無限大の星   作:サマエル

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お待たせいたしました。

拙作の始まりから7年。

あの日夢見た新サクラ大戦に望んだ全てが詰まっています。

最後の戦い、どうか心行くまでお楽しみ下さい。


最終章Ⅲ:∞(メビウス)の未来へ

 

 

「……これで全員だな」

 

かつてない緊張感の漂う中、その場の全員を見渡し、大神一郎は厳かに口を開いた。

眼前に揃うのは、手当てを済ませたばかりの新生帝国華撃団と、10年ぶりにこの場所に戻ってきた先代帝国華撃団。

更に現在の整備班長が手掛けたという蒸気モニターには、懐かしい顔や見知った顔、初めて顔を合わせる者達もいる。

 

「よく戻ってきてくれたねムッシュ。あんまり女を泣かせるもんじゃないよ」

 

「グラン・マ、すべてが終われば、とことん怒られてきますよ」

 

フランスは巴里華撃団の本部、テアトル・シャノワール。

 

「ミスター大神。こうしてまた共に戦えること、光栄に思うよ」

 

「こちらこそ、よろしくお願いします。サニーサイド司令」

 

アメリカは紐育華撃団の本部、リトルリップ・シアター。

 

「伯林華撃団、総員確認。……隊長、信じていた」

 

「レニ……、君こそよく持ちこたえてくれた」

 

ドイツは伯林華撃団の本部、国立歌劇場。

 

「若輩ながら我らの剣、今一度存分に使っていただきたい」

 

「アーサー隊長、ランスロットくん……。よろしく頼む」

 

イギリスは倫敦華撃団の本部、セント・ポール大聖堂。

 

「何や不思議な感じやなぁ。ウチらからしたら途方もないはずの時間やったんに……」

 

「紅蘭……」

 

「分かってるて。今はまだ……な」

 

中国は上海華撃団の本部、神龍件。

出自も文化も違えど、こうして世界の平和の為に互いに助け合う正義の魂は、確かに若い世代へ受け継がれている。

そのことを噛み締めながら、大神は表情を戻した。

 

「今聞いたとおり、帝都近海に謎の大陸が出現した。座標データが一致している以上、間違いない」

 

降魔皇による世界各地への大進攻。

その第1波を防ぎきった直後、作戦司令室から齎されたのは、驚愕の報告だった。

 

『帝都近海に巨大大陸が出現。中心部にて超濃度の妖力を確認』

 

その場所は、大神一郎以下旧花組の人間にとって、決して忘れられぬ場所だった。

大和。

かつて人類が欲望のままに降魔という怨念の怪物を生み出し、深き海底に沈めた業が眠る場所。

そしてその業に絶望した一人の悪魔王が、降魔に代わり人類を罰しようとした忌まわしき決戦の地。

この世界の破滅を目論む降魔の皇がその場にいるという事実そのものに、誰も驚きこそすれ疑問に思う事は無かった。

仮初の王が利用した玉座に、本来の皇が舞い戻っただけの話である。

 

「現在世界各国の降魔の出現は止まっています。目的は不明ですが、降魔皇自身が撤退を命じているようです」

 

大和の出現から程なく、世界各地で破壊の限りを尽くしていた降魔達は、忽然とその姿を消した。

同時に大和に世界中の妖力反応が集まっていることを加味すると、明らかにこちらの手段で押さえ込んだのではない。

降魔を統べる皇命によって、魔のしもべたちは皇の待つ呪われた地へ集結しているということだ。

 

「一之瀬大尉、これは……」

 

すぐ横に立つ壮年の男に、大神が尋ねる。

宇宙警備隊隊長、ウルトラマンゾフィーの地球人としての姿、一之瀬豊。

かつて霊子甲冑すらない時代、己の身一つで降魔と渡り合い、封じ込めた霊的組織の祖たる帝国陸軍・対降魔部隊の一員にして唯一の歴史の生き証人。

その表情は、明らかに憂いの色を示していた。

 

「話す必要がありそうだな。我ら人類の破滅をかけた、日本橋の戦いを……」

 

思えば大神をはじめ先代花組の誰も、その降魔戦争の顛末の詳細を耳にしたことはなかった。

当時の資料は既になく、先代司令の米田一基もまた好んで語ろうとしなかったためである。

 

「日本橋、という事は真宮寺大佐が?」

 

一瞬の躊躇いの後、沈黙を破ったのはマリアだった。

かつて黒之巣会首領との決戦に際し、米田は二つを語った。

自身らの降魔戦争の最後の舞台となった魔を封じた門、日本橋。

そしてその戦いで、真宮寺大佐は命と引き換えに封印を成し遂げたと。

 

「そうだ。魔神器に用いる莫大な破邪の霊力。それを準備し終わるまで降魔の軍勢を、私が陽動部隊を率いて引き離し時間を稼ぐ。それが当初の作戦だった」

 

豊は重々しく頷き、厳しい表情のまま目を閉じる。

彼にとっては忘れようとも忘れられぬ、仲間が殉職した忌まわしき記憶である。

思い出すだけでもつらいものがあるだろう。

 

「同時期に対降魔部隊の一人であった山崎少佐は、当時戦線に用いられていた人型蒸気に霊力のテクノロジーを組み合わせ、都市防衛構想の一環に加えることを思案していた。そしてこの作戦で、神埼重工の試作霊子甲冑を用いる予定だった」

 

だが、と豊の眉間に皺が寄る。

 

「その作戦は降魔側にリークされていた。当時の陸軍の中に、降魔と内通していた者がいたのだ」

 

「陸軍側に、内通者が……!?」

 

これまで秘匿されてきた事実に、作戦司令室内に衝撃が走る。

一体何者がそんな愚考に走ったというのか。

誰もが混乱する中、豊の口から出てきたのは更に衝撃的な言葉だった。

 

「いや、陸軍の名誉の為に言い換えるならば、すり替わっていたのだ。宇宙忍者達に」

 

宇宙忍者バルタン星人。

この星の侵略を企み、帝都や紐育で幾度も配下の怪獣を差し向け自分達に立ちはだかった、高い知能を持つ異星人だ。

そう言えば明治神宮で彼と相対したときも、確かにバルタン星人は深い因縁を仄めかす言動を見せていた。

それがかつての降魔戦争に干渉し、他ならぬ豊に目論見を打破されたことへの悔恨だとしたら、説明がつく。

 

「奴らは降魔の……、正確には奴らの持つ高純度の妖力に目をつけていた。その根源の力を自身の配下の怪獣に科学的に移植させ、飛躍的なまでに力を与えようと企んだ」

 

「それでは、降魔戦争では……!!」

 

「私が事態に気づいたとき、8割完成していた封印が一気に押し返されていた。覚醒を始めていたのだ。日本橋の地下深くで、バルタン星人の手引きにより降魔達の源泉が……!!」

 

「それが、降魔皇ですわね……!!」

 

引っかかる疑問ではあった。

かつてその身を犠牲に降魔を封じ込めた真宮寺大佐は、娘よりも強い霊力をその身に宿しており、助からなかったのは偏に霊力増幅に使用する魔神器の負担によるものと考えられていた。

だがそれに加えて、封印の最中に降魔皇というとてつもない悪夢が横槍を入れてきたのなら話は別だ。

復活から10年をかけて尚も脅威を晒し続けるあの怪物を一人で封じ込めようなど、無謀という話ではない。

 

「疑問が残る。バルタン星人は、如何にして降魔皇の存在を掴んだのだろうか。沢山の外宇宙を侵略しているとはいえ、その力が自分達に益する確信があったのだろうか」

 

ここに来て、レニの口から新たな疑問が噴出した。

長きに渡り人類に牙を剥き続けてきた降魔。

その妖力に目をつけ、バルタン星人が我が物にしようと画策したことは理解できる。

だがその虎穴に自ら首を突っ込むようなリスクをあの狡猾な異星人が企むかと問われると、確かに不自然であった。

降魔皇の常識を逸した強大さは自分達もいやというほど味わいつくしている。

いくら外宇宙の科学力があるとはいえ、その手綱を一異星人が握れるとは考えにくいし、それに気づかないバルタンではないだろう。

だがその疑問は、あまりにも衝撃的な核心を明かす切欠となった。

 

「……そうだ。バルタン達は、我々もまた、その源泉の正体を知っていた。そして、それこそ私がこの地球へ訪れた理由なのだ」

 

敢えて含むように口にした時、秀介が何かに気づき目を見開く。

何か予想だにしない事実に辿り着いた、そんな表情だ。

 

「まさか……、星喰い……!?」

 

「秀介さん……?」

 

目を合わせること数秒。

豊は、肯定するように頷いた。

 

「この星に蔓延する降魔とその源である妖力は、この地球から生まれたものではない。外宇宙から齎されたのだ。恐るべき『星喰い』と呼ばれる怪物によって」

 

「じ、じゃああの降魔皇も……!?」

 

「宇宙怪獣だったって事デスか!?」

 

カンナや織姫のみならず、誰もが予想だにしない事実に驚きを隠せない。

江戸の時代から人類の歴史に幾度となく百鬼夜行を重ねてきた根深い因縁を持つ悪魔たちが、まさか遠く離れた宇宙から飛来した脅威だったとは想像もつかない。

そもそも人間や自然の怨念が根源にある降魔という概念に、宇宙との関連を結ぶ時点で怨念を起源としていない矛盾が生じている。

その理由こそ、秀介がその名を聞いただけで身を震わせる『星喰い』の存在だった。

 

「奴は星そのものに寄生し、その星に生きる生命体や怨念を問わず養分にして成長する。進化には数千年を要する事だけが唯一の救いだが……」

 

「数千年!? ロベリアさんより長生きですね~!」

 

「驚くところはそこじゃねぇだろ!!」

 

唯一普段と調子の変わらないエリカを怒鳴りつけるロベリア。

だが流石に状況が状況だけに、場が和むまでには至らない。

 

「そして万一覚醒してしまえば、最後には星そのもののエネルギーを食い尽くして死の星に変えてしまうのだ」

 

「星そのものを……!?」

 

「なるほど、北条家の大和での降魔実験は、その力の片鱗を図らずも覚醒させてしまったという訳か……」

 

モニターの先で驚愕に目を見開く新次郎の隣で、納得した様子のサニーサイドが頷く。

 

「我々宇宙警備隊の長い歴史の中で、未だかつて討伐を成しえていない最強にして最大の力を持つ破滅の怪物『星喰い』……、またの名を、大魔皇獣『マガオロチ』」

 

「マガオロチ……!!」

 

遂に辿り着いた降魔皇の真名。

まさか降魔の起源が外宇宙から飛来した最強最悪の怪獣だったとは驚きだが、同時に納得している自身を大神一郎は自覚していた。

霊力を用いて怨念を沈めなければ決して倒すことの出来ない降魔と、単体で一騎当千の破滅的な力を誇る魔皇獣を何体も従え、自身は不死身に近い生命力でこちらを圧倒し続ける。

人智はおろか神の領域にさえ踏み込んだ力を持つその正体が、ウルトラマンですら恐れを成すほどの外宇宙の生命体だとなれば、充分腑に落ちる話だった。

 

「天海、織田信長、大久保長安……、彼らの反魂の術は、マガオロチの力を媒介に怨念を操る術だったのか……」

 

「それだけではない。3000年前に巴里を襲った邪神ガタノゾーアも、マガオロチの怨念から生まれた存在だ」

 

そこは長年不明確な部分であった。

3000年前の超古代に巴里を突如として襲った闇の邪神ガタノゾーア。

先住民族のパリシィとの触れ合いで光に覚醒したウルトラマンティガの力で辛うじて退けられたことは周知の事実だが、そもそも何故ガタノゾーアが巴里に出現したのかの詳細は未だ謎に包まれていた。

だが、それも降魔同様に星の地脈深くに眠っているであろう大魔皇獣の手引きによるものならば理解できる話だ。

今日に至る全ての霊的組織の宿敵たち。

それら全てが、この星に潜む星喰いの怪物に繋がったのである。

 

「でも不思議ね。それだけの力を持ちながら、何故マガオロチは人類への攻撃を徹底しなかったのかしら。邪魔者がいなくなれば自身の目的も達成しやすくなると思うけど」

 

ここに来て、アナスタシアの口から疑問が飛び出した。

確かにそうだ。

3000年前の時点で復活を遂げたガタノゾーアは、ティガというイレギュラーさえなければ巴里はおろか世界中を暗黒に包み込むだけの力を秘めていたはず。

同様に深川に封じ込められていたグドンとツインテール。

これらも黒之巣会の介入があるまで封印覚醒を先送りにする意味があったとは思えない。

それこそ3000年前に覚醒させられるのならさっさと手を打っておけば、こちらが力をつける前に一網打尽に出来ていたはずだ。

この10年間で、これほどまで苛烈に人類殲滅に動くのは何故だろうか。

だが、それには理由があった。

 

「しなかったのではない。出来なかったのだ。マガオロチは、今もまだ本体が封印されているのだ」

 

「本体が、封印……?」

 

「今からおよそ1万年前に、一人の巨人が星喰いの怪物に立ち向かった。結果は痛み分けに終わったが、巨人はマガオロチを、奴が生み出した6体の魔皇獣と共に封印したのだ」

 

「封印……、まさか……日本橋の!!」

 

「そうだ。帝都日本橋は、大和より魔の通じる門。その門を閉ざし封印を施していたのが、プラズマ=オーブだったのだ」

 

「……こいつが!?」

 

予想だにしない事実に、初穂が自身の左腕に光る宝珠を見た。

プラズマ=オーブ。

ゾフィーを始め、数多の戦士達に受け継がれてきた伝説の宝珠。

元々その宝珠は、この恐るべき大魔皇獣を地中深くに封じ込めるためのものだった。

だがそう考えれば、目の前の男がそのオーブを受け継いだ理由が推察できる。

 

「マガオロチに封印を施したその巨人の名は『ウルトラマンオーブ』。遥か1万年前に星喰いからこの星を守りぬいた、宇宙警備隊の祖たる原初の戦士。その魂が、オーブを通じてこの私を、時の帝都に呼び寄せたのだ」

 

全ての疑問が繋がった。

今より1万年前、まだウルトラマンたちの警備体制も整わない頃、マガオロチは地球に襲来した。

地球の生命を食い荒らそうとした星喰いに、敢然と立ち向かったウルトラマンオーブ。

激闘の末、巨人はマガオロチを、更には新たに出現した魔皇獣たちを次々と封じ込めた。

恐らく最後の相手となったマガタノゾーアだけは、光エネルギーが枯渇し封印が不十分だったのだろう。

だとしたら、闇の邪神だけが3千年前に一足早く蘇って猛威を振るったことにも納得が行く。

そして大正7年。

降魔の核たるマガオロチが封じられた大和へ通じる門、日本橋に封印があることを知ったバルタン星人は、様々な策を弄して宇宙最大の悪魔の力を手に入れるために暗躍。

奇しくもプラズマ=オーブに残された巨人の思念に導かれたウルトラマンゾフィーと対峙し、長年に渡る地球侵略の因縁を生むこととなった。

 

「真宮寺大佐の封印により、魔の門は閉じられ、バルタンの野望も潰えた。だがあの宇宙忍者が諦める筈が無い。そう睨んだ私はオーブを光の国へ持ち帰り、エネルギー回復を試みたのだ」

 

「そして黒之巣会……、葵叉丹が出現し、私にオーブが引き継がれた……」

 

皆の視線が、今は初穂の左腕にある宝珠に集まる。

人類繁栄より遥か前にこの星へ飛来し、誰にも知られることなく密かに魔の脅威から人類の、この星の生命を守り続けてきた原初の巨人。

何人もの巨人の手を渡り歩きながらその端々で自分達の窮地を救ってきた神秘の力に、圧倒されるばかりだ。

 

「昴は推察する。恐らく降魔皇そのものは、マガオロチから抜け出した精神エネルギーの状態だ。その本体は、今も大和の地下に封じ込められているはず」

 

「世界の蹂躙より本体の復活を優先するために、残存勢力を大和に集結させた……こんな所でしょうね」

 

昴の結論に、ラチェットが補足を加えたそれが、恐らく最適解だった。

真田の策略によって図らずも精神体で蘇った降魔皇、マガオロチは未だ霊的組織の主戦力が封印されたままであることを良い事に魔皇獣による殲滅を開始。

しかし予想より早く大神達が戻ってきてしまい、配下の怪獣達も全滅してしまったため、急遽大和に降魔を集め復活までの守備を固めようとしたのだろう。

だとすれば、

 

「降魔皇の肉体……、マガオロチ復活を止めるには今しかない」

 

大神のこの言葉が、全てを物語っていた。

かつて未来から現れた歴史の修正者が辿った悲劇の結末。

その全てを回避するためには、この最強最悪の大魔皇獣の復活を、何としても阻止しなければならない。

例え10年前のように絶界の力による封印を行ったとしても、真田事件の余波で漏れ出た妖力で干渉できる相手である。

封印ではなく、文字通り消滅させるしかない。

現在の戦力、その全てを以って。

 

「最早猶予は無い。世界華撃団全軍を以って大和へ出撃! 降魔皇を今度こそ倒し、マガオロチ復活を阻止する!!」

 

最後の戦いへ向けて、世界が動き始めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

幻の大地、大和強襲作戦が発令されて30分。

各国の整備班による霊子甲冑及び霊子戦闘機、輸送手段の準備が急ピッチで進められる中、各隊員は僅かな休息に入っていた。

 

「メビウス……、この星の名では御剣ミライ。よくぞ今までこの星を守り抜いた」

 

人のいなくなった作戦司令室で、一之瀬豊は眼前の精神体となった若き戦士に労いの言葉をかける。

一体化した少女を介して現れた青年は子供のようにはにかんだ。

記憶の中の青年は、入隊も間もなく実戦に耐えうる経験が無い事を危惧していたが、その佇まいは見違えている。

 

「ゾフィー隊長、あの時のウルトラサインは……」

 

ふと、ミライはこれまで疑問に思っていたであろう、すべての始まりとなった瞬間を尋ねた。

治療を終えたタロウと共に、未曾有の危機に見舞われた地球へ急行したゾフィーから送られた、10年後の地球を託すウルトラサイン。

豊は、力強く頷く。

 

「あの言葉に誤りは無い。降魔皇封印に際し、我々4人はファイナル・クロス・シールドを使用した。その時点でオーブは修正者に10年間の沈黙を託したのだ」

 

10年前の降魔大戦。

絶望的なまでの力を持つ降魔皇を食い止めるために発動した、起死回生の封印。

その直前に、豊たちはこの歴史を変えるための現れた巨人と邂逅した。

ウルトラマンギンガ。

遥か未来においてすべてが失われた帝都からやって来た歴史の修正者だ。

彼を10年間の宿主に選んだのは、オーブの意思であった。

時を挟んで来訪する、真の宿主である自身へ希望を繋ぐための。

 

「隊長、だったら尚のこと……!!」

 

そこまで口にしたミライを、豊は静かに手で制し、首を振った。

 

「メビウス……、今の君はそこの少女と一体化して命を繋いでいる状態だ。分離できるほどに回復するまではかなりの時間を要する。その状態で変身できたとしても、あれほど強大な敵と戦うのは無謀だ」

 

「け、けどよ! さっきはアタシもミライも戦えたぜ!?」

 

「その傷が、双方の命を蝕んでいる事を無視してもか?」

 

事実を指摘され、ミライも初穂も押し黙る。

確かにそうだ。

先程の魔皇獣との連戦は、寸での所で二人の巨人が助太刀に入り事なきを得た。

あのまま単独で戦い続けていたら、今度こそ自分達の天命が尽きていただろう。

 

「忘れるな。命を懸ける事と捨てる事は違う。君達を犠牲にしての勝利は誰も望まない。大神司令が何より大切にしている言葉だ」

 

先程の出撃命令において、神山以下新生帝国華撃団は出撃部隊から外す事が明言された。

無理からぬ話であった。

魔皇獣との連戦で各無限は大破し修復不能状態に陥った。

各隊員も意識こそあれど重傷の体である事に変わりはない。

誰もがここまで持ちこたえただけで充分だと労ってくれたが、それでも無力感は消えない。

 

「メビウス。お前のその光は、未来へ繋ぐ希望だ。降魔皇は我々が必ず食い止める。この決意を、信じてくれないか……?」

 

黙したまま、ミライは静かに頷く。

背を向けて去るその背中は、死地へ赴くようにさえ見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「これを、あたしに……?」

 

かつて自室であった部屋の前で、真宮寺さくらは若き蒼の少女から一振りの刀を託された。

目にしただけで、鋭い霊力を纏っていると一目で分かるその刀は、手にした瞬間により強く伝わってくる。

瞬間、脳裏に過ぎるのはあの瞬間。

絶界の血を絶やすために遣わされた降魔から、辛うじて娘を守った、あの戦いの記憶。

その少女の涙が目の前の少女と重なったとき、全てを悟った。

 

「じゃあ、貴女が……」

 

「はい。あの時助けていただいた、天宮さくらです」

 

その言葉に、自分たちが置いて行かれた時間の無情を感じる。

あの時は容易く手折られてしまいそうな花だった少女は、身も心も凛とした華となっていた。

聞けば自身ですら動かすことの出来なかった試製桜武すら使いこなしたというのだから、驚きだ。

 

「帝都も、人も、この10年の間に大きく変わっていたのね……」

 

「それでも、真宮寺さん達のお姿は今でも鮮明に覚えています! 私も、本当はお力になりたかった……」

 

「いいのよ天宮さん。今まであたし達の代わりに、平和を守り続けてくれた。それだけでも……」

 

肩を落とす少女に優しく語り掛ける。

少女は、僅かに緊張を残したまま顔を上げた。

 

「だからせめて……、母の形見を、天宮の神器を託します! 絶界の加護が、少しでもあるように……」

 

懐かしさを覚える表情だった。

まだ花組に入隊して間もない頃、こうして緊張して色んな場面で失敗してきた。

今尚色褪せることのない記憶。

それが、目の前で全て遠い過去に過ぎ去りつつあることを、真宮寺さくらは実感していた。

だからこそ、思う。

次代の桜が、もう芽吹いているのだと。

 

「だから……、だからお願いです! どうか、無事に帰ってきてください!」

 

両目に涙を溜め、唇を噛み締める少女。

優しく抱き寄せると、その肩は震えていた。

 

「ええ……、必ず。平和が戻ったその時は、一緒に舞台に立ちましょう」

 

「はいっ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都浅草、東雲神社前。

かねてより人の繋がりが厚く、義理人情という言葉が生まれて久しいこの場所は、今や戦火を逃れた人々を匿う砦の様相を呈していた。

明日の衣食住すら追われ、途方に暮れる人々が列を成す中、ごった返した人波の最前列に一軒の看板が見える。

煎餅屋『高村』。

浅草でも老舗の煎餅屋である。

文字通りしょうゆの香りを聞かせた海苔煎餅のみを売り続けて半世紀。

世代交代したばかりの若女将が一人で切り盛りする憩いの場であった。

 

「椿ちゃん! こっちも!」

 

「すまねぇ、子供がいるんだ!!」

 

「はいはい順番!! あるだけ焼いてくからね!!」

 

我先にと押し寄せる難民達に、焼けた煎餅を慣れた手つきで取り紙に包んで手渡していく。

彼女の名は高村椿。

この老舗煎餅屋の4代目女将である。

短く切りそろえた茶髪にそばかすと半被姿が愛らしいちゃきちゃきの江戸っ子として親しまれてきた。

そんな彼女がかつては帝都の平和を守る輸送部隊の一員であったことを知る者は、ほぼいない。

いるとすれば、4つ年下の、商売の縁で帝劇を託した彼女くらいであろう。

 

「椿はん!! お待たせ!!」

 

人並みの奥から、一際大きいがなり声が飛んで来た。

何事かと割れた人並みの奥に、懐かしい顔が見える。

 

「こまちちゃん! 来てくれたのね!」

 

「あての第2の故郷や! 今助けんでいつ恩返しすんねん」

 

わざわざ人を連れてドデカイ風呂敷を4つ抱えてやってきた後輩は、いつも以上に溌剌としていた。

元より商売根性もそうだが、それ以上に他人への奉仕に喜ぶ女性である。

本人は決して認めようとしていないが、今は亡き彼女の父と同じ、博愛精神の賜物ではなかろうか。

そう考えをめぐらせつつ荷解きを始めようとしたとき、初めて椿はこまちに並んで風呂敷を担いで来た人物に気づいた。

そう言えば総重量10升はあるだろう米を担いで来るとは一体誰だ。

 

「よっ、久しぶりだな椿!!」

 

「カ、カンナさん!?」

 

下ろされた風呂敷の奥からのぞかせた顔に、椿は仰天の余り大口を開けてしまった。

無理も無い。

今目の前にいるのは、10年前に降魔大戦で異次元の果てに閉じ込められたはずの先代花組隊員、桐島カンナその人だったからだ。

 

「お、おいカンナってまさか……!!」

 

「間違いねぇ! 帝国歌劇団の桐島カンナ嬢!!」

 

「おったまげたぁなぁ! カンナちゃん今までどこほっつき歩いとったんだ!?」

 

椿の声に周囲の人々も10年来の女優の帰還に驚きと歓喜の声を上げ始める。

一瞬照れくさそうに笑ったカンナだったが、流石に収拾がつかなくなると思ったのか頭上で手を叩いて周囲を止めた。

 

「はいはい細けぇ話は後回しだ後回し! それよりこまちが握り飯山ほど持ってきてくれてんだ! 順番に並んで食ってけよ!!」

 

長年下町で過ごしてきただけあり、がなり声一つで人並みがキレイに並び始める。

そうして長い大名行列がそこら中で握り飯と煎餅を頬張る歓談に変わった所で、カンナも腰を下ろした。

 

「しばらく見ねぇ内にと思ったけど、浅草は変わってねぇな。椿も元気そうで何よりだ」

 

「あれから大変だったんですよ! 霊的組織が一度解体されて、すみれさんが支配人を代理してやっと持ち直したところだったんですから……」

 

「あてもカオルはんも、右も左も分からん状態やってん。すみれはんが陣頭に立ってくれたんや。ホンマに恩人やで」

 

「……そっか。アイツがなぁ……」

 

ふと、カンナが空を見上げる。

その表情は、どこか遠くを懐かしむように見えた。

 

「……あてが言うんもアレかもしれんけど、すみれはんの信念は10年間揺るがんかったで。大神司令も、みんな必ず生きて帰ってくるて、一瞬も疑わへんかった」

 

「……すみれさんは、私達にも決して弱みを見せない人でしたから」

 

「そうだよな。ホントなら山ほど文句言いたかっただろうに、アイツにばかり背負わせすぎちまった……」

 

内外に犬猿の仲で知られるカンナとすみれ。

10年来の再会で交わされた軽口に周囲は安心する中、カンナだけはその違和感に気づいていた。

確かにあの場で気を許すことができなかったのも事実だ。

だがそれ以上に、すみれ自身の心の余裕が無かったのだろう。

無理も無い。

10年間、生きているかどうかすら分からない仲間の生還をひたすらに信じて、壊滅同然の帝国華撃団を一人で立て直していたのだから。

とても自分とこれまでどおり軽口を言い合う余裕など、残っていなかったのだ。

 

「カンナさん、一つだけ約束してください」

 

ふと、椿が見据えて言った。

 

「必ず、みんなで生きて帰ってきてください。すみれさんも私達も、下町の人たちもみんな、信じていますから!」

 

「……ああ、もちろんだ。アタイら花組は、こんな所で終わらせねぇよ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「すっご~い!! これみんなクラリスのお話なの~!?」

 

部屋に入って開口一番、アイリスは瞳を輝かせて駆け回り始めた。

その様子はかつて耳にしていた、『帝劇の妖精』という言葉がよく当てはまる。

やはりこの10年間、異空間の時間は働いていなかったというのが本当だと、改めて思い知らされた。

 

「ねえねえ、これは~?」

 

「それは『迷宮のリリア』。初めて書いた脚本ですよ」

 

「へ~、お芝居かけるなんてすっご~い!!」

 

本来なら自分より年上になっているであろう少女が、背の低いまま駆け回っているというのは何となく違和感を感じざるを得ない。

だが何だか妹が出来たような感覚に、不思議と笑みがこぼれる。

 

「いくつになっても、お淑やかじゃないデ~スね。ある意味反則デ~ス」

 

「昔から、あんな感じなんですか? アイリスさんって」

 

目付け役を買って出た織姫に問うと、肩をすくませて返事が帰ってきた。

 

「天真爛漫というか自由奔放というか……、きっと昔の反動でしょうね。ここに来る前は霊力がありすぎて外に出るのも難しかったって聞きマ~ス」

 

「そうですか……」

 

僅かに耳にした記憶がある。

アイリスは、幼少期から強すぎる霊力を制御できず、自宅からほとんど出ることが出来なかったという。

故にぬいぐるみたちと遊ばざるを得ない幼少期を過ごしていたと。

だとしたら、織姫の言うとおり帝劇で仲間や観客に囲まれる日々は、例え戦場に身を置くことになっても楽しいものなのだろうと、クラリスは思った。

何故なら、自身もまた同じ気持ちを感じていたからである。

 

「……怖くは、ありませんか?」

 

ふと、クラリスは尋ねた。

 

「10年間閉じ込められたような強敵に、また立ち向かわなければならない……。それが、恐ろしく感じたことはありませんか?」

 

「……分かりませんね。慣れてしまったのかもしれないデス」

 

幼少期、ソレッタ=織姫は欧州星組として戦場で過ごした。

感覚の無いまま霊力を存分に振るい、命令のままに暴れ回る内に、恐怖などというものは無くなってしまったという。

何故なら、それを吐露したところで戦場からは逃げられないからだ。

 

「そう思えば、花組は余程温かい組織ですよ。全員絶対生還。そんな主義を抱えてる組織なんて聞いたこと無いデスから」

 

「織姫さん……」

 

「だから今はワタシ、パパやママ、花組のみんなの顔を思い浮かべるんデス。みんな泣かせたくない。なら、絶対生きて帰ってやるって」

 

揺らぎの無い瞳に、思わず吸い込まそうに息を呑むこと数秒。

沈黙を破ったのは、幼い声だった。

 

「私は信じる。だって、私を信じてくれる人がいるから」

 

「えっ……!?」

 

不意を突く声に、ハッと振り向く。

そこには、原稿用紙を持ってしたり顔のアイリスが顔を覗かせていた。

 

「えへへ~、セリフ読んでみたの。上手だった?」

 

「……受賞ものデ~スね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうだったのね。まさか降魔皇の細胞を悪用する人間がいたなんて……」

 

10年ぶりのサロンで聞かされた10年間の顛末に、マリア=タチバナは考え込むように顎に手を当てる。

盲点だった、と言えばそれまでだが、予見するべき事実だった。

その前後には聖アポロニア学院を中心とした『モナダ』による降魔事件が頻発しており、対応に当たっていた奏組の情報では複数の人間が意図的に降魔を召喚して瘴気の吹き溜まりを計画的に増やしていたというのだ。

そこに真田康弘の関与を暴けずに最大の敵を呼び起こさせてしまったことは、猛省すべき点だろう。

だがそれ以上に恐ろしいのは、マガ細胞の力を得るためだけに真田の起こしてきた悪行の数々だ。

帝都に恨みを募らせたモナダの人間達を唆して降魔事件を引き起こさせ、出現させた降魔皇と自分達を結果として排除に成功し、採取した細胞片を用いて秘密裏に実験を繰り返し、自作自演で降魔事件解決の急先鋒に成りすまして世界を誑かし、世界華撃団を称して霊的組織の支配まで図った。

かつて帝国陸軍に同様の思想を持った男が帝都に猛威を振るったが、真田の立ち回りはそれ以上と言っても過言ではない。

事実ギンガの尽力がなければ、花組復活はおろか世界そのものが破滅を迎えていただろう。

 

「ホントにいけ好かないクソメガネでしたわ。自分の私利私欲のためにどれだけの犠牲を出してきたか……」

 

今になり、ようやく義憤を吐き出しつつ、すみれがアールグレイに口をつける。

思えば初めてかもしれない。

いつも一人で優雅に茶を嗜んでいた彼女から、同席を誘われたのは。

だが同時にその理由を察する自身がいた。

 

「本当に良く耐えたと思うわ。貴女も紅蘭も、レニもエリカも……」

 

そう笑いかけると、テーブルを挟んだ先にいる彼女は記憶と同じ声で笑った。

 

「ホホホホホ……、伊達に花組でやってきてはおりませんわ! この程度、私にかかればお茶の子さいさいですもの!」

 

「フフッ、今の花組もいい子が揃っているわね。貴女の教育の賜物かしら」

 

ふと、高笑いが止んだ。

いつもの顔が、柔らかい微笑みに変わる。

まるで、娘を思う母のように。

 

「ええ……、素晴らしい方々ですわ。本当に……いつ振りかしら、こんなに味のする紅茶が飲めたのは……」

 

「すみれ……」

 

「今さらになって……、本当に今さらになって分かりましたの……。娘を戦場に送り出すことしか出来ない辛さも……、待つことしか出来ない辛さも……」

 

それは、今は亡き恩師への言葉だろうか。

憂いに潤んだその瞳が、酒瓶で誤魔化していたあの苦笑いと重なって見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あら、先客かしら?」

 

その言葉に、御剣秀介は視線を夜空から戻した。

見慣れぬ影ながら、声色に覚えがある。

 

「アナスタシアさん……、貴女も星を?」

 

「ええ。昔からね」

 

そう返し、隣に並んで空に視線を移す。

 

「どの星を見ているの? やはり故郷かしら?」

 

「聡いですね。ええ……10年ぶりですから」

 

「何か変わってて?」

 

「何も……」

 

そこで会話が途切れ、僅かに星に瞳を奪われること数秒。

沈黙を破ったのは、アナスタシアだった。

 

「一つだけ聞かせて。……何故、貴方達は外宇宙の平和のために戦うの?」

 

それは、率直な疑問だった。

作戦司令室で語られた、1万年前から続く光の巨人達の地球防衛のための戦いの歴史。

今や宇宙警備隊を組織して宇宙平和のための戦う彼らの信念はどこにあるのか。

この地球を守る事に、何のメリットがあるのか。

 

「理由が必要ですか?」

 

だが、秀介の答えはどこまでもあっけらかんとしていた。

 

「目の前で倒れて傷を負った人がいたら、放って置けません。それと同じです」

 

「そのためだけに、貴方達は戦えるの? 見ず知らずの外星人のために、命を懸けてまで」

 

「見ず知らずではありませんよ。私にとって、何よりも代え難い仲間であり、友です」

 

その言葉は、力強かった。

どこまでも揺るぎなく、力強い意思があった。

 

「私たちにとって、外宇宙の星々はただ守る対象ではありません。その星を愛し、守りぬく決意を固めるからこそ、私たちは命を懸ける。……理由があるとすれば、星を愛するからです」

 

「……じゃあ、あなたはこの星を?」

 

「ええ。この星の桜を……、今までも、これからも……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大帝国劇場の屋根の上で、あざみは懐のスマァトロンを手にその時を待っていた。

初めて聞いたときは半信半疑だったが、今ではこちらから連絡したり、連絡をもらうのが密かな楽しみになっていた。

何より他のみんなに内緒にしているというのが、何ともいえない背徳感を与えていた。

 

『あざみ、聞こえる、ですか?』

 

「聞こえる。でも会議中のサインは良くない」

 

それはこの秘密の会話が始まる頃に自然と決まっていた連絡のサインだった。

と言っても、互いのスマァトロンを1コールだけ鳴らすといういたってシンプルなものなのだが。

 

『ごめんなさい、です。ビックリさせたですね』

 

「……でも、あざみも仔空とは話しておきたかった」

 

思えば不思議な縁である。

画面の先に見えるあどけない少年を知ったのは、件の世界華撃団大戦の折だ。

来日に際し「神龍軒」の分店を期間限定で構え、その中華料理の真髄を存分に振るっていたことは記憶に新しい。

賑やかな声の止まない店内で母親と一緒に様々なカラクリを組み立てては調理、配膳、清掃と業務に勤しんでいた少年。

まさか自分より歳幼い彼が、あの先代司令の実の息子と知ったときの衝撃は、今でも思い出せるほどだ。

 

『あざみ、今度暇が出来たら神龍軒本店、来るです。新しい『ごあんないくん』、お披露目したいです!』

 

まだ覚束ない日本語で、身振り手振りを交えながら話し始めたのは、意外にも今後のお誘いだった。

言葉だけなら、これから起こることを忘れてしまうくらいの和やかな話題に、あざみは不覚にも一瞬呆気に取られてしまった。

間もなく幻の大陸で待ち受ける最強最大の敵との決戦への不安を吐露するものと思っていたし、勇気付ける言葉を自分なりに考えてきたつもりだった。

だが、画面の奥の少年は笑っていた。

 

「仔空……、怖くないの……?」

 

恐怖を押し殺しているのか。

それともまだ、この戦いの意味を理解していないのか。

普段冷静な胸中がかき乱される中、画面の奥の少年は一瞬キョトンとした顔を見せるも、次の瞬間には微笑み返していた。

 

『はい。怖くないです』

 

「これから戦う敵は、降魔皇……。それでも……?」

 

『はい』

 

「どうして……?」

 

まるで当然のように返す仔空。

分からない。

戦う事すら出来ない自分でさえ、無意識に震えが止まらないというのに。

何故彼は、こんなにも真っ直ぐに、自分を見つめ返せているのだろう。

 

『あざみ……』

 

「え?」

 

不意に名を呼ばれ、潤んだ視界を自覚した。

無意識のうちに涙を堪えていたようだ。

 

『あざみと、僕、これからも仲良し、したいです。そのためなら、どんな敵来ても、怖くないです!』

 

「仔空……」

 

『あざみのためなら、僕は、戦えます!!』

 

瞬間、目じりに残った涙がはじけた。

代わりに心臓の鼓動が、瞬く間に激しく高鳴っていく。

何だろう、この違和感は。

年下のかわいい男の子と思っていた少年が口にした言葉が、あまりに頼もしすぎて。

 

『あっ、そろそろ準備始まる、です!』

 

「……、仔空!!」

 

通信が切られる。

そう気づいた瞬間、彼の名を叫んでいた。

怖かった。

このまま途切れてしまったら、もう二度と会えないような気がして。

 

「帰ってきて……。絶対、絶対無事に帰ってきて……!!」

 

『……はい、約束です!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中国は上海に看板を構える大衆飯店「神龍軒」。

この日最後のまかないを出し終えた看板がひっくり返されると同時に、上海華撃団は一斉出撃の準備に入った。

幸いにして魔皇獣の襲撃を受けていなかった王龍たちは、いずれも損傷を軽微に留め、戦闘に支障をきたすことはない。

寧ろ満身創痍に違いない三都華撃団に代わり自分たちがその急先鋒となろう。

そう決意を固めた総員の瞳に、一切の揺らぎも無かった。

これらの迅速な準備は、いずれもWLOF時代の空中戦艦を賢人機関経由で廃棄前に取り戻せたことが何より大きいだろう。

その意味でも、彼には感謝してもしきれない。

 

「出撃準備は、整ったようですね」

 

「おかげさまでな。大分無理言うてすまんかったわ」

 

隊員達の搭乗を確かめ、上海華撃団総司令はこれまで公私を共にしてきた相棒を労う。

この戦闘において、彼は足手纏いにはなれないと同行を固辞した。

今後は自社にて避難民の受け入れと防衛体制を整える予定だ。

 

「……泰然はん、一つだけええ?」

 

「はい」

 

「ウチら、結成から今までホンマに世話になったわ。でも、泰然はんがここまでしてくれたんは、どうしてなん?」

 

目の前で微笑む実業家に、今日まで晴れることの無かった疑問をぶつけた。

結成当初からWLOFに不信感を抱いていた紅蘭は、当然世界華撃団への勧誘を断固拒否し、一時は緊迫した空気が漂った。

そこに間に立ってこちらの不利にならないように上手く立ち回ってくれたのが、目の前の上海空路総公司を牛耳る若き実業家だった。

正直不思議だった。

これまで自身がかの実業家と接点を持ったことも無ければ、中国有数の一代航空企業と取引をしたこともない。

そんな自分と関わりを持つことに、何のメリットがあったのか。

 

「やっぱり、ご家族の……」

 

思い当たるのは、日本で消息を絶った彼の妹の行方を突き止めることだった。

自身の身の危険も省みず疑惑の病院に単身乗り込んだことからも、そこに傾ける執念は明らかだ。

 

「……半分、と言ったところかな」

 

「え?」

 

だが目の前の男が語ったのは、予想外の答えだった。

まさか他に何か……、

 

「司令! 出撃準備完了です!!」

 

だがそれを聞く間もなく、刻限が訪れた。

一瞬躊躇うも、エンジンを轟かせ始める地下へ急ぐ紅蘭。

彼女の耳に、去り際の独り言は聞こえていなかった。

 

「守りたかったのさ……。初めて恋した、届かぬ花をね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

英国は倫敦の中心に位置するセント・ポール大聖堂。

古来よりイギリス王家の公務の場として歴史を刻み続けてきたこの場所に、一度は去ったはずの船が戻ってきたのは、先日のことであった。

 

「まさかまたコイツに乗ることになるとはね……」

 

眼前に聳える空中戦艦に、黒騎士は嘆息を漏らす。

かつては欲望に塗れ、穢れきった正義の温床とも言うべきこの船に乗って死地へ赴くとは、何という皮肉だろうか。

最も、海を隔てた先にある弾丸旅行だけは勘弁願いたいところだが。

 

「誇り高き死を賜らんと……かつての僕ならそう言っていただろうな」

 

隣に立つ王であった男もまた、記憶の愚王に冷笑を返す。

今や地に堕ちた名声も、飛び交う罵声も気にならない。

かつての汚名をそそぐ事さえ出来るのならば、これ以上の温情はないだろう。

 

「……良かったの、ツバサ?」

 

黒騎士が目を向けたのは、真新しい赤の鎧を身に纏った、幼き天使と見紛う少女であった。

幾つもの陰謀によって聖女の名を受けた少女は、何ら抵抗も叶わぬままに戦場に引きずり出され、その命を脅かされた。

だが、彼女はその全てを赦し、改めて円卓の一員として共に戦うことを誓った。

あの時の聖女の名を、再びその大盾に刻んで。

 

「神は申されました。赦しなさいと、赦さなければその罪は恨みとなり、永劫に罪を生み続けると……」

 

その微笑みは、どこまでも慈愛に満ちていた。

まるで、記憶の中の母と同じように。

 

「……耳に痛い言葉だな」

 

フッと、十字架を背負う男が笑う。

だが、同時に何かの重荷が外れたようにも見えた。

 

「だが今は、敢えてその痛みすらも感謝しよう。我らの剣が、明日への光になると信じて」

 

「私たちには私たちの戦い方がある。誇りにかけて、悪を討つ」

 

「お母さん……お父さん……、ツバサは逃げません。お母さんが、お父さんが光であるように、私も共に戦います!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10年という月日の間に、故郷は大きく変貌を遂げてしまった。

 

「久しいな……」

 

そう告げると、玄関の掃除に奔走していた老齢のメイドが背筋を正した。

遠目からでも分かる。

忘れられる訳が無い。

 

「お嬢様……、お帰りなさいませ」

 

「ありがとうタレブー。他の者たちは?」

 

「は……、戦火から民を守るべく私財を投売り先導し、3年前にこの巴里を離れてございます」

 

予想通りの応えに、グリシーヌ=ブルーメールは納得と安堵に胸を撫で下ろした。

大事において民を最優先に行動することは貴族の責務である。

聞けばパリ市民の8割近くは無事に郊外に脱出できたと聞く。

その筆頭たるブルーメール家が迅速に行動を起こしてくれていたことに、グリシーヌは心の奥で謝辞を述べた。

 

「お嬢様……、このタレブー力及ばず、皆お嬢様の経緯を存じる次第でございます」

 

「良い。事が事なのだ。10年も不要な心配をかける訳にはいかぬ。他の者は?」

 

「避難指示に際し、多くの者は事態が静まるまで暇を与えられております。私はお嬢様の帰還まで、このお屋敷を守る事を命じられておりました」

 

既に齢70は超えているだろうに、この大きな家を一人で守り続けてくれていたとは。

無理をするなと憤る感情も、それでこそ彼女だという賛辞に代わってしまった。

 

「お嬢様。当主様より伝言を言付かっております。『志半ばで倒れること即ち、責務の放棄と心得よ』」

 

「無論だ。私は……我らは皆生きて戻ってくる。そのためにここに戻ってきたのだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「おおコクリコ。無事に戻られたんですね!」

 

「おじさん!!」

 

市場で声をかけられたのは、かつてのサーカス跡地から肩を落として戻る道中だった。

聞き覚えのある声に振り返ると、懐かしい顔が見えた。

ロランス=ロラン。

巴里でも有数の資産家で、コクリコの数少ない友人だ。

 

「風の噂で貴女が巴里華撃団の一員と聞いたときは驚きましたよ。まさか貴女が……」

 

「……隠しててゴメン。あの時は、霊的組織は秘密にしてなきゃいけなかったんだ……」

 

「とんでもない。それを知ったからこそ、あの市場の方々も、シルクドユーロのみなさんも、今の平和がコクリコ、貴女の頑張りのおかげだと知ることが出来たんです」

 

やはり10年という月日は、明らかに自分たちの時間のつながりにゆがみを与えていた。

原理は不明だが、あの空間の中では時間が止まっているのか、誰も空腹に飢えたり老いたりすることは無かった・

だからこそ、奥に見える市場もほとんど知らない人ばかりだ。

ロランスもまた、歩行に杖を用いていることからも老衰が進んでいることがわかる。

 

「だからコクリコ。きっとまた帰ってきて、シャノワールや市場で元気な姿を見せてください」

 

「おじさん……」

 

「これから、平和を取り戻す戦いが始まるのでしょう? 私たちは貴女を、そして共に戦う大神君たちを信じています」

 

だからこそ、その言葉が嬉しかった。

戻ってくる場所がある。

自分の帰りを待っていてくれる人がいる。

それが、これから命がけの戦いに向かう自分にとってどれほど頼もしいか。

 

「……約束する。ボクもみんなも、絶対無事に帰ってくる! そして、またみんなで笑いあうんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

巴里の大通りから少し道を外れると、そこからは日陰に覆われた別世界が広がっている。

昼間でも薄暗いその空間は夜になれば途端に闇に包まれ、慣れない人間ならば足を止めてしまうほどに異質な冷たい空気。

その奥に、知る者以外を拒むかのようにひっそりと看板を構える一軒のバーがある。

まるで日の光を避けてきたかのようなその場所でひと時のまどろみに身を任せるのは、酒とタバコと薬莢の臭いに塗れた闇の住人ばかり。

和やかさなど欠片もない鋭い視線が飛び交う空間にどよめきが走ったのは、先程のことだった。

 

「これはまた随分と驚きのゲストの登場だな?」

 

見慣れたマスターの詰りに、ジム=エビヤンは僅かな笑いを持って返す。

当然だ。

普段は一人で利用する定年間近の醜男が、自他共に認める美女を引き連れて扉を潜るなど誰が想像できただろう。

何を隠そう、再会した時は自分も大層驚いて声すら上げられなかったのだ。

今となっては懐かしくさえ思う、あの巴里全土を股にかけた追走劇から、もう10年以上が経つというのだから。

 

「まあね。アタシの美貌は10年やそこらじゃ変わらないのさ」

 

それはタイムカプセルに入っていたからだろう。

得意げにスコッチを煽る彼女を尻目に、エビヤンはグラスに揺れる老いた顔を眺めつつ氷を揺らす。

彼女、ロベリア=カルリーニが他ならぬ巴里華撃団の一員という事実が世間を揺るがしたのが10年前。

遥か東の災厄に他の少女達と共に姿を消して、程なくの事であった。

それまではパリ市警の間でも最重要機密とされていた情報も、賢人機関の解散と共に台頭したGという男によって白日に晒され、巴里華撃団は当初世間の評価が逆転し国賊という汚名までかけられることになった。

今思えば、賢人機関と共に巴里華撃団凍結を決断したグラン=マの判断の裏は、そうした世論を先読みした迫水支部長の頭脳があったためだろう。

だとすれば霊子甲冑開発維持のための技術と科学力を持つ整備班が一晩で海峡を隔てた先の英国に移ったことも頷ける。

 

「アンタたちこそ、しばらく見ないうちに老けちまったね。アタシに会えなくて寂しかったのかい?」

 

あからさまに胸元の張りを見せ付けながら、妖艶な声が煩悩を弄ぶ。

 

「寂しいなんてもんじゃないさ。こっちはあのダンスを10年もお預けにされてるんだからね」

 

「当たり前だろう。サフィール様のダンスを気安く拝もうなんざ、虫が良すぎるのさ」

 

タイミングが合ったように笑いあう。

かつて正義感のままに巴里の悪魔を捕えようと躍起になっていた頃が嘘のようだ。

 

「……ロベリア。一つ聞かせてくれ」

 

グラスのバーボンを一気にあおり、エビヤンはふと口を開いた。

 

「何故、私を誘ったのかね?」

 

突然すぎる再会に、エビヤンはひっくり返らん勢いで驚いた。

10年ぶりに突然目の前に現れ、一杯付き合えと半ば強引に連れ込まれたのだ。

聞けば間もなく世界中の華撃団は、帝都近海に浮上したという無人島で宿敵に挑むという。

その僅かな憩いの相手に選ばれた理由を、エビヤンは不思議に思っていた。

 

「……深い意味は無いさ。ただ、全部が終わった後に一番関わるのはアンタだからね」

 

首もとの鎖を遊ばせ、呟くロベリア。

その表情が遠い誰かに向けられていることを、エビヤンは知っている。

懲役1000年という鎖は、未だ彼女を縛り続けている。

その理由がなくなったとしても、華撃団の恩恵に甘んじることを彼女自身が赦さなかった。

もうすぐ全てが解き放たれるのだ。

巴里の悪魔でもなく、巴里華撃団花組でもない、一人のパリジェンヌに。

 

「何だ? また独房が恋しいのか?」

 

「さぁね。それかまたアンタと追いかけっこに興じるのも楽しそうだね」

 

「おいおい、こっちはもうすぐ定年なんだぞ? 年寄りをいじめないでくれよ」

 

「ハッ、アタシに目をつけられた時点で、静かな老後なんてありえないんだよ」

 

だからだろうか。

かつては憎たらしくて仕方なかったその表情が、反抗期の娘のように見えて仕方ない。

 

「覚悟してろよ。……一生迷惑懸けてやる」

 

「望むところさ。……飽きるまで付き合おう」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつての想い人が眠るその場所に、北大路花火は10年ぶりに足を踏み入れた。

生い茂った草を用意した鎌で丁寧に刈り取り、墓石に纏わりつくコケと土を丁寧に拭きあげて行く。

 

「フィリップ、覚えていますか? まだ実感が沸きませんが、10年も放ってしまってごめんなさい」

 

自分も彼も、何もなく生きていれば三十路に差し掛かっていただろう。

もしかすると新たな命も授かっていたのかもしれない。

この巴里の地に戻ってきて、ふとそう思った。

何も知らずに、一人の女として幸せに生きていたかもしれない未来。

だが、そんな眩しい未来が見えても尚、花火は今の人生を否定する気には毛頭なれなかった。

 

人間万事塞翁が馬。

 

そんな言葉を聴いたことがある。

グリシーヌと大神と、そして巴里華撃団として平和の為に人知れず戦い、人の心を癒すために舞い踊る日々。

これまでの思い出に浸り自身の時を止め続けた人生が嘘のようなめまぐるしさが、とても心地よかった。

時折夢の中に見る彼に、何度も今が幸せと語り、笑いあった。

愛する人との別離は、恐らく一生消えることの無い傷になるだろう。

だがそれがあるからこそ、他者の痛みを理解し寄り添い、絆を広げていくことができる。

だから、信じられる。

これから先の未来を信じて、かつてない戦乱に身を投じる覚悟が出来るのだ。

 

「フィリップ……、これから私は、皆さんと共に戦います。恐らくかつてないほどの強大な敵……命がけの戦いになるでしょう」

 

もし彼が生きてここにいたら、どうしているだろうか。

優しい彼のこと、恐らく止めようとするだろう。

世界の平和と自身の命。

これを冷静に天秤にかけられる人間ではない。

 

「それでも、花火は戦います。たとえあなたに止められたとしても、その手を振りほどいて、戦います。……そして、必ず生きて戻ります」

 

穏やかな声のまま、揺るぎない決意を述べる。

一礼の後に去り行く背中が、振り返ることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

テアトル・シャノワール。

かつて巴里有数のシアターにして、平和を守る霊的組織の仮の姿。

そこが10年という時間を置いて臨時の避難所として解放され、多くの人間でごった返していた。

衣食住を追われた人々の力にならんと手を上げた自分達を、

 

「万全の状態でアンタ達を戦わせるのがこっちの仕事さ」

 

と固辞されたことは記憶に新しい。

そうして僅かな休息の間、向かった先は自身が育った懐かしい教会だった。

扉を開くと、神父ルネ=レノは両目に涙を溜めて出迎えてくれた。

 

「エリカさん……、ダイゴさんも、よくご無事で……!!」

 

「神父様、10年ぶりになるのかな……無事でよかった」

 

長い間会うことのなかった育ての親は、思い出の頃より皺が増えているようだった。

エリカが奉仕心を燃やし、レノ神父が失神しかけ、自分がフォローに奔走する。

そんな騒がしい日常が、随分と遠い昔のように感じられた。

 

「そういえばエリカさん、ご息女は……?」

 

「娘は、円卓の騎士と共に戦場で落ち合うと言ってました。私たちの娘として、共に戦うと……」

 

解散直前、倫敦から他ならぬツバサ自身の連絡には、エリカ共々大いに驚かされた。

記憶の限りでは妻の胎内で育つばかりだった娘は、画面越しにも涙を堪えるほどに身も心も成長を遂げていた。

 

『私は、ツバサは戦います! お母さんの慈しみの心と、お父さんの光の意思を継ぐ者として、ツバサは共に戦います!!』

 

「戦う前に、祈っておきたいんだ。10年間の懺悔と、これからのために……」

 

そう言うと、レノ神父は快く奥に通してくれた。

今までは人生を過ごして来たこの場所が、懐かしくも神聖に感じられた。

傲慢かもしれないが、主が受け入れてくれたような気持ちにすらなれた。

 

「主よ……。僕達はこれから、世界の平和を懸けた決戦に挑みます。どうかこの戦いで、真の平和が戻らんことを……」

 

「そして、共に戦う大切な人たちが、欠ける事無く生きて平和に戻らんことを……」

 

かつては互いの気持ちを通じ合わせ、愛を生んだこの場所で。

二人はただ、膝をつき祈り続けた。

 

「……生き延びよう。絶対に」

 

そう語りかけるダイゴに、エリカはかつての力強い声で返した。

 

「はい……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

休息という言葉ほど、自身にとって困るものは無かった。

幼少期より、頼る親も無く、心通う友もなく、力なき女児だった自身にとって唯一無二の武器であり鎧となったのが、偏に知識だった。

寸暇を惜しみ、ひたすらにありとあらゆる知識を身につけ、気づけば周囲の学童など及びもつかない高みへと上り詰めていた。

それまで自身を侮蔑の視線で見下ろす周囲は、いつの間にか恩恵を享受しようとゴマをすり寄る寄生虫に成り下がった。

だがその滑稽なまでの掌返しに僅かに溜飲を下げながらも、果て無き知識への探求は留まるところを知らなかった。

そしてたどり着いたのが、降魔大戦の折に機能不全に陥った霊的組織の復活と、その第一歩となる伯林華撃団鉄の星への参入だった。

生半可な精神や中途半端な実力では決して到達することの無い、選りすぐりの精鋭部隊。

その一員として秀才を遺憾なく発揮できることが、自身の何よりのアイデンティティであった。

 

「……はぁ」

 

だからこそ、かつてない現状に内心焦燥を隠しきれていない自らの醜態を、マルガレーテは恥じた。

降魔皇。

その真名を、大魔皇獣マガオロチ。

星そのものの生命力を喰らい、図らずも人類が復活させた怨念の実体たる降魔の正体にして源泉たる存在。

10年前に歴戦の勇者たる大神達先代華撃団が手も足も出なかった最強の敵を前に、伯林一と言っても過言ではない少女の頭脳は、既に白旗を揚げつつあった。

星単体から吸い上げた莫大な妖力と、無尽蔵な生命力。

言わば数匹のミツバチで巨大な大スズメバチの巣に挑むようなものだ。

こんな馬鹿げた勝負など、挑むほうがどうかしている。

それが理解できているからこそ、マルガレーテは抗い続けた。

僅かでも全員の生存率を上げられる作戦を。

世界最大の脅威を生き延びられる手段を。

しかし考えれば考えるほど、下がり続ける勝利確率。

どれだけの策を脳内の樹形図に書き加えても、0から動くことの無い生存確率。

焦燥と不安が、まるで底なし沼のように全身に纏わりつき、引きずり込もうとする。

今まで、こんな事はありえなかったのに。

 

「レーテ、いるか?」

 

聞きなれた声と共に扉がノックされたのは、その時だった。

一瞬送れて返事を返すと、怪訝な顔の少年が顔を覗かせてくる。

 

「大丈夫か? 何回かノックしたけど聞こえてなかったんだろ?」

 

「……別に。調べものしてたから」

 

「嘘つけ。……作戦が固まらねぇんだろ?」

 

咄嗟に平静を装うも、被せるように見破ってずかずかと入り隣に腰を下ろす。

いつもなら誰が入室を許可したんだと文句を言うところだが、正直そんな余裕が無い。

普段後先考えない無鉄砲な少年が、何故こんな時に限って聡いのだろうか。

 

「……今回の敵は今までとは訳が違う。無策に正面から挑んで、勝てるはずが無い……!!」

 

「だからって、策が出来るとは限らねぇだろ。結局いつもみたいにやるしかないんじゃないのか?」

 

必死に選んだ言葉に返ってきたのは、あまりにもあっけらかんとした気楽な返事だった。

こいつは本当に状況を理解しているのか。

いつもみたいに戦えないからこうして必死に時間を惜しんで策を練っているのではないのか。

 

「怖がるなって」

 

だが、それを口に出そうとしたとき、不意に頭を抱え込まれた。

初めての感覚だった。

一瞬、何をされたのか理解が追いつかなかった。

目の前に居るのは、自分より5つも年下の子供なのに。

その腕が、胸板が、妙に大きく感じられた。

 

「そんな小手先の作戦が無くたって、俺が突破口を開いてやる。お前にばかり背負わせるか」

 

理解が追いつかない。

突破口を、あの降魔皇相手に切り開く。

どれだけ無謀で根拠の無い暴論だと、いつもなら冷ややかに切り捨てていたはず。

そのはずなのに、言葉が出てこない。

このまま、押し付けられた大きなぬくもりに、全て委ねてしまいたい。

何年も前に捨てたはずの、突きつけられた自身の弱さが気恥ずかしい。

それがよりによって年下の、あどけなささえ残る少年に背負わせようとしている自分が情けなく、悔しい。

 

「……貴方のせいよ」

 

辛うじて口に出た言葉さえ、素直な礼に出来ないのがもどかしい。

何て言えば良いのか、何て応えれば良いのかも分からない。

何年も積み上げてきた心の壁をあっさりと壊しておいて、何とも思っていないその顔が、

 

「貴方が無茶ばかりするから……、ずっと気が気じゃなくて……、心配でたまらなくて……」

 

引っぱたきたくなるくらい憎くてたまらないのに……、

 

「必死に貴方を守る策ばかり考えて……、堂々巡りで躓いて……、それなのに貴方だけ何も心配してなくて……」

 

これでもかというほど言葉攻めにしてやりたくて堪らないはずなのに、

 

「寝ても醒めても……、何をしても貴方のことばかり……、そのくせ私の気持ちも知らないで笑ってばっかりで……私だけ……!!」

 

時が止まれば良いと思う程、愛しくて堪らないのか。

 

「……俺を信じろ、レーテ」

 

まただ。

何の根拠も無く、纏わりつく闇を根こそぎ剥ぎ取ってしまう。

 

「誰も死なせねぇ。大神さんたちも、親父もお袋も、隊長も、お前も……、誰一人死なせたりしねぇ。俺がみんな守ってやる!!」

 

「……ポール……」

 

本当に目の前にいるのは年下の少年なのか。

そう疑ってしまうほどに、目の前の男は大きく見えた。

何もかも投げ捨てて、このまま攫ってと叫んでしまいたくなるほどに。

 

「貴方こそ……、死んじゃ嫌……、絶対死んじゃ……許さないから……!!」

 

その背中に手を回し、叫ぶ。

そうしなければ、今度こそ手の届かない遠いところへ行ってしまいそうな気がしたから。

 

「貴方のせいよ……、こんなに私の事ぐちゃぐちゃにして……、かき乱しておいて……信じさせておいて……、勝手に死んだりしたら……、絶対……絶対許さないんだから……!!」

 

返事は無い。

代わりに、抱きしめ返された。

息苦しいくらいに、強く、抱きしめ返された。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自室がもぬけの殻だったことを不審に思い、もしやと思って寄ってみると案の定だった。

 

「……流石に無粋な真似はするまい」

 

出撃前に愛でてやれない事は心残りだが、それはすべてが終わってからでも良いだろう。

自身の場合は母性によるものだろうが、彼女のそれは明らかに無自覚な恋慕の情だ。

そしてポール自身も、彼女を思うからこそこうして様子を見に来たのだろう。

 

「墜とさせるものか。お前達の命は、私が預かった……!!」

 

秘めたる決意を胸に、エリスは音を殺したまま踵を返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分は今夢を見ているのか。

その場にいる誰もがそう思ったことだろう。

何故ならそこに立っていたのは、もう10年も前に行方が知れなくなった自分達の仲間の姿だったからだ。

 

「待たせちまったね、みんな……。今戻ったよ」

 

「あ、姉さん!!」

 

カルロスの言葉を皮切りに、一斉に駆け寄る。

最初に飛び出したジンジンを抱きとめ、続くバーバラとハイタッチをかわし、ブライアンと熱いハグを交わす。

間違いない。

あの時、異国の戦いに救援に行ったきりだったサジータ=ワインバーグが、目の前に帰ってきたのだ。

 

「みんな聞いてくれ。これからアタシら星組は、最後の勝負に挑まなきゃならない。全ての元凶が、新次郎の故郷の近くで陣取ってやがるんだ」

 

「シンジロウの……、そうだったのか……」

 

ハーレムのケンタウロスは、みな一つの誓いを立てている。

一人はみんなの為に、みんなは一人の為に、ただハーレムを愛する。

そしてそのために尽力してくれた大河新次郎という青年を、皆が覚えていた。

かつて自分達の街を守るために尽くしてくれた彼の為に、サジータは再び戦うというのだ。

それを誰が止めるというのだろう。

 

「アタシの帰りを信じて10年間待ち続けてくれたんだ。その思いを無駄になんてさせやしないさ」

 

「……ずるいぜ姉さん。そんな顔で言われちゃあ、送り出すしかないじゃないですか」

 

「おいおい、揃いも揃ってアタシより歳食ってるくせに何言ってんだい。……必ず帰ってくるさ、約束だ」

 

そう応えて挨拶もそこそこに歩き去る背中に、声援を送る。

かつての信長事件の時のように、また笑顔で帰ってきてくれると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ベイエリアに立ち並ぶ倉庫外の一角には、奇妙な噂が流れていた。

ハンモックやランタンなど、流浪人のような人物の生活の跡があると。

その周辺には、スカーフを巻いたフェレットが徘徊していると。

 

「ただいま、ノコ!!」

 

時にギャングすら練り歩く危険地帯に、不釣合いなまでに快活な声が響き渡る。

瞬間、部屋の隅に身を隠していたフェレットが、ボロボロになったスカーフを揺らしながら飛んで来た。

ノコ、と呼ばれたフェレットは、まるで飼い主に懐くペットのようにその胸に飛びつく。

それもそのはず。

何故なら訪問者、リカリッタ=アリエスは、10年前までこのフェレットと共にこの場所で生活をしていた凄腕の賞金稼ぎだったからだ。

紐育華撃団星組の一人であり、同時にメキシコから渡米したこの少女は、壮絶な半生の中で父の形見である2丁の銃を頼りに生きてきたガンマンであった。

 

「ありがとなヘビーフェイス!! リカの住みかとノコ、守ってくれて!」

 

そう笑顔を向ける先には、白のハットとスーツに身を包むベイエリアのボスが葉巻を加えて立っていた。

思えば不思議な縁だと、ヘビーフェイスは思う。

かつてはこのベイエリアの覇権をかけて対立するかとも思っていたが、例の信長事件とやらの折のドサクサですっかり腐れ縁が出来てしまった。

そんな相手から一方的に信頼できると来たもんだ。

応えてやらねばマフィアではないと、以来この場所を横取りしようとするゴロツキの掃除に当たり前のように手を焼いていた。

 

「……お嬢、まだ時間はあるか?」

 

だからだろうか。

無意識のうちに、自分から誘っていた。

 

「あるならそいつも連れてきな。シシカバブくらいなら奢ってやるぜ」

 

「ホントか!? ありがとう!! ノコも良かったな!!」

 

不条理なものだ。

着の身着のままで生きてきて、辿り着いた先が人智を超えた化け物との終わりなき戦いの日々。

それでよくここまで心が磨り減らずに生きてこられたものだ。

まだ自分より二周りも年下の子供だというのに。

 

「お嬢」

 

「ん?」

 

「お前の背中には俺たちがいる。徹底的にやって来い。お前の紐育は俺たちが守ってやるからよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紐育の中心部より北に数キロ。

高層ビル群に囲まれた一角には、まるで森林をそのまま切り取ってきたかのような美しい緑豊な空間がある。

セントラルパークと呼ばれるその場所は、普段は森林浴やバードウォッチングに興じる人で賑わっているが、今回の降魔事件に際しては臨時の避難テントが連なる避難所として機能していた。

人智を超える怪物によって心身ともに蝕まれた人々に、衣食住の提供こそ間に合ったものの、緊急医の確保がままならない。

しかしそこへ、まるで虚空の中から現れたかのような一人の女性が、臨時の診療所を構えると申し出てきた。

僅かな時間だがその間にセントラル病院からも医療従事者が派遣できるという知らせもあり、そのつなぎとして彼女の申し出に甘えることにした。

 

「傷口が化膿しないよう、適宜消毒してください。次の方、どうぞ」

 

通常ならば体調不良者でごった返したまま5~6時間待たなければならないところ、こうして少しずつだが診療を開始することが出来た。

これで少なくとも患者達の心理的負担は減ることには違いない。

そして女性は無償で休み無く立ち続け、気づけば3分の1の患者の初診を終えて派遣された後任に交代することになった。

 

「……失礼ですが、どこかで医学を学ばれた経験が?」

 

これほどの混乱と設備も揃わない中、何故冷静に処置を続けられたのか。

不思議に思い尋ねた医師に、女性は躊躇いがちに答えた。

 

「……かつてボストンで医療について学んでおりました。それにここは、私にとって思い出が深い場所だったので……」

 

そう答えて足早に去る女性。

その後姿を見送った時、ふと医師の脳裏に一人の名前が過ぎった。

もう10年以上も前のこと。

一人の医学生がこのセントラルパークで、霊力という未知の力を用いた毒素の除去に成功したという報告だ。

当時は半信半疑だったこの力が、霊的組織とそれに敵対する降魔という存在が知られるようになってから、一般的に広く周知されるようになった。

曰く、その力は若い成人前の人間に発現することが多く、とりわけ女性に多く見られる現象であると。

その中でも特に高い力を持つものだけを選りすぐって結成されたのが、あの信長事件でこの街を守りぬいた紐育華撃団星組であったと。

その中の一人に、ボストン大学医学部に在籍する少女の名前があった。

 

「……まさか、貴女は……!!」

 

叫びかけたとき、女性は振り返り口に指をあてサインを促す。

瞬間、医師は確信する。

彼女こそあの星組の一人。

10年前に他ならぬ自身が助けられ、医師を志す切欠を与えてくれた人。

紐育華撃団星組、ダイアナ=カプリスであったのだと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やはり、君は動かないんだね」

 

作戦司令室から外に見えるリトルリップシアターのテラスで、サニーサイドは静かに街を見下ろす人物に声をかけた。

元欧州花組の一人にして、現紐育華撃団星組隊員の一人、九条昴。

加入当初から性別を含めた一切を明かさない変革の星は、10年ぶりの帰還に際してもその動向に変化を見せることは無かった。

 

「昴は懸念している。あの降魔大戦の封印から復活まで昴を含めた全員の身体機能は停止していた」

 

「まるで時が止まったように、と言う事かい?」

 

それは星組帰還の報を受けてすぐにサニーサイド自身も感じた大きな違和感だった。

10年間閉じ込められた異空間は、恐らくこの世界の常識の一切が通用しない。

通常の人間なら10年間もの間飲まず喰わずではどんなに屈強だろうとミイラになってしまう。

ところが帰還した彼らはいずれも衰弱どころか霊力すら残した状態で戻ってきた。

封印発動に際しその身に宿るほとんどの霊力を使い果たしていたにも関わらずである。

そう考えると、先の戦いであの魔皇獣相手に終始優位に戦いを進められたことにも、大いに疑問が残る。

現存していた帝国華撃団の最新鋭の霊子戦闘機とウルトラマンメビウスの連携を以ってようやく倒せた相手だ。

それをいかに経験値の差があろうと、機体の性能差と霊力の疲労度合いから考えてまともに敵うとは到底思えない。

だがしかし、三都華撃団と4人の巨人は、その常識的な演算を根底から覆す大勝利を齎した。

現状こそ結果オーライという感覚で気にする余裕が無い事も確かだが、よくよく考えれば不自然というよりありえない話である。

 

「実際に封印されている間はどうだったんだい?」

 

「自覚することさえ出来なかった。封印のショックで眠りについていたか、仮死状態になっていた可能性が高い」

 

「じゃあその間、意思疎通を取ることもできなかったという訳か。……降魔皇は例外だったみたいだけど」

 

言いつつもサニーサイドは、彼らが辿った流れに一定の見解を見つけつつあった。

帝鍵による封印に際し、膨大な霊力を使用した彼らは封印の際に意識と共に仮死状態に陥った。

それは昴の証言からも明らかである。

そして降魔皇が現世に干渉できたのは、一つだけ切欠となる出来事がある。

それが世界華撃団大戦における真田の幻都封印の解除だ。

実際は降魔皇の力の一端を吸い取って再度封印に至るわけだが、少なからずこの時点で降魔皇にはコンタクトが試みられていた事になる。

だとしても疑問は尽きない。

自分だけ意識を取り戻していたというなら、その時の降魔皇にとって現世への干渉は無理でも、大神達は格好の餌食だったはず。

にも関わらず彼らは無傷のまま、それどころか霊力や光エネルギーを漲らせて戻ってきた。

まさか10年間の間に霊力を回復させ続けていたとでも言うのだろうか。

 

「これは主観に過ぎないが、目覚めた時の昴たちは皆、暖かい光に包まれている感覚を覚えていた。先代花組の言葉を借りるなら、それはかつてウルトラマンと一体化しているときと酷似していたらしい」

 

「……ふむ」

 

一つだけ考えられるのは、1万年前に降魔皇の本体であるマガオロチを死闘の末に封印したという原初の巨人である。

彼に残された残留思念が幻都に通じており、大神達を10年間守り続けていた、と仮定すれば一応の納得は出来る。

しかし幻都という異空間が謎に包まれている以上、これは机上の空論の域を出ない。

それにオーブの思念であるプラズマ=オーブはウルトラマンゾフィーの手によってM78星雲に運ばれた後にウルトラマン達を介してその力を振るってきた。

封印発動直前にハワードが銀河にオーブを受け継がせた以上、その宝珠の力で生きながらえたという線はない。

今さら他に地球に思念を残す方法があるのだろうか。

もしあるとすれば、何故そうした形でしかオーブの思念は干渉できないのだろうか。

 

「幻都、という存在をもっと調べる必要がありそうだな」

 

「昴も同意する。この降魔皇という存在は、あまりにも異質すぎる。まるでマガオロチとしての生命が何かを狙っているかのように……」

 

10年という長い戦いを経て、尚もその尻尾をつかませない大魔皇獣。

果ての見えない宇宙からの脅威は、地平線を隔てたここからでさえ自分達を威圧する。

逃れようの無い大きな運命が、うずまいているかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

紐育ビレッジ地区。

住居マンションが立ち並ぶ一角に、都会に不釣合いな一頭の馬がいた。

飼い主の姿が無いにも関わらず人に迷惑をかけることもなく、時に強盗など軽犯罪が近くで起きれば犯人の逃走を妨害して治安維持に貢献したことも少なくない。

ラリーという名札を下げたその名馬はいつしかビレッジ地区のマスコットのような印象を感じさせ、紐育の人々に可愛がられるようになっていた。

 

「ラリー!!」

 

そんなラリーが、自身の呼ぶ声に一際大きく嘶き、駆け出す。

無理も無い。

何故ならその声の主は、10年ぶりに帰ってきた自身の大切なパートナーだったのだから。

 

「ラリー! 良かった……!! ごめんね……今まで独りぼっちにして……」

 

涙を浮かべ顔を撫でるその手に、ラリーも慈しむように目を細める。

ラリーとパートナーであるジェミニ=サンライズとは、共にテキサスで生まれ育った。

太陽が輝く広大な荒野を、風を切って共に駆けた記憶。

時に肩身の狭い思いをしながらも、紐育華撃団という星になる夢を叶えたジェミニと過ごした二人三脚の日々。

そして……、

 

「久しぶりだね、ラリー……。無事でよかったよ」

 

ジェミニの後ろから穏やかに微笑みかける青年は、この紐育に来てからの縁だった。

大河新次郎。

ジェミニが所属する紐育華撃団星組の隊長であり、ジェミニの恋人だ。

長く息の詰まる暮らしを続けてきたジェミニを、自分には出来ない形で支えてくれた恩人でもある。

 

「……何だか、不思議な気持ちだよね。ボク達は何も変わってないのに、周りだけがすっかり変わっちゃって……」

 

どこか寂しげに、懐かしむようにジェミニが呟く。

幸い二人の住居はそのままだが、近隣の図書館やカフェをはじめ多くのアパルトメントが建て替えられていった。

10年ぶりの来訪とあっては、目印も無く分かりにくかっただろう。

 

「知ってる、新次郎? 馬の寿命って、長くても30年くらいしかないんだって」

 

やはり誤魔化せなかったようだ。

ラリーにとって、パートナーと離れ離れの10年はあまりに大きかった。

子馬の頃から共に過ごしてきたラリーは、既に齢25を超えている。

今日まで再会を信じて生きながらえてきたのも、気力によるものが大きいのは事実だった。

 

「ごめんね……、ずっと寂しかったよね……。ずっと心細かったよね……」

 

瞳に涙を溜めて、頬ずりするジェミニ。

その視界さえ気を抜けばぼやけてしまう事が悔しい。

 

「ジェミニ……、覚えてる? 昔話した君の故郷の事」

 

彼女の肩に手を置き、語りかけたのは新次郎だった。

 

「君が生まれ育ったテキサスに、帰る時は連れて行って欲しいって……。僕は今でも覚えているよ」

 

「新次郎……」

 

「だから、この戦いが終わったら、本当の平和を取り戻したら、テキサスに行こう。僕と君とラリーで、10年分の思い出を取り戻すんだ」

 

妬ましい。

震える肩を抱くことも、優しく甘い言葉で癒すことも、何一つ自分には出来ない。

だからこそ、信じられる。

彼なら、心からジェミニを慈しむ彼ならば、きっと……。

 

「ラリー、あと少しだけ僕達を信じて待っていて欲しい。これから僕達は、世界の未来を賭けた決戦に挑まなければならない。きっと今までで一番手ごわい相手だろう」

 

真っ直ぐにこちらを見据えるその目は、鋭く澄み切っていた。

まるで彼が振るう曇りなき刀の輝きのように。

 

「でも約束する。僕は必ず、ジェミニと、みんなと一緒に生きて帰ってくる。必ずだ!!」

 

言葉を返すことは叶わない。

だからこそ、あらん限りの声で嘶く。

それが彼らの背中を押す、激励になると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを耳にした時、ハワード=アンバースンは己の耳を疑った。

嬉しさよりも、衝撃に震えた。

無理も無い。

目の前の女性が放った言葉は、想像を遥かに超えていたからだ。

 

「そうよね。可能性があったのはあの運命の夜の1度だけだもの」

 

あっけらかんと答える彼女は、記憶の残像を残しながらも成熟した艶やかな笑みを浮かべて寄りかかる。

宇宙忍者の侵略から、身を挺して紐育を、世界を守り抜いた運命の夜から、自身のの辿った軌跡は波乱に満ちていた。

辛うじて辿り着いたM78星雲で治療を施し、名実共にウルトラマンとなった。

その際に引き合わされた見習いの戦士に、戦いの手ほどきを加えたのも束の間。

地球に未曾有の危機を知らせる謎の信号をキャッチし、警備隊長共々地球へと舞い戻った。

そうして再会を喜ぶ間もなくあの人智を超えた怪物との死闘である。

この星に残していた彼女のみに何が起きていたのかすら、窺い知る事は叶わなかった。

だからこそ、ハワードは驚愕した。

隣にまどろむ女性はいつのまにか妻となり、母となっていたことを。

彼女との結晶が、今や遠き伯林を照らす星となっている事を。

 

「貴方にそっくりよ。無鉄砲なところも、危なっかしいところも、何者にも恐れない不屈の心も」

 

「……そっか」

 

手元の写真に写るのは、屈託の無い笑顔で歯を見せて笑う少年だった。

名はポール=アンバースン。

いつか戦友が語った、人々を導く指針『Polar Star』から授けられた名前の少年は、今や伯林華撃団鉄の星の一員として世界を守っているという。

かつて自身も、運命の歯車によって戦場に身を投じた記憶が脳裏を過ぎる。

同じ道を歩む息子の笑顔は、不安を感じさせながらも誇らしく見えた。

 

「ハワード……」

 

ふと、隣の女性はこちらの肩にもたれかかる。

後ろからその肩を抱き、優しく引き寄せると、そのまま顔を埋めてきた。

いっそこのまま時が止まればと、ハワードもまた目を閉じる。

そして心に誓うのだ。

彼女と、そして戦場で邂逅する愛息子と共に、未来を勝ち取ると。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10年ぶりに腰掛けた支配人室の椅子は、僅かに感触が良くなっていた。

恐らく空白の期間に新しく変えられていたのだろう。

見れば周辺の小物も、様々に変化したように見える。

特に入り口の薙刀は、現役当時から使い続けてきた業物に違いない。

自身の帰還を信じて耐え続けた時間の長さを、改めて思い知らされる。

 

「失礼します」

 

支配人室の扉がノックされたのは、そんな感傷と共に部屋を見渡していた時だった。

 

「大神司令、お呼びですか?」

 

遠慮がちに部屋に入ってきたのは、今の花組を取りまとめる若き侍だった。

その表情は、どこか居心地に違和感を感じているようで、かつての自身が重なって見えた。

 

「神山君。まずは礼を言わせて欲しい。若き花組隊員たちを触媒としてとりまとめ、世界華撃団と共に真田事件を解決に導いてくれた」

 

「勤めを果たしたまでです。それに、あの戦いに勝利できたのは皆のおかげで……」

 

返ってきた言葉は、謙遜に尽きた。

言葉に一切のごまかしが無い。

部下を大切な仲間と認識し、自分達と同じ絶対生還を掲げる隊長の資質を、大神は確かめた。

 

「(やはり君の目に狂いは無かったな、すみれくん……)」

 

真田の謀略と経済、人事の双方で揺れる中、よくここまで立て直したものだと驚きを禁じえない。

今頃はサロンで肩の荷を下ろしてくれているであろう戦友に心の中で感嘆した。

 

「……大神司令、お尋ねしたことがあります」

 

ふと、若き触媒が口を開いた。

 

「10年前の降魔大戦……、帝鍵の使用を躊躇われたのは……?」

 

忌まわしき記憶のひとつが、脳裏を過ぎった。

聞けば隊員の一人はその女性の実子という。

顛末は聞かされているだろうが、やはり自分の口から聞きたいということなのか。

 

「……神山君。俺は、名誉の戦死という言葉が一番嫌いだ」

 

それは、まだ霊的組織の若き隊長であったときの頃。

人智を超えた怪物である降魔の本拠地たる聖魔城に突入し、相次いで戦死を遂げた仲間達。

そして情に流され手を打てずに敵方へ下ってしまった時の副司令。

すべての出来事を、大神は心に楔として打ち込んでいた。

負けてはならないときがある。

全てを捨てて進まねばならないときがある。

だから、自分は決して誰も死なせない。

自分の指揮でそれが叶うなら、仲間との絆がそれを可能にするのなら、誰一人として死なせたりするものか。

その思いがあったからこそ、時の帝国政府に逆らい処刑覚悟で魔神器を独断で破壊した。

西方はパリシィの怨念たるオーク巨樹との戦いでも、玉砕を命じた司令部に反抗し、絶対生還を誓った。

これらは全て、自身のエゴなのかもしれない。

だが誰か一人でも欠ければ、それは待ち望んでいた勝利で無い事を誰もが理解し、共感し、付き従ってくれていた。

だからこそ10年前。

一人の天宮の女性を凶刃から守れなかった事実が、今も自身の心に深く突き刺さっていた。

 

「確かにもっと早くに帝鍵の使用を決断していれば、降魔皇の被害を抑えることは出来たかもしれない。だとしても、俺には天宮くんの母君の命を天秤に賭けることが出来なかった」

 

それは、軍人としては失格なのだろう。

事実最終的に自分達は、すみれ達一部の同志を除いて帝鍵の封印に巻き込まれ、今まで帝都を、世界を無防備に晒してしまった。

それは、決して大神の本位ではない。

 

「この帝都の平和を預かる人間として、それは甘いのかもしれない。だが犠牲を受け入れてしまえば、例え勝利したとしても絶対に後悔が残る。それだけはしないと、俺は誓っているんだ」

 

ともすれば、失望されるかもしれないとも思った。

自分の発言は、少なくとも帝国陸海空軍ならば懲罰どころの騒ぎではない。

故に目の前の将校が幻滅したとて無理の無い話だと思っていた。

 

「……安心しました」

 

だからこそ、大神は一瞬呆気に取られた。

目の前の青年は、自身の言葉に安堵の息を漏らしていたからである。

 

「大神司令、貴方の指針は花組再結成当初から、すみれさんに聞かされていました。全員絶対生還、これを貫徹しなければ花組ではないと」

 

「すみれくんが……」

 

「帝都に仇なす敵を討ち、全員で生きて帰る事。俺も、みんなも、その思いに共感したからこそ、花組の一員であることに誇りを持てています」

 

一瞬、こちらを見る若き視線に射抜かれる。

どこまでも真っ直ぐな瞳で、彼は心からの言葉を告げていた。

自身の思想を受け継ぎ、それを守り続けてきたのだと、教えてくれた。

 

「自分は、正直不安でした。我々後任の存在が出来たことで、大神司令も皆さんも、玉砕を覚悟して挑むのではないかと」

 

「そうか……、心配をさせてしまったな」

 

若輩に心を砕かせるとは、自分もまだまだだ。

そう心の中で独りごちて、大神は徐に席を立つ。

 

「神山君」

 

今度は正面から真っ直ぐに向き合い、その肩に手を置き微笑みかける。

視線の合った顔は、少し緊張に強張っていた。

 

「約束しよう。俺達は必ず勝つ。そして全員で生き残って、また君達の元に戻ってくる……!!」

 

根拠も策も無い事など、目の前の聡い将校は気づいているだろう。

自分でも自信は無い。

だが言葉にすることで、そこには希望が生まれることを、大神一郎は知っていた。

僅かな可能性という、決して消えない希望の火が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

遡ること420年前。

時の大名たる北条氏綱は、大永年間の折に江戸湾にて陰陽師を集め、巨大な大陸を浮上させた。

相州太守という数多の宝殿の権力者であることを世に知らしめるための工作の一環として生み出されたこの場所で、氏綱は上杉方に挑むための禁忌を犯した。

平安より伝えられし幾万の業と怨念が眠るこの地において、その怨念を使役せんとする放神の儀を秘密裏に行ったのだ。

現地に生きる農民らを生きたまま供物とする狂気の実験、後の降魔実験の始まりである。

結果から言えば、実験は成功だった。

怨念は苦悶の果てに魂を手放した肉体を喰らい、異形の化け物となって現世に降臨した。

しかし程なく人の手に余ると判断された化け物たちは、大陸諸共江戸の海底深くに封じ込められたという。

 

それが、『大和』の始まりである。

 

「……来たか」

 

ただ一言。

眼前に見える光景に降魔皇は呟いた。

大陸そのものに、かつての聖魔城のような建造物は無い。

悪魔王との戦いで残った平坦な陸地が地平線となって広がるばかりだ。

そしてその中心に置かれた簡素な玉座に、怨念の主は座していた。

まるで自分達の到着を待ち望んでいたかのように。

 

「こうして相対するのは2度目だな。……まさか我が配下をも破るとは思わなかった」

 

その姿が未だ仮初に過ぎないと聞いていても、眼前から放たれる妖力の濃度は桁違いというレベルではない。

元々この場所が降魔達の本拠地であることもそうだが、やはりこの地下に眠っているのだろう。

奴の本体である大魔皇獣の肉体が。

 

「降魔皇……いやマガオロチ!! 今度こそ全ての決着をつける!! 貴様の帝都……、地球侵略もここまでだ!!」

 

一歩前に進み出て、大神が刀身を突きつけ叫ぶ。

並みの者ならば腰を抜かさんばかりの気迫。

だが降魔の皇は、それすら一笑に付した。

 

「ほう……、ならばお前達は理解しているのか? 我が世に欠片を放った狙いを」

 

「考えるまでもねぇ! テメェが降魔をけしかけて世界中の都市を瘴気で包むつもりだったんだろ!?」

 

「昴は確信している。世界の各都市に死を蔓延させ、その怨念を糧に肉体の復活を進める算段だったと」

 

すかさず噛み付くサジータと昴。

だが、嘲笑と共に返ってきたのは驚愕の言葉だった。

 

「……下らん。高が地上の人類如きの怨念を集めた程度で何になる。我の目的は侵略などではない、この星を浄化することだ」

 

「じ、浄化!?」

 

「戯言を! 怨念に塗れた降魔たちで人類を脅かし、世界を恐怖に包んでおきながら何が浄化だ」

 

一瞬言葉を失うコクリコの横で、グリシーヌが怒りを露にバトルアクスを握る手に力を込める。

グリシーヌの言う通りだ。

地球の生命の筆頭である人類の平和を脅かしておいて、地球を浄化するなど矛盾も甚だしい。

だがその怒りすら、皇は嘆息と共にいなす。

 

「お前達の中にも言語の通じぬものがいるのか? 我は地球人類を浄化するなどとは言っていない。星を浄化すると言ったのだぞ?」

 

「どういう事かしら?」

 

油断無く身構えたまま、マリアが問いただした。

もしや地球人類に危害を加えることが、この星の浄化とやらに寄与するなどという詭弁を語るつもりか。

 

「我とて伊達に何千年もこの星に巣食っておらぬわ。幾つもの種の繁栄を見届け、衰退を見届けてきた。その中でも特にこの星にとって有害な存在、それがお前達地球人類だったのだ」

 

「ハッ! お前みたいな寄生虫と比べたら、アタシらの方が何万倍とマシに決まってんだろ!!」

 

「……果たしてそうかな? 確かに我がこの星に有害な存在であることは認めよう。いずれは星の生命全てを吸い尽くしていくのだからな」

 

すかさず悪態を突くロベリアに、皇は含むように笑みを浮かべる。

一体奴は何を語ろうというのだ。

この期に及んで自身の行為を正当化するとでも言うのか。

 

「我とて喰らう星の質を落とす真似はせん。故にお前達では到底及びもしない間星に留まり、生命の行く末を眺め続けていた」

 

だが、と皇の視線がこちらを射抜く。

 

「この星に繁栄する種の中で唯一、星そのものに害を与える者達がいた。 奴らは文明の発展の為に他の種の犠牲に目もくれず、星の生命そのものを私利私欲のための汚し始めた。そして、挙句の果てには地中深くに眠る我が力に目をつけ、我が物にしようと企んだ。これほどまでに欲望に塗れた種を、我は見たことが無い」

 

それは、生命の寿命を超越してこの星の栄枯盛衰を目の当りにしてきた降魔皇だからこその理論だった。

地球人類は、これまでの生命の中でも知的な発達を遂げた種族だった。

故に途方も無い年月の間に無数の文明を築き上げ、今日の蒸気革命による発展を成し遂げた。

だがその平和が、あくまで人類視点によるものだと言われれば、反論の余地はない。

自分達の繁栄は、他の種の衰退によって贖われたものだからである。

 

「お前達とて同じだ、M78星雲人。我から星を防衛しようというのは理解しているが、何故これほど星に有害な影響を及ぼす地球人類を身を挺してまで守ろうとするのだ? こんな種など守ったところで星を壊されるのがオチだろう?」

 

「我々はこの星を、そして人々を愛し守ろうとする霊的組織、彼らの姿を認めた! 地球人類は他の星に無い、互いを愛し守りあうぬくもりがある!」

 

「確かに歴史の中で手に余る闇に手を出した事実もありますが……、それを正し、癒し、導くために私達霊的組織はいるのです!!」

 

すかさずウルトラマンの視点から反論する豊と秀介。

そうだ。

ウルトラマンオーブはこの星の未来を託した。

そして人類は霊力という力に基づき、平時は舞台の上で人々の心を癒し、戦場では正義の志を持って悪を討つ。

そんな絆を知ったからこそ、自分達宇宙警備隊は地球人類との連携を決意したのだ。

 

「本気でそんな事を言っているのか? 元はと言えば降魔に始まる妖力の脅威も、お前達人類の欲望で引き起こしたことだろう? その尻拭いをしているだけのお前達が人類にこそ良い顔をすれども、何故星の維持に貢献しているなどと言えるのだ?」

 

「くっ……!!」

 

言われてみれば痛い指摘であった。

人類によって生み出された闇が人類に牙を剥いたとき、その脅威を払うことは地球人類の大きな助けになるだろう。

だがそれが地球そのものの影響になるかと問われれば、答えられない。

人類が生み出した闇を人類が打ち消したところで、地球への影響は相殺に留まりプラスに働くことは無い。

降魔皇からしてみれば、自分達は正義を語って先達の尻拭いを行っているに過ぎないのだ。

それこそ、都市防衛構想という舞台の上で、正義の役を演じているだけの話なのである。

 

「我とて意味も無く目覚めようとも思わぬ。星を食らうその時に目覚めればよいだけの話だ。その我を呼び起こした者が誰だったか、知らない事はあるまい」

 

今度こそ言葉に詰まる。

そうだ。

経緯はどうあれ、降魔皇という精神エネルギーが覚醒を果たしたのは、降魔の力を用いて帝都に混乱を齎そうと画策した一部の人間である。

だとすれば今日に続く脅威さえも、元をただせば人類に原因があることになってしまう。

 

「用が無ければ我も目覚めぬ。だがお前達は欲望をむき出しに人類同士で下らない小競り合いを繰り返し、無駄に血を流し合って瘴気を蔓延させてゆく。この瞬きの間に星の質がどれほど落ちてしまったか……」

 

「だから自ら干渉し、私達人類を排除しようとしたですのね……」

 

「その通り。お前達も食事に害虫が寄ってきたら振り払うだろう。それと同じことだ」

 

搾り出すような花火の言葉に、持論を展開する降魔皇。

星の捕食者という観点から見れば、確かに自分達のしてきたことは自己満足の域を出ないかもしれない。

人類の自由と平和の為に戦ってきたすべても、星そのものにとっては何の意味も持たないのかもしれない。

 

「確かに俺達人間の中には、他の命を軽んじる者もいた……。欲に溺れ、闇に魅せられ、人の矜持を捨てて魔の軍門に下る不届き者もいた……」

 

一瞬瞳を閉じ、大神は呟く。

だが次の瞬間、その双眸を見開き睨み返した。

 

「だが、それが人類の全てではない!! 何より星そのものの脅威である貴様の言葉など、聞く耳もたん!!」

 

「そうよ! あたし達は人の世を守るために、正義の為に戦う!! この星そのものを喰らう脅威さえも!!」

 

「貴方のメインディッシュをお膳たてするつもりは毛頭ないわ。安心して地獄へ堕ちなさい!!」

 

「黙って聞いてりゃ都合の良い御託並べやがって。アタイはテメェみてぇな偽善者ぶった野郎が一番嫌いなんだ!!」

 

「地球はおじさんのご飯じゃないもん!! アイリスたちがやっつけてやるんだから!!」

 

「所詮あなたを倒せば万事解決デース!!」

 

「この世の命全てを喰らわんとするその所業、神に代わって天罰を下します!!」

 

「この瞬間を待っていた。ブルーメール家の、人類の誇りにかけて貴様を討つ!!」

 

「やっと手に入れたボクの居場所、ボクの未来……、お前なんかに食べられてたまるか!!」

 

「長生きしてるくせに肝心なところ分かってねぇな降魔皇とやら。アタシら人間の恐ろしさってモンをよぉ!!」

 

「世界の、人類の未来の為に……、北大路花火、参ります!!」

 

「僕達は絶対に諦めない!! 降魔皇、お前を倒す!!」

 

「師匠……、お姉ちゃん……、ボクに力を……!!」

 

「開廷と行こうじゃないか。世界を賭けた裁判のね!!」

 

「リカはお前を許さない! みんなの地球を食うなんて、絶対に許さない!!」

 

「この世に生きとし生けるものの為に、貴方を討ちます!!」

 

「昴は宣告する。僕達を、人類を舐めるな……!!」

 

「お前に奪われた10年間……、倍にして返したるさかい、往生せいや降魔皇!!」

 

「相手にとって不足はねぇ。住処を荒らされた龍の怒り、存分に味あわせてやるぜ!!」

 

「さくらたちに代わって、私達が相手してあげるわ!!」

 

「母さんから受け継ぎ、中国の秘伝! 父さんから受け継ぎ、正義の意思!! 受けてみる、です!!」

 

「目標補足。鉄の星各機、戦闘態勢に突入せよ」

 

「全ての災いの根源を、断つ!!」

 

「私も諦めない……。最後まで、皆が生き残る策を見つけ出す!!」

 

「冥土の土産に覚えとけ降魔皇!! 伯林を照らす星、ポール=アンバースンをな!!」

 

「これも天命か……、最高の償いの舞台をくれたこと、感謝する!!」

 

「黒騎士の名にかけて……、貴様を討つ!!」

 

「主よ……、どうか人類に神のご加護を……私達に勇気を……!!」

 

大神の啖呵を皮切りに、次々と武器を構える仲間達。

その前に立ちはだかるように、4人の巨人が閃光と共に並び立つ。

 

「降魔皇……、いやマガオロチ。我々は人類と地球の未来を信じる!!」

 

「他者を慈しみ、己を省みる心がある限り、人類には可能性がある。その邪魔はさせません!!」

 

「僕のように、例え闇から生まれた命でも光になれる! その力を見せてやる!!」

 

「俺達がいる限り、人類の希望は消させねぇ。覚悟しろよ!!」

 

絶望の暗雲に包まれた呪われし大陸で。

世界を賭けた決戦が、遂に幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、全て夢の中の幻のように見えた。

 

先程まで夫の馴れ初めを恥らいながら語る女性が、変わり果てた姿で血の海に沈んでいたのも。

 

眼前に迫った、毒に染められた刃も。

 

倒れた私を前に、小声で何かを打ち合わせる男の声も。

 

そして……、

 

『地獄に落ちるのは……、やっぱり俺だけで良い……』

 

もう聞けるはずの無い、友になれたはずの声も……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『……目覚めよ……、音の番人……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今こそ……この星の音を……穢れを払う時……』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分は今、幻を見ているのだろうか。

大帝国病院の一室で、ヒューゴ=ジュリアードは眼前の光景に言葉を失っていた。

 

「……え……?」

 

視線が合った。

漏れた言葉の音色は、戸惑いだった。

 

「……ミ……ミヤ……ビ……?」

 

恐る恐る、その名を呼ぶ。

もう何年も応えてもらえずにいた名前。

かつての同志達との希望の音色に包まれた記憶に蓋をして、ただひたすらに世の魔音を消し去ることだけを糧に生きてきた。

そんな自分の心に、瞬く間に眩い音色が溢れていく。

待ち焦がれていた、夢にまで見た瞬間だった。

 

「……ヒューゴ……、さん……!」

 

「ミヤビッ!!」

 

その言葉に、ヒューゴは弾かれたように飛び出し、華奢な体を抱きしめていた。

人形のように眠り続けた数年の間に、只でさえ細い彼女の体は、枯れ枝のように弱くなっていた。

驚いているだろう。

あの悪夢の空間が白の病室に変わっていることも。

目の前の男が辛うじて輪郭を残しながらも、若々しさを失っていることも。

 

「良かった……、ミヤビ……本当に……!」

 

「ヒューゴさん……、ここは? それにハツネさん……真田教授は……!?」

 

その言葉に、ヒューゴはようやく現実に意識を戻した。

冷静に自身の心を押し留め、その体を離す。

そうだ、彼女は知らない。

あの悪夢の夜の真実も、世界を巻き込んだ動乱も。

そして、今正にすべてに終止符が打たれようとしていることも。

 

「順番に話そう。この2年間、本当に多くの事があった。本当に……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不気味な静寂に包まれていた邪念の大地は、一瞬にして轟音と怒号が飛び交う戦場と化した。

未だ座したままの皇を守護せんと、地中から次々と湧き出る降魔の大群。

世界の命運を託された戦士達は、真っ向から直接勝負を挑んだ。

霊力と妖力が激しくぶつかり合い、いたる所で爆炎が立ち上り、剣戟の音が鳴り響く。

 

「狼虎滅却……、国士無双!!」

 

先陣を切って敵陣に飛び込んだ白の光武二式が、霊力を帯びた二刀を手に豪快に敵を切り刻む。

刀の軌道に沿って無数の霊力が具現化したカマイタチが、瞬く間の周囲の降魔を地に沈めた。

そうして切り開かれた前線に、次々と霊子甲冑たちが飛び込んでその傷を広げていく。

かつては都市部の真ん中での戦闘ゆえに、一般市民の避難を同時併行で進めなければならなかった。

そのため隊員の3分の1以上を市民の避難と護衛に割く必要があり、どうしても敵の撃退は後手後手に回らざるを得なかった。

だが敵の本拠地ならば攻守の立場は逆転している。

文字通り全身全霊で、目の前の元凶を倒すことだけに集中できるのだ。

そして世界規模に降魔を出現させられる降魔皇が、自身の肉体を復活させるために自身の砦の守りに入ったこのタイミングは、千載一遇のまたとない好機であった。

 

「どうだ降魔皇!! 雑魚をどれだけ呼んでも同じだ!! こんなもので俺達は止められないぞ!!」

 

また一匹降魔を切り伏せ、大神が叫ぶ。

だが徐々に迫る霊子甲冑の群れを前にして尚、皇の余裕は揺るがない。

 

「なるほど……高が人類一匹と侮っていたが、我が配下が敗れたのも偶然ではないと言う事か」

 

一瞬認めるように口端を上げる。

そして徐にその右の掌が向けられた。

 

「良かろう。我自らの手で消してやろう」

 

「来るぞっ!!」

 

言い終わらぬうちに、巨大な妖力の波動がレーザー光線のように襲いかかった。

その一撃は回避の間に合わなかった降魔達を巻き込み、深々と大地を抉っていく。

直撃すれば、文字通り跡形もなくなるだろう。

 

「みんな、無事か!?」

 

「ああ、相変わらず反則じみた威力しやがって……!!」

 

大神の通信に返事を返しつつ、ロベリアが悪態を突く。

不意打ちで地形を変えるレベルの攻撃など冗談ではない。

過去に相対した悪魔王や悪念将機、魔皇獣ですら可愛いレベルである。

だが、視線を戻した瞬間、誰もが言葉を失った。

 

「な、何だと……!?」

 

皇の背後には、先程猛威を振るった波動の塊が曼荼羅のようにいくつも浮遊していた。

一撃でその場のすべてを消滅させる威力。

それを連続で撃たれでもしたら……、

 

「下がれっ!!」

 

閃光が視界を覆う一瞬、割って飛び込んだ巨人が巨大なバリアを形成する。

万物を飲み込む邪悪の奔流が障壁に津波の如くぶつかり、空間を揺るがせること数秒。

障壁はガラスのように、波動を巻き込んで砕け散った。

 

「今だ! 奴に反撃の隙を与えるな!!」

 

「シュワッ!!」

 

ゾフィーの指示に、3人の巨人が一斉に玉座へと迫った。

先頭に立つウルトラマンジャックが、牽制のウルトラショットを放つ。

まるで虫を払うかのように豪腕が一閃し、光線をなぎ払った。

だが直後、頭上から真紅の影が躍り出る。

摩天楼の星、ウルトラマンタロウだ。

 

「デヤァッ!!」

 

上空で旋回し、乱回転を加えたスワローキックが皇の顔面を捉える。

だが直撃の瞬間、驚くべきことが起きた。

皇の姿が霞のように掻き消えたのだ。

標的を失った巨人の蹴撃は、勢いそのままに玉座を粉砕するに留まる。

 

「き、消えた!?」

 

「どこだ、降魔皇!?」

 

本丸の敵の姿が無い事に気づき、誰もが攻撃を続けつつも周囲へ警戒を強める。

すると、どこからとも無く地響きが大和の大地を揺るがし始めた。

 

「……下だ!!」

 

「散れっ!!」

 

最初に気づいた昴の言葉に、一斉に四方へ散開する。

直後、地中から膨大な妖力を伴い、巨大な影が姿を現した。

全身を岩盤のような強固な皮膚で覆った、ウルトラマンとタメを張れる程の巨人。

まさか、これが降魔皇の肉体か。

 

「マガオロチ……、間に合わなかったのか……!?」

 

予期されていた最悪のシナリオの到来に、大神は悔しげに歯を噛む。

精神エネルギーの状態であった降魔皇を早期に消滅に追い込み、大魔皇獣の復活を阻止するはずだったミッション。

だが敵は、まるでこちらが仕掛けてくることを想定して、敢えて待っていたというのか。

 

『こ、こちら帝国華撃団本部!! 大神司令、緊急事態です!!』

 

「どうした!?」

 

唐突な通信に、務めて冷静に言葉を返す大神。

だが次の瞬間、予想だにしない言葉が飛んで来た。

 

『現在帝都及び世界各国に降魔が出現!! 避難区域が襲撃されています!!』

 

「な、何だって!?」

 

大神をはじめ、その場の全員が驚愕の余り言葉を失った。

そんなバカな。

敵はこの地を防衛するために全戦力を集結させて待ち構えていたはず。

先程の十個大隊にも及ばない数がそう戦力のはずも無いと思っていたが、ここに来て戦力を分散させてくるとは考えていなかった。

 

「言ったはずだ。あくまで抗う者達には、苦痛と慟哭に満ちた終焉を約するとな」

 

「降魔皇……、まさか貴様……!!」

 

嵌められた。

魔皇獣の損失により、功を焦った降魔皇は自身の本拠地の守りを固め、自身の復活の準備を整えていたを踏んでいた。

だからこそ自分達は戦闘不能に追い込まれた神山以下新花組の面々を除く全戦力を結集し、決戦を挑んだ。

だがそれこそがかの皇の狙いだった。

自身を餌に人類の戦力を集中させ、無防備になった世界各国を襲わせる。

それが真の目的だったのだ。

 

「お前達が人類の希望を託されたと言ったな? ならばその源を滅ぼすまでのこと」

 

「くそっ! せめて星組だけでも救援に……!!」

 

飛行機能を搭載した星組のスターならば近隣の都市部の防衛には間に合うかもしれない。

だが作戦変更を命じる前に、その僅かな可能性は無残にも刈り取られた。

 

「大神司令! 大陸全体が妖力の壁に覆われています!! スターでは突破できません!!」

 

「何だと!?」

 

星組隊長の報告に、大神は血の気が失せた。

冗談ではない。

このまま世界中の人々が無残に殺される様を見せ付けられるというのか。

自分達の決意も、結束も、あの強大な悪魔の掌の上でしかなかったというのか。

 

「血が踊るとはこの事か。さあ人類よ、宴の続きを楽しもうではないか!!」

 

焦燥を隠し切れない人類に、星喰いが凄絶に笑う。

轟音と閃光が、容赦なく襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

緊急の避難所として解放された大帝国劇場には、既に住居を追われた多くの人々でごった返していた。

傷を負い苦悶にうめく者、両親とはぐれ泣き叫ぶ子供の泣き声。

そして外部からの絶え間ない衝撃と轟音が、眼前に迫る死と絶望を予期させる。

 

「……酷い……!!」

 

ヒューゴと合流した月組のいつきに連れられ戻ってきた思い出の場所は、無数の魔音に包まれた地獄と化していた。

かつては敵の出現を知るための重宝したオモンサマの加護の力も、圧倒的なまでの絶望に霞んでしまう。

 

「……ダメだ……、今度こそおしまいだ……!!」

 

「バカ言うんじゃねぇ!! 先代の帝国華撃団が帰ってきたっていうじゃねぇか!!」

 

「でも花組でもウルトラマンでも勝てないのに、どうやって勝つって言うのよ……!!」

 

そこかしこから聞こえてくる無念と絶望の声。

それが邪念の糧となる魔音と知る自身にとって、これほど耐え難い光景は無い。

 

「……あれは、モニター?」

 

ふと、見慣れぬ巨大なモニターが目に映る。

そういえば道中いつきが話してくれた。

クリスマスの日、真田教授が起こした事件が解決したことを祝い、世界の華撃団と合同の生中継公演を行ったと。

それなら……、

 

「……ヒューゴさん、いつきさん」

 

瞬間、病み上がりの女性の顔つきが変わった。

帝国華撃団奏組隊長、マエストロの顔へと。

 

「奏組隊員全員と、各国の華撃団本部に連絡を。私達の音色で、希望をつなぎます!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一方的な蹂躙が続いていた。

尖兵が人っ子一人姿を消し、ただ一匹だけとなったはずの降魔の皇は、一騎当千どころか星そのものを喰らう悪魔の力をまざまざと見せ付けた。

 

「アァッ!?」

 

「デェッ!?」

 

一度腕を振るえば眼前のすべてをなぎ倒し、

 

「ムゥッ!?」

 

「ジュワッ!?」

 

一度地を踏めばたちまち大地が震え、

 

「……、総員回避!!」

 

莫大な妖力を圧縮した攻撃を無尽蔵に繰り出してくる。

今までいくつもの強大な敵と相対してきたが、奴はそのいずれにも当てはまらない。

強すぎる。

圧倒的や歯が立たないいう言葉で形容できる次元ではない。

破滅を運命付けられた、黙示録のようなまでの絶望が身を震わせていた。

 

「最初の威勢はどうした? 我を倒すのではなかったのか?」

 

言葉すら返せない。

一撃一撃が明らかに10年前とは比較にならない程強力無比な力だ。

いや、寧ろあの降魔大戦で、降魔皇は本当に戦ってすらいなかったのだろう。

死力を尽くして戦っていた自分達は、文字通り見向きもされていなかったのだ。

 

「お兄ちゃん! このままじゃみんな……!!」

 

「世界中の人たちが襲われてるのに、助けにも行けないなんて……!!」

 

「分かっている! 分かっているが……!!」

 

アイリスとコクリコを勇気付けようとするも、打開策が見えてこない。

仲間の一部を都市防衛にまわすとしても、大和全体が強力な妖力のバリアに阻まれ脱出も退却も叶わない。

かといって眼前の敵を倒して防衛を急ぐとしても、そもそも総力をぶつけて手も足も出ない状況だ。

これでは早期撃破どころか全滅も免れない。

 

『こちら帝国華撃団本部!! 世界の皆さん、聞こえますか!?』

 

だがその時、予想外の人物から連絡が飛び込んできた。

入院服の上から直接制服を羽織り、艶を失いながらも凛とした瞳の女性。

見覚えの無い顔に一瞬戸惑うも、それは無理からぬ話であった。

何せ彼女は未だ帝国華撃団の誰も、顔を合わせたことがなかったからだ。

 

『私は帝国華撃団奏組隊長、雅音子! 世界の皆さん! 今私の声が届いているなら、どうか力を貸してください!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『今帝都近海の大陸で、帝国華撃団と世界中の華撃団、ウルトラマン達が私達のために戦っています!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『かつてない恐ろしい敵に不安な気持ちも分かります! でもどうか希望を捨てないで下さい!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私達の不安な気持ちは魔音となり、降魔たちの糧になってしまいます! でも私達が希望を強く持てば、それは霊音となって花組の皆さんの力になります!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私達が世界を超えて、心を一つに合わせ、人類の勝利を信じるんです!! そのための導きの音色を、私達奏組が先導します!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『皆さんの思いを歌に乗せて、皆さんの歌声を希望の霊音に変えて!! 届けましょう、勝利の唄を!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝国華撃団奏組。

かねてより月組と連携し、小規模の降魔事件に対応する魔障隠滅部隊。

降魔大戦の折から自分達に代わり世界各国で降魔の脅威に人知れず立ち向かってきた彼らを取りまとめるマエストロは、大帝国劇場に設置された蒸気モニターを目にした際に起死回生の奇策を閃いた。

クリスマス公演で実現した、モニターを介しての同時中継。

これを利用し、世界各国と中継を繋ぎ、自分達の演奏を以って人々の心にもう一度希望の火を灯そうというのだ。

口火を切って流れ出す前奏は、帝都では知らぬ者はない花組の応援歌、『檄!帝国華撃団』。

始めこそ突然のことに呆然とするばかりだった人々も、周囲の子供が口ずさみはじめると、それに釣られるように歌い始める。

やがてそれは歯止めの利かない津波のように、大帝国劇場を包み込んだ。

続けて奏でられていく音色は、帝都を飛び出し世界をも包み始める。

 

フランスは巴里華撃団の『御旗のもとに』。

 

アメリカは紐育華撃団の『地上の戦士』。

 

中国は上海華撃団の『虹の彼方』。

 

イギリスは倫敦華撃団の『円卓の騎士』。

 

ドイツは伯林華撃団の『鉄の星』。

 

国も違えば文化も違う、意思を伝える言葉すら異なる人々が、音楽という道しるべを頼りに一つの希望に辿り着いた時、圧倒的だった戦況に明らかな変化が生じた。

 

「何だ……、我の力が弱まっているのか……?」

 

最初に異変に気づいたのは、他ならぬ降魔皇だった。

全身から湧き出る妖力の勢いが、目に見えて失速を始めていた。

間違いない。

世界中の人々の絶望から生まれた魔音が希望の霊音に塗り替えられた事で、妖力の源泉が弱まったのだ。

 

「ありがとう雅くん! このチャンス、無駄にはしないぞ!! 総員、一斉攻撃をかけろ!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界を巻き込んだ題名の無い大演奏会。

それと同日同時刻。

世界の様々な場所で、人知れず平和のために立ち上がる者達がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オーホッホッホッホ!! 甘く見たわね降魔共!! この帝都には私達が残っていたことを忘れていたようね!!」

 

帝国華撃団・薔薇組。

かつて魔神器の防衛、一般市民の避難先導など、月組と併行して隠密任務に当たっていた陸軍将校3名で結成された異色の部隊である。

その彼らが、何と年季が入った霊子甲冑の残骸を纏って無数の降魔を相手に戦っているではないか。

 

「一郎ちゃんたちの10年ぶりの晴れ舞台、邪魔はさせなくってよ!!」

 

無論霊力を持たない彼らに霊子甲冑を起動させる術はない。

ならば何故こんな事が出来るのか。

答えは至極単純。

何と両手足に装着した霊子甲冑の残骸を、あろうことか『力ずく』で動かしているのだ。

 

「情に燃ゆる美しき乙女の一撃、受けてみなさい!!」

 

避難所である大帝国劇場の入り口に仁王立ちとなり、自称うら若き乙女達は鬼神の如く暴れまわった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都・銀座。

人々の代わりに往来する降魔を、また一匹斬り捨てる影があった。

天使と見紛う翼を広げ、疾風の如く魔を斬るその姿は神々しき美しさを持ちながら、禍々しい妖艶さを兼ね備える。

何故なら彼女もまた、人を外れたものだったからである。

 

「銀河……、この未来もまた、君が知りえたのだろうか」

 

憂いの瞳に写るのは、かつて共に未来を変えることを約した戦友か。

決して見えぬ答えを胸に秘めたまま、村雨白秋は勇躍する。

その一閃が、遠き未来の一助になると信じて。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都・上野。

かの魔皇獣の襲撃で荒廃したその場所で、男は太刀を手に無数の降魔たちと対峙していた。

その表情に一片の恐れは無い。

その構えに一分の隙も無い。

何故ならこの男にとって、眼前の恐怖の欠片と相対することなど慣れ親しんだことだからである。

 

「喜ぶべきか憂うべきか……、土産話にはなるだろうな」

 

手元に誤魔化すための酒がない事だけが心残りだが、顔を合わせなければ良いだけだ。

この老いぼれの命が、こんなことで役に立つなど誰も気づくまい。

 

「いい若葉が育ってるじゃねぇか大神。ちょっとばかし年寄りの意地ってもんを拝ませてやるぜ」

 

かつて同志と共に相対したときのように。

舞い戻った老兵は地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都・品川。

長屋の立ち並ぶ住宅街に逃げ込んだ人々を降魔の手から救ったのは、仮面に目元を隠した壮年の男性だった。

 

「江戸より伝わりし望月の秘伝、見せてやろう。影分身の術!!」

 

複雑な形に指を組み、霊力を集中する。

瞬間、沢山の男性の影が横一列に増えていき、瞬く間に通りを埋め尽くした。

生きた伝説という異名さえ納得させる、400年の伝統の業の一端が、見る者全てを圧巻する。

 

「帝都の影に我らある限り、うぬらの好きにはさせん! この望月八丹斎がお相手しよう!!」

 

瞬間、無数の影が疾風のごとく空を裂いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都・大帝国病院。

一度は真田事件の折に大きく損壊した病院はギリギリの所で建て直しに成功し、絶えぬ怪我人や病人を抱え込み続けていた。

その最中の降魔の襲撃に多くの患者と見舞い客が取り残されるも、その中でただ一人入り口を守る巨漢がいた。

寺島町の刀鍛冶にして、天宮一族の末裔が一人、天宮鉄幹である。

 

「娘と息子が今まで戦場で戦ってきたのだ。こんな時に父が体を張れずしてどうする」

 

さも当然の如く言い放ち、一振りの刀を手に降魔の大群に対峙する。

それはまるで武蔵棒弁慶の如く、悪魔の手先達を圧倒した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全てが理解できなかった。

何故自分だけが3度目の生を得たのか。

何故あの憎たらしい奴らはいないのか。

そして……、

 

「ウサギさ~ん、がんばって~!!」

 

「ちょっとミキ危ないって! 中に下がって!!」

 

何故自分は、あんな能天気な小娘のためなんかに、かつての仇敵の古巣を守っているのだろう。

いくら考えても何一つ答えは見つからない。

偉大なるパリシィの意志は、自分を監視者に選んだのだろうか。

どれだけの時間を費やして考えても、答えは何一つ浮かんでこない。

 

「……これはニンジンのお礼だピョン。お前らのためなんかじゃないんだピョン」

 

遠く離れたアイツらに届くはずも無い小さな声で、己に言い聞かせるように呟く。

アイツらのような立場に自分がなったと知ったら、同胞達はどんな顔をするだろうか。

 

「この巴里はオイラの縄張りだピョン!! よそ者はとっとと出て行くピョン!!」

 

眼前ににじり寄る東の悪魔達を前に、自身の愛用していた蒸気獣が頭部の鋏を展開して威嚇する。

いいだろう。

今は、今だけは自分が巴里を守るパリシィだ。

 

「死にたい奴らはかかって来い!! このシゾー様が真っ二つにしてやるピョン!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

10年前、その名はどこからとも無く現れ、時の紐育を騒がせた。

曰く、疾風の如き早馬を駆り、風のように消えていく。

曰く、侍のように刀を振るい、人知れず悪を打ち倒す。

曰く、その仮面に隠した素顔を知るものは無い。

いつしか幻のようなその存在を、人々は『仮面の剣士』と呼んだ。

 

「ハイヤーッ!!」

 

暗黒の雲に包まれた紐育の空に、鋭い声が響き渡る。

周囲の建物に無差別に取り付いていた降魔達は、一斉に振り向き飛びかかり始めた。

だがそのほとんどが、まるで弾丸のように飛び出した影に触れることすら叶わずに、一太刀の下に切り伏せられていく。

彼女の師たるミフネ流の極意、ツバメ返し。

またの名を、ターニング・スワロー。

 

「恨むなら己の不運を恨め。このオレが守る都市に踏み入った己の不運をな」

 

容赦なく刀を構えるその姿に、降魔たちも後ずさる。

もしここに紐育の星たちがいたら、口々に叫んだことだろう。

かつてこの都市を守るためにその命を賭けた6番目の五輪の戦士。

 

「行くぞ降魔共! 我が師の極意……、その全てを見せてやろう!!」

 

『ジェミニン=サンライズ』の名を。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

奏組によって鼓舞された人々の希望を込めた大合唱は、それまで絶望的な状況に陥っていた大神達を奮起させた。

無数の降魔たちに囲まれて尚、自分達の勝利を信じて応援し続けてくれる。

その信頼と絆をまざまざと見せ付けられた全身に、熱き血潮の如く霊力が迸る。

 

「紅蘭! チビロボで敵の装甲の弱点を探ってくれ! 遠距離攻撃に長けた者は援護を頼む!!」

 

「了解!!」

 

言うや口火を切ったのは、歴戦の狙撃主であるマリアだった。

彼女の攻撃に続いて花火、コクリコ、リカリッタ、ダイアナが続く。

 

「無駄なことを……!」

 

翳した左から障壁を展開し、全ての攻撃を霧散させる降魔皇。

が、それは大神がわざと見せた隙だった。

直後、降魔皇の周囲を無数の小型ロボットが旋回し解析を始める。

帝国華撃団一の発明家である紅蘭の力作の一つ、チビロボ二式である。

 

「見えたで、岩肌の継ぎ目が脆くなっとる。さては間に合わせで復活させおったな」

 

「よし、エリスくん!!」

 

「Verstanden!! 行くぞ、ポール、マルガレーテ!!」

 

狙撃に長けた伯林華撃団に追撃を命じる大神。

だが敵はそれを読んだか、妖力の障壁を生み出して先手を取りにかかる。

 

「させるか! カンナ、障壁をぶち破れ! グリシーヌ、シャオロン、ユイくん、援護するんだ!!」

 

「「了解!!」」

 

「「理解!!」」

 

4つの影が同時に疾駆し、展開された障壁に豪快な一撃を加えていく。

 

「何だと……!?」

 

今度こそ降魔皇の表情から余裕が消えた。

無理も無い。

先程までこちらの攻撃を無視のように払っていた防御が、ガラスのように容易く破壊されてしまったのだから。

 

「おらあああぁぁぁっ!!」

 

がら空きの胸部目掛け、ポールのアイゼンイェーガーが勢いよく飛び込んだ。

反応が遅れた一瞬、弱点の継ぎ目にゼロ距離からの砲塔が火を噴く。

 

「今だ! 昴くん、サジータ、アーサー、ランスロットくん、奴の身動きを封じ込めるんだ!!」

 

続けざまの狩人の攻撃でたじろいだ所へ、最初に突っ込んだのは陽炎を纏ったランダムスターだった。

撹乱するような動きに注意をひきつけた一瞬、逆方向から飛び込んだ漆黒のブリドヴェンが目にも止まらぬ速さで巨体の足を斬りつける。

更にハイウェイスターが無数の鎖を展開しその巨体を一瞬地面に縫い付けた所で、本命の蒼きブリドヴェンが断罪を振り上げた。

 

「オーバーロード・エクスカリバーーーッ!!」

 

万物を断ち切る黄金色の刃が、眼前の悪魔の皇めがけて振り下ろされる。

障壁を破られ回避も間に合わないその巨躯は、遂に左腕の肘先を両断された。

 

「グオオオオオッ!?」

 

寸断された断面から、血の様に溢れ出す妖力。

このまたとない好機を逃しては勝機はない。

大神はすがさず追撃を命じた。

 

「畳み掛けるぞ! 新次郎!!」

 

「はい!!」

 

二刀を構え、突進する大神。

それに合わせて上空のフジヤマスターも、霊力を纏って突進をかける。

 

「小賢しい……!!」

 

だが、降魔皇もしぶとかった。

残された右腕に妖力を集中し、再び強固な障壁を展開して二つの霊子甲冑の突撃を押さえ込もうと耐える。

 

「一斉攻撃だ! 大神司令の攻撃を貫通させるぞ!」

 

「ヘアアアァァァッ!!」

 

「チャアアアァァァッ!!」

 

「ストリウム光線!!」

 

動いたのは4人の巨人だった。

各々の最高威力の必殺技を障壁にぶつけて一気に削っていく。

拮抗すること数秒。

暗黒の障壁に亀裂が走り、遂に鉄壁が破れた。

 

「「狼虎滅却……、」」

 

眼前に迫ったその一瞬、二人の声が重なる。

背後に構える仲間達の思いのすべてが、その全身に漲った。

 

「震天動地!!」

 

「超新星!!」

 

二刀の斬撃によって生まれた傷に、光速に達した白虎が弾丸の如く貫いた。

やがてその傷が全身に駆け巡り、地に伏せた巨躯が破片となって大爆発を遂げる。

 

「……」

 

数秒の静寂。

それが勝利の余韻と気づいた時、大神一郎は静かに呟いた。

 

「終わった……。俺達の勝利だ!!」

 

その言葉を皮切りに、仲間達が、世界が、喝采を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「中々楽しい芝居であったぞ、人類よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、この声は!?」

 

聞こえてはならない声に、一瞬世界が時を止めた。

そんなバカな。

たった今、降魔皇は肉体諸共粉々に吹き飛ばしたはず。

だがその混乱を嘲笑うかのように呪いの大地を振動が襲う。

そしてその中心部が崩落し、それは見えた。

 

「あれは……!!」

 

さしもの宇宙警備隊隊長も、眼前の光景に絶句するほか無かった。

地盤を揺るがし、大地を切り裂いて地底から姿を現したのは、この世の邪念の全てを身に纏った怪物だった。

全身を返り血に塗れたかのような赤の鱗で包み、長い尾と首を伸ばしてこちらを見下ろす威圧感。

鋭利な牙を並べた顔面には、あの赤い発光体が一本角のように夜の闇を炯炯と照らす。

これこそ1万年前に原初の巨人の力によって封印を施された真なる邪悪の源泉。

降魔に始まる全ての悪夢を生み出してきた最強にして最大の敵。

 

「グギイイイィィィ……!!」

 

星すらも喰らう大魔皇獣、マガオロチの復活だった。

 

「実に滑稽であった。我が肉体ですらない木偶の坊に、貴重な霊力とやらを惜しみなく搾り出していく様はな」

 

「何故だ……!! さっきの降魔皇は肉体ではなかったのか!?」

 

「あんなもの、我が力の搾りカスに岩石を貼り付けただけの張りぼてだ。いい加減身の程を弁えてもらいたいものだな」

 

「で、でも……確かに妖力が弱まって……!!」

 

「戦闘の最中に本体に妖力を移し続けていただけの話だ。それとも……お前達の友情ごっことやらが本気で奇跡を起こしたとでも思っていたのか?」

 

何ということだ。

世界各国の人々の希望を、信頼を一身に受けて、死力を尽くした総攻撃も、大魔皇獣の手の上だった。

一縷の望みを託したあの大合唱で、降魔皇の力は弱まり、勝機が生まれたと誰もが思った。

だが、それは大魔皇獣復活の一助となっていただけに過ぎなかった。

降魔皇は今の今まで、戦ってすらいなかったのである。

 

『こ……こちら帝国……、降……激化……止まらな……!!』

 

ノイズ交じりに聞こえてきた通信に、いよいよ大神の表情が絶望に歪む。

大魔皇獣の復活と同時にあふれ出した桁違いの妖力の波動。

世界中に散らばった降魔たちにとって、これ以上の起爆剤はない。

 

「人類の意志は受け取った。……望みどおり、苦痛と慟哭の終焉を齎してやろう!!」

 

再び、世界を絶望が覆った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一度は帝国華撃団奏組の尽力によって団結した世界の人々。

しかし更に激しさを増す降魔達の暴虐に足並みを崩され、希望の歌を繋げる事もままならない。

そして、その絶望は降魔のみに留まらなくなった。

魔躁騎兵・脇侍。

蒸気獣・ポーン。

傀儡・悪念機。

かつて世界中の都市に出現した魔の亡霊たちが、軍勢となって各国の避難所を取り囲んでいるのだ。

無慈悲に振り上げられる獲物がギラリと光り、眼前に迫った恐怖に、人々は終焉を覚悟する。

 

「え……?」

 

だが、その殺意が終焉を告げることはなかった。

恐る恐る目を開くと、その先に見えた光景に絶句する。

 

「ギイイイイイッ!?」

 

無理も無い。

何故なら振り上げられた脇侍の太刀は、並び立つ降魔を袈裟懸けに切り裂いたからである。

それだけではない。

今の攻撃を合図に避難所を囲んでいた脇侍達が一斉に反転し、降魔達に一斉攻撃を開始したではないか。

一体どうなっているのか。

誰もが不思議に思っていた中、遥か上空からその声は轟いた。

 

「ヌハハハハ……、貴様こそ人類を甘く見たな降魔皇とやら!!」

 

上空から、観音を思わせるような金色の魔躁騎兵が姿を現した。

かつて帝都で正義の為に戦っていたものは、その姿に驚愕する。

何故ならそれは、かつて帝都に幕藩体制の復活を目論んだ一人の僧正が生み出した悪意だったからである。

 

「我が名は南光坊天海!! どんなに腐っても我が黒之巣会の栄光は徳川の世!! うぬら怨念が傀儡にしようなど、万年早いわ!!」

 

言うや阿修羅の腕から、無数の光弾が放たれ降魔達を狙い撃つ。

かつて帝都を動乱に陥れた江戸幕府の亡霊、天海。

マガオロチの力で蘇った怨念が自我を取り戻し、何と人類のために立ち上がったのである。

 

「さあ集え黒之巣会四天王!! 人に仇成す怨念どもを、冥府に送り返してくれるわ!!」

 

その言葉と共に、天海の眼前に3つの陣が生み出され、3体の魔躁騎兵が出現する。

かつて帝国華撃団花組と相対した、黒之巣会の幹部達だ。

 

「天海様のご命令とあらば……」

 

「今だけは、人の世に与するとしましょう」

 

「この羅刹、兄者と共に!!」

 

紅のミロク。

蒼き刹那。

白銀の羅刹。

一度は帝都に牙を剥いた者達が、我先に眼前の怨念目掛けて飛びかかる。

とてつもない手ごわさを持った彼らが一度味方に寝返ると、ここまで頼もしくなるものか。

 

「堕ちて開くが女……、妖・雷波!!」

 

「切り刻んでくれる……、魁・空刃冥殺!!」

 

「冥土の土産だ!! 轟・爆裂岩波!!」

 

かつての力をそのままに、無数の降魔の尖兵を纏めて吹き飛ばす。

突然の伏兵に浮き足立つ降魔に、金色の魔躁騎兵が容赦なく襲い掛かった。

 

「見せてくれよう、奈落の極み……!! 六星剛撃陣!!」

 

天空から放たれた無数の金色の槍が、上空に逃れていた降魔達を次々と貫き、打ち落としていく。

大帝国劇場前は、予期せぬ形で難攻不落の要塞と化した。

 

「立てい小僧!! 立てい帝国華撃団!! 我らを冥土に送っておきながら、これ以上醜態を晒すでないわ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、帝都浅草・花やしき支部。

いよいよ降魔の大群に防衛線を突破されかけたとき、それは閃光を伴い現れた。

 

「帝都……、我生まれし都……、その行く末……見届けるものなり……!!」

 

能楽師を思わせる面を持って現れた男の声。

同時に紅白の大型魔躁騎兵が、避難所を守るように立ちはだかる。

その姿は、畏怖の象徴ですらあった。

 

「怒れ……シカミ……、罰せよ……ハクシキ……、我と共に……神楽舞うものなり……!!」

 

紅の魔躁騎兵シカミ。

白の魔躁騎兵ハクシキ。

どちらも金色の蒸気を噴出しながら、猛然と降魔たちに向かって挑んでいく。

そして男も、己が執念を具現化した分身を纏う。

かつて帝都最大の防衛戦艦ミカサをも飲み込んだ自身の怨念の全て。

魔躁騎兵『神体』と共に。

 

「我が名は大久保長安……。未来を約した彼奴らに変わり……、この帝都を守護するものなり……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

西方はフランスの花の都。

その街を寸断するセーヌ川のほとりに浮かぶノートルダムの地底より、地響きと共にそれは現れた。

かつて3000年前の光と闇の闘争の中、この地に生きた民族の守り神。

光のティガ伝説に記されたその名は、『オーク巨樹』。

瞬く間に巴里全土の大地を守るように張り巡らされた無数の根から、次々と手裏剣のような生態兵器『カラミテ』が射出される。

それらは統率の取れた兵士の如く、空を支配していた降魔たちに襲い掛かっていった。

 

「オ……、オーク巨樹様……? どうして……」

 

全身から煙を上げて息も絶え絶えの中、突然のことにシゾーは呆然と空を見上げた。

自分以外に生き残りも無い中、一体誰がパリシィの守り神を呼び出すことが出来たのか。

それに答えたのは、一度は閃光に消えたはずの代弁者だった。

 

「全てはボクらの、超古代の意思さ。例え怨念の力であろうと、この崇高なる意志まで奪うことは出来ない……」

 

「あ、貴方は……!!」

 

サリュはシゾーの言葉に応えず、眼前に手を翳す。

瞬間、5つの光柱が出現し、横一列に並び立った。

 

「待たせたな巴里よ。待たせたな同胞よ。我らパリシィが、正義のもとに悪を駆逐してくれようぞ」

 

パリシィを支配する長、カルマール。

 

「全く情けない面晒してるじゃないか。アタシがみんな食ってやるよ!」

 

地を這いすべてを飲み込む妖蛇、ピトン。

 

「薄汚い降魔の分際で我らの町を汚すとは良い度胸だ。誇り高き守護者の力、思い知らせてくれよう!!」

 

パリシィの誇りを尊ぶ猛獣、レオン。

 

「美しき我らが花の都、汚物は消毒しないとね!」

 

妖艶にして苛烈なる蠍華、ナーデル。

 

「これも泡沫、一夜限りの夢物語……。活目せよ、遥か3000年の伝説を! 守護神パリシィの戦いを!!」

 

悪夢を演じる漆黒の翼、コルボー。

失われし先祖の栄華を取り戻すため。

子孫の怨念を晴らすために、かつて花の都を襲った超古代民族パリシィ。

かの神楽と徳川の意志と同様に、彼らもまた怨念から蘇りながら、怨念に対峙する事を決めたのである。

 

「パリシィの子供達……。今だけは、君達の帰る場所は我らが守ろう。パリシィの名の下に……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

同時刻、アメリカの一大都市・紐育。

天空を縦横無尽に飛び交い、幾つものビルを片っ端から破壊していく破壊の徒に、それらは猛然と立ち向かった。

 

「下がれ愚物が! この黒龍姫の前に立って、生きて帰れると思うな!!」

 

雷の竜を従え、雷鳴が如き斬撃で降魔を切り裂くは、黒龍姫。

 

「ガッハッハッハ!! 目に付いた者からすかさず叩き潰す!! 即ち電光石火!! 我ながら天才の策である!!」

 

自ら砲台を抱えて片っ端から降魔を叩き潰していくは、髑髏坊。

 

「さあ歌え虫達よ。彼奴らの断末魔の歌声を、我らが主に献上するのじゃ!!」

 

毒虫たちを従え、怨念の断末魔を奏でるは、夢殿。

 

「フハハハハ、折角の現世の余興だ。存分に楽しませてもらおうではないか!!」

 

灼熱の焔を振るい、怨念の使者を火刑に処すは、東日流火。

 

「我が名は森乱丸! 我らが第六天魔王信長様の命により、驕り高ぶる怨念に天誅を下すものなり!!」

 

魔王の腹心にして、幾度の輪廻転生を隔てようと揺るがぬ忠義を貫くは、森乱丸。

 

「見くびるな降魔皇!! 例え怨念にその身を堕とそうとこの信長、他者の傀儡になど堕ちぬわ!!」

 

己の覇道の為に、人のすべてを投げ打って理想を追い求めた第六天魔王・織田信長。

かつて紐育に猛威を振るった悪念将機たちが、無数の配下を揃えて鉄壁の陣を構えていた。

 

「光秀……そして長安とやら……。よもや、このワシが貴様らと手を組む日が来ようとはな……」

 

かつてはこの日ノ本の覇権をかけて戦い、自身を謀略に嵌めた男。

その後の世で怨念を操る術を完成させ、手柄を掠めた男。

揃いも揃って冥府に沈んだ愚物ながら、ここまで面白い戦も初めてだ。

 

「言うたであろう小童、世界の覇権を賭けた戦が始まるとな。ワシの首を取っておきながら人の世をみすみす奪われるなど許さん!!」

 

その瞳は烈火のごとく、遥か地平の先にいる星へ一喝した。

 

「我が天下不部を阻んだ貴様らが歩みを止めることは許さん!! ワシが与するのは、ワシの首を取った強者のみ!! 立て、摩天楼のサムライよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「黒之巣会……、長安……、パリシィ怪人……」

 

「それに、信長まで……!!」

 

かつて都市の、世界の平和を賭けて自分達と雌雄を決した宿敵たち。

恐らくはマガオロチの邪念の余波で蘇った彼らが、共通の人類の敵に団結して立ち向かっていた。

例え理想の形は違えども、相容れない相手だとしても、人類の未来の為に力を尽くす。

その姿に、大神も、新次郎も、仲間達も奮起した。

 

「そうだ、僕達は絶対に諦めない!! どんな苦難も乗り越えて、悪を蹴散らす礎となる!!」

 

「そしてどんな敵が相手でも、悪を蹴散らし正義を示す!! 行くぞみんな!!」

 

残された霊力を振り絞り、再び大魔皇獣に挑みかかる世界華撃団。

その尾撃に振り払われても、角から放たれる電撃に焼かれても、尚も挑み続ける。

否、一つだけ希望は残されていた。

本土に残してきた若き桜が託した、最後の希望が。

 

「新次郎!!」

 

「エリカさん! みんな!!」

 

二人の巨人の言葉に、それぞれ意図を察し霊力を集中する。

結集した霊力が巨人と同化し、眩き黄金の光がその巨躯を包み込んだ。

 

「チャアアァァァッ!!」

 

「コスモミラクル光線!!」

 

グリッターゼペリオン光線。

コスモミラクル光線。

かつての決戦で勝利を掴んだ最大威力の必殺光線。

 

「グギイイイィィィッ!!」

 

だがその最高威力の一撃も、大魔皇獣は真っ向から張り合って見せた。

咆哮と共に口から放たれたマガ迅雷が、二つの最強光線と火花を散らし合い、凄まじい衝撃を以って霧散する。

直後、その背後に光剣を構えた巨人が回りこんでいた。

 

「ヘアアアァァァッ!!」

 

裂帛の気合を込めたスパークソードが十文字を描き、大魔皇獣の翼を切り裂く。

反撃の尾撃をかわしたところで、頭上に待ち構えたウルトラマンゾフィーが仕掛けた。

 

「ダアアアァァァッ!!」

 

最高威力のM87光線。

魔皇獣の角を捉えたその一撃が全身にスパークを起こし、遂にマガオロチが膝をつく。

 

「今だ、さくらくん!!」

 

「はい!!」

 

全ての可能性を賭け、桜色の光武二式から飛び出したさくらが、マガオロチの足元目掛け託されし帝鍵を一閃する。

大神達が最後に賭けた最終作戦。

それは残された最後の猛攻で敵の動きを一瞬でも長く封じ込め、さくらが持つ帝鍵で再度幻都に封じ込めるというものだった。

前回は攻撃の一切が効かない故に結界を張ることになり巻き込まれてしまったが、今度は同じ徹は踏まない。

 

「はあああぁぁぁっ!!」

 

破邪の霊力を込めた一撃が帝鍵を通して絶界の力を呼び覚まし、大魔皇獣の足元に異次元の空間を切り開く。

 

「ジャック! ティガ! タロウ!」

 

「シュワッ!!」

 

「チャッ!!」

 

「ムンッ!!」

 

すかさず大魔皇獣の上空を制圧した4人の巨人が、上空に封印の蓋を生み出す。

ファイナルクロスシールド。

膨大なエネルギーと引き換えに対象を物理的に押さえ込むウルトラ族の禁忌ともされる封印術だ。

このまま異次元に押し込めば……、

 

「なるほど……、確かに我を消し去るには最も適した方法だ」

 

付け焼刃ながらの最適解に、大魔皇獣もまた舌を巻く。

だが……、

 

「最も、我がそれを破れなければの話だがな」

 

「な、何!? これは……!!」

 

信じられない光景だった。

10年前は押さえ込めていたはずの絶界の力が、ウルトラ最大の封印が、易々と押し返されていく。

そして……、

 

「グギイイイィィィッ!!」

 

身の毛もよだつ咆哮が響き渡り、黄金の棺が、異次元の裂け目が粉々に吹き飛んだ。

巨人も霊子甲冑も吹き飛ばされ、受身もままならず地面に叩きつけられる。

 

「言ったはずだ。幾千の恨み……、幾万の業……、その全てを糧とするこの我に、お前達は小さすぎる」

 

地面に落ちた神器が、まるでゴミのように踏み潰された。

今の特攻で全員の霊力も枯渇状態。

ウルトラマン達も既にカラータイマーの点滅が高速化し、最早立ち上がることさえままならない。

万策尽きたとは、正にこのことだ。

 

「楽しい余興であった。礼として、苦しまずに消してやろう」

 

死刑宣告と共に、赤き角が禍々しい光を圧縮する。

ダメだ。

迎撃も、防御も、退却もままならない。

 

「さらばだ、この星の勇敢なる戦士達よ」

 

全てを無に帰す閃光が、轟音を帯びて襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、彼らは知らなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この星にはまだ、希望が残されていたことを、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あった……!!」

 

遡ること数分前。

大帝国劇場の資料室で、神山誠十郎は最古の帝国華撃団の戦歴を確認していた。

大正12年2月。

帝都近海に浮上した「大和」に聳える聖魔城における最後の戦闘。

当時最先端の技術の粋を結集して生み出された霊子甲冑『神武』は上級降魔『黄昏の三騎士』との戦闘でいずれも大破。

帝都上空の悪魔王サタンとの最終決戦においては、花組全員がウルトラマンと一体化したことで辛くも勝利を得たという。

そこに、神山は最後の希望を見出す。

霊子戦闘機も、自身らの霊力が間に合わずとも彼らの、先代花組たちを助ける最後の希望が。

 

「よし……!!」

 

もはや一刻の猶予も無い。

神山は一縷の望みをかけ、スマァトロンに連絡を繋いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数分後。

神山の招集を受けた仲間達は、大帝国劇場の入り口に集まっていた。

 

「誠十郎さん、話とは?」

 

全員が集まったことを確認し、さくらが本題に入る。

神山は、神妙な面持ちのまま、資料室で確認した出来事を順を追って話し始めた。

過去に先代花組は全員がウルトラマンと一体化して、悪魔王との戦闘に臨んだこと。

そしてそれは、花組全員の心をオーブを中心に一つにしたためだということ。

 

「しかし……、一体化している間に僕が受けた傷は皆さんにも跳ね返ります! 今の皆さんの体ではとても……!」

 

今だ魔皇獣との連戦の傷が癒えていない事を懸念するミライ。

だが、仲間達の心は既に決まっていた。

 

「ミライさん……、だとしても私達は迷いません。このまま何も出来ずに世界が終わってしまうバッドエンドなんて辛すぎます……!!」

 

「クラリスさん……」

 

「互いに信じ守りあい、悪を蹴散らし正義を示す……、それが花組だから」

 

「あざみさん……」

 

「貴方達の運命も苦しみも、すべて私たちが引き受けるわ。今度は私達が帝都を、世界を照らす星になる番よ」

 

「アナスタシアさん……」

 

「それが命を賭ける戦いでも、私達は共に参ります!!」

 

「さくらさん……」

 

「どんなに僅かな希望でも、勝利を信じ、可能性に賭ける。……それが俺達花組だ」

 

「隊長……」

 

口々に覚悟を述べる仲間達に、心が揺れるミライ。

その最後の背中を押したのは、他ならぬ初穂だった。

 

「お前らしくないぜミライ。アタシらはみんなで花組だ。今までも、これからも……」

 

「初穂さん……」

 

「アタシらを信じろ! 全員で必ず生きて帰ってくる! それだけの事じゃねぇか!!」

 

「……はい!!」

 

心のどこかで、自分は怖がっていたのだ。

命の危機に瀕した仲間達を、守れなくなることを。

だが違う。

今まで自分が戦えていたのは、側にこんなにも暖かい仲間達がいるからだった。

花組の絆があるから、自分はどんな強敵とでも戦ってこられた。

だから、もう迷わない。

帝国華撃団花組・御剣ミライとして。

プラズマ=オーブを受け継いだ光の巨人ウルトラマンメビウスとして。

仲間も、世界も、未来も、守り抜いてみせる。

例え、どんなに強大な敵が相手でも。

 

「みんな!!」

 

メビウスブレスを具現化させた左腕を前に差し出し、初穂が叫ぶ。

順番に自身の左手を重ねていき、最後に神山の手が乗せられたとき、眩い光がミライの体を形作り、その左手が重ねられた。

 

「……行くのね」

 

いつから見ていたのか、どこか寂しげな表情ですみれが微笑みかける。

 

「みんな……、必ず、必ず生きて戻りなさい! 一人でも欠けたら、承知しません事よ!!」

 

瞬間、重ねられた手から七色の光が虹のように空へと伸びる。

そこから全身に伝わる熱い力の奔流に、神山は叫んだ。

 

「よし……帝国華撃団・花組、出撃!! 目標、帝都近海・大和!! 大魔皇獣マガオロチを撃破し、帝都に、世界に平和を取り戻す!! 全員、必ず帰還せよ!!」

 

「「了解!!」」

 

その言葉と共に、奔流が閃光となって全身を包む。

七つの光は同時に決意の左腕を天に掲げ、叫んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「メビウウウウゥゥゥーーースッ!!」」」」」」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、絶望の暗雲に覆われた曇天を切り裂き現れた。

大和を包む邪念の牢獄を容易く粉砕し、眼前に迫った破滅の閃光にぶつかり、轟音と共に相殺する。

 

「……その光……、まさか……!!」

 

最初に気づいたのは、星の破滅を目論む大魔皇獣だった。

続いて爆炎の中から現れた最後の希望に、大神達も言葉を失う。

 

「君は……、いや君達は……!!」

 

「まさか……、全員と一体化しているのか……!!」

 

その身を包むは、虹を思わせる七つの光。

文字通り身も心も通わせ、オーブの奇跡で一体となった無限の力を秘めし奇跡の巨人。

 

「セアッ!!」

 

ウルトラマンメビウス、インフィニティーブレイブ降誕の瞬間だった。

 

『大神司令! ここから先の戦いは、我々が引き受けます!!』

 

『真宮寺さん、今度は私が、私達が守ります!!』

 

『アタシら新生花組の、最後の祭りだ!!』

 

『守られてるだけというのも性に合わないの』

 

『仔空達にばかり背負わせない……、あざみも戦う!!』

 

『世界も、そして皆さんもバッドエンドにはさせません!!』

 

「神山君、みんな……!!」

 

これが、あの若々しい霊的組織の面々なのだろうか。

そう思わせるほどに、七色の背中はどこまでも頼もしかった。

今こうして戦えない自身を呪ってしまうほどに。

 

「なるほど……、忌々しいオーブの力……お前が受け継いでいたのか……!!」

 

「降魔皇……、いや大魔皇獣マガオロチ!! お前を倒し、世界に平和を取り戻す!!」

 

呪われし大地に差し込んだ最後の希望。

ウルトラマンメビウスと、帝国華撃団最後の戦いが幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『聞こえますか皆さん!! 今、最後の希望が……ウルトラマンメビウスが駆けつけました!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『彼は最後の希望です!! 信じましょう、彼の勝利を!! 信じましょう、人類の未来を!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『私達が奏でます!! 皆さんの勇気と思いを歌に乗せて、歌ってください!! ウルトラマンメビウス!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大魔皇獣マガオロチ。

この世の邪念のすべての源泉たる最強にして最大の敵を前に、虹色の巨人は真っ向から挑みかかった。

意識も感覚も、7人全員が共有している。

各々の長所を最大限に活かしてその都度主導権を入れ替えて戦う手数の多さで、メビウスはかの大魔皇獣相手に互角の勝負を繰り広げていた。

 

「グギイイイィィィッ!!」

 

頭上に無数の閃光弾を召喚し、一斉に発射するマガオロチ。

対するメビウスの意識の中で名乗り出たのは、異能の忍びの末裔だった。

 

『望月流忍法・奥義!! 無双手裏剣・影分身!!』

 

ブレスの宝玉から放たれた光の刃が頭上に放たれ、巨人の十指が瞬時に複雑な印を結ぶ。

刹那、回転する光の刃が無数の分身を生み出し、一斉に閃光弾を直撃し相殺せしめた。

それだけではない。

閃光弾の衝突を免れた幾つもの刃が、マガオロチの鱗の隙間に滑り込むように次々と突き刺さる。

 

『今です!! グラース・ド・ディアブル、アルビトル・ダンフェール!!』

 

すかさず交代した重魔導の少女が、宝玉から念力で制御する巨大な霊力弾を精製し発射する。

それらは突き刺さっていた光の手裏剣に触れた瞬間に誘爆し、大魔皇獣の全身を次々と小規模の爆発が包み込む。

 

「無駄なことを……! この程度の攻撃が何に……!?」

 

立ち上る爆煙に視界が遮られた一瞬の後、身構えていたのは世界を変える氷獄の狙撃主だった。

 

『運命を閉ざす、蒼き流星! アポリト・ミデン!!』

 

敵の身動きが止まっていた一瞬を見逃さず、絶対零度の弾丸が指銃から放たれた。

大魔皇獣の足元を狙い済ました一撃は、たちまちその両足を地面に縫い付ける。

 

『闇を切り裂く、神速の刃……!!』

 

続けて主導権を引き継いだのは、うら若き花々を取りまとめる若き神速の触媒だった。

宝玉に翳した右腕と左腕に、光の剣を纏わせて突進する。

 

「小賢しい真似を……、消えよ!!」

 

『縦横無尽・嵐!!』

 

その荒れ狂う暴風の如き息もつかせぬ怒涛の剣技は、紛れも無く帝国海軍に語り継がれし『神速』の太刀筋。

角から離れた電撃を容易く切り裂き、オーブの力を上乗せした激しい斬撃で攻め立てる。

あざみとクラリスの連撃で損傷した鱗が瞬く間にはぎ落とされ、その全身を幾度と無く切りつけていく様は、見るもの全てを圧倒した。

俄かには信じがたい光景であった。

プラズマ=オーブの力を受けているとはいえ、それまで全員がまったくと言って良いほど手も足も出なかった異次元の怪物が、明らかに劣勢に追い込まれつつある。

原初の戦士に認められた巨人と、心を通わせた若葉たちによって。

 

「グギイイイィィィッ!!」

 

大魔皇獣が憤怒の咆哮を上げた。

万物をなぎ倒す尾撃が至近距離から襲い掛かる。

 

『悪い奴には、神罰覿面!!』

 

だが、主導権を交代した東雲家の巫女は、回避どころか真っ向から待ち構えて音速の尾を掴み返した。

それだけではない。

まるで無限の際に振るっていた大槌の如く、大魔皇獣の巨体を豪快に振り回し始めたではないか。

 

『東雲神社の、御神楽ハンマアアアァァァッ!!』

 

8万トンの巨体が独楽のように回転し、ジャイアントスイングの要領で投げ飛ばされた。

周囲の瓦礫を巻き込み、大魔皇獣は大地に沈む。

信じられない。

先程までの絶体絶命の状況が、一気に逆転していた。

 

「バカな……! この我が……原初の戦士ですら消滅せしめなかったこの我が……、こんなちっぽけな人類如きに……!!」

 

それに一番驚いているのは、他ならぬ星喰いだった。

1万年の長きに渡る雌伏を経て遂に動き出した自身の野望が、まさかその星のか弱き人類と一人の巨人に阻まれるなど、どうして予測できただろうか。

追いつかぬ理解は焦燥を呼び、焦燥は憤怒となって心をかき乱す。

 

「我は大魔皇獣マガオロチ!! 怨念の全てを統べる皇にして、星すらも喰らう宇宙最強の存在!!」

 

その憤怒は、魔皇の象徴たる赤き角に宿った。

先程とは比較にならない規模の電流が迸ったその時、名乗りを上げたのは絶界の力を引き継ぐ女傑であった。

 

『蒼き空を駆ける、千の衝撃!!』

 

「貴様ら如きに……我が敗れるはずが無いのだっ!!」

 

宝玉から精製した光の剣を右手に持ち替え、居合い抜きの形で構える。

天剣最高位、あの史上最強の霊子戦闘機でのみ可能となった究極の煌き。

 

『天剣・千本桜ーーーっ!!』

 

眼前に迫ったマガ迅雷に、絶界のカマイタチが真っ向からぶつかった。

すべての邪を切り裂くその斬撃は魔皇の裁きを易々と押し返し、その顔面を直撃する。

 

「グギイイイィィィッ!?」

 

その衝撃に、再び大魔皇獣の巨体が大地に叩き伏せられた。

瞬間、直撃を受けた魔皇の象徴に亀裂が入り、音を立てて砕け散る。

 

「な……何故だ……!? この力……、あの原初の戦士とも似つかぬ……!!」

 

最早瀕死の状態で、大魔皇獣が狼狽する。

かつて相対した最強の巨人ですら、その無尽蔵な生命力で圧倒し痛み分けにまで持ち込んだ。

それから1万年、相手にした巨人も生命も、相手にするまでも無い小粒に過ぎなかったはず。

なのに何故、目の前の巨人に手も足も出ないのか。

あの魔皇獣1体に苦戦し、連戦では疲弊しきっていたはずの青くすらある巨人如きが何故……。

 

「マガオロチ……、お前の敗因は、見くびっていたことだ。僕達ウルトラマンと、地球人類の固い絆の力を!!」

 

その答えを知っていたのは、他ならぬ若き巨人だった。

 

「例えどんなに僅かな希望でも、勝利を信じて手を取り合う。共に愛し守りあい、可能性を信じて進み続ける。未来に待つ無限の可能性を信じて。それが僕達の力だ!!」

 

瞬間、メビウスは自身の右手を宝珠に翳し、頭上にエネルギーを集約する。

それを合図に、神山たちが動きを合わせて続く。

7人の霊力を結集して放つメビュームシュートの究極形態。

超必殺光線、インフィニティーシュートである。

 

『この命ある限り、未来は、可能性は無限大!! 行くぞみんな!!』

 

「『インフィニティーシュート!!』」

 

「セアアアアアァァァァァッ!!」

 

7人の声が重なり、集約されたエネルギーが∞の文字を形作る。

十字に組まれた腕から眩い光線が発射され、一直線に大魔皇獣を狙い撃った。

 

「グギイイイイィィィィ……!!」

 

邪念の源を破壊され、迎撃も防御も叶わず光線の直撃をまともに受けた大魔皇獣が、断末魔の咆哮を上げた。

その全身に、閃光が亀裂となって走っていく。

 

「グギイイイィィィ……、わ……我は死なぬ……! 例え肉体が滅ぼうと……、必ずや……我が邪念が星を喰らう……!!」

 

一瞬、苦悶に満ちたはずの顔が凄絶に笑った。

 

「いつの日か……、必ず……、忘れるなあああぁぁぁ……!!」

 

天を仰ぎ絶叫したその瞬間、大魔皇獣の全身を閃光が突き抜けた。

黒雲を吹き飛ばす純白。

直後に轟く轟音。

そして……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そこは、全てが神々しい純白に染められた空間だった。

攻撃の余波で生まれたものではない、優しい温もりが包む夢心地のような空間。

 

「貴方は……」

 

その奥に、彼はいた。

宇宙警備隊で相対したことはない。

だが目の前の巨人を、ウルトラマンメビウスは知っていた。

左腕のオーブが告げていた。

目の前に立つ巨人こそ、あの夢に見た原初の戦士であると。

 

「貴方が……オーブ……」

 

黙したまま、巨人が頷いた。

同時に胸のリング状のタイマーが明滅し、それに合わせて宝玉を包むオーブが共鳴を始める。

瞬間、メビウスはオーブの意図を察した。

 

「……分かりました」

 

迷う事無く、左腕のブレスからオーブを分離する。

オーブは淡い光を放ちながら、原初の巨人のタイマーと一体化した。

元あるべき場所に安置されたかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その先に、邪念の源泉はいなかった。

代わりに魔皇がいたその場所には、黒の爆炎がただ立ち上っていた。

 

「……終わったのか」

 

静寂が支配した一帯で、大神が静かに呟いた。

地平線の先には、登り始めた朝陽が夜明けを告げる。

終わったのだ。

この大陸から始まった、長い長い怨念との戦いが。

 

「ありがとう、神山君。……いや、帝国華撃団花組」

 

その言葉に、メビウスはその体を光に包み、7人の若き戦士へその姿を還す。

 

「一之瀬大尉……、降魔皇は、死んだのでしょうか……」

 

「そのはずだが……、あの最後の言葉は妙だ。元より悪知恵の働く相手、何らかの保険が無いとも言い切れん」

 

厳しい表情で告げる豊。

あの一瞬、確かにメビウスと花組の最後の一撃は、かの星喰いの大魔皇獣を完全に消滅せしめた。

ただの負け惜しみなのか。

それとも、何か意味があったのか。

 

「邪念ある限り……、即ち人類が欲と恨みに塗れたとき、それが奴らのような悪を呼び寄せる餌になるということだ」

 

記録において、星すら喰らう脅威の生命体は後にも先にもあのマガオロチただ1匹。

生殖機能すら持たぬ存在が子孫を残すとも思えない。

可能性があるとすれば、あの狂気の科学者のような人間の悪意が星を包んだとき、その星が格好の餌になるということではないか。

それが、宇宙警備隊隊長の辿り着いた答えだった。

 

「何だよ、だったら話は単純じゃねぇか」

 

「そんな事が起きないように、私達が人々の心を癒し続けましょう。今までのように、舞台の上で」

 

だがその見解を前にして、若き花々は一部の心配もしていないようだった。

それもそうだ。

平時に人々の心を舞台の上で癒し邪念を取り除くのは、霊的組織の十八番。

未来永劫、伝え続けるだけのことである。

 

「……大神さん、それじゃあ久しぶりに……」

 

「ああ、神山君たちも一緒にやろう!」

 

安堵の沈黙に、大神達の表情が変わる。

無論神山たちも知っている。

霊的組織の慣わし、仲間達の信頼と感謝、団結を確かめる儀礼の一つ。

そういえば、世界華撃団大戦の混乱からしばらく出来ていなかった。

 

「それでは音頭を取ってもらおう。御剣ミライ君、頼んだよ」

 

「……、はい!!」

 

それまでの勇敢な顔から、屈託の無い無邪気な笑顔に戻り、指名を受けたミライが中心に駆け寄った。

 

「この星に命ある限り、思いは受け継がれ、希望の未来が花開く。まだ見ぬ明日がある限り、可能性は無限大!! 勝利のポーズ!!」

 

「「決めっ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大正30年1月1日。

復活を遂げた降魔皇の暴虐により未曾有の危機に晒された世界は、諦めかけていた未来の到来に歓喜した。

星すら喰らう大魔皇獣の死と共に世界中を跋扈していた降魔は靄のように消えうせ、同様に都市を守護していた亡霊たちも幻のように消えうせた。

夜明けと共に帰還した世界華撃団を、人々は感謝と共に迎え入れた。

賢人機関はこれまで秘匿としていた江戸時代に始まる降魔の真実と、今日に至る霊的組織の全てを開示。

降魔事件と、それに付随するマガオロチの脅威が去ったことで、遂に霊的組織は都市防衛構想から外されることとなった。

しかし一之瀬大尉が危惧したように、格好の餌となる人々の負の感情が蔓延すれば、第2のマガオロチのような存在が現れることは自明である。

そうした事から賢人機関は、各国の民衆の強い要望もあり、平時の歌劇団としての任務続行を決定した。

時を同じくして、10年ぶりに帰還した先代帝国歌劇団、巴里歌劇団、紐育歌劇団はこの元旦に特別公演を実施。

自分達の帰還を信じ待ち続けてくれた人々への感謝と、次代の歌劇団へのバトンタッチを最高の形で行うことになった。

最後の挨拶には彼女達の隊長であり、普段はモギリとして親しまれていた大神一郎、大河新次郎が登壇し、観客達を驚かせたことは言うまでもない。

 

花が儚く枯れ行きながらも凜と咲くのは、次の花に夢を託すから。

 

その言葉と共に舞台を去る彼女達は、最後まで暖かい拍手に包まれていた。

 

「大神司令、お呼びですか?」

 

神山誠十郎が突然の呼び出しを受けたのは、圧巻のグランドフィナーレを終えた夜のことだった。

呼び出されたのは大帝国劇場の屋根裏部屋。

そこから窓の先の屋根の上に、帝国華撃団総司令の姿はあった。

 

「突然すまない。……少しだけ二人で話しておきたいんだ」

 

誘われるままに、隣に腰掛ける。

穏やかに微笑むその姿は、どこか陰りを感じた。

 

「……ありがとう、神山君」

 

視線を街に向けたまま、大神が切り出した。

 

「あの戦い、俺達だけでマガオロチを打倒することはできなかった。君達がいなければ、最悪の結果は避けられなかっただろう」

 

「……司令の責任ではありません」

 

世界の運命を決めたあの戦い。

その一部始終は、いまでも昨日の事の様にはっきりと思い出せる。

 

「俺はこの帝国華撃団……霊的組織の触媒として戦ってきた。だが……、」

 

そこまで口にして、大神は悔しげに自身の手を見やる。

その理由を、神山は知っていた。

大神は、あの戦いを最後に霊力を失っていた。

一時的な減退ではなく、完全な消失。

それは、帝国華撃団司令としての生命線が断ち切られた状態だった。

 

「司令、何も霊力があることが絶対条件ではありません。戦場に出なくとも、司令室で統率を取れば……」

 

大神は言葉を返さない。

力なく首を振った。

 

「司令、何故そこまで……?」

 

それは、神山の純粋な疑問だった。

霊力の喪失は、確かに大きな損失である。

自ら霊子甲冑で打って出る大神にとって、これほど酷なことはないだろう。

しかしだからといって、出来ることが何も無いわけではない。

最前線に立たずとも、作戦司令室で隊員達に的確に指示を飛ばし、生還させる。

それではダメなのだろうか。

 

「すまない、これは俺自身が決めていたことだ。いつか戦場に立てなくなる日が来たその時は、俺は総司令の座を降りる」

 

「まだ、貴方が求められていたとしても……?」

 

「ああ……、俺達の使命は彼女達に命じることだけじゃない。それぞれの心を理解し、互いに心を通わせあう触媒でなければならない。それは、戦場を離れてしまっては決して到達し得ない」

 

それは、長年霊的組織の隊長として、または総司令として戦ってきた大神一郎だからこそ口に出来る経験則だった。

霊的組織は、一介の軍隊ではない。

全員絶対生還を掲げ、触媒である隊長と隊員達が互いに強い絆で結ばれているからこそ、今日に至る強固な組織に結実している。

それを維持するために、互いに戦場に立つという共通意識が揺らぐことが崩壊に繋がることを、大神一郎は知っていた。

 

「俺が戦場に立てなくなったときに真っ先に行うこと……。それはこの先帝都を、世界を見守り続けてくれる若き触媒に次代を託すことだ」

 

その言葉が意味するところを、帝国華撃団花組隊長、神山誠十郎は知っていた。

 

「……自分はまだ未熟すぎます」

 

「謙遜するな。君は若い花組を纏め上げ、俺達では打倒し得なかったマガオロチを倒し、俺達が10年かけて成し得なかった世界の平和を成し遂げたんだ」

 

目の前に差し出されたのは、一振りの年季が入った刀だった。

 

「これは俺がこの場所で、総司令を任命されたときに受け取った神刀『滅却』。……神山誠十郎少尉、君が総司令だ」

 

「……承知しました」

 

受け取った神刀は、軽い作りながらも年代と重みを感じさせた。

この帝都を、世界を守る意志を受け継いできた歴史が伝わってくるかのようだ。

 

「……心残りがないといえばウソになる。俺自身、米田前司令のように、年齢のギリギリまで司令を勤め上げるつもりでいた」

 

再び夜の帝都に視線を移し、大神は呟く。

この場所を引き受けるまでの道は、決して平坦ではなかったはず。

その胸中は、神山でもうかがい知ることは出来ない。

 

「でも、もう今は君達がいる。新次郎、エリスくん、アーサー、シャオロン、そして神山君。君達若い世代が、これからは帝都を、世界を守っていって欲しい」

 

「大神司令、……謹んでお受けいたします」

 

だからこそ、力強い返事を返す。

せめて去り行くその心を、少しでも軽く出来るように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

冬の只中に吹きぬける夜風が、妙に冷たかった。

 

「ミライ……」

 

呼ぶ声に振り返る。

月夜に照らされた可憐な顔は、どこか寂しげに見えた。

無理も無い。

寧ろ、よく取り乱さずにいてくれたものだ。

 

「行くんだな」

 

「はい……」

 

大魔皇獣マガオロチの消滅には成功した。

だが、その代償は決して小さいものではなかった。

自身の除く4人の巨人、ゾフィー、ジャック、ティガ、タロウはいずれも光エネルギーの消耗が激しすぎて体が限界に達してしまっており、エネルギーの貯蓄すら不可能になった。

それは未来永劫変身すら叶わない、ウルトラマンとしての死すら意味していた。

唯一の救いは、これまでの銀河系一帯での怪獣事件の全てがなくなったという報告を受けていること。

かねてよりこの地球に巣食っていたマガオロチの波動の余波が外宇宙からの怪獣を呼び寄せていたとする有力説が、皮肉な形で立証されたという事になる。

これを受け、宇宙警備隊隊長は同組織を解除。

同時に唯一無二のウルトラマンとなったメビウスに、銀河系最後のパトロールを命じたのである。

 

「いつぐらいに帰れるか、分かりそうか?」

 

「早くて5年……、もし道中イレギュラーに遭遇したら、この限りではありません……」

 

断言できないのがもどかしい。

本当なら少しでも安心させたいのに。

 

「初穂さん」

 

だから、せめてこれだけは約束しよう。

信じる限り、未来には無限の可能性があるのだから。

 

「一日でも早く、貴女の元へ帰ってきます。宇宙で一番大切な貴女の側へ、僕は必ず帰ってきます」

 

「ああ……、早く戻って来いよ。美人な初穂ちゃんは男がほっとかないぜ?」

 

気を遣って気丈に振舞うその肩を、優しく抱き寄せる。

胸に埋めたその顔は、震えていた。

 

「好きだ、ミライ……愛してる」

 

「初穂さん……僕も……愛しています」

 

涙で滲みかけた先に見えた顔は、涙で濡れていた。

そのまま目を閉じ口をすぼめる彼女に、自身も目を閉じ応える。

必ず帰ってこられるように。

この唇のぬくもりを目印にして。

 

その夜、一つの星が帝都の夜空を飛び去っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かくして、1万年に及ぶ魔の脅威との戦いは決着に至った。

星をも喰らう未曾有の怪物については今尚多くの謎が残されているが、少なくとも現在まで続く平和がその心配が杞憂であることを裏付けるに至っている。

かの幾つもの知られざる戦いに身命を賭した勇士達が、その平和の中に余生を送ることができた事は何よりも幸いといえよう。

 

後の英雄達の一部の動向について、史書「サクラ大戦」では次のように纏められている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マリア=タチバナ。

帝国華撃団花組創設時より初期隊長を兼任し、長きに渡り帝都防衛に従事してきた。

彼女は引退の後に古巣のロシアに帰国し、水面下で編成が行われていたモスクワにて歌劇団を設立。

各国の知り合いの援助を受けつつ、寒波に厳しい祖国に一筋のぬくもりを齎す。

かつては戦場で厚い信頼を置かれていたペンフィールドの腕前は、後の生涯で披露されることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

桐島カンナ。

マリアと同じく創設期より花組に在籍し、引退後は地元沖縄へ帰郷。

道場を建て、亡き父の念願だった桐島流空手の伝承に心血を注ぐ。

その太陽のような大らかな人柄は人々の心を掴み、道場は空前の発展を遂げることになる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神崎すみれ。

一連の事件において失われた10年を最も耐え忍んでいたのは、彼女であろう。

霊的組織としての任を全て成し遂げた彼女は正式に神埼重工の経営を引き受ける。

華撃団時代の人脈をふんだんに利用した常識破りの経営戦略は前代未聞と話題を掻っ攫い、後年は経営者として波乱に満ちた生涯を送った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イリス=シャドーブリアン

全ての戦いを終えた後、祖国フランスへ戻ったイリスを、両親は涙を流して迎えた。

それまで歳相応の子供だった彼女も精神的に飛躍を遂げ、一人娘でありながら勉学に励み父より商会を引き継ぐようになる。

専らフランスでその手腕を振るっていた彼女であったが、それは一人の親友とのある約束を果たすためであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

李紅蘭

時の帝国華撃団花組隊長と大恋愛の末に家庭を設けた彼女にとって、降魔大戦は青天の霹靂であった。

にも拘らず10年の別離とその間の上海華撃団の創設、数多の苦難を乗り切ったのは、偏に夫を信じる絆に他ならない。

しかしそんな彼女も、引退と共に祖国へ戻ってきた夫を前にしたときは人目も憚らず10年分泣きはらしたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

李仔空

父の揺らぐことなき正義の魂と、母の尽きることなき発明の情熱を受け継いだ若き龍は、その後も上海を拠点に蒸気工学や都市防衛構想に尽力していく。

だがそんな栄光の姿よりも父母が最も感動した瞬間は、再会したときの父への一喝だったという。

「父さん! 母さんにしっかり謝る、下さい!! 母さんは10年間、一度も泣けなかったです!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヤン=シャオロン

五神龍の戦いを得た後の、「神龍軒」の料理長として変わらず手腕を振るい続ける。

その味は中国全土どころか世界を席巻し、幾度も海外の商家や大手企業から勧誘を受けたが、その首が縦に振られることは無かった。

数回、レシピを盗もうとする不届き者が現れたそうだが、いずれも『手厚い歓迎』でもてなしたといわれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ホワン=ユイ

戦場を去った後、「神龍軒」を手伝う傍ら、上海警察に就職。

治安維持の為に、その類稀なる拳法の腕を遺憾なく発揮したといわれている。

難点は容疑者を毎回病院送りにしてしまい取調べが難航したことだとか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ソレッタ=織姫

戦いを終えた後、織姫は父母の待つイタリアへ帰国。

その後も冷めない女優への情熱から、ローマの新興劇団に入り一躍イタリアのスターに上り詰める。

出自や人柄だけで相手を差別しない公平な人当たりは多くの観客に愛され、大女優ソレッタ=織姫の名はたちまち世界に轟いたといわれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

レニ=ミルヒシュトラーセ

ブルーメンブラッド、欧州星組、帝国華撃団花組、名だたる霊的組織を兼任してきた彼女もまた、伯林華撃団の総司令を最後に最前線から退いた。

後年はヴァックストゥーム計画の後遺症に悩まされることも増えたが、それでも平和の為に舞い踊る伯林歌劇団の発展に力を尽くす。

その姿勢が精神的に良い影響を及ぼしたのか、彼女は最終的に医師の診断した余命を10年も超えていたと言われている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

御剣秀介

この戦いを最後に、光の巨人ウルトラマンジャックの余生は完全に閉ざされることとなった。

命を削り戦い続けた代償として著しく失われた寿命にも悲観する事無く、秀介は最後まで後悔を口にしなかった。

その最期は誰より愛する妻に看取られた、安らかなものであったといわれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

真宮寺さくら

多くの人々に惜しまれながら舞台を降りたさくらは、程なく夫と共に地元仙台へ帰郷。

二人の夢であった夫婦としての余生に費やし、旅立つ夫を見送った。

その後は生涯独身を貫き、夫の遺品である腕輪と共に旅立つ。

ただ、破邪の力を求められる未来が来ないことを切に願いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大神一郎

帝国華撃団隊長として、時に司令として、実に5度に渡る都市防衛の多大な功績に世界中がその手腕を求めた。

しかし当人は総司令引退後にいずれも固辞。妻子の待つ上海へ移り住む。

誰にでも分け隔てなく接する心優しき姿は変わらぬまま、家族に一際愛情を欠かさない彼らは多くの夫婦の羨望を受けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グリシーヌ=ブルーメール

誇り高き貴族として、巴里花組の一人として戦場を駆けた蒼き戦乙女は、全てを終えた後に実家のブルーメール家に戻る。

しかしながら蒼き貴族としての未来より巴里に尽くす方針は僅かも揺らぐことが無く、結果として同家は彼女が最後の後継者となった。

様々な仲間と連携して人々に尽くす人生は波乱に満ちたものでありながら、生涯で最も彼女の笑顔が輝いていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

コクリコ

両親との別離、一座の一員としての全国行脚と、孤独と戦いながら半生を歩んできたコクリコは、全てが終わった後に第2の故郷としていたフランスに戻る。

大道芸人として日々を生きる傍らで孤児院を開設し、身寄りの無い子供達に寄り添い続けた。

時に経済面で苦境に立たされた際には、幼少期より親交のあったシャドーブリアン家の援助に助けられたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ロベリア・カルリーニ

巴里華撃団解体後、歌劇団としての任務を継続していたが、晩年はその姿を消す。

再び闇に堕ちたのか、それとも世を去ったのか。

様々な憶測が流れている中で長年その背中を追い続けてきた一人の刑事部長は、含むように笑った。

「老いた猫は他者にその姿を見られたがらない。そういう事さ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

北大路花火

フランスに帰参後、程なく実家の北大路家の元へ戻る。

幼少期より文武両道の際を遺憾なく発揮し、多くの若き撫子へ己の技の全てを伝え続ける人生を歩んだ。

その慎ましくも柔らかな美貌の微笑みへの求婚は耐えなかったが、彼女は生涯独身を貫いたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エリカ=フォンティーヌ=モロボシ

すべての戦いを終えた後、生まれ育った巴里の教会でシスターとして奉仕の日々を送る。

海を隔てた先の娘を心配する姿も頻繁に見かけられたが、他ならぬ娘の手紙を宝物にして見守っていた。

一方で再会を果たした夫には昼夜を問わず人目も憚らず甘えたがるため、周囲は赤面することも多かったといわれる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイゴ=フォンティーヌ=モロボシ

超古代の光を受け継いだ運命の少年は、遂にその運命に終止符を打った。

その後はかつての教会で、伴侶の女性と幸せを存分に謳歌したという。

没後、一族の形見である翼の彫刻は教会に安置され、人々に伝説の歴史を伝え続けている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ツバサ=フォンティーヌ=モロボシ

数奇な運命に巻き込まれながらも、主の教えを守った彼女はそのまま円卓の騎士として英国で奉仕の日々を送る。

全てを包み込み人々の心を癒す姿を、後年の人々は『聖母』とまで呼ぶようになった。

その晩年は両親の生きたフランスのとある教会で、かの翼の紋章に看取られながらであったと言われる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カトリーヌ

かつて黒騎士ランスロットと呼ばれた少女は、ついにその血にまみれた鎧を脱ぐ決断に至った。

その後は倫敦市警の特別捜査員として、英国の治安維持に協力していくことになる。

どんな凶悪犯でも顔を合わせた瞬間自首を決意するほどの彼女の気迫と名声は、英国の平和に長く貢献したとされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アストリア=アシュフォード

かつて英雄王アーサーと呼ばれた青年は、大魔皇獣討伐という大儀を成した事で酌量の余地が与えられる。

しかし本人はこれを拒否。その後も奉仕者としての生涯を送り続ける。

その彼が最後に一つだけ望んだ事。

それはヴァージン島の名もなき墓の一つに、自身の遺骨を埋めて欲しいというものだった。

没後その任を引き受けたのが、英国の聖母であったことは運命の悪戯なのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

サジータ=ワインバーグ

戦場とステージを去った彼女であったが、その後の安らぎは束の間に過ぎなかった。

本来の姿である女性弁護士として、その後も軽犯罪の耐えない紐育の治安維持に貢献し続けていくことになる。

そんな彼女も、時折旧友達とハイウェイを爆走して昔を懐かしんでいたようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

リカリッタ=アリエス

これまでの功績を讃えられた賞金稼ぎの少女は、ベイエリアの一角に正式な住居を与えられた。

それでも生業とする自身の生き方は変わらず、時には紐育を飛び出してアメリカ中を駆け回ることもあったと言われる。

その傍らに付き従う家族のフェレットは、代々彼女がその銃を置く瞬間まで寄り添い続けたといわれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ダイアナ=カプリス

すべての戦いを終えた後、ダイアナは正式にボストン大学病院に就職。

霊力を失っても、その豊富な知識と技術で日夜多くの患者の治療に尽力し続けた。

多忙の中、彼女の一番の心の支えとなったのが、今は亡き小さな友人の姿であったことは彼女しか知らない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

九条昴

気がついたとき、九条昴という人間は紐育から姿を消していた。

結局誰も、この人間の全てを解明することは叶わなかった。

同時期に京都の町に突如美貌の舞姫が現れたと話題になったが、彼女との関連は未だ分かっていない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ラチェット=アンバースン

すべての始まりとなった欧州星組で過ごした幼少期から、彼女の人生に日常というものは存在していなかった。

常に死と隣り合わせの戦場を駆け抜けた日々。そんな彼女にとって、最も身近にいた彼に心惹かれていくのは、ある種当然の帰結だったのかもしれない。

全てを終えてドイツに定住したラチェットは、そこから夫と息子を見送っては迎える母親としての生活を心から謳歌したといわれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハワード=アンバースン

かつて摩天楼を照らす星となった彼は、数奇な運命を経て戻ってきた。

昼は蒸気工学に心血を注ぎ、夜は息子と空の星を眺め、時折妻と束の間の逢瀬にまどろむ。

ようやく掴んだ幸せに、ハワードは亡き父の形見の星を空に掲げて微笑むのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ポール=アンバースン

伯林華撃団の若き星は、かの一戦でその勇名を世界に轟かせた。

成人後も無鉄砲さこそ鳴りを潜めつつも勇猛果敢な姿は僅かも色褪せる事無く。

両親の没後はその腕に、父から託された始まりの星が輝いていたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

マルガレーテ=アンバースン

伯林の宝とも揶揄された若き智将は、その後もドイツの平和と治安維持に明晰な頭脳を遺憾なく発揮する。

寝食以外全てで職務に没頭するその様に同僚は時に将来を不安視したというが、彼女自身はそれに動じることすらなかった。

しかし数年後、幼少期から喧嘩の絶えなかった一つの星と、波乱の末に結ばれたという。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エリス

エリスというコードネーム以外、彼女の情報の手がかりとなるものは残されていない。

一説によれば伯林華撃団総司令が戦地で保護した戦災孤児であったとされているが、それも根拠なき憶測に収まる範囲である。

しかしながら総司令退官後はその任を引き継ぎ、生涯をドイツの平和に捧げたといわれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ジェミニ=サンライズ

ステージを降りた彼女は、その足で故郷のテキサスへと戻った。

姉と師匠への墓前に報告を済ませ、懐かしいぬくもりの大地に生きることを決める。

そんな彼女に、わざわざ帝都から追いかけてきた想い人が一波乱を起こすのは別の話である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大河新次郎

紐育華撃団隊長の任を終えた若き青年将校は、帝都に帰参し軍務に従事するも、3年後に退官を申し出る。

理由は些か理解に苦しむといわれながらも、本人は強い意志で帝都を去った。

その瞳が追い続けていたのは、遥か海の向こうにいるという恋人だったといわれている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

アナスタシア=パルマ

星の導くままに世界各国を渡り歩いてきた彼女は、最後に訪れた帝国華撃団に足をつけることを決める。

稀代のトップスタァの熱演する舞台の数々は人々を魅了し、帝国歌劇団はかつてない盛況を見せることとなった。

同時に次のトップスタァを夢見て彼女の門を叩く女性は後を絶たず、その中の一人が後に総司令の目に留まることとなる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

クラリッサ=スノーフレイク

帝国歌劇団初の舞台脚本を手掛ける美貌の女優は、その後も多くの名作を生み出し帝都を熱狂させた。

没後はその全てが収められた書物が発行され、空前の人気を博することになる。

中でも人々が稀代の名作と口を揃えるのが、最初の脚本「迷宮のリリア」だったとされる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

望月あざみ

帝国歌劇団としての任務を長きに渡り勤め上げた後、望月流の末裔はその後進育成のため、惜しまれながらも引退を決意する。

その後は隠れ里を帝都外に興し、身寄りの無い少年少女を迎えて時代を超えた忍びの粋を教え続けた。

現在花組所属の内、明確に死去が確認できていないのは彼女だけである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

天宮さくら

真宮寺さくら引退後、帝国歌劇団の名女優としてその名を轟かせた彼女は、当時の花組の中で最も長い期間務め続けた。

かつて羨望の眼差しを向けた大女優の背中を追う彼女もまた、いつしか多くの大和撫子の羨望の的となり、真宮寺さくらの再来とまでうたわれるほどになった。

その引退の際に未来を託した女性が、後の帝都を運命を賭けた最後の女傑となることを、彼女は生涯知ることは無い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

神山誠十郎

かつて憧れた霊的組織の隊長として、十二分の戦果を収めた若き青年将校は、その双肩に総司令の任を引き受けることとなった。

それまでとは比較にならない膨大な業務と責任の重さに疲労を見せつつも、仲間達の支えもあり半世紀にわたり世界の安全を守り続けた。

晩年は婚儀を結びながらも中々夫婦の時間を過ごせずにいたさくらと、寺島町で過ごしたとされている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

東雲初穂

絶界の力を持つ天宮家と共同で帝鍵を守り続けた一族は、彼女の代でその伝統を終えることとなった。

魔の脅威が去った今、人命を要する儀が残っていては要らぬ争いや悔恨を生みかねない。

そう告げて穏やかに過ごす彼女の元に長年の想い人が戻ってきたという知らせを下町の人々が知るのは、7年の後のことである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

御剣ミライ

かくして、最後の光の巨人ウルトラマンメビウスは地球を後にした。

それまで数多の怪獣が跳梁跋扈していた広大な宇宙は平定を取り戻し、宇宙警備隊は正式に解散。

ウルトラマンと呼ばれた巨人達も、M78星雲人として日常へと戻っていった。

ゾフィーの後任としてメビウスはその一連の手続きを隊長代行として勤め上げた後、母星を後にする。

向かうのは地球。

 

かつて原初の巨人が身命を賭して守り抜いた星。

 

人間と触れ合い、人間を愛した勇者が人間と共に戦った始まりの星。

 

生涯をかけて守ると誓った、桜舞う星。

 

遥か3000年の伝説が今も生き続ける、超古代の星。

 

星々を指針に宙を目指し輝く、摩天楼の星。

 

そして、この宇宙で最も愛する人が住まう、無限の可能性を秘めた星へ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<無限大の星・完>




<緊急告知>

命短し恋せよ乙女。

美しき花は儚く散り行く。

されどその意志は新たに芽吹き、そして可憐に咲き誇る。

例え時代を隔てても、希望の意志は花開く。

蒼天の空に、今また桜が凜と咲き誇るとき。

世界中が、君を待っていた。

桜舞う星シリーズ、最終章。

<桜武伝の星>

受け継がれし力、お借りします!!
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