無限大の星   作:サマエル

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無限大の星、膨らみすぎたので3編構成に急遽変更しました。

大敗を喫してしまった帝国華撃団。

そこへ更なる苦難が怒涛の如く押し寄せてしまいます。

連休中に後編まで頑張りたいと思ってますので、今しばらくお待ち下さい。


第5話:約束~中編~

 

 

その日、世界は震撼していた。

10年の沈黙から復活を遂げた帝国華撃団と、その資質を計る名目で集められた連盟の華撃団たちの競技会。

興奮醒め止まぬ歴史の1ページとなるはずだった1日は、一瞬にして醒めぬ悪夢の日へとその姿を変えた。

 

世界華撃団、敗北。

 

衝撃的な見出しから始まった号外に人々は驚き、嘆き、戦く。

それこそが魔の者達の極上の餌となることも知らずに。

 

『私はWOLF事務総長プレジデントG。世界よ、まずは此度の失態、深く謝罪する』

 

故に彼らは活目した。

魔のものから世界を守護する華撃団、それを取りまとめる連盟の長の言葉に。

 

『本来ならば今日この日、我々は世界の平和の象徴たる華撃団の華々しい姿に胸を躍らせていたことだろう。だがそれは打ち砕かれた。あの恐るべき力を持つ降魔によって!』

 

人々は失望した。

自分達を守ると信じてきた世界華撃団。

それがあまりにもあっさり負けてしまったという事実に。

 

『それだけに留まらず、かの大戦において諸悪の根源たる降魔皇を封じ込めた神器「帝鍵」までが奪われてしまった。これはあの絶望を生み出した魔王を蘇らせる術を、敵が手に入れてしまったことを意味する!!』

 

人々は戦慄した。

あの10年前の未曾有の大災害が、再び世界を地獄に変えようとしている事実に。

 

『しかし! 希望は残されている。帝鍵によって封印を破るには、封印を施した場所と同じ座標でその力を解放しなければならない!それこそがこの華撃団大戦開催の場所なのだ!!』

 

『最早降魔皇の復活を阻止する方法は只一つ! 華撃団大戦を囮に敵を誘い出し、逆に殲滅して神器を奪取する! 華撃団同士の霊力のぶつかりあいならば、降魔の注意をひきつけるには十分な効果がある!』

 

『無論これを只の茶番にするつもりは無い! 私はこの華撃団大戦に、新たな希望を託すことを決めた!』

 

『そう、世界規模で降魔が際限なく出現する今、都市単体での防衛システム『都市防衛構想』では対応しきれない。だからこそ今回の敗戦に繋がったのだ』

 

『故に私は宣言する! 今一度世界に散らばる華撃団の全てを無に返し、世界規模の新たなる華撃団、『WOLF華撃団』の設立を! この華撃団大戦を、その栄えある戦士の選定の場とする!!』

 

『実戦で結果を出せぬ弱者は不要。一騎当千の戦士のみで結成した真の強者達で降魔を殲滅し、平和を取り戻すのだ!!』

 

人々は縋った。

眼前に迫る悪夢を打ち払う、目の前に吊るされた希望という餌に。

まるで、その言葉にまどろむかのように。

 

 

 

 

 

 

 

<第5話:約束~中編~>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その姿を見た瞬間、時が止まったかのような衝撃が全身を駆け巡った。

 

「……あれは……!!」

 

痛みを忘れ、目を見張った。

見間違いではない。

幻覚などでもない。

確かに目の前に、それはいた。

胸の輝く空色のタイマーと、額に輝く三又の矛を思わせる発光体。

自らギンガと名乗ったその巨人を、自分は知っていた。

 

「あの時……、俺を救ってくれた巨人……!!」

 

その後光が差したかとさえ錯覚するような神々しいまでの光を讃え、巨人はその背に自分達を庇っていた。

あの、無数の降魔に囲まれたまま海原へ沈むはずだった軍艦を守り抜いたときのように。

 

「何なの……、この歪な力……、この奔流……!!」

 

その姿は今まで自分達を歯牙にもかけなかった相手を圧倒していた。

只立っているだけであるにも拘らず。

 

「その力……、ジャマよ! 消えなさい!!」

 

僅かに上ずった命を受け、機械獣がレーザー砲を発射した。

先ほどメビウスが戦闘不能に追い込まれた悪夢の一撃。

だが……、

 

「フッ……」

 

僅かに胸を張ったかのように見えた刹那、信じられないことが起こった。

 

「なっ……!?」

 

「効いていない……!?」

 

耐えているのではない。

意に介していない。

メビウスの必殺光線と打ち合って圧勝する威力の破壊光線を、急所であるはずのカラータイマーに直撃して尚、まるで空気に触れるかのごとく意に介さない。

そんな事が、ありえるのか。

 

「ハァッ!!」

 

追い討ちとばかりに肥大化した右腕が、虫を払うかのように破壊光線をなぎ払う。

その体にはダメージはおろか、かすり傷一つ見られない。

 

「ば、バカな……。こんなことが……!!」

 

その一部始終に驚いていたのは、夜叉も同じだった。

仮面に目元を隠したその表情をうかがい知ることは叶わないが、明らかに動揺の色を浮かべていた。

 

「ハァァァァ……!!」

 

巨人はそのまま右腕に力を集中し、徐に天と掲げる。

すると、驚くべきことが起こった。

天高く掲げられた右腕の発光体から空へ一条の光が伸びた直後、巨人の頭上に渦を巻くように曇天が生まれ、激しい雷鳴が轟き始めた。

まるで、天気さえも巨人に従うかのように。

 

「ギンガ・サンダーボルト!!」

 

壮年の男性を思わせる低く威厳に満ちた声が、右腕に纏う天の裁きを放った。

幾重にも渦を巻いた雷鳴の帯は機械獣を掴むとそのままの勢いで天高く吹き飛ばす。

そして……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……以上が、私の知りうる限りの全てです」

 

記憶するすべてを話した神山に、すみれは数秒の間を置いて自らを落ち着かせるように息を吐く。

それは、安堵とも失意とも取れる何とも曖昧な顔に見えた。

 

「では、やはりあの摩利支天の襲撃事件で貴方が生還できたのは……」

 

「はい。あの『ウルトラマンギンガ』と名乗る巨人のおかげです」

 

無数の降魔の軍勢から客船を守るべく奮戦し、相模湾に沈んだ特務艦『摩利支天』。

以下に屈強な軍艦といえど、物理攻撃の通じない降魔にとっては噛み応えのある餌でしかなく、30分に及ぶ応戦の末に機関部が破損、爆発。

若き艦長を残し撤退した船員の誰もが、未来ある海軍少尉の殉職を覚悟した。

だが、艦長は大磯の漁港に生還を果たしていた。

 

『奇跡が起きた』

 

その一言を携えて。

 

「圧巻の一言に尽きました。蒸気機関の粋を結集したはずの通常兵器では歯が立たない降魔を、たった一撃で……」

 

「何故、それを報告しなかったの?」

 

当然とも言えるすみれの疑問。

神山は当時を思い返すように目線を上に向けた。

 

「頼まれたんです。巨人に」

 

「頼まれた?」

 

「はい。自分の存在を、隠してくれと」

 

一瞬の閃光を以って魔の軍勢を無に帰した巨人は、背を向けたままこちらを一瞥しそう告げた。

曰く、

 

『本来私はここに現れる存在ではない。だが、未来に君の存在が必要だった』

 

「これは推測ですが……、あの巨人、『ギンガ』は知っているのではないでしょうか。これから帝都に起こる未来を」

 

実際にあの場に居合わせた自分なら分かる。

機関部を破壊され、いつ沈むかも分からない軍艦に一人残された状況。

例え万に一つ窮地を脱したとしても、自力で航行できない船の上では、自分の命は風前の灯であった。

いや、本来自分はそこで最期を迎えるはずだったのだ。

それが、変わった。

恐らく、あの巨人の手による必然として。

 

「やはり……、彼だという予感はしていました。偶然にしては、あまりにも都合が良すぎますもの」

 

「では、支配人もご存知だったんですね? あの巨人の存在を……」

 

返ってきた返事に、神山の疑問は確信に変わった。

やはり巨人は、ある思惑の下に、この帝都で独自に動いている。

そしてこの報告に際して全くと言っていいほど驚きを見せないすみれ。

明らかに自分と同様にその巨人を見たか、聞かされていたに違いない。

 

「すみれ様……」

 

横に立つカオルが、気遣うようにすみれに声をかける。

念を押すかのような秘書の声に、すみれは数秒の間をおいて、沈黙を破った。

 

「それを説明するには、話さなければならないわ。 10年前、この帝都で何があったのか……」

 

「……、降魔大戦……!? では、その時……!!」

 

「ええ……、神山君。至急、全員を作戦司令室に招集してちょうだい」

 

その瞳は、直前までの迷いを振り切ったように見えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大正19年。始まりは、ほんの小さな異変でしたわ。

 

 

『……またですの?』

 

『幸い震度は弱いですが、これ以上続くと生産ラインに影響が……』

 

 

帝都周辺で、原因不明の小さな地震が頻発するようになった。地質学者が調査しても、震源に全く変化が無い。

 

しかし震度は日に日に大きくなり、遂には大型の商業施設が傾いて救助が必要になる事態にまで発展したの。

 

 

『隊長、民間人の救助、完了しました』

 

『ありがとう。だが、この一連の地震は一体なんだ?』

 

 

その翌日、夜明け前にそれは起こった。

 

 

『また地震!?』

 

『……いえ、ただの地震ではないわ!!』

 

『あれは……!!』

 

 

帝都全域を激しい地揺れが襲い、無数の亀裂が地面を裂き、そこから無数の降魔が現れたの。

 

 

『降魔だと……!? バカな……、サタンも長安もいない今になってどうして……!!』

 

『隊長! 考えてるヒマはねぇ!!』

 

『片っ端からぶっ飛ばしマース!!』

 

 

戦いは熾烈を極めたわ。当時の総司令である大神一郎大尉が先陣を切り、急遽帰参した私も含め7名が応戦しました。

 

 

『すまない、すみれくん。苦しいとは思うが、どうか力を貸してほしい』

 

『全くですわ。アレだけ盛大なカーテンコールでしたのに。……お返しは2年ぶりの舞台でよろしくてよ』

 

『ああ……、もちろんだ! 帝都のために頼むぞ、すみれくん!!』

 

 

……ええ、7名よ。一人だけ、帰参できなかった隊員がいるの。

 

 

『何でや! すみれはんまで出張っておいて、ウチが下がるわけにいかへんやろ!?』

 

『ダメだ! 今の君の体は君だけのものじゃない!! 身重の体で光武の負荷がかかったらどんなに危険か、君もわかってるだろう!?』

 

『せやけど……、せやけど……ウチは……!!』

 

 

彼女の名は『李紅蘭』。彼女は当時、子供を身ごもっていたの。夫である大神大尉との、大切な命を。

 

 

『約束する! 必ず……、必ず君の下へ帰って来る!! 生きて君と、仔空の下へ帰って来る!!』

 

『……うん。約束やで……。きっと……、ううん、絶対や……!!』

 

 

帝都全域に現れた降魔殲滅のため、大神司令は急遽巴里・紐育両華撃団に応援を要請。

 

巴里華撃団はリボルバーカノンで即日のうちに、紐育華撃団も1日遅れで到着し、辛うじて避難区域のラインを死守できるまでに敵の勢いを押さえ込むことに成功しましたわ。

 

 

『それでもアタシの相棒かよ!! しっかりしやがれ!!』

 

『大神司令!! 紐育華撃団星組、上空より支援します!!』

 

『ロベリア……、新次郎……、恩に着るぞ!!』

 

 

そう、そこまでは良かった。

 

しかし戦闘開始から3日後、かつてないほどの強大な妖気を纏って、それは現れましたわ。

 

 

『地中より強大な妖力反応あり!! 各機注意せよ!!』

 

『この感覚、威圧感……、ガタノゾーア以上だぞ!!』

 

 

降魔皇。数多の上級降魔を従え、数百年に及ぶ帝都の怨念を糧に地上に現れた悪魔。

 

 

『何だ、あれは……!?』

 

『……早すぎたな』

 

『来るぞ!!』

 

 

正直、戦いにすらなりませんでしたわ。

 

 

『あ、ありえねぇ……。アタイの拳が……まるでハエじゃねぇか……!!』

 

『効かない!! リカ、いっぱい撃ってるのに効かない!!』

 

『くっ……!! これが……、これが降魔皇……!!』

 

 

こちらから繰り出す攻撃は、まるで蚊をあしらうかのように払い返され、お返しに放たれた波動の一撃で周囲の建物がまるごと消滅してしまう。

 

更にその怨念が更なる怨念を呼び、かつて帝都で倒された怪獣までもが傀儡となって町を蹂躙し始める。

 

そして戦闘中の負傷がたたり、レニさんとエリカさんが相次いで戦線離脱。……この世の終わりを見ているかのようでした。

 

 

『諦めるな!! 希望の炎は、まだ消えちゃいねぇ!!』

 

 

ですが……、希望は残されていました。紐育華撃団星組最後の一人ハワード=アンバースン。神秘のオーブに選ばれし摩天楼の星、ウルトラマンタロウ。

 

 

『立て、地球の同志達よ! 希望は、まだ君達の手の中にある!!』

 

 

華撃団の前身たる帝国陸軍・対降魔部隊参謀一之瀬豊大尉。そしてM78星からの使者、ウルトラマンゾフィー。

 

 

『そら、腕輪の届けもんだぜ、弟さんよぉ!!』

 

『ダイゴ君! 私の光エネルギーを照射する! 光の証をかざすのだ!!』

 

 

そして、一度は光を喪ったはずの巨人が、初めて一堂に会しました。

 

 

『戦いましょう。まだ私に、ウルトラマンを名乗る資格があるのなら……!!』

 

 

私達の戦友、帝国華撃団花組隊員御剣秀介さん。そして誰よりも桜を愛した巨人、ウルトラマンジャック。

 

 

『ありがとう、豊さん……!! ティガ……、もう一度、僕に勇気を授けてくれ!!』

 

 

巴里華撃団花組隊員ダイゴ=モロボシさん。そして3000年の超古代より巴里を守り続けた守護神、ウルトラマンティガ。

 

彼らの救援で敵の攻勢を弱めた私達は、降魔皇の軍勢に帝都の、世界の命運を賭けた決戦を挑みましたわ。

 

ですが……、

 

 

『無駄だ……。幾千の恨み……、幾万の業……その全てを糧とする私に……お前達は小さすぎる……』

 

 

降魔皇は、倒れなかった。

 

幾度攻撃を加えても、その度に何事もなかったかのように起き上がる。まるで底なしを通り越して、無限の命を持つかのような。

 

既に霊力も光エネルギーも尽きかけていた私達は、最早ジリ貧寸前の状態でした。

 

 

『大神さん、このままでは……』

 

『ああ……。これほどの力を持つ降魔皇から帝都を守るには……最早あれを使うしかない……』

 

『『帝鍵』と……五輪柱の陣……』

 

『そして、我々の『ファイナル・クロス・シールド』……』

 

 

それは、降魔皇の撃破に持ち込めなかった際に示されていた、私達の最終作戦でした。

 

星の形の五忘星を地上と空中に霊力を用いて描き出す封印術『五輪柱の陣』。

 

更に上空4箇所から十字架を描くように光エネルギーで物体を遮断する『ファイナル・クロス・シールド』。

 

そして膨大な霊力と引き換えに現世と異界の境界を切り裂く力を宿す神器『帝鍵』。

 

降魔皇の周囲を五輪柱の陣で塞ぎ、上空からクロス・シールドで蓋をして、帝鍵で降魔皇を次元の果てに封じ込める。

 

言葉にすれば至極単純明快ですが、実際は作戦とは言いがたい、ほとんど賭けに近いものでした。

 

それでも……、

 

 

『……やりましょう』

 

 

あの人は、そう言いました。

 

 

『そして……生きて帰ってきましょう。あたし達が愛した、この帝都を……世界を守るために……!!』

 

 

いつもの田舎臭い、眩しい位の笑顔で、そう言いました。

 

正直、その頬を引っぱたいてやりたかったですわ。

 

 

『言うようになったじゃない……。帰って来なかったら承知しません事よ!』

 

 

何せその時、私は光武を、もう動かせなかったんですもの。

 

そして……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「結論から言えば、作戦は成功したわ。降魔皇は帝鍵によって生み出された次元の果てに封じ込められた。……三都華撃団と4人の巨人と共に」

 

すみれが語り終えた時、言葉を発するものは誰もいなかった。

10年前の、降魔大戦の顛末。

決行前に戦線を離脱していたすみれたち4人を残し、先代華撃団は降魔皇諸共封印されていた。

想像を遥かに超える壮絶なまでの戦いに、誰もが言葉を失っていた。

 

「そしてその帝鍵こそ、神器『天宮國定』。代々「絶界」の力によって帝都を守護する天宮家にのみ生み出せる刀ですわ」

 

「では、敵がさくらからあの刀を奪ったのは……!」

 

神山の予測を肯定するように、すみれは頷いた。

 

「降魔皇復活の一助……、あるいは復活させた後に再びこちらに封印を仕掛ける手段を絶つためでしょうね」

 

「だったらマズイぜ!? もし降魔皇が復活させられちまったら……!」

 

「それはないわ。封印を解くにしろ仕掛けるにしろ、帝鍵には莫大な霊力が必要なはず。根本的に妖力しか持たない降魔が持っていても、力が相反して役に立たないはずよ」

 

慌てて立ち上がる初穂に、アナスタシアが座したま冷静に反応した。

そのまま格納庫に飛び出しそうな勢いだった初穂も、納得して座り直す。

確かに人間の持つ霊力と降魔たち人外の持つ妖力は対の関係にある。

双方の力を増幅できる魔神器ならば話は別だが、純粋に霊力にのみ反応する神器ならば、少なくとも降魔の手に渡ったからといって危険に陥るわけではない。

そもそも帝鍵が妖力を糧にできるならば、降魔皇の無尽蔵な妖力で封印を押し返されていたはずである。

それなら、なるほど帝鍵を降魔が持っていたところでおもちゃにしかできないだろう。

 

「さくら……」

 

話の途中から俯いたままのさくらを見やる神山。

先の戦いで意識を取り戻してから、思えばほとんど口を開かない。

まるで何かに思い悩んでいるかのようだ。

 

「君が責任を感じることはない。敵が降鬼を差し向けてくる可能性があった以上、君が神器を携帯しておくことは必然だった」

 

帝鍵が敵に奪われたことに責任を感じていると思い励ます。

が、さくらは俯いたまま首を振った。

 

「……似てるんです」

 

「似てる?」

 

「あの声……、あの太刀筋……、あれは……」

 

途切れ途切れに、弱い声で呟くさくら。

 

「敵襲か!?」

 

だが、その先の言葉は突然の警報によって遮られた。

 

「緊急警戒! 大帝国劇場周辺に傀儡騎兵の集団が出現! 破壊活動を開始しました!」

 

「こんな時に……!」

 

未だ霊子戦闘機の修復は目処が立っていない状況での襲撃。

他の華撃団も同様の今、対抗できるのは……、

 

「……司馬君、さくらさんの無限は?」

 

「……、司令! でも……!!」

 

思わずクラリスが静止を叫びかけ、口ごもる。

確かに今、大帝国劇場にはたったひとつだけ無傷の霊子戦闘機がある。

開会式後に到着した、さくらの無限だ。

だが、今のさくらは明らかに普通の状態ではない。

いつもの使命感に溢れた彼女なら、出撃命令すら待たずに飛び出していただろう。

何かに躊躇うように、うつむいてはいないはずだ。

 

「さくらさん、行けるわね?」

 

「……」

 

「さくらさん!」

 

「は、はい……!!」

 

気圧される形で返事を返すさくら。

だがその言葉にいつもの覇気がない。

一抹の不安が過ぎるが、他に選択肢はない。

 

「さくら、考えるのは後だ。今、降魔の進撃を食い止められるのは君しかいない!」

 

「はい……、天宮さくら、出撃します!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夜の闇に包まれた大帝国劇場。

その静寂を蹂躙するべく現れた魔の傀儡達の前に、颯爽と真新しい装甲に身を包んだ桜色の霊子戦闘機が立ちはだかったのは、つい今しがたのことであった。

月光を照らした白銀の刀身を振るい、眼前の傀儡騎兵達を次々と切り伏せていく。

だが、その動きは何処かぎこちない。太刀筋も鈍い。

彼女を知るものなら口を揃えて言うだろう。三式光武の頃より動きが悪いと。

理由はただ一つ。搭乗者の精神状態が不安定なままだったからだ。

 

『さくら、集中しろ! 単機で突っ込むと背後を取られるぞ!』

 

「分かってる……、分かってるけど……!」

 

本部から普段飛ばない神山の叱責に顔を歪ませるも、脳裏にはあの瞬間がこびりついてはなれない。

 

「(あの声も、姿も、太刀筋も……、でも、どうして……!?)」

 

似ていた。

あの時、瀕死の母と共に助けられたあの時。

光武から出てきたその顔が。

こちらの安否を気遣う声が。

そして、迫り来る降魔を一太刀に切り伏せたあの剣技が。

もしそうなら……、

 

『さくらはん! 五時方向から新手や!』

 

「くっ……!」

 

こまちの通信に思考を中断し、振り向き様に刀でなぎ払う。

寸断された傀儡騎兵は、既にこちら目掛けて獲物を振りかぶっていた。

もし通信が一瞬遅れていたら……、

 

 

 

 

 

 

 

 

「楽しそうね。あたしも混ぜてもらおうかしら?」

 

 

 

 

 

 

 

遥か頭上に響いた声に、背筋が凍りついた。

聞き覚えのある声だった。

どこかにぬくもりを残した、懐かしさのある声だった。

見上げれば、満月を背にして、彼女は立っていた。

 

「中々おしゃれな衣替えね。あたしもそういうのは好きよ?」

 

「……夜叉……!!」

 

反射的に一歩後ずさる。

何故だ。

相手は生身の状態。

にも拘らず、眼前の仮面の女に恐怖している自身を、天宮さくらは自覚していた。

 

「フフフ……」

 

そんなさくらの様子に何処か楽しげに微笑み、夜叉は指を鳴らす。

と、今まで周囲で暴れまわっていた傀儡騎兵の集団が瞬く間に魔方陣に消えていく。

一体何の真似だというのか。

 

「もうあの子達は用済みなの。それに勝負は1対1じゃないとフェアじゃないでしょ?」

 

「勝負……? 私と……?」

 

「ええ、そうよ。『あの御方』からの命令はこう。『帝鍵・天宮の血筋を滅せよ』」

 

「!!」

 

思わず太刀を突きつけるように構えなおす。

恐怖が悪寒となって全身を包み、震え上がらせていた。

恐ろしかった。

あの声が、あの姿が。

こうして今、自分に牙を向いているという現実が。

だって自分は……、

 

「いい顔ね。今からその泣き顔、もっと歪ませてあげる。来なさい、傀儡騎兵『神滅』!!」

 

頭上に刀を突きつけ、夜叉が叫ぶ。

瞬間、真後ろの空間が歪み、中から悪魔を思わせる翼を持った傀儡騎兵が姿を見せた。

先の華撃団大戦会場を破壊した際にも現れた傀儡騎兵『神滅』である。

 

「さあ、どこからでもどうぞ」

 

まるでダンスの相手を誘うかのように、乗り込んだ夜叉がその刀身を撫でる。

身を切られるような恐怖に戦くさくらと対照的に、その佇まいは気だるげさすら感じさせるほどの余裕に満ちていた。

 

「来ないなら……、こちらから行くわよ?」

 

その言葉が聞こえた瞬間、何かが振り切れた。

殺される。

やらなければ、殺される。

瞬間、紙一重で保たれていた理性は完全に吹き飛んだ。

 

「う……、うわあああぁぁぁ……!!」

 

『さくら、どうした!?』

 

まるで本能に支配された獣のように、悲鳴に近い金切り声と共に桜色の無限が突撃を仕掛けた。

振りかぶった渾身の斬撃。

だが相対する黒の傀儡騎兵は、まるで舞い踊るかのように僅かな動きでそれをかわす。

続けて横になぎ払うも、今度はターンするかのように距離をとられる。

そこに普段の天宮さくらの剣技の面影は、何処にもなかった。

ただ眼前の死の恐怖に怯え、それを振り払おうと出鱈目に剣を振り回すだけ。

その姿は、皮肉にも月夜に照らされた醜悪なダンスにさえ見えた。

 

『落ち着けさくら! 一体どうしたんだ!?』

 

『さくらさん!』

 

『しっかりしろ! いつもの動きはどうした!?』

 

異変を感じ取った仲間達が通信で呼びかけるも、反応はない。

いや、出来ない。

今のさくらにできることは、型も何もかも忘れて切りかかることだけだ。

 

「あぐっ!?」

 

唐突に横からの衝撃を受け、受身も取れずに倒れこむ。

まるでハエを払うかのような、神滅の平手だった。

相手は、未だ刀を抜いてすらいなかった。

 

「はぁ……、はぁ……、はぁ……!!」

 

「中々楽しいダンスだったわ。でも、もう終わりみたいね」

 

狂ったようにひとしきり刀を振り回し続けたことで、既にその体は無限以上に満身創痍であった。

肩が大きく上下するほど息が上がり、両腕は力任せに振り続けたせいでビキビキと痛む。

こうなったら……、

 

「……蒼天に咲く花よ……、敵を討て!!」

 

残された霊力を集中し、太刀を横に構える。

これまで師匠の下で磨き上げ、戦いの中で幾度も敵を打ち払ってきた奥義。

もうこれしかない。

 

「いいわ、その表情。恐怖を必死に押し殺して健気に立ち向かうその表情……」

 

それすらも、夜叉は嗤った。

同時にその刀を抜き放ち、今度は青眼に構える。

まさか、打ち合うつもりか!?

 

「……涙でメチャクチャにしてあげる」

 

「っ! 天剣・桜吹雪ぃーーーっ!!」

 

先手を取らんと相手を待たずに一撃を放つ。

桜の花弁に彩られた横薙ぎの一閃。

だが……、

 

「……破邪剣征……、百花繚乱!!」

 

「なっ!? きゃあああぁぁぁっ!!」

 

桜の花弁を巻き込んだかまいたちの竜巻が、唸りを上げて襲い掛かった。

防御も回避も間に合わず、桜色の無限は凄まじい風刃にその身を切り刻まれ、帝劇の壁にめり込む様に叩き付けられる。

意識を失わなかったのは、やはり装甲の強度のおかげか。

 

「……弱いわね。刀も、意志も」

 

眼前で太刀を突きつけたまま、夜叉が笑う。

何故だ。

声も、技も、何もかもが同じだ。

気づくと、視界が涙で滲んだ。

 

「……どうして?」

 

悔しかった。

10年もの間憧れ、磨き続けた剣が、全くと言って良いほど届いていなかったことに。

悲しかった。

10年もの間憧れ、目指し続けてきたはずの背中が、今帝都の敵となっていることに。

 

「どうして貴女なんですか……。どうして帝都を襲うんですか……」

 

「理由が、要るのかしら?」

 

「だって……貴女はずっと戦ってきたじゃないですか! この帝都のために! 私のことも助けてくれたじゃないですか!」

 

「さあ……、記憶にないわ」

 

「貴女が覚えていなくても、私は覚えてます!! 貴女が私の憧れた、真宮寺さくらさんだって!!」

 

一縷の望みを賭けて訴える。

が、夜叉は微動だにしない。

何故だ。

何が彼女をここまで変えてしまったのだ。

 

「……知らないわね。あたしの名は夜叉。あの御方の命の下、穢れた帝都を浄化する者」

 

「穢れた……帝都……?」

 

「そう。これは大いなる断罪。己の罪すら自覚しない者たちへの、あの御方による裁定……」

 

断罪。

己の罪。

どういうことだ。

罪とは、何を指しているのだ。

 

「本当は後方の憂いのために貴女の天命をいただくつもりだったわ。けど……」

 

神滅が、突きつけていた刃を収めた。

 

「あの御方にもお伝えしましょう。天宮の血は自然に絶えると……」

 

そうして背を向ける。

もし動けたなら、戦う意志があったなら、迷わず切りかかっていただろう。

だが、出来なかった。

最早さくらの目に、その背中は敵としてすら映ってはいなかったのだ。

 

「……ここを離れなさい。アタシのように、裏切られたくなかったら……」

 

最後にそう言い残し、神滅ごと夜叉の姿は夜の闇に消える。

帝劇から神山たちが飛び出してくるまで、さくらはただ彼女のいた虚空を濁った目で見つめ続けることしか出来なかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その夜、大帝国ホテルのロビーは多くの人間で溢れていた。

本来ならば貸切のはずのフロント前には様々な場所に包帯を巻いた怪我人が並び、その間を何人もの医師やホテルスタッフが右往左往している。

彼らは大帝国病院に収容しきれずにここまで移動して来た怪我人達だった。

度重なる降魔の襲撃で病床がパンク寸前になった大帝国病院は、同じく国営の大帝国ホテルに協力を要請。

偶然にもしばらくの間、倫敦からの円卓の騎士たちが貸切にしていたことが幸いし、患者達の収容を認めたということだ。

 

「……はい、もう大丈夫ですよ」

 

せわしなく歩き回るスタッフの中、ローブに身を包んだ一人の女性が優しく微笑む。

患者の一人が恐る恐る包帯と取ると、明らかに傷口の腫れが和らぎ、傷がふさがっていた。

 

「き、奇跡だ……! ありがとよシスターさん!!」

 

「どうか神のご加護があらんことを……、次の方どうぞ」

 

シスターの座る場所には、比較的軽症の患者が順番に列を作っていた。

現場に居合わせた彼女は、自身の霊力を用いた治癒を申し出たのである。

ただでさえ人手の足りない病院とホテルは二つ返事で快諾し、臨時の治療窓口にしたのである。

 

「シスター、ありがとうございました。これで重傷者を除き、患者は帰宅できる形になりました」

 

「お礼なんて……。私はただ神の御心のままに奉仕を行っただけですから」

 

そう丁重に礼を断り、席を立つシスター。

その背中に、声がかけられた。

 

「いらしてたんですね、シスター」

 

「……カトリーヌ」

 

振り向いた先にいたのは、困惑した様子の顔見知りの少女だった。

無理もない、と思う。

自分がここに来ていることは、彼女は知らないはずだ。

 

「もうその名前で呼んでくれるのは、貴女だけですよ」

 

「忘れたりはしませんよ。カトリーヌ。例え洗礼を受けて名を変えても、この名前は貴女の大切なご家族がつけられた名前です」

 

「……ありがとうございます。ツバサは?」

 

「娘は、もう休んでいます。貴女の晴れ姿を楽しみにしてますよ」

 

娘にとって、カトリーヌは憧れだった。

かつての自分のような、誰かを守る力が欲しい。

そう願う娘にとって、一歩先に夢をかなえたカトリーヌは羨望の象徴であった。

だからこそ、怪訝に思う。

 

「……そう、ですね……」

 

目の前の彼女の表情が、曇っていることに。

 

「カトリーヌ……、何か悩み事ですか?」

 

「いえ……」

 

いいづらいことなのか、言葉を濁すカトリーヌ。

その時、明後日の方角から声が飛んだ。

 

「ランスロット殿、少しよろしいですか?」

 

「メノウ殿? はい、すぐに! ……すみません、シスター。私はこれで……」

 

「はい。いつでも会いに来て下さい。神はあなたを見守っています」

 

「ありがとうございます。シスター・エリカにも、ご加護がありますように」

 

そう告げて、足早に立ち去る少女。

その背中を優しく見送りながら、誰にも聞こえない声で、一人呟いた。

 

「私も……久しぶりですね。名前で呼んでもらうの……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、ほんの小さな偶然だった。

部屋の窓の先にある屋外階段。

ジャンプすれば容易に飛び移れる距離にあるそれを降りれば、夜の街へと続いていた。

探検しようというつもりはない。

不用意に外に出れば母を心配させるからだ。

ならば何ゆえに外に出ようというのか。

それは、真下に小さな怪我人が見えたからである。

 

「え~と、じっとしててね……」

 

いつも母がしているように、両手をかざして意識を集中する。

成功率は半々。

両手に光が灯るだけの時もあれば、その先に行ける時もある。

今日は、後者だった。

 

「はい、お待たせ。気をつけて帰ってね」

 

そう告げると、怪我人は大きく伸びをしながら器用に屋根を跳んで夜の闇に消えていく。

この瞬間に幸福を感じる辺り、母譲りの奉仕精神は確かといえるだろう。

 

「こんばんは」

 

そんな彼女に、ふと声がかけられた。

振り返ると、金髪の優しげな顔立ちの青年が、こちらを見下ろしているのが見えた。

 

「凄い力だね。霊力で子猫のケガを治してしまうなんて」

 

「ありがとうございます。お母さんはもっと沢山の人のおケガを治せるんだけど……」

 

初めて面と向かって褒められたことに赤面し俯く。

と、青年は膝をついてこちらを覗き込むように目線を下げた。

 

「僕はアーサー。君は?」

 

「えっと……、ツバサ=フォンティーヌ=モロボシです……」

 

「ツバサ、か。良い名前だね。ところで……」

 

もし彼女がいれば、気づいていただろう。

 

その屈託の無い笑顔の目が、どす黒く変わっていたことに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「その力、沢山の人を守るために使いたいと思わないかい?」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……もう一度言って下さる?」

 

普段耳にしない支配人の困惑の声色に、隅に控える神山もまた困惑していた。

夜叉の突然の襲撃から一夜。

霊子戦闘機と舞台の修繕が進む中、突然さくらが支配人室に用があると言ってきたのである。

そして開口一番、とんでもない言葉が飛び出してきた。

 

「だから、夜叉は……あの人はどう見ても真宮寺さくらさんなんです! 間違いありません!」

 

夜叉が、あの華撃団大戦会場を破壊し、続けて帝劇に追撃してきた降魔の女が、先代花組の筆頭たる真宮寺さくらだと言い出したのだ。

これには神山ももちろんだが、すみれも話が飛躍しすぎていてついていけていない。

 

「……冗談にしては笑えませんわね」

 

「嘘じゃありません! あの声も、姿も、太刀筋だって北辰一刀流そのものじゃないですか!」

 

聞く価値なしと斬り捨てるすみれに、尚も食い下がるさくら。

その一瞬、ピクリと眉がつりあがるのを、神山は見逃さなかった。

 

「あの人は言ってました。裏切られたと、穢れた帝都を浄化すると……」

 

すみれは応えない。

明らかに無視して手元の書類を見ている。

 

「降魔皇の封印も、最初から真宮寺さん達を犠牲にする前提だったんじゃないですか? 最初から見捨てる気だったんじゃないですか!?」

 

「お、おいさくら……!」

 

「そんな目に遭わされた真宮寺さんとなんて戦えない! そんな仕打ちをした帝都なんて……!!」

 

そこまでまくし立てたとき、支配人室に乾いた音が響いた。

晴れ上がったさくらの頬と、振り抜かれた右手。

何が起きたかは明らかだった。

 

「……図に乗るのも大概になさい、三下」

 

表情こそ変えないまでも、その声色は明らかに低く、怒気を孕んでいた。

 

「貴方がさくらさんの何をご存知? この私の前でさくらさんを疑い、哀れむなど、ちゃんちゃらおかしいですわ」

 

打たれた頬を押さえ、さくらは尚もすみれを睨む。

 

「私はね、さくらさんに誓いましたの。さくらさんだけではない。これまで数多の敵と戦ってきた仲間達の帰る場所を守り続けて見せると。貴方如きに口出しされる謂れはありませんわ」

 

「……自分は戦えもしないくせに……」

 

「さくら! お前今何を……!!」

 

吐き捨てた聞き捨てならない言葉に、神山が反射的に止めに入る。

今の一連の発言は明らかな侮辱行為だ。

帝国華撃団も正規部隊である以上、軍部の服務規程は存在する。

何ならこれで独房行きを命じられてもおかしくはないのだ。

 

「いいわ神山君。聞かなかったことにいたします。彼女をサロンまで引っ張ってくださる? 書類が片付かなくて」

 

「は、はい! ほら、さくら……!!」

 

その言葉を最後通告と受け取った神山は、急いでさくらを引っ張って支配人室を後にした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

一言で言うならば、それは『羨望』だった。

 

目の前の全てを圧するばかりの強大な敵に、敢然と立ち向かうその勇姿が。

 

幾つもの絶望を齎した一撃を、華麗になぎ払う輝きが。

 

その身を以って眼前に齎した、奇跡が。

 

そのすべてが、直視出来ぬほどの眩い光を纏って見えた。

 

瞬間、願った。

 

『光』が欲しいと。

 

自分も、奇跡を齎す光になりたいと。

 

『……一つだけ、忘れてはならないことがあります』

 

その願いを聞いた光は、自分にそう答えた。

 

『愛することです。その星を、生きる命を、愛し守る……。その意志が心に宿ったとき、光は奇跡を起こします』

 

『そう……、不可能さえも、可能に変えてしまうほどに……それを……』

 

 

 

 

 

……ウルトラマンと呼ぶのです……

 

 

 

 

 

「……」

 

久しぶりに、あの夢を見た。

自身のすべての始まりとなった、あの邂逅。

幼いながらもひたすらに、ひたむきに、あの背中を追い続けた。

宇宙警備隊の狭き門を叩き、元々弱い体を鍛えに鍛えぬき、見習いの地位にたどり着くまで、3年もの時間を要した。

それから程なく、自身に技の粋を叩き込んだ師と、宇宙を取りまとめる隊長がふるさとを離れ、消息を絶った。

そして、それは自身の運命を決めた日でもあった。

 

『10年後に帝都『大帝国劇場』へ向かえ。地球を託す』

 

自身に向けられた、他でもないあの人からのウルトラサイン。

驚きと戸惑いの中に、僅かな興奮を抱く自身を、確信していた。

あの人の代わりに、この星を守る。

それは即ち、自分が負い続けた背中と同じ舞台に立つことを指し示していた。

自分に務まるのか。

いや、務めてみせるのだ。

教えられたではないか。

その星を愛し守るという意志に光が宿ったとき、それは不可能を可能に変える奇跡になると。

だからこそ、その定めを受け入れた。

敬愛する『御剣』の名を『ミライ』に繋ぐ。

自身の名前を、そう決めた。

 

だが……、

 

「……勝てなかった」

 

負けた。

文字通り手も足も出ない、完敗だった。

攻撃を仕掛ければ鉄壁の防御にこちらが返り討ちに遭い、防御に転じればバリアを易々と破られ。

終いには、10年かけて磨き上げてきた必殺光線を蚊を払うように押し返されてしまった。

何のための決意だったのか。

何のために10年間鍛錬を重ねてきたのか。

そう自問せざるを得ないほどに、あの敗北の瞬間の恐怖と屈辱が、澄み切った心に澱んだ雲を生み出していた。

 

「ジャックさん……」

 

ふと、左腕に忍ばせたブレスレットに目をやる。

敬愛する戦士の代名詞ともなっていた光の宝具『ウルトラブレスレット』。

故郷を発つに辺り、自身の武器を憧れの戦士のそれに似せて作った自身の光の片割れ『メビウスブレス』。

あの人に代わってこの星を守ると誓った輝きが、違うとわかっていても驕り高ぶる愚者の虚光にすら見えて、悔しげに目を反らす。

結局は全て、自惚れだったのか。

正式に戦士とは認められないまま、オーブにも認められないまま地球に飛び出したこの決意は、虚栄でしかなかったのか。

 

「……ミライ……」

 

ふと、自分を呼ぶ声に俯いていた視線を上げる。

見えたのは、黄色い厚底の草履を履いた、小柄な少女だった。

 

「あざみさん……、いつの間に……?」

 

「返事がないから普通に入った。呼んだのも3回目」

 

「そうだったんですか。すみません、気づかなくて」

 

若干呆れの混じった返事に、ミライは思わず苦笑いを返す。

表情にこそ出さないが、あざみの視線には心配の色が見えた。

恐らく、自分を心配してくれたのだろう。

 

「ミライ。これ、あげる」

 

すると、あざみは懐から何かを取り出した。

見たことがある。

確かいきつけの和菓子屋で売っていた……、

 

「みかづきのお饅頭。味はあざみが保障する。辛い時は甘いものに限る」

 

あの事件の後、月組に復帰したひろみから聞いたことがある。

あざみは任務の合間に、ひろみが日中勤める和菓子屋「みかづき」に出入りし、情報交換のついでに饅頭を買って帰るのが日課になっていたと。

無論常連客に見せかけるためのカモフラージュという側面もあるが、1個で済むところを毎回10個しっかり買い占めて行くところを見るに、理由は自ずと窺い知れた。

掌に小さくおさまるひとつを手に取り、口に放り込む。

一度噛み締めて中の粒餡と僅かに塩を利かせた皮の絶妙な味のバランス。

なるほど、あざみで無くともこの味にはまるのは納得できる。

 

「美味しい?」

 

「……はい、甘くて優しい味ですね。」

 

「良かった……」

 

首を傾げておずおずと尋ねるあざみに、素直な感想を述べるミライ。

ふと、あざみが視線をそらした。

心なしか、頬が少し赤く見える。

 

「……ねえ、ミライ……」

 

「はい?」

 

「このお饅頭……、もっと甘い食べ方があるって聞いてきた……」

 

どこかぎこちない様子のあざみに首をかしげるミライ。

何か緊張しているのか。

あざみは、少し指を震わせながら饅頭を一つ掴むと、

 

「ミライ……あーん、して……」

 

「……、あ、あーん……」

 

初めての感覚だった。

ただ饅頭を食べさせてもらうだけなのに。

妙に気恥ずかしくて、こちらまで緊張して視線をそらしてしまった。

 

「……お、美味しい……?」

 

「え、え~と……」

 

正直、味わっている余裕が無い。

心臓が高鳴っているのが、嫌でもわかってしまう。

 

「ちょっと……恥ずかしかった……ですね……」

 

「あざみも……」

 

恥ずかしさに顔を赤らめたまま笑いあう。

でも、不思議と悪い気持ちにはならなかった。

先ほどまでの不安が消えたわけではないが、僅かの間でもそれを忘れさせてくれた。

それが、ありがたかったのかもしれない。

 

「……良かった」

 

ふと、あざみが呟くように微笑んだ。

 

「ミライ、戻ってきてからずっと苦しそうだったけど、今は笑ってる。いつもみたいに」

 

「……あざみさん……」

 

初めて、ミライは自分が笑えていなかったことに気づいた。

普段どおりに振舞えていると思っていた。

だが、こうして周囲に心配させるくらい、苦悩が表情に表れていたのだろう。

 

「無理に言わなくていい。でも覚えていて。あざみたちは、花組はみんな一つ。それは、ミライも一緒」

 

「……ありがとう……」

 

先ほどまでの恥じらいではなく、感謝を込めた素直な笑顔で礼を返す。

帰ってきたのは、花のような満面の笑顔だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故、こんな事をしているんだろう。

そう自問している自分さえも、嫌だった。

普通に訪ねるつもりだった。

怪我はなかったかと。

今度借りを返してやろうと。

そのはずだったのに……、

 

「ちょっと……恥ずかしかった……ですね……」

 

「あざみも……」

 

先客の存在に思わず足を止め、壁越しに聞き耳を立てていた。

何だろう。胸の奥が痛い。

ただ饅頭を食べさせただけの、他愛の無いじゃれ合いだ。

百も承知のはずなのに、釈然としない自身の心に、言いようの無い嫌悪感が過ぎる。

何を嫌がっているんだ。

アイツが元気になったならそれで良いはずなのに、何が嫌なんだ。

 

「……」

 

ふと、手元の土産物に視線を落とす。

たまたま同じものを買ってきたからか。

違う。

そんな単純のものじゃない。

もっと心の奥で、何がどす黒い混沌としたものがへばりつくようにこみ上げている。

 

「……胸糞悪い……」

 

こめかみを押さえ、得体の知れないものに吐き捨てる。

だがそれさえも、別の意味に聞こえてきて余計に気持ち悪さが高まってくる。

呼び覚まされた感情は、怒りだった。

それもところ構わずぶつけてしまいたいくらいの、醜い怒りだ。

 

「……そんなのおかしい!!」

 

「当然のことだろう!」

 

反対の方角から、聞きなれた二つの聞きなれぬ言い争いが聞こえたのは、部屋に戻ろうときびすを返したときだった。

理由は大方想像できる。

が、相手の声が怒りを帯びているのはどうしたことか。

 

「……どいつもこいつも……」

 

誰に言うでもなく吐き捨て、拳を握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いい加減にして!!」

 

作戦司令室から引きずられるようにしてサロンまでやってきても、さくらの興奮は収まるどころか悪化を辿っていた。

普段のおしとやかな彼女からは想像もつかないほど感情的で荒々しい。

少なくとも正常な精神状態でないことは明らかだ。

 

「こっちのセリフだ。さくら、今の支配人への態度は隊長として到底容認できるものではない」

 

「真宮寺さんたちは犠牲にされたんですよ!? 帝都を守るために見捨てられて!! それで帝都を恨んで復讐を……!」

 

「支配人は違うと断言していた。それとも君は敵の言うことを信じるのか?」

 

「あの人は敵じゃない!! 真宮寺さんをそんな風に呼ばないで!!」

 

「夜叉は姿が似ているだけの別人だ。 仮にそうだとしても、俺たちが帝都を防衛する使命に変わりはないだろう?」

 

それでも務めて冷静に、論理的に落ち着かせようとする神山。

だがその言葉の一つが、さくらの逆鱗に触れた。

 

「変わりないって……、真宮寺さんと戦うつもりなんですか!?」

 

「そうだ。もし夜叉が、本当に真宮寺さくらその人であったとしても、帝都に仇成すというなら戦って止める他ない」

 

「そんなのおかしい!! 真宮寺さんや他の華撃団の人たちはどうなるの!?」

 

「さくら! 俺たちは帝国華撃団なんだぞ! たとえどんな脅威であろうと、帝都の平和を守るために戦わなければならない! 当然のことだろう!?」

 

一方的にまくし立てるさくらに、神山も語気に感情が篭る。

いよいよ話は平行線のまま暗礁に乗り上げた。

 

「そのために真宮寺さん達が見捨てられたのは当然なんですか!? そんなことが許されるんですか!?」

 

「それがなければ帝都は10年前に壊滅していた。少なくともあの時、真宮寺さん達が命がけで戦ってくれたから、今の俺たちがあるんじゃないのか?」

 

「そんなの知らない! こんな事になるなら封印なんてしなければ良かった!! あの人たちを見捨てた帝都なんて……!!」

 

癇癪を起こしたように喚くさくらにいよいよ堪忍袋の緒が切れかけたときだった。

ふと肩を掴まれたと思うと、そのまま横に押しやられる。

視界に入ったしめ縄に、乱入者の正体を悟った。

 

「初穂……?」

 

無言のまま乱入者はズカズカとさくらの前に立つ。

そして、

 

「あうっ!?」

 

「初穂!?」

 

握り締められた右の拳が、さくらの顔面に容赦なく突き刺さった。

突然のことに神山もさくらもそれまでの怒りを忘れ呆然と初穂を見る。

その顔は、怒りを通り越した敵意すら漂う、およそ仲間に向ける表情ではない。

 

「黙って聞いてりゃ真宮寺真宮寺真宮寺……、お前はいつから話の聞かねぇオウムになったんだ、えぇ!?」

 

倒れたままのさくらの胸倉を掴み、今までに無い憤怒の形相で初穂が吼えた。

さくらも数秒唖然としていたが、やがて怒りの矛先を変えて胸倉を掴み返す。

 

「何よ! 初穂には関係ないでしょ!? 出しゃばらないでよ!!」

 

「アタシだってこんな下らねぇ事でキレたかねぇよ! 帝都を守りたくねぇとかほざくバカがいなきゃな!!」

 

「だってそうじゃない! 真宮寺さんは見捨てられたのよ! 今まで守ってきた帝都に裏切られて!!」

 

「じゃあ何だ!? 真宮寺さくらが降魔についたら、お前もあっさり裏切るのか!? 真宮寺さくらに代わって帝都の平和を守るんじゃなかったのか!?」

 

「私達だって裏切られるかもしれないじゃない! そんな薄情な帝都なんて守りたくない!!」

 

「守りたくないもクソもねぇんだよ! アタシらは帝国華撃団だ! 真宮寺さくらファンクラブじゃねぇ! 例え真宮寺さくら本人だろうと敵になるなら戦うしかねぇだろうが!!」

 

「うるさいうるさい!! 私の前で真宮寺さんを侮辱するな!!」

 

「もうやめろ二人とも!!」

 

今にも取っ組み合いになりそうな空気に、我に返った神山が止めに入る。

存外あっさり手を離した初穂は、明らかな蔑みの視線をさくらに突き刺して吐き捨てた。

 

「……救いようがねぇな。味噌汁で顔洗って出直してきやがれ!!」

 

さくらは答えなかった。

数秒の沈黙の後、舌打ちと共に初穂はサロンを踏み荒らしながら廊下の奥に消える。

再び痛い沈黙が流れた。

 

「侮辱するな、か。……だったら今、真宮寺さんが帝都を裏切ったと決め付けている君はどうなるんだ?」

 

僅かな皮肉を持って、神山もまた冷たい視線を送る。

元々さくらが一本気で筋の通らないことは認めない性格であることは知っていた。

だが自分の敬愛する人物に固執して立場を忘れる今の姿に、少なからぬ失望の念を抱いていた。

恐らく自身が思い描いてきた真宮寺さくらの理想像が崩れ、この組織でやっていく意味さえ見失ったのだろう。

それは一人の人間としてはやむをえないのかもしれないが、国の平和を守る霊的組織として、それは落第点としか言えない。

時として理不尽な現実も受け入れていかなければいけない。それが軍隊であり、平和を守るものとしての宿命である。

 

「あなたも……、誠兄さんも……そうなんですね……」

 

「俺たちはもう大人だ。いつまでも子供のままでいることは出来ない。自分ばかりじゃなく、周りのことも考えたらどうだ?」

 

「……嘘つき、……大嫌い……!!」

 

搾り出すように返ってきた言葉に、何かの糸が切れたように体が軽くなる。

それが諦観というものだと気づくのに、時間はかからなかった。

 

「この事は正式に支配人に報告する。少し頭を冷やせ。……俺も今のさくらは大嫌いだ」

 

サロンを後にする背中に、声がかかることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

思い出すだけで嫌になる。

 

「(お前はいつから話の聞かねぇオウムになったんだ、えぇ!?)」

 

あれはただの義憤ではない。

少し前のどす黒い感情に身を任せた八つ当たりだ。

あまりにも子供染みた真似である。

 

「胸糞悪い……」

 

その感情に身を任せ、あろう事か仲間に手を挙げ、心を折る形になってしまった。

その事実が自身の心に更に混沌を生み出し、無間地獄を形成していた。

繰り返すばかりの自問と自己嫌悪。

もし目の前に自分がいたら、ありったけの力でぶん殴っていたことだろう。

寧ろ誰でも良いからこのロクデナシを殴ってくれとさえ思った。

 

「……」

 

眠れそうに無い。

どうせなら中庭の霊子水晶の面倒を見る体で起きていようか。

そうしていれば、こうして堂々巡りの考えに頭を使わなくてすむ。

気だるい体に鞭打ち、重い腰を上げた。

 

その時だった。

 

「っ!? こんな時に……!!」

 

あまりに間の悪い降魔警報に、意識を切り替えて作戦司令室に急ぐ。

しかし、後に初穂自身が思い返す。

もしこの警報が僅かでも遅れていたら。

もし前兆に自身が気づいていたら。

そしてもし、自分がもう少し卑屈にならずにいられたら。

 

きっと、先に待ち受ける悲劇は回避できていたであろうと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「敵はミカサ記念公園周辺に傀儡騎兵を展開。現状は無差別に破壊活動を行っています」

 

「付近に待機しとった伯林華撃団が民間人の避難誘導を開始しとる。せやけどアイゼンイェーガーの修繕が終わってへんさかい、共闘は難しいやろうな」

 

「つまり我々のみで敵を倒す必要があるということですね……」

 

神山の言葉に、各々の表情が曇る。

何せ先の戦いで各無限は損傷が著しく、一終日程度では目処すら立っていない。

しかし修理が終わるまで指を加えて待つなど愚の骨頂だ。

かくなる上は……、

 

「隊長さん、三式光武だ。アタシとクラリスの三式光武なら、少しの調整で動かせるだろ?」

 

それを提案したのは初穂だった。

確かに無限が配備される前の三式光武は使用していないだけで撤去していないわけではない。

霊子水晶との同調さえスムーズにできれば、傀儡騎兵程度ならばさしたる苦戦はしないだろう。

流石に上級降魔の使役する傀儡騎兵などが現れると分が悪いかもしれないが、それだけの時間が稼げれば無限の応急処置も間に合うかもしれない。

 

「確かに……、クラリスも行けるか?」

 

「はい! 例え機体が変わっても、この志は変わりません!」

 

「よし。俺たち整備班はその間に、一機でも改修作業を間に合わせる。微調整までは期待できないがな」

 

十分な返事が返ってきた。

満身創痍を通り越して圧倒的不利な状態だが、泣き言は言っていられない。

自分たちは帝国華撃団。

その身に霊力と志がある限り、この町を守る責務があるのだ。

 

「よし、帝国華撃団花組、出撃! 初穂とクラリスはミカサ記念公園の傀儡騎兵を掃討し、残る隊員は作戦司令室にて待機! 無限の改修が完了次第随時出撃する!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

かつて帝都全土を巻き込んだ、江戸の能楽師『大久保長安』によって引き起こされた、通称『長安事件』。

その際に敵の手に堕ちたがために止む無く時の帝国華撃団によって破壊された空中戦艦ミカサ。

最終決戦の舞台となったその場所は今は平和を伝える記念公園として、帝都民に愛される場所となっていた。

 

「おいたが過ぎる悪い子にゃあ、キツイおしおきが必要だな!?」

 

「これ以上この帝都を、貴方達の好きにはさせません!!」

 

「「帝国華撃団、参上!!」」

 

その憩いの場所を無慈悲に踏み荒らす狼藉者の集団に、2機の古びた霊子甲冑が立ちふさがった。

三式光武。

運用開始から実に7年以上の歴史を持つ霊子戦闘機の原型となった装備である。

アンシャール鋼に対し物理攻撃への耐久性に乏しいシリスウス鋼は今や完全な下位互換であるため、旧型と後ろ指差されてしまうような存在ではあるのだが、今の状況を打破できる可能性を持つのはこれだけだ。

 

『周辺に上級降魔の気配はありません。傀儡騎兵も統率は取れていないようです』

 

「要は数ばかり多いだけの雑魚って事か。一気に叩きのめしてやるぜ!!」

 

『三式光武も微調整は出来ていない以上無理は出来ない。二人とも、まずは民間人の避難先から敵をひきつけるんだ』

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘開始から僅か10分。

作戦司令室からの的確な指示もあり、二体の三式光武はさしたる苦戦もなく傀儡騎兵の撃滅に成功していた。

当初は十分な整備の行えていない三式光武に不調が出ることも危惧していたが、速やかな作戦遂行が功を奏したようだ。

伯林華撃団側からも戦闘区域内からの民間人の避難が完了した旨の連絡が来たことも勢いを後押しし、傀儡騎兵の殲滅は最早時間の問題となりつつあった。

だが、作戦司令室では一つの共通する懸念が生まれていた。

 

「初穂機の動きが悪いな……、やはり霊力同調が完全ではないのか?」

 

三式光武はスペックこそ霊子戦闘機に一歩劣るものの、搭乗者のスキルやテクニックは霊力同調さえ出来ていれば十分な戦闘力を発揮できる。

事実クラリスは無限のときと比べて一度に練成できる霊力弾の数こそ少ないが、優先的に倒すべき敵を的確に見分けて確実に敵の数を減らしている。

一方で初穂の方はというと、一人で全部の敵を倒さんとばかりの勢いで大槌片手に突っ込んではいるものの、肝心の攻撃の動きが僅かに鈍っているせいで敵に動きを読まれて全部を倒しきれていない。

或いは初穂のイメージする動きに三式光武の霊子水晶がついてこられていないようにも見受けられる。

今でこそ問題はないが、もし上級降魔がここで増援として現れたら、果たして二人だけで切り抜けられるだろうか。

 

「……二人とも、霊力同調の調子はどうだ?」

 

念を押すようにやんわりと尋ねる神山。

程なく帰ってきた返信は異口同音でありながら、明確な差が見られた。

 

「はい、問題ありません。立ち回りさえ気にしていれば問題なく戦えます!」

 

「ああ……初穂ちゃんも、問題ないぜ。無限に火力で劣る分は……、手数で攻めれば良いからな!」

 

比較的安定した様子のクラリスに対し、明らかに初穂には疲労の色が見られる。

これは通常より霊力の消耗が激しい状態。

霊力同調が不十分なまま霊力を流し込み続けることで体内の霊力が枯渇したときに見られる症状だ。

だが三式光武の霊子水晶はどちらも保存条件は同じはず。

ならば二人のこの差は一体なんだ。

 

「初穂、まさかとは思うが……」

 

その疑問を口に仕掛けたとき、再び降魔警報が鳴り響いた。

作戦司令室に、一気に緊張が走る。

 

「緊急警戒!! 戦闘区域に大型傀儡騎兵の反応を確認しました!!」

 

カオルの報告を聞くまでもなく、蒸気モニターには見覚えのある大型傀儡騎兵が夜空からこちらを見下ろしていた。

手を象った下半身の指先から絶えずバーナーを吹かし、魔精の如く優雅ささえたたえながら漂う。

その名は、『荒吐』。

 

『よぉよぉ、随分と古びた玩具で遊んでんじゃねぇか、帝国華撃団様よぉ!!』

 

「朧……!!」

 

人を小馬鹿にした耳障りな笑い声と共に、煽るように機体を左右に揺らして挑発する魔精に、2体の霊子甲冑が各々武器を構える。

過去の戦いで配下を怪獣化させてけしかけてきた朧だけは、傀儡騎兵の情報が何もない。

空中を絶えず浮遊している様子からすれば遠距離から攻撃を仕掛けるタイプとは思うが、そうなるとクラリスはともかく接近戦が主体の初穂には分が悪い。

 

「二人とも、ここはまず相手を牽制する。まずは……」

 

遠距離攻撃に適したクラリス機で敵に牽制攻撃を仕掛ける。

そう言い掛けた神山だったが、ここに来て予想外の事態が起こった。

 

「こ、これは……!? 戦闘区域全体に魔幻空間が展開!! 上級降魔と類似する反応が多数出現!!」

 

「何やこの数……、十や二十どころちゃうで!!」

 

見ればモニターには瞬く間に高濃度の妖力反応が出現し、一面が赤に染められつつある。

そんなバカな。

傀儡騎兵は掃討したはず。増援だとしても反応の強さは朧自身に匹敵する。

 

「初穂! クラリス! 状況は!?」

 

務めて冷静に、神山が確認を取る。

返ってきたのは、予想できる中で最も耳にしたくない言葉だった。

 

『か、神山さん! 朧の傀儡騎兵が、空一面に……!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、悪夢としか言いようのない光景だった。

夜の空を覆いつくさんばかりの大型傀儡騎兵の群れ。

気づけば2機の三式光武は、この恐るべき悪魔の軍勢に取り囲まれていた。

 

「……悪い冗談だぜ……」

 

「それでも……やるしかありません……!」

 

「ククク……、この数にも怯まねぇとは。好きだぜぇ、そういうのは。壊し甲斐があってよぉ!!」

 

孤立無援の状況で尚も闘志を奮い立たせる二人。

その様子にほくそ笑み、荒吐のバーナーが唸りを上げる。

 

「さあ始めようぜ帝国華撃団! 俺特製の舞台で命がけの演目をなぁ!!」

 

瞬間、空一面に増殖した無数の傀儡騎兵の群れが一斉に弾丸の如く襲い掛かってきた。

 

「散れっ!!」

 

初穂とクラリスは同時に左右へ跳び、弾丸の直撃をかわす。

それまで二人がいた箇所は何体もの荒吐が特攻を仕掛け大爆発が起こった。

だが敵は次々に体当たりを仕掛け、その度に弾幕のような爆撃が衝撃となって一帯を揺るがす。

 

「クソッ! これじゃ防戦一方だ……!!」

 

「せめて……せめて詠唱の隙があれば……!!」

 

絶え間ない連続攻撃で回避が手一杯になり、反撃の糸口が見出せない初穂とクラリス。

その焦燥の表情に、たった一人の観客は高笑いを上げた。

 

「ヒャーハハハハハ!! さあ踊れ踊れ!! 死ぬまで終わらねぇ死のダンスをよぉ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「くっ……、このままでは……!!」

 

一転して窮地に陥った戦況に、神山を始め誰もが焦燥をあらわにする。

最初は無限の応急処置が間に合うまでの時間稼ぎのはずだった。

だがこの状況は最悪だ。

恐らくは妖力の練成によって生み出した分身を爆弾代わりにぶつけている朧。

制空権を奪われたこの状況では、可能な限り早期撤退を計るのが定石だ。

だが敵はご丁寧に魔幻空間でこちらの逃げ道も塞いでいる状況。

可能性があるとすれば、当初の作戦通りこちらの準備が整うまで敵の攻撃をかわし続ける事だけだ。

 

「司馬君、無限の改修状況は?」

 

せめて援軍に向かうまでの時間を逆算しようと整備班に確認を取る。

だが返ってきたのは、力ない返事だけだった。

 

「無限各機、中枢機関の霊子水晶にダメージがあります。全力を尽くしていますが、最短で見積もって15分は……」

 

一刻を争うこの状況で、それはあまりに絶望的な時間だ。

このまま指を加えてみているしかないのか。

だが……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウチやったら、3分あれば一機は動かせるで」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

聞きなれない関西弁に、その場の誰もがハッとして振り向く。

ここにはこまち以外にそんな訛った喋り方をする人間はいなかったはず。

ならば一体……、

 

「……来てくれましたのね」

 

「し、し、師匠!?」

 

その中でただ一人、すみれだけは安堵を声を返した。

同時に司馬が驚きで声を失う。

無理もない。

他ならぬ彼自身に機械工学の粋を叩き込んだ師匠なのだから。

 

「いつぞやはウチの子達がえらい世話なったみたいやな。まあ世間話は後回しや」

 

「それじゃあ、貴方が……!!」

 

「上海華撃団司令にして先代帝国華撃団花組、李紅蘭や。よろしゅう」

 

立ち込めた絶望の暗雲に、一筋の光明が差した。

 

「聞こえるか二人とも! あと3分で援護の無限を出せる! それまで持ちこたえるんだ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「簡単に言ってくれるぜ……!!」

 

何発目かも分からない突撃を紙一重でかわしながら、小声でそう毒づく。

搭乗したときから僅かな違和感は、確実に大きなものになりつつあった。

普段なら目を閉じるだけで手に取るように分かるはずの妖力や霊力の濃淡が、霞がかったように見えない。

それどころか、三式光武自体の動きも明らかに散漫だ。

久しぶりとはいえ、ここまで重くなるものなのか。

それとも……、

 

「結構頑張るじゃねぇか。だったらコイツはどうだ!?」

 

上空で高みの見物を決め込んでいる朧が、それに手を掲げる。

瞬間、驚くべきことが起こった。

激しい地鳴りと共に、幾つもの蛇のような怪物が地面を割って現れたではないか。

もし真下から巨大な顎で捉えられたら、成す術がない。

 

「こうなったら一か八か……、クラリス!!」

 

「分かりました!!」

 

制空権を奪われた上に地面にまで注意を払う余裕はない。

最早逃げ回ることは不可能と判断した二人は、意を決して背中合わせになって動きを止める。

 

「いよいよ観念したか。まあ楽しい見世物だったぜ、帝国華撃団!! あばよ!!」

 

諦めたと判断したのか、朧が嘲笑と共に幻たちをけしかける。

だがその瞬間こそ、二人が狙っていた唯一無二の反撃のチャンスだった。

 

「油断大敵、乾坤一擲ってなぁ!! 東雲神社の、御神楽ハンマーッ!!」

 

ありったけの霊力を練りこんだ大槌の一撃が、裂帛の一声と共に大地に叩きつけられた。

東雲の血を引く初穂の霊力が波動となって周囲の地面一帯を駆け抜け、地中に潜んでいたであろう無数の妖力を吹き飛ばした。

そしてこれにクラリスが続いた。

 

「後は制空権を奪い返す!! アルビトル・ダンフェール!!」

 

練りこまれた幾つもの霊力弾が縦横無尽に飛びまわり、飛来した幻たちを次々に誘爆させていく。

爆発はすぐ近くの幻の爆発を誘い、たちまち空一面を縦断爆撃が埋め尽くした。

その威力、朧自身が作り上げた魔幻空間そのものを破壊したレベルである。

 

「チッ、少々遊びすぎたみてぇだな」

 

面白くないとばかりに吐き捨てる朧。

しかし次の瞬間、何かに気づいたようにニヤリと不敵な笑みを浮かべた。

 

「だがお前らも今のでガタが来始めてるんじゃないのか? 特に赤いの。目に見えて霊力が落ちてんじゃねぇか」

 

「え……?」

 

その指摘に、クラリスが驚いたように初穂を見る。

無理もない。

今の今まで感づきながらも誤魔化していたのだ。

まさか一番気取られたくない相手に見破られてしまうとは。

 

「本当はもうその玩具を動かすのも辛いんだろ? 要は完全なお荷物ってわけだなぁ?」

 

「初穂さん、そうなんですか……?」

 

クラリスが心配するように問いただしてくる。

だが、答える余裕はない。

その前に朧が、信じられない行動に出たからだ。

 

「ホラ、こうしても攻撃できないだろ? 本当は動くのもしんどいんだからな。大変だよなぁ、自分が無能な役立たずだって隠し通すのはなぁ」

 

何と飛行能力がある荒吐をわざわざ地面に降ろし、挑発するように手招きまでしてきたのだ。

明らかに自分に対して煽っている。

 

『惑わされるな二人とも。明らかに挑発だ』

 

そう、何処からどう見ても罠だ。

いつもの初穂なら気にも留めなかっただろう。

いつもの初穂ならば。

 

「……誰が無能な役立たずだって?」

 

だが、今の初穂はいつもの彼女ではなかった。

見え透いた挑発を額面どおりに受け、怒りをあらわに大槌の柄を握る手に力を込める。

それは謂れのない侮辱に対する怒りではない。

的を射た指摘を露見されたことへの、恐怖だった。

 

『……、待て、初穂!!』

 

「初穂さん!?」

 

身を震わせていた赤の三式光武が、弾かれたように飛び出した。

大槌を構えたまま一直線に朧目掛けて突っ込んでいく。

作戦も何もない、特攻まがいの突撃だ。

 

「アタシがお荷物かどうか……、テメェの体で確かめてみやがれ!!」

 

お荷物などではない。

役立たずなどではない。

脳裏を過ぎる不安を振り払うように、頭上に振りかぶった大槌を跳躍と共に力任せにたたきつける。

だが、それが眼前の敵を叩き潰すことはなかった。

何故なら敵は肉薄した一瞬、霧のように消えうせてしまったからである。

 

「なっ……!?」

 

神山の言うとおり、それは敵の幻だった。

ならば本体は何処だ。

その周囲を見渡す前に、遥か頭上から答えが嗤っていた。

 

「ヒャーハハハハハ!! 最高のピエロだったぜぇ、赤いのよぉ!!」

 

見上げたときには、既に敵は下半身の両手に納まりきれないほどの巨大妖力弾を精製していた。

マズイ。

ただでさえ防御力の劣る旧型の霊子甲冑。

直撃すればただでは済まない。

だが……、

 

「初穂さん! 回避を!!」

 

動かない。

霊力を集中しても、霊子水晶と接続が出来ない。

一体何故……。

 

「こいつはささやかなお礼だ。あばよ!!」

 

「初穂さん!!」

 

嘲笑と共に放たれた巨大な光弾が、禍々しい閃光と共に視界を阻んでいく。

その一瞬、初穂は目を背け続けてきた現実を見た。

下らない嫉妬に駆られ、親友に八つ当たりして心を折り、挙句安い挑発に乗って死んでいく。

何のことはない。全ては事実だった。

 

ならば……、

 

「……え?」

 

その裁きの一撃は、突如現れた影によって真っ二つに斬り捨てられた。

死を覚悟して閉じた目を再び開く。

そこにいたのは、左腕に光剣を携えた一機の霊子戦闘機だった。

 

「間一髪でしたね、初穂さん」

 

「ミライさん!!」

 

自分より先に安堵の声を漏らすクラリス。

その瞬間、初穂は理解する。

自分を、こんな自分を、ミライが助けてくれたのだと。

 

「……ミライ……」

 

おずおずと名を呼ぶと、一瞬だけこちらに微笑み返すミライ。

その優しさに、初穂は思わず息を呑んだ。

 

「ゲストが増えたって訳か。面白い。だったらアンコールと行こうじゃねぇか!!」

 

獲物が増えたとばかりにせせら笑う朧。

だが迎撃せんと構えるミライとの間を遮るように、別の影が姿を現した。

 

「何を遊んでいるの、朧?」

 

瞬間、その場に緊張が走る。

何故ならその人物は、2度もこちらを完敗に追い込んだ上級降魔、夜叉だったからだ。

 

「こんな不毛な所で傀儡を無駄にしてるなんて……。あのお方の命に背くつもりかしら?」

 

「何だよ、ケチケチすんなよ。どうせ事が始まれば一緒なんだからよぉ」

 

「二度は言わないわ。今すぐ撤退しなさい。こいつ等の始末は下僕に任せます」

 

気だるげに反論する朧に対し、有無を言わさない声色で迫る夜叉。

納得できない表情を浮かべながらも、朧は渋々承諾した。

 

「分かったよ。あ~あ、これじゃどっちがピエロかわかりゃしねぇ……」

 

「ま、待て!!」

 

生み出した異空間に消えていく朧の背中に、思わずミライが叫ぶ。

だが、夜叉は冷笑を持って返した。

 

「本当は予定になかったんだけど……、良い機会だわ。奴を呼ぶ餌になってもらいます」

 

予定にない。

餌にする。

一体何の事だ。

煙に巻かれ訝しむミライを尻目に、夜叉は一枚の札を取り出し、宙に放つ。

瞬間、禍々しい妖力が札からあふれ出したかと思うと瞬く間に巨大な影を形成し、巨大な怪獣へとその姿を変えた。

甲殻類を思わせる外骨格に全身を包み、厳つい目と二本の角が闘争本能の激しさを物語る、『甲獣ジョバリエ』である。

 

「フフフ……死ぬ前に奴が来てくれると良いわね。さあ行きなさい、ジョバリエ」

 

「グガアアアア!!」

 

主の命令に歓喜の咆哮で応えると、大怪獣はこちら目掛けて進撃を開始した。

その後ろで、夜叉もまた異空間の中へと姿を消す。

 

「……行くぞっ!!」

 

光剣を構え、ミライ機が地を蹴った。

真後ろには身動きの取れない初穂がいる。

ならば少しでも敵の注意をひきつけ、神山たちの到着を待たなければならない。

そう判断し、振りかぶった光剣を敵の腹部目掛けて突きたてる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「うっ!?」

 

何と、怪獣の頑丈な皮膚に光剣はあまりにもあっさりとへし折られてしまった。

着地と同時に再度光剣を精製し切りかかるが、固い岩を叩くような音と共に弾き返されてしまう。

 

「ミライさん、援護を……、きゃあああっ!!」

 

こちらを援護しようと霊力弾を精製するクラリスだったが、そうはさせないとジョバリエの角から放たれた怪光線が緑の霊子甲冑を直撃した。

悲鳴と共に全身に小爆発が発生し、クラリス機は煙を上げて動かなくなる。

 

「クラリスさん! クソッ、やめろ!!」

 

敵の注意をこちらに向けさせるべく、三度光剣で切りかかる。

だが、

 

「グガアアアアッ!!」

 

「うわぁっ!?」

 

猪口才なとばかりに怪獣が図太い腕を振り払った。

質量の違う遠心力に無限は紙くずのように吹き飛ばされ、地面にたたきつけられる。

激しい衝撃が全身を襲った。

ただでさえ応急処置しか済んでいない状態。

これ以上ダメージを受けては……、

 

『ミライ! もう少しだけ耐えてくれ!! すぐに俺たちも駆けつける!!』

 

通信で神山がこちらに励ましの言葉を送るが、返事を返す気力がもたない。

正直勝ち目はほぼないに等しかった。

既に初穂とクラリスの三式光武は自力での稼動が不可能となり、自身も少なからぬダメージを受けている状態である。

可能性があるとすれば……、

 

「……」

 

左腕に忍ばせた、自身の光に眼をやる。

無限の力だけでは勝ち目がない。

だがウルトラマンの力なら、勝利の可能性を生み出せるかもしれない。

今までのミライなら、迷わずその光にすべてを託していただろう。

だが、ミライは迷っていた。

もし、また攻撃が通じなかったら。

もし、また負けてしまったら。

あの時、戦闘機怪獣に手も足も出なかった光景が、ミライの勇気を曇らせていた。

 

「(すみません、ジャックさん……。僕は……)」

 

敬愛する巨人に、自らの非力を力なく詫びるミライ。

それを嘲笑うかのごとく、怪獣は巨腕を振り上げる。

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

「グガッ!?」

 

突如飛来した一発の霊力弾が、怪獣の顔面を直撃した。

クラリスではない。

その先にいたのはワインレッドの装甲が輝くアイゼンイェーガーだ。

アナスタシアか。

いや、アナスタシアの機体は青だったはず。

ならば一体……、

 

「そこまでだぜ怪獣野郎……!! これ以上はオレが許さねぇ!!」

 

アイゼンイェーガーから飛んだのは、声変わりもしていない少年の声だった。

そういえばアナスタシアに聞いたことがある。

伯林華撃団につい最近正規部隊に認められた少年がいたと。

 

「俺の名はポール=アンバースン!! 伯林を照らす星になる男だ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伯林華撃団『鉄の星』。

その4番目の星となった少年の戦いは概ね二つに評されるが、内包する意味はほぼほぼ一緒であった。

即ち、「勇猛果敢」であり、「無謀の極み」であると。

それは、偏に彼の戦い方にあった。

 

「オラアアアァァァァッ!!」

 

身の丈の数倍以上はあるであろう怪獣目掛け、臆する事無く霊力弾をぶつけていくポール。

それだけならまだいい。

だが遠距離射撃に特化したはずのアイゼンイェーガーにおいて、彼は決定的に誤っていた。

というのも、

 

『何やってるんだポール!! アイゼンイェーガーは修理が終わってないと言っただろう!!』

 

『ポール近づいちゃダメ! 離れて! 早く!!』

 

辛うじて繋がる仲間の通信。

そう、ポールは作戦中、遠距離攻撃が持ち味のはずの霊子戦闘機であろう事か接近戦を挑む悪癖があった。

アイゼンイェーガーの効果的な戦い方がわかっていない訳ではない。

ただコソコソ影から狙撃主のように狙い撃ちする戦い方が性に合っていなかったのである。

故に作戦時でも痺れを切らして接近戦を仕掛けて手痛い竹箆返しを喰らったことも多く、被弾率がそれを物語っている。

しかしながら同時にその無鉄砲さが窮地を打開する一手となったことも少なくなく、それがポールが正規部隊に所属している理由でもあった。

 

「グガアアアッ!!」

 

執拗な攻撃に苛立ったジョバリエが、角から怪光線を放つ。

だがポールは予期していたかのように片腕の砲塔を連射しながら上に掲げ、霊力弾で怪光線を相殺してみせた。

 

「離れて撃っても効かねぇなら……!!」

 

巨体から繰り出される攻撃を悉くかわし続け、地を蹴り怪獣の腹部に張り付く。

そこは怪獣から見れば死角。

ポールはこれを狙っていた。

 

「至近距離からぶち込んでやるぜ!!」

 

「グガアアアッ!?」

 

腹部にある外骨格同士の継ぎ目を狙ったゼロ距離からの連続射撃。

それまで鉄壁を誇っていた怪獣が、初めて怯んだ。

 

だが……、

 

「グガアアアアッ!!」

 

「何だと!? 効いてねぇのか!?」

 

慌てて怪獣から飛び退るポール。

信じられない。

明らかに体内にダメージを与えているというのに、凄まじい生命力だ。

 

「畜生! だったら何度でもぶち込んでやる!!」

 

再び砲撃を開始しながら怪獣に殺到するポール。

だが怪獣も今の流れでポールの動きを学習したらしく、地面を踏み鳴らして進撃を妨害する。

一度は突破口を開いたかに見えたポールの突撃だが、完全に勢いを殺されてしまった。

 

『ポール撤退しろ! これ以上の戦闘は不可能だ!』

 

「いいや退かねぇ!! ここで逃げたら帝国華撃団はやられちまう!! 見捨てておけねぇ!!」

 

『貴方は今生きてるだけで奇跡なのよ!? 死にたいの!?』

 

「何とでも言え!! 俺は諦めねぇぞ! 諦めたらそこで全部終わっちまう!! 弾が無くなろうが手足がもがれようが、俺は絶対に諦めねぇ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その言葉を聴いた瞬間、心の中で何かが音を立てて弾けた。

絶対に諦めない。

その信念だけでその少年は、絶体絶命とも言うべき状況で、無謀としか言いようのない攻撃を成功させた。

ウルトラマンですらない、たった一人の少年が。

 

「……絶対に……、諦めない……」

 

もう一度、自分の声で、彼の言葉を繰り返す。

例え僅かな可能性でも。

例えどんな強敵が相手でも。

諦めない。

絶対に諦めない。

何故なら……、

 

「僕も……、僕も諦めない!!」

 

再び怪獣が地面を踏み鳴らした。

突進を仕掛けていたアイゼンイェーガーがこらえきれずに転倒する。

これを好機と見たジョバリエは角から怪光線を放った。

瞬間、ミライはその身を無限ごと投げ出した。

 

「ミライ!!」

 

閃光に包まれる一瞬、叫び声が聞こえた。

そして……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メビウーーーーーースッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一瞬、光の柱と共に現れたのは見知った赤と銀の巨人だった。

 

「メ、メビウス……」

 

その手に抱えられた機体を下ろす姿に、脇にいた初穂が安堵の声を漏らす。

 

「セアッ!」

 

「グガアアアッ!!」

 

ジョバリエも出現したメビウスに標的を変え、真正面から襲い掛かった。

互いにスクラムを組むように押し合うこと数秒。

拮抗を破ったのはジョバリエだった。

 

「ゥアッ!?」

 

突如角が発光し怪光線が発射された。

至近距離からの攻撃にメビウスも思わずたじろぐ。

そこへ容赦なく超重量の巨体が突進を仕掛けた。

 

「ゥアァァッ!!」

 

実に3万トンの巨体が宙を舞い、大地にたたきつけられる。

だが、諦めない。

自分は、ウルトラマンなのだ。

 

「グガアアアッ!!」

 

「スァッ!!」

 

再び怪光線を放たんと角を発光させるジョバリエ。

メビウスはその瞬間を狙い、メビュームスラッシュを放った。

 

「グガアッ!?」

 

突如眼前に飛来した光刃が角を切り裂く。

これで怪光線は使えない。

そして……、

 

「グガアアアッ!!」

 

負傷により生存本能が刺激されたのか、狙い通り天高く咆哮を上げてこちらへ突っ込んでくるジョバリエ。

メビウスは振りかぶった左腕のブレスにエネルギーを集中させ、渾身のライトニングカウンター・ゼロを打ち込んだ。

 

「セアアアアッ!!」

 

淡い光を纏った左拳が唸りを上げてジョバリエの腹部に突き刺さる。

それはつい先ほど、ポールが決死の攻撃で与えた数少ない甲獣の傷であった。

打ち込まれた箇所から全身を光エネルギーが包み込む。

 

「グガアアア……!!」

 

内部から全身を焼かれ、明らかに動きが弱まるジョバリエ。

後は同じ傷からメビュームシュートを撃ち込めば……、

 

「(……しまった!!)」

 

だがその瞬間、ジョバリエは最後の抵抗とばかりに巨腕を振り回して暴れ始めた。

その一撃が公園の中央にある休憩所を横薙ぎに破壊する。

その真下には……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、初穂は思わず目を伏せた。

今までの無限と違い、三式光武の素材は物理攻撃に滅法弱いシリスウス鋼。

瓦礫に埋もれれば簡単にひしゃげてしまう。

 

「……え……?」

 

だが、いつまで経っても衝撃は来ない。

恐る恐る目を開けると、そこに見えたのは赤と銀に覆われた世界だった。

 

「……メビ……ウス……?」

 

それが今まで共に戦って来た巨人だと気づくのに、時間はかからなかった。

そして実感する。

先ほどミライが守ってくれたように、今度はメビウスが、自分を守ってくれたのだと。

 

「ゥウッ……」

 

右肩にのしかかった瓦礫を払い、膝を立てるメビウス。

既にカラータイマーは点滅を始めている。

そこへ怒り狂う怪獣が襲い掛かってきた。

 

「グガアアアッ!!」

 

「スァッ!! ウウゥ……!!」

 

負けじと掴み返すメビウスだが、明らかに力が入っていない。

見れば右腕がピクピクと痙攣している。

まさか、自分を庇った際に負傷してしまったのか。

何ということだ。

自分のせいで、メビウスの勝機まで潰してしまうとは。

 

「スァッ!!」

 

その場に押さえ込まれたメビウスは、唯一自由が残された左腕で再度ジョバリエの傷口に拳を打ち込む。

ますます激しくなるジョバリエの抵抗。

エネルギーが底を突きかけているのか、急激に速度を上げるカラータイマーの点滅。

このまま押さえ込まれれば、メビウスは……、

 

「セアアアァァァァッ!!」

 

諦めない。

そう叫ぶかのように、メビウスが吼えた。

瞬間、その全身を光が包み激しい閃光が一帯を白に染め上げる。

閃光の巨人は更にエネルギーを圧縮し、怪獣諸共地面を抉りながら眼前の海中をその身を投げた。

そして……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メビウスウウウゥゥゥ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数秒の間をおき、凄まじい爆発が一帯を吹き飛ばす。

巨人は、戻って来なかった。

 

<続く>




<次回予告>

アタシのせいだ。

さくらも、ミライも、メビウスも……。

何にも……何にも無くなっちまった……。

次回、無限大の星。

<約束~後編~>

新章桜にロマンの嵐。

これが、新たな力……!!
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