無限大の星   作:サマエル

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更新が半年近くかかり申し訳ありませんでした。

実生活で色々な変化があり、気づけば冬が終わってしまうという……。

今回は世界華撃団大戦、上海編です。

遅くなった分ボリュームはとんでもないことになってます汗

予告にあったとおり、サクラ大戦にまつわるレアな方々が沢山登場しています。

全部分かったアナタは凄い!!



第7話:龍嵐相打つ

 

 

 

それは、まったくの偶然であった。

 

「いやぁ、ありがとうございます。初対面なのにお世話になって……」

 

目の前で恥ずかしげに頬をかく大人しげな雰囲気の青年に、思わずこちらも笑みをこぼす。

丁度入用で病院前に立ち寄ったところ、目の前で派手に転んで見舞い用の荷物を往来にぶちまけてしまったこの青年を不憫に思い手助けしたところ、成り行きで青年の妻と思しき女性の下へ面会に来る羽目になってしまった。

病室に下げられていた名札にあった名前は『青島彩香』。

聞かずとも眼前の青年『青島信行』の妻であろう事は容易に想像できた。

そして、そこに信行が喜びを隠しきれない理由を、敏泰然は察した。

 

「妻は生まれつき体が弱くて……、不妊治療を続けて、やっと授かった女の子なんです」

 

「恭喜你怀孕。……元気なお子さんが生まれるといいですね」

 

「ありがとうございます。主人と二人で、ずっと待ち望んでいた子ですから……」

 

「……!!」

 

そう呟き、彩香は胎動を続ける命を優しく撫でる。

生まれ来るであろうわが子を慈しむ聖母のような佇まいを見たとき、泰然の脳裏に一瞬、あの姿が過ぎった。

 

『貴方のように、優しい心を持った命でありますように……』

 

幾たびの季節を過ぎても、少しも色褪せる事の無いいつかの思い出。

それは、決して記憶の片隅から離れることは無い。

呪縛のように、その心をしめ続けているのだ。

 

「………依然………」

 

「……泰然さん?」

 

その表情を不審に思ったのか声をかける信行に我に返りつつ、泰然はその姿を回顧する。

例えそれが、もう叶わぬ夢だとわかっていても。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<第7話:龍嵐相打つ>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大帝国病院は帝都はおろか日本全国でも有数の総合診療施設として、日夜様々な患者を死の淵から救ってきた。

蒸気核機関の技術を余す事無く費やした病院の規模は帝都最大を誇り、病床数はおよそ200床。

主な疾患ごとにフロアとエリアを区分し、上層階に軽微な患者を収容している。

その最上階の一室に、一人の壮年の男性が運び込まれてきたのは、数日前のことであった。

住居を謎の火災で失い、一時行方不明となって生死を危ぶまれていた刀鍛冶。

彼の生還を知り何人もの村の人間が遠路はるばる訪ねてくれた。

そして……、

 

「お久しぶりです、鉄幹さん」

 

娘と入れ違いに入ってきた青年が、あの記憶の少年だと気づくまでに時間はかからなかった。

 

「誠ボン……。話には聞いていたが、見違えたな」

 

「いえ、そんな……」

 

「謙遜することは無い。今こうして娘と顔を会わせることが出来たのも、間違いなく君と、皆のおかげだ」

 

あれから自身の身に起きた一部始終を、鉄幹は娘の口から知らされた。

夜叉との戦いで囚われ、降鬼にされたこと。

怪獣とともに尖兵としてさくらたちの前に現れたこと。

そして娘の親友の手で、妖力の鎧をはがされ、助け出されたこと。

一度は預言者の警告に応えられない自身の無念を詫びたが、それは杞憂に終わったようだ。

 

「鉄幹さん、俺は……」

 

何かを口に仕掛け、口をつぐむ神山。

普段の彼らしからぬ煮え切らない様子に一瞬違和感を覚えるも、程なくその理由は解せた。

 

「誠ボン。君が娘にしたことは、決して間違いではない」

 

「え……?」

 

「君は何よりも帝国華撃団の隊長だ。部隊の結束を守るために制御の利かないものを戦場から遠ざけることは当然のことだ。その事で責められるべきは娘の方だ」

 

あの時は聞けなかった娘の除名処分のいきさつも、本人の口から聞いた。

羨望の象徴であった女性と瓜二つの敵が現れ混乱し、部隊の結束を乱す原因となってしまったと。

だがその事で娘を処分した神山を責める事は違うと、鉄幹は思っていた。

幼馴染として、彼女の心の傷に寄り添う事は、出来たかもしれない。

しかし部隊の規律を乱し、要らぬ諍いを生んだのは他ならぬさくらである。

その事実を無視して彼女を贔屓目に見ることこそ、部隊の隊長としてあるまじき事であろう。

言うなれば正義と娘を天秤にかけているようなものである。

これはあまりに神山に対して酷というものだ。

 

「しかし俺は……、部隊を守ることは出来ても、さくらの心の傷を癒せなかった……」

 

だからこそ、不謹慎ながら彼の言葉に僅かに安堵した。

これだけのことがあって尚、彼は娘と共にあろうとしている。

故に鉄幹は決断する。

示された運命を覆す希望を、他ならぬ彼に託すと。

 

「……誠ボン。天川銀河という男を知っているか?」

 

「銀河さん……? はい、あざみの事件では白秋さんと一緒に降鬼打倒の道を示してくれました」

 

天川銀河。

またの名をウルトラマンギンガ。

自身をあの海の上で、そして悪夢の開会式で助けてくれた、その多くを謎に秘めた巨人。

さくらの剣の師『村雨白秋』と同様に、生身の体で以って降鬼に相対できる力を持つ、明らかに人智を、ウルトラマンの常識さえも超えた存在。

白秋と少なからぬ関係のある鉄幹もまた、かの巨人を見知っていたとしても何ら不思議ではない。

 

「彼と初めて会ったのは10年前……。降魔皇の脅威が去り、妻の葬儀を終えた後のことだった」

 

最愛の女性を失い、哀しみに暮れる間もなく遺された娘を守るために金槌を手に取る自身の前に、彼は現れた。

当初は得体の知れない不審な人物かと警戒したが、意外な人物がその間を取り持ってくれた。

 

「帝国華撃団総司令神崎すみれ殿……。彼女もまた、銀河殿の話す『未来』を信じた一人だった」

 

「未来……。じゃあ、やはり銀河さんは……!」

 

兼ねてから抱いていた疑問は確信へと変わる。

鉄幹もまた、肯定するかのように重々しく頷いた。

 

「俄かには信じられない話ではあったが……銀河殿は、遥か先の未来から来たと話した。この世界の、運命を変えるために来たのだと」

 

「この世界の……、未来から……」

 

改めて鉄幹の口にした言葉に、神山は少なからぬ衝撃を受けたようだった。

無理も無い。

ドイツの権威たるアインシュタインの提唱している『相対性理論』ですら、未だ実証に至っていないこの状況下。

タイムマシンのような未知の科学を実現してタイムスリップを成功させてきたなどと言われても、到底信じられる話ではない。

だが件の人物の語る言葉が虚言でないという確固たる根拠が、鉄幹にはあった。

 

「銀河殿は知っていたのだ。これから先、帝都に起こる未来のすべてを。そして……他ならぬ、娘の運命を……」

 

「さくらの……運命……」

 

「誠ボンには話しておこう……。銀河殿が語った……、帝都に起こる未来のすべてを……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大正29年。

 

それは彼の知る限り、帝都が破滅への一途を辿った忌まわしき年だったという。

 

結成直前の帝国華撃団月組の壊滅と、降魔の襲撃を受けた軍艦の隊長候補の殉職。

 

その軍艦の名は『摩利支天』。

 

そうだ、誠ボン。

 

銀河殿の知る未来では、そこで君の命運は閉ざされていた。

 

だがそれは終わりの始まりに過ぎなかった。

 

直後に上海華撃団2名の戦死と、止む無く存在を公表した帝国華撃団。

 

しかしその初陣の日に1名が脱走し消息を絶った。

 

今花組に在籍している、クラリスという少女だ。

 

そして程なく、月組に代わって隠密任務に当たっていたあざみという少女が遺体で発見された。

 

事態を重く見た神崎司令は、海外に残存していた倫敦・伯林華撃団に協力を求めた。

 

そして降魔対抗の決起会を開き、もう一度降魔殲滅へ帝都民たちと意志を固めるはずだった。

 

……そう、それが敵の最大の狙いだった。

 

狙い済ましたかのような軍勢に囲まれた決起集会場は、地獄絵図になった。

 

空輸中だった倫敦と伯林の華撃団は上空で撃墜され戦死。

 

残された初穂はたった一人で都民を守ろうと奮戦するが、最後は降魔の軍勢になぶり殺しにされた。

 

そして……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……降魔たちは奪い取った帝鍵と、無数の帝都民の屍を依り代に、降魔皇の封印を解き放った。全ては降魔大戦の生き残り、『幻庵葬徹』が仕組んだことだった。……そう聞いている」

 

淡々と語る鉄幹の声に、神山は目を見開いたまま声を失っていた。

当たっていた。

降魔に摩李支天と共に襲われた自身をはじめ、これまで自分たちが直面してきた窮地を、天川銀河の予言は的中させていた。

そしてそれぞれが最悪の結末を迎え、それが更なる悲劇を呼ぶ。

身の毛もよだつ悪夢の連鎖の果てに突きつけられたのが、封印の解放と、10年前の絶望の再来だった。

 

「……勝てたんですか? 帝都は……、銀河さんは、降魔皇に……」

 

神山は、そう問うのが精一杯だった。

こちらの戦力がほぼ壊滅同然の状況で生き残っているとしたら、銀河を含め三人。

まだ名前の挙がっていないさくらと、その師匠である村雨白秋だ。

だが、鉄幹は沈痛な表情のまま、首を振った。

 

「結論から言えば……再封印は成った。だが、あまりにも犠牲は大きすぎた」

 

「犠牲……、それは……」

 

「さくらは白秋殿と共に降魔皇封印のために無謀も同然の特攻を挑んだ。そして天宮國定に代わる新たな刀身を手に、再び次元の壁を切り裂き、降魔皇を再び封じ込めた。……自身の命と引き換えにして」

 

「それが……、さくらの運命……」

 

言いようのない衝撃が、神山の全身を震わせていた。

銀河の知る未来では、間もなく降魔皇が復活を遂げる。

その封印と引き換えに失われたのが、さくら……。

 

「娘は、いつか大きな運命と戦うことになる。一人では抗いようの無い運命に。それが銀河殿が最後に残した言葉だ」

 

天宮さくらと、夥しい犠牲の果てに成し遂げられた、銀河の世界における降魔皇の封印。

銀河が覆そうとしていた未来は、この降魔皇の復活にあったのだ。

 

「天宮さん、間もなく検診と昼食のお時間です」

 

「ああ、すまない」

 

看護婦の連絡を受け、診察着に着替えるべく体を起こす鉄幹。

しかしふと、何かを思いやるように神山に告げた。

 

「誠ボン……、娘を頼む……」

 

「鉄幹さん……!」

 

何かを言いかける前に、その背中は見えなくなってしまった。

 

「さくら……」

 

もう一度やり直そうと思っていた。

彼女の心に寄り添い、彼女の思いを汲んで、彼女と共に平和を守るために立ち上がろう。

そう思っていた矢先に突きつけられた事実に、神山の心は揺れていた。

 

「(私、絶対に花組に入る! 真宮寺さくらさんみたいに、強いさくらになる!!)」

 

「(じゃあ、俺は花組の隊長になる! この手で、さくらちゃんを守る!)」

 

脳裏に過ぎる、すべての始まりとなった約束。

まさか、あの日の約束さえも、後の死の運命の遠因だったというのか。

だとすれば……、

 

「俺は……、どうすればいいんだ……」

 

自分のものとは思えないほどに情けない声が、閉ざされた部屋の中に虚しく木霊する。

その先に、答えは見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

銀座に構える中華料理店「神龍件」の地下には、即席ながら即席とは思えない規模の蒸気工学設備が充実していた。

その一角に用意されたフリースペースで、一人カンフーの型に集中する人物がいた。

上海華撃団五神龍隊長、ヤン・シャオロンである。

 

「ハッ!! ダァッ!!」

 

まるで舞い踊るかのような身のこなしと共に、四方八方に繰り出される拳や蹴撃が風を切る。

だがその表情は、黙々と鍛錬に集中するものではない。

何かの雑念を振り払おうと、焦燥に駆られている。

 

「ハァ……、ハァ……!!」

 

己の中に巣くう何かと対峙すること実に2時間。

それまでの疲労が遅れて現れたように、全身から汗が噴き出、呼吸で肩が上下する。

ダメだ。

以前まで無心で没頭できたはずの稽古すらおぼつかない。

料理の次にのめりこめる鍛錬にさえ、シャオロンの雑念は影響を及ぼしていた。

無理も無い、と自分でも思う。

何故ならそれは……、

 

「……、……さくら……」

 

天宮さくら。

ほんの数ヶ月前まで自分たちが守り続けてきた蕾の一つ。

それは深遠の闇に包まれて尚も凜と輝く美しさと強さを持ち。

それでいて少しでも包む手に力を込めれば容易く手折れてしまいそうなほどにか弱い。

折れかけたその芯を、花弁をこちらに傾けたあの儚げな姿が、どうしても払えない。

不謹慎の極みだがあの瞬間、他ならぬ自分にもたれかかる彼女に、背徳的な喜びすら感じてしまった己の浅ましさを一人恥じる。

一体いつから自分は、こんな下劣な男に成り下がってしまったのだ。

 

「オレは……」

 

あの時、感情のままに彼女と唇を合わせかけた自分を、他ならぬ自身の理性が止めた。

あまりにも卑怯だ。

彼女は自分を慕って来たのではない。

心に傷を負い、癒す場所が欲しかったのだ。

ただそれだけの理由のために、自分が選ばれただけに過ぎない。

それは自分でもわかっていた。

わかっていた、はずだったのに。

 

「どうすりゃ……、いいんだろうな……、さくら……」

 

自分のものとは思えないほどに情けない声が、閉ざされた部屋の中に虚しく木霊する。

その先に、答えは見えなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……どういうことですの?」

 

眼前の人物から放たれた衝撃の言葉に、一瞬理解が追いつかなかった。

共に今回の催しに異議を唱え、中止を訴えていたはずの同志。

だが……、

 

「……堪忍や……」

 

そう深々と頭を下げる彼女の姿に、先の言葉は聞き間違いではなかったのだと悟る。

続いて湧き上がるのは、疑念だった。

 

「……何が、ありましたの……?」

 

だが返事は無く、代わりに頭を下げたまま、力なく首を振る。

だがそれだけで、共に10年以上共に戦い続けて来た盟友の心情を、すみれは手に取るように分かった。

こうなった原因や経緯すら、この場で言えない事情がある。

月組の応答がないことから、監視の目があるわけではないようだ。

だが普段なら大抵のことに動じない彼女が身を震わせてまで憤怒に耐えるこの状況。

姿さえ見えぬ影の存在に、すみれもまた袖に隠れた握り拳に力を込める。

 

「……手段は問わない、という事ね……!」

 

出来る限りの策は講じたはずだった。

少なくとも帝都、中国双方の国防軍各位には今回の降魔事件の一切に政治的関与をしないよう呼びかけ、同時にWLOF側の要求や口添えには耳を貸さないよう働きかけておいた。

もしプレジデントが開催にこぎつけるために利用するとしたら二つ。

一国の存亡を担う国防組織の上層部を取り込むことと、民衆の不安を煽って今回の世界華撃団大戦を正当化させるというものだ。

しかし国内組織側への口利きは済ませたし、開会式の敗戦で離れかけた民衆の信頼も、先の東雲神社での一件で一応の沈静化を見た。

更に切り札として極秘に開発を続けてきた霊子戦闘機・試製桜武の存在。

これを以って、少なくとも帝国華撃団はかの世界を牛耳る霊的組織に対して少なからず中立の立場を貫くことが出来るはずであった。

だが、その決行の日を目前にして、突きつけられたのは姿さえ見えない巨大なまでの悪意だった。

これまで相対してきた魔の存在とはまた違う、欲望に塗れ狡猾な意志。

 

「……止むを得ませんわね」

 

こうなれば最早腹を括るしかない。

すみれは背を向けると、姿の見えぬ悪意を壁に映し、睨みつけた。

 

「世界華撃団大戦……。真意は何処にあるというの……?」

 

時が経てば経つほどに湧き出る疑念の泉。

それはやがて穢れを帯びてすべてを闇に包み込まんとするほどにどす黒いものへと変わって行く。

まるで、自分達を底さえ見えぬ底なし沼に引きずり込もうと手招きしているかのように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

季節は秋口に差し掛かるとはいえ、その部屋の空気はどこまでも冷たく、禍々しくさえあった。

理由は二つ。

その空間は地上より遥か数十メートル下に位置する地底の内部に位置していたこと。

そしてもう一つ。

 

「……」

 

闇に覆われたその先に、明らかに異質としか言いようのない「何か」が蠢いていたことだった。

 

「……!」

 

ふと、金属同士の擦れ合う音が空間を震わせた。

一瞬と思われたそれは断続的なものへと変わり、次第に激しさを増してゆく。

まるで、この空間に恐怖しているかのように。

 

「……! ……!!」

 

やがて金属音に混ざってくぐもったうめき声のようなものが聞こえ始める。

そして……

 

「!!!」

 

一瞬の身の毛もよだつ悍ましい咆哮を残し、空間は沈黙した。

何かを咀嚼するような、不気味な音を残して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

気が付けば時刻は12時を回ろうとしていた。

あの病院での一件から今までどんな風に過ごしてきたのか、よく覚えていない。

気づけば支配人室でいつになく険しい顔の総司令から、明日の華撃団大戦の正式な出場が取り決められたのだと伝えられた。

いつかは手合わせ程度にと深く考えないつもりであったが、こうしてみると様々な思惑が渦巻いているであろう陰謀に巻き込まれているかのようで、一抹の不安をぬぐい切れない。

そしてもう一つ、神山の胸中には言い知れぬ不安が枷のように括り付けられていた。

 

『娘は、いつか大きな運命と戦うことになる。一人では抗いようの無い運命に。……娘を頼む……』

 

幾たびの脳内を、まるで残響のように木霊するその言葉に、連想するのは破滅の未来。

そして、平穏と引き換えにすべてを失った少女の最期。

その命運が今、外ならぬ自身に委ねられようとしていると認識したとき、帝国華撃団隊長の深層心理に去来したのは、自問だった。

 

「(帝都の……さくらの未来を……、俺が変える……)」

 

思えばこれも、何かの因果だったのかもしれない。

あの大海で巨人に命を救われたことも。

幼き日に交わした、あの約束も。

かつての海軍少尉神山誠十郎ならば、敬礼をもって拝受していたことだろう。

そう、まだ現実を知らないかつての神山少尉ならば。

 

『やはり烏合の衆ですね帝国華撃団。この程度の雑魚が隊長とは』

 

『……嘘つき、……大嫌い……!!』

 

何度忘れようとしても拭い去ることのできない、忌まわしい敗戦の記憶。

隊長としても幼馴染としても歩み寄ることのできなかった心。

これまでの度重なる不覚が、神山の心に暗い影を落としていた。

その影は巣くった心の片隅に、疑念という名の闇を生み出す。

それは、ほかならぬ自らへ向けられたものだった。

 

「出来るのか……? 今の俺に……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「出来んだろうな。少なくとも、今のお前なら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

不意に背後から聞こえた声に、はじかれたように振り向く。

そこにいたのは、士官学校時代から共に歩んできたもう一人の盟友だった。

 

「令士……、いつの間に……」

 

「2分ほど前だな。いつものお前なら、足音で気づいていたはずだぞ?」

 

そう言って手元に握られた焼酎の瓶を床に置くと、その場に胡坐をかく。

何の目的できたのか、聞くだけ野暮というものだろう。

 

「あの開会式の事件から、随分と精彩を欠いちまった盟友に、荒療治ってな」

 

言いつつ差し出されたグラス一杯の焼酎。

強めの香りからして芋か。

こんなもの薄めもせずに飲んだら……

 

「……ありがとう」

 

いつもなら冗談交じりに出てくる注意を飲み込んで、神山は一気に流し込む。

今だけは、この胸中の不安もすべて飲み込んでしまいたかった。

今だけは、楽になりたかった。

 

「……何があった?」

 

それまでのふざけた態度を改め、司馬が真剣な眼差しで問いただした。

今の神山にとって、その言葉は頼もしく、ありがたかった。

普段とは違い要領を得ない自身の言葉にも、司馬は一切の疑いなく耳を傾けてくれた。

それだけでも、心の重荷が軽くなった気がした。

 

「……なるほど。銀河殿曰く、近いうちに降魔との戦いでさくらちゃんに危険が及ぶと……」

 

「……正直、自信を失いかけているんだ。この間も、俺は隊長としてさくらをなだめられなかったし、戦闘では夜叉に手も足も出なかった」

 

「だから今の自分に、さくらちゃんを守り切れる自信がない、って所か」

 

情けないが、言葉にするとその通りだ。

まるで今までがうぬぼれだったのではないかと邪推してしまうほどに、神山は自身のアイデンティティさえも失いつつあった。

日常でも戦闘でも、隊員たちを率いて最前線に立つはずの自分が、何の役にも立っていない。

そんな組織の行く末を、これまでいくつも目の当たりにしてきた。

だからこそ、自信を持てない自分がいた。

鉄幹の言葉に、決意の言葉を返せない自分がいた。

向こうは、間違いなく自分を信じてくれたはずなのに。

あまりに不甲斐なく、女々しく、情けなかった。

 

「……神山。いつかお前が俺にかけてくれた言葉を覚えてるか?」

 

「え……?」

 

「例え霊力がなくても、志があれば帝都の力になれる。その言葉に、俺は確かに救われた。それは、ゆるぎない事実だ」

 

覚えている。

それはかつて共に霊的組織の一員を目指していた、士官学生時代。

組織の一員として不可欠な霊力測定試験に合格した神山に対し、司馬は及ばず不合格となった。

事実上、霊的組織への道が断たれた司馬は、一時目標を見失い苦悩する日々を送っていた。

そんな彼に、盟友は一本の焼酎を片手に歩み寄ったのだ。

今、こうして自分が振舞われているように。

 

「あの時の俺は生きる意味さえ見えなかった。だがそんな気持ちを、お前と二人で笑いながら飲み込んで、前を向けたんだ。それは、間違いなくお前の力だ。誰にも文句は言わせない」

 

「令士……」

 

「もちろんお前に今更別の道を探せなんて言わないさ。だから……アドバイスをしてやる」

 

言いつつ自身も並々注がれた芋焼酎を流し込む。

浮かべたのは、満面の笑みだった。

 

「戦いたくても戦えない。見守ることしかできない。中々辛いもんなんだこれが」

 

「……」

 

「確かに銀河殿の言う運命とやらからさくらちゃんを守り抜くというのは、並大抵の事じゃない。……さくらちゃんはそれを望んでないからだ」

 

「え……?」

 

「お前が隊長としてあの娘を守ると決めたように、さくらちゃんもまた一隊員として帝都のために戦うと決めた。そうだろう?」

 

瞬間、神山はハッと顔を上げた。

何かつきものが取れたような感覚だった。

軍人が護衛対象を命と引き換えにしてでも守り抜くように。

いつの間にか、自分はさくらを守る対象として見ていた。

だが、違う。

さくらは、ただ守られるだけでいることを望んでいるのではない。

帝都を守る一員として、自分とともに戦うことを目指していた。

何故なら彼女は、誰かの枷になることを、そのために命が失われることを決して是としなかったから。

自分はまた、過ちを犯すところだったのだ。

 

「……道は、見えたみたいだな」

 

「ああ。ありがとう令士」

 

「礼には及ばん。何でも一人でできる人間なんていないんだ。俺が霊子戦闘機の整備をして、お前がその戦闘機で平和を守る。それをさくらちゃんが一緒に戦ってサポートする。それが、俺たちの目指す帝国華撃団の在り方ってもんじゃないか?」

 

「そうだな。……その通りだ」

 

影を飲み込んだ心に刺したのは、光明という名の光だった。

最初から自分だけが気張る必要などなかった。

少しだけ、力を貸してもらえばよかったのだ。

今までのように。

 

「さくらちゃんは強い。時に危うさを感じることもあるが、そこを俺たちがサポートするんだ」

 

「そうだな。運命から守り抜くんじゃない。さくらが乗り越えられるよう、支えるんだ」

 

行き場を失った右手が、力強く握られる。

そうだ。

鉄幹の話した銀河の未来から、いくつもの悲劇が覆されてきた。

瓦解していたはずの帝国華撃団は、世界に引けを取らない結束を以って強固な組織になった。

ならば、きっとできる。

自分一人の力だけでなく、みんなで力を合わせれば、来る降魔皇の復活を阻止できるはず。

今までのように。

 

「神山。明日の世界華撃団大戦……、間違いなく裏がある。相手は身内だが、油断するな」

 

「そうだな。司令もプレジデントが上海に何らかの圧力をかけていると見ているらしい。こちらも動く必要がある」

 

「よし、だったら今夜は、徹夜で作戦会議といくか」

 

「呑みながらか?」

 

「酒に負けるようじゃ花組隊長は務まらんぞ、ってな」

 

どちらからともなく、腹から笑った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、多くの人々が待ち望んでいた瞬間のはずであった。

世界中の華撃団を束ねるWLOFが威信を賭けて開催した『世界華撃団大戦』。

いつしか平和の祭典は開催国である大日本帝国の霊的組織へその是非を問う場と代わり、その目的はやがて来る降魔の軍勢を迎撃する囮と代わった。

その長の才に長けた話術に、世界各国の融資家は言いくるめられるままに傀儡同然に多額の資金を湯水の如く出資した果てが、人っ子一人いない閑散とした大戦会場だった。

 

『世界各国の皆様! ご覧頂いておりますでしょうか!? たった今この瞬間、新生帝国華撃団の存亡を賭けた試練の時が訪れようとしております!!』

 

主催者が発表したルールは至極単純。

今日、その存在意義を問われることとなった帝国華撃団と、WLOFの名の下に呼び寄せられた三カ国の華撃団との総当たり戦である。

最初に指名された相手は、これまで帝都防衛を長年兼任してくれた恩師にして盟友『上海華撃団』。

互いに望まぬ戦いとなった事への当惑と悔恨を、かつて戦友同志であった二人の総司令は隠し切ることが出来ずにいた。

 

「……掴めました?」

 

背後に戻る『月』に、厳かに問う。

知る者でなければ到底理解できる言葉。

だが、それ以上のことを口にすれば、気取られてしまう。

 

「確証は未だ……。ですが向こうの陣営には、一人……」

 

「……泰然さんね」

 

相対する対戦国には、ただ一人、重要な関係者の姿が忽然と消えていた。

敏泰然。

一代にして上海はおろか世界有数の航空会社である上海空路総公司を築き上げた若き経営者にして、上海華撃団創立に多大な貢献を果たした後見人である。

盟友を上海の母とするならば、さしずめ上海の父という言葉を与えても良いほどに五神龍を愛し、育ててきた人物が、忽然と姿を消していた。

まるで、神隠しにでもあったかのように。

 

「こちらは可能な限り続けるわ。頼むわよ」

 

「はっ!」

 

僅かな風を残し消えうせる月。

その姿を一瞥することも無かったすみれであったが、他の面々は呆気に取られて目を丸くした。

 

「司令、我々も……」

 

「なりませんわ」

 

我に返った隊長の口から、その先を阻止する。

言いたいことはわかっている。

月組が調査に動いている今、花組からも人員を割くべきというのだろう。

だがWLOFの監視の目が四方八方に動いている今、堂々と動くのはあまりにも危険だ。

あくまで相手の狙いに気づいていないかのように平静を装い、この無意味な親善試合を消化すること。

それが今の自分たちにできる精一杯である。

だが不安はない。

なぜなら今この瞬間、華を支える志を共にした気高き意志たちが、この帝都に集いつつあるからである。

 

「(既に帝都内に帰参しているはず……。頼みますわよ、みなさん……!!)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都の大通りを僅かに逸れた下町近くに、その建物はある。

かつては20人弱の若き音色で包まれていたその場所を知るものは、あまりにも少ない。

 

「……あら、久しぶりね」

 

辛うじて「かなで」と読むことのできるその正門を箒で掃く和装の女性が、何かに気づきつぶやく。

それは、顔なじみを見た時のようにわずかな安堵と小さな驚きを含んだ、そんな音色だった。

 

「少し見ないうちに、やせたんじゃないの?」

 

「……ありがたいことだわ。最近太り気味で……」

 

「嘘おっしゃい」

 

誤魔化すような乾いた笑いは、ピシャリと訪問者に一蹴された。

やはり顔なじみにはお見通しか。

 

「懐かしいわね。あれからもう10年だもの」

 

「そうかしら? 私にはあっという間だったわ。こうして懐かしむ余裕さえ、なくなるくらいに……」

 

「軍務は?正式に復帰してたんでしょ?」

 

ふと思い出し尋ねる。

訪問者は軍部、帝国陸軍ではそれなりに名の知れた人物だった。

数々の武勲を立てながら、その特異な人柄で名を馳せた人物でもある。

例えるなら、その美貌の中にとげを隠し持った「薔薇」のように。

 

「気が付いたら何も言われなくなったわ。冗談じゃない、何で彼の愛したこの街を見捨てて訳の分かんない軍備に従事しなきゃなんないのよ」

 

奇しくも人間という生き物は、様々な困難に直面した時にその常識や良心といった仮面が剥がれた本性があらわになる。

恥ずかしいことだが、この国の少なからぬ軍部の人間も、同類であった。

10年前の大災害において英雄のごとく戦い抜いた彼らと対照的なまでに、本来国土と国民を守るべきはずの防衛機関はこけおどしの役にすら立たなかった。

無理もない話だ。何せ降魔には通常兵器の一切が通用しないのである。

最新技術を駆使した大砲や戦車も、ただ固いだけの張りぼてに過ぎなかったのだ。

しかしそれを彼らは、国の恥として頑なに受け入れようとしなかった。

そうして10年に渡り英雄であるはずの霊的組織に冷遇を貫き、こうして蘇った若葉たちに手のひらを返したように恩を売ろうとすり寄ってくる。

だからこそ『彼』は、地位よりも義を貫いた。

僅かな間でも自分を受け入れ、仲間でいてくれた大恩ある彼に、少しでも報いるために。

 

「宍戸さんにも聞いてるわ。月組の支援で、動いているそうね」

 

「まぁね。って、アンタこそ人の心配してる場合? 雛がみんな巣立っちゃった鳥かごみたいになってるじゃないの」

 

核心を突かれ、乾いた笑みの代わりに肩をすくめる。

10年前、この場所は人々に安らぎを届ける音色たちであふれていた。

だが今、その痕跡すらここには残っていない。

華撃団という存在が機能不全に陥った空白の10年間の間、音色たちは世界中に散って数え切れぬ魔音と戦い続けているからだ。

今は自身の動かす箒の音だけが、かつての残照を残すばかりである。

 

「……今更だけど、あの子の気持ちがわかった気がするわ」

 

脳裏に浮かぶのは、10年前にこの寮の門を叩いた若きマエストロ。

音を視認できる素質と、純粋なまでに仲間を思う温もりで、瞬く間にこの寮の音色たちをまとめ上げた稀代の少女。

だが、今は……

 

「な~に言ってんの。アンタもしっかり戦ってんじゃない」

 

「え?」

 

思いがけない返事に、思わず聞き返す。

見えた先の表情は、優しく微笑んでいた。

 

「母の役目は、帰りを信じて家を守ることでしょ? しっかり守り続けてるじゃない。胸を張りなさい!」

 

そう言って訪問者は頭上に掲げた両手を叩いて合図を出す。

すると真後ろから割烹着に身を包んだ屈強な男性と小柄な青年が並び立った。

同時に彼もまた軍服を脱ぎ捨て、中に着込んでいたと思われる割烹着姿に早変わりする。

 

「来るべき時に向けて、華麗に、美しく、蘇らせてあげるわ!!」

 

「……琴音」

 

今に至り、理解する。

彼が何故、ここを訪ねてきたのか。

 

「塵に埃共覚悟なさい!! 帝国華撃団・薔薇組、出撃よ!!」

 

「「了解!!」」

 

武器の代わりに掃除道具を手に、我先にと寮内へ突進していく3つの背中に、気づけば自分も笑みを浮かべていた。

何年ぶりだろう。

こうして誰かに笑顔をもらったのは。

 

「そうね。私には、私の戦場がある。だから……」

 

ふと、祈るように空を見上げた。

まぶしい日差しが輝く澄み切った青空。

まるであの子の笑顔のように。

 

「帰ってくるのよ。音子ちゃん……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その病院では、奇妙な噂が流れ始めていた。

 

『神隠し』

 

とある新聞記者は、噂の意味をそう表現した。

曰く、回復傾向にあった入院患者が、突如姿を消した。

曰く、見舞いに訪れた家族が忽然と病院内で姿を消した。

まるで、神隠しにでもあったかのように。

 

「……あの事件と同じか」

 

晴れ渡る帝都の青空をカーテンで隠すように闇に包み、デスクランプのみの限られた光の中で、西城いつきは厳しい表情のまま握り拳に力を籠める。

以前もよく似た手口の誘拐事件を、自分たちはよく知っている。

当時でさえ号外が作られるほどに帝都を賑わせた怪奇事件の真相を知るものは極めて少ないが、今回の件に至っては当該の事件に比較して被害者数も発生期間も上回っているというのに、全くもって話題に上がらない。

何かの圧力がかけられていると考えるのが自然だ。

そして、国単位でそれほどの権力を行使できる存在といえば……、

 

「やはり、大帝国病院が……」

 

「間違いないわ。私たちがどんなに訴えても、上はこれを公にしたがらない。何人か潜入取材を試みたみたいだけど、誰も帰ってこなかったわ」

 

「……では、『彼』も……」

 

核心を突く問いに、わずかな沈黙。

それこそが、いつきがここに訪れた真の理由だった。

 

「……ここに来たのは昨日のことよ。まだ、可能性は残されているわ」

 

躊躇いがちに、それでも示された生存の可能性に、いつきは改めて『彼』が見たという数少ない資料に視線を落とす。

ところどころ誤字も目立つ、劣悪な環境で書き溜めたであろう乱雑な文字の中に、いつきは一つの名前を見た。

 

「『敏依然』……」

 

2年前、帝都に出産のため来日した女性の名前だった。

既に戸籍上は死亡扱いとなっているその女性と『彼』との関連性は、疑う余地などない。

 

「いつきちゃん」

 

ふと、飛び出そうとする背中を呼び止められた。

振り返った先には、暗がりに似合わない笑顔が見えた。

 

「薔薇と音色も動き出しているわ。何かあれば頼りなさい」

 

「……、ありがとうございます、由里さん!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『世界の皆様、ご覧頂いておりますでしょうか!? 降魔たちによる襲撃という恐るべきハプニングに見舞われた開会式を乗り越え、今正に帝国華撃団の洗礼の試練・・・・・・もとい、WLOF華撃団配属を賭けた戦いが始まろうとしております!!』

 

観客を失い無人となった華撃団大戦会場に、僅かに緊張気味の実況者の声が響き渡る。

蒸気遠隔配信で帝都各所から中継されているとはいえ、閑散とした空間を見ていると今回の催しがいかに空虚なものであるかと、その存在意義に疑問を禁じえない。

 

『国家基準の垣根を越え、世界基準という新たな華撃団構想。用意された9つの椅子に、果たして帝国華撃団は名を連ねることが出来るのか!? 迎え撃つのはかつては帝都防衛を兼任したこともある亜細亜の龍、上海華撃団です!!』

 

勝負は各々隊員を1名選抜しての勝ち抜き戦。

上海華撃団は3名構成であるため、こちらもそれに合わせて1名ずつ選抜することになる。

そして敗北した隊員はその時点でWLOF華撃団所属権を剥奪される。

降魔に対抗しうる貴重な戦力を潰しあいに使っていることにこの上ない違和感を感じながらも、帝国華撃団は懐疑心を押し殺しつつかつての恩人であり盟友と対峙していた。

神山が初手に選抜したのはさくら。彼女だけが操ることの出来る試製桜武のスペックを加味して、確実性を求めて選ばれた。

勝ち抜き戦ならば最初から出し惜しむ必要はない。

ここで勝利しても先の対戦が増えるに過ぎないが、まだ実戦経験の少ない桜武の訓練と考えれば、この上ない環境である。

不本意極まりないが、どうせ逃れられないなら最大限利用させてもらう。

それが今の帝国華撃団のスタンスだった。

 

「久しぶり。・・・・・・さくら、緊張してる?」

 

一方の上海華撃団は、やはり副将に位置するユイが選ばれた。

最前線を切ってくるであろうシャオロンが先鋒でなかった事は意外だが、何か理由でもあったのだろうか。

 

「ユイさん・・・・・・、この間はありがとうございました」

 

「こうして戦場に立てたことが何よりのお返しよ。・・・・・・ゴメンね、巻き込んじゃって」

 

「理由があることは分かってます。今は・・・・・・お互いに全力を出し切りましょう」

 

まだ開かぬ蕾だった頃から、自分達を守り、育ててくれた存在。

そんなユイと同じ土俵に立てたことに素直に喜ぶさくらに、ユイもまた迷いを振り切った様子で笑った。

 

「ありがとう、さくら。今の貴女がどこまで私に通じるか、試してあげる!!」

 

「ユイさんこそ、今までの私と思ってたら大間違いですよ!?」

 

『帝国華撃団1番手、天宮さくら隊員と、上海華撃団1番手、ホワン=ユイ隊員! WLOF華撃団1番乗りを果たすのはどちらか注目の一戦です!!』

 

瞬間、二体の霊子戦闘機が同時に地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

大帝国病院2階の食堂は患者用のスペースでありながら、見舞い客にも有料でメニューを提供するランチスポットとなっている。

病院内ということもあり、外の喧騒とは対照的に物静かな雰囲気が来るものの心を和らげる。

が、今日はいつもと違うオーラを放つ人物がいた。

 

「ガツガツガツガツガツガツガツガツ……!!」

 

何処から持ってきたのか想像もつかない巨大などんぶりに富士山を思わせる山盛りの白飯を豪快にかき込み、空っぽになるや向かいの机に放り出す。

そんな事を何十回と繰り返すうちに、向かいの机は空っぽになったどんぶりのタワーが出来上がっていた。

見てるこちらが胃もたれを起こしそうな勢いだ。

 

「おばちゃーん! めしお代わりー!!」

 

そんな周囲の奇異の視線を気にすることも無く、件の青年が子供のようにキラキラ輝いた瞳で追加をねだる。

厨房の初老の女性は、ため息と共に空になった釜を見せた。

 

「なーんだ、売り切れか。ま、腹八分目って言うしな!」

 

傍から見れば明らかに人間の異の許容量を裕に超えているはずの量を腹八分目で片付ける青年。

すると、向かいの机に積まれたどんぶりが、正確にはその奥に座る青年が呆れ顔で呟いた。

 

「満腹中枢イカレてるんじゃないの? あ、頭がそもそもパーなんだっけ」

 

「コラ源三郎。人前で頬杖突くな、みっともない」

 

どんぶりで視界に入っていないはずなのに見透かしたように、源三郎と呼ばれた呆れ顔の青年を咎める大喰らいの青年。

まるで母親のような物言いに源三郎は白け顔で嘆息した。

 

「人前で豪快にご飯かき込んでる方がよっぽどみっともないと思うけど? 恥ずかしいったらありゃしない……」

 

「腹が減っては戦は出来ん!お前こそ遠慮しないでお代わりしていいんだぞ?」

 

「兄さんの場合食い気が全てって感じだけどね」

 

源三郎の口にした「兄さん」という単語に、素性を知らない人間は驚いたことだろう。

それもそのはず。

大喰らいの青年は源三郎より明らかに頭一つ小さいからだ。

加えて子供のような無邪気な素振りで下手をすれば親子に間違われるかもしれない。

だがこの大喰らいの青年『桐朋源二』は、向かいに座る『桐朋源三郎』の正真正銘の兄である。

そして彼らは、帝都の中でもごく一部しか知りえない、ある約束のためにはるばる東は青ヶ島から戻ってきたのである。

 

「お久しぶりですね、源二さん。源三郎さんも」

 

そんな二人に、一人の看護婦の女性が声をかけた。

振り返った源二は一瞬目をぱちくりさせるも、すぐに満面の笑顔で立ち上がった。

 

「おー! かすみじゃねぇか! 久しぶりだなぁ! 元気してたか、おい!?」

 

「兄さん、病院で騒ぎすぎ。……でも、元気そうで安心したよ、かすみさん」

 

憎まれ口を挟みながらも穏やかに再会を喜ぶ二人に、かすみとよばれた看護婦の女性もまた、柔らかい笑顔で応える。

彼女、『藤井かすみ』は元々看護職に就いていた訳ではない。

彼ら桐朋兄弟と共に、この町の平和を守る風として戦っていた、彼女もまた『華』の一人であった。

今や、それを知る者はあまりにも少ない。

 

「どうです? 2年ぶりに帰って来た帝都は?」

 

「ああ……、すっかり様変わりした感じだね。でも、変わらない物もあって安心したかな」

 

「おう! 飯は相変わらず美味いぞ!」

 

「由里さんや椿さんは? 元気にしてる?」

 

やや質問の意図を聞き違えた様子の兄の言葉尻を食って、源三郎が問い返す。

『榊原由里』と『高村椿』。

彼女達もまた、かすみと共に10年前までこの町の平和のために戦った『華』であった。

かすみは懐かしむように、それでいて何処か寂しさを漂わせるように視線を窓の外に見える帝都の景色に移した。

 

「椿は実家の煎餅屋を継いで、下町を盛り上げているわ。由里は、帝都新聞社で働いているそうよ」

 

「何というか、らしいね……」

 

ちゃきちゃきの江戸っ子気質で向日葵のような笑顔が絶えなかった椿。

情報通で時に月組も彼女の情報を頼りにしたとされる程に世情に鋭かった由里。

あれから各々道は別れてしまったが、今もこの町で強く生きて欲しいと願って止まない。

 

「……お二人も、『彼女』に会いに……?」

 

ふと、微笑を消した真剣な眼差しが二人を射抜く。

彼らもまた、それに応えるように頷いた。

 

「ああ……、約束だからな」

 

「間もなく運命の日……、だからね」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、一言で言うなれば彼女にとっての憧憬であった。

まだ舞台に立つこともなければ戦場に立つこともなかった頃。

同い年でありながら亜細亜諸国を又に駆ける彼女の勇姿はどこまでも勇壮であり、美麗であった。

その姿は、自身が理想として心に描いた女性と重なってさえ見えた。

だからこそ、今こうして好敵手として相対できるこの瞬間が、嬉しくて堪らなかった。

 

「はああああっ!!」

 

「やああああっ!!」

 

桜色の剣が風を切るたびに相手はそれを華麗にかわし、反撃とばかりに放たれた蹴撃を相手は剣で弾いて返す。

傍から見れば舞い踊る演武のような戦いぶりは、華撃団大戦の前哨戦としてこれほど相応しいものはないであろう。

 

『我流と思しきさくら隊員の剣捌きに対し、ユイ隊員は持ち前の身のこなしを活かして俊敏に攻める! 双方の長所を最大限に発揮した先の読めない激戦が繰り広げられております!!』

 

一進一退、双方共に有効打を一撃も加えられていない互角の状況。

だが実際は、徐々にだが確実に、さくらの方が追い詰められつつあった。

何故ならば攻撃のすべてを回避できる相手に対し、こちらは防御を強いられているためだ。

機動力に優れた王龍はその代償として純粋な馬力や耐久性が無限を下回る。

よって世界最強の打撃力を誇る桜武の攻撃を一度でも受ければ、致命傷は免れない。

だがその一方で、世界最強の霊子戦闘機にも、重大な弱点が存在していた。

起動時に莫大な霊力を要求し、尚且つその状態を維持しなければならない都合上、長期戦や持久戦ではスタミナが持たず、限りなく不利になってしまうのである。

加えて桜武は王龍と違い、重量級であるが故に防御を行う必要がある点も、弱点に拍車をかけていた。

霊力を纏った強靭な一撃を防ぐには、相応の霊力を込めた太刀を盾として使う必要がある。

回避より確実に霊力を消耗する都合、理論上一撃で沈められるはずの王龍は搭乗者の力によって最大級の天敵へと昇華させられていた。

霊力が枯渇する前に一撃を加えて相手を沈黙させる。

それが天宮さくらに与えられた、唯一無二の勝機である。

 

「すごいよさくら。この短期間でそこまで桜武を使いこなせるなんて」

 

相対するユイも素直に賞賛を送る。

嬉しい言葉だが、ここで終わりたくは無い。

曲がりなりにも華撃団の一人として、共に死線を潜り抜けた戦友として、最後まで足掻きたい。

 

「はぁ……はぁ……」

 

試合開始から10分弱。

この時点で前回の東雲神社での戦闘時間を超過している。

全身からは汗が噴出し、肩を上下させなければ呼吸が間に合わない。

鍛錬はよりいっそう厳しくしてきたが、やはり霊力の枯渇はすぐには克服できるものではなかったようだ。

 

「でもそろそろスタミナもきつくなってきたんじゃない? 動きが少し鈍くなってきたよ」

 

「はぁ…・・・はぁ……、やっぱり、気づきました……?」

 

「桜武のスペックは司令からも聞いてたからね。寧ろこんなに長時間維持するのは、私でも出来ないと思うよ」

 

やはり最初からこちらのスタミナ切れを狙っていたようだ。

出来る限り平静を装っていたが、流石に歴戦の龍の目は誤魔化せなかったか。

 

「それじゃあここからは、私の番!!」

 

言うやそれまで回避に専念していた王龍が、豹変したかのように桜武に襲い掛かった。

流れるような美麗な動きはそのままに、苛烈な猛攻が絶え間なく突き刺さり傷を与えていく。

 

「くっ、ううっ……!!」

 

「そこっ!!」

 

懸命に太刀を構えて防ごうとするさくら。

しかしユイはその僅かな隙を逃さず打ち込み、確実にダメージを蓄積していく。

こうなれば最早世界最強の鎧といえど硬いだけの獲物に他ならない。

 

「ああっ!!」

 

何十発目かも分からないあびせ蹴りの衝撃に、桜武の巨体が大きく後ずさる。

その先は、大戦会場のフィールド端の角だった。

もう後が無い。

恐らく次の一撃を受ければ、桜武といえども耐えられないだろう。

 

「尊重强者……、王龍の奥義で終わらせてあげる!!」

 

「だったら私も、天剣の奥義で応えます!!」

 

中国拳法独特の構えと共に、その武脚に渾身の霊力を集中するユイ。

確かにこれ以上の霊力維持は不可能。

ならば、こちらも最強の一撃を持って応えよう。

比類なき好敵手に、最大限の礼を以って。

 

「蒼き空を駆ける、千の衝撃!!」

 

「把它拿给自己,撼动大地的龙腿!!(その身に受けよ、大地を震わす龍の脚!!)」

 

天高く掲げられた武脚を見据え、さくらもまた太刀を青眼に構える。

残されたすべての霊力が刀身を包み、鮮やかな空色のオーラとなって顕現した。

 

「天剣・千本桜ーーーっ!!」

 

「龍脚砕撃ーーーっ!!」

 

黄金色に包まれた武脚が大地を砕いたその衝撃に、突き一閃の斬撃が真正面からぶつかり合うこと数秒。

互いに渾身の霊力を練りこんで放った最大級の一撃は、相殺しあって霧散する結果となった。

そして・・・・・・

 

『……こ、ここでさくら隊員の霊子戦闘機が制御臨界点を下回りました。この時点で戦闘続行不能とみなし、ユイ隊員の勝利となります!!』

 

辛うじて聞こえた実況の声に、大きく息を吐きシナプスの接続を解除する。

蒸気を噴出しながら開かれたコックピットから吹き込む風が、汗と熱気に火照った体を吹き抜けた。

 

「さくら、大丈夫?」

 

こちらを気遣ってくれたのか、目の前には王龍から降りたユイが不安げにこちらの顔を覗き込んでいた。

結局最後まで一撃を加えることは出来なかった。

見事なまでの完敗である。

だが不思議と、さくらの心に悔しさは沸いて来なかった。

寧ろ戦友である上海華撃団を相手に本気の勝負が出来たのだ。

同じ霊的組織の一員として、これほど光栄なことは無い。

 

「……参りました。桜武に競り勝っちゃうなんて、さすがユイさんです」

 

「さくらこそ、こんなに強くなってたなんてビックリよ。……谢谢」

 

「こちらこそ……ありがとうございました……!」

 

差し出された手を掴み、そのまま身を起こす。

戦いが終われば、目の前にいるのは好敵手ではない。

共に舞台で笑いあう、花同士である。

 

『両者が互いに健闘を讃えあう、爽やかな幕切れとなりました1回戦! 勝者は上海華撃団・五神龍 ホワン=ユイ隊員となりました。次の2回戦は、30分後に開始いたします!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その部屋は、主に重傷者を収容する中層階に位置していた。

ベッドの片割れに置かれた白いハットとウクレレと呼ばれる弦楽器。

一瞬何者か第一印象では計りかねる男の病室は、決まって昼過ぎに訪問者に開かれる。

 

「調子はどう?」

 

それは、楓色のジャケットを羽織った妙齢の女性だった。

彼女の姿を認めるや、彼もまた穏やかに微笑む。

 

「今、かなり良くなりましたよ」

 

「フフ、相変わらずのようね。何だか安心したわ」

 

冗談を交えながら笑いあう二人は、かつて共に平和のために幾度もの死線を潜り抜けた戦友であった。

片や生身で敵陣を調査する隠密行動部隊隊長として。

片や部下の無事をひたすらに祈り指示命令を発する副指令として。

そんな今の二人がどんな関係にあるのか。

それは、互いの薬指に輝く銀の指輪が物語っていた。

 

「新しい月は、懸命に照らそうとしているわね。この町を」

 

「ええ。あの若さで、良くやってくれているものです」

 

そう呟き、かつて帝都を照らす月であった男『加山雄一』は、陰りを帯びた笑みのまま、ベッドに投げ出された己の足の残骸を見る。

かつては帝都のため、盟友のため海を越え山を越え、時に卑劣な敵の罠を掻い潜り、隠密部隊最大の武器である情報を奪取してきた己が半身。

それが失われてから、実に10年という月日が流れていた。

 

「故人曰く、『人事を尽くして天命を待つ』……俺はまだまだ未熟なようで……」

 

それは、加山雄一という男が唯一目の前の女性に見せられる自身の弱さでもあった。

本当ならば誰よりも彼らを、心を分かつ親友を助け出さんと駆け出したかった。

だがそれは、最早叶わぬ願いであることを、先代月組隊長は知りすぎるほどに知っていた。

 

「でも……だからこそ繋がった命があるわ。貴方がその身を投げ出してまで、守り抜いた命が……」

 

「ええ……俺の、宝物ですよ……」

 

あの降魔大戦の中、月組は生存者救助のため帝都中を奔走していた。

その果てに加山は、瓦礫の雨に埋もれかけた二つの命を、身を挺して救い出した。

己のその体を盾にして。

 

「……あら」

 

その時、換気のために開かれた窓から、そよ風と共に管楽器の重低音が響き始めた。

ジャズバーなどで好まれるアルトサックス。

恐らく一人のようだ。

 

「……そういえば、間もなくでしたね」

 

ふと、柔らかな笑みが消え、抜き放たれた刃の如き眼光が窓の先の虚空を睨む。

今も忘れぬ忌まわしき戦いの場所。

その時、共にあったこの音色を、彼らは覚えていた。

自分たちが帝都の夜を照らす月であるように。

この帝都を10年に渡り包み守り続けてきた『音色』たちがあることを。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

物心ついた頃から、ガラクタに触れることが当たり前になっていた。

育児の傍らで常に何かしらの整備に追われる母の姿を見続けていたからかもしれない。

見よう見まねでガラクタから何かを作り出しては、壊れて、また作り直しての繰り返し。

その結果が、今日の五神龍の片割れになるまでの自身を築き上げたきっかけであることは、疑いようの無い事実である。

 

「仔空……」

 

準備を進める背中に、母の声が聞こえた。

見らずともその声色だけで、困惑に躊躇しているであろう事は窺い知れた。

 

「请不要道歉……(謝らないで下さい)」

 

だから、先に伝えておいた。

知っている。

母は何の理由も無しにこんな馬鹿げた催しに加担する人間ではないと。

そしてこの場にいるはずの人間が一人姿を消しているという事実だけで、おおよその状況は読めていた。

 

「假装被骗(騙されたふりをすること)が、僕の角色(役割)、です」

 

聡い帝国華撃団ならば、既に動き出しているはず。

だからこそこうして表向きは花組全員をこの会場に集め、筋書き通りに事を進めているように見せかけているのだ。

ならば、自分が成すべきことは不用意に事を荒立てることではない。

筋書き通りに事を運ぶ駒の役目を果たすことである。

そして……、

 

「我会回来的(行って来ます)、母さん」

 

「うん、気ぃつけてや……」

 

まるで登校前の学童のように、にこやかに交わす挨拶。

だが少年にとって、それは何よりのお守りなのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

1回戦終了後に令士たち整備班の下へ移送された桜武の状態を確認してすぐ、あざみは自ら2回戦に立候補した。

次に今回の華撃団大戦では双方の隊長はいずれも最後に登場することが定められている。

そうなれば必然的に次に登場するのはあの総司令の息子である少年『李仔空』と見て間違いない。

母譲りの工学知識は天性の才を持つであろうあの少年に対抗するには、忍術の粋を以って相対するほか無い。

接近戦主体の初穂やミライは言わずもがな、遠距離タイプのクラリスやアナスタシアであっても、一度攻略パターンを構築されればなす術が無い。

無論自身の戦闘スタイルも看破されてしまえば同じことだが、少なくとも奇襲を得意とする自身の戦い方ならば、その前にケリをつけられる可能性はある。

そして何より、曲がりなりにも自分達の存在意義をかけた戦いと銘打たれている以上、それなりに勝ちに拘っている姿勢を見せなければ自分達のパフォーマンスを見抜かれる恐れがある。

だとすれば、適任は自分であろうと、花組最年少のくノ一は結論付けた。

 

『さあまずは上海華撃団の勝利に終わりました1回戦。続いては帝国華撃団 望月あざみ隊員と、上海華撃団 李仔空隊員の対戦です! 互いに最年少、特に仔空隊員は李紅蘭司令の実子に当たります!』

 

「久しぶりです、あざみさん。いい勝負、するです」

 

「里の掟45条。如何なるときも手を抜くべからず。……のぞむところ」

 

現役時代から様々な発明で公私に渡り帝都をにぎわせたという発明女王、李紅蘭。

そのDNAが継承されていることは、過去に自身を見つけ出したあの発明から明らかだ。

面白い。

ならばこの戦いでその先の境地へたどり着いて見せようではないか。

 

『代々受け継がれし伝統の忍びの業が、果たして最先端蒸気工学に何処まで通用するか、注目の一戦です!! それでは参りましょう! 華撃団大戦2回戦、開始!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その音色は、大帝国病院では風物詩の一つとしていつの間にか親しまれていた。

何の前触れも無く、時を選ばず、何処からともなく鳴り響く管楽器の重低音。

誰の音色か、何の曲か、誰も知らない。

だがその優しく包み込むような音が、聞く者全ての心を癒していく。

日も時間も場所も問わず、それでも病院に鳴り響く誰かのソロコンサート。

もしも聞くことが出来れば幸運と呼ばれるようになった題名すらない誰かの音楽会は、いつしか大帝国病院の風物詩として親しまれるようになっていた。

 

「……」

 

ふと、真後ろから聞こえてきた小さな拍手に振り返る。

見知った顔が、穏やかな笑みとともにこちらを見ていた。

 

「中々に美しい霊音だった。時が移ろうとも、君の心は未だ変わらぬということか」

 

「戻っていたのか」

 

「今回の催しに乗じてな。諸国の懸念に反して、ここ数ヶ月の降魔出現の報はこの帝都に集中している」

 

「……そうか」

 

僅かな間を置き、かつて告げられた『予言』を思い出す。

曰く、程なく世界の霊的組織は一人の男によって掌握され、再編されると。

そして長い時を経て降魔と華撃団が帝都に集結した時、運命の日を迎えると。

 

「……ジオ」

 

ふと、傍らに立つ青年に尋ねた。

 

「だとしたら……、これは運命だったのだろうか」

 

「そうだ、と応えたら……?」

 

まるで試すような返答に、フッと笑みをこぼす。

そういえば彼はそういう甘えを許さない人物だった。

 

「……いや、聞いてみただけだ」

 

そうだ。

例え運命であろうと無かろうと、答えに変わりはない。

あるとすれば自身の背負う十字架の重みが変わるだけの話だ。

ヒューゴ=ジュリアードという名の男が背負う、三つめの十字架の。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

全世界が注目する世界華撃団大戦。

その2回戦は、初戦と打って変わって多種多様な攻撃が飛び交う戦場と化した。

黄色の忍が懐から手裏剣を放てば、青の龍は即座に展開した砲塔で打ち落とす。

続けてお返しとばかりに弾丸を放てば、忍はまるで幻のようにその姿を掻き消した。

直後に背後に現れて鉤爪で切りかかる寸前、背後の鎧からガーターが展開して弾き返す。

互いに裏を読みあい、陽動と本命を使い分け、奇襲をかける頭脳戦。

もし観客たちがこの場にいれば、会場は興奮の渦に飲まれていたことだろう。

 

「流石は東洋の神秘、忍術……。僕の『さきよみくん』でも、見切れない、です……!!」

 

「忍びとは、元来知られてはならぬ者。演算機一つで望月流を見切ろうなど、甘い!!」

 

言うやあざみが仕掛けた。

手持ちのクナイを放つや、目にも留まらぬ速さで印を結ぶ。

 

「望月流忍法、奥義! 無双手裏剣・影分身!!」

 

一瞬にして一本のクナイが瞬く間にその数を増やし、四方八方から青龍を包囲する。

だが、仔空もまた砲塔を投げ捨てて刀身を出現させ、身構えた。

 

「これしき……、传承的狼虎牙,现在来了(受け継がれし狼虎の牙、今ここに)!」

 

殺到する無数の刃を前に、両手の仕込み刀に溢れんばかりの霊力が宿る。

もし少年の父を知るものがいれば、瞠目したことだろう。

その構えは、かつての英傑と瓜二つであることに。

 

「狼虎滅却……、龍跳虎臥!!」

 

まるで荒れ狂う竜巻の如く自身を回転させ、その二刀で、或いは尾で、全方位から放たれた刃を次々と叩き落す。

やがて周囲には打ち捨てられた無数のクナイが転がり、その中心に無数の傷を負った龍が佇んでいた。

 

「はぁ……はぁ……!!」

 

一つの波が超えたことに安堵し、大きく息を吐く仔空。

元々技術畑の少年にとって、剣術はまだまともに習ったことも無い。

今の大技も、演算機と砲塔による中距離戦を突破された際に相手を迎撃する、いわば最終兵器だ。

一度射出した砲塔を取りに行く暇は無いだろう。

まだ相手の本体を見つけ出して叩かなければならない。

 

「……急いで、見つけないと……」

 

ただでさえ霊力を大きく消費し、手の内はほぼ全て出しつくした状況。

素早く演算機を再起動し、霊力の痕跡を追う。

だが、見つからない。

左右を見渡しても、上空を見ても、黄色い忍の姿は見えない。

それもそのはず。

何故ならこのとき、件のくノ一は、青龍の真下の地中に身を隠していたからだ。

 

「なっ……!?」

 

仔空が気づいたのは、地面から現れた腕が自身の足をつかんだ時だった。

瞬間、舗装された地面を割って、黄色の無限が飛び出した。

 

「隙あり!! 土遁・早葬殺法の術!!」

 

ギラリと眼光が光った一瞬、下段から繰り出された鉤爪の一撃が、青龍の尾を切り落とした。

数秒宙を舞い、地面にたたきつけられる尾。

それにつられるかのように、尾を失った青龍は、うつ伏せに地面に倒れこんだ。

上海華撃団の霊子戦闘機『王龍』は、その前面の武装強化と衝撃緩和のための装甲装備のために、前方に比重がかかる弱点が存在した。

それを解消するために取り入れられたのが、武器としても使用可能な尾のパーツである。

敢えて先端に重量を持たせることで遠心力を加えて武器として使用できることもそうだが、一番の狙いは重心のバランスを安定させることにあった。

その重要不可欠なパーツを失った今、青龍に立ち上がる術はない。

 

『け、決着ーーっ!! 互いに裏をかく奇襲合戦を制したのは、帝国華撃団 望月あざみ隊員!!』

 

所詮は見せかけの、意味を持たない戦い。

だが少なくとも、自分も相手も各々の矜持を持って相対した。

故に今地に伏した自身に誓う。

より知識を得ようと。

より技を磨こうと。

より強くなろうと。

全ては……、

 

「爸爸,我会让你变得更坚强……直到遇见你的那一天……(強くなって見せます、父さん……。あなたに会うその日まで……)」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『5月3日 やはり予算が大きすぎるのが原因なのか。この病院でも孫娘を含め4名の原因不明の心疾患を患った人間がいる。感染の疑いが限りなく低いことは幸いだが、それだけでは前進とは言えない。せめて施術の確実性を上げる事ができれば、金に取りつかれた上層部を納得させられるかもしれない』

 

『6月7日 だめだ。どうしても心臓のドナーを確保できない。そもそも脳死判定に至る人間はごくまれであるというのに、心臓移植手術は非現実的すぎる。何か代案を考えなくては……』

 

『6月17日 海外でバチスタという人物が移植を伴わない心臓手術に成功したらしい。なんでも心筋が伸びすぎたことによる心筋症を、一部切除および縫合することで正常な伸縮を取り戻すのだとか。本当にそんなことが可能なのだろうか。いや、迷っている暇はない。やるしかないのだ』

 

『9月12日 22回目の臨床実験で、ようやく海外の「バチスタ」と呼ばれる手術方式の流れが確保できるようになってきた。今は遺族の許可のもと霊安室の遺体をお借りしている状態だが、これが72%をマークできれば、理論値に達する。もうすぐだ』

 

『10月14日 長年の研究と努力が実を結んだ。成功だ。30歳男性の心疾患を、バチスタで回復させることに成功した。協力してくれた医師たちにはこころから感謝したい。そして、かりん。もうすぐお前を助けてやれる』

 

『10月19日 遂に3名の患者のバチスタ手術が成功した。のこるはかりん。私の孫娘だけだ。ずっとつらい思いをさせてすまない。治ったら今までできなかった分、外でいっぱい遊ぼう。色んな所に行こう。そして二人で、母さんの墓参りに行こう。君江、真一君、やっと約束が果たせるよ。やっと……』

 

正常に読める記述は、ここで途切れていた。

限られた環境下での、バチスタ手術の敢行。

それらはすべて、このかりんという孫娘の快復を目指していたものだとわかる。

問題は、この書類が保管されていた場所だった。

 

「予測はしていたが……」

 

大帝国病院理事長『佐津間忠司』の執務室で、いつきは眼前に迫る真実にわずかな戦慄を覚える。

何故ならその日記帳は、この次のページがまとめて破り捨てられていた。

それだけではない。

デスクの奥が二重底になっており、そこにもう一冊、付箋が大量に張られたノートが入っていたのだ。

 

『-月-日 何が悪かったのだ。どこで誤ったというのだ。確かにバチスタは成功した。孫娘の心臓は不規則な痙攣もなく、正常に動作している。なのに、なのに何故かりんの意識は戻らないのだ!』

 

『-月-日 調査の結果、孫娘の手術の際に投与した全身麻酔の濃度が基準値を大幅に超えていたことが発覚した。なんということだ。こんな、こんな初歩的な人的ミスで、かりんは……』

 

『-月-日 あらゆる手を尽くした。かりんを目覚めさせるためにできる限りのことをし尽くした。だが、ダメだ。私は何を間違えたのか。神よ、そこまで私を憎むか!? 娘夫婦のみならず、かりんまでも私から奪おうというのか!?』

 

『-月-日 今まで面会を断ってきた真田教授から、信じられない話を聞いた。かつて帝都を襲った『降魔大戦』。その中で採取された降魔の細胞片に、強い生命反応が残されているというのだ。キツネにつままれたような気持ちだ。だが、賭けてみる価値はある』

 

『-月-日 真田教授に詳細な説明を受けた。細胞片単体では効果はなく、やはり不完全な部分の移植が必要なようだ。細胞片はその生命力で、被験者の生命維持に貢献してくれるらしい。確かに、これなら移植手術の成功率を高められる』

 

『-月-日 「マガ細胞」と名付けられた細胞片を娘の体内に投与して1週間。今のところ生命反応に変化は見られない。問題は心臓のドナーの確保だ。できる限り被験者と同じ年齢、性別のものがよいのだが、7歳の少女の心臓のドナーなどあるのだろうか?』

 

『-月-日 真田教授の伝手から、信じられない情報が入った。かりんの麻酔による脳死事故。あれは事故ではなく故意に引き起こされたものだった。軍部内での極秘情報だったそうだ。自分でも不思議に思う。人間は怒りが頂点に達すると信じられないくらいに冷静になれるのだ。あの麻酔科の医師は確かに出世欲の強い人間だった。私に幾度か突っかかって来たこともある。医療には誠実と思っていたが、私の目が節穴だっただけのようだ。どうしてくれよう。下らん出世欲のために未来を絶たれた孫娘の無念をどうやって晴らしてくれよう』

 

『-月-日 産婦人科に新しく患者が入った。私は今狂喜している。その患者はあの麻酔科医の妻だった。そしてその見舞いに来ていたのは、6~7歳ほどの少女だった。病気にかかったこともない活発な少女だそうだ。素晴らしい……、この上なく素晴らしい……』

 

『-月-日 私は今ほど自分の地位に感謝したことはない。大帝国病院理事長の立場を有効活用すれば、病院内の施設など思うがままだ。あの患者と見舞に来た娘は私を疑うそぶりも見せない。睡眠薬を仕込むのも、研究室に拉致するのも簡単だった。そしてあの男にも、軍部の秘密をばらすと書置きをすればノコノコ現れた。これで準備は整った。かりん、今度こそ助けてあげよう。今度こそ……』

 

真田教授と呼ばれる謎の人物と、マガ細胞という言葉を皮切りに、徐々に正常な思考を失い、狂気に取りつかれていく様子が克明に描かれた二冊目の日誌。

これが大帝国病院内の神隠し事件の始まりなのだと、いつきは直感した。

これは、まだ始まりに過ぎないのだと。

そして、彼もまたこの情報を見たのだと。

 

「急がなくては……!!」

 

人に見られる前に部屋を後にしようと扉へ急ぐいつき。

だがその手を、誰かがつかんだ。

 

「……あ、あなたは……!!」

 

その人物に、いつきは思わず驚きの声を上げる。

それもそのはず。

何故ならそこにいたのは……、

 

「ここからは、専門家に任せてください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『ともすれば一方的な試合展開になるのでは予想されていた華撃団大戦でありましたが、今や一進一退! 亜細亜の龍を相手に帝国華撃団、大健闘を見せております!!』

 

2回戦までで破壊されたフィールドはそのままに、興奮気味の実況のアナウンスが会場内に響き渡る。

気づけば会場の外からは、僅かに双方の華撃団を応援する声が上がり始めていた。

恐らく配信されていた試合内容に興奮を抑えられなかったのだろう。

会場内にこそ人間はいないものの、その周辺には徐々に人が集まり始めているようだった。

 

『現在我等がWLOF華撃団への椅子を確保したのは上海華撃団 ホワン=ユイ隊員と、帝国華撃団 望月あざみ隊員。いよいよ両華撃団隊長同士の、プライドをかけた戦いが始まろうとしております!!』

 

相対する銀の無限と緑の王龍。

最終戦は最初から定められていた通り、互いの隊長が相見える形となった。

 

「(無意味な試合とはいえ……やはり相当な威圧感だな……)」

 

改めて、神山は相対する若き龍の存在の大きさに驚かされる。

これまでの帝都防衛で幾度と無くその力に助けられてきた自分達。

味方の時は心強いことこの上ない亜細亜の龍が、一度敵に回るととてつもない手ごわさを感じさせる。

本来なら双方望むことの無かった戦いに、煮え切らない感情が決心を濁らせる。

そのときだった。

 

『……さて、ここで上海華撃団のヤン=シャオロン隊長より、今回の試合について決意表明があるとの事です』

 

「……決意表明?」

 

予想外の展開に、神山は思わず無限の中で素っ頓狂な声を漏らした。

実況の案内があるという事は、事前に打ち合わせていたのだろうか。

あくまで行方の分からない泰然を探し出すための時間稼ぎでしかないこの試合。

真剣味を持たせるための演出か何かだろうか。

 

『……神山。俺たちがこうして人前でやりあうなんて、何の運命の悪戯だろうな』

 

周囲に映し出されたモニターに合わせて、相対する緑の龍が憂いを帯びた表情で語りかける。

自身がそうであるように、彼もまた望まぬ戦いに苦悩していたのだろう。

決して仲間や心を許した人間に拳を向ける男ではないことを、神山は知っている。

 

『だが剣と拳を交える以上、生半可な真似はしたくない! だから、お前にはこの戦いに誓いを立ててもらう!!』

 

「誓い?」

 

だからこそ、他ならぬ彼の放った言葉が信じられなかった。

 

 

 

 

 

 

 

『この試合、もし俺が勝ったその時はアイツを……、天宮さくらをもらう!!』

 

 

 

 

 

 

 

「……は?」

 

その一瞬、神山はシャオロンの言葉が理解できなかった。

誓い?

もらう?

さくらを?

 

『聞こえなかったか? だったらもう一度言ってやる!! この勝負で俺が勝ったら、天宮さくらを『嫁』にもらうって言ってんだ!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「「えええええぇぇぇぇぇーーーーーっ!?」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

数秒の間をおき、今度は会場のそこらじゅうで異口同音の絶叫が響き渡った。

無理も無い。

こんな公衆の面前で、勝負に勝ったら女を嫁によこせなど、恥もへったくれもない。

というか今の今までそんな素振りを見せたことも無いのに、一体何がどうしてこんな事になってしまったのだ。

 

『神山。悪いが今までのお前達を見て、俺はさくらを任せて置けないと思った。だから、俺はこの戦いに勝ってさくらをWLOF華撃団に連れて行く!! アイツに……もうあんな涙は流させない! 俺が側にいて、守り続ける!!』

 

驚愕の余り声を失う神山たちを差し置いて、淡々とさくらへの想いを堂々と語り続けるシャオロン。

モニターに中継されているという事は、当然周囲にも筒抜けになっているに違いない。

それこそさくら本人にも、聞こえているのではないのか。

 

『素晴らしい!! 確かに敗退したとはいえ天宮さくらは試製桜武を操ることの出来る唯一無二の存在。それを飼い殺してはならないというシャオロン隊長の想いに、私は応えたい!!』

 

「ま、待ってくれ! 突然そんな事を言われても……!!」

 

『WLOF事務総長の権限において宣言する! 今この瞬間を以って望月あざみの暫定を解除し、ヤン=シャオロン隊長勝利の暁にはその枠に天宮さくらを内定させる!!』

 

「な、何て強引な……!!」

 

気づけばシャオロンだけでなく自分の顔もモニターに表示されている。

まさかさくらの処遇を巡って争う羽目になった自分達を見世物にしようとでも言うのか。

 

『じ、事務総長の驚きの決定ですが、何やら複雑な事情を孕んだ3回戦になりそうです! 果たして帝国華撃団はWLOF華撃団の椅子に滑り込むことは出来るのでしょうか!? またしても目が離せない一戦となります!!』

 

「さあ、始めようぜ神山! これは男と男の勝負だ!!」

 

「……止むをえん。全力でお相手しよう」

 

周囲の空気を完全に味方につけたシャオロンの宣言を覆すことはほぼ不可能だろう。

だがこちらもいきなりさくらを寄越せといわれてはいそうですかと渡せるものではない。

図らずも決して負けられなくなった戦いに、神山の顔から迷いは消えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2年前のことだった。

出産のために単身帝都へ渡ったはずの妹が、そのまま消息を絶った。

数え切れぬ問答にも関わらず大日本帝国からの返答は曖昧なまま、今日を迎えるに至る。

それこそが、自分が総司令の反対を押し切ってWLOFの催しを呑んだ最大の理由であった。

 

「くっ……」

 

今になって自身の非力さを恨めしく思う。

本当は証拠さえ掴めば直ちにWLOFを離反するつもりだった。

そのために双方の憎まれ役のようなこうもりの立場となって動き続けてきた。

木乃伊取りが木乃伊になるとはこのことだ。

 

「気分はいかがかな?」

 

「貴様……!!」

 

闇の中から聞こえた声の主に、泰然は怒りを通り越して殺意をはらんだ視線を突き刺す。

その先にいたのは、大帝国病院理事長にして凶器に魂を売り渡した男、佐久間忠司その人であった。

 

「ようこそ敏泰然君。頭部の打撲は出血こそあるが適切に処置しておいた。安心したまえ」

 

「ふざけるな! 全部知っているんだぞ……、貴様がここで、妹に何をしたのかも!!」

 

あの時、理事長室ですべてが書かれた日誌を読んだとき、冷静さを欠いた一瞬を突かれた。

後頭部を鈍器で殴打され、昏倒されたまま拘束されてしまったのだ。

今まで、獲物にされてきた人々と同様に。

 

「懐かしいな。そう言って乗り込んできた新聞記者がいたよ。最も、最後は泣き叫んで命乞いをしたがね」

 

泰然の殺気すら意に介していないかの如く、佐久間は手元の機械を操作する。

闇の空間に、閃光が走った。

 

「うっ……、これは……!!」

 

閃光の正体は、手術の際に用いる無影灯だった。

その真下には、使い古されたであろう血にまみれて赤黒く汚れた手術台。

そこに、見覚えのある女性が横たわっていた。

 

「綾香さん!?」

 

それは、先日図らずも面識を持つことになった産婦人科の患者、青島彩香だった。

手際が良すぎる。

一人でいつの間に簡単に拉致したというのだ。

 

「最初はあの麻酔科医の家族だった。軍部に脅されて仕方なくとかみっともなく言い訳していたがね、私の心にはかけらも響かなかったよ」

 

「そのために命を救う立場でありながら、命を踏みにじったというのか!?」

 

瞬間、穏やかな笑顔の仮面が、剥がれた。

 

「滑稽な見世物だったよ。ここに長女を寝かせておいてね。隣にはもう撤去したがもう一台手術台があったんだ。そこに奴の妻を寝かせておいた。そして奴に刃物を放り出してこう言ったんだ。『お前の手で妻と第二子を殺せ。そうすれば娘は助けてやろう』とな。実に滑稽だったよ、いつもは若いくせに理知的にふるまっていた顔がみるみる青ざめていくんだ。私に孫娘のことは諦めろと諭しておきながら、自分の家族になるといつまでたっても煮え切らない。そこで私は言ってやったんだ。お前が孫娘にしたように妻は脳死させた。このまま放っておけばおなかの子も死ぬとな。そしたらアイツはどうしたと思う。少し悩んだと思ったら自分の嫁に刃物を突き刺したんだよ。狂ったように叫びながらね。私は笑いが止まらなかったよ。脳死させたのは娘のほうだったのにな」

 

「貴様……、それでも医師……、いや、人間か……!?」

 

「ああ人間さ。愛する孫娘のためなら悪魔にでもなれる人間さ。あの麻酔科医だって娘のために嫁さえ殺せる悪魔なのさ。最後は狂ったのは自分ののどに刃物を突き立てて自殺したがね」

 

信じられないような悪夢の瞬間を、まるでサーカスにはしゃぐ子供の様に嬉々として嗤う佐久間。

もしここにかの少女忍者がいれば吐き捨てたことだろう。

その醜悪な顔は、あの悪魔とそっくりであると。

 

「肝心の帝国華撃団とやらも大会に駆り出されて無防備な状態だ。助けを呼ぶ事など出来はせん」

 

「くっ……!!」

 

「真田教授は例の事故で死んでしまったが、マガ細胞はここにある! 貴様もかりんの血となり肉となれ! 何も知らずにノコノコやってきた妹のようにな!!」

 

にじり寄る仇敵を前に身動き一つ取れない泰然。

だがその時、空気を切り裂く鋭い音を纏い、銀色の閃光が矢のように佐久間の右腕をかすめた。

 

「ぬぐっ!? な、何者だ!?」

 

突然の不意打ちに佐久間も余裕を失い傷をかばう。

すると閃光はブーメランのように放たれた方角へ帰っていく。

円盤状の刃物、あれはチャクラムか。

 

「この帝都に、世界に仇なす魔音ある限り、私たちは駆けつける」

 

暗闇を切り裂く凛とした声と共に、一つの足音が響き渡る。

やがてそれは近づくにつれて二つ、三つを増えていき、五つの足首が無影灯に照らされた。

 

「き、貴様らは一体……!?」

 

 

 

 

 

 

「長き眠りについた華に代わり、帝都を、世界を守るもの」

 

 

 

 

 

「瘴気と怨念に囚われた世界を癒しの音色で包むもの」

 

 

 

 

 

「可憐に舞う花々に、音色のドレスを添えるもの」

 

 

 

 

 

「闇に蠢く悪の影を、人知れず暴き滅するもの」

 

 

 

 

 

 

 

 

「合言葉は、『事件は前奏曲のうちに』」

 

 

「「帝国華撃団・奏組、参上!!」」

 

 

 

 

 

 

 

異口同音の元に現れたのは、身長も国籍も違うであろう5人の若い男たちであった。

そういえば総司令に聞いたことがある。

花組とは別に、小規模の降魔を月組と連携して鎮圧する『魔障隠滅部隊』が存在すると。

まさか、彼らが……

 

「奏組だと……!? 帝国華撃団は花組だけではなかったのか!?」

 

「佐久間忠司! 貴様が自身の地位を利用して幾人もの罪なき命をもてあそんだその所業、断じて許すわけにはいかん!」

 

「黙れ! 貴様らごときに私の長年の夢を奪われてたまるものか!!」

 

眼鏡をかけた青年がサーベルを突きつけ威嚇するも、佐久間は手早く手元の機械を操作する。

瞬間、周囲のカプセルらしきものから蒸気が噴出したかと思うと、灰色のゾンビのような化け物が次々とはい出てきた。

それはまるで、翼をはぎ取られた降魔のような……

 

「人造降魔……。やはりその研究もしていたのですね」

 

「フハハハハ! 研究を始めた時から真田教授に助言されていたのだ。貴様らのような邪魔者が入ったときに確実に始末できるようにな。かかれ!!」

 

佐久間の命令に従い、およそ10体の人造降魔が一斉に襲い掛かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

世界華撃団大戦初日最終日。

その最終戦とも言うべき隊長同士の戦いは、天宮さくらという女性を巡る男の戦いへと変わってしまった。

それまでの手合わせの域を出なかった爽やかな競技は、互いの矜持をかけた、文字通りの決闘へと姿を変えた。

 

『おらあああっ!!』

 

軽やかな身のこなしで宙を舞い、緑龍が豪快に拳をたたきつける。

相対する白銀の双剣士は最小限の動きでそれを受け流すと、間髪入れずに切りかかった。

 

『はああああっ!!』

 

だがその斬撃が届くかと思われた一瞬、足元に殺気を感じ咄嗟に跳躍して距離をとる。

刹那、先ほどまで脚をつけていた空間を唸りを上げた尾が一閃した。

一瞬でも気づくのが遅れていたら、確実にやられていただろう。

 

『凄まじい攻防が絶え間なく繰り広げられております、華撃団大戦大将戦!! 世界で唯一無二の試製桜武の使い手を手放せないという決意の表れか!?』

 

実況の声も耳に入らないくらいに、さくらは声すらも出せないまま、ただ二人の男の戦いを見つめることしか出来なかった。

本気だ。

本気でシャオロンは、あの気さくで屈託の無い笑顔で見守ってくれていた青年は、兄も同然の神山を叩きのめして、文字通り力尽くで自分を奪い取ろうとしている。

あの決意の言葉に、自分を『嫁』としてもらうと、ハッキリ聞こえた。

つまりシャオロンは、自分を……、

 

『やるじゃねぇか神山! さすがに神速の嵐の異名は伊達じゃねぇってな!?』

 

『当然だ。さくらは帝国華撃団の一員だ! 隊長として、さくらをくれてやるわけにはいかない!!』

 

『本当か!? 本当にそれだけか!?』

 

『何が言いたい!?』

 

『男として、アイツを守りたいんじゃねぇのかって聞いてんだよ!!』

 

『……っ!?』

 

見たくはない光景だった。

片や兄のように慕い続け、共に在り通けた男。

片や絶望の雨の中で寄り添い、守ってくれた男。

そんな二人の男が、他ならぬ自分という女を巡って、雌雄を決しようとしている。

 

『忘れたとは言わせないぜ。あの日、さくらは何時間も雨の中路地裏で泣いてた……。俺が見つけてなかったら、どうなってたか……』

 

『シャオロン……。あの時の事は礼を言うし、さくらには済まなかったと思っている。だが、オレは隊長として……』

 

『そんなもんは言い訳だ! 我侭だと断じるのは隊長として正しいかもしんねぇよ……。アイツだってきっと分かってるはずだ!』

 

やはりあれは、勘違いではなかった。

もし帝国華撃団に居場所が無ければ上海へ行こうというのは、紛れも無いシャオロンの本心だった。

彼が出来る最大限の愛情であり、プロポーズだった。

 

『それでもガキみたいな癇癪起こしちまったって事は……、お前に別の言葉をかけて欲しかったんじゃねぇのか!? 隊長じゃねぇ、神山誠十郎の言葉をよ!!』

 

『それは……うぐっ!?』

 

「神山さん!!」

 

不意を突くかのような一撃。

咄嗟に二刀を交差させて防ぐが、その勢いの余り無限は大きく後ずさる。

 

『言えねぇか……? そうだよな、言える筈がねぇ。お前はさくらを一隊員や妹分としてしか見ていない。だからあの時も突き放したんだろ!?』

 

『ち、違う……!!』

 

やめて。

もうやめて。

自分のためなんかに、自分を取り合う目的なんかのために、争う姿など見たくない。

 

『俺は言えるぜ。アイツは可愛い。花の様にキレイで強くて……そのくせ今にも折れそうなくらいか弱くて……、でもそれをどうしても人に見せられなくて……そんなアイツが唯一寄りかかれるのが、お前だったんじゃないのか!?』

 

『……そうかも、しれない……。あの時……、俺は隊長として彼女を罰することしか出来なかった……だが!!』

 

悔しい。

何も出来ず、親しい二人の男が傷つけあう様を見ていることしか出来ない自分が。

そして恨めしい。

 

『俺は約束した! さくらが帝国華撃団に入った時、隊長として側で守ると! 支えてみせると!! あの時の言葉は、決意は、一瞬たりとも忘れたことは無い!!』

 

『だったら……、何で突き放した!? 何で守ってやらなかった!? お前のその一言さえあれば、アイツの心は救われたはずだ!!』

 

今こうして眼前でぶつけられあう二つの心に、高鳴っている女としての鼓動が。

想われていると実感して、悦んでいる女としての胸の高鳴りが。

涙が出るほどに、恨めしかった。

 

『信じたかったんだ……。さくらは、例え正義と憧憬の狭間で揺さぶられても、最後は必ず帝都のために戻ってくると……俺は信じたかった!!』

 

『笑わせんなよ……!! 男なら、惚れた女くらい守って見せろよ!! 周りの全部を敵に回しても、自分だけは味方であり続けろよ!! それが愛情ってもんじゃないのか!?』

 

苦しいはずの心が、あの時の温もりを思い出していた。

居場所が無ければ、攫ってくれると言ってつつんでくれたあの温もり。

結果として今自分はこうしてここにいるが、もし僅かでも運命が違えば、きっと温もりの中に堕ちていただろう。

あの腕の中にもたれ、あの唇に自身を重ね、そして、あの鳥かごのような温もりに身も心も委ねてしまっていただろう。

 

『だから俺は決めたんだ! 俺の全てを懸けて、一生を懸けてアイツを、さくらを守る!! 例えお前をねじ伏せてでもな!!』

 

これは、愛だ。

ヤン=シャオロンという男が表現できる、不器用で無骨で、何処までも真っ直ぐな愛だ。

彼は本気で、自分を、心の底から好いてくれていたのだ。

 

『咆哮于天地间的龙爪(その身に味わえ、天地に轟く龍の爪撃)!!』

 

右腕の拳に、霊力が具現化された炎が宿る。

それは龍の咆哮が如く猛り狂いながら、包み込むような温もりを讃えていた。

そう、あの日の夢の温もりの様に。

 

『この拳で、炎で、俺は一生さくらを守り続ける!! 龍爪斬波!!』

 

灼熱の爪撃が、波動となって地を割り、白銀の無限に殺到する。

対して無限は右の太刀を杖代わりに膝を突き、身動きが取れない。

勝負あったか。

誰もがそう思った。

だが……、

 

『違う!!』

 

それまでの龍の咆哮を超える雷鳴の如き一喝が、会場を振るわせた。

直撃したはずの衝撃が霧散する。

いや、違う。

それまで杖にしていた右の太刀で切り伏せ、相殺したのだ。

 

「神山さん……」

 

モニターに写る青年の顔は、明らかに苦悶を残した今までとは違った。

何かを心に決めた、シャオロンと同じ、決意の眼差しだ。

 

『……シャオロン。君は言ったな? 一生さくらを守ることが君の愛だと』

 

『ああ』

 

『ならば、決して、断じて! 君にさくらを渡すわけには行かない!!』

 

言うや、視認できるほどの霊力が無限から溢れ始めた。

まるで抜き身刀のような鋭い眼光。

別人のようなその佇まいに、さくらは瞬きすら忘れて魅入られる。

 

『確かに君の拳ならさくらを守り続けることが出来るだろう。真っ直ぐな君の心なら一生さくらに愛を注ぐことも出来るだろう。だがそれを認めることは出来ない。何故なら、さくらはそれを望まないからだ!!』

 

『何……?』

 

『何年も共に過ごした俺には分かる。さくらは強い。剣だけではなく心も。か弱い体の中に決して折れることの無い心を持って、何処までも美しく咲き続ける花のように……』

 

それは、あの日の約束から、幼心のままに夢見ていた瞬間でもあった。

数え切れないくらい夢見続け、夢の中で聞き続けた言葉だった。

 

『あの日さくらは俺と約束した! 真宮寺さくらのように、帝都を守る華になると! そして俺は隊長としてさくらを助け、支えて見せると!!』

 

「(わたし、おおきくなったら帝国華撃団に入る! 真宮寺さんみたいに強くてキレイな人になるの!)」

 

「(じゃあ僕は、帝国華撃団の隊長になる! 立派な隊長になって、さくらを守るんだ!)」

 

今も決して色褪せぬ始まりの約束。

あの思い出の笑顔が、凛々しき姿に重なった。

 

『俺はさくらを信じる!! これから起こるだろう苦難も、運命も、必ず乗り越えられる!! それを信じて、俺はさくらを隣で支え続ける!! 折れそうなとき、迷ったとき、側で手となり足となり、共に乗り越えて明日を掴む!!』

 

「神山さん……」

 

『守ることが君の愛なら……、支えることが俺の愛だ!!』

 

何と残酷な心だろう。

何と冷酷な心だろう。

もしその言葉をあの時、聞かされていたならば。

自分の心は、砕けなかったに違いないのだ。

その事実を知りながら、自分は喜んでいるのだ。

何年も想い続けていた男が叫んだ愛に、悦んでいるのだ。

 

『……上等だ』

 

再び龍が爪を構えた。

対する無限も二刀を構える。

まるで果し合いのような張り詰めた空気が漂う一瞬。

さくらは直感する。

終わるのだ。

二人の男の激突が。

一人の女を賭けた決闘が。

何処までも苦しく、何処までも残酷で、何処までも甘美な悪夢の時間が。

 

『うおおおぉぉぉ……!!』

 

『だあああぁぁぁ……!!』

 

理性を捨てた獣のような咆哮と共に、緑龍と銀嵐が地を蹴り、肉薄する。

さくらは思わず目を閉じ、そして、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けないで……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「負けないでぇぇぇっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「神山さあああぁぁぁーーーんっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その絶叫は、果たして聞こえていたのだろうか。

答えを知るものも、確かめる術も、ここにはない。

唯一つ、確かなのは……、

 

「……、そっか……」

 

地に付していたのは、龍のほうだった。

何処までも不器用で、何処までも真っ直ぐで。

何処までも純粋な、龍のほうだった。

 

「……届かねぇ……、……か……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前で起きたことの一部始終が、理解できなかった。

いや、視覚的情報は確実にシナプスを通し脳内に伝達されている。

その情報を理解する事を、自身の脳が拒んでいるのだ。

なぜならば、それは自身のこれまでを一切否定する真実だったからである。

 

「ば、バカな……」

 

眼前の光景を拒絶するように、そう搾り出すのが精一杯だった。

無理も無い。

 

「終わりのようだな」

 

「意外とあっけなかったね」

 

護衛兼始末屋であったはずの人造降魔たちが、獲物となるはずだった5人の侵入者に傷一つつけることすら叶わず、瞬殺されてしまったからである。

それも各々が手にした管楽器の音色を聞いた途端、苦悶にのた打ち回った挙句に消滅してしまったのだ。

そんなバカな。

通常兵器の通じない降魔を生身で倒せるものなど、存在するはずが……

 

「俺たちは花組に代わって10年間帝都を、世界を影で守り続けてきた」

 

「この程度の相手なら、5小節もかからないんですよ」

 

「くっ……!!」

 

秘密兵器として繰り出したはずの降魔達はいずれもあふれ出した自身の体液の海に沈み、ピクリとも動かない。

魔障隠滅部隊・奏組。

信憑性の低い噂でしか耳にしたことのない存在だったが、まさか水面下で10年も活動していたとは思わなかった。

 

「佐久間忠司。もはや貴様のみを守る私兵は無い! 大人しく投降し裁きを受けろ!」

 

ドイツ人と思しい金髪の青年が、鋭い眼光と共にこちらを指差す。

瞬間、脳内を支配したのは恐怖ではない。焦燥でもない。

 

「……ふざけるな……!」

 

怒りだ。

 

「ふざけるな小僧共!! もう少しだ……もう少しで孫は……かりんは目覚めるのだ……!! 貴様らのような何も知らん若造共に、私の最後の夢を邪魔されてたまるか!!」

 

3年だ。

あの絶望の底に立たされてから3年。

文字通り地獄の底から僅かな光明だけを頼りにここまで這い上がってきた。

全ては、あの日消えてしまった娘夫婦の形見を取り戻すために。

 

「かりんは……私に残された最後の家族なのだ……!! 私が今日まで生き続けてきたのも、全てはかりんの未来を、かりんの笑顔を取り戻すためだ!!」

 

「そのために他の罪無き命を犠牲にしても構わないというのか!?」

 

「私が手掛けてきたのは前人未到の『マガ細胞』を用いた生命臨床だ!! 成功すればかりんだけではない! 地球上の人類みなが、降魔の生命力をも利用してよりすぐれた進化を遂げられるのだ! そのためならたかが100人や200人の犠牲など、安い経費だ!!」

 

「バカな事言ってんじゃねぇ!! それでも人の命を守る医者かよ!!」

 

「もう少しだ……、もう少しなのだ……!!」

 

何故理解しないのだ!

かりんの、人類の崇高なる進化の瞬間が、もう目の前にまで見えてきたというのに。

ただの実験ネズミの死骸に何を喚きたてているのだ。

その程度の屍の山など、これから起こりうる奇跡の連鎖の前には些事ですらないのだ。

かりんさえ、かりんさえ目覚めれば……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「………、………ぅぁ…………ぁぁ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

闇に閉ざされた空間の中で、何の前触れも無く『それ』は呻いた。

およそ自分の知る限りの生物の形態とは思えないほどにおどろおどろしく、苦悶と怨念に満ちた負の吐息。

三半規管から全身を駆け抜ける不快感と悪寒に身の毛がよだち、同時に第六感が告げる。

 

今すぐここから逃げろ、と。

 

「おおお、かりん!! かりんなのか!?」

 

そんな中でただ一人、異質な反応を見せた人物がいた。

この地獄を生み出し、無数の惨劇を生み出してきた佐久間である。

 

「信じられるか!? 麻酔で脳死したかりんが、生きて動いているのだ!! こうして自分の意思で動いているのだ!!」

 

待ち焦がれていたであろう孫の覚醒に、人目をはばからず狂喜する佐久間。

だがその場に居合わせた泰然も、奏組も、その姿を目にした瞬間言葉を失った。

何故なら……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アアアアアアアアアアアアァァァァァァァァァァァァ……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、最早言葉では形容できないほどにおぞましい継ぎ接ぎの生命体だった。

無数の死体から切り取ったであろう臓器や手足を乱雑に縫合し、継ぎ目からは肥大化した筋組織や内臓が見え隠れし、唯一発達した口は人間三人は丸呑みに出来るほどに広がった顎にビッシリと生え揃った鋭利な牙が並ぶ。

最早生き物であるかさえ疑わしいほどに醜悪なまでの怪物。

そこへ佐久間は焦点の定まらない目で、赤子をあやし慈しむように、語りかけていた。

 

「いたかっただろう、苦しかっただろう……。もう大丈夫だぞかりん。おじいちゃんが、おじいちゃんがお前の悪いところをみんな治したんだ。やっと、やっと叶ったんだ……!!」

 

俄かには信じがたい。

だが他に考えられない。

あの佐久間が狂ったように愛でている怪物は、無数の人間を喰らってきたのであろう怪物は、佐久間かりんであったものなのだと。

 

「なんて濃度の魔音だ……。何十倍ってレベルじゃねぇ……!!」

 

「瘴気どころか吹き溜まりを3、4つ抱えている位じゃないの、これ」

 

先ほどの人造降魔とは桁違いの瘴気の強さに、流石の奏組も気圧される。

一方の佐久間は先ほどまでの動揺が嘘のように消えうせ、孫娘だったものへの愉悦に狂ったように笑い続けた。

 

「グアアアアアァァァァァ……!!」

 

「そうかそうかお腹が空いたのか。餌ならたくさんいるぞかりん。どれも若くて新鮮な肉だ」

 

怪物の目が獲物を見つけたようにギラリと光った。

だが……、

 

「……どうしたかりん? おじいちゃんに何か……」

 

そこまで言いかけて、佐久間の声が途切れた。

いや、途切れざるを得なかった。

何故ならその瞬間、佐久間の首は他ならぬ怪物に食いちぎられていたからである。

 

「なっ……!?」

 

「迷わず、喰っちまった……」

 

「理性は、残っていないということか……」

 

微塵の迷いも無く祖父だった男の肉を骨ごとムシャムシャと咀嚼していく様に、恐怖を通り越して唖然とするしかない泰然達。

そのときだった。

 

「当然だ。覚醒の瞬間からその支配は皇のもの。人間如きに制御できる代物ではない」

 

「お前は!?」

 

闇の中から放たれた声に各々が身構える。

やがて見えた姿に、泰然は見覚えがあった。

あの開会式の日に他の降魔たちと共に襲撃を仕掛けた上級降魔。

名は確か、陰火。

 

「やはり人間とは何処までも無知で無謀極まりないな。霊子水晶に頼らねば太刀打ちできぬ我等が力を、利用しようなどと考えていたとは」

 

「陰火! 貴様、一体何をした!?」

 

「この歪な入れ物に細工を施しただけだ。……さあ、食事の続きと行こうではないか!!」

 

高らかに嗤い、陰火は右手を掲げる。

瞬間、怪物の体内で何かが共鳴を始めた。

やがてその鼓動は見る見る激しいものへと変わり、空間全体を揺るがしていく。

一体何が起ころうとしているのだ。

 

「我等が皇の一欠片、その偉大さに震えながら死ぬが良い!! さあ目覚めろ!! マガタマグライよ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『緊急警報発令!! 緊急警報発令!! 大帝国病院及び周辺に強力な降魔反応を感知!! 帝国華撃団各隊員は、臨時作戦室に急行してください!! 繰り返します!! 大帝国病院に……!!』

 

試合終了から僅か数分で発生した緊急招集に、控え室では試合を終えたばかりの神山を含めた7名の隊員が勢ぞろいしていた。

何せ大会当初から危惧されていた別所での降魔襲撃である。

事前に発生時の初動をシュミレーションしていて本当に良かったと、神山は内心安堵した。

 

「被害状況は?」

 

「現在大帝国病院を中心に広範囲にわたり魔幻空間が展開。内部には上級降魔陰火の姿と、恐らく彼が召喚したと思われる巨大生命体の姿が確認できます!!」

 

「病院内部にはかなりの数の患者さんや見舞い客が閉じ込められとる。病院内の設備も止まっとるさかい、急がなえらい死人が出るで」

 

ただでさえ鉄幹を始め、これまでの降魔事件で数多くの負傷者、疾病者を収容してきた大病院の襲撃。

病院内では様々な機材で生命を繋いでいる患者も少なくない。

事態は、一刻を争う。

 

「神崎司令! 大会に使用した桜武及び無限は応急処置完了しました!」

 

「流石ね。神山君、ここからは貴方達の仕事よ!!」

 

司馬の報告とすみれの激に、力強く頷く。

帝国華撃団花組の、真に立つべき舞台である。

 

「帝国華撃団花組、出撃せよ!! 目標、大帝国病院!! 降魔及び怪獣を掃討し、内部の民間人を救出する!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都最大の規模を誇る大型医療施設、大帝国病院。

その地下から、怪物は何の前触れも無く現れた。

変異降魔皇獣マガタマグライ。

かつて帝都中央駅を襲撃したその醜悪な見た目はそのままに、その巨大な全身からあふれ出す瘴気で空間内を包み込もうとする恐るべき怪物である。

 

「フハハハハ!! 何処へ逃げても無駄だ! この空間はもうじき超濃度の瘴気に満たされる。人間どもよ、貴様らは一匹のこらず、我等が皇復活の贄となるのだ!!」

 

「グガアアアアァァァァッ!!」

 

主に応えるかのごとく、怪物は醜悪な咆哮と共に膨大な瘴気を吐き出した。

それに触れた瞬間、草木は瞬く間に枯れ落ち、建物は瓦礫へと崩れ落ちていく。

目に写る全てを焦土に変える地獄が、そこには広がっていた。

だが、それを阻止する者達がいた。

 

 

 

 

 

 

「そこまでだ!!」

 

 

 

 

 

凛とした声に続いて、空間内に飛び込む7つの影。

その姿を、その名を、帝都の誰もが知っている。

 

「「帝国華撃団、参上!!」」

 

かつての威光をそのままに、凛々しく帝都に咲いた華。

新生帝国華撃団である。

 

「陰火!! これ以上の悪事は俺達が許さんぞ!!」

 

「来たか、帝国華撃団。だが帝鍵を失った今のお前達に、我等が皇復活の邪魔立てはさせん!!」

 

陰火の宣言に呼応するかのごとく、充満した瘴気の中から次々と降魔や傀儡騎兵が姿を現す。

たちまち一個大隊の大軍勢が、花組を包囲した。

 

「数で攻めようと、俺達花組には支えあう強さがある!! 花組各機、攻撃開始!! 俺に続け!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

花組と降魔軍が戦闘を開始して数分。

既に半壊した大帝国病院から、人目を盗んで動く一団があった。

陰火の襲撃時、この大帝国病院に訪れていた人々である。

通常ならパニック状態に陥るであろうこの状況下で、冷静に身を寄せ合って避難を実行できていることには、ある理由があった。

偶然か作戦か、こうした事態に場慣れした人間たちが、病院内に多数いたためである。

 

「……よし、敵が動いた。南に向かうぞ」

 

松葉杖を突きながら遠めに花組の様子を伺いながら指示を出しているのは、入院患者の一人であった『加山雄一』。

かつて隠密諜報部隊『月組』に所属していた、影の大いなる功労者である。

その隣には、かつて花組の副指令を勤めた『藤枝かえで』や、支援部隊『風組』に所属していた『藤井かすみ』の姿があった。

 

「自力で動けない方は申し出てください。全員で力を合わせれば、きっと生還できます!」

 

「皆さん、お辛いでしょうが、決して諦めないで下さい!」

 

「師匠!!」

 

続々と瓦礫の隙間から出てくる患者達に割り込むように、小柄な影が加山の前に現れた。

現月組隊長、西城いつきである。

 

「おお、いつき。ひろみも来てくれたか!」

 

「遅くなって申し訳ありません。花組には既に脱出作戦をリークしております」

 

「よくやってくれたわ。患者達の脱出に力を貸して頂戴」

 

「「了解!!」」

 

再会の喜びもそこそこに、瓦礫の奥に蹲る人々に駆け寄る月組。

それと入れ替わるように、屈強な男性が足腰の弱った老人を抱えて現れた。

 

「地上の人間は我々で最後だ。後は奏組が戻れば……」

 

「鉄幹殿。協力、感謝します」

 

「礼には及ばん。娘がああして戦っているのだ。私も私に出来ることをしなければな」

 

そう呟き、鉄幹は剣戟の音が絶えない北方に目をむける。

父として、唯一の家族である娘が戦場に立つのは言葉に出来ぬ不安があることだろう。

今や至上唯一の桜武の使い手となった天宮さくらの父。

娘同様に強い芯を持つ人だと、加山は思う。

 

「隊長!! 奏組と泰然さんです!!」

 

「何!?」

 

いつきに連れられて瓦礫から姿を見せたのは、花組の陰で人知れず戦ってきた気高き音色、奏組の面々だった。

一瞬安堵しかけるも、加山はすぐに異変に気づいた。

足りない。

5人いるはずの隊員が、4人しかいない。

一体どういうことだ。

 

「……すまない、加山隊長」

 

眼鏡をかけた隊員、G・O・バッハが悔しげに歯を噛む。

 

「あのバカ、一人で……」

 

「止めるのも聞かずに……」

 

「……、まさか、ヒューゴは……!!」

 

ただ一人この場にいない人物、ヒューゴ=ジュリアードの名をハッとしてつぶやく加山。

そうだ。

この病院にはもう一人、自分達の身内がいる。

男性で構成された奏組の紅一点。

奏組にとって無くてはならないマエストロ。

ルイスの口から帰って来た言葉は、肯定だった。

 

「はい。……ヒューゴは病院内に戻りました。……マエストロを探しに」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……始まったか」

 

自分以外誰もいない部屋で、ひとり呟く。

いや、ひとりではない。

正確には目の前の病室のベッドに一人、眠り続けている女性がいる。

記憶のそれより少しだけ大人びたように見えるが、子猫のような愛くるしい顔つきはそのままだ。

 

何故だ。

 

何故自分は、この女に見覚えがある。

この場所に来たことさえもないはずなのに、どうして……。

 

「(だいじょうぶ、ここにいるよ。ちゃんとあなたを見てるから……)」

 

誰だ……。

 

「(わたしにとっては、守りたい仲間の一人なの……!)」

 

誰だ……。

 

「(だから、その悲しい音色を止めて……!!)」

 

誰だ……。

 

「(……宗君!!)」

 

「……くそっ!!」

 

振り払うように吐き捨て、乱暴にその体を抱き上げる。

瞬間、花のような香りが一瞬ふわりと自信を包み込んだ。

こらえようのないほどの、ぬくもりと共に。

 

「どうしちまったんだ、俺は……」

 

最近、どうもおかしい。

人間どもを殺せば楽しい。

人間どもが苦しむさまを見れば楽しい。

それが自分だったはずなのに。

何故だ。

何故今自分はこの女を助けようとしている。

何故人間を助けようとしている。

まるで自分の心に他の誰かが入り込んだかのように、今、自分は無意識にこの女を助けようとしている。

自分の腕に抱いたこの女の香りに、微睡みかけている。

 

「チッ……」

 

激しい振動が部屋を襲い始めた。

恐らく陰火が仕掛けたのだろう。

予定では地下に眠るころ合いの物を解放し、病院もろとも食い尽くす算段だ。

だから……、

 

「まあ……、いいだろ。女の一匹くらい……」

 

そう無理やり自身を納得させ、崩落する部屋を後にする。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……」

 

 

その後姿を、見られていることにも気づかずに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

戦闘開始から15分。

花組は当初の予定通り、徐々に戦線を北に後退させ、敵の注意をひきつけることに成功していた。

戦闘開始直後に月組からの連絡を受け、南に避難できるよう自分達が囮になる。

最初からそういう作戦だったのだ。

 

「グアアアアアッ!!」

 

だがここにきて、順調だった作戦に不安の吉兆が現れ始めた。

理由は言わずもがな、敵戦力の半分以上を担う大怪獣である。

 

「そこっ!!」

 

「忍っ!!」

 

遠距離からの飛び道具は強固な皮膚に弾き返されてまるで効果なし。

 

「おらあああっ!!」

 

「いきますっ!!」

 

接近戦で傷を与えても、攻撃した側からすぐに再生されてしまう。

この再生速度、かつてのグロッシーナかそれ以上だ。

既に傀儡騎兵こそ姿を見せなくなったが、ハッキリ言ってマガタマグライ一体で一騎当千の勢いである。

 

「小賢しい! やれ、マガタマグライ!!」

 

「グアアアアアッ!!」

 

巨大な口から咆哮と共に、強烈な瘴気が真正面から襲い掛かる。

あまりの濃度に一瞬、視界が灰色に染まった。

 

「うぐっ……!! 何て濃度だ……!!」

 

無限のフィルターを介しても呼吸が苦しいまでの瘴気に、瞬く間に沈黙する花組。

無理も無い。

元々瘴気は人間にとって有害な毒ガスに近い存在だ。

いくら霊子戦闘機にリンクして霊力を纏った状態とはいえ、何時間も耐えられるものではない。

 

「い、息が……!」

 

「苦しい……!!」

 

「か、神山さ……!!」

 

苦しげなうめき声と共に、次々と倒れこむ隊員達。

まずい。

このままでは全滅だ。

どうすればいい。

麻痺しかけた脳内で必死に迫る死に抗おうとしたその時、神山は確かに、その声を聞いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メビウーーーーーースッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何の前触れも無く現れた閃光が、怪獣諸共瘴気を吹き飛ばした。

一瞬だが消えうせた瘴気に、各々慌てて酸素を体内に取り込む。

 

「メビウス!!」

 

最初にその名を叫んだのは初穂だった。

瞬間、花組の顔に安堵が浮かぶ。

閃光の中から現れたのは、今や共に帝都を守る仲間となった光の巨人、ウルトラマンメビウスだったのだ。

 

「セアアアッ!!」

 

およそ4万トンの巨体が華麗に宙を舞い、蹴りの姿勢で急降下する。

 

「グアアアッ!?」

 

重力さえも味方につけた一撃が、大怪獣の右肩を掠めた。

すぐに再生できるとは言え、虚を突かれた怪獣はバランスを失ってそのまま後方へ倒れこむ。

そこへ先回りしたメビウスがすかさず掴みにかかった。

 

「スァッ!! ハァァァァ……!!」

 

馬乗りになって動きを封じ込め、打ち込んだ左腕にそのままエネルギーを集中する。

なるほど、ライトニングカウンター・ゼロで内部から焼き尽くす作戦か。

やはりダメージが大きいのだろう。

身動きを封じられたマガタマグライは激しく苦悶に体をバタつかせている。

だが、ここで予想外の反撃がメビウスを襲った。

 

「グアアアアアッ!!」

 

「クッ!? ウゥッ……!!」

 

何と左腕を打ち込まれた箇所からも高濃度の瘴気があふれ出し、メビウスを襲う。

勝機を離すまいと懸命に耐えるメビウスだったが、数秒の拮抗は怪物の怪力によって崩された。

 

「ウアアアッ!!」

 

怪物は強引に起き上がると、左腕が突き刺さったまま体を豪快に回転させ、遠心力で巨人を振り払った。

 

「グアアアアッ!!」

 

それだけではない。

それまで内部に流し込まれていた光エネルギーを圧縮して、逆に光弾として打ち返してきたのだ。

 

「クッ!?」

 

咄嗟にこちらをを庇うように巨人がバリアを張って光弾を相殺する。

炸裂したエネルギーはそのまま霧散し、一瞬視界を遮る。

だが、怪物にはその一瞬で十分だった。

 

「グアアアアアッ!!」

 

醜悪な咆哮と共に夥しい邪念の瘴気が、破裂した風船のように空間内に広がった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……無事か?」

 

目覚めて最初に耳にしたのは、記憶のある人物の声だった。

やがて開かれた世界に見えた声の主は、予想通りの人物だった。

 

「あなたは……、!!」

 

痛む体に鞭打ち立ち上がりかけたところで、視界に入った女性に目を見開く。

そして思い出す。

意識があったとき、自分が何をしていたのか。

 

「大丈夫だ。危害は加えられていない」

 

「そうか……」

 

よろけそうな体で必死にバランスを取り、横たわる彼女の頬にそっと触れる。

幼き頃の童話のように眠り続けるその姿に安堵し、理解した。

自分もまた、彼に助けられたのだと。

 

「やはり、今日が……」

 

「ああ。だが奴の姿はない……。敵も馬鹿ではないということだろう」

 

そう力なく首を振る様子に、瘴気に包まれた戦場を見やる。

本来ならば今日、この日を以って帝都は、世界は一度破滅を迎えるはずだった。

少なくともその絶望と終わりなき悲劇の連鎖の果てに見えた世界の終わりの一つを、彼は知っていた。

 

「……行くのか?」

 

向けられた背中に問う。

数秒の沈黙を置いて、彼はその右腕を掲げた。

刹那、青の閃光が世界を包んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ウアアアアッ!!」

 

何度目かも分からない圧縮瘴気弾が、巨人を吹き飛ばした。

 

「メビウスッ!!」

 

「くそっ、これでは敵の位置が把握できない……!」

 

ただでさえ降魔たちの力を高める妖力に支配された魔幻空間内。

太陽光さえも制限してしまうこの環境は、霊的組織のみならず対ウルトラマンの観点から見ても、敵にとってこの上ない有利な環境といえるだろう。

 

「クッ……!!」

 

霊子計もウルトラマンの透視能力でも判別できない程の瘴気に取り囲まれた状況に、心の奥底に潜む焦燥が段々と顔を出し始める。

時間が過ぎれば過ぎるほどこちらのエネルギーは枯渇し、空間内は敵の瘴気で満たされる。

このままではジリ貧だ。

だが崩壊しかかった大帝国病院をはじめ、空間内には数多くの民間人が閉じ込められているこの状況。

闇雲に攻撃して、もし民間人の避難先に当たってしまったら。

正確な避難経路が確認できないまま囮作戦を決行したことが仇となった。

チャンスがあるとすれば敵の攻撃の瞬間に隙を突くことだが、確実に後手に回る作戦である以上こちらが受けるダメージが大きすぎる。

何か、何か手は無いのか……。

悔しげに歯を噛んだ、そのときだった。

 

「な、何だ!?」

 

突如空間内に、青白い光が柱となって出現した。

周囲の瘴気を瞬時に消滅させ、さながら灰色の世界に一筋のクレーターを生み出したその光柱の中から姿を見せたのは、

 

「あれは……!!」

 

「ウルトラマン……、ギンガ……!!」

 

開会式のあの戦いで自分達の窮地を救った、もう一人の巨人だった。

 

「ギンガさん!!」

 

驚きを隠せないメビウスに重々しく頷き、ギンガは右腕のオーブに力を込める。

膨大なエネルギーを集約すること数秒。

ギンガは右腕を虚空へ突き上げ、光を上空へ飛ばす。

瞬間、光は花火のように弾け、瞬く間に空間内を優しい光の雨に包み込む。

すると不思議なことが起こった。

魔幻空間内に充満していた瘴気が霞のように消えてしまったのである。

 

ギンガサンシャイン。

 

降魔達が持つ怨念特有の負の力を媒介としたオーラを打ち消すことの出来る技だ。

 

「やはり現れたか、ウルトラマンギンガ」

 

二人目のウルトラマンを前にして尚、陰火の表情から余裕が崩れることは無かった。

虚勢を張っているのか。

それともまだ隠し玉があるとでも言うのか。

得体の知れない相手に油断無く身構える花組と二人の巨人。

 

「夜叉とあのガラクタは不覚を取ったようだが、このマガタマグライは同じようにはいかんぞ? 我等が皇の欠片、その絶大なる力の前に平伏すが良い!!」

 

「グガアアアアッ!!」

 

主の命に応えるように、怪物が醜悪な咆哮と共にこちらへ進撃を開始した。

二人の巨人は一瞬どちらからとも無く顔を見合わせると、互いに力強く頷いた。

 

「フッ……」

 

「セアッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

自分の知る限り、その日は文字通りすべての希望が潰えた、『運命の日』であった。

この世の華撃団が全滅し、守るもののいなくなった帝都を、世界を降魔の軍勢が蹂躙し、人類の歴史が崩壊へと決定付けられた終わりの始まり。

その悲しみの戯曲の一部始終の残像は、ここまで目に見えて世界が変貌を遂げて尚、脳裏に色濃く焼きついていた。

 

「セアアッ!!」

 

降魔大戦と、そしてその後の華撃団を全滅に追いやった仇敵、『幻庵葬徹』。

降魔皇が腹心の一人にして、その知略に懸けては右に出るものがいないと称された上級降魔きっての策略家。

その男が文字通りこの帝都にトドメを刺した瞬間こそ、今日この日なのだ。

 

「ハアアッ!!」

 

だが、未だ件の策略家の姿は無い。

計画を遅らせたのか。

それとも水面下で、何か画策しているというのか。

 

「「ダアアッ!!」」

 

思考を巡らせる中で繰り広げられる肉弾戦の果て、二人の巨人が同時に怪物のどてっ腹に各々の片足を突き刺した。

二人分の勢いに押され、ビル一件は優に超える巨躯が豪快に吹き飛ぶ。

これを勝機と見た巨人は、それぞれの必殺技を放つべく構えた。

 

「スァッ!! ハアアアァァァ……!!」

 

「ギンガ・クロスシュート!!」

 

頭上でエネルギーを∞の文字に見立てて集約させるメビウスの横で、ギンガはオーブの光を両手で横倒しのSの字を描くように引き伸ばした。

 

ギンガ・クロスシュート。

 

右腕のオーブに秘められた力を解放し、L字に組んだ腕からエネルギーを発射するギンガ最大の必殺技である。

 

「セアアアァァァッ!!」

 

「ハアアアァァァッ!!」

 

メビュームシュートの動きに合わせ、虹色の眩い光線が怪物の顔面を直撃した。

直撃箇所から一気に全身に広がる光のスパークに、花組の誰もが勝利を確信する。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……これは……!?」

 

「スァッ!?」

 

瞬間、その光景に誰もが目を疑った。

二つの光線は確かに直撃した。明らかに怪獣の全身を包み込んだはずだ。

なのに、

 

「グアアアァァァッ!!」

 

まるで何事も無いかのように、怪獣は平気でいるのだ。

まさか、あの同時発射さえたエネルギーを全て吸収してしまったとでも言うのか。

かつて帝都中央駅で相対したタマグライは、そんな膨大なキャパシティは持っていなかったはずなのに。

 

「無駄だ。皇の欠片を埋め込み、数多の贄を喰らい、無数の怨念と同化したこのマガタマグライに、貴様ら如きの攻撃など蚊が刺すよりも些事でしかないのだ!!」

 

「グアアアァァァッ!!」

 

浮き足立つ巨人達を前に、マガタマグライが処刑宣告と思しい咆哮をあげる。

再び、蹂躙が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それは、何処か遠い世界の話だと思っていた。

不思議な力を持つ少女達が、無骨な甲冑に身を包み、人々の暮らしを脅かす悪魔達と戦う物語。

幼き頃に母から聞かされたそれを、自分は心のどこかで御伽噺だと思っていた。

だからこそ、

 

「……」

 

眼前の光景に、震えた。

 

「あれが、帝都の悪魔だ」

 

隣に立つ主が、静かな声で、厳かに告げる。

瞬間、身が引き締まる感覚を覚えた。

決して抗ってはならない、疑問を抱いてはならない。

何故ならそれは、決して違うことのない、『絶対』なのだから。

 

「さあ、祈りたまえ。我が剣に乗せ……」

 

その言葉に身を委ねるように、胸のロザリオを握り締め、力を込める。

幾度と無く人々を癒してきた母のように。

あの夜、子猫を人知れず癒したときのように。

この場の全てを、この空間に漂う全てを、ただ救いたいと願う。

そして、その握られた掌に、淡い光が宿った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一瞬、何が起きたのか誰もが信じられなかった。

胸部のタイマーが点滅を開始し、いよいよ追い詰められた花組と二人のウルトラマン。

そこへいよいよトドメを刺そうと怪物がその大口を開けたその瞬間、先ほどのギンガ以上の閃光が一瞬世界を支配した。

神山も、ギンガも、そして陰火さえも、何が起きたのか理解することが出来なかった。

唯一つ、言えることは、

 

「グアアアアアアアッ!?」

 

突如として怪物の体の一点が、光を放ち始めたということだった。

先ほどの光に呼応するように明滅し、そのたびに怪獣は苦悶にのたうつ。

 

「な、何だ!? ここに来て拒否反応だと!?」

 

「何が、起こっているんだ……!?」

 

やがて光は怪獣の全身に次々と広がって行き、遂には怪獣そのものを光が包み込む。

そしてその先に見えた光景に、ある人物が呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……、……麒麟……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鮮やかな五色の色彩で彩られた体毛に、牛の尾と馬の蹄、そして聖獣を思わせる神々しき威光を纏い、それは動かなくなった異形の隣に佇んでいた。

 

「泰然さん、麒麟とは……」

 

「我々の国に伝えられし聖獣です。心清らかなる魂が、後に世を治める聖人の誕生を教える為に遣わす者……」

 

その言葉に、いつきは思わず真後ろを振り返った。

ひろみと共に病院地下から救助した妊婦の女性。

加山たちが先立って救助していた夫の腕の中で、臨月でありながら昏睡状態に陥っていた。

だが、ここに来て信じられないことが起きていた。

あの光が空間を包み込んだ一瞬。

本当に信じられないことに、女性は意識を取り戻し、同時に産声が上がっていたのだ。

分娩状況など整っているはずが無い。

ましてや母子共に危険極まりない状態で出産に成功するなど、それこそ奇跡でも起こらない限り……、

 

「谢谢你的奇迹,我无辜的妹妹……」

 

驚くばかりのいつきを背後に、泰然は遥か先の光に微笑みかける。

かの聖獣は、命を持たない。

曇りなき魂が昇華するとき、その清らかさを借りて、幻となってその世の平定者の生誕を予言するのである。

だからこそ、泰然は確信したのだろう。

あの聖獣の依り代に選ばれた魂こそ、最早生死を分かつこととなった最後の肉親であったのだと。

 

「素敵な言い伝えですね……」

 

振り返った先には、へその緒が繋がったままのわが子を慈しむように抱く、母となった女性が微笑んでいた。

 

「泰然さん……、私、決めました……」

 

「……何を?」

 

「この子の……名前です……」

 

ほとんどの者は知らない。

今この瞬間に生まれた一つの命を、遥か万里の聖獣が祝福した事を。

そして泰然もまた知らない。

この命こそが、後に帝都を、世界を揺るがす厄災を平定へ導く聖人となることを。

そう、この瞬間こそ、あの世界から来た巨人しか知りえない。

後の帝国歌劇団トップスタァにして動乱の帝都を治めるべく華たちを導いた女傑。

 

『青島きりん』生誕の瞬間だったことを。

 

<続く>




<次回予告>

騎士とは主に剣を捧げ、生涯の忠義を誓うもの。

剣も、意思も、その命さえも……、

全ては王の名誉の為に……。

だから、私は……

次回、無限大の星。

<さまよう騎士道>

新章桜にロマンの嵐!!

拝聴せよ。

ここに王命を言い渡す……
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