良くないぞ」
「平気です。今は、ただ時間が惜しくて……」
思い詰めた様子で俯くさくら。
普段見ることの少ない、他人には見せないであろう表情から、その心痛を慮る。
「雑念があるまま剣を振るっても、体力が減るだけだ。……不安なんだろう?」
ややあって、さくらは無言のまま頷いた。
その表情は硬い。
何かに思い詰めているのか。
尋ねると僅かな間を置いて、さくらはそれを吐露した。
「あの時……、確かに感じたんです。帝鍵を通して母の温もりが。降魔皇の妖力が断ち切られる感覚が……」
「さくら……、それは俺も同じだ。君の力が及んでいなかったなんて事は絶対にない。君はあの時、全てを懸けて絶界を閉じて見せたんだ」
真田事件で起死回生となったさくらの帝鍵「天宮國定」を用いた一撃。
その一部始終を見ていた神山も、確かに真田に送られていた降魔皇の力が絶界の果てに消えるのを確かめた。
だからあの戦いで平和が戻ってきたと信じて疑わなかったのだ。
故に彼女が封印の是非を疑問視することも、その後の魔皇獣の出現を悔やむ理由も無いはずなのだ。
「ありがとうございます。……でも、どうしてなんでしょう。こんなに心が休まらないのは……」
言いつつ中央の噴水に視線を向けるさくらに、神山も記憶を重ねる。
いつもここには、笑顔と笑い声が溢れていた。
日課である霊子水晶の浄化に勤しむ彼女の傍らで、趣味になりつつある草むしりに興じる青年。
二人が毎日のように笑いあう様子に気づけばこちらまで笑顔になり、一日を楽しく過ごせそうな晴れやかな気持ちにさせてくれる帝劇の一つのルーティーン。
その喪失が心に言いようのない影を落としたとき、改めて思い知る。
この帝国華撃団という組織の中で、二人の存在がどれだけ大きかったのか。
「さくら……」
神山はそっと隣に寄り添うと、静かにさくらの肩に手を置き、やさしく抱き寄せる。
さくらもまた、一瞬驚くように目を見開くも、やがて身を委ねるようにもたれかかった。
「信じるしかない……。初穂を……ミライを……」
「誠十郎さん……」
肩を抱く手に自身の手を添え、さくらが目を閉じたまま問いかける。
「戦うんですね、私達……。あの降魔皇と……」
「ああ……」
自分もさくらも耳にしている。
かつての英雄達の総力を結集して尚歯が立たない、途方も無い絶望。
その脅威に、ともすれば自分達だけで立ち向かわなければならないというのだ。
これまでの敵とは次元が違う話だ。
使命感や勇気だけで心を鼓舞できれば、それはただの命知らずに他ならない。
「さくら……、一つだけ約束してくれ」
行くなとも行こうとも言えない。
そんな無責任な言葉を吐けるはずが無い。
「何があっても、決して命を捨てようとするな。もし君を失えば、俺は……」
「誠十郎さん……」
「分かっている。だが、それでも俺は……!!」
そこまで口にした時、前触れの無いぬくもりにその先の言葉は押し込められた。
瞬間、時が止まる。
身を委ねたくなるほどに、甘く切ないぬくもりだった。
「……言わないで……」
僅かに離れたその美貌が、別人のようにか細い声で囁いた。
「もしその先を聞いてしまったら……、私は……きっと命を惜しまなくなってしまう……」
「さくら……」
「さくらは側にいます。たとえ行き着く先が地獄の果てでも、さくらは……、貴方について参ります……」
互いに見つめあう一瞬。
瞳を閉じたとき、また温もりが心を包んだ。
空はいつしか、眩しい夕陽が差し込んでいた。
「間もなく刻限か……」
旧世界華撃団大戦跡地にて、神山誠十郎以下4名の隊員は、応急処置を終えた無限に乗り込み臨戦態勢を整えていた。
相対するにはあまりに強大で、あまりに謎が多すぎる降魔皇。
だが僅かに残された可能性として、神山たちは絶界の裂け目が存在するすべての始まりとなったこの場所を出現予測地点と断定。
出現と同時に迎撃を開始し、世界に散らばる仲間達の救援まで敵を押さえ込むというものだ。
我ながら、何とも無謀な作戦だと神山は一人笑う。
昔の自身ならその場で作戦書を破り捨てていただろう。
圧倒的に少ない戦力差で、来るかどうかも分からない援軍を信じて最前線に立つなど正気の沙汰ではない。
そんな無謀な死地へ赴く決意が出来たのは、偏に……、
「みんな……」
自分と共に、最後まで戦うことを選んでくれた仲間達。
思えばこの組織に所属してから、少なくとも自分達に有利な局面で戦闘に持ち込めたことは皆無と言って良かった。
何せ相手は通常兵器の一切が通用しない人外の怪物だ。
霊子戦闘機という特殊兵器を用いてようやく互角に戦える相手に優位に立つなど不可能に近い。
そんな中でこれまで勝利を収め、生き残り続けることが出来たのは、様々な外的要因によるものだった。
各々の隊員の出自。
メビウスという心強い戦友との邂逅。
未来を変えるべく時を越えてきたギンガというイレギュラー。
そして10年の約束を信じて奔走し続けてきた旧華撃団の関係者達。
紙の上の戦略盤を幾度もひっくり返す逆転劇を見せられ続け、いつしか自身も信じるようになっていた。
時として戦略や常識を覆す、それこそ奇跡のような人間の絆、可能性を。
「(俺達は必ず勝つ……、初穂……、ミライ……、見ていてくれ……!!)」
この場になき戦友に語りかけたその瞬間、夕陽は地平に沈み、
『刻限だ。人類よ、別れは済んだか?』
青の邪念は再びその姿を現した。
やはり幻都の存在するこの場所から復活を目論んでいたか。
「現れたな降魔皇! 俺達帝国華撃団花組が、貴様の好きにはさせん!!」
神山の声に、5色の無限が一斉に武器を構える。
僅かな沈黙。
元より座して死を待つつもりなど毛頭ない。
ギンガが捨て身で繋いでくれた自分達の命と、希望。
それをこんな形で失ってたまるものか。
『その言葉は……、人類の総意ではなかろう』
流石に見抜かれているか。
それもそうだ。
世界中の人間が結束して今日この場に決戦を挑むなら、伏兵にしても人間が少なすぎる。
『かつて我に抗った人間共も、もう少し策を弄し、身を捨てたもの……。脆くなったものだ』
「どんなに可能性が低くても、この命ある限り私達はあきらめません!!」
「里の掟66条。生きる希望を失うな。……あざみはみんなを……、花組を信じる!!」
「沢山の人たちが命を懸けて望みを繋いだハッピーエンド……、こんな形で潰させたりはしません!!」
「例え人々の心が揺らいでいたとしても、今こうして対峙する私達の背中が、彼らを導く星になる。それが私達の希望よ!!」
恐らくは分身体であるにも関わらず、こちらを圧倒する強烈なまでの妖力と自身に満ち溢れた威圧感。
だが隊員達は物怖じすらなく真っ向から言い返す。
その頼もしい姿と声に、神山もまた二刀を握る手に力を込めた。
「降魔皇! 俺達は諦めない!! 例えどんなに僅かな希望でも、勝利を信じて戦い、悪を蹴散らし正義を示す!!」
『……よかろう。ならばお前達の屍を晒し、人類の希望とやらも砕いてくれるわ』
瞬間、周囲に漂う瘴気の濃度が一気に跳ね上がった。
同時に発光体の妖力が一瞬にして振り切れ、まるで心臓の胎動のように禍々しい光の明滅を繰り返す。
「……、伏せろっ!!」
神山の声と同時に、青い球体が強烈な閃光と爆音を轟かせて爆ぜた。
立ち上る黒煙。
その奥に、巨大な影が見えた。
「……これは……!!」
脳裏に過ぎったのは、過去にこの帝都に出現した怪獣のアーカイブだった。
再生怪獣にも関わらず二人のウルトラマンを相手に終始優位に立ち続け、一時は敗北寸前にまで追い込んだ大怪獣。
まさか、これも降魔皇の……、
『天命を捧げる者に安らかな眠りを、抗うものには苦痛と慟哭に満ちた終焉を齎す我が僕。やれ、マガゼットン!!』
「……ゼットン……」
主の命に呼応するかのように、怪獣が低い唸り声と共に眼下を睨む。
瞬間、再び閃光が襲い掛かった。
激しい地鳴りが、また轟いた。
帝国華撃団が降魔皇に徹底抗戦を宣言した瞬間、地獄の使者たちは再び町に跋扈し、我が物顔で暴れ始める。
通常兵器では太刀打ちしようの無い怪物の軍勢は百鬼夜行の如く。
希望を託された鉄の星のささやかな抵抗さえ、何の意味も持たなかった。
「総統閣下。敵は既にベルリン市内全域から進行範囲を拡大。南のトレッピン、北のリーベンヴァルデまで被害が及んでいます」
緊張を隠しきれないまま、側近のクレープスが皺の寄った地図を指差し説明する。
こちらの人員が僅かしかないことを利用して人海戦術に出たのだろう。
いかに優れた少数精鋭の部隊であっても、圧倒的物量差を跳ね返すことは不可能に近い。
それが人智を超えた力を持つ降魔とあっては尚のことだ。
「希望を捨てるな。シュタイナーが程なく市民の避難を完了させるはずだ」
ドイツ正規軍の司令官で埋め尽くされた地下壕の一室で、ヒトラーは出来る限り冷静に言葉を返す。
これまでの降魔の出現が各国の主要都市に集中していることから郊外の地域は比較的安全と考えたヒトラーは、親衛隊を含め全軍に市民の計画的避難を命じていた。
相手はあの降魔たちの長だ。
どんなに紳士的に言葉を取り繕うとも、それをこちらに報いる気も義務も必要性もない。
安楽死か虐殺か、死に方を選ばせているだけだ。
故に選んだのは、一人でも多くの市民を戦火から遠ざけ、少しでも生きる希望を絶やさないことだった。
その最前線に立つことを願い出たのが、厚い信頼をかけていたシュタイナー大将だった。
「総統閣下、シュタイナーは……」
だからこそ、齎された報告を、一瞬理解することが出来なかった。
「シュタイナーは任務を放棄し自決しました。避難予定の市民は未だ市内に取り残されています」
一瞬の沈黙を挟み、室内を動揺が支配した。
ややあって、手の震えを押さえながら老眼鏡を外す。
「中将以下、動けるものは直ちに市民の避難誘導を。後のものは残ってくれ」
自分でも驚くほど冷静な声だった。
人間は怒りが頂点を通り越すと冷静になってしまうものなのだ。
若き将校達は一瞬だけ困惑する様子を見せながらも、我先に部屋を飛び出していく。
部屋に残されたのはクレープスを含め年老いた将校ばかり。
それも独軍陸海空の総司令官ばかりだ。
こうなればモーンケやヴァイトリングが前線から戻っていないことが悔やまれる。
彼らがこの場にいてくれれば、少なくともシュタイナーと連携を取らせることもできただろうに。
果たして市民は無事なのか。
戦渦に巻き込まれてはいないか。
そう不安が過ぎった瞬間、押さえ込んでいた激情が爆発した。
「私は命じたのだ!! 市民を戦地から遠ざけよと!! 独軍の名誉と誇りにかけてドイツ国民を守ると誓い!! 悪魔の手先の盾となって守り抜けと命じたのだ!! 一体何処の誰が崇高なる使命を放棄し、守るべき市民を戦火の真っ只中に置き去りにしたのだ!!」
それは、未だかつて他人の前では見せたことの無いアドルフ=ヒトラーの心の叫びだった。
あろうことか全幅の信頼を寄せていたはずの腹心が、その使命を放棄して自ら死を選ぶなど、とてつもない愚行だ。
「我々とて同じだ!! 安全のために地下壕に身を隠し、年端も行かない少年少女を戦場に送り込んで何が誇りあるドイツ軍人だ!!」
「総統閣下、しかしながら霊的組織のほかに降魔に対抗できる人間はおりません!!」
「だから尻尾を巻いて逃げ出せというのか!? これではあの税金の恩恵を享受し続けておきながら、我先に守るべき国民を見捨てて身を隠した裏切り者どもと同じではないか!?」
ヒトラーの怒りが向けられていたのは、自身を除く独国政府の高官達だった。
緊急会議は恙無く終わるはずだった。
そう、他ならぬ自分が安らかなる死を受け入れていれば、ものの5分も立たずに終わるはずだった。
我がドイツは新たな世界の支配を譲り、誇り高き民族自決を受け入れる。
満場一致で決まりかけていたその決断に、ナチスドイツ首相にして現総統は烈火のごとく怒り狂い、緊急会議は紛糾した。
今まで幾度となく、そして今もまだ希望を示すべく戦い続けている伯林華撃団を差し置いて、自分達だけ早々に匙を投げようとする恩知らずな老人達。
だがまざまざと見せ付けられた圧倒的な人外の恐ろしさを前に、人々は恐怖していた。
それまで自身の言葉が国の意志とまで言われていたヒトラーの叫びは、何の力も持たなくなっていた。
「確かに私達は弱い。故に社会を築き、秩序を生み出し、人類の文明を維持してきた。いずれそれが終わり新たな命が台頭することもあるだろう。それを受け入れることは自由意志だ」
だとしても、とヒトラーは荒い息のまま続ける。
「私は自由意志の下に、一人類として戦い続ける。多くの若い命が託してきた希望を踏みにじることは出来ない。命を捧げるくらいなら、私は人類の未来の為に命を懸ける」
「総統閣下……」
「愚かだと思うか? だが今この瞬間、希望を繋ぐべく戦い続けている者達がいる。彼らに背を向ける事こそ、人の恥だ」
数分後、ドイツ本国より賢人機関へ、複数の電報が送られた。
一つはドイツ政府名義にて、『降魔皇及び勢力への全面降伏』。
続く形で送られたアドルフ=ヒトラー個人名義にて、『ナチスドイツ親衛隊及び軍部は、霊的組織支援を最後まで継続する』。
「Wer kampft, kann verlieren; wer nicht kampft, hat schon verloren」
戦う人は負けるかもしれない。
戦わない人は既に負けている。
その一文を添えて。
それは、断罪の刃を待つのみとなった自身にとって晴天の霹靂というべき言葉だった。
『悪いが、これだけの事をしでかしといてギロチン一発で終われると思ってんのかい?』
『アンタの死刑宣告書は頂いてるよ。アタシにかかれば、巴里の悪魔だろうと従うのさ』
鉄格子を隔てた先で、フランスの名家たるライラック伯爵夫人はそう笑って見せた。
よもや煌びやかな王の威厳は地の底へと堕ち、英雄王の名は大罪人の戒名に変えられた。
そんな男を野に放つ物好きが、海峡を隔てた先にいたというのだから、笑うほか無い。
『アタシの娘も同然の女を泣かせたんだ。ただの死刑で済むと思わないことだね』
汚物を見るような蔑みの視線を突き刺して言い渡された懲役。
それが、生涯をかけた霊的組織への無償奉仕だった。
よもや再びこの鎧を身に纏う日が来るとは思わなかったが、これは温情なのか。
だとしたら言葉と裏腹に、とてつもないお人よしだ。
反吐が出る。
まるでかつての、何も知らなかった頃の自分のようで。
『アストリア……、貴方の無事をお祈りしております……』
脳裏を過ぎるのは、あの声。
かつて血塗れた陰謀の中で自身と心通わせた少女の、どこまでも屈託の無い笑顔。
もしこのまま戦場で果てれば……、
「……愚かな」
ふと過ぎった浅はかな妄想に、自嘲して吐き捨てる。
あの少女は遥か天上の果てにいるのだ。
魂まで汚れきった自身の行く先など、地獄でしかありえない。
ならばせめて……、
「誇りなき王の首が欲しければ来るが良い。地獄への道連れにしてやろう……!!」
輝きを失いくすんだ聖剣を手に、かつて英雄だった男は戦場へ疾駆する。
願わくばその一太刀が、僅かでも償いになることを信じて。
西欧はフランスの大都市、巴里。
花の都と讃えられ、伝説の守護神によって守られていたこの街に闇の権化が再び牙を剥いたのは、遠き東の地で夕陽が沈み始めたときであった。
かつて美しくも凛々しき花々が天使の如く微笑み、遥かな伝説と共に蘇った巨人が、御旗の下に集いて超古代の闇を討伐した光のティガ伝説。
十数年の平和を蹂躙せんと現れた異国の怨念に、光去りし花の都は地獄の業火に包まれた。
フランス陸軍と現地警察の懸命な抵抗も虚しく戦火は拡大の一途を辿り、避難の間に合わない市民の多くが巴里市内の聖堂や教会に落ち延びていた。
そこへ建物諸共焼き討ちにしようと降魔がにじり寄るとき、一発の弾丸が悪魔を撃ち抜く。
それは、かつて翼をもがれた筈の赤き天使の姿だった。
「これ以上……私の町を傷つけることは許しません!!」
何箇所も錆の目立つ間接部を器用に動かし、併設された機関銃が次々と上空の悪魔を狙い撃つ。
銃声と同族の悲鳴を聞きつけた周囲の降魔に包囲されて尚、その気迫は僅かも揺らぐことは無い。
何故なら、命を懸けて守るものがあるから。
「私は巴里華撃団花組、エリカ=フォンティーヌ=モロボシ!! 巴里華撃団ある限り、貴方達の好きにはさせません!!」
純白の翼を広げ、背後に震える多くの人々を庇うように、教会の前に立ちはだかるエリカ。
その背中を見たものは語る。
神話に見た、天使のようであったと。
「私はもう逃げない……。ツバサ……、カトリーヌ……」
一瞬目を閉じ、大切な家族の顔を思い浮かべる。
離れ離れになって10年。
それでもあの日の約束は、一度として忘れたことはない。
「ダイゴさん……、エリカは、戦います……どうか見守っていて……!!」
今や空前の発展を遂げた自由の国、アメリカ。
その中心部たる摩天楼に飛来した無数の降魔は、一夜にして煌びやかな大都市を地獄へと変えた。
まだ見ぬ明日を夢見て高く聳える鉄塔は次々と焼け落ちて瓦礫の雨となり、破滅の欠片となって地上へと降り注ぐ。
だが人々を絶望へ追い落とす悪魔達に、敢然と立ちはだかる影があった。
辛うじて仕立てた白銀のドレスに身を纏い、正確無比なナイフの腕は少しもさび付かぬまま。
いや、いつかこの日がくることは分かっていた。
かつての同志と共に独国に希望の芽を育ませる傍ら、自身は来るXデーの為に準備を整えていた。
最も、自身の身の安全を苦慮するかつての総司令を説き伏せるのは大変なものであったが。
『先生からの診断では、保って30分だ。……行けるかい?』
出撃直前のあの言葉。
普段は気楽なくせにこんなときは妙に慎重になる。
だが犠牲を許さないその精神は見事なものだ。
故に、返した言葉は自信に溢れていた。
「当然でしょ。それだけあれば充分よ」
『自信家だね。息子共々』
「諦めが悪いのよ。私とあの人の子だもの」
そうだ。
霊力の減少がどうした。
スターの劣化がどうした。
今この瞬間も、息子は遠く離れた戦場で戦っている。
今この瞬間も、夫は隔絶された異世界で戦い続けている。
ならば今、自身が戦わずしてどうするのか。
世界が恐れた終末の日。
絶望的なまでの戦力差に、動じることなど微塵も無い。
かつて戦場を駆け、舞台を舞い踊ったブロードウェイの大女優に、これほど相応しい舞台があるものか。
「来なさい降魔。10年間募らせ続けた別離の恨み、とことん味あわせてあげる」
自分でも驚くほどに血が沸き立つ感覚に僅かな悦びを見出しながら。
銀幕の星、ラチェット=アンバースンは地を蹴った。
目に映るすべては、闇に閉ざされていた。
ここがどこなのか。
何が起きているのか。
分からぬままに、ただ感じるのは、漂うような浮遊感。
少しだけ冷たい心地良さに身を任せ、自身の全てが融けてゆく。
「……」
ふと、何かが聞こえた気がした。
何かが、煌いた気がした。
「……、……さん……」
それは、優しかった。
それは、暖かかった。
それは、懐かしかった。
「……初穂さん……」
「……、え……?」
それは、
「……初穂さん……!」
眩しいくらいに暖かい、光に満ちた声だった。
「……!!」
暗闇が一瞬にして閃光に染め上げられ、眩い光が世界を包む。
その先に、見えた。
「……ミ……」
無邪気で明るくて、子供みたいに人懐っこくて。
それでいてどんな脅威にも怯む事無く立ち向かえる強さを持っていて。
そして……、
「……ミラ……イ……!!」
他ならぬ自分に、特別な想いを重ねてくれた人。
「初穂さん!!」
目の前で、両手を広げて……
「ミライッ!!」
その胸に飛び込んだとき、世界は反転した。
光に包まれた世界は薄暗い室内に様変わりした。
周囲に置かれた薬品や医療器具。
そして自身が医療用の簡素なベッドに横たわっていた事実を認識して、ようやくそこが大帝国劇場の医務室であることに気づく。
「ここは……、アタシ、どうして……!?」
理解が追いつかない。
記憶を辿る。
そうだ。
あのクリスマス公演の後、正体不明のタコのような大怪獣が現れた。
自分達ではとても歯が立たず、ミライがメビウスに変身して……、
「そうだ……、ミライ……、みんなは……いっ!?」
咄嗟に起き上がろうとした時、全身に電流のような痛みが走る。
見ればさらしの上から真新しい包帯が厳重に巻かれている。
じゃあ、あの怪獣は……
「畜生……、何がどうなってんだ……!?」
痛みに堪えながら扉を開く。
その瞬間だった。
「うわあああっ!?」
激しい衝撃が建物全体に襲い掛かった。
自由が利かない体ではなすすべが無く、目の前の床に体を放り出し、強かに叩きつけられる。
その時だった。
「……え……?」
感じるはずの衝撃も痛みも、一切伝わってこなかった。
見れば自身の手が、体が、淡い光を放っている。
一体なんだ。
羽衣のように自分を包み込み、胸の奥に熱い何かを灯そうとしているような。
この光は、一体……、
『初穂さん……』
「え……?」
それは、あまりに突然だった。
どこからとも無く、まるで脳内に直接語りかけるような声。
その優しい声を、自分は知っている。
ぬくもりに溢れて、優しさに溢れたその声を、自分は知っている。
『初穂さん……、聞こえていますか……?』
「……ミライ……、ミライなのか!?」
再び聞こえた声に、弾かれたように周りを見渡す。
あの笑顔に会いたい。
あの胸に飛び込みたい。
『大丈夫……、僕はここにいます。貴方の一番側に……』
混乱する自分を諌めるように、胸の熱が増した。
心地よかった。
まるで、抱きしめられているかのような。
「どうして……、一体何が……」
何が起きているのか理解が追いつかず、困惑する初穂。
すると、ぬくもりの中に淡い人影が生み出され、後ろから自分に手を回してくれた。
その感触が、そのぬくもりが、堪らなく心地よかった。
思わず、涙が滲んでしまうほどに。
『覚えていますか? あの時、マガタッコングから僕を庇ってくれたあの時を』
「ああ……」
『僕にすべての霊力を託した初穂さんは、命を落とす寸前でした。それは……』
今度こそ思い出した記憶に、初穂は思わず声を詰まらせる。
そうだ。
あの時、自分はすべてを覚悟していた。
ただミライを失うことが、目の前で助けられないことが怖くて。
自分の命すらも、顧みていなかった。
「ゴメン……、何も考えられなかった……。もしミライが死んだらって思ったらアタシ……、どうして良いかも分からなくて……」
初穂は直感していた。
今ミライは、自分の想い人は、肉体を失っているのだと。
恐らくは自分の命を繋ぎ止める代償として、その身を捧げていたのだと。
そう理解した瞬間に押し寄せたのは、耐え難い罪の意識と、途方も無い喪失感だった。
なんてことだ。
自分の為に彼は、取り返しのつかないものを失っていたというのか。
もしそうなら、自分は……、
『……良かった』
「え……?」
だからこそ、耳元で聞こえた安堵の声に、初穂は混乱した。
恐る恐る振り向いた先に、ミライの顔が見えた。
ミライは、泣いていた。
大粒の涙を流しながら、微笑んでいた。
『僕は怖かったんです。僕を守るために貴女が死を受け入れてしまうことを。もしそうだったら、僕は貴女を繋ぎ止められなかった……』
「そ、それって……」
『今、僕達はプラズマ=オーブの力で一体化しています。しかしそれはオーブに宿る力だけでは意味を成しません。一体化するもの同志の生きる意志があって初めて形を成すんです』
「一体化……? アタシとミライが……」
それは、ウルトラマンの持つ宝具が秘めた奇跡の力だった。
地球人とウルトラマン。
種の異なる者同士が心を通わせたとき、その身を重ねることができる一体化の力は、主として片方の生命の危機を脱する目的で使われる。
そこまで説明を聞き、初めて初穂は現状を理解した。
ミライはその力を用いて、消え行く自身の命を紙一重で繋ぎ止めてくれていたのだと。
「それじゃあみんなは無事なのか? あの怪獣は……?」
『マガタッコングは倒しました。皆さんも無事です。しかし、これは全て降魔皇の策略でしかなかったんです』
「降魔皇!? そんなバカな! あの時さくらに幻都へ追い返されたはずじゃあ……!?」
『はい。しかし降魔皇は何らかの方法で配下の怪獣をこちらに呼び寄せたんです。そして今、圧倒的な力を見せ付けて人類の屈服を狙っているんです』
ならば先程の衝撃は別の怪獣か。
咄嗟に見えた階段の先の窓から外を見た瞬間、初穂は絶句した。
「な……なんだよこれ……!!」
見渡す限り、町中で煙が上がっていた。
夕日が落ち、徐々に暗闇が空を包み込むその光景は、世界の終わりにすら見える。
そしてその真っ只中に、それはいた。
黒と銀の体色と、胸部で不気味に青白く光る発光体。
昆虫を思わせる二本の角の間に怪しく光るのは、あのマガタッコングにも見られた赤い水晶のような発光体。
降魔皇が最後の希望たる花組殲滅の為に送り込んだ光ノ魔皇獣『マガゼットン』である。
『皆さんは今、あの怪獣と戦っています。世界にもう一度、降魔皇に立ち向かう希望を与えるために』
「そんな……!!」
遠目から見ても、勝ち目が無いことなど一目瞭然だった。
赤い発光体から光弾が撃ち出されるたびに、閃光手榴弾を大量に投擲したかのような大爆発が襲い掛かる。
時折見える霊力弾はクラリスかアナスタシアの攻撃か。
だが相手は効いていないどころか気づいてすらいない。
これまでの敵とは次元の違う、どうしようもない力の差が見て取れた。
『初穂さん』
圧倒的どころか絶望的なまでの魔皇獣を前に言葉を失う初穂に、ミライが語りかけた。
『もう一度だけ、僕に勇気を分けてくれませんか?』
「え……?」
突然の言葉に、一瞬困惑する。
だが真っ直ぐに自分を見つめるミライの目は、真剣だった。
『今までの僕なら、迷わずに飛び込んで行ったでしょう。でも今は違う。今の僕は貴女であり、貴女は僕……。僕一人の感情で、貴女を危険に晒せません』
「ミライ……」
瞬間、初穂も感じ取る。
目の前で冷静に振舞う彼は今、自身の中の激情を必死に押さえ込んでいるのだと。
かつてない強敵へ挑むために、自分に命を預けて欲しいと。
理解したとき、初穂は、笑った。
「誰に聞いてんだよ。アタシは泣く子も黙るお祭り女、東雲初穂ちゃんだぜ? 仲間のピンチに指咥えて見てられるかってんだ」
『初穂さん……』
「降魔皇だろうがなんだろうが、上等じゃねぇか。一発ぶちかましてやろうぜ!!」
『……、はい!!』
驚愕の顔が、無邪気な笑顔に変わった時、初穂の左腕に光が宿った。
それは目の前の青年が光を収めた器。
自身を包む光の奔流が、全身を駆け巡る。
「さくら、神山、みんな……待ってろよ!!」
『僕達も、今行きます!!』
重なったミライの幻影と共に、左腕のブレスに右手をかざし、斬り捨てる。
そして輝きを増した朱の宝玉を天に掲げ、叫んだ。
『「メビウウウゥゥゥーーースッ!!」』
光ノ魔皇獣マガゼットン。
一切の表情が見えない不気味な様相と頭部と胸部の発光体が、徐々に夜の闇に覆われていく戦場で炯炯と輝く。
その佇まいはまるで人智を超える破滅の使者を想起させる。
「ゼットン……」
そしてその攻撃は微塵の容赦も無かった。
突き出された両腕や胸部から際限なく撃ち出される光弾は轟音と閃光を伴う大爆発を際限なく轟かせ、周囲をたちまちのうちに焼け野原に変えてしまう。
只でさえ圧倒敵対格差を持つ相手にまともに反撃に転じる手段すら見つからない。
更に悪いことに、僅か1日では隊員達の治療も無限の修復も到底間に合うはずが無く、満身創痍での戦闘を余儀なくされていることも、只でさえ薄い勝機をさらに遠のかせる遠因となっていた。
いや、ともすれば降魔皇は最初からこれを目的としてマガタッコングを囮にしていたのかもしれない。
一方的にこちらを蹂躙してウルトラマンメビウスを呼び寄せ、痛み分けにまで持ち込んでいれば、マガゼットンとの戦闘で花組を成す術なく全滅させ、更にはその一部始終を人類に見せ付けて降伏に追い込むことすら出来るかもしれない。
それだけではない。
マガゼットンの攻撃の際に発生する妖力に呼応し、帝都中どころか世界中で降魔が大量発生を始めたのである。
「くそっ! これではキリがない……!!」
また一匹眼前に迫る降魔を切り伏せ、神山が吐き捨てる。
最早魔皇獣はこちらに興味をなくしたのか、見向きもしない。
時折あざみやアナスタシアが意識を反らそうと波状攻撃を仕掛けるも、まるで意に介さず眼下の家屋や建造物の破壊に注力する始末。
必死に追跡し攻撃を仕掛けるも、次々に湧き出る降魔たちに行く手を阻まれ、最早前進すらままならない。
これでは無限の動力限界か霊力の枯渇が発生して全滅するのも時間の問題だ。
「神山さん、あの先は……!!」
クラリスの言葉に、切り伏せた降魔を踏みつけて振り向き、神山は絶句した。
何故ならマガゼットンの進行方向に見えるのは花やしき支部。
無数の帝都民が避難している場所だ。
まさか、こちらに目もくれず市民を狙うつもりか。
「ゼットン……」
「くそっ! あざみ!! アナスタシア!!」
「了解!!」
「忍!!」
辛うじて動ける二人が同時に真下から一斉攻撃を仕掛ける。
これまでの傀儡騎兵ならばそのまま爆砕するのではないかというほどに練りこまれた霊力の一撃。
それが蚊に刺されたかのように、まるで効いていない。
『敵怪獣の体内に高濃度の妖力反応!!』
『アカン! あのまま避難所に撃ち込むつもりや!!』
通信先の司令室でも明らかに焦燥の声が感じ取れる。
まさか降魔皇本人ならばいざ知らず、末端の魔皇獣がこれほどまでの力を持っていたとは予想だにしなかった。
何ということだ。
共に戦うと決意したのに。
今度こそ平和を守りぬくと決意したのに。
自分は、自分達は、何も守れないのか。
「ゼットン……」
抑揚の無い声と共に、眩い閃光が一直線に放たれた。
だが……、
『「メビウウウゥゥゥーーースッ!!」』
聞こえてきたのは、異口同音の男女の声だった。
刹那、飛来した橙色の光が遮るように閃光を直撃し、轟音と共に爆ぜる。
立ち上る焔の中に、空色の輝きが見えた。
「あ、あれは……!!」
最初に歓喜の声を上げたのは、さくらだった。
見間違いではない。
見間違えるはずが無い。
胸に輝く空色のカラータイマー。
赤と銀の体色に、胸に縁取られた闘志の炎。
あの不忍池での戦いで生還が絶望視されていた光の巨人。
「セアッ!!」
ウルトラマンメビウスがそこにいた。
その降臨は、残された最後の希望であった。
「……ウ、ウルトラマンだ……ウルトラマンメビウスだ……!!」
誰かがうわ言のように呟いた。
それまで恐怖に打ち震えるばかりだった人々に、小さな行灯のような灯が燈る。
もしかしたら、ウルトラマンなら……
「頑張れー、メビウスー!!」
子供の一人が大声で叫んだ。
それに続き、周囲の誰もがあらん限りの声で声援を送り始める。
『初穂さん……!!』
『ああ、行くぜミライ!!』
背中に浴びる無数の声を揺るぎない闘志に変え、メビウスは猛然と魔皇獣に挑みかかった。
「ゼットン……!!」
真正面からの突撃に、マガゼットンは嘲笑うかのごとく邪念の弾幕を次々と放つ。
だが突進する巨人の全身を淡い光の膜が包み込んだかと思うと、直撃する無数の弾丸が次々と誘爆され攻撃が届いていない。
マガゼットンの攻撃手段である『マガ光弾』は、自身の体内にある妖力を練り上げ、数千万度の高温を伴って発射するものである。
一見すればマガタッコング以上の熱量を誇る恐るべき能力だが、こと今の巨人にとってはそれが幸いした。
メビウス自身は元より、初穂の霊力は主として火炎や熱として発現する。
用は火柱に火を投げ込んでも効果が無いようなものだ。
加えて初穂は御魂神の加護を受けて一層降魔の妖力に対し極めて強い耐性を得るに至った。
その力はかつて花組の誰もが苦戦を強いられた夜叉の装甲を容易く砕いて見せたほどである。
それに光エネルギーを上乗せした今のメビウスに、熱を纏った妖力など何の脅威にもならないのである。
「セアアアアアッ!!」
お返しとばかりに振りかぶった右の拳が、魔皇獣の顔面を捉えた。
見ているこちらが爽快感に浸るほどに巨体が宙を舞い、地面に叩きつけられる。
「スァッ!!」
起き上がる隙を与えまいと、馬乗りになって追撃をかけるメビウス。
だが次の瞬間、信じられないことが起こった。
「き、消えた!?」
「クッ!?」
何と、魔皇獣の巨体が一瞬のうちに幻の如く掻き消えたのだ。
そして次の瞬間、明後日の方角から光弾が飛んできた。
「ハッ!!」
寸前に気づき、左腕でなぎ払う。
その先には、殴り倒したはずの魔皇獣が悠然と立ちはだかっていた。
「スァッ!!」
反射的にメビュームスラッシュを放つ。
だが再びその姿が掻き消えた。
瞬間移動の能力を持っているとでも言うのか。
だとしたら持久戦に持ち込まれたらかなり厄介なことになる。
「……、メビウス! 後ろだ!!」
「クッ……、ウァッ!!」
またしても背後を取られた。
同時に後ろから凄まじい怪力で首を絞めてくる。
光弾が通用しないことで戦法を切り替えたのだろう。
比較的細身の体とは思えない腕力が気道を潰しにかかってくる。
「まずい! 花組各機、ウルトラマンメビウスを援護せよ!!」
「「了解!!」」
この窮地にいち早く動いたのが花組だった。
既に無数の降魔の軍勢を相手にして尚も霊力を搾り出し、懸命に魔皇獣に攻撃を加える。
効果が無くても良い。
ただメビウスが窮地を脱する切欠にさえなれば良いのだ。
「アルビトル・ダンフェール!!」
「無双手裏剣・影分身!!」
既に枯渇しつつある霊力を振り絞り、クラリスとあざみが同時に総攻撃を放つ。
だが魔皇獣の両足に向けて放たれた最後の底力も、やはり意識を反らすことさえままならない。
『神山さん! 敵怪獣の解析が完了しました!!』
司令室からカオルの連絡が届いたのは、ダメ元で自身の最後の攻撃に賭けようと二刀を構えたときだった。
『過去の花組が交戦したアーカイブから、宇宙恐竜ゼットンとデータが酷似しました。降魔皇の力で妖力が増幅されているとしても、その身体的特徴は同じはずです!』
『ゼットンには顔の器官があらへん! 触覚みたいな頭の角が代わりになってるんや!!』
増幅された妖力。
五感を代用する角。
瞬間移動の能力。
これらの情報を記憶した一瞬の思案の後、神速の脳内で突破口の構築が完了した。
「さくら!! もう一度だけ千本桜を放てるか!?」
「は、はい!」
恐らく前代未聞の作戦だろう。
だが現時点で最も可能性があるのはこれだけだ。
恋人の驚く顔を想起しつつ、神山は指示を飛ばした。
「俺に向かって千本桜を放ってくれ!! 君の斬撃を足場に敵に接近する!」
「はい……って、ええっ!?」
予想通りの反応に一瞬噴出しそうになるも、今は一刻を争う状況だ。
返事を待たず魔皇獣の頭上を睨み構える神山に、さくらも覚悟を決めたように刀を構えた。
「行きますよ誠十郎さん!! 蒼き空を駆ける、千の衝撃!! 天剣・千本桜!!」
横薙ぎに一閃されたカマイタチに、タイミングを合わせて白の無限が飛び乗った。
文字通り神速の速さで魔皇獣の背中を通り過ぎ、頭上を捉える。
「この一撃に懸ける!! 縦横無尽・嵐!!」
落下の勢いを加えた凄まじい乱撃が、至近距離から嵐の如く襲い掛かった。
「ゴオオオオオオ……!!」
野太い絶叫が轟いた。
魔皇獣の角が火花を散らし、音を立てて崩れ落ちる。
衝撃で力が緩んだか、巨人は前転で距離を取って難を逃れた。
数秒遅れて、魔皇獣は数キロ先に逃避している。
「ゼットン……!!」
だが器官を失い平衡感覚すら読めなくなったのか、明らかにその様子は焦燥が窺える。
今なら……、
「ゼットン!!」
だが反撃を試みようとした瞬間、魔皇獣は破れかぶれになったのか周囲へ無差別にマガ光弾を乱射し始めた。
さながら銃弾爆撃の如く飛び交う邪念が、またしても帝都中に飛散し無数の火柱を上げる。
「セアッ!!」
その内の一発がこちらへ向かっていることを察し、メビウスが飛び込む。
落下する白の無限を掌に包み巨体が横切った直後、すれ違いざまに飛んで来た光弾の一発が至近距離で着弾し、爆炎に姿を変えた。
もし一瞬でも遅かったら、白の無限は跡形も無かっただろう。
「……また助けられたな、ミライ……」
礼を述べる神山を地に降ろし、魔皇獣と退治するメビウス。
対する魔皇獣は、こちらに気づく様子もなく弾幕を撃ち続けている。
メビウスは左腕を庇うように構えると、ブレスの宝玉にエネルギーを集中した。
『行くぜミライ!!』
『はい!!』
初穂の灼熱の神力が合わさった輝きは紅蓮の炎となって拳を包む。
二人の力が一体となった必殺技、バーニングカウンター・ゼロだ。
「ハッ!!」
静かに構えたメビウスが、弾丸の如く飛び出した。
数万トンの巨体が無数の火炎弾を物ともせずに、魔皇獣へと肉薄する。
そして、
「セアアアアアァァァァァッ!!」
全ての霊力とエネルギーを合わせた渾身の一撃が、大怪獣のどてっ腹に深々と突き刺さった。
溢れんばかりの光の奔流。
それは一瞬の膠着を挟み、魔皇獣の巨体を易々と遥か天上へ吹き飛ばす。
「……ゼッ……トン……!!」
その声は本能が呼び起こした断末魔か。
光ノ魔皇獣は、閃光と共に上空で轟音を轟かせ爆散した。
「……勝った……」
数秒の静寂の後、ふとあざみが呟いた。
魔皇獣を、降魔皇のしもべを倒した。
その事実は言葉に乗って波紋のように漂い、やがてそれは無数の歓声に変わった。
同時に世界はようやく一筋の光明を見出すに至る。
帝国華撃団とウルトラマンメビウス。
彼らならば人類の未来を託すに値すると。
だが……、
『……ま、待ってください!! 帝都全域で、急激に地下の妖力反応が高まっています!!』
『それだけやあらへん!! 巴里と紐育でも同じ規模の妖力反応が……、それも上昇が止まらへんで!?』
最初の異変は、突如司令室から飛んで来た不穏な情報だった。
地下の妖力反応。
さらに海外でも同様の異変。
バカな。
魔皇獣まで倒した今、これ以上何が起こるというのだ。
『……愚かな』
それを指し示すように聞こえてきたのは、元凶の声だった。
「降魔皇!? どこだ!? 一体何の真似だ!?」
ボロボロの体に鞭打ち、再び二刀を構え吼える神山。
だが姿すら見えぬまま、邪念の声が下したのは非情なまでの宣告だった。
『我があの程度の獣で挑むと思っていたのか?あれはただの捨て駒だ。お前達に、巨人に始末させるためのな』
「何だと? 一体どういう……!?」
そこまで口にした時、異変が起こった。
帝都全域。
いや、世界中で地球そのものを揺るがすような地鳴りが始まったのだ。
立つことすらままならず、その場に膝を突く神山たち。
だが地震は秒を追う毎にその勢いを増して行き、
『邪念の光が空を覆うとき、眠りし邪念が目を覚ます……。これが終焉の始まりだということだ』
その言葉と共に、おぞましい咆哮が轟いた。
「グオオオオオオッ!!」
舗装された大地に無数の亀裂が入り、中から巨大怪獣が姿を現した。
二本の角と凶悪な面構え。
両腕の位置に生えた二鞭と、胸部に輝く禍々しい赤の発光体。
マガゼットンの光に呼応して地中より目覚めた地ノ魔皇獣『マガグドン』である。
「くっ……、ここに来て新たな魔皇獣だと……!?」
突然の出来事に、最早戦慄を通り越して呆然とするしかない神山。
だが直後、更に絶望に追い落とす連絡が飛び込んできた。
『た、大変です!! 不忍池跡地の地下より、高濃度の妖力反応が……!!』
『ありえへん……、あの怪獣と同じくらいあるで!?』
「な、何だと……?!」
言い終わらぬうちに、またしても強烈な地鳴りが襲い掛かった。
地中から水脈をこじ開けて現れたのは、やはり二鞭の怪獣だった。
「グワアアアァァァ……!!」
足元に頭部を持ち、海老のようなのけぞった胴体の先に二鞭を持つ大怪獣。
そして頭部にはやはり降魔皇の配下であることを指し示す赤の発光体。
マガゼットンの光に呼応して水底より目覚めた水ノ魔皇獣『マガテール』である。
冗談ではない。
一体でさえとんでもない力を持つ魔皇獣を、疲労困憊した状況で2体同時に戦えというのか。
「クッ……!!」
予想だにしない連戦に、さしものメビウスも後ずさる。
無理も無い。
先程の一撃に多大なエネルギーを消費した影響で、既にカラータイマーが点滅を始めているのだ。
まさかここまで堅牢な策を講じてきた降魔皇の事、ここまで折り込んで配下を繰り出してきたということか。
何ということだ。
死力を尽くして手繰り寄せたはずの勝利すら、敵の掌の上でしかなかったのか。
「グオオオオオオッ!!」
「グワアアアァァァ……!!」
二つの絶望が、血に飢えた咆哮を轟かす。
絶望の続きが、始まった。
始まりは、空に出現した黒い霧のような物体だった。
それは見る見るうちに濃度を上げていき、遂には巴里近海に巨大な影を形作る。
その奥から、醜悪な咆哮が轟いた。
「グギエエエェェェ……!!」
その姿は、見るものすべてを戦慄させた。
その声は、聞くものすべてを絶望させた。
無理も無い。
何故ならそれは、遥か3000年の戦いの果てに巴里の守護神によって葬り去られたはずの、闇の権化だったからだ。
アンモナイトを思わせる甲羅を背負い、腰から下に無数の触手を蠢かせ、上下反転させた顔に見えるは邪念に満ちた赤き角。
マガゼットンの光によって覚醒した、遥か3000年の超古代より巴里を幾度も恐怖のどん底に突き落としてきた悪夢の邪神。
その真の姿が、今蘇ったのである。
闇ノ魔皇獣『マガタノゾーア』として。
それはまるで隕石の如く、空を切って混沌とした摩天楼に飛び込んできた。
五忘星を思わせる凧のような体に、万物を吸い込む腹部と醜悪な双眸。
そして頭部の角は、偉大な邪念の皇の配下の証たる赤の角へと変化していた。
風ノ魔皇獣『マガスター』である。
「随分な大盤振る舞いね。……とことんやってあげるわ」
先程から退却を要請する本部との通信を遮断し、ラチェットは疲労を笑みの中に隠してナイフを構える。
噂に聞いていた、これが降魔皇直属の配下、通称『魔皇獣』とやらか。
「グビイイイィィィ……!!」
野太い叫び声と共に、両翼が大きくはためき、激しいつむじ風が襲い掛かる。
一瞬目を見開きながらも、正面から飛び込むシルバースター。
直後、アメリカ史上類を見ない規模のハリケーンが、摩天楼に襲い掛かった。
最早戦いにすらならなかった。
かつて帝都深川にて封印されていた二鞭の怪獣、グドンとツインテール。
降魔皇の力によって本来の姿を取り戻し、人智を超える力を振るう2体の化け物相手に、今の自分達はあまりに傷を負いすぎていた。
連戦に次ぐ連戦で疲弊し、霊力は枯渇。
無限ももう動かすだけで精一杯だ。
「グワアアアアアッ!!」
マガテールが天を仰ぎ、鞭を振るって吼える。
瞬間、地下の割れ目から大量の水が噴出し、津波となって襲い掛かる。
「クッ!!」
自身の巨体を支点に、津波を割ろうとするメビウス。
だがそこへマガグドンの巨体が容赦なく襲い掛かってきた。
「ウァッ!!」
防御も間に合わず吹き飛ばされるメビウス。
何とか立ち向かおうとするも疲労しているのは明らかで、その上2対1という劣勢に追い込まれて反撃の糸口すら見出せない。
どうする。
どうすればいい。
このままではいずれ攻撃に晒され全滅だ。
冗談ではない。
仲間達みんなで今度こそ平和を掴み取ると約束したのに。
こうしてミライも戻ってきてくれたというのに。
世界中の人々が自分達を信じて、立ち上がってくれたというのに。
「闇を切り裂く、神速の刃……!!」
こんな所で、終わってたまるか!!
「縦横無尽・嵐!!」
邪魔な降魔を次々に切り伏せ、手近な距離にいたマガテール目掛けて二刀を振り下ろす。
だが、
「ぐあああああああっ!!」
刃が迫った一瞬、マガテールの角が光ったかと思うと、赤黒い雷が白の無限に襲い掛かった。
マガ迅雷。
妖力を雷に変えて敵を焼きつくすマガテールの必殺技だ。
そしてその雷は、水路に足を取られた仲間達にも容赦なく牙を剥いた。
「きゃああああっ!!」
「うあああああっ!!」
苦悶の絶叫を上げ、半身を水路に沈める色違いの無限。
自分だけでも立ち上がろうとしたそのとき、恐れていたことが起きた。
「何だ……? まさか、活動限界か……!?」
無理からぬ話ではあった。
マガタッコングとの戦闘で大破した7機の無限を、僅か20時間で戦闘に耐えるだけの応急処置を施しただけでも奇跡に等しい。
マガゼットンとの戦いで当に限界を迎えていたであろう霊子戦闘機は、沈黙していた。
「グオオオオオッ!!」
倒れ伏すメビウスにトドメを刺さんと、マガグドンが鞭を振り上げる。
最早これまでなのか。
だがその一瞬、誰もが気づかなかった。
暗黒に覆われた先に見える一つの星が、光輝いていたことを。
「ヘアアアアアァァァァァッ!!」
それは、まるで流星の如く。
巨大な影が光を纏い、地ノ魔皇獣の顔面に強烈な飛び蹴りを食らわせた。
まるで紙くずの如く吹き飛ぶマガグドン。
一体何が起きたのか、誰もが分からず混乱する。
だが彼だけは、その姿を知る彼だけは叫んだ。
「ジャック兄さん!!」
瞬間、光が消失し、影の全身が露になった。
赤と銀の体色と、胸に輝く空色のタイマー。
そして何より、左腕に輝くブレスレット。
「帰ってきた……、ウルトラマンが……、帰ってきた!!」
年老いた帝都民の誰かが叫んだ。
それはかつてこの帝都を悪魔王の脅威から守り抜いた光の巨人。
「シュワッ!!」
ウルトラマンジャックの勇姿であった。
そして、
「そこまでだ降魔皇!!」
若い男の声が、暗黒の闇を切り裂いた。
瞬間、空に隔たれた空間を切り裂き、6つの影が次々と蒸気を噴出し地に舞い降りる。
その姿を、神山たちは知っていた。
「あ……、貴方達は……!!」
見間違いではない。
見間違いであろうはずが無い。
それらは今や旧型とさえ呼ばれて久しい霊子甲冑『光武二式』。
5機の色違いの霊子甲冑を従えて先頭に立つその姿を知らぬ者など、この帝都には存在しない。
「言った筈だ。俺達は、必ず生きて帰ってくると!!」
白銀の光武が二刀を抜き放ち叫んだ。
「「帝国華撃団、参上!!」」
西欧は花の都、巴里。
闇ノ魔皇獣によって勢いづいた降魔の軍勢は一気呵成の勝鬨を上げんとしていた。
かつての伝説をなぞるかのごとく、傷に塗れた天使目掛けてその闇が牙を剥こうとした、その時だった。
「グギエエエエエッ!?」
突如飛来した閃光が、天使を庇うように眼前に光柱となって現れた。
まるで天上の女神の慈愛の如く。
神々しいまでの光を携えて降り立ったのは、やはりかの伝説だった。
「「巴里華撃団、参上!!」」
「チャッ!!」
10年の時を経てこの巴里に戻ってきたのは、麗しき天使『巴里華撃団』。
そして、長きに渡りこの地を守護し続けた、巨人『ウルトラマンティガ』であった。
「待たせたなエリカ。よくぞ今まで耐え続けてくれた」
「グリシーヌさん……」
「もう大丈夫だよ。ボク達がついてるから!」
「コクリコ……」
「私達の絆は、時を、世界を隔てても切れません」
「花火さん……」
「もう充分稼いだろ? 後はアタシらに任せて寝転がってな」
「ロベリアさん……」
「エリカさん……、やっともう一度、君を守れるときが来た……!!」
「ダ……、ダイゴさん……!!」
目の前に立つ姿が幻ではないと悟ったとき、涙で視界が滲んだ。
長かった。
世界が動乱に揺らぎ続けた10年間。
娘と共にひたすらに帰還を信じ、耐え続けた10年間。
愛する人たちは今、目の前に戻ってきたのである。
「10年ぶりの出撃だ。遠慮はいらねぇ、一匹残らず血祭りにあげろ!!」
「「了解!!」」
米国は大都市、紐育。
風ノ魔皇獣が巻き起こす竜巻が聳えるビルを玩具のように吹き飛ばす。
真っ只中に突っ込んだ銀幕の星もまた、夜空に打ち上げられ藻屑になるかと思われた。
だが、遥か空の果てから飛来した真紅の光がその身を受け止め地上に下ろす。
遅れて摩天楼の空を駆ける6つの星。
それは、紐育に生きる人々全てが待ち望んでいた希望の星だった。
「紐育を駆ける駿馬、ジェミニ=サンライズ参上仕り!!」
双子の姉と共に数奇な運命を乗り越えた無双の星、ジェミニ=サンライズ。
「最終弁論には間に合ったかい? 開廷と行こうじゃないか!!」
法の鎖に縛られた過去を断ち切り、真の正義を取り戻した烈風の星、サジータ=ワインバーグ。
「ラチェットやみんなをいじめた奴、リカがやっつける!!」
心通わせた仲間を守るべく銃を取る狩人の星、リカリッタ=アリエス。
「これ以上、この星に生きる命を脅かすことは許しません!!」
生きる希望を胸に命の冒涜を許さぬ慈愛の星、ダイアナ=カプリス。
「昴は感謝する。この10年……良く耐え続けてくれた」
たゆまぬ努力と非凡な才を併せ、かつては共に戦場を駆けた変革の星、九条昴。
「ラチェットさん、サニーサイド司令、遅くなってすみません。紐育華撃団星組、ただいま全員帰還しました!!」
数多の可能性、机上の不可能を根底から覆すサムシングエルスを秘めた希望の星、大河新次郎。
「……待たせたな」
「ええ……、おかえりなさい」
そして紐育の守護する真紅の巨人『ウルトラマンタロウ』。
またの名を、この世で自身が最も愛した摩天楼の星、ハワード=アンバースン。
「星組各機、敵を掃討します!! 紐育華撃団、レディ・ゴー!!」
「「イェッサー!!」」
「ムンッ!!」
記憶のそれと何ら変わらぬ背中を見送った時、初めてラチェットは自身が涙を流していることに気づいた。
それは、安堵の涙だった。
10年間、遠き異界に連れ去られた仲間を憂い、孤独に舞い続けた最低の戯曲。
その待ち望んでいたカーテンコールに、安堵した涙だった。
今日における霊的組織による都市防衛構想は、彼らの勇姿から始まった。
当時賢人機関をはじめ各国から会議の目を向けられていたにも拘らず、彼らは舞台で、戦場で、まざまざとその存在を見せ付けてきた。
「静寂が支配する、銀の楽園……! リディニーク!!」
発足当時から隊員達を公私共に支え続けたロシアのヒットマン、マリア=タチバナ。
「桐島流派奥義……、公相君!!」
琉球空手の継承者にして、最前線で魔を打ち倒してきた橙の虎、桐島カンナ。
「熱く、激しく、輝け!! オーソレ・ミーオ!!」
霊的組織の前身たる欧州星組にて数多の戦場を駆け、その類稀なる力で幾多の死線を潜り抜けてきた伊の華、ソレッタ・織姫。
「悪い奴らは、吹き飛んじゃえ!! イリス・エクスプロージョン!!」
若干10歳にして幾度も仲間の傷を癒し、魔を滅してきた麗しの令嬢、イリス=シャトーブリアン。
「破邪剣征……、桜華天昇ーーーっ!!」
その一太刀は全ての魔を切り伏せる破邪の一閃、真宮寺さくら。
「狼虎滅却……、天地神明!!」
帝都に轟くその名は、絶対正義の白狼。
西欧に轟くその名は、黒髪の貴公子。
長きに渡るその戦歴に、殉じた名は一つとしてなし。
今日に至る霊的組織の礎を築いた名君にして、帝国華撃団総司令、大神一郎。
「す、すごい……!!」
さしもの神速も、そう呟くのが精一杯だった。
霊子甲冑の性能差を物ともせず、戦場を埋め尽くす勢いの降魔の軍勢を一網打尽に吹き飛ばす。
決して一日の長に甘んじることの無い、歴戦の猛者たちの鮮やかなまでの戦いぶり。
開いたばかりの若葉たちは、圧倒される以外の道が無い。
「シュワッ!!」
それは、遥か頭上で強大なる邪念と退治する巨人もまた同様であった。
今より17年前。
この帝都を襲った宇宙忍者の侵略に始まる数多の危機に、完全と立ち向かった巨人がいた。
帝国華撃団花組7番隊員、御剣秀介。
またの名を光の巨人、『ウルトラマンジャック』。
「ヘッ!!」
水流を呼び出す暇すら与えず、二鞭をつかんでひねり上げ、お返しとばかりにチョップの連打を打ち込む。
さらに背後を取ろうとにじり寄る二匹目に気づくや、マガテールを放り投げてどてっ腹に強烈な回し蹴りを叩き込んだ。
「グオオオオッ!?」
「ヘアアッ!!」
たじろぐマガグドンの首を掴み、容赦なく拳の連打を浴びせる。
今度は体勢を立て直したマガテールを蹴りつけ、怯んだその体目掛けてその巨体を豪快に放り投げた。
信じられない。
自分達では死力を尽くした末にようやく痛み分けに近い形で倒した魔皇獣を、複数相手にたった一人で互角以上に渡り合えるとは。
「グオオオオッ!!」
憤怒の雄叫びを上げ、マガグドンが大地をかち割る鞭の一撃を放つ。
だが巨人は左腕のブレスレットを槍状に変化させるや、事も無げに打ち払って見せた。
それだけではない。
がら空きになった腹部に深々とその刃を突き刺したのである。
「グオオオオオォォォォォォ……!!」
全身を痙攣させ、口から血を吐きながら断末魔の叫びを上げる魔皇獣。
槍を抜き放つと支えを失った巨体がユラリと倒れ、爆炎に飲み込まれた。
「グワアアアァァァッ!!」
その隙を突かんと水ノ魔皇獣が雄叫びを上げ、再び大津波を呼び起こす。
先程は自分たちが一網打尽にされた雷に飲み込むための大水害。
だがしかし、それすらも歴戦の光の巨人の前では児戯にすらならなかった。
「シュワッ!!」
逃げも構えもせず、巨人は槍を眼前に突き出す。
一瞬の間をおき、光に包まれた槍が盾に変化した。
ウルトラブレスレットを盾に敵の攻撃を防ぐ技、ウルトラディフェンダーである。
万有引力さえも無視するその力は、すべてを飲み込む濁流さえも、鏡返しのように跳ね返して見せた。
「グワアアアァァァッ!?」
跳ね返された濁流が魔皇獣を飲み込み、その巨体を後ろへと押し流す。
巨人はその好機を逃さず、魔皇獣目掛け腕を十字に組んだ。
「ヘアアアアアッ!!」
十字に組まれた腕から、青白い光線が発射され、マガテールの胸倉を撃ち抜いた。
数多の怪獣を爆炎の中に消し去ってきたウルトラマンジャックの必殺光線、スペシウム光線だ。
「グワアアアアアァァァァァ……!!」
その断末魔は、仇敵へ報いぬまま滅びる悔恨か。
地ノ魔皇獣に引き続き水ノ魔皇獣マガテールも、歴戦の巨人の手によって完全に消滅した。
今より遡ること14年前。
超古代の闘争より蘇りし怨念が、花の都に牙を剥いた。
人智を超えた力で人々を襲う怨念に、完全と立ち向かう乙女たちがいた。
東方より来る一人の貴公子の誇り高き信念が掲げし御旗の下に集う彼女達を、人々はこう呼んだ。
天使の如く麗しくも戦乙女の如く雄雄しき巴里の華、巴里華撃団と。
「戦士の神話、ここに刻まん!! ゲール・サント!!」
海賊皇の時代より武の道に生きる蒼の貴族、グリシーヌ=ブルーメール。
「ネコネコ子ネコ、この子に決まり!! マジーク・プティシャ!!」
儚くも健気に道化に身をやつし、他者の笑顔の為に生きる少女、コクリコ。
「北大路花火三の舞……、雪月風花!!」
慎ましき眼差しに熱き血潮を滾らせる烈火の華、北大路花火。
「朽ち果てろ……! デモン・ファルチェ!!」
人の悪意に塗れながら貴公子の愛に触れ、一度は貴公子の心をも盗んだ巴里の悪魔、ロベリア=カルリーニ。
今や懐かしささえ感じさせる旧式の光武F2を駆り、舞台を舞う舞姫の如く降魔を駆るその様は、見るもの全ての心を奪う。
そしてその只中に悪の権化と対峙する、光の巨人がいた。
遥か3000年前の闘争の中、一人の少女の光に触れたことで闇に反旗を翻した伝説の光の巨人。
運命を継ぐ青年ダイゴ=フォンティーヌ=モロボシ。
またの名を伝説の巴里の守護神、『ウルトラマンティガ』。
「ハッ!!」
眼前に対峙する邪神であった怪物目掛け、ティガは自身のカラータイマーから眩い閃光を放った。
タイマーフラッシュスペシャル。
かつて3000年前の伝説の地で闇の権化を消滅させた、光の巨人の大技である。
被害の拡大を防ぐために初手で倒しにかかったか。
だが真の力を取り戻した魔皇獣は、かつて自身に死を齎した一撃を一笑に付した。
「グギエエエェェェッ!!」
醜悪な咆哮と共に放たれた闇の波動が真っ向からぶつかり、相殺された閃光が霧散する。
だがこの一瞬こそ、かの巨人が狙っていた好機だった。
「ンゥゥゥ……、ハッ!!」
閃光が爆ぜる一瞬、ティガは自身の顔の前で両腕を交差し、力を込める。
その両腕を振り下ろした瞬間、額のクリスタルが輝き、巨人の体を紫に染め上げた。
筋力を落とす代わりに飛躍的に瞬発力を向上させたスカイタイプである。
「グギエエエッ!!」
爆炎の先に見えた巨人の首を刈らんと、魔皇獣の鋏が弾丸の如く放たれる。
だがその殺意が首を撥ねる寸前、巨人の巨体が勢い良く巴里の上空へ飛び出した。
「ハァァァ……、ジュッ!!」
その姿を追う無数の触手目掛けて、数多の光の矢が手裏剣の如く放たれた。
ランバルト光弾。
光エネルギーを鋭い鏃に変えて弓矢のように敵を射抜くスカイタイプの必殺技だ。
天空より放たれた無数の裁きの矢は、地上より湧き出た無数の悪意を貫き、霧散させた。
「チャアアアッ!!」
そのまま鋭角を刻むようにセーヌ川の水面すれすれに急降下させると、そのまま拳を突き出し魔皇獣の横っ腹に勢い良く突っ込んだ。
数十万トンを誇るであろう邪神の巨体が、まるで紙くずの如く吹き飛び、建造物をなぎ倒しながら地面を転がる。
対するティガは遥か上空よりその姿を捉え、蹴りの姿勢で飛び込んだ。
ティガスカイキック。
落下の速度を加えることで軽量化の弱点を補った、スカイタイプの必殺技だ。
まるで隕石の如くとてつもない質量を持った蹴撃は、邪神の巨体をまたしても豪快に吹き飛ばした。
「ンゥゥゥ……、ハッ!!」
再び額のクリスタルが巨人の体に変化を齎した。
紫の体色が一瞬のうちに真紅に染められる。
瞬発力を全て怪力に振りぬいた、パワータイプである。
「グギエエエェェェッ!!」
瓦礫より顔を出したマガタノゾーアが、今度こそその体を貫かんを鋏状の腕を繰り出す。
だが怪力を付した巨人は、万物を断ち切る勢いの殺意すら、容易く掴んで見せた。
それだけではない。
掴んだ腕を支点に敵を引き寄せ、豪快な拳の一撃を見舞ったのである。
「チャアアアッ!!」
轟音と共に地に叩き伏せられる魔皇獣。
巨人はすかさずその巨体を持ち上げ、今一度脳天から地面に叩き付ける。
ウルトラヘッドクラッシャー。
パワータイプの怪力だからこそ可能なティガの怪力に物を言わせた力技だ。
「ハッ!!」
地に沈んだ魔皇獣目掛け、容赦ない両拳が見舞われた。
轟音と共に数万トンの巨体が空を切り、ボールのように巴里の大地を跳ねる。
「グギエエエェェェッ!!」
だが、腐ってもかつては邪神とまで呼ばれた生命体か。
これほどの猛攻を受けて尚、マガタノゾーアの破滅への執念は僅かも揺らいではいなかった。
それどころか無数の傷に覆われた体で尚も双眸をギラギラと輝かせ、こちらを睨み続ける。
「グギエエエェェェッ!!」
邪神の口から、禍々しい閃光が放たれた。
一度は超古代都市の決闘で、巨人の息の根を止めて見せた一撃。
だが今度は、巨人も身構えていた。
「ハッ!!」
胸の前で交差した両腕を前に突き出し、半透明のバリアを形成する。
ウルトラシールド。
文字通り光エネルギーを障壁として展開し、敵の攻撃を防ぐ防御技だ。
だがこの技は、ある種の応用を効かせるためのものでもあった。
マガタノゾーアの不幸は、かつてその光景を見たことが無かったことであろう。
「ハァァァァ……!!」
ティガはそのまま両手を外側から大きく回し、受け止めた閃光を掌に収まるほどのボール状にまで圧縮して見せた。
デラシウム光流。
ランバルト光弾と対を成す、パワータイプの必殺技だ。
「ダァッ!!」
ハンドボールのシュートを思わせるフォームで、凄まじいエネルギーを秘めた光球が勢い良く放たれた。
不意を突かれた魔皇獣はその一撃をもろに顔面に喰らい、またしてもその巨体を泳がせる。
「ンゥゥゥ……、ハッ!!」
三度額のクリスタルが輝いた。
巨人の体色の半分が紫に戻る。
ウルトラマンティガ基本形態にして最も光エネルギーを最大出力で放つことの出来るマルチタイプである。
「ハァァァ……!!」
胸の前で突き出した両腕を、ゆっくりと左右に広げるティガ。
その軌道に沿って光の筋を生み出され、膨大なエネルギーが集約されていく。
ゼペリオン光線。
ウルトラマンティガ最強最大の必殺技だ。
「ハッ!!」
L字に組まれた右腕から、眩い光線が一直線に闇ノ魔皇獣の顔面を狙い撃った。
「グギエエエェェェェ……!!」
生きとし生けるものすべてを戦慄させる邪神の断末魔。
それすらも掻き消す閃光が、暗黒に包まれた巴里の夜空を白に染め上げた。
蒸気革命=スチーム・レボリューション。
かつて世界産業の最前線を独走しつつあったアメリカを象徴する言葉が生まれて早12年。
その筆頭とも言うべき存在が、紐育華撃団星組擁する当時最新鋭の技術を満載した霊子甲冑『スター』であった。
「ミフネ流剣法……!!」
「良い構えだ!!」
「僕も手伝います!!」
既出の霊子甲冑より明らかに大きな巨躯から繰り出される一撃は豪快にして一撃必殺。
かつては異国より取り込まれし数多の怨念相手に勇躍した。
「銀のメスと!!」
「金の銃!!」
「仕上げと行こうか!!」
そしてこのスターの最大の特徴こそ、対巨大生命体との空中戦を想定した唯一無二の変形機能、『フライトフォーム』である。
かつて帝国華撃団に所属した御剣秀介が使用した戦闘機『流星』のデータから光武が奇跡の融合を遂げたその力は、かの『信長事件』および『バルタニコス襲来』においてまざまざとその力を見せ付けた。
異国から放たれた降魔たちも、まさか自分達の領域である空中から攻められてはひとたまりもなく、星組の連携の前に次々と爆炎の中に沈んでいく。
「グビイイイィィィッ!!」
「ムンッ!!」
その大乱戦の中央で、巨大な二つの影が真正面から激しくぶつかり合った。
爆風で全てをなぎ倒す風ノ魔皇獣、『マガスター』。
これまでの怪獣とは明らかに一線を画する降魔皇直属の大怪獣と対峙したのは、かつて夢に破れてこの町に落ち延びた地球人だった男だった。
その名はハワード=アンバースン。
かつてスターの原型案を若くして完成させた天才工学者ロビン=アンバースンを父に持つ、紐育華撃団メカニックチーフであり、一隊員でもあった男である。
そんな彼が数奇な運命を経て光の巨人ウルトラマンタロウとして生まれ変わった経緯は今尚最重要機密として取り扱われ、全てを知るものはあまりにも少ない。
「デヤァッ!!」
数秒の膠着の後、怪物の巨体を真紅の巨人が片手で高々と持ち上げた。
そこから腹部に拳を打ち込み、打ち上げ花火のように遥か上空へ吹き飛ばす。
「今です!! スター各機、上空の怪獣を一斉攻撃してください!!」
「「イェッサー!!」」
待ち構えていたかのように、6機の星が全方位から旋回するように霊力弾を連射する。
アーカイブによればあの怪獣の原種と思われる宇宙大怪獣ベムスターは、高い飛行能力と腹部のエネルギー吸収能力で相手を翻弄し、疲弊したところでトドメを刺すタイプだ。
記録では明治神宮での戦闘で、かのウルトラマンジャックを唯一敗北に追い込んだ事でも知られている。
「正面からの攻撃は腹部から吸収されます! 敵の死角から攻撃してください!!」
故に新次郎は敵の強みであるエネルギー吸収と持久戦を回避すべく、背後からの攻撃を命じた。
初撃でタロウに真上へ打ち上げてもらったのは、攻撃の余波で周囲への被害を僅かでも減らすためだ。
ここまでは作戦通りである。
「グビイイイィィィッ!!」
だがその無数の光弾が直撃するかと思われた瞬間、邪念の星は醜悪な咆哮をあげた。
呼応するかのごとく明滅を始める頭部の角。
直後、信じられないことが起きた。
「何だ!? 攻撃が遮断された!?」
魔皇獣の角から全身を包むように球状のバリアが形成された。
半透明の禍々しいくすんだ赤色のバリアに阻まれ、霊力弾は悉く飲み込まれていく。
まさか、あの角は攻撃性能だけでなくこちらの攻撃をセンサーのように感知できるというのか。
「……、敵怪獣内部の妖力が急激に上昇!! 来るぞ!!」
気づいた昴が言い終わらぬ内に、角から閃光と共に吸収されたエネルギーの塊が打ち出される。
直後、障壁の中の魔皇獣は両翼をはためかせ、その塊を強風で拡散させた。
吸収したエネルギーをカマイタチの如く展開させて周囲を無差別に切り刻む『マガ旋嵐』である。
昴の連絡で辛うじて回避できたが、これでは追撃どころか接近もままならない。
「デヤァッ!!」
その時、真紅の巨人が動いた。
拳を突き上げた状態で地を蹴って弾丸の如く上空の嵐の目の中に突っ込んでいく。
5万5千トンの巨体を活かした猛スピードのロケットパンチ。
真下からの奇襲にマガスターも迎撃しようと無数の光弾を放つが、タロウはものともせず突っ込んでいく。
そして、
「タアアアァァァッ!!」
超重量の一撃が、真正面から障壁にぶつけられた。
圧縮されたエネルギー同士の衝突が激しいスパークを起こし、電撃となって周囲に飛び交う。
拮抗すること数秒。
競り勝ったのは、巨人の拳だった。
「グビイイイィィィッ!!」
今度は魔皇獣の源泉たる角に拳が直撃した。
エネルギーを吸収されるならば物理攻撃で壊してしまえば良い。
単純ながらこの場の最適解を証明するかのごとく四方八方に亀裂が走り、邪念の源は砕け散った。
「ボギャアアアァァァッ!!」
だがそれで敵の戦意が削がれるという予想は、真っ向から覆された。
マガスターは明らかに憤怒の雄叫びと共に至近距離から爆風を浴びせてきたのだ。
「デェッ!?」
不意打ち同然の攻撃に吹き飛ばされながらも、回転で勢いを殺して地上への激突を回避する。
この状況で尚も挑みかかってくるのは、闘争本能か降魔皇への使命感か。
いずれにしてもこれ以上ない好機、逃してはならない。
「今がチャンスです!! スター各機、敵怪獣に一斉攻撃してください!!」
「「イェッサー!!」」
「デヤァッ!!」
6つの星が次々と接近し、霊力弾を打ち出す。
対する魔皇獣は吸収が不可能と見るや、凄まじい速度で回避を始めた。
それを追撃するスター。
紐育上空はたちまち大乱戦に陥った。
「ボギャアアアァァァッ!!」
激しく翼を動かし、絶え間なく突風を生み出してこちらを妨害するマガスター。
さらにこぼれた羽が弾丸の如く打ち出され、霊力弾の直撃をかわしていく。
攻防一体の要であるはずの角を破壊して尚この戦闘力。
降魔皇直属の怪物の名は伊達ではないと言う事か。
「僕が突破口を開きます! 皆さん、力を貸してください!!」
「「イェッサーッ!!」」
敵の攻撃を掻い潜ってはキリが無い。
そう判断した新次郎は、いちかばちかの賭けに出た。
隊員達の霊力を借りて自身のスターを僅かな間限界突破させ、高濃度の霊力を纏って突撃する合体攻撃、『超新星』である。
「判決の時間だな!」
「おーっ、リカもやるぞーっ!」
「大河さん、私達の霊力を託します!」
「昴の力、預けるぞ!」
「新次郎、受け取って!!」
5色の光がそれぞれのスターから放たれ、フジヤマスターの全身を虹色の霊力が覆う。
すべての準備は整った。
「紐育の平和は僕たちが守る!! 狼虎滅却……、超新星ーーーっ!!」
機動限界を突破した神風が、魔の暴風を正面からぶち抜いた。
「グビイイイィィィッ!?」
吸収する間もなく腹部に巨大な風穴を開け、フジヤマスターが虚空を突き抜ける。
直後、地上に降り立った巨人が頭上で両手を重ね、全身にエネルギーを集約する。
「ムンッ!!」
常識を逸した戦闘力をもつ魔皇獣だ。
致命傷を与えて尚も倒れない生命力も、今さら驚くに値しない。
ならば跡形もなく吹き飛ばすまでだ。
「ストリウム光線!!」
T字に組まれた腕から眩い光線が発射され、遥か上空の魔皇獣を寸分の狂いなく狙い撃った。
超新星に匹敵する凄まじいスパークが全身を包み込む。
「グビイイイィィィ……!!」
回避も吸収もままならず超威力の攻撃の連続に、遂に断末魔の叫びを上げるマガスター。
やがてそれは昼間を思わせる閃光を伴い、大爆発した。
だが……、
「な、何だこれは!?」
最初に異変に気づいたのは、活動限界を迎えた無限から脱出した神山だった。
撃破された魔皇獣の破片から黒い靄のようなものが漂っているかと思うと、まるで意志を持つ魂のように上空へ浮かび上がったのだ。
そんなバカな。
あれほどの猛威を振るってこれ以上、まだ襲ってくるというのか。
『神山さん、巴里華撃団、紐育華撃団からも同様に魔皇獣の破片から妖力の塊が出現した報告が!!』
『ありえへん……、猛スピードでこっちに向かって来よるで!?』
その一瞬、神山は確かに見た。
飛来した4つの怨念に、相対した魔皇獣たちの醜悪な形相を。
それらはまるで水に溶かした絵の具のように周囲の怨念をも取り込んで混ざり合い、瞬く間に巨大化していく。
「ヘッ……!」
帰ってきた巨人が隣で膝をつく戦士に手をかざしたのは、その怨念の塊が徐々に生物を体を形作っていたときだった。
翳した手から淡い光が伝い、戦士の体を包み込む。
『この力は……光エネルギー……』
『すげぇ……あの時みたいに……優しくて暖けぇ……』
全身の疲労と傷を癒していく感覚に、思わず恍惚の声を漏らすミライと初穂。
その治癒を示すかのごとく、点滅を繰り返していたカラータイマーが空色の輝きを取り戻した。
「メビウス……。辛いかもしれませんが、もう少しだけ力を貸してください」
「はいっ!!」
優しく語りかけるジャックに、力強い返事を返すメビウス。
瞬間、怨念がまたしても自然の摂理に逆らい、魔獣となって現世に再臨した。
「グエエエエエッ!!」
その姿は、辛うじて見覚えのあるものだった。
かつて帝都を襲った超獣バラバの腕。
闇のしもべに身を堕した怪獣ガゾートⅡの足。
二度にわたり浅草雷門を強襲した怪獣シルバゴンの頭部に赤く角が輝き、その両脇にゼットンの角が見える。
それに加え、背中にはタッコングの吸盤が生え揃い、尾は明らかにグドンのそれと酷似している。
胴体にはベムスターの腹部が張り付き、その下に覗かせるのはツインテールの頭部。
そして全身から伸縮を繰り返しているガタノゾーアの触手。
「……タイラントまでもか」
辛うじてそう呟いたのは、以前相対したことのある大神だった。
帝国華撃団擁する最強の戦艦ミカサすら駒とした大久保長安の繰り出した最強最悪の怪獣タイラント。
その悪夢が、今再び降魔皇の手により目覚めてしまったのだ。
「グエエエエエッ!!」
合成魔皇獣、マガタイラントとして。
「シュワッ!!」
「セアッ!!」
だがそれほどまでの強敵を前に、メビウスの胸中に僅かの恐れも無かった。
自分は一人ではない。
その確信が、かつて無いほどの勇気を自身に齎してくれたからだ。
「グエエエエッ!!」
「ヘッ!!」
共に戦ってくれる花組の仲間がいる。
「スァッ!!」
自分達を信じてくれる帝都の人々がいる。
「シュワッ!!」
「グエエエエッ!?」
志を共にしてくれた世界の華撃団がいる。
「ハッ!!」
こうして10年の時を経て戻ってきた先代の花組が、憧れの巨人がいる。
『行くぜミライ! アタシらの魂の一撃だ!!』
『やりましょう、初穂さん!!』
そして何より、自分の隣に大切な人がいる。
「ハァァァァ……!!」
自身の光と、初穂の神力。
そして言葉では表すことのできない、二人だけの絆。
その全てが眼前の炎となって結実した。
バーニングブレイブとなったウルトラマンメビウスの必殺技、メビュームバーストだ。
「セアアアァァァッ!!」
「ヘアアアァァァッ!!」
それに合わせてジャックも渾身の力でスペシウム光線を放つ。
同時に魔皇獣に殺到する火球と光線。
「グエエエエエッ!!」
だが怪獣も三本角を輝かせ、口から吐き出す漆黒のブレス『マガ念波』で対抗する。
激しくぶつかり合う3つのエネルギー。
しかも敵は明らかに余裕を残し、徐々にブレスの勢いを上げていく。
やはり降魔皇の配下故に多くの怨念を吸収しているためか、その無尽蔵な妖力で押しつぶすつもりか。
『負けない……、僕達は、負けるわけには行かないんだ!!』
『アタシらにも、アタシらなりの意地ってもんがあるんだよ!! 往生しやがれ!!』
最後の力を振り絞り、火球の勢いを押し上げるメビウス。
しかし膠着状態を打開するまでには至らない。
このままでは……、
「諦めるな!!」
遥か頭上から声が飛んできたのは、今にもこちらの攻撃が押し戻されそうになったときだった。
直後、どこからか発射された強烈な光線がマガタイラントの首元を直撃する。
その威力、ブレスを吐きながらも魔皇獣が僅かに後退したほどである。
「あ、あれ!!」
その光線の軌道を目で辿ったあざみが、天空を指差し叫んだ。
程なくそれは、発射の姿勢のまま華麗に巨人達の横に降り立つ。
その姿に、メビウスは驚愕の声を上げた。
「ゾフィー隊長!?」
隣に立つジャックと瓜二つの顔。
胸に光るのは宇宙警備隊長を指し示すスターマーク。
すべての始まりとなった対降魔部隊の一員として初めて人類と共闘した最強の光の巨人。
ウルトラマンゾフィーがそこにいた。
「メビウス、決してくじけるな。今の君の命は、もう君一人のものではないのだ」
「隊長……!!」
「人類の信じた僅かな希望を、不可能を可能に変えて勝利する! それが我らウルトラマンなのだ!!」
「はい!!」
夢にまで見た光景だった。
憧れだった戦士と、すべての頂点に立つ隊長と、肩を並べて正義のために戦える。
ウルトラマンとして、これほど心躍る瞬間があるだろうか。
その震えるほどの幸福感は、メビウスの最後の闘志を奮起させた。
「ダアアアァァァッ!!」
「ヘアアアァァァッ!!」
「セアアアァァァッ!!」
二つの光線が火球を押し込み、ダメ押しの一撃となって遂に拮抗が破られた。
「グエエエエエェェェェェ……!!」
あまりに膨大な光エネルギーに、ベムスターの腹部による吸収も、ゼットンの角によるバリア展開も間に合わない。
醜悪なる断末魔と共に、歪な魔皇獣は今度こそ爆炎の中に消え去った。
その一瞬、静寂の安堵が大帝国劇場前を支配していた。
眼前に並び立つのは、紛れもなく10年前の降魔大戦までに数多の功績を残してきた先代帝国華撃団。
自分たちが目標としてきた人たちだった。
「帝国華撃団花組、大神一郎だ」
「帝国華撃団花組、神山誠十郎です。大神大尉、お噂はかねがね……!!」
差し出された手を握り返し、力強く返す。
対する大神は、穏やかな笑みのまま満足げに頷き、隊員たちを見渡した。
「みんな良い眼をしているな。仲間を信じ、決して命を捨てない事……素晴らしい隊員たちが育っているようだ」
ふと、大神の視線が現在の司令に向けられた。
彼女もまた、静かに一歩進み出る。
「長い間、辛い思いをさせてすまなかった。よくここまで帝都を、世界を守り続けてくれた。……ありがとう、すみれくん」
「全くですわ……と言いたいところですが、止めておきます。そんな文句を並べていたら一昼夜では終わりませんもの」
「何だよ、歳食って少しはマシになったと思ったのに高飛車は相変わらずか~!」
「あ~ら、10年成長していないのは貴女の方ではございませんの?」
売り言葉に買い言葉で、同時に笑い合う。
その表情は、明らかに歓喜に溢れていた。
司令は同期の桐島カンナとはかつては犬猿の仲だったと聞く。
きっとこうした口論が絶えなかったのだろう。
その口論すらも、感慨深くて仕方が無いのだ。
「大神司令、まだ全ての危機が去った訳ではありませんわ。思い出に浸るのは、全てを終えてからになさいましょう」
それでも決して一時の感情に流されて趨勢を見誤らないのは、神崎すみれの経験則に基づく心の強さであった。
かつての一人の戦乙女の頃であったように、仲間達との再会を喜びたいはず。
それを押し殺し、あくまで平和を脅かす元凶を断つまでは油断をしてはならない。
その意図を察したか、大神もまた表情を戻した。
「現時点を持って帝国華撃団花組の全権を、返上させていただきますわ。大神司令、どうか今一度、世界華撃団出撃の指示を!」
「分かった。これが帝都の、世界の平和を賭けた最後の戦いになるだろう。みんな、どうかもう一度力を貸してほしい!!」
「「了解!!」」
帝都近海。
かつて歴史の海の中に眠る数多の怨念が静められし魔の島が眠る場所。
その封印を解いたのは、未だかつて悪魔王と呼ばれたただ一人である。
「……時は来た」
人々は知らない。
その悪魔王すら、所詮は怨念に塗れた一人の人間に過ぎないまがい物であることを。
そして、この場所に封じ込められた本当の絶望を。
「我の復活がこの星の破滅……、残念だったな……『オーブ』よ……」
やがて海水を割り、降魔達の城が存在した幻の大地が再びその姿を現した。
大和。
降魔の全てが始まり、一度は終焉を迎えた地。
今尚無数の怨念に溢れたその場所で、降魔の皇は静かに座していた。
<続く>
<次回予告>
僕は信じる。
人の絆を、人の夢を、人の愛を。
そして、人の未来を!!
次回、無限大の星最終話。
<∞(メビウス)の未来へ>
新章桜にロマンの嵐。
可能性は、無限大!!