無限大の星   作:サマエル

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第2話:迷宮のクラリス

 

 

リリアは、世界が嫌いでした。

 

パパもママも怒ってばかりで、ほめられたことなんて一度もない。

 

守ってくれるのは生まれたときからずっと側にいてくれた人形だけ。

 

「おいで……私達の世界に……決して覚める事のない、永遠の夢の世界へ……」

 

だから私はお願いしたのです。

 

「連れて行って……、あなたの世界に連れて行って。もう……目覚めたくないの……」

 

おめでとうリリア。

 

よかったねリリア。

 

人形達と共にいつまでも幸せに歌い、踊り続ける夢の中。

 

さようならリリア。

 

かわいそうなリリア。

 

誰にも弔われることのない、二度と覚める事のない夢の中。

 

 

 

 

 

 

<第2話:迷宮のクラリス>

 

 

 

 

 

「……また、あの夢か……」

 

窓の外から聞こえる鳥の囀りに、少しだけ痛む頭を抑えて呟く。

忘れもしない、あの日。

海軍将校として、理想の道をひた走っていた矢先の悪夢と、予想だにしていなかった邂逅。

その姿は、今も夢となって彼の記憶から離れない。

 

「……光の……巨人……」

 

陽光を背にこちらを見下ろす、神々しいまでの輝き。

自らが死を覚悟したほどの脅威を、まるで赤子の手をひねるかのように跳ね返して見せた圧倒的なまでの力。

そして、自分に向けられた、厳かで悲しみをたたえた瞳。

あの時、彼は何を語ろうとしたのだろうか。

 

「神山さん、起きてますか?」

 

ふと、部屋の扉をノックされる。

そういえば、昨日こちらを訪ねてくると話に聞いていた。

 

「ああ、今行くよ」

 

気だるさを隠すように返事を返し、体を起こした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中央駅での再会と、それに魔をおかず出現した降魔。そして何の前触れもなく10年ぶりに帝都に現れた光の巨人。

いろんなことが起こりすぎて理解が中々追いつかなかった赴任初日から、1週間。

大帝国劇場での神山誠一郎の朝の始まりは、幼馴染との剣術の朝稽古に落ち着いていた。

幼少期に共にこの帝都の平和を守る霊的組織に入ることを約束しあった同志として、互いに汗を流し切磋琢磨する関係にいたるのは、ある種必然だったのかもしれない。

 

「そこっ!」

 

何度目かの打ち合いで、さくらが勢い良く木刀を突き出す。

受けようとした神山だったが、右手の竹刀が弾かれ、切っ先が鼻先をつついた。

 

「……やられたよ。腕を上げたね、さくら」

 

「誠兄さんこそ。女の子に本気で切りかかって来るんだもん」

 

「おいおい、真剣にやらなきゃ稽古になんないだろ?」

 

互いに心を許しあえる存在だからこそ出来る冗談で笑いあう朝の風景。

そうして日々成長していく妹のような彼女を眺めるのが、神山の密かな楽しみとなっていた。

 

「おうお二人さん。今日も朝から精が出てるじゃねぇか!」

 

「おはようございます、神山隊長。天宮さん」

 

「やあ初穂、ミライも、おはよう」

 

そして朝稽古が終わるくらいのタイミングで、中庭に初穂がやってくるのが朝のルーティーンとなっていた。

と言うのも、中庭の中央には噴水が設けられており、そこには特大サイズの霊子水晶が治められている。

東雲神社で巫女として神事を執り行う初穂は、毎朝この水晶の『穢れ』を払うことを日課にしていた。

曰く、普段からこうした手入れをしていかないと、日々降魔の脅威に晒される帝都の穢れが移ってしまうという。

神事というものにはやや疎い神山にはイマイチ掴みきれない話だったが、彼女がホラを吹く性格でないことはこの一週間でよくわかっている。

こうした普段は豪胆だが几帳面な性格が、周囲への面倒見のよさに繋がっているのだろう。

 

「ミライ君は、今日は中庭の掃除?」

 

「ハイ! カオルさんからもう掃除する余地があるのはここしかないって聞きました!!」

 

「そりゃあ1週間ひたすら掃除だけやってりゃあな」

 

何処か呆れた様子の初穂に気づいているのかいないのか、早速雑草むしりに取り掛かるミライ。

赴任初日の夜に衝撃的な入隊を果たした彼に、他の隊員共々驚きで叫んだのはいい思い出だ。

聞けば帝都中央駅で自分を探していたのは帝国華撃団と知っていたからではなく、駅でたまたま初穂に出会って、成り行きだった言うから驚きである。

そして霊子甲冑がまだ用意できていないと言うことに対しても、一切めげずに『出来ることからさせてくれ』と前向きな姿勢を見せ、こうして帝劇の清掃担当になっている。

1週間の間昼夜を問わず熱心に清掃活動が続けられた今、帝劇は舞台はもちろん普段人が入らない屋根裏部屋や地下格納庫の隅まで掃除が行き届いてしまった。

もう掃除ができる余地が残されているのは、屋外でどうしても雑草や砂埃が入る中庭しかないのである。

指示を出すときのカオルの顔はさぞや疲れていただろうと、神山は心の中で嘆息する。

そんな神山の視線に気づくそぶりもなく、ミライの手は止まることがない。

単純に人が良いのか、そもそも疑うことを知らないのか。どこまでもまっすぐで透明で、無邪気な人物だ。

そして大人びた長身に反してさくらたちより年下だと言うことを聞いて、二度驚いた。

それからというもの、さくらも初穂もミライに対しては砕けた喋り方で気兼ねなく接するようになり、純粋だが気が置けない弟ポジションに収まった。

 

「あっ、初穂さん! クローバーですよクローバー! 4つ葉の!!」

 

「へーへー」

 

子供のように無邪気なミライと、それをあしらいながらも気にかけてあげる初穂。

何やら仲のよい姉弟のようで、ついこちらまで笑みがこぼれる。

 

「……クラリスは、今日も資料室かな?」

 

ふと、この場にいない人物の名を呟き、2階の一室を見上げる。

クラリス……クラリッサ=スノーフレイクは、現在の花組の中で唯一の外国出身の少女である。

舞台稽古や基礎訓練以外ではまず出歩いている姿を見ることがなく、大抵は資料室かサロンで何らかの書籍を嗜んでいるイメージしかない。

 

「ああ……クラリスはいつもあんなんさ。急にいなくなったと思ったら大抵本読んでて、呼んでも気づきゃしねぇんだ」

 

どこか諦めた様子で初穂がぼやく。

決して部隊として支障があるとか、和を乱しているとまで言うつもりはないが、どこか協調性を感じない。

もちろん先週の初陣でも彼女の功績は十分賞賛に値するものであったため、現状は帝国華撃団隊員として問題は生じていない。

ただ、隊長として他者と壁を作って距離を取る人間がいることは、できる限り避けておきたいと言う思いがあった。

所謂コミュニケーションが不足していたためにその隊員のポテンシャルを発揮できなければ、その人物のみならず部隊そのものを危険に晒してしまうからである。

 

「(クラリスか……。隊長として、このまま何も無しって訳には行かないな)」

 

流石にプライベートな時間を詮索したり、個人的な価値観で彼女を束縛するわけには行かないが、自分達はチームである。

良好なチームワークを形成するために、少しでも彼女のことを知る必要があると、神山は思うのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

予想に反し、幸か不幸か彼女に声をかける機会は割とすぐに訪れた。

というのも、朝礼前に支配人から、新しく会わせたい人がいると連絡を受けたのだ。

朝は皆より一足遅いクラリスには時間を合わせてもらう必要があることから、神山はこれを一つのきっかけにしてクラリスとコミュニケーションを図ろうと考えたのだ。

 

「クラリス、いるかい? 神山だけど……」

 

努めて優しげな声を意識して、扉をノックする。

が、返事はない。

また集中して本を読んでいるのだろうか。

 

「……クラリス?」

 

もう一度呼んでみるが、やはり返事はない。

だがわざわざ呼びに行って起きていませんでしたは理由にならない。

試しにドアノブに手をかけると、意外なことに鍵は開いていた。

 

「い、いいのかな……? クラリス……?」

 

無断で他人の私室に入ることに戸惑いつつも、僅かにあけた扉の隙間から顔をのぞかせる。

目的の人物は、すぐに見つかった。

普段着のままでこちらに背を向けて、何かを必死に眺めている。

やはり何かの本を夢中で読んでいるようだ。

いや、近づいてみると、それは本ではなく古びた原稿用紙であった。

 

「……『迷宮のリリア』……?」

 

右端の表題を読んでみる。

と、それまで人形のように無反応だった部屋の主が弾かれたように飛び上がった。

 

「たっ!? たたた隊長!? い、い、一体いつから……!?」

 

「あ、ああゴメン。何回か呼んだんだけど気づかなかったみたいで……」

 

「わわわ忘れてください! 見なかったことにして下さい!! いっそ地獄に落ちてください~~~!!」

 

「お、落ち着いてクラリス。タイトルしか読んでないから……」

 

顔を真っ赤にして地団太を踏むように慌てだすクラリスに、気圧されつつも落ち着かせようと努めて言葉を選んで宥める神山。

余程他人には見られたくなかったのだろうか。

クラリスは原稿用紙を抱え込むとそのまま蹲ってしまった。

 

「原稿用紙って事は、自分でも物語を書いてるの?」

 

「これ……子供のときに思いついた物語なんです……。まだ、人に見せるつもりは、ないんですけど……」

 

なるほど、確かに普段から本に接する機会があれば、自分でも物語を書いてみると言うのは当然の帰結だ。

それに空想とはいえ一つの物語を生み出せると言うのは、ある意味で才能である。

正直その物語に少しばかり興味がわいた神山であったが、肝心の作者がこの様子では、見せてもらえそうにない。

神山は話題を切り上げ、本題に入った。

 

「実は、支配人から朝礼前に俺達に紹介したい人がいるらしいんだ。すまないんだけど、今日だけ早めに食堂に来てもらえるかな?」

 

「支配人から、ですか? ……分かりました。着替えがあるので、先に向かっておいてもらえますか?」

 

「ああ、それじゃあ」

 

本来なら用件だけ話してしまえば済むところ、少しだけクラリスという人物について知ることが出来た。

初穂の言うとおり本を読むことが趣味、というより習慣の一つとなっていて、その集中力は一度文章を見始めると周囲の声もほぼ聞こえないほど。

そして物語を読んで楽しむ一方で、自身で物語を創作することも行っていた。

つまり彼女は時間を潰す惰性の目的で本を読んでいたのではなく、自分なりの物語を作り上げたいと想い、その創造性に刺激を与えるために他の文学を欲しているのだ。

幼少期にさわりを思いついた物語の原稿を今も大切に保管していることが、何よりの証拠である。

 

「彼女の創作の才能……、花組の任務に活かせないか……」

 

神山は掴みかけた糸口に目を閉じて考えをめぐらせ、

 

 

 

階段から落ちた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「皆さん、集まりましたわね」

 

朝礼の時間、食堂に集まった一堂の前に、一足遅れてすみれが顔を出した。

艶やかな菫色の着物を着こなすその佇まいは、上流階級の女性特有の気品の高さを感じさせる。

 

「先日の銀座郊外での戦闘は見事でした。帝国華撃団花組の完全復活に向けて、大きな足がかりになりますわ」

 

「世界有数の上海華撃団と共闘し、支援に成功した。初陣においてこれ以上の成果はないと、陸軍・海軍双方から賛辞を頂いております」

 

「すぐにとは行かへんけど、みんなの霊子甲冑も順次新型の技術にチューンアップしていく予定や」

 

神山の赴任初日に発生した降魔との戦闘。

それまで帝都防衛を半ば一任していた上海華撃団と共闘し、大きな被害を出さずに勝利した帝国華撃団に、国内の軍部上層からは一様に賞賛の声が上がっていた。

何せ通常の兵器の一切が通用しない降魔である。これを効果的に打倒し、国内の平和を守る霊的組織が存在することは、国内の様々な面で日本にメリットを齎す結果となった。

ある者は他国に国の守りを頼る必要性が減ることを喜び、またある者は国際政治の世界で有利な立場を築けると目論み。

そしてまたある者はかつて帝都の希望であった帝国華撃団の復活の狼煙を諸手を上げて喜んでいた。

この際、打算的な考えには目を瞑ろう。こちらとてその軍部や経済界には霊子甲冑の整備など資金面で依存している面がある以上、持ちつ持たれつの関係は維持されなければならない。

特にこまちの言う霊子甲冑の技術革新は、少数精鋭の帝国華撃団にとって死活問題の一つである。

何せ世界では上海のように末端器官への霊力伝達の効率化や装甲間の衝撃緩和などの調整が施された『霊子戦闘機』が主流となっているのに対し、こちらは未だ旧式の霊子甲冑を各隊員の技術でカバーしている状態である。

霊子甲冑の整備と調整は、急務事項の一つであった。

 

「そこで帝国海軍から、新たに専門技師が一名派遣されることになりました。紹介しますわ」

 

「初めまして、帝国華撃団技師長を勤める『司馬令士』と申します」

 

「れ、令士!? 令士なのか!?」

 

すみれの紹介を受けて食堂に現れた人物に、神山は驚きの声を上げた。

それもそのはず。

彼は士官学校時代の神山の同級生であり、共に霊的組織で平和を守ると約束しあった人物だったからだ。

入学後ほどなく機工整備科に進学したために一時期疎遠となってしまっていたが、こんな所で再会できるとはどんな運命の巡り会わせだろうか。

 

「神山さん、お知り合いですか?」

 

「知り合いと言うか腐れ縁というか、な。互いに切磋琢磨し合った、ライバルみたいなもんさ」

 

二人の関係を知らないさくらが尋ねると、神山より先に司馬が含み笑いを交えつつ応える。

人付き合いがあまり得意ではない自分と対照的に、冗談が上手く誰とでもすぐ友達になれる司馬。

当初は鬱陶しい同期に絡まれたと辟易していたが、程なくして意気投合した彼は、神山にとって一番の親友である。

 

「司馬さんは士官学校の機工整備科を主席卒業。その後上海華撃団司令の下で霊子戦闘機のイロハを学んでこられたとのことです」

 

「当初はそのまま上海華撃団の整備を受け持つ予定だったのだけれど、帝国華撃団の復活と他ならぬ神山君が隊長に任命されたと聞いて、自ら志願してくれたの」

 

「そうだったのか……。ありがとう令士。お前がいてくれたら百人力だ」

 

「約束を果たしに来たのさ。言ったろ? 『世界最強の霊子戦闘機』にお前を乗せてやるってな」

 

それは士官学校に入学して1年後のことだった。

いつか霊的組織にスカウトされる可能性がある候補生が受ける霊力試験。

これに神山は合格したが、司馬は不合格であった。

神山と共に霊的組織に所属して平和を守ることを夢見ていた司馬は一度は落ち込むも、神山と新たな約束を交わして立ち直った。

その約束こそ、『神山が霊的組織に加わったとき、自分がその部隊の霊子甲冑を最強のものにしてみせる』というものだった。

 

「上海華撃団総司令から、既に三式光武の改造草案は受け取っている。個別調整があるから流石にいきなり全機とは行かないが、まずは神山と、ミライ君の試作機を製作中だ」

 

「うっし! これで次の出撃からは5人で戦えるな!」

 

「そのことなんだけど……、実はもう一人紹介したい人がいるのよ」

 

戦力の大幅増強に拳を打ち喜ぶ初穂に、すみれが意外な言葉を漏らす。

と、神山たちの後ろから声が飛んできた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……ここに来れば退屈しないと星たちが言っていたけれど……、コマンダントの言うとおり、中々賑やかなのね。帝国華撃団は」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、『アナスタシア・パルマ』さん!?」

 

最初に驚きの声を上げたのは、さくらだった。

その名前に神山も、いつだったか風の噂で聞いたことがある。

いくつもの華撃団を巡り、舞台でも大活躍する稀代のトップスタァがいると。

特徴的な銀髪と褐色肌、噂の特徴と一致する。

 

「嘘だろ!? 世界をまたにかける大女優じゃねぇか!」

 

「え? 有名な方なんですか?」

 

「バッカ、有名なんてもんじゃねぇよ! 世界中の華撃団を渡り歩く流れ星って有名な大女優だぜ!?」

 

「買い被り過ぎよ。私は所詮夜空を照らす星の一つに過ぎないわ。唯一つの場所に留まらなかった、それだけのことよ」

 

興奮の収まらない初穂をそうフォローすると、アナスタシアは神山の方を振り返る。

心なしか緊張していた神山は、反射的に背筋を正した。

 

「貴方がキャプテン・カミヤマね。改めてアナスタシア・パルマよ。どうかよろしくね」

 

「帝国華撃団隊長、神山誠十郎です。アナスタシアさん、帝国華撃団に来ていただけて、心強く思います」

 

「アナスタシアさんは直前までドイツの伯林華撃団に所属していたんだけど、先方の総司令から即戦力として異動させていただいたの」

 

「即戦力と言うことは、彼女も霊子甲冑が?」

 

「もちろんよ。伯林側の好意で霊子戦闘機も輸送してもらっているわ。舞台の上でも戦闘でも、頼もしい助っ人になってくれるはずですわ」

 

様々な霊的組織を渡り歩き、知識も経験も豊富な引く手あまたのトップスタァ。

確かにこれほどの逸材が復活宣言間もない花組に加入してくれるのは願ってもない幸運である。

実際のところ、この不自然なまでの厚遇には他ならぬすみれ自身のある人脈が理由であるのだが、それを知らない神山は素直に伯林華撃団に感謝した。

 

「そこで皆さんに最後のサプライズよ。帝国華撃団復活宣言として、1ヵ月後にこの大帝国劇場で初の舞台公演を行いますわ」

 

「「え、えええぇぇぇ~~~!?」」

 

その言葉に、隊員たちが異口同音の驚愕を叫んだ。

嬉しいと言うより、信じられないといったニュアンスだ。

 

「舞台公演って、僕たちがお芝居をやるんですよね!?」

 

「ええ、もちろん。帝国華撃団のもうひとつの任務。平時において舞台で歌い踊り、人々に夢と希望を与えること。帝国歌劇団としての重大な任務ですわ」

 

「マジかよ……。今まで一度も許可してくれなかった支配人が……!」

 

「わたしたちも、舞台に立たせてくれるなんて……!」

 

口にこそ出さなかったが、ようやく神山は二人が驚く理由を察した。

恐らく自分が着任する前に舞台公演をやりたいと申し出て断られてきたのだろう。

確かに舞台演劇は役者だけでなく演出や裏方のすべてが揃って初めて大衆の心を掴むことのできる高度なエンターテイメントだ。

ただでさえ対価を貰って見せる以上、生半可な出来は許されない。

彼女達がどれだけ独学で学んできたのかはわからないが、元隊員でもある支配人の納得するレベルに到達していないであろう事は確かだ。

 

「あなたたちの演技指導も、コマンダントから依頼されているわ。初心者とはいえ甘えは許されないけど、ついてこれるわね?」

 

「もちろんです! 舞台も花組の大切な仕事です! やりきってみせます!」

 

「自分らがド素人ってことも自覚してる! ビシバシやらねぇと間に合わねぇ! ドンと来い!!」

 

「僕もお芝居って良くわかんないですけど、頑張ります! ね、クラリスさん!!」

 

「え!? は、はい……」

 

一人ちゃんとわかっているのか不安な人物はいるが、初の舞台公演決定に歓喜の声を上げる隊員達。

ここで神山の脳裏に、あるアイデアが閃いた。

 

「支配人。舞台公演ということですが、『脚本』のほうは決まっているんですか?」

 

「脚本はまだですわ。アナスタシアさんの主演は決まってますが……、何か?」

 

「個人的な提案なのですが……、クラリスに脚本を任せてみてはどうかと思います」

 

これはある意味、神山の大きな賭けであった。

今のアナスタシアとのやりとりを見るに、クラリスはさくら達ほど舞台公演に前向きな様子が伺えない。

嫌と言うわけではなさそうだが、ミライに声をかけられるまで反応しなかったところを見ると、どこか消極的な様子を感じさせる。

そこで思いついたのが、彼女を「脚本」という立ち位置で参加させようと言うものであった。

所謂文章で描かれた物語を舞台の上で偶像として視覚的に見せるのが演劇である。

だとすれば幼い頃から文章としての物語に広く深く精通してきた彼女なら、舞台演劇においてその才能を発揮させられるのではないかと思ったのだ。

 

「わ、わわ、私ですか!? で、でも私、脚本なんて一度も……!!」

 

これに一番驚き慌てたのが、他ならぬクラリス本人だった。

まあ無理もない。

これまで有事以外は一人でひたすら文学と触れ合うばかりの彼女にとっても、舞台演劇のシナリオを作るというのは寝耳に水であろう。

そもそも通常の芝居も過去に披露された演目や、それこそ著名な劇作家に依頼することの方が一般的だ。

が、意外にもこの提案を本人はともかく周囲は好意的にすんなり受け入れた。

 

「いいんじゃないですか? クラリスなら色んな物語を知ってそうだし……」

 

「そうなの? それは興味深いわね」

 

「暇さえあれば本読んでるくらいだからな。期待できるんじゃないのか?」

 

「僕もクラリスさんの作った物語、演じてみたいです!!」

 

「舞台装置に関しては、俺が何とかしよう。宇宙から海底まで何でも演出してやるぜ」

 

「予算にも限度がありますから、あまり大掛かりな事は避けてくださいね」

 

「ちょ、ちょっと皆さん……!!」

 

あれよあれよと言う間に話が進んでいく一同にオロオロし始めるクラリス。

その様子に、すみれは何処か懐かしそうに笑う。

 

「ホホホ……、賑やかになってきましたわね。ひとつの舞台を完成させるために、互いに長所を活かして貢献しあう。やはり花組はこうでなくてはなりませんわ」

 

「うう……、そんな事言われたら断れなくなってしまいます……」

 

「クラリス……、確かにちょっと強引だったかもしれないけど、君の創作した作品には本当に興味があるんだ。君が作り出した世界を沢山の人に見てもらえるって、素敵なことだと思わないかい?」

 

「それは……、そうですけど……」

 

何処か煮え切らない様子のクラリス。やはり彼女も本心では自身の物語を周囲に見て欲しい気持ちがあるのだろう。

だがそれを積極的に言い出すことが出来ない。

つまり「恥ずかしいから他人に見られたくない」というより、「自信がないから見られたくない」という気持ちなのだろう。

だとすれば効果的な方法は一つ。「きっかけを与えて一歩を踏み出させること」である。

誰だって初めての経験に不安はあって当たり前だ。その不安を解消できるのは、偏に知識と経験、そして過去に成功した結果だけである。

ならば最初の一歩に必要なのは、不安を臆せず前進する勇気である。

クラリスにはその勇気が十分に備わっていない。自分の作品を見て欲しい気持ちこそあるが、それを実際に見せて評価を受けることを恐れているのだろう。

ならば多少強引とはいえ、彼女が文学を読むだけでなく創作もしているという事実を周囲に認知させ、彼女の物語に興味を持ってもらうことにした。

少なくともクラリスは積極的でないにしろ、指示を受ければそれを無視することはないし、彼女なりに結果を出そうと努力をする。

脚本を担当すると言う流れが彼女の自己決定ではない以上、プレッシャーは大きなものとなるが、もし成功すればその結果は彼女にとって唯一無二の財産となるはずだ。

あとはきっかけを作ったこちらが十分に成功できるよう彼女をサポートすればよい話である。

 

「クラリス。帝国歌劇団復活公演として、一員である君の物語以上にふさわしいものはないと思う。俺達も全力でサポートする。不安もあるかもしれないが、一緒に花組の物語を作り上げてくれないか?」

 

「……ずるいですよ、隊長……」

 

困ったように首を振るクラリス。

しかしその表情が何処か嬉しそうに見えたことに、神山は確かな手ごたえを感じていた。

こうして帝国歌劇団復活公演の壮大なプロジェクトが始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝国歌劇団復活公演プロジェクトが始動してから1週間が経った。

清掃程度しか行き届かなかった舞台は令士の技術で新品のような輝きを取り戻し、学芸会の域を出なかったさくらたちの演技も、アナスタシアの指導もあり目覚しく上達。

特に脚本担当に任命されたクラリスが次の日には前半部分の完成した台本を持ってきて驚かされたのはいい思い出だ。

そして我らが帝国華撃団隊長神山誠十郎はと言うと……、

 

「パオオオォォォ~~ン!! ボクはゲキゾウくん!! 大帝国劇場の宣伝大使だゾォ~~!!」

 

1週間前から、閉鎖されて久しい大帝国劇場の入り口に真新しい像の置物が現れた。

手に持ったプラカードには、

 

『祝! 帝国歌劇団復活決定! 新生花組の旗揚げ公演を見逃すな!!』

 

と大々的に紹介されている。

当然銀座のど真ん中に現れた謎の置物に道行く人は興味を引かれるのも道理であり……、

 

「おい、帝国歌劇団って……」

 

「ああ、10年前に閉鎖になっちまったアレだろ?」

 

「復活……新生って事は、新しく人を入れたって事?」

 

「まあ、10年経ったら元メンバーじゃ色々やりづらいだろうし、世代交代ってことかな」

 

「ママ~、ママのいってたて~こくかげきだんってあれのこと~?」

 

やはり10年と言う歳月を経ても、その偉大な功績は忘れられてはいなかった。

ある者はかつての美女達の輝く舞台を懐かしみ、ある者は話にしか聞いたことのない大衆演劇の金字塔の復活に胸躍らせる。

誰もが喜ぶ帝国歌劇団の新生復活公演。

そしてそれを、誰よりも喜ぶものがいた。誰あろう、ゲキゾウくんの『中の人』である。

 

「お疲れやな、ゲキゾウくん」

 

「その名前はやめてくださいよこまちさん、一応非公認なんですから……」

 

およそ4時間の宣伝活動を終えて戻ってきた神山が、苦笑いを返す。

普段は売店業務を担当し、有事の際に花組輸送の任を請け負う風組の一人「大葉こまち」。

生粋の関西育ちで値段交渉においては右に出るものはないとカオルも太鼓判を押す、帝劇財務の裏の番人である。

 

「しかしカオルと司馬はんもよう考えたな、マスコットキャラクターとか」

 

「第一印象に残りやすく親しみやすい……、突然言われたときは、驚きましたけどね」

 

そう軽く毒づきながらも、神山はこの宣伝を気に入っていた。

というのも、隊長職の人間は有事の際以外は鍛錬を除くと意外に暇である。

初代帝国華撃団隊長を勤めた大神一郎氏も、当初は平時の任務がチケットのモギリくらいしか言い渡されず、公演が始まると手持ち無沙汰にしていたという。

仮にも隊長として、隊員のみんなが舞台のために頑張っている間自分だけ暇をもてあますと言うのは気が引けると思っていた神山にとってゲキゾウくんの仕事は渡りに船であった。

 

「ゲキゾウくんのおかげで事前チケットの予約も順調やし、あても気合入れんとな!」

 

「頼みますよ、こまちさん。帝劇の財政はこの復活公演にかかっているんですから」

 

いずれの歴史においても、霊的組織というのは経済的に歓迎される存在ではなかった。

何せ人知を超えた敵に対抗するために希少な金属資源を利益度外視で調達し、整備改良を進めていかなければならない。

当然そういった秘密部隊の財源に税金を投入するわけにも行かず、多くの霊的組織は平時の際に様々な経済活動を行ってその財政負担を賄って来た。

この帝国華撃団の場合も、平時の舞台公演の利益がそのまま活動資金となるわけだが、これまでその収入が絶たれていた分、余裕があるわけではない。

前回の初出撃の結果で多少立ち居地はよくなったが、それでもこれまで最低限の霊子甲冑を最低限の整備でまわさざるを得なかった観点からも、今回の公演で失敗は出来ないのだ。

 

「しかし神山はんも思い切ったことするな~。クラリスも脚本初めてやったんやろ?」

 

言いつつこまちはすでに配布を開始しているビラの1枚を手に取った。

タイトルは『迷宮のリリア』。先週クラリスの部屋でたまたま神山が見た、あの物語である。

 

主人公の少女リリアは魔法使いの一族に生まれた少女で、自身にも魔法の素質があった。

しかし両親を初め一族は戦争でその魔法を使い、多くの命を奪ってきたため恐れられており、リリアも同様に友達も出来ず、孤独な日々を送っていた。

そんな少女の唯一無二の友達が、人形のクリス。リリアは一人でいるときはクリスとずっと話し続けていた。クリスといるときだけが、リリアの幸せだった。

やがて戦争が激化し、一族は次々と殺されていく中、リリアはクリスに願う。

 

『連れて行って……、あなたの世界に連れて行って。もう……目覚めたくないの……』

 

すると人形だったはずのクリスがひとりでに動き出し、リリアを人形達の幻想の国へと連れて行くのだった。

そこはクリスの友達の人形が楽しく暮らす平和な楽園。

戦争も孤独も忘れ、リリアはクリスに導かれるまま……

 

「よう考え付くな~。これ昔に童話である言われても信じてまうで」

 

確かに、と神山もビラを1枚手に取り頷く。

戦争によって迫害され死んでいく現実から逃れるために、人形達の幻想の世界へ溺れていくリリアの様子は、ファンタジーのヒロインのようでありながら、何処か破滅性を孕む終わり方をしている。

それにこの迫害されるリリアの境遇も、妙に現実味を帯びているような……。

 

「警報!?」

 

だがその思考は、突然のアラームによって中断された。

帝劇全体には、降魔出現時に非常招集をかける警報設備が存在する。

これはこの瞬間、帝国華撃団のもう一つの任務が始まったことを示していた。

 

「こまちさん!」

 

「了解や!!」

 

隊長と隊員の顔になった二人が、一目散に地下へと駆け出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「降魔及び傀儡騎兵は、魔幻空間が展開された歌舞伎座周辺に出現。周囲の建造物を無差別に攻撃しています」

 

「現在警官隊が協力して民間人の避難を進めとるけど、まだ完了はしてへん。特に歌舞伎座のお客さんが閉じ込められたままや」

 

「そう……。司馬君、霊子甲冑の整備状況は?」

 

状況報告を聞いたすみれは、務めて冷静に技師長に確認を取る。

返ってきた返事は、芳しくはなかった。

 

「三式光武3機及び、霊子戦闘機3機は万全です。……本当は6機共霊子戦闘機を配備したかったんですが」

 

「上出来よ。さて神山君、今回は6名全員で出撃してもらいます。貴方達の霊子戦闘機が主力となるはずですわ」

 

この1週間で司馬が中心となって開発された霊子戦闘機「無限」。

上海華撃団の機体「王龍」をベースに、アナスタシアが伯林から持参した「アイゼンイェーガー」の蒸気排出効率化を加えた、文字通り無限の可能性を秘めた、最新鋭の機体である。

本来ならここからさくら、初穂、クラリスの機体を順次改装していく予定であったが、敵はそこまで待ってくれなかったようだ。

 

「よし、帝国華撃団花組、出撃する! 魔幻空間内の降魔を殲滅し、民間人を救助せよ!!」

 

「「了解!!」」

 

この時、神山をはじめ、誰もが気づかなかった。

一人の隊員の表情が、明らかに不安に雲っていた事に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、明らかに人間というカテゴリーから逸脱した存在だった。

その顔には目や鼻が存在せず、口元についた呼吸器のような器官から管が全身に伸び、その下には明らかに肥大化した手足が不気味に伸びる。

まるで夢の中にしか現れ得ないような、物の怪とさえ呼べる魔の存在。

その名、『獏』という。

 

「……陰火の言うとおりでしたね」

 

その無骨な外見からは想像のつかない柔らかな男の声。

直後、マーブル色の空間を切り裂き、6つの影が降り立つ。

悪を蹴散らし正義を示すその名、

 

「「帝国華撃団、参上!!」」

 

僅か1週間前に復活の狼煙を上げたばかりの、帝都を守る可憐にして勇壮なる華、帝国華撃団。

その先頭に立つ気体が、右手に握った太刀を突きつける。

 

「貴様が魔幻空間を作り出した黒幕だな!? 歌舞伎座の人たちを解放しろ!!」

 

「笑止。貴方達如きが私の相手など役不足。精々こいつらと遊んでなさい」

 

言うや、獏は巨大な右手を頭上に振り上げる。

すると周囲に無数の陣が描かれ、中から多種多様の傀儡騎兵が続々と沸き始めた。

 

「数は多いが、迅速に突破する! 行くぞっ!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

司馬令士によって新たに生み出された霊子戦闘機『無限』。

戦闘開始から数分もないうちに、神山はその秘められた数々の性能に驚愕させられた。

さくらたちの三式光武と比較して、明らかに動きが滑らか且つ鋭い。

元々先陣を切って打って出ることを好む神山にとって、前線を担える機体は鬼に金棒である。

それは、最前線を担うもう一人の無限にも言えることだった。

 

「ミライ、初めての実戦だが大丈夫か?」

 

「はい! 霊力同調問題ありません! このまま一気に攻めます!!」

 

二刀を扱う神山機に対し、ミライ機は左腕の伸縮可能な仕込み短剣が武器であった。

だがこの短剣自体に刃は存在しない。

この短剣に霊力を送り込み、5倍近い長さの霊力剣を精製するのがミライ機の戦い方であった。

更に霊力の刃はカマイタチの様に射出することも出来、巻き添えを気にしなければ単機で大多数の敵を一網打尽に出来る可能性を秘める。

 

「キャプテン、後方に4体確認よ」

 

「俺が間に立つ。射程範囲に入ったら順次狙撃してくれ」

 

「了解」

 

対してアナスタシアの持参したアイゼンイェーガーは、純粋に左右の腕に併設された砲塔で敵を狙撃する遠距離タイプの機体だった。

クラリスのように一度に複数の敵を攻撃することは出来ないが、搭乗者の正確無比な腕のおかげで確実に敵の数が減少している。

故に神山は、ミライ機を最前線に配置し、霊力剣の範囲に入らない距離で横に初穂を配置。

その後ろを後方支援のクラリスとアナスタシアが担当し、自分とさくらがそれぞれを護衛しつつ進軍するという陣形を採用した。

何せ何処から陣が現れて敵が飛び出してくるか分からない魔幻空間である。

全方位に常に注意を払わなければ、6人の部隊など戦場ではひとたまりもない。

 

「これで全部か……」

 

戦闘開始からおよそ10分。

帝国華撃団は神山の作戦が功を奏したこともあり、ほぼ無傷に近い状態で傀儡騎兵の殲滅に成功した。

霊力形を確認しても、周囲に討ち漏らした反応は見られない。

 

「ほう……、曲がりなりにも霊的組織というわけですか」

 

その一部始終を上空から見物していた獏が、余裕を崩さぬまま呟く。

霊子甲冑たちは各々の獲物を手に上空の降魔を睨んだ。

 

「降魔! 貴様らがいくら攻めてこようと、帝都には俺達がいる! 貴様らの好きにはさせないぞ!!」

 

「いいでしょう。先ほどの発言は撤回します。あなた方は『遊び甲斐』があるようだ……」

 

言うや獏は懐から青白く光る球のようなものを取り出した。

瞬間、さくらが叫ぶ。

 

「あれ……、怪獣を呼び寄せたときの!!」

 

「クラリスッ!!」

 

咄嗟に神山が叫ぶ。

が、意識が途切れていたのか攻撃が一瞬遅れてしまった。

フォローするかのようにアナスタシアが球体を狙撃するが、まとめて見えない壁のような何かに阻まれてしまった。

 

「未完成ですが、あなた方の相手をするには十分でしょう。来なさい、グロッシーナ」

 

球体が獏の手を離れたかと思うと、見えない壁の中に入り込む。

瞬間、壁に色が生まれた。

岩のような黒いゴツゴツとした体皮と主と同じ筋骨隆々の手足。

そして醜悪な双眸と鋭利に並んだ無数の牙。

獏の操る怪獣、グロッシーナである。

 

「怯むな! 全機、怪獣を撃破せよ!!」

 

眼前の圧倒的威圧感を押さえ込むように叫び、神山は二刀を構えて飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

獏の繰り出した怪獣グロッシーナの前に、一転して帝国華撃団は悪戦苦闘を強いられることとなった。

まず体格差がありすぎる。

こちらは4mもない霊子戦闘機であるのに対し、グロッシーナは明らかにその10倍以上の巨躯を持つ。

一度地面を踏み鳴らせば重量のある無限はひっくり返り、回転して尾撃を繰り出してこようものならたちまち散開して回避しなければならない。

そして何より恐ろしいのは、底なしとも言うべき不死身の再生能力にあった。

 

「行きます!!」

 

「そこっ!」

 

霊力を纏った攻撃を加えても、加えた側から元通りに再生してしまう。

このままではジリ貧だ。

 

『こちら翔鯨丸! 神山隊長、応答願います!』

 

風組からの通信が入ったのは、そのときだった。

 

『あのデカブツの体内を解析した結果、胸部に妖力の核があることが分かったで!!』

 

「胸部の核……、あそこか!!」

 

だが敵の体格からして、跳躍しても届かない。

攻撃するとしたら狙撃しか方法はないだろう。

 

「一か八か、コレに賭けるしかない! ミライ、いけるか!?」

 

「はい!!」

 

「やつの足を突き刺して動きを止める! 行くぞ!!」

 

二つの無限が同時に動いた。

神山が二刀を左足に、ミライが霊力剣を右足にそれぞれ突き刺す。

再生能力があるとはいえやはり痛覚は存在するようで、グロッシーナは雄叫びを上げながら足を引き抜こうともがき始める。

 

「今だクラリス! ヤツの胸部を攻撃しろ!!」

 

「え……」

 

「クラリスッ!!」

 

「は、はい……!!」

 

慌てて照準を合わせようとするクラリス。

だがそれより早く、怪獣の両足が楔を纏めて引き抜いた。

 

「くっ!!」

 

「うわああっ!!」

 

力任せに宙に放り出される無限。

神山は辛うじて二刀を地面に突き刺し着地したが、反応が遅れたミライ機は地面をボールのようにバウンドして奥の壁にめり込む。

 

「ミライッ!!」

 

助け出そうと飛び出す初穂。

だがその前に、怪獣の容赦ない追撃が襲い掛かった。

 

「グオオオオッ!!」

 

咆哮とともに、針のような無数の怪光線が怪獣の口から発射された。

霊子戦闘機たちは回避する間もなく無差別爆撃にさらされ、次々と倒れていく。

 

「我が僕は不死身。貴方達如きでは相手にならないこと、ご理解いただけましたか?」

 

その様子を眺めていた獏が、嘲笑とともに吐き捨てる。

にらみ返せるものは、いなかった。

 

「生きていればまたどこかでお会いしましょう。最も、そのときはあなた方の命日となるでしょうがね。フハハハハ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

歌舞伎座周辺で発生した降魔との戦闘は、前回の勝利が嘘のような大敗に終わった。

三式光武及び無限はいずれも重度の損傷が確認され、直ちに司馬率いる技術班の緊急整備が行われている。

それよりも、神山が気がかりなのは、敗北した隊員達の状態だった。

特にミライは怪獣に吹き飛ばされたときに脳震盪を起こしたらしく、医務室に運ばれている。

 

「(初陣の勝利で勢いづいていた分、この敗北はこたえているだろう。少しでもケアしないと……)」

 

司馬に緊急調整の礼を述べた後、すみれへの報告を済ませた神山は、その足で隊員たちが休んでいるであろう2階へと上がる。

だがその途中で、聞きなれた声が怒号となって聞こえてきた。

 

「クラリス!! お前一体どういうつもりだ!?」

 

「止めて初穂!」

 

「どうした!?」

 

慌ててサロンに駆け上がり、神山は目を見張った。

蹴り倒されたテーブルと、ひっくり返ったティーセット。

その奥では怒号の主であろう初穂がさくらに羽交い絞めにされ、怒鳴られて放心状態のクラリスをアナスタシアが庇っている。

一触即発の状態であることは、誰の目にも明らかだった。

 

「どうしたもこうしたもねぇ! 何であの時攻撃が遅れたんだって聞いたらコイツ……!!」

 

「攻撃したって効いたかどうか分からないでしょう!?」

 

「効いてたかもしれねぇじゃねぇか! そのせいでミライはあんなことになっちまってんだぞ!!」

 

「それは私達全員に言える事の筈よ。第一、ここで暴れて事態が好転するの?」

 

「ぐっ……」

 

アナスタシアに痛いところを指摘され、勢いが弱まる初穂。

気持ちは分かるが、その感情を仲間内に向けられることを見過ごすことは出来ない。

神山は、務めて冷静に初穂に語りかけた。

 

「初穂。今回のことでミライの身を案じて怒る気持ちは分かる。だがアナスタシアの言うとおりだ。その感情をここでぶつけても状況はよくならない。クラリスを責めて、ミライの容態が良くなるのか?」

 

「そ、それは……」

 

「少し頭を冷やす必要がありそうね。キャプテン、先に失礼するわ」

 

「ああ。クラリスも、今日は休んだほうがいい」

 

「……はい。失礼します……」

 

アナスタシアに続き、明らかに生気のない声でサロンを後にするクラリス。

さくらが離すと、初穂は泣きそうな顔でその場にへたり込んだ。

 

「……アイツさ、出撃前に笑ったんだよ。やっと一緒に戦えるって……なのに……」

 

「初穂……」

 

「こんなのってあるかよ……。アイツは……アイツだけは守るつもりだったのに……」

 

先ほどまでの暴れぶりが嘘のように、へたり込んだまま肩を震わせて嗚咽を漏らす初穂。

普段から手のかかる弟のような存在だったミライを、鬱陶しそうにしつつも可愛がっていたのは他ならぬ彼女だ。

そのミライを守れなかったことに、人一倍責任感の強い初穂は、自分も他人も責めてしまっているのだろう。

 

「今はミライが回復する事を信じよう。俺達にできることは少しでも早く体を休めて有事に対処できるようにすることだ」

 

「うん。……ごめんな、さくら……隊長さんも……」

 

「いいのよ。でも、明日になったらクラリスやアナスタシアさんにも謝るのよ?」

 

「うん……」

 

さくらに連れられてサロンを後にする初穂。

それを見届けた神山は、誰もいなくなったサロンで一人黙々と片付けに取り掛かるのだった。

 

「クラリスのこと……支配人に聞いてみるべきだな」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……違う……」

 

暗闇の中で、クラリスはひたすらに机に向かい続けていた。

 

「……違う……」

 

原稿用紙に何かを書いては捨て、書いては捨て……

 

「……違う……違う……違う!!」

 

荒々しく椅子を蹴って立ち上がり、残った文章を纏めて破り捨てた。

誰もいない暗闇の中、書きかけの物語の破片を握り締めたまま、クラリスは言いようのない感情が渦を巻く恐怖に駆られていた。

あの時、戦場で敗北を決定付けた自らの過ちの正体は、躊躇いだった。

クラリスは恐怖していた。自らの持つ力に。その力が歴史に刻んだ悲劇に。そしてそれを周囲に知られることに。

 

「私は……、こんなの……!!」

 

だからあの戦いで、力を使うことを躊躇った。

役立たずと罵られようと、それで触れられるきっかけを無くせるならとさえ思った。

だから失念していた。

その躊躇いが、あろう事か仲間の命を危険に晒してしまったという事実を。

 

「こんなつもりじゃ……なかったのに……」

 

戦いたくは無かった。

元々戦場に身を置くことなど望んではいなかった。

ただ大好きな物語に触れあいながら、希望の持てる偶像の世界を生み出すことができればという、ささやかな願いだけを望んでいた。

 

『ミライはあんなことになっちまってんだぞ!!』

 

先ほど自分に向けられた失望と怒り。

それさえも、自分は望んでいた。いや、そのはずであった。

一度手酷く嫌われて無能の烙印を押されてしまえば、必要以上に期待されることはない。

自分を戦場から遠ざけられる。

そう思っていたのに……、

 

『君が作り出した世界を沢山の人に見てもらえるって、素敵なことだと思わないかい?』

 

『一緒に花組の物語を作り上げてくれないか?』

 

神山誠十郎。

出会って2週間。関係も隊長と一隊員と業務的なものに過ぎなかったはず。

それでも、彼は自分をまっすぐに見て、自分を知ろうとしてくれた。

いち早く物語を創作したいという自分の望みに気づき、勇気の持てない自分に舞台脚本というきっかけまで与えてくれた。

そんな彼の期待に応えられなかった事が、深く心に突き刺さっていた。

まるで、大切な恋人に捨てられてしまったかのように……

 

「……私は……、私は……」

 

そして自覚する。

自分はこの場所が、帝国華撃団を好いていた。

自分の力にしか興味を示されなかったこれまでと違い、物語を愛するクラリスを見てくれた。

矛盾していた。

戦場に駆り出されることを嫌い、力を露見されることを恐れ、部隊から逃げようとしていたのに。

この場所を好み、この人たちを信じようとし、あの人の期待に応えようとした。

自分からその場所も、関係も、信頼さえも断ち切ってしまったというのに。

 

「……」

 

苦しい。

勝手だとわかっていても、そう思わずにはいられない。

自分から関係を壊しておいて、自業自得にもほどがある。

今の自分に、修復する資格なんて……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「じゃあおいでよ。私達だけの夢の世界へ」

 

「……え?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを見た瞬間、世界の時が止まった。

ガラスに閉ざされた窓の向こう。

差し込んだ月明かりが、小さな人型のシルエットに切り取られていた。

ここは2階だ。

ましてや深夜に窓から、誰が尋ねてくると言うのか。

だがその姿を目にした瞬間、クラリスの脳は正常な思考をやめてしまった。

無理も無い。

何故ならそこにいたのは……、

 

「……、……リリア……?」

 

それは幼い頃に共に慰めあった、人形だった。

幼少期、魔導の才を見せない自分を侮蔑する両親から逃れるために自室に共に篭った、物言わぬ友。

帝国華撃団に訪れる時に、円満な旅立ちとならなかった経緯であの自室に置き去りになっていたはずの人形が、窓の外に立っていた。

そう、かつて自身が描き出した、物語のように。

 

「可愛そうなクラリス……誰も貴方を理解してくれない。誰も貴方を助けてくれない……」

 

かつて自身が走らせた筆跡に沿って、言葉が呪文のように頭を、体を包んでいく。

まるで体が宙に浮いているかのような、夢見心地のような感覚だった。

 

「でも私は貴方を覚えている……。貴方を愛している……貴方を守ってあげられる……」

 

「リリア……」

 

「おいでクラリス……。私達の世界へ……、二度と目覚めることの無い、永遠に醒めない夢の世界へ……」

 

だからだろうか。

その言葉に、何の躊躇いも持たなかった。

 

「……連れて行って。あなたの世界に……、もう……目覚めたくないの……」

 

唯一違いがあるとすれば、虚ろな目で望んだのは現実からの逃避ではない。

破滅を選んだ自身の、終焉だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

眠れない。

さくらに諭されて自室の明かりを落として早30分。

初穂の心にはもやもやした藁のようなものが絡みつき、落ち着けないでいた。

 

「(アタシらしくもねぇ……。どうしちまったんだ……?)」

 

最初はあんなに怒鳴り散らかすつもりなんてなかった。

調子が悪かったのか、問いかけるだけのつもりだった。

だが何もとしか返さなかった彼女に腹が立ち、自分でも抑えが利かなくなってしまった。

それが彼女の責任でないことなど、分かりきっていたはずなのに。

 

「……あ、霊子水晶……」

 

ここに来て、初穂は普段習慣にしている仕事を終わらせていないことを思い出した。

幸い今ならみんな寝静まっている時間だ。

あまり大きな音を立てなければ起きないだろう。

どうせ今の状態では眠れやしない。

だったら何か別のことをして気を紛らわせたほうがましだ。

そう自分を納得させ、初穂はできるだけこっそり自室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「え……?」

 

 

 

 

 

 

 

 

中庭へ続く扉を開けて一瞬、初穂の時が止まった。

知る顔があった。

医務室で今も眠っていたはずの顔が、空を眺めて中庭に立っていた。

 

「……ミ、ミライ……?」

 

嘘かと思い、その名を呟く。

彼は、こちらを向いた。

 

「……初穂さん?」

 

どうやら、彼も驚いたようだった。

無理もない。今は日付の変わった丑三つ時だ。

起きている方が珍しい。

 

「何で……、お前怪我は……?」

 

「ご心配をおかけしました。ついさっき目が覚めたんです」

 

今だ信じられない様子の初穂に、ミライがそう笑いかける。

いつもと変わらない、屈託のない笑顔。

それを見たとき、初穂の視界が滲んだ。

 

「は、初穂さん!?」

 

これに驚いたのはミライの方だった。

慌てた様子でパタパタと駆けて来ると、寝巻きの袖で涙を拭ってくる。

 

「どうしたんですか? 何処か痛いんですか?」

 

「ち、ちげぇよ……。嬉しくて……安心しちまった……」

 

嗚咽交じりにそう応えると、ミライはまた微笑んで、

 

「座りましょうか」

 

「うん……」

 

そう応えて、入り口の段差に座るミライの隣に腰を下ろす。

春先の夜風はまだ冷たかったが、隣は暖かかった。

 

「さっき司馬さんに聞きました。僕がやられて、敵を取り逃がしたって……」

 

「ああ……。お前だけ意識が戻らなくって……、つい、クラリスに当たっちまった……」

 

「……でも、ホントはクラリスさんが悪いわけじゃないって、分かってるんでしょ?」

 

「ああ……。あの時は自分の気持ちを抑えられなかった……。それであんな子供染みたこと……」

 

不思議な気持ちだった。

彼の前だと、普段は恥ずかしいことも、情けないことも、全部包み隠さず言えてしまう。

彼は怒りもせず、否定もせず、ただ聞いてくれる。

ただ聞いてくれるだけなのに、それがたまらなく心地よかった。

 

「ゴメンな、ミライ……。折角一緒に戦えるって喜んでたのに……」

 

「僕が未熟だっただけですよ。初穂さんのせいじゃありません」

 

まただ。

自分の心の中を、眠れなくなるほどぐるぐる回っていた悩みを、コイツは笑顔で振り払う。

ついさっきまであんなに悩んでいたことに、コイツはあっさりと答えを出してくる。

それが、たまらなく心地よかった。

 

「僕、もっと強くなります。帝都もみんなも、初穂さんのことも守れるように」

 

「よせやい。初穂ちゃんはお姫様じゃねぇんだ。守られるタマじゃねぇよ」

 

「それでも、一人くらい貴方のことも守ってくれる人、いてもいいんじゃないですか?」

 

「……強いな、ミライは」

 

不思議だ。

普段は落ち着きがなくって、年より子供っぽくて、目が離せない弟みたいな存在なのに。

時々こうして、別人のように冷静で、頼りがいのある横顔を見せてくる。

つい、寄りかかってしまいそうになるくらい頼もしいその姿を、気づけば視線で追っている自分を、初穂は自覚していた。

 

「憧れている人がいるんです」

 

「憧れ?」

 

「はい。……初穂さん、あの星が見えますか?」

 

ふと、ミライが空を指差した。

夜空を彩る満天の星。

その中に一つ

一際輝く星が見えた。

 

「あれはM78星雲、別名『ウルトラの星』」

 

「ウルトラの……星……?」

 

聞いたことがある。

この帝都を、そして世界を守った奇跡の巨人「ウルトラマン」。

そんな彼らのふるさとであり、常にこの星を見守っているという光の星。

ミライの羨望は、そこにあった。

 

「今から17年前、あの星から一人の巨人が帝都に降り立ち、当時の花組とともに平和を守りぬいたそうです。その名は、『ウルトラマンジャック』……」

 

確か入隊間もない頃に、旧花組のアーカイブを見た記憶がある。

帝国華撃団花組7番隊員、御剣秀介。またの名を光の巨人ウルトラマンジャック。

現在は旧花組とともに消息を絶っていたはずだが……。

 

「僕は一度だけ、彼にお会いしたことがあるんです。そこで僕は、命を救われました……」

 

ミライは詳細を語ろうとはしなかった。

でもその瞳は……、

 

「いつか彼のように強くなりたい。いつか彼のように、大切な人をその手で守りぬけるようになりたい。……そう思って、僕はここに来たんです」

 

似てる、と初穂は思う。

憧れを追ってひたすらに研鑽を積み、それを叶えようと一途なまでに努力する姿は、幼馴染と良く似ていた。

だからか、とも思う。

こんなにも放って置けなくなるのは。

うん、きっとそうだ。

そこにはやましい気持ちなんて、お互いないに違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そのときだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「な、何だ!?」

 

突然何かが割れるような音に、二人は飛び上がるように上を見た。

帝劇の窓、その一つが爆発したかのように割れている。

確かあの部屋は……、

 

「あの部屋、確かクラリスさんの……!?」

 

「行くぞ、ミライ!!」

 

胸騒ぎを覚えた初穂は、ミライとともに2階へ走った。

まさか、さっきのことを思いつめて……

 

「クラリスッ!!」

 

鍵も確かめずに力づくで扉を破る。

その先に見えた光景に、初穂は言葉を失った。

 

「……んだよ、コレ……」

 

床一面には、無残にも破り捨てられた原稿用紙の破片。

窓は跡形も無く吹き飛び、夜の風が虚しくカーテンを揺らす。

そしてそこに、いるべき人影が無かった。

 

「クラリス……? 何処だクラリス!! いるんだろ!?」

 

「クラリスさん!!」

 

脳裏に過ぎった予感を振り払うように、初穂が叫ぶ。

だが、返事はない。

まさか……、

 

「……、降魔警報!?」

 

「昼間のヤツか!? チクショウ、こんなときに!!」

 

悪いことは重なるとはよく言ったもの。

一瞬躊躇しながらも、二人は地下の作戦司令室へと急いだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意識不明であったはずのミライの姿に隊員達はいずれも驚きを見せたが、そんな余裕は無いと認識せざるを得ない光景が、花組の意識を引き戻した。

 

「現場は本日午後と同じ歌舞伎座付近。魔幻空間こそ展開されてはいませんが、例の怪獣が出現し、無差別に破壊活動を行っております」

 

「霊力測定器で遠隔的に怪獣の妖力を検査してんねんけど……、中心部の核からクラリスはんと同じ型の霊力反応があった。もしかしたら……」

 

言葉を濁すこまちであったが、この場にクラリス本人が現れていない状況を鑑みるに、最早それ以外に可能性は無い。

何らかの形でクラリスは敵に拉致され、あの怪獣の核に閉じ込められてしまっているのだろう。

 

「クラリスさんの持つ力に……敵が気づいてしまった可能性があるわね」

 

「クラリスの、力……?」

 

霊力とは呼ばないすみれの言葉に、眉をひそめる神山。

すみれは重々しく頷くと、彼女の秘められた過去を語り始めた。

 

「クラリスさんは、ルクセンブルクに古くから伝わるスノーフレイク家の出身ですわ。スノーフレイク家は古来より霊力に優れ、その力を『重魔導』として独自に発展させてきたの」

 

「なるほど……、当時は霊力という概念が無かったんですね?」

 

「ええ。クラリスさんも例に漏れず、基礎訓練無しに三式光武の起動を問題なく行えるほどの霊力を秘めていらっしゃる。最も、彼女はその力を行使する事を拒んでいたのだけれど……」

 

「でもよ、アイツはここに来る前は伯林華撃団にいたんだろ? アタシはそう聞いてるぜ?」

 

「そのことなら、私が話すわ」

 

初穂の発言に応えたのは、先日件の伯林から来たばかりのアナスタシアだった。

 

「彼女は当初、伯林華撃団配属にも非協力的だったの。でも他ならぬ彼女のご両親が、半ば強引に入隊を勧めてしまったようで、熟慮の末にコマンダントは、この帝国華撃団への異動を決断したのよ」

 

「戦争の道具にはなりたくない。クラリスさんはそう泣いて訴えたそうですわ。このまま彼女の心を壊すわけには行かないと、私もこの帝国華撃団に彼女を迎え入れることを決めましたの」

 

予想以上に衝撃的なクラリスの生い立ちに、神山は数秒言葉を失っていた。

古来から類稀な一族の霊力を『重魔導』として歴史の中で行使してきた一族とその宿命。

逃れようの無い戦場と、そこからの逃避の末の来日。

そして自身の心の傷を癒すためにたどり着いた場所が文学だったとしたら……。

 

「クラリスは、恐れていたんですね。自分の持つ『重魔導』の力が、歴史をなぞって悲劇を生むことを……」

 

神山の言葉が、全てを表していた。

クラリスは自身の力と宿命の歴史を恐れていた。

自分もまた得たくも無い重魔導の力で、一族のように人から恐れられる存在になるのではないかと。

そのせいで自身の居場所を失ってしまうのではないかと。

 

「司令、お待たせしました」

 

やや疲れた様子の司馬が作戦司令室に入ってきたのは、そのときだった。

 

「ご苦労様、司馬君。……霊子甲冑の状態は?」

 

「三式光武、無限共に運用できる状態には回復しました。せめて後半日あれば、違ったんですがね」

 

「だったら話は速ぇ! 隊長さん、アタシに行かせてくれ!! アタシが責任を持って助け出してみせる!!」

 

光武が動くと知るや、初穂が立ち上がって懇願する。

恐らく先ほどのクラリスとの確執を悔いているのだろう。

自分が彼女の心の傷を広げ、敵に付け込む隙を与えた一因になっているのではと不安になっているのだ。

神山は厳しい面持ちで頷くも、静かに首を振る。

 

「初穂。気持ちは分かるが君一人では行かせないぞ。俺達みんなでクラリスを助け出す。そうだろう?」

 

それが発破となった。

残る隊員達も次々に立ち上がり、迷いの無い言葉で出撃を宣言する。

 

「たとえ重魔導が災いを生む力だとしても、クラリスはクラリス。私達花組の大切な仲間。それは変わりません!」

 

「僕もです! 優しい心を持つクラリスさんなら、大切なものを守るためにその力を使えるはずです!」

 

「彼女の物語……、こんなバッドエンドに終わらせるのはあまりに忍びないわ」

 

「隊長さん……、みんな……」

 

クラリスの生い立ちと重魔導の宿命を聞いて尚、仲間として彼女を救い出す意志を曲げる事無く団結する花組。

その様子に、すみれは満足げに頷く。

 

「それでこそ帝国華撃団ですわ。さあ神山君、出撃命令を!」

 

「はっ!! 帝国華撃団花組、出撃せよ!! クラリスを助け出し、敵怪獣を撃破する!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼間の喧騒が嘘のように静まり返った、深夜の帝都歌舞伎座。

そこに巨大な災いの影が姿を現したのは、あまりに突然のことだった。

地鳴りのような咆哮を上げ、目に付くものすべてを焼き尽くし、踏み潰す。

逃げ惑う人々を尻目に、ひたすらに暴れまわる大怪獣。

その様子を、獏は遠巻きに眺め笑っていた。

 

「素晴らしい……。まさか最後のピースがあんなところにいるとは思いませんでしたが、これで我らを止められるものはいない……!!」

 

昼間に歌舞伎座で捕えた人間達を霊力の核に閉じ込め、再生能力を得たグロッシーナ。

さらにそこに驚異的なまでの霊力を持つ少女を捕えたことで、遂に不死身の体を持つ史上最強の怪獣が誕生した。

このまま帝都を蹂躙すれば、あるいは……

 

 

 

 

 

 

 

「そこまでだ!!」

 

 

 

 

 

 

悲鳴と爆音が木霊する歌舞伎座に、凛とした声が響く。

刹那、見覚えのある5つの機体が怪獣と対峙するかのように屋根の上に現れた。

 

「「帝国華撃団、参上!!」」

 

最低限の調整しか間に合わず、全身に先の戦いの傷を残しながらも、5機の霊子甲冑が声を揃えて勇ましく並び立つ。

相対する獏は、獲物を見つけた肉食獣のように舌をちらつかせ、凄絶に笑った。

 

「こんな夜中に誰かと思えば、負け犬の皆さんではありませんか」

 

「降魔! これ以上この帝都を貴様の好きにはさせない! クラリスを返してもらうぞ!!」

 

二刀を抜き放ち、神山が叫ぶ。

返ってきたのは、嘲笑だった。

 

「ご冗談を。寝言は寝てからにしていただきたいものだ。良いでしょう、この獏が、貴方達を二度と醒めない悪夢の底に沈めてあげますよ!!」

 

瞬間、無数の陣が展開され、続々と傀儡騎兵が姿を現す。

だがこの程度の敵に怖気づいて入られない。

クラリスを、捕えられた歌舞伎座の人々を助け出すため、決して負けるわけには行かないのだ。

 

「手ごわい相手だが、元より覚悟の上だ! 行くぞみんな! 敵傀儡騎兵を掃討し、クラリスを救出する!!」

 

「「了解!!」」

 

隊員達の返事を合図に、二刀を構えた無限が先陣を切って飛び出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

深夜の歌舞伎座を舞台に切って落とされた上級降魔・獏とのリターンマッチ。

魔幻空間がないとは言え、クラリスの霊力を我が物としたグロッシーナと、その正面を無数の傀儡騎兵が固めた布陣は脅威の一言に尽きる。

只でさえ霊子甲冑の整備は最低限しか整っていない現状で持久戦は自殺行為。

神山は何よりもまず、傀儡騎兵の短時間での掃討から作戦を開始した。

 

「初穂! 俺と一緒に切り込む! 左を任せるぞ!!」

 

「了解だぜ! 隊長さんこそしっかりついて来いよ!?」

 

確かな返事に頷き、二刀に霊力を込める。

具現化された力が稲妻となって迸り、目が眩むほどの閃光を生み出す。

同時に初穂の大槌にも霊力を具現化した炎が蔦のように絡み付いていた。

 

「闇を切り裂く、神速の刃! 縦横無尽、嵐!!」

 

「悪いやつには神罰覿面! 東雲神社の、御神楽ハンマーっ!!」

 

文字通り嵐の如き激しい斬撃が敵の先陣を次々と切り伏せ、そこにすかさず灼熱の竜巻が横殴りを仕掛ける。

真正面からの猛攻に浮き足立つ傀儡騎兵たち。

そこへ今度は左右を固めていたさくらとミライが仕掛けた。

 

「蒼天に咲く花よ、敵を討て! 天剣・桜吹雪!!」

 

「希望の未来に、描くは無限の可能性! ホープ・ザ・インフィニティーッ!!」

 

一閃の軌道に沿って放たれた桜色の斬撃と、∞を象った閃光の一撃が、怯んだ魔の手先を容赦なく両断していく。

たちまちのうちに丸裸になったグロッシーナに、最後尾に控えていたアナスタシアがその砲塔を向けた。

 

「運命を閉ざす、青き流星……!アポリト・ミデン!!」

 

「グアアアアアッ!!」

 

砲塔から放たれた絶対零度の弾丸が一直線に怪獣の胸部を打ち抜き貫通する。

核にいるであろうクラリスたちに被害のないよう、予め丁度核の上部に当たるよう緻密に計算された一撃には、脱帽するしかない。

 

「クラリスッ!!」

 

露出した橙色の半透明の核の中心に囚われたその姿に、神山が叫ぶ。

虚ろに半分開いた瞳に光は宿っていない。正気ではないのか。

 

「無駄ですよ。彼女の精神は深い闇の底。あなた方の声など、一滴の水の滴り程度にしか聞こえない」

 

「くっ……!!」

 

驚異的な再生能力で、グロッシーナの胸部の風穴が瞬く間に屈強な外皮に覆われ見えなくなっていく。

やはりこちらの声は届かないのか。

 

「人間とは弱い生き物です。ちっぽけの身の程を弁えずに大きな夢を見て勝手に心折れていき、都合の良い夢の世界にしがみつく」

 

「何故だ! 何故貴様はそうまでして帝都を、クラリスを苦しめる!!」

 

「苦しめるとは人聞きの悪い。私は彼女の望みをかなえたまでですよ。辛い宿命の現実に目を背け、都合の良い夢の中に浸り続けて朽ち果てる。彼女の思い描く最高のハッピーエンドというものです」

 

「ふざけんなっ! テメェの下らねぇ趣向のためにクラリスは……!!」

 

自身に酔いしれるかのように諸手を広げて天を仰ぐ獏に、初穂が怒りの声を上げる。

並の男どころか降魔でも威圧されるような形相を、獏は一笑に返した。

 

「何故怒るのです? 貴方たちこそ、役立たずが減ってよかったではありませんか。昼間の彼女の体たらくは、貴方達も覚えているでしょう?」

 

「それは違う!!」

 

叫んだのは、神山だった。

 

「クラリスは弱くなんかない! 彼女が恐れていたのは、自分の力が周囲に危害を加えることだ! それは弱さじゃない! クラリスは自分の運命と、必死に向き合おうとしたんだ!」

 

それはすみれに真実を聞かされ、アナスタシアに経緯を聞かされた神山がたどり着いたクラリスの深層心理だった。

彼女は、優しすぎたのだ。

宿命を背負うにも、その力を行使するにも。

優しすぎる故に悩み、傷つき、出口の見えない迷宮をもがき続けてきたのだ。

だからこそ、それは神山に、花組に一つの決意を固めさせた。

 

「クラリス! 君の運命は、結末は、そんな怪獣の餌になることなんかじゃない! 俺達が、花組が君の味方であり続ける!」

 

「例えあなたの中に重魔導の歴史が眠っていたとしても、宿命が待っていたとしても、私達は貴方を信じる! 貴方の優しさを!!」

 

「お前の家の歴史なんて、アタシらには関係ねぇ! 何があろうとお前はクラリスだ!! 本が大好きで、物語が大好きで、アタシらが大好きな、クラリスだ!!」

 

「貴方の未来が闇に閉ざされているなら、僕たちが貴方を導きます!!」

 

「こんなに貴方を思ってくれる人たちがいるのよ? クラリス……、少なくとも貴方は今、一人ではないわ……!」

 

「だから恐れるな! 君の力は、『忌まわしき破壊の力』じゃない! 『不可能を可能にする創造の力』だ! それを実現できるのは優しい心を持つ君だけだ!!」

 

口々に叫ぶ仲間達。

どんなに苦しめられようと、どんなに傷つけられようと、諦めてたまるものか。

その様子が気に障ったのか、獏は露骨に嫌悪の表情を見せると、僕に命を下した。

 

「茶番はもう結構。そこまで破滅を望むなら、醒めることのない悪夢の中で、永遠に苦しみ続けるが良い! さあ行け! 我が僕グロッシーナよ!!」

 

「グアアアアッ!!」

 

圧倒的巨躯の繰り出す咆哮が一帯を揺るがす。

たじろぐ霊子甲冑目掛けて、光弾の雨霰が襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その結末に、心のどこかで憧れていたのかもしれない。

 

幼い頃の読んだ、いくつものハッピーエンド。

 

お姫様は王子様と結ばれ、勇者は魔王を倒して平和を齎し、愛と絆と友情が奇跡を起こす、そんなありふれた物語。

 

それに胸を躍らせれば躍らせるほど、心をときめかせればときめかせるほど、宿命を背負った自身の境遇が暗く冷たいものだと認めざるを得なかった。

 

現実から目を背け、物語に逃げれば逃げるほど、それは影のように何処までも追い立ててきた。

 

いっそ、このまま夢の中に閉じ込められてしまえばいいのに。

 

いつしか芽生えたその感情は、一人の偶像の少女を生み出した。

 

名前は『リリア』。

 

初めて生まれた物言わぬ友達の名前。

 

自分の宿命を、不幸を、ひたすらに押し付けるためだけに生まれてしまった少女の名前。

 

でも、所詮は偶像。

 

いくら運命をなすりつけたところで、自身に待ち受ける定めは何一つ変わらない。

 

運命から逃げるために作り出した身を隠す迷宮に、いつしか一人迷い込んでいたのだ。

 

そして、ふと思った。

 

抜け出す必要などない。

 

そこで朽ちて、迷宮を棺にしてしまえば良い。

 

誰も、こんな闇の中に迷い込んだ自分を見つけ出すことなど出来ないのだから。

 

「クラリス……」

 

少女が、自分の名前を呼んだ。

 

混濁した意識の中で、差し出された手を取る。

 

もう、何も考えることは無い。

 

ただ少女の導くまま、堕ちていけばいいのだから。

 

この、果ての無い闇の中へ……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

グロッシーナの放った光弾爆撃は、核に吸収したクラリスの霊力が上乗せされた影響で昼間のそれとは比較にならない威力で花組を強襲した。

ダメージの蓄積した霊子甲冑たちに向けられた妖力の散弾は、容赦なく搭乗者の意識ごと吹き飛ばしていく。

その場に立ち上がることができたのは、只一人だけだった。

 

「くっ……! 初穂さん……、みんな……!!」

 

一縷の望みを賭けて通信を繋ごうと試みるも、反応が無い。

ミライ機も霊子水晶に損傷が発生したのか、霊力同調が崩れ片膝をつく。

 

「これは運がいい。いや、この後の地獄を見る羽目になるなら、逆に不運だったのかもしれませんね」

 

満身創痍のミライを見下ろし、獏が嗤う。

確かに今の無限の状態では万に一つも勝ち目は無いだろう。

だがこちらには切り札がある。

僅か3分という時間の中で、不可能を可能に変える切り札が。

 

「僕は……僕は諦めない! 諦めない限り、光は必ず応えてくれる!!」

 

「戯言を。ならばそのちっぽけな光諸共、貴方をひねり潰してあげましょう!!」

 

トドメを刺さんと、グロッシーナがその巨大な足を振り上げる。

ミライは無限の操縦桿から左腕を引き抜くと、具現化させた赤の腕輪を虚空に掲げ、叫んだ。

 

「メビウーーーーーースッ!!」

 

瞬間、その身を包む淡い光が一瞬にして輝きを増し、無限を包んで光柱を形成する。

その中から、巨人は姿を現した。

10年のときを経て帝都へ飛来した新たなる光の巨人、ウルトラマンメビウスである。

 

「その姿……、まさか『光の巨人』!?」

 

「セアッ!!」

 

メビウスは構えるや、眼前の怪獣に真正面から組み付いた。

そのままラグビーのスクラムのように膠着すること数秒。

巨人の足が、怪獣の足を内側から引っ掛けた。

 

「セアアアッ!!」

 

豪快な大内狩りからの投げ飛ばしに、数万トンはあろうかという巨体が空中を一回転して背中から地面にたたきつけられる。

しかしグロッシーナに追撃をかけようとしたメビウスに、明後日の方角から妖力の波動が襲い掛かった。

獏である。

 

「小賢しい真似を! 殺りなさい、グロッシーナ!!」

 

「グアアアアッ!!」

 

膝を突いたメビウスめがけ、体勢を立て直したグロッシーナが怒りをあらわに襲い掛かる。

だがその巨体が眼前に迫ったとき、メビウスの左腕が淡い光を纏い始めた。

 

ライトニングカウンター・ゼロ。

 

左腕にエネルギーを集中し、接近した敵にゼロ距離からカウンターを打ち込むメビウスの反撃技だ。

その巨体が押しつぶしにかかった一瞬に、メビウスはすべての勝負に出た。

 

「グアアアアッ!!」

 

「セアアアァァァッ!!」

 

胸部に打ち込んだ瞬間、握った拳を大きく開く。

そこは、先ほどアナスタシアが狙撃した胸部のすぐ下。

クラリスの囚われた、核の位置だった。

 

「何の真似かは知りませんが、無駄なことです!! そのまま押しつぶしなさい、グロッシーナ!!」

 

「グアアアアッ!!」

 

核に腕が突き刺さったことなどお構い無しとばかりに、怪獣はメビウスの頭を掴み、押さえ込みにかかる。

しかしメビウスは、懸命に突き刺した左手にエネルギーを込め続けた。

まるで、何かを待ち続けるように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何処まで歩いただろう。

 

もうそんな事まで分からなくなっていた。

 

分かったところで、何も変わらないのだ。

 

何故なら自分は、ここで誰にも看取られることなく朽ちていくのだから。

 

「……え?」

 

ふと、手を引いていたリリアが足を止めた。

 

それに合わせて、自分も足を止める。

 

一体どうしたのか。

 

それを口にしかけたとき、それは起こった。

 

「……こ、これは……?」

 

目の前に広がっていたのは、果てしない暗闇。そのはずだった。

 

だが、今改めて視線を上げると、暗がりの先に一筋のかすかな光が差していた。

 

夜の雲の覆われた月が、その切れ間を縫って優しい光をこぼしたかのように。

 

「リリア……?」

 

隣に立ち、その光を見つめる少女に視線を落とす。

 

少女は、光を見つめたまま応えた。

 

「……今、あなたの世界に光が差した」

 

「え……?」

 

「耳を澄ませて……。あなたを、呼ぶ声がする……。あなたを、待つ人の声がする……」

 

「私を……」

 

言われるままに、耳を澄ます。目を凝らす。

 

すると、今まで闇に閉ざされていた世界が少しずつ、色を、音を、輝きを取り戻していく。

 

まるで、夜明けを迎えた世界に光が差すかのように。

 

『俺達が、花組が君の味方であり続ける!』

 

『私達は貴方を信じる! 貴方の優しさを!!』

 

『何があろうとお前はクラリスだ!! アタシらが大好きな、クラリスだ!!』

 

『僕たちが貴方を導きます!!』

 

『少なくとも貴方は今、一人ではないわ……』

 

「……みんな……」

 

それは、忘れていたはずの仲間達の声。

目の前のすべてから逃げ出した臆病な自分を、それでも信じると言う仲間達の声。

そして……、

 

「だから恐れるな! 君の力は、『忌まわしき破壊の力』じゃない! 『不可能を可能にする創造の力』だ! それを実現できるのは優しい心を持つ君だけだ!!」

 

「……神山……さん……」

 

嬉しかった。

こんな自分を、いまだに信じて、傷ついた体で、ここまで助けに来てくれた。

枯れたはずの涙が、視界を滲ませた。

 

「クラリス」

 

ふと、リリアが名前を呼んだ。

見ると、前を見ていたはずの彼女が、こちらを見て微笑んでいた。

幼い頃の思い出と同じ、優しい笑顔で。

 

「忘れないで……。貴方の結末は、貴方にしか書けない……。貴方の未来は、貴方にしか決めることは出来ない……」

 

「リリア……」

 

「大丈夫。貴方はもう、歩いていける……。だって、貴方は一人じゃないんだから……」

 

リリアは、一冊の本を差し出した。

幼い頃、知らずに触れてしまった重魔導の書物。

あの日から、自分に宿命の鎖を課したすべての始まり。

だが、今は違う。もうあの頃のように、恐れたりはしない。

何故なら今、自分を信じ、自分を待っている人たちがいるのだから。

 

「ありがとう、リリア……。ありがとう……、みんな……。ありがとう、神山さん……」

 

だから、もう迷わない。

この力を使うことが罪だと言うなら、この身ですべて背負ってみせる。

この力を使うことが罰だと言うなら、その業をすべて背負ってみせる。

それが、私の選んだ道だから。

 

「これは私の物語……、結末は……私が決める!!」

 

瞬間、開かれた書物が輝きを放ち、暗闇を閃光で包み込んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

先ほどの怪獣の一撃で、どうやら意識を失っていたようだった。

見ると周囲にはボロボロの状態の霊子甲冑が転がっている。

隊員たちは無事でも、最早これ以上の戦闘は絶望的だ。

 

「みんな、大丈夫か!?」

 

辛うじて生きている無限の通信を使い、隊員達の安否を確かめる。

一瞬不安が過ぎるも、幸いにして無事を知らせる返事が返ってきた。

 

「何とか、大丈夫です……!」

 

「キャプテン、こちらも平気よ」

 

「光武の方は、参っちまったみてぇだが……」

 

だが直後、更なる衝撃が神山を襲った。

すぐ真横を巨大な紅い何かが横切る。

それは、巨人だった。

 

「ウルトラマン!!」

 

それは先の初陣でもさくらたちを助けてくれた、光の巨人だった。

既に全身にダメージを負っているのか、胸部の空色だったタイマーが赤く点滅を開始している。

誰にやられたか、それは考えるまでも無かった。

 

「滑稽ですね、ウルトラマンメビウス。人質など気にせず核を攻撃していれば結果は違ったでしょうに」

 

「クッ……!!」

 

仰向けのまま辛うじて肘を突いて獏を睨み返すメビウス。

加勢しようにもこちらの無限も三式光武もアイゼンイェーガーも戦闘不能状態。

万事休すとはこのことだった。

 

「あなた方の首を手土産に、帝都の愚民どもに更なる悪夢を齎すとしましょう。さあ殺れ! グロッシーナ!!」

 

「グアアアアッ!!」

 

逃げ場を失った花組とメビウスに、怪獣がトドメを刺さんとアギトを開く。

最早これまでか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが次の瞬間、誰もが予想だにしない出来事が起こった。

 

 

 

 

 

 

「グアアアアアッ!?」

 

突如としてグロッシーナが苦しみ始めた。

核のある胸部を押さえ、首を振り回して暴れている。

一体どうしたと言うのか。

 

「な、何だ!? 何が起こっている!?」

 

これには獏も余裕をなくして距離をとってうろたえ始める。

すると信じられないことが起こった。

再生を果たしたはずの胸部の核が大爆発を起こし、怪獣を吹き飛ばしたのである。

それだけではない。

核に閉じ込められていた人々が、それぞれ風のバリアに包まれ、ゆっくりと地面に下ろされていく。

まるで、『奇跡』でも起きたかのように。

 

「お、おいアレ……!!」

 

何かに気づいた初穂が指差す。

そこにいたのは、奇跡の正体とも言うべき少女だった。

緑色の光を纏った書物を手に、賢者の如き出で立ちで静かに風をまとい、地に降り立つ。

 

「……き、貴様……!!」

 

その姿に、神山たちだけでなく獏も驚きに目を見張った。

何故ならそれは、つい先ほどまで絶望の淵に落としてかの怪獣の養分になっていたはずの……、

 

「……私には、私の物語がある。それは誰にも捻じ曲げることはできない……!」

 

先ほどまでとは別人のような鋭い視線と力強い声。

夢見る少女の夢から醒めた、一輪の気高き華がそこにいた。

 

「私は帝国華撃団花組、クラリッサ=スノーフレイク!! 主の命により、貴方を地獄へ落とします……!!」

 

「クラリス……!!」

 

「神山さん、みんな……本当にありがとう。今度は、私がみんなを守る番です!!」

 

迷いを断ち切り、宿命と向き合う覚悟を決めたクラリスが、神山たちを守るように立ちはだかる。

その時、神山の無限に本部から緊急連絡が入った。

 

『神山君! 翔鯨丸からクラリスさんの三式光武を無人で射出します! あの上級降魔を、何としても撃破して!!』

 

「了解! クラリス! 今から三式光武を射出する! 上級降魔及び敵怪獣を殲滅せよ!!」

 

「了解!!」

 

「ふざけるな! その前に殺して……、グッ!?」

 

妨害しようとする獏にすかさず風の魔導を食らわせて身動きを封じ込めるクラリス。

そのまま轟音と共に弾丸となって地面に叩きつけられた緑色の三式光武に乗り込む。

 

「大人しく養分になっていれば楽に死なせてやったものを……、来い、傀儡騎兵『夢惨』!!」

 

それまでの余裕をかなぐり捨て、獏は一際大きな陣で呼び寄せた自身の戦闘機に乗り込み、こちらに対峙する。

腰から下が存在せず、漆黒のローブをまとって大鎌でこちらの首を狙うさまは、正しく死神と言う言葉が相応しい。

同時に周囲の傀儡騎兵の怨念を纏ったグロッシーナが再び胸部を再生させて唸り声を上げる。

 

「グアアアアッ!!」

 

「フッ……、スァッ!!」

 

それに相対せんとばかりに立ち上がり構えるメビウス。

言葉が無くとも、その心を知るのは容易かった。

 

「ありがとう、メビウスさん……!」

 

今まで戸惑いと不安の中でしか動かしたことの無い霊子水晶に、ありったけの霊力を込める。

溢れ出た霊力は、緑色のオーラとなってクラリスを包んだ。

 

「死ねぇ、小娘!!」

 

憤怒をあらわに夢惨が大鎌を手に襲い掛かる。

だが怒りに囚われた攻撃は大振りどころか隙だらけで、戦闘に不慣れなはずのクラリスでさえ容易に回避できる代物だった。

夢惨はそのまま二撃、三撃と繰り出してくるが、その全てを紙一重でかわし、鎌は虚しく宙を切る。

 

「おのれチョコマカと!! くたばりやがれぇっ!!」

 

何回か鎌を振り回したところで、獏はあることに気づいた。

見たことのない怪しい光の弾が浮遊している。

それも自分の周囲にいくつも。

まさか……、

 

「グラース・ド・ディアブル……、アルビトル・ダンフェール!!」

 

それは、まるで判事の死刑宣告の如く。

逃げ道を塞ぐように取り囲んでいた無数の光弾が、弾丸となって怪獣諸共死神を包み込んだ。

 

「ぐ、ぐおおおぉぉぉ……!!」

 

悲鳴とも怒りともとれぬ絶叫と共に、死神は閃光の中に見えなくなった。

そして無数の弾丸に撃ちぬかれた怪獣もまた、全身から煙を上げて倒れこむ。

再生が追いついていない。倒すチャンスは今だ。

 

「メビウスさん!!」

 

「スァッ! ハァァァ……!!」

 

クラリスの言葉に頷き、両手を頭上にかざしてエネルギーを集中するメビウス。

集約されたエネルギーが∞の文字を描き出した瞬間に十字を組み、必殺のメビュームシュートが発射された。

 

「グアアアアア……!!」

 

それは起き上がろうとした怪獣の胸部を寸分違わず撃ちぬいた。

再生しきっていない体を光線が貫通し、怪獣は断末魔の咆哮と共に今度こそ大地に倒れ伏す。

そして生命活動が停止した瞬間、巨体は大爆発し、怪獣は火柱の中に消えていった。

 

「セアッ!」

 

それを一瞥し、メビウスは僅かに明るさを取り戻しつつある夜空へと飛び立って行った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「終わりましたね……」

 

地平線の先から昇る朝焼けに、さくらが呟く。

先ほどまで大規模な戦闘があったとは思えないほどの静寂。

降魔、獏の齎した歌舞伎座襲撃に始まる悪夢が、文字通り終わった瞬間だった。

そしてそれは、一人の少女の物語の始まりを意味していた。

 

「いいえ、寧ろここからです」

 

その顔に、もう僅かな迷いも無かった。

朝焼けを見つめる彼女の瞳は、確かな意志が宿っていた。

 

「貴方の決意、見させてもらったわ」

 

「クラリスさんだけの物語、一緒に紡いで行きましょう!」

 

「まずは景気づけに、パーッと頼むぜ!」

 

「お帰りクラリス。……ありがとう」

 

それに笑顔で応える仲間達。

クラリスもまた、確かな笑顔で頷いた。

 

「人は誰もが、自分だけの物語を持っている。幸せな結末を迎えられるために、私は迷わない! かけがえのない仲間と共に、希望に輝く未来を信じて! 勝利のポーズ……、」

 

「「決めっ!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それから2週間後、実に10年ぶりとなる新生帝国歌劇団の復活旗揚げ公演は、稀代のトップスタァ『アナスタシア・パルマ』の主演もあり大盛況を迎えた。

中でも観客達の目を引いたのは、団員の一人が手がけたと言う脚本「迷宮のリリア」。

自身の望まぬ宿命に苦悩し、人形達の世界に迷い込むリリアの空想劇を描いたこの舞台は、司馬の手掛けた舞台装置の臨場感と、主演のアナスタシアの熱演により一躍人気演目となった。

中でも観客達はそのラストに心を奪われたと口を揃える。

 

クリスと共に闇の中を迷い続けていたリリアは、ふと目の前にかすかな光を見つける。

クリスは言った。

 

「忘れないで、リリア……。君の物語の結末は、君にしか書けない……。君の未来は、君にしか決めることは出来ない」

 

「君の心に光が差した。ここから先の物語は、君が描き出すんだ」

 

「大丈夫。僕たちがいつでも君を見守っている。そして、君の目覚めを待っている人がいる……」

 

そして夢から醒めたリリアは、運命にも負けず、自分自身の一歩を踏み出していく、希望に満ちたハッピーエンドを迎えたのである。

 

 

 

 

 

リリアは、世界が嫌いでした。

 

パパもママも怒ってばかりで、ほめられたことなんて一度もない。

 

守ってくれるのは生まれたときからずっと側にいてくれた人形だけ。

 

「おいで……私達の世界に……決して覚める事のない、永遠の夢の世界へ……」

 

そんな私の背中を、彼女は押してくれたのです。

 

「ありがとう……、これは私の物語……結末は、私が決める……!」

 

おめでとうリリア。

 

よかったねリリア。

 

人形達に見送られ、夢から醒めてもう一度世界へ。

 

がんばってリリア。

 

だいじょうぶだよリリア。

 

結末は貴方だけのもの。

 

希望を胸に、まだ見ぬ明日へ……

 

 

 

 

 

<続く>




<次回予告>

忍びとは、決して知られてはならぬ者。

姿を隠し、心を隠し、何があっても忍び耐える者。

だから……、

あざみはもう、迷わない……!

次回、無限大の星。

『忍ぶれど』

新章桜にロマンの嵐!!

里の掟108条。何があっても生き延びよ。

例え、仲間を見捨ててでも……
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