無限大の星   作:サマエル

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GWまでの完成を目指していたのに、気づけば梅雨になってしまった泣

今回は世界華撃団大戦、倫敦編です。

新サクラ大戦の舞台もコロナ収束傾向から無事に開催されていますが、見に行けてねぇ……

原作ではあまりただの良い人だったアーサーと、ただのバトルジャンキーなランスロットで終わってしまいましたが、こちらでは大変なことになっております。

もしかしたらアーサーファンにはちょっと辛い展開になるかもしれませんが、彼の出番はこんな所で終わらないので、そこだけはご安心下さい。


第8話:さまよう騎士道

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

地獄だ。

 

そう思った。

 

四方八方で鳴り止まぬ剣戟と、時折聞こえる異口同音の奇声。それに飲み込まれる誰かの断末魔。

 

痛い。

 

怖い。

 

助けて。

 

母さん。

 

父さん。

 

必死に頭を振り、聞こえないふりをして、ただひたすらに眼前に迫る悪魔に剣を振るう。

 

正義ではない。

 

義憤でもない。

 

ただ、自分が屍になりたくないだけだ。

 

どんなに誓いの言葉で自身を縛っても、どんなに高貴な鎧に身を包んでも、その中にいるのは本当にちっぽけな人間に過ぎないのだ。

 

だから、剣を振るう。

 

ひたすらに剣を振るう。

 

せめて一人でも多く、この地獄から生きて帰れるように。

 

それが、それだけが今の自分に出来る精一杯の騎士道だと信じて。

 

「……危ないっ!!」

 

だから……、

 

「……、ガウェインッ!!」

 

悔しい。

 

死にたいほどに悔しい。

 

一瞬でも背を取られた自身の未熟さが。

 

その死線に身を投げた友の最期が。

 

そして……、

 

「唯一にして偉大なる騎士ガウェインよ。円卓の騎士王アーサーの名において、ここにその名誉を讃える」

 

「……イ……ェス……、マイ……ロー……」

 

「……、……ガウェ……イン……!!」

 

最期まで、友の名を、呼ぶことさえも出来なかった王命が。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……夢……」

 

紅の海に沈んだ友に手を伸ばした瞬間、世界が反転した。

返り血に塗れ鉄の腐臭に包まれた鎧は肌を包むシーツに変わり、耳を塞ぎたくなるような剣戟と悲鳴は扉に隔たれた先の喧騒へと変わる。

そうだ。

先の帝都と上海の両華撃団の対戦と、その最中に現れた降魔獣。

尽きることを知らない奴らの執念は帝都唯一にして最大の医療施設を崩壊に追い込み、行き場を失った無数の患者達が自身らの滞在先へ難民の如く流れ込んできた。

何せ本来ならば各々の疾病が治癒するまで安静を言い渡された身だ。可能な限り多くの人間を雨風を凌げる空間に隔離するという点において、この宿泊施設はこの上ない好物件であろう。

深夜から夜通しの患者の受け入れ作業に従事し、残された僅かな時間を睡眠に当てていたことを、ここに来て思い出す。

 

「あれは……」

 

徐に熱を帯びた喧騒に、自室の扉を開きホールを見下ろす。

果たしてそこに見えた光景に、目を見開いた。

なぜならそこにいたのは、自身が良く知る一人の少女だったからである。

 

「ツバサ……!?」

 

 

 

 

 

 

 

<第8話:さまよう騎士道>

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……集まりましたね?」

 

大帝国ホテル最上階の最奥。

さながら野戦病院の様相を呈しつつあるその空間に、複数の男女が円を囲むように顔を揃えていた。

彼らが集まった理由はただ一つ。

その中心に立つ男の予言に、従ったためである。

 

『10年後、帝都の太平を脅かす運命が現れる』

 

あの降魔大戦でそのほとんどの戦力を失った都市防衛構想。

当然ながらドイツの伯林を筆頭に急ピッチで華撃団構想が各国で着手されたが、一日二日で構築できるような組織ではない。

希少金属である霊子戦闘機の素材と中枢を担う霊子水晶。

そしてその鎧に同調しうる希有な霊力を持った人間。

既に着手されていた伯林華撃団でさえ、実戦運用に至ったのが大戦の翌年である。

それでも現在のアイゼンイェーガーのプロトタイプである『アイゼンクライトⅣ』はシリスウス鋼の脆弱性という弱点を露呈した張りぼてに近い構造であり、決して今日のような屈強な集団にはなりえなかった。

だが今日に至る歴史の中で、降魔による襲撃事件は世界各国に無数にあれど、それが多数の死者を出すような大惨事にまでは至らなかった。

これには理由があった。

伯林華撃団より以前に世界に散り、人知れず降魔の脅威から都市を、人々を守る者達がいたからである。

 

彼らの名は、『帝国華撃団・奏組』。

 

主に帝都に蠢く降魔たちを霊力を込めた音楽『霊音』の力で秘密裏に滅し浄化する、魔障隠滅部隊である。

総勢30名弱の楽団員のうち、降魔との戦闘をこなせる管楽器部隊「ブラス隊」は5名。

彼らは降魔大戦で混乱に陥った帝都ではもちろんのこと、この10年間世界各地で発生した降魔事件に人知れず立ち向かい、世界華撃団の影でその被害を最小限にとどめ続けてきたのである。

 

『事件は前奏曲のうちに』

 

結成当時より変わらぬ信念の元に。

 

「まずは礼を言わせて欲しい。私の言葉を信じてこの10年、これほどまでに力を添えてくれたことには言葉も無い」

 

集った音色たちに、厳かに礼を述べる銀河。

返事を返したのは、眼鏡をかけた青年『G・O・バッハ』だった。

 

「礼には及ばない。こちらこそ、貴方の先見の明があったからこそ、多くの悲劇を回避できたのだ」

 

「限りないアンゴーレを止められた事……、それは奏組としてこの上ない喜びです」

 

ジオに続き横に立つ青年『フランシスコ・ルイス・アストルガ』も、胸に手をあてこれまでの日々を懐かしむように続く。

常に民のことを第一に考える貴族の誇りを重んじるジオと、その柔らかい物腰からは想像もつかない壮絶な半生を歩んできたルイス。

彼らは大戦の後に程なく世界各国へ飛びまわり、今や世界を牛耳っている男が予言した世界規模の降魔事件に10年に及び対処し続けてきた。

それが、いずれ希望の華を芽吹かせると信じて。

そしてその始まりとなった銀河の進言と、それを信じていち早く海外へ散ったことで、迅速に世界中の降魔の蛮行を阻止できたといえる。

降魔は人々の負の感情から生み出される音色、『魔音』を何よりの糧として成長する。

その終わり無き音楽悲劇を食い止め、希望の音色を響かせた彼らもまた、大いなる功労者といえるだろう。

 

「霊脈調査は?」

 

「おう! 南は斎場御嶽から北は旭岳まで、47箇所の霊脈地点の調査及び瘴気浄化、完了してるぜ!」

 

「どこかの誰かが道草食ってなければ1ヶ月は早く終わってただろうけど。……まあ、束の間でも平穏が保たれていたことには感謝してるよ」

 

2年前まで上海華撃団結成に前後して主にアジア諸国を引き受けていた桐朋兄弟は、他ならぬ銀河の進言を受けて2年前に帝都に帰国。

『霊脈』と呼ばれる日本列島に総じて50箇所以上存在するという霊気の吹き溜まりとも言うべき地点の調査と、周辺の魔音の浄化を行ってきた。

人好きでおせっかいな源二の性格と、源三郎の証言から恐らく諸国漫遊にやや時間を浪費した感は否めないが、概ね銀河の望む回答が帰って来た。

銀河曰く、『霊脈』はこの列島を覆う霊音が自然界の中でもより強く出現する場所であるらしく、来る『運命の日』にそのすべてを左右するという。

 

「本当は……、一緒に連れて行きたかったんだけどね」

 

「そう言うな源三郎。また不幸を招いたって落ち込むぜ?」

 

いつもの軽口が、僅かな陰りを帯びる。

その理由は、語るまでも無い。

いないのだ。

本来ならば運命の日を前にして、ここにいるべき人物が。

この音色たちを纏める、最後のピースが。

 

「状況は好転せず。……だが悪化もしていない」

 

「……辛い役を押し付けてしまいましたね、ヒューゴ」

 

「構わない……。それが、俺の背負うべき罪であり、罰だ……」

 

謝意を述べるルイスに抑揚の少ない声でそう返すと、ヒューゴは部屋の先に続く暗がりに視線を移す。

そこには、最後のピースが穏やかな表情のまま、時を止めて眠り続けていた。

2年前の、『あの日』から。

 

「そして、決して諦めない……。俺をそうさせたのは、お前だからな……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……そうだろう……、ミヤビ……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

昼間だというのに、そこは都会の真ん中にあることを忘れさせる静けさを持って聳えていた。

パンクラス通りに面した場所に存在する、大英博物館図書館。

英国最大の知的財産の全てを集約したこの場所の一角には、かの福沢諭吉や夏目漱石が足を運んだことでも知られる史書閲覧室が存在する。

時折次の知識を探して闊歩する足音と、度々ページをめくる以外に一切の音が遮断されたこの空間で、男は静かにため息を吐いた。

 

「……やはりここもダメか」

 

落胆の息と共に戻したのは、英国新聞の特集を纏めたスクラップ記事の原本だった。

再掲された書物では検閲対象であるからと、唯一保管が許されたこの場所に一縷の望みを懸けてはいたが、やはり無駄骨に終わってしまったようだ。

しかし逆にその事実は、男の脳内のロジックにある反証を築き上げつつあった。

 

「(一般市民の知りうる限りの情報経路における徹底された遮断……。情報が遺棄されていたのではない。意図的に封鎖されている。それも国家ぐるみで)」

 

男が辿っているのは今から5年前。

この英国の地に誇り高き円卓の騎士が蘇った、その瞬間である。

当時の瞬間は、英国新聞にも大々的に報じられ、隣国にて咲き誇った御旗に代わる新たな剣とさえ称された。

その始まりとなったはずの『あの事件』の顛末が、確認できない。

当時の新聞記事も、各種メディアの記録も当たってみたが、何一つ残されていない。

そしてこの新聞記事の原本にいたっては、ご丁寧にその記述があったであろう部分が破りとられているときた。

通常ならばここで足取りが終えないと背を向けてしまうところなのだろうが、何せ不明な事実にはしつこいくらいに食らいつくこの男だ。

何も手がかりが無いという一点から、男の脳内に導きだされた論理の答えは、

 

「こちらでしたか、明智さん」

 

ふと名前を呼ばれて振り返る。

見知った顔が見え、こちらも自然に笑顔になった。

 

「お勤めご苦労さん、ミス・レゾン」

 

互いの関係性を勘ぐられる都合上、ファーストネームを呼べないのが何とも歯がゆい。

だがそれをおくびにも見せず、明智と呼ばれた男は、レゾンと呼んだ女性、メルと連れ立って図書館を後にする。

朝一番から入り浸っていたと思っていたが、気づけば外は昼下がりのロンドンが広がっていた。

 

「収穫はありました?」

 

「何も。だがこれで確信が持てた」

 

「やはり、現地に行くしかないということですね」

 

「そっちは? 例のガードは固いかい?」

 

「ええ。少なくとも外部は入れたくないようです」

 

周囲に悟られぬよう、主語を省いた最低限の会話で双方の状況を確認しあう。

それが終わるあたりのタイミングで、通りから離れた場所に立つカフェに並んで入った。

可愛らしいデザインの看板には「カプリコーン」の文字がケーキを持ったヤギのイラストと共に客を出迎えた。

自分達と同じ頃に開店した、洋菓子と紅茶の美味しい店である。

 

「ヒューヒュー! いらっしゃいませお二人さーん! 今日も昼間からお熱いねー!!」

 

「シー、茶化さないで」

 

「いつもの奴、頼むよ」

 

豪快なウエイトレスのウェルカムに苦笑を浮かべつつ中に入るまでが、二人のルーティーンであった。

とはいえこの英国に移住して以降毎週のようにこのテンプレートである。

傍目から見てもそれなりの関係を感じさせるといわざるを得ないなら、いっそそれっぽく振舞ったほうが自然というものだ。

 

「ベル、ダージリンとペコお願ーい」

 

「マスター、ランチ終わりで?」

 

「終わりー」

 

表情に乏しいベルと呼ばれたウエイトレスが、手馴れた様子で紅茶を注ぎつつ、看板をひっくり返す。

相変わらず手際が良いと、明智は一人感心した。

 

「さて……、状況は変化無しって所?」

 

調子の良い声色はそのままに、僅かに表情を戻したマスター、シー・カプリスが問う。

頷いたのは、向かいに座るメル・レゾンだった。

 

「特に海上事件があるわけでもないのに、ヴァージン諸島周辺だけは警備が厳重なままよ。海上警備の半分を割いているといっても過言ではないわ」

 

「ご丁寧に大英国博物館の史書閲覧室まで検閲済みと来たもんだ。余程よそ者に見られちゃ困るものがあるってことだろうな」

 

隣に座る男、明智小次郎もまた私見を述べた。

明智小次郎は、元帝国陸軍に所属していた経歴を持つ私立探偵である。

ここにいるメル、シーとは、ある経緯で知り合い今に至る。

というのも、かつて彼女達はフランスの首都パリで一番の有名どころであるテアトル・シャノワールの従業員であり、同時にその地下に建設されていた霊的組織『巴里華撃団』のオペレーターでもあった。

そのシャノワールには明智の妹がレビューダンサーとして勤務しており、そこでウエイトレスであるベルことベルナデット・シモンズと共にある事件に巻き込まれて互いの素性を知ることとなった。

5年前に巴里華撃団に代わり欧州に編成された倫敦華撃団の設立と共にはるばる英国へ渡り、ある人物の依頼で調査を続けていたのだ。

その人物は言った。

 

『倫敦華撃団の設立には裏がある。これは陰謀だ』

 

かつて政界で『鉄壁』の異名を持つほどの彼がそこまで動揺させた陰謀を突き止めるべく、メルはロンドン市警の一巡査として内部から、明智はダンサーの妹に養われる流浪人のふりをして周辺から探りを入れていた。

その仮のアジトとして機能しているのが、シーの開店したこのカフェである。

 

「ヴァージン諸島の多くは無人島という話……。でも一部の島には植民地時代の子孫が隠れ住んでいるとも言われているわ」

 

「降魔大戦後に英国で最も降魔の被害が甚大だった場所ね」

 

それは、言うなれば重なった不幸によって滅んだ島であった。

降魔大戦の後、帝都より世界に散った奏組は文字通り世界各国で暴れまわる降魔相手に奮戦し、伯林華撃団を始めとする世界華撃団の設立まで被害縮小に尽力し続けた。

そんな彼らの守護の手が唯一届かなかった場所が、この英国領ヴァージン諸島である。

何せ月に数回の警備巡回で連絡を取る程度の小民族の島々だ。

件の怪物に襲われたとしても、本土を経由して連絡が届くまでに時間がかかりすぎる。

そして英雄王の誕生の前日、『アヴァロン』と名づけられた諸島内でもとりわけ小さな無人島において、件の聖剣が発見された。

 

「情報筋のほとんどは、降魔たちの狙いがアヴァロンに眠る聖剣エクスカリバーであり、それを手にした現団長アーサーの一振りで降魔は全滅した……それがシナリオのようね」

 

1週間。

それが聖剣と英雄王の生誕から円卓が揃うまでに要した時間である。

世界華撃団連盟の後ろ盾を得て花の都に眠る霊子核機関と技術の全てを吸収し、今や伯林と双璧を成す西方の剣として騎士たちが名声を上げるまで、あまりにも期間が短すぎる。

まるで、誰かが最初から仕組んでいたかのように。

 

「その答えなら、既に出ているよ」

 

裏口から飛んできた声に、4人の視線が集中する。

やがて店の奥から顔を見せたのは、他ならぬ彼らの依頼人だった。

 

「迫水支部長!」

 

かつてライラック伯爵夫人と共に巴里華撃団を創設し、超古代の伝説から巴里を守った巴里花組の生みの親。

賢人機関を始め政界に広く顔を知られていた壮年の功労者も、今は立場を追われ人目に隠れながら息を潜めるように生き永らえている。

心なしか、こけた頬や青白い顔色に、明らかな疲労と衰弱を感じさせた。

 

「件のヴァージン諸島の一つ、アヴァロン。そこに伝説の通りかつて英雄王と呼ばれた男の聖剣が眠る遺跡の跡が残されていた。既にほとんどが焼き払われてしまっていたが、人間を収容できる施設のようなものも建設されていたようだ」

 

「一体どうやって……!? 私達でも下手に接触できなかったのに……」

 

メルが驚愕に目を見開く。

ロンドン市警に配属されて情報を得ようと試みても手も足も出なかったというのに、上陸しなければわからないような情報をどうやって掴んだというのだ。

そもそも迫水は10年に及ぶ隠遁生活の為に健康を崩しがちで、このカフェの地下室に身を寄せていたはず。

一体どんな手品を使ったというのか。

その種は、実に単純且つ衝撃的なものであった。

 

「伝手を頼らせてもらったんだ。人間だったら島には近寄れないだろうけど……、ウサギなら怪しまれないよね?」

 

意味深に笑う迫水に、明智は以前妹に聞いた奇妙な話を思い出した。

曰く、タキシードに身を包んだウサギにニンジンを求められた事があったと。

効いた当初こそ夢でも見たのではないかと一笑に付したが、まさか……。

 

「そして彼らが警備船の中から持ち出してくれたこの中に、見逃せない名前があった」

 

そう言って懐から取り出した紙片に、一同はまたも驚愕した。

ページ1枚分しかないが、そこに列挙されている警備船に乗船した市警の人間の名前から、乗船者の名簿と分かる。

その中の一つの名前を、迫水は指差した。

 

「ヤスヒロ・サナダ……。帝都で生物進化学を研究していた、生物学の権威『真田康弘』教授だ」

 

「日本人……? でも何で……」

 

「それに真田教授と言えば、2年前に……」

 

重々しく迫水が頷く。

そう、帝都の誇る生物進化学の権威は、2年前にその研究を永遠に止めていた。

当時極秘に研究を続けていた、忌まわしき欠片の為に。

 

「発見されたんだよ。焼き払われた施設の残骸から、その痕跡が」

 

「痕跡って、まさか……!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……マガ細胞……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

月組からの報告に、すみれは忌々しげに呟いた。

10年前の死闘の中で人知れず回収されていた、言わば『破滅の欠片』。

人類を大きく凌駕し、天変地異に匹敵する脅威であった降魔皇ならば、その細胞片一つでも大きな妖力を秘めているに違いない。

そう睨んだ国内の一部官僚や軍部が結託し、密かに研究を進めていた事実を知ったのが2年前。

あの時、研究所諸共消滅したと思われていた細胞片が未だ現存し、この帝都社会に潜んでいたとは。

 

「佐久間理事長の手記の中には、提供者として『真田教授』の名前が確認されています。恐らくあの事故の前後で一部が譲渡されていたものかと」

 

「そう考えるのが自然ね。時期的にも泰然さんのご親族が失踪した頃と重なる……」

 

上海華撃団支援者にして中華民国の空を牛耳る若き実業家の無謀な潜入操作の動機は、やはり不可解な失踪を遂げた家族の生死を突き止めるものであった。

2年前に出産のためこの日本に渡ってきた女性、「敏依然」。

幼くして両親をなくした泰然の唯一無二の家族であり、文字通り身を売って生活の糧を稼ぐ中で、予期せぬ命を授かったという。

それが発覚したのは泰然が現在の事業の拡大に成功し、ようやく生活が安定して来た矢先のことであった。

例えどんな形でも、この命を祝福し、大きな愛情を持って育てたい。

生前そう話していたという依然に、すみれは母となった女の強さを見た。

そしてそれは、数多の命と溶け合い、大いなる神獣を遥か異国のこの地へと呼び寄せるに至った。

 

「奏組の報告では、真田教授は佐久間理事長に人造降魔のサンプルを複数渡して独自に研究を促していました。さすがにデノンマスターがいない分苦戦はしなかったと言いますが……」

 

「逆ですわ。デノンマスターの力を持たない佐久間が使役できるほどに人造降魔の制御難度が下がっている……。生物兵器としての改良が進んでいたということよ」

 

デノンマスター。

その名はかの音色たちにとって、何よりも憎むべき仇敵たちの総称を意味する。

都市部に集中する人々の負の感情を糧とする降魔達を、「魔音」と呼ばれる音色で使役し、降魔大戦の1年ほど前から暗躍を開始していた者たち。

一匹一匹ではさして知能も高くない降魔を纏め上げ、一個大隊に匹敵する統率力で率いてきた彼らは、吹き溜まりと呼ばれる瘴気のたまり場に降魔を集めて暴れさせるなどゲリラ戦を展開してこちらに揺さぶりをかけていた。

特に大規模な戦闘が展開された聖アポロニア学園での一件以降帝都全体に瘴気が蔓延した事で、帝都内の降魔の動きが活発化し、最終的に降魔皇の復活に至ったものと推測されている。

件の真田教授も、その悪夢の楽団への協力者の一人だった。

 

「それでは、やはり彼女も……」

 

秘書の問いに、すみれは沈黙を持って肯定する。

それは2年前、まだ帝都の防衛を魔障隠滅部隊に頼っていた頃のこと。

降魔大戦によってそのほとんどが戦死したはずのデノンマスター集団「モナダ」が密かに降魔軍団を組織し、帝都主要部への奇襲を企てているという一報が入った。

その情報提供者であり、帝国華撃団に救助を依頼した人物こそ、日本における生物進化学の権威の一人であった『真田康弘』であった。

曰く、モナダ残党に脅迫され、人造降魔の改造に着手させられている、助けて欲しいと。

当時結成間もない上海華撃団の協力を得て、帝国華撃団奏組が出撃。結果として総攻撃は未然に阻止され、残るデノンマスターも研究所の崩壊と共に全滅した。

だが、その代償は大きかった。

救助を要請し、月組隊員と奏組隊長が保護していたはずの真田は、何者かの手によって殺害されていた。

居合わせたと思われる月組隊員『望月ハツネ』も死亡。

同じく奏組隊長『雅音子』は一命こそ取り留めたものの、未だ昏睡状態にある。

モナダ残党によって口を封じられたのか。

それとも降魔の襲撃を受けたのか、真相は定かではない。

しかし今考えれば、その後にハツネの死に納得できなかった夫のバランがあのような狂気に走ったことにも、何か理由があったのかもしれない。

現に真田は生前自ら人造降魔やマガ細胞の技術を提供するなどコネクションを広げるよう働きかけを行っている。

その積極的な様子は、第三者の強要を受けたようには見えない。

寧ろ自ら進んでこの破滅の欠片をばら撒こうとしているようにさえ見える。

だとすれば……、一つの仮説が成り立つのだ。

 

「恐らく……護衛ではなく、獲物でしかなかったのよ。そしてそれを、他ならぬバランが知ったのだとしたら……」

 

真田がモナダ側の協力者であり、自ら進んでマガ細胞の研究を行っていたとしたら、あの状況で彼の立ち居地は大きく変わって来る。

被害者を装って自分達を誘い出し、司令塔である音子を殺害して奏組の統率を狂わせようとしていたとしたら。

そうすれば彼女を守ろうとしたハツネを殺したとしても、それを見たバランが矜持を捨てるほどに狂気に支配されたことにも納得がいく。

最も当事者である真田もバランもハツネも死んでしまった今、その真相を確かめる術はないが。

 

「すみれ様、明日の華撃団大戦の予定ですが……」

 

一瞬言葉を濁すカオル。

この状況において、やはりWLOFは退くつもりはさらさらないと言う事か。

予想していたことだ、驚きは無い。

 

「倫敦華撃団より、対戦を敢行するとの通告がありました」

 

「……なんですって?」

 

はずだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

帝都最大規模の医療施設、大帝国病院の損壊は、日本全土に衝撃を走らせた。

世界規模の華撃団大戦の真っ只中にあり、距離もさほど離れておらず、十分な戦力が揃っていたはずの現状。

にも拘らず降魔と怪獣を退けることこそ出来たものの、肝心の病院は半壊してその機能を麻痺。

数多の患者達が路頭に迷うという、またも痛み分けに近い形で決着してしまったのである。

既に開会式での手痛い敗戦を喫している状況だけに、例え人智を超えた存在であろうと、それに対抗しうる戦力として期待がもたれていたはずの帝国華撃団。

その唯一無二であるはずの彼らへの期待と信頼が、ここに来てほころびを隠し切れないものとなっていた。

 

『……申し上げております通り、先ほど大帝国ホテルにて滞在中の倫敦華撃団隊長アーサー氏より、明日に予定されていた華撃団大戦の実施が明言されました! 先日の上海華撃団との大戦時に出現した怪獣事件への懸念から、中止を危ぶむ声も聞かれていた今回の催しですが……』

 

中継先のリポーターが務めて冷静に状況を報告するも、その声色と冷や汗まみれの表情からは困惑がありありとうかがい知れる。

その渦中の人物は、大歓声の中に立っていた。

大帝国ホテルのフロントに簡素に組み立てられた会見場。

四方八方を取り囲む群衆は、一様に喝采を上げて英雄王を讃え崇める。

その姿はまるで神話の一説の如く神々しさを纏ながら、何かが蠢くような歪さを残していた。

 

『遥か異国の東に生きる民達よ。此度の戦いにおいては、拭いきれぬ傷を各々が抱えていることだろう』

 

まるで飢えに耐える民を慈しむかのような、天から舞い降りる甘美な声。

群集は、瞬きすら忘れて魅入られる。

 

『だがもう心配は要らない。我ら円卓の騎士が齎して見せよう。何年にも及ぶ闘争を経て未だ見えぬ光明を、雄雄しくも美しい勝利の凱歌として』

 

おお……、と群集が僅かにどよめく。

何を根拠にそんな事を断言できるのか。

だがその視線の中心に立つ英雄王は微笑と共にその懸念をも一蹴して見せた。

 

『何故なら、先の戦いでそれは顕現した。英雄王の名の下に生み出された聖剣と、それに認められし救世の聖女が覚醒したのだ』

 

その言葉と共に、アーサーは何かを迎え入れるように右手を仰ぐように広げる。

するとその先から、一人のあどけなささえ残る少女が歩み出た。

まるで差し出された右腕を宿木にするかのように、まるで王に抱かれる聖女のように。

 

『彼女が賜りし名はギネヴィア。この聖剣エクスカリバーが認めた、真にこの帝都を、世界を救う使命を帯びた聖女なり』

 

英雄王がその由来とも称される唯一無二の聖剣を天へ掲げたときだった。

それまで群集は、かの少女が何の根拠を持ってこの場にいるのか、皆目見当がついていなかった。

だがその瞬間、胸中の不安と脳内の疑問は全て光の中に消えうせた。

無理も無い。

掲げられた聖剣に応えるかのように、かの少女の背中から、純白の神々しい光を讃えた翼が現れたからである。

そしてその全てを包む込むような聖なる輝きに、人々は見覚えがあった。

だが、目の前にもたらされたのは驚愕の輝きだけではなかった。

 

『……、傷が治ってる!?』

 

『ほ、ホントだ! 目が見えるぞ!!』

 

『脚が戻ってる!! 立てるわ!!』

 

四方八方から聞こえてくるのは、驚愕と歓喜の声。

度重なる降魔の蹂躙によって蝕まれてきた群集の傷が、心が、その一瞬の光によって嘘のように消えうせたのだ。

 

『これが聖女の力だ。エクスカリバーに宿る歴代の騎士たちの魂が共鳴し、皆の傷を癒したのだ。そう。あの恐ろしい降魔の下僕を浄化させたのは、他ならぬギネヴィアと、このエクスカリバーの力。』

 

それを何と呼ぶか、人々は知っていた。

 

『案ずるな民よ! 恐れるな民よ! 君達の目の前にいるのは、すべての悪を地上より滅する王と聖女なのだ!!』

 

その言葉を引き金に、割れんばかりの歓声が沸きあがった。

長きに渡りこの世に蔓延り続けてきた降魔を打ち破る、絶対的な奇跡の力を目の当りにしたのである。

すでに彼らの心の中に、これまで町を守り続けてきた華撃団という存在は、跡形も無く消えうせていた。

まるでその心を、眩い光によって染められているかのように。

 

『ツバサッ!!』

 

大歓声を割って悲鳴のような叫び声がロビーに響き渡ったのは、その時だった。

黒の修道服に身を包み、ややおぼつかない足取りで、妙齢の茶髪のシスターが入ってきた。

その顔に、群集の何人かは見覚えがあった。

このホテルに円卓の騎士らと共に滞在し、その治癒の霊力で幾人もの怪我人を治してきたシスターだ。

 

『どういう事ですか!? 何故!? 何故娘が神託を!?』

 

その言葉に、顔を知る何人かはハッとする。

確かシスターには、まだ齢10にも満たない修道士見習いの娘がいた。

母親の手伝いをする程度のことしか出来なかったが、それでも向日葵のように明るい笑顔で多くの患者の心を癒してきた。

その少女が今、神託の名の下に王の横に立っていた。

円卓の騎士の一人、聖女ギネヴィアとして。

 

『シスター。娘を案ずる母としての憂いの心、理解する。だが神託は絶対だ。聖剣に宿りし騎士たちの魂が、今ここに使命を成せと、かの少女に奇跡の力を齎したのだ』

 

『その子は聖女ギネヴィアじゃありません! 私の……あの人と私の娘です!!』

 

尚も食い下がるシスター。

するとその両脇を、黒服の男達が取り押さえた。

 

『や、やめて下さい!! 離して!!』

 

抵抗するシスターだが、屈強な男二人を非力な女性が押し返せるはずも無い。

そこへ、一際高らかな声が割って入った。

 

『素晴らしい!! アーサー団長、今回の会見に私は感銘を受けた』

 

その声と共に会見場に現れた人物に、群集は再びどよめいた。

無理も無い。

現れたのはWLOF事務総長プレジデントGその人だったからである。

 

『数多の屍を超え、死さえも恐れず、正義の為に剣を振るう気高き騎士たちの生き様と、新たな姫騎士の誕生を心より祝福する!』

 

『では事務総長。例の話は?』

 

『無論、受理しよう。私は世界華撃団連盟の代表として、君達の濁ることなき清らかな犠牲心と、命を賭して世界を救わんとする少女の決意に応えたい!!』

 

一瞬の沈黙。

静まり返った群集に、事務総長は口端を上げて宣言した。

 

『今ここに帝都民に、そして世界に宣言する。続行の是非を議論していた世界華撃団大戦は、明日の正午にて、帝国華撃団と倫敦華撃団の大戦を予定通り実施する!!』

 

それまでで一番の歓声が、大帝国ホテル中に、帝都全域に響き渡る。

只一つ違うのは、彼らの希望の眼差しの向く先が、かの英雄王の掲げる聖剣の切っ先であったことだろうか。

 

『明日の正午を以って、この世界の真の守護者が英雄王であると証明されるだろう!! 我々は、歴史の証人となるのだ!!』

 

『やめて下さい!! 娘を勝手に巻き込まないで!! ツバサ!! 貴女もこっちに……!!』

 

歓声の中で尚もシスターが叫ぶ。

だが次の瞬間、娘の口から返ってきた答えは、信じられないものだった。

 

『黙りなさい、不敬者』

 

『え……?』

 

表情一つ変える事無く、目線だけを動かして、まるで汚物を見るかのように聖女は吐き捨てた。

その一瞬、言葉が理解できず固まるシスター。

聖女はそんな母に徐に手をかざすと、その手が淡い光に包まれ、

 

『やめろおおおぉぉぉっ!!』

 

遥か頭上から別の声が飛んできたのは、その光が一気に輝きを増したときだった。

直後にシスターを庇うように割って入った黒い影。

やがて閃光の果てに見えたのは、愛用の双剣を交差させて肩で大きく息をする黒騎士の背中だった。

 

『カ、カトリーヌ……』

 

『ツバサ……、アンタ今何しようとしたの!?』

 

煤けた礼服と煙を見て、初めて何が起きたのか察する。

聖女は霊力を圧縮させ、母親目掛けて放ったのだと。

 

『ちょうどよかった。ランスロット、シスターをここから連れ出してくれないか。どうやら足がすくんでしまったみたいだ』

 

『……、シスター・エリカ!?』

 

アーサーの言葉で弾かれたように背後のシスターを見やるランスロット。

だが彼女には、もう自身が移っていない事は容易にうかがい知れた。

 

『どうして……ツバサ……ツバサ……』

 

『シスター、しっかり。奥で休みましょう』

 

放心したまま反応すらしないシスターを肩に抱え、群集に道を開けてもらいながら入り口へきびすを返す。

だがその扉の前にたどり着いたとき、黒騎士は一瞬だけ振り返った。

 

『……ツバサ……』

 

視線だけがかち合う。

だが、その表情が変わることは無かった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「華撃団大戦が、続行……!?」

 

作戦司令室で開口一番放たれた言葉に、神山もそう返すのが精一杯だった。

昨日の大帝国病院が事実上機能不全に追い込まれた陰火と降魔獣の襲撃。

居合わせた旧花組関係者らの尽力で死者こそ出なかったものの、大会中に発生した遠方の降魔事件に、自身らの対応が後手になったことは否めない。

そのことから現在の降魔事件が収束するまでは華撃団大戦を延期、もしくは中止を検討すべきだという意見が、そこらかしこで上がり始めていた。

さしもの独断専行が代名詞となっている事務総長も、そうした世論の声を無視することは出来まいと思っていた矢先の出来事である。

しかしその宣言が他ならぬ円卓の騎士団長のものであるという事実が、一同に更なる衝撃を与えた。

 

「アーサー団長は今回の会見で、3番目の騎士団員として10歳の少女を迎えています。昨日の変異降魔獣の消滅は彼女の霊力覚醒によるもので、この大戦を以って世界各国を円卓の騎士団によって統治・守護すると明言しております」

 

「会見でもその娘……、ギネヴィアっちゅうコードネームを与えたらしいねんけど、その娘の霊力で集まった人たちのケガが悉く治ったそうや」

 

口にこそ出さないが、まるで奇跡のようだと神山は思った。

あのマガタマグライとの戦闘時の出来事は良く覚えている。

降魔皇の細胞片ことマガ細胞を移植された降魔獣は、メビウスとギンガの二人がかりの攻撃を受けて尚も立ち上がるほどに驚異的な生命力を誇っていた。

それを一撃で死に追いやったあの眩い奇跡のような光が、新たに円卓に加わった少女のものであるという。

確かに過去のデータベースで霊力を用いた治癒能力は認知されているが、一度に大多数の人間の傷を治すというのは理論上不可能に近いはず。

その少女は何者だというのか。

 

「先の会見で実際にその力を見せ付けたことで、帝都民の間からも円卓の騎士に霊的組織の全権譲渡を望む声すら上がってきているわ。これが何を意味するか、分かるわね?」

 

厳しい表情のすみれにつられ、隊員達の表情が曇る。

そんな中、ミライが思い立ったように疑問をぶつけた。

 

「どうして、争わないといけないんでしょうか? これまで通り僕達が帝都を、アーサーさんたちがロンドンを守る……。それの何がいけないんでしょうか?」

 

「異を唱えている声があるのよ。少なくとも連盟に所属していない私達よりも、連盟の重鎮たる円卓の騎士に世界を委ねるべきだと。他ならぬ事務総長がね」

 

繰り返されてきた連盟の独断に近い姿勢に、ミライは煮え切らない様子で俯く。

普段明るく無邪気で、人を疑うことを知らない彼のことだ。

様々な政治的な思惑がうねりを帯びて澱んでいる今の華撃団の実態に、戸惑っているのだろう。

 

「そして今回の大帝国病院の戦闘で、私達よりその3人目の騎士の存在がよりアピールされてしまった。連盟からすれば、格好の宣伝材料になるわ」

 

もとよりその存在意義すら不透明だった華撃団大戦。

最初の上海華撃団との対戦こそ、敏泰然氏の拉致という不幸が重なったために敢行せざるを得なかったが、ここに来て倫敦華撃団が連盟に歩調を合わせて自分達の排除に乗り出してくるとは想像していなかった。

 

「……何か、嫌な感じだよな」

 

ふと、初穂がこぼした。

 

「今までアタシらが体張って、命張って、この帝都を守ってきた……。守れる存在に近づいてきたって思ってたのに……」

 

「今の私達以上に倫敦華撃団の方が頼もしいと、世論が動いてしまったんですね」

 

「里の掟52条。信頼は積み立て千日、崩落は一瞬と心得よ……。けど……、」

 

「私も納得できません。こんな事で花組から帝都の心が離れてしまうなんて……」

 

初穂の言葉を皮切りに、隊員達も各々の心の葛藤を搾り出す。

難しい話ではない。

今まで頼っていたものより更に上を行くものが現れたため、そちらに関心が移っているだけのことである。

だがこれまで文字通り0から全てを築き上げてきた自分達にとって、帝都を守る唯一無二の霊的組織というアイデンティティは決して崩されてはならない土壌だった。

人も、霊力も、戦闘機も、鍛錬も、資金も、そして信頼も。

ひけらかすつもりなどないが、自分達がかつての花組に代わって帝都の守護に就くという覚悟を持ってここに集まっているのだ。

その根幹が、あの一瞬でひっくり返りそうになっている現状が、歯がゆかった。

 

「……明日の華撃団大戦、受けましょう」

 

それまで沈黙を守っていた神山が、静かに、だがハッキリとそう言った。

 

「確かに倫敦華撃団の力は今の俺達より大きいものがあるのかもしれない。だがそれと、帝都を守ってきた、そしてこれからも守っていくと決めた俺達の決意は別問題だ」

 

「神山くん……、いいのね?」

 

念を押すようにすみれが尋ねる。

倫敦華撃団の挑戦を受けるという事は、少なくとも帝都を守るという任には当たらない、自分達の存在意義を勝敗を持って証明しようという独善と言われてもやむをえない行為だ。

自分達は帝都に生きる人々の生活と心を守るために存在するのであり、決して自分達の力を誇示して不遜な振る舞いが許されることは無い。

神山とてそれは百も承知であるし、自分達のプライドのために戦おうというのではない。

自分達が円卓の騎士に引けをとらぬ力を持ち、これまでどおり帝都を守る任務を継続することに何も不安要素も援助の必要性もないことを証明するのである。

本来ならば華撃団同士がその存続すらも賭けて勝負をするのはきわめて異例であり、禁忌と言っても過言ではないであろう。

しかし、向こうがこちらの存在をあくまで否定してくるというならば、それは力を以ってしても否定しなければならない。

自分達は羨望や自尊のためにここにいるのではない。

かつてこの帝都を守るために命を懸けた人々の帰還を信じ、代わって帝都を守りぬくため、決意と覚悟を共に集まった同志達である。

その絆と覚悟は、何者であろうとも否定はさせない。

 

「みんな、降魔から人々を守る立場の華撃団同士の戦いに納得が行かないこと、俺達と円卓の騎士との間で帝都の人々の心が揺れていることに心が静まらないと思う。だが少なくとも、俺達はこんな形で存在を否定される組織ではないはずだ」

 

「そうね。明日の対戦で勝利すれば、寧ろ私達にこそ帝都を守るに相応しい力があると間接的にも証明できるわ」

 

最初に肯定の返事を返したのは、アナスタシアだった。

それに続き、隊員達は迷いを振り払うように続々と立ち上がる。

 

「やりましょう! もう一度私達の力を証明すれば、帝都の人たちもきっともう一度私達を信じてくれるはずです!」

 

「里の掟63条。逆境こそ勝機と心得よ。あざみもあきらめない。やっとたどり着いたあざみの居場所、こんな形で失いたくない」

 

「やっとつむぎ始めた私達の物語、こんなところで打ち切りなんてあんまりです」

 

「言って分からなきゃ拳で分からすってな! やってやろうぜ! なあミライ!」

 

「え……? そ、そうですね……!!」

 

隣の初穂に背中を叩かれ、出遅れながらも立ち上がるミライ。

花組の相意は揃った。

 

「明日の華撃団大戦……。本意ではなかったが、相手になるなら全力で応じる! 必ず勝つぞ、みんな!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

何故だろう。

何度目かも分からない自問が、いつまでも心で跳ね返る。

何故いつものように、心を合わせられなかったのだろう。

いつもなら、寧ろ自分から倫敦華撃団に挑戦しようと、自分達の存在意義を証明しようと発言さえしていたはずなのに。

 

「……」

 

ふと、視線を遠く離れた故郷に移す。

地球からは煌びやかに輝く星の一つに過ぎない、されど自分にとって唯一無二の故郷。

話には何度も聞いていた。

豊かな自然と溢れる生命。

そして高い知力で発展してきた地球人類。

互いに絆を尊重し、強大な敵にも手を取り合い立ち向かう。

そんな勇敢さと美しさ、気高さを備えた彼らを、自分もまた守れる存在になりたい。

かつて自分が憧れた戦士がそうであったように。

 

瞬間、理解する。

 

他ならぬその決意が今、揺らいでいるのだと。

 

「……だめだ、こんなことでは……」

 

頭を振って、脳内の疑念を振り払おうともがく。

迷ってはならない。

何故ならこの星と、この星に生きる生命を守ることこそが、自分の使命なのだから。

だから……、

 

「信じるんだ……、僕だけは、絶対に……」

 

自分自身にそう言い聞かせるように、何度も何度も呪文のように呟く。

怖かったのだ。

そうしなければ、自分が本当に人間というものを信じられなくなりそうで。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カトリーヌは、雪の降る朝に墓地に置かれていた。

 

母の顔も父の顔も知らない。

 

その名前も、置かれていた墓から取ったものだった。

 

拾ってくれたのは通りかかった辺境伯だった。

 

だがそれは善意ではない、戯れだった。

 

学も無く、教養も無い少女は、蔑まれるための玩具となっていた。

 

齢8つの時、1つ下の令息に殴られたお返しに張り倒した罰として、鞭打ちの末に雪の町に放り出された。

 

ボロボロの薄着一枚で夜通し彷徨う少女に、雪の夜は容赦なく体温を奪う。

 

やがて道端に倒れた彼女を見つけたのは、教会のシスターだった。

 

熱にうなされていたカトリーヌに、シスターは優しく微笑み、手をかざした。

 

淡く優しい輝きを帯びたその光が全身を包むと、心地よい涼しさがカトリーヌを包んだ。

 

それが、母親とも言うべき恩人、エリカ・フォンティーヌとの出会いであった。

 

「シスター……」

 

彼女がかつて世界の平和を守る霊的組織の一員だったことを知ったのは、小さな偶然だった。

 

教会を尋ねた若い男性が、何かに思い出したように叫んだのだ。

 

「エリカ・フォンティーヌさんですよね!? あの巴里華撃団の!! ウルトラマンと一緒に平和を守った!! 僕、ファンだったんです!!」

 

興奮気味にまくし立てる男性の口から出てきた言葉に、カトリーヌは驚愕した。

 

カトリーヌは知っていた。

 

ここから海を隔てたフランスには、かつて平和を守る霊的組織が存在したと。

 

平時はレビューダンスで人々の心を和ませ、有事には特殊な甲冑に身を包み、世のため人のために戦う女性達がいると。

 

「シスター! シスターは華撃団の人だったの!? 強かったの!?」

 

思わずまくし立てると、シスターは少しだけ困ったように微笑み、

 

「……昔の話です。今はもう……」

 

そう返して、娘の声で立ち上がる。

 

その背中に、カトリーヌは誓った。

 

ならば自分が華撃団に入ろうと。

 

恐らくは何らかの事情で戦えなくなった彼女に代わり、人々の平和を守るのだと。

 

そうして4年の歳月が過ぎた時、待ち焦がれてきた瞬間がやってきた。

 

英国はロンドンにおいて英雄王が覚醒し、円卓の騎士団こと倫敦華撃団が結成されることになったと。

 

その日から、人知れずカトリーヌは剣術の鍛錬を始めた。

 

型にはまった騎士の鍛錬ではない。

 

相手を倒す、仕留める事だけに特化した自己流の剣術だ。

 

それは今まで貴族という存在に抑圧されてきた自身の下克上だった。

 

生まれついた身分で劣るというなら、実力でそれを覆せば良い。

 

例え自分のように身分の低い人間でも、世のため人のために戦えることを証明してみせる。

 

只そのためだけに剣を振るい続けて2年後。

 

教会の誰にも、シスターにさえ内緒で受けた騎士団の試練に、カトリーヌは合格した。

 

若干14歳にして類稀なる剣術と霊力の強さを見せ付けた彼女は、円卓の中でも指折りの猛者として知られるランスロットの名を賜った。

 

その名に恥じぬ、気高く慈しむ騎士になるのだと、仲間と共に志を立てた。

 

そう、あの時までは……。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん……」

 

懐かしい思い出に、いつしかまどろんでいたようだった。

まだ世界を知らなかった、子供だった頃の思い出。

無邪気で純粋で、真っ直ぐに憧れを夢見ていた思い出。

それを実感すればするほどに、今の言う瞬間の全てを呪わずにはいられない。

あの時、自分が騎士を志さなければ、何も知らずにいられたのにと。

目の前に眠る母親も、その娘も、只平穏に日々を過ごしていたはずなのにと。

 

「シスター……」

 

シスターがここへ来ることになったのは、偏に運命の悪戯であった。

書置きを残して騎士団に入り3年。

中央駅に出現した降魔の軍勢を鎮圧した際に負傷者の救護に当たっていたのが、彼女だった。

遠目からでもこちらを一目見るや、駆け出して転ぶ姿に思わず吹き出し、再会を喜び合う。

せめて彼女の前でだけは、真実をさらしたくなかった。

何事も無く任務を全うする、騎士ランスロットでいたかった。

それが、すべての間違いだったのだ。

 

「……、……ツバサ……待って……ツバサ……」

 

眼前のベッドの上で、シスターは魘され続けていた。

愛する我が子が変貌の果てに消え去る光景に、苦しみ続けているのだろう。

本当なら全てを放り出して付きっ切りで看続けたい。

だが悲しいかな、既に窓の外には朝日が昇っていた。

裁定の瞬間が、眼前に突きつけられていた。

 

「……フッ」

 

一瞬、自重するように鼻を鳴らした。

何の資格があって自分は彼女を看ているのだ。

元凶たる自分に、そんな価値などとうにないはずなのに。

 

「……シスター。ツバサは必ず……、必ず守り抜いて見せます。……黒騎士ランスロットの誇りにかけて」

 

少女の顔から騎士の顔へと変わり、ランスロットはきびすを返して部屋を出る。

その時だった。

 

「……カト……リーヌ……?」

 

騎士の背中が一瞬震える。

まだ、彼女は呼んでくれるのだ。

自分の名前を。

まだ漆黒に染まる前の、無垢な少女でいられた頃の自分の名前を。

 

「シスター……、カトリーヌは……幸せでした……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『全世界の皆様、ご覧頂いておりますでしょうか!? 世界華撃団連盟主催による華撃団大戦! 一時は中止も検討されましたが、他ならぬ倫敦華撃団アーサー団長の希望により、2日目を迎えることとなりました!!』

 

最早聞き慣れた実況が、相変わらず無人の競技場に鳴り響く。

だが場外からは帝都民たちの声援がまばらながら聞こえてきた。

そのほとんどが円卓の騎士と英雄王に送られる賛辞であることに、異様な居心地の悪さを感じないといえば嘘になる。

 

『尚、今回の対戦について、一部ルールの変更があるそうです! それでは事務総長、詳細をお願いいたします!』

 

『前回は上海華撃団との対戦で各隊員個人の能力を存分に披露してもらった。しかしながら華撃団にはもう一つ、不可欠な力が存在する』

 

『それは部隊の統率力、チームワークだ! よって今回の帝国華撃団と倫敦華撃団の対戦は3対3のチーム戦とする!! 互いの力を引き出しあう素晴らしい連携を見せてくれることを期待しているぞ? フハハハハハ……!!』

 

「……チッ。相変わらず耳障りな笑い方するヤロウだぜ……!!」

 

控え室で準備を進めていたところで飛び込んできた一報に、初穂が嫌悪感を露に吐き捨てた。

こちらは前回同様個人戦と考え、それに沿って出場する隊員を選定し申請を済ませている。

その上でこのようなルール変更を持ち出されるのは、後出しじゃんけんをされるようなものだ。

今回はさくらの試製桜武の修繕が間に合っていないことから、神山の他にミライと初穂が選定された。

倫敦華撃団の擁する霊子戦闘機『ブリドヴェン』はいずれも騎士らしく剣を操る近距離戦タイプの装備が特徴だ。

個人戦を想定した場合、遠距離タイプのクラリスとアナスタシアは一方的に攻撃を受ける恐れがあるため、こちらも接近戦の得意なメンバーで構築した。

もしチーム戦であることが分かっていたならば、対策を取れる余地もあったことだろう。

邪推すると、この唐突なルール変更も、明らかに相手側によっている連盟の忖度なのかもしれない。

そう考えると、自分たちをあくまで連盟に逆らう無能な弱者の集まりとして晒し者にしようとする連盟の意図が透けて見え、虚しさを禁じえない。

 

「倫敦華撃団の戦歴ですが……、データはランスロットさんのものしか確認できませんでした」

 

「団長が打って出ることはほぼなし。あのギネヴィアって呼ばれとる子も言わずもがな。ほとんどの降魔事件はランスロット一人で鎮圧しとったみたいや」

 

予測はしていたが、手の内はさっぱりだ。

最もランスロット以外の団員が殉職している以上、他にデータがないことは自明ではあったのだが。

 

「神山さん、どうかご武運を……」

 

「私達は万一に備えて出撃準備に入るわ」

 

「大会のほうはお願いします」

 

「月組も動いている。今日は何か裏がある。気をつけて」

 

今回裏方に入る隊員たちには、それぞれ月組のサポートと出撃準備を命じていた。

何せ前回も大会中に怪獣が出現して対応に苦慮した苦い思い出がある。

降魔たちが何処まで情報を掴んでいるかは不明だが、あの様子では明らかに大会中で迅速に動けない状態であることを狙った上で事を起こしていたはずだ。

ならば二の舞にならぬよう、控えに入った隊員は秘密裏に霊子戦闘機近くで待機し、必要に応じて動けるように手配していたのである。

 

「よっしゃあ! いっちょ暴れてやるか!」

 

「やりましょう、隊長!!」

 

両脇を固める隊員達の激励を背に、神山は競技場の入り口に手をかけた。

 

「帝都の平和は俺達が守る! 帝国華撃団花組、出撃する!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『さあいよいよ世界華撃団大戦2回戦の火蓋が斬って落とされようとしております!! プレジデントGの決定により、先日の上海華撃団とは異なる3対3という異例のチーム戦となりました今回、互いのチームワークが問われる戦いとなりそうです!!』

 

実況にアナウンスに競技場の外部が俄かに熱気だった華撃団大戦会場。

その両端には、それぞれ3機の霊子戦闘機が各々の獲物を手に開戦の狼煙を待ちわびていた。

帝国華撃団の擁するは、神山誠十郎以下東雲初穂、御剣ミライの二名。

対する倫敦華撃団は団長アーサーと黒騎士ランスロット、そして先の会見を持って3人目の円卓を得た聖女ギネヴィア。

かつて巴里華撃団で運用されていた工学技術によって作り上げられた騎士の鎧『ブリドヴェン』は様々な改良が施され、その剣術を以って近距離から中距離において無類の強さを発揮する近接戦闘のエキスパートとして世界中に名を馳せる。

件の3号機については巨大な大盾を装備させている辺り、やはり後衛を任せるということだろうか。

会見の時に披露したという規格外の治癒能力を活用されると、持久戦に持ち込まれたときに分が悪い。

可能な限り早期に決着をつける必要がありそうだ。

 

『聖剣エクスカリバーと、先日覚醒したとされる3人目の団員ギネヴィア隊員の能力は未知数。果たして帝国華撃団は、このまま存在意義すらも円卓の騎士たちに奪われてしまうというのか? 互いに譲れぬ矜持を持ってこの勝負に挑みます!!』

 

「……神山隊長、正直なところ僕は驚いているよ」

 

世界を熱狂させる実況が響き渡る中、唐突に英雄王が語りかけてきた。

開会式前に初穂らに見せたときと同様、あくまで紳士的に穏やかな笑みを浮かべた声色。

だが今の神山にとって、それは明らかな挑発にしか見えなかった。

 

「君達は時に自らの力を過信することがあったとしても、大局を見誤ることは無いと思っていた。故に今回も互いに手を握れると信じていたんだけど……」

 

「アーサー団長。貴方の申し出は確かに帝都を守る大儀に沿っているのかもしれない。だが帝都には我々がいる! 先代花組の志を受け継ぎ、この帝都の平和を守る帝国華撃団が!」

 

迷い無く決別を明言する神山。

言葉こそ丁寧だが、英雄王の言わんとするところはこうだ。

 

「(お前達では役に立たない。代わりに帝都も世界も守ってやるから引っ込んでいろ)」

 

百戦錬磨の黒騎士と、奇跡の力を携えた聖女を侍らせるその神々しささえ讃えた姿に、誰しもが魅入られることだろう。

だが自分達はそうであってはいけない。

それでは今まで上海華撃団に頼りきりであったかつての帝都と同じことだ。

たとえ自分達より遥か高みに座する存在がいたとしても、それに頼り切っていてはいけない。

その背中を目指し、己を高めることにこそ意味があるのだから。

 

「一昨日の戦闘で助けていただいたことはありがとうございました。でも、だからこそ、僕達は貴方達に勝たなければならない!」

 

「アタシらみたいな新参者でも、足元見てると掬われちまうぜ? 帝国華撃団を舐めんな!!」

 

両脇に控えるミライと初穂も、それぞれ自身に続いて啖呵を切る。

英雄王が見せたのは、落胆だった。

 

「その虚勢こそ、自分達の小ささを象徴していると気づいて欲しいものだね。……ランスロット」

 

名を呼ばれた漆黒の鎧が、一歩前に進み出る。

やはり彼女が最前線を担うか。

各々武器を手に身構える中、王の口から放たれた命令は想像を遥かに超えるものだった。

 

「5分の猶予を与える。敵を駆逐せよ」

 

「なっ……!?」

 

一瞬、神山は目を疑った。

最前線に進み出た黒騎士の背後に下がった群青の鎧は、あろうことかその剣を鞘に収めてしまったのだ。

それだけで現状が何を意味するか、神山は理解してしまった。

自分達如き、相手にするまでも無い。

ランスロット一人で十分だと。

 

「僕達は……、相手にもされてないんですね……」

 

「バカにしやがって! 望みどおりアイツからやってやろうぜ、神山!!」

 

「ランスロット隊員……。君は、それでいいのか……?」

 

対峙したまま沈黙を守る黒騎士に、一言だけ問う。

返ってきたのは、宣戦布告だった。

 

「抜け。王の前に立ちはだかるものは全てこの手で排除する」

 

少女とは思えぬ気迫に満ちた言霊と共に、漆黒の鎧が腰に下げた二刀のサーベルを抜いた。

対する神山も、二刀を握る手に力を込める。

それが、合図になった。

 

『こ、これは黒騎士の絶対不変の自信の表れか!? 奇跡の聖女をも従える円卓の騎士を相手に、果たして帝国華撃団に勝機はあるのか!? それでは参りましょう!! 華撃団大戦2戦目、開始です!!』

 

「我が名は黒騎士ランスロット! この命ある限り、王の、聖女の御身に指一本触れさせん!!」

 

漆黒が地を蹴り、風となった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その日、総統官邸に響く足音はいつになく慌しかった。

手元の資料から視線を柱時計に移すが、まだ時計の針は定期報告の時刻から30分の間隔がある。

 

「ゲルダ女史」

 

横でタイプライタと格闘していた秘書の名を呼ぶ。

怪訝な顔で振り向く秘書だが、近づいてくる足音を察し立ち上がった。

 

「念のため宣伝相を呼んでくれ。それから副官を」

 

その言葉の意味するところを察したか、僅かに表情を強張らせて退室する秘書。

入れ違いに息を切らせて執務室になだれ込んだのは、予想通りの人物だった。

 

「そ、総統閣下! 至急報告すべき情報が……」

 

「続けたまえモーンケ。息を整えてからでよい」

 

ヴィルヘルム・モーンケ。

自身が組織した秘密警察の諜報部副官を務める、ドイツの裏を監視する人間だ。

普段は冷静沈着を形にしたような彼がこうして焦燥を隠しきれない様子から、それに比例するだけの事態であることは間違いない。

だがしかし、このときばかりはその焦燥をヒトラーは内心喜んでいた。

何故ならそれは、兼ねてから危惧されていた一つの漠然とした不安が幻想でないことを証明するものだったからである。

 

「先ほど、アメリカ合衆国保安局より、電報と写真が送られました」

 

「内容は?」

 

「イギリス領ヴァージン諸島、無人島と認定された島の焼失した遺跡地中より、複数の人骨が発見されました」

 

「……やはり、そうか」

 

瞬間、疑念は確信へと変わった。

流石に証拠を残すようなことは下手は打たないとは考えていたが、やはり末端の人間の動向の全てを把握しきれるものではない。

ヴァージン諸島は倫敦華撃団結成前に度重なる降魔の襲撃の為に多くの先住民の人命が失われたと報告を受けていたが、ならば何故新しい人骨が無人島に存在するのか。

そして貴重な文化遺産であろうはずの遺跡群を、何故わざわざ火器を用意してまで処理する必要があったのか。

ナチスドイツのトップに君臨する男の脳内では、その全ての謎が一本に繋がった。

事前にリークを受けていたからだ。

フランスに住むある貴婦人から、恐るべき悪魔の名前を。

 

「良く出来た話だ。本来人間の集まる都市を離れ、海に囲まれた天然の要塞ばかりを襲った降魔。そして間を置かずに発見、覚醒したとされる英雄王と聖剣。まるで大衆向けの芝居のようじゃないか」

 

「では総統閣下。やはり倫敦は……!」

 

「2年前、ある日本の学者が降魔の細胞片を用いた人体実験をしていたことが分かった。そしてその学者の名前が、かつて無人島に向かう巡視船の同伴者の中に含まれていた」

 

皮肉なものだ、とヒトラーは思う。

かつて英国に生きた劇作家はこんな言葉を残した。

 

慢心は人間の最大の敵であると。

 

強固な城に守られていても中に入り込まれれば無防備な首をさらすことになる。

人もまた同じ事。

高貴な血筋に生まれ、剣と甲冑に身を包んだとしても、その中にいるのは人間でしかない。

その人間が平穏を享受し怠惰を貪れば、身につけたすべての鎧はその意味を失うのだ。

 

「果たしてどこまでがシナリオなのだろうね、アルタイル女史……」

 

近づいてくる足音に、ヒトラーは静かに呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

平時においてその名は畏敬を意味した。

そして一度戦場に移れば、それは畏怖へと姿を変えた。

空を覆わんばかりの悪夢の使者達の群れに臆する事無く対峙し、まるで舞い踊るかのように切り伏せていく。

そうしておぞましい断末魔のコーラスが終わったとき、数え切れない屍の中央に、赤黒く汚れた鎧だけが佇んでいたという。

これまで斬り捨ててきた数多の敵の返り血に塗れたその鎧は、いつしか底無き深淵の闇を思わせる混沌の漆黒へと変わり、やがて人々は彼女をこう呼んだ。

 

『黒騎士』と。

 

『凄まじい!! まさしく圧巻というほかありません!! 円卓の騎士最強と目される黒騎士ランスロット。帝国華撃団3名を相手に、劣勢どころか圧倒的攻勢を仕掛けております!!』

 

その身のこなしは、霊子戦闘機であることを疑わせるほどに早く、軽い。

その一撃は華奢な少女が放つものとは思えないほどに重く、激しい。

常人ならば目でその姿を追うことすら困難と思わせるほどに。

 

「くっ!?」

 

決して侮っていたわけではない。

任務遂行に際して多くの殉教者を出したという組織内において今まで生きながらえてきたという事は、それだけ他者より秀でた非凡な才が会ったことの証左に他ならない。

だからこそ自分達も出し惜しみはせず、真正面から全力で対峙した。

そのはずだった。

 

「うわっ!?」

 

「ミライ!?」

 

「遅いっ!!」

 

しかし試合が始まるや、漆黒の鎧は突風の如き突進でこちらの陣形を崩しにかかった。

初撃を抑えて反撃しようとしても、今度はこちらの獲物に脚をかけ、華麗に跳躍する。

迎撃に出る二人の隊員を、霊力を帯びた斬撃の波動が襲い掛かった。

まるで隙が無い。

3人がかりで挑んでいるのに、不意を突くどころか反撃の糸口すら見えない。

 

「へっ、冗談きついぜ……!!」

 

さしもの初穂も、息を乱しながらそう呟くのが精一杯だった。

戦闘開始から既に2分。

その僅かな時間の間に、3機の無限は少なからぬ損傷が積み重なりつつあった。

接続されたブースターは加速するたびに消耗が激しくなる。

だがあの黒騎士の攻撃はいずれも最大出力で受けなければ押し切られる。

故に霊力の温存といった消極的な戦法は自殺行為に等しい。

 

「はぁっ……はぁっ……!!」

 

だがしかし、この現状が神山たちばかりに不利に働いているかというと、そうとも限らないようだった。

攻撃の手こそ緩めないながら、黒騎士の太刀筋は明らかにその精彩を欠き始めていた。

 

「……そういうことか……」

 

瞬間、神速の戦略家の脳内はある限りすべての情報を集約し、最適解を構築する。

あの漆黒の狂戦士を攻略する策は、成った。

 

「花組各機に通達。 これより3分間、敵機の攻撃に対し連携して防御せよ! こちらからは反撃を仕掛けない!」

 

「どういうことだ、神山?」

 

「説明している時間はない。現状は防御に徹するんだ!」

 

流石に突貫工事の作戦だけに、説明もなしに下す命令としては些か不明瞭であった点は否めない。

だが悠長に説明させてくれるほど相手も甘くないだろう。

時折迫る裂帛の一撃を紙一重でかわしつつ、神山はやがて来るであろうその時を待ち続ける。

そして……、

 

「……ぐっ!! ……はぁ……はぁ……!!」

 

戦闘開始から4分。

それまで競技場を暴風のように暴れまわっていた漆黒の鎧が、突如その脚を止めた。

全身からは一斉に熱せられた蒸気が噴き出し、片膝を突いてサーベルを杖代わりに息を整えている。

予想通りだった。

ブリドヴェンの構造、ランスロット自身の戦い方。

それはいずれも強敵との1対1の勝負ではなく、1対多数の集団戦に特化したものになっている。

降魔に対してはほぼほぼ一撃で。

そうでなくとも指揮官に該当する敵に対しては速攻で決着がつくように、先手必勝の短期決戦を挑むスタイルなのだ。

初手からありったけの霊力を練りこんだ剣戟で絶え間なく仕掛けてきたのも、うまくいけば最初の突撃で敵の数を減らそうと考えていたからだろう。

こうした相手には、真っ向から迎撃するよりももっと効果的な方法がある。

それがこちらから攻撃を仕掛けず、ひたすら相手の攻撃をいなし続けるというものだ。

どんな生物でも生物である以上体力が存在し、それが枯渇すれば疲労状態に陥る。

ましてや霊力という希少な力を霊子水晶に注ぎ込んで機械を動かしているのだから、その消耗は計り知れない。

最初にアーサーが告げた5分の刻限を待つつもりでいたが、どうやら先に相手の鎧が音を上げてしまったようだ。

 

『おぉっと、これは誤算か!? ランスロット隊員のブリドヴェン、ここに来てオーバーヒートを起こしてしまったようです』

 

競技場をどよめきの声が包んだ。

無理も無い。

常勝無敗、百戦錬磨の異名を欲しいままにしてきた円卓の騎士の一角が、あろうことか自滅に至ったのである。

これで状況は3対2。

加えて大盾を装備したギネヴィアは明らかに接近戦に向いたタイプではない。

これならば実質脅威となるのはアーサー一人。

不完全ながら、戦局はこちらへ傾いたとさえ言えるだろう。

 

『帝国華撃団3名を相手に善戦したランスロット隊員でありましたが、これ以上の競技続行は困難と見られます。従ってこの時点で、ランスロット隊員は離脱ということに……』

 

「まだだっ!!」

 

だが、最早沈黙しかけた鎧の中で、黒騎士は尚も吼えた。

 

「まだやれる……。まだ、まだ私は戦える!!」

 

部品が限界を起こし、火花が散る鎧を強引に動かし、ランスロットが再び剣を構える。

もし内蔵された霊子核機関に深刻なダメージが発生すれば、場合によっては霊子水晶の爆発に巻き込まれる可能性すらある。

その危険すらも侵して尚も立ち上がるというのか。

一体何が彼女をそこまで駆り立てるというのか。

 

「私は負けない! 絶対に、負けるわけには行かないんだっ!!」

 

先ほどまでとは比にならない、視認できるほどの濃度の霊力が、両手の刃に輝きを与える。

 

「聖なる泉に零れし清らかなる雫よ。今この刃に集い、敵を滅せよ!!」

 

地を蹴り跳躍した漆黒が、双剣を頭上に掲げる。

刀身に集まる霊力は水の如く膨らみ、断罪の光となって天に宿った。

 

「パニッシャー・アロンダイトオオオォォォッ!!」

 

「……やむを得ん!!」

 

瞬間、動いたのは神山だった。

二刀を交差させ、天上の閃光に真っ向から挑む。

そして……、

 

「た、隊長!?」

 

「神山! 大丈夫か!?」

 

一瞬視界が閃光に阻まれ、神山の安否を案じる隊員達。

だがやがてその先に見えた光景に安堵する。

無限は、間一髪で漆黒の双剣を押さえ込んでいた。

そして相対する黒騎士は、全身から煙を上げて沈黙していた。

最早自力で動くことも叶わないだろう。

 

「ランスロット隊員、これ以上の戦闘は不可能だ。貴女も分かっているだろう」

 

「う……、うう……!!」

 

最早檻となった鎧の中で、黒騎士は感情に肩を震わせていた。

神山は、務めて穏やかに戦線離脱を訴えかける。

これ以上の戦闘は、何より彼女が危険だ。

 

「……ダメだ……」

 

搾り出すように返ってきたのは、躊躇いだった。

 

「ダメなんだ……全部……全部私が倒さなきゃ……、あの子に戦わせちゃ……ダメなんだ……!!」

 

「どういうことだ? ランスロット隊員、何が……?」

 

それは勝利に固執する未熟な騎士の未練ではない。

自分達の知りえない事情から、危険を侵してでも戦い続けなければならない者の恐怖だ。

その正体を問いただそうとする神山。

だが、その奥から放たれた厳とした声がそれを許さなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「刻限だ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「!?」

 

葛藤に潤んだ瞳が、恐怖に見開かれた。

まるで定められた罰が決まった囚人のように、黒騎士が恐怖に震え始める。

 

「おい、一体どうした!?」

 

「ランスロットさん!?」

 

明らかな彼女の異変に、初穂もミライも身を案じる。

その時だった。

 

「ぐあっ!?」

 

「神山!?」

 

それまで沈黙していた漆黒のブリドヴェンが、突如弾かれたように眼前の無限を組み敷いた。

両腕に双剣を突き刺し、その上から押さえ込む。

だが一連の行動がかの黒騎士の意思でないことは、彼女の様子から明らかだ。

 

「……いや……、そんな……いや……いや……!!」

 

「拝聴せよ、英雄王の名の下に、ここに王命を言い渡す」

 

知る限りの紳士然とした彼とはまるで別人のような、威厳に満ちた声がその場を支配する。

その場の誰もが、まるで魅入られたかのように動けない。

自らの一挙一動側さえ、彼の許し無くして行うことが許されないかのような、そんな感覚だった。

 

「その気高き心を以って数多の悪魔を討ち取った偉大なる騎士ランスロット」

 

「ひっ!?」

 

何かに怯えていたランスロットが、凍りついたように声を失う。

瞬間、一つだけ理解する。

彼女がここまで恐れているのは、かの英雄王その人なのだと。

 

「円卓の騎士王アーサーの名において、ここにその名誉を讃える」

 

「……イ……エス……、マ……マイ……ロー……」

 

途切れ途切れに服従の言葉を返すランスロット。

その背後に、巨大な光の柱が出現した。

それは、英雄王が天に掲げた聖剣から伸びた光だった。

まさか……、

 

「英雄王アーサーの名の下に、栄誉ある安らかな死を」

 

「……、……!!」

 

すべてを理解した一瞬、我に返った神山は、自身の霊子水晶にありったけの霊力を練りこんだ。

そして……、英雄王の名の下に審判が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「オーバーロード・エクスカリバーーーーッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

懐かしい夢を見た。

まだ自分が、何も知らない少女だった頃の夢。

仲間と、恩人と、そして最愛の少年と共に平和のために戦った、かげがえのない夢。

遥か3000年という途方も無い時の輪廻の中で、ようやくめぐり合えた彼と家族になる夢。

自身に宿った命に思いを馳せるたびに、言葉にならない幸せがこみ上げてきた。

ありきたりな、平穏な、待ち望んでいた平和の中で、幸せを噛み締めながら生きていく。

そんな、あまりに儚い夢を見た。

 

「あ……」

 

ふと、光に消えた笑顔が、見慣れた天井に塗り変わった。

瞬間、横に置かれた粗末な人形のような置物が、せわしなく手に下げたベルを鳴らし続けていた。

 

「おー、お目覚めみたいやな。流石『目覚ましくん』はええ仕事してくれるわ」

 

その声を聞いた一瞬、夢の中で感じた懐かしさが、唐突に蘇った。

もう何年も会えずにいた、遠い島国の戦友の声だった。

 

「よっ、おはようさん。久しぶりやなエリカはん」

 

「紅蘭……さん……」

 

トレードマークの眼鏡とそばかすはそのままに、体つきの良くなった彼女を、エリカ・フォンティーヌ・モロボシは知っていた。

李紅蘭。

かつての帝国華撃団花組隊員にしてメカニックの兼任者。

そして古巣で立ち上げた上海華撃団の総司令も務めていた女性だ。

隣には見慣れない男性の姿もある。

 

「しばらく会わん内に、ちょっと痩せたんちゃう? キレイな髪も短くしてもうて……」

 

「ど、どうしてここに……?」

 

倫敦華撃団と共にこの帝都に来たことを、ましてやこのホテルに滞在していることを、エリカはかつての関係者に誰にも伝えていなかった。

元々エリカが帝都に渡ったのは、ある偶然によるものだった。

移り住んだロンドンの小さな教会に保護した一人の少女が、件の円卓の騎士に入隊し、かつての自分のように平和のために戦う戦士になった。

あれから10年。

世界の脅威こそ落ち着きを見せたものの、未だ帝都では降魔事件が耐えない。

最早霊子甲冑すら持たない今の自分に出来ることを模索したときに思いついた唯一の方法が、自身の霊力で人々を治癒する医療支援だった。

結果として年幼い娘を連れてこなければならなかったことが痛手ではあったが、黙って何もしないままでいることを、エリカという人間は出来なかった。

10年前に、命を懸けて戦ったあの人たちに、必ず帰ってくると約束してくれた最愛の彼に、少しでも応えるために。

 

「今の帝都月組から情報貰うてな。元々倫敦の設立云々できな臭い話が上がっとったさかい、ウチらも張り込んでたんやけど、まあビンゴやったわ」

 

そう言って部屋の隅を顎でしゃくる。

そこには黒ずくめのスーツにサングラスをかけた屈強な男達が布団のように積まれていた。

全員が全員たんこぶや青タン姿でのびているところを見ると、手荒い歓迎を受けていたようだ。

 

「外部に情報が漏れたと察知した円卓の騎士の支援貴族らが、交渉材料として君の身柄を狙っていたようでね。本当は外交で解決できればよかったんだけど」

 

「しゃあないやろ、最初に奴さんがハジキ向けて来たんやで? 大人しく蜂の巣になれっちゅうんか?」

 

「しかしまあ、WLOFと必要以上に軋轢を起こせば中国政府にも影響が……」

 

「ほんならしばらく中国人やめたったらええねん。大体何処の誰やったかいな? ろくに準備もせんと怪しい病院に乗り込んであっさり捕まったどこぞのアホ社長は」

 

その言葉に紅蘭を嗜めようとした男性はばつが悪そうに黙り込んだ。

強い、と思う。

共に最愛の人と離れ離れでありながら。

わが子を一人で育てながら。

彼女は何故、ここまで心を強く持てるのだろう。

ましてや紅蘭の愛息は、自らの意思で父親と同じ華撃団の一員として生きる道を選んだという。

自分ももし娘が望むなら、人々の希望のために戦う未来があってもいいかもしれない、そう思っていた。

だが……、

 

「エリカはん、それでええねんで?」

 

ふと、紅蘭が優しい声で語りかけた。

 

「頭でなんぼ分かっとっても、母親っちゅうんは子供を大げさに心配してまうねん。ウチの子やら無鉄砲やし何か発明しては爆発さすしで誰に似たんやろか……」

 

「鏡があるが貸そうか?」

 

「せやからあんな形で巻き込まれる子供が心配で苦しいのも当たり前や。ただ、そこで子供を守るために踏ん張らなアカンねん」

 

「紅蘭さん……」

 

何もかも見透かしたように、紅蘭の言葉は心のつっかえをあっさりと取り除いてくれた。

やはり、彼女は凄いと思う。

女性としても、人としても、そして母親としても。

 

「ハイこちら元上海華撃団。……ああすみれはん、こっちは予定通りやで。……了解や」

 

唐突に紅蘭の端末に連絡が入った。

そうだ、帝国華撃団は現在すみれが指揮を執っていた。

こうして人目もはばからず連絡を入れたという事は……、

 

「試合中に重傷者発生。連盟は継続して試合を強行、だそうや」

 

瞬間、自分でも信じられないくらいに素早く、頭が判断していた。

もしかつての装備でいたなら、マシンガンを取り出していただろう。

 

「連れて行ってください! 娘達は、私が守ります!!」

 

「決まりやな」

 

差し出された手を、力強く握り返した。

 

 

 

 

 

 

 

 

「イデデデデ!! 加減してーや!!」

 

「あ~ん、ごめんなさ~い!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

華撃団大戦の会場は、混乱の最中にあった。

アーサーの放った一撃は漆黒の鎧諸共に銀色の無限を包み込んだ。

だがその一瞬、無限は眼前の少女を咄嗟に突き飛ばし、その身に裁きのすべてを受けたのである。

 

「う、うう……」

 

霊子水晶に損傷を受けた無限は大破。

神山自身も意識こそあったが、爆撃の衝撃で重傷を負い、離脱を余儀なくされた。

 

「隊長!」

 

開いたコックピットから引きずるように這い出る神山。

隣のミライが駆け寄ろうとするが、無言のまま手で制する。

怒りに震えるその目は、英雄王に向いていた。

 

「何のつもりだ?」

 

「死の名誉を讃えたまで」

 

「ふざけるなっ!!」

 

微塵も悪びれないアーサーに、抑えていたであろう怒りが波浪のように爆発した。

あの男は、仲間の命をまるで省みていない。

使えなければ迷わず斬り捨てる、捨て駒程度にしか考えていないのだ。

そして何より神山が許せないのは、ランスロットと、そしてギネヴィアにも施しているであろう『何かの誓約』だった。

 

「名誉の死だと……? 王命だと……? 聖剣の力で無理やり従わせた誓約に、何の意味があるって言うんだ!?」

 

「不敬な。我ら円卓の騎士の誇りを否定するつもりか? 我らは神の御前にて人の名を捨て騎士として生まれ変わった。その瞬間から邪な雑念など必要ない」

 

あの瞬間、神山は確かに見た。

死の名誉を受け入れたはずの少女の口元が、助けを求めていたことを。

 

「お前が攻撃を加えるとき、彼女は、ランスロットは確かに助けを求めていた! 同じ仲間に襲われる恐怖におびえていた! そこにいる聖女とやらも、まるで挙動に人間味を感じない!! アーサー!! 彼女達に何をしたんだ!!」

 

これまで様々な人間を見てきた神山誠十郎の、第六感が告げていた。

円卓の騎士は若き高潔な意志が集った気高き騎士道を重んじる集団ではない。

聖剣を握る男がまるで操り人形のように人々の自我を殺し、騎士を演じさせる狂気の部隊だったのだ。

 

「騎士とは常に他者を重んじなければならない。無様に生きる恥を晒すより、名誉ある死を賜る事こそ騎士道」

 

「お前一人の価値観を押し付けるな! その志に賛同して集まったのならともかく、無理やり従わせているなら洗脳と同じだ!!」

 

「何がおかしい? 我々は悪魔共から世界を守るために存在する。惰眠を貪るお友達集団ではない。同志の屍が増えようと、勝利のためなら安いものだ」

 

倫敦華撃団は、戦場の死を恐れない。

死すらも最高の名誉として受け入れる。

かつてアナスタシアからその話を聞いた時から、神山は心の中で危惧していた。

先代の信念を守り、全員絶対帰還を至上命題とする花組の理念を、その話は根底から否定するものだったからだ。

だがしかし、まさか西欧の誇り高き騎士団が狂気の暴君に支配された傀儡組織だとは思ってもいなかった。

これならば先ほどの自身を省みずに戦い続けようとするランスロットの心情も理解できる。

彼女は、あの聖女に祭り上げられた少女を守りたかったのだ。

この騎士団の真実を知るものとして、逃れられない鎖を埋め込まれた自分を犠牲にしてでも、彼女だけは守りぬくつもりでいたのだ。

そしてその決意すら、英雄王は一太刀に切り捨てた。

 

『その通り!! 華撃団はお遊戯ではない。 如何なる犠牲を払おうとも、約束された勝利を齎す!! 気高きアーサー団長の決意に、私は応えたい!!』

 

もはや狂気とも言うべき暴君に諸手を挙げて賛同したのは、やはり華撃団連盟を操る独裁者だった。

瞬間、理解する。

あくまで勝利至上主義に傾倒し、仲間の命を軽んじるというならば、自分達が連盟と手を握る日は永遠に来ないだろうと。

 

『WLOF事務総長権限において命ずる! 引き続き帝国華撃団と倫敦華撃団の試合を続行! そして帝国華撃団が敗北した暁には即時解散を言い渡す!!』

 

「くっ……!」

 

ハッキリ言って状況は絶対的に不利だった。

戦闘不能となった自身は言わずもがな、初穂もミライもランスロットの猛攻で少なからぬダメージを受けているのに対し、相手はまるで無傷である。

加えて先ほどの強烈無比な一撃。まともに喰らえば無事ではすまないだろう。

何か有効な策はないかと、神山は少ない時間で思案する。

が、それは意外なところから否定された。

 

「手出しは無用だぜ隊長さん。こういう奴にはとっておきのやり方があるんだ」

 

「初穂……」

 

「真正面からやっつける、ですよね!」

 

「ミライ……」

 

自分を庇うように並び立つ2機の無限は、僅かな恐れさえ抱いていなかった。

もとより正義感の強い二人のことだ。

すべてを知った今、仲間の命を簡単に切り捨てる暴君を、許すわけには行かなくなったのだろう。

 

『時に非情なまでに勝利を求めるアーサー団長に対し、あくまで全員生還をいうスローガンを覆さないという帝国華撃団! 今回の対戦は、最早一華撃団同志ではなく、華撃団そのものの正義の在り方を問う様相を呈してまいりました!!』

 

「残念だよ。君達もまた、騎士道を体現できない愚者に過ぎなかったということか。もう少し賢い判断が出来ると思っていたけれど」

 

「なめんなよ。アタシらの掲げる全員生還は、先代花組から受け継いだ信念だ! 英雄王だか何だか知らねぇが、そんなもんクソ喰らえだ!!」

 

「愚者と呼ばれても構いません。勝利の為に、仲間を見捨てることが賢いというなら、僕は一生バカのままでいい!!」

 

言うや、2機の無限が地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

再び始まった熾烈な戦いを尻目に、一人の初老の男が自室でうろたえながら身支度を整えていた。

しがない没落貴族として生きてきた彼がここに来た理由は、偏に取引によるものだった。

 

『こちらにつけ。さもなければヴァージン諸島における全てを暴露する。一族郎党無事でいられると思うな』

 

切っ先を突きつけて迫る男にあっさりと屈し、以来この傀儡組織の審判員として立ち回り続けてきた。

だがその結果はどうだ。

頼みの綱であった黒騎士は恐らく再起不能に陥り、秘匿されていた情報はリークの果てに海外に掴まれ、たとえWLOFの傘下にあっても世界を敵に回しかねない状況。

冗談ではない。もう一度上流貴族に返り咲くために話に乗ったというのに、社会の敵となっては一巻の終わりだ。

こうなったら持てるだけの財産で身を隠し、ほとぼりが冷めた所で被害者を装って伯林あたりに泣きつけば良いだろう。

沈み行く船に巻き込まれるなど死んでもごめんだ。

 

「よし、あとは聖杯を……!!」

 

必要最低限の荷物を纏めて部屋を後にしようと立ち上がる。

だがその時、異変が起こった。

 

「な、なんだ!?」

 

突如室内の空間がグニャグニャと骨抜きになったようにゆがみ始めた。

瞬く間に壁と天井と柱の境目が曖昧になり、絵の具を混ぜたかのようにかき混ぜられていく。

そして……、

 

「……いよ……痛いよ……」

 

「家に……母さん……」

 

四方八方から、怨唆に塗れたうめき声が溢れ始めた。

瞬間、全身の毛が逆立つ。

何故なら自分は知っているからだ。

そのうめき声たちの正体を、そして断末魔たちの末路を。

 

「ば、バカな……! 何故今になって……!!」

 

まさか器からあふれ出したのか。

何処までも役に立たない暴君め。

共倒れなどしてたまるものか。

 

「ええい煩い!! 私はこんなところで終われないのだ!! 今度こそ巨万の富を得て……!!」

 

そこまで叫んだときだった。

ない。

大事に持っていたはずの聖杯が、ない。

 

「ほう、随分と魂を溜め込んでいる。中々面白い玩具ですね」

 

「なっ!? き、貴様は……!!」

 

背後の声に振り返り、言葉を失った。

顔のあらゆる器官を失い、何本もの管を伸ばした顔。

巨漢を思わせるほどに肥大化し、病的なまでに青白い四肢。

まさか、開会式に現れたという上級降魔か。

 

「本来は陰火の得意分野ですが……、これなら楽しく遊べそうです。感謝しますよ」

 

「……そ、そうだ! 私はあの暴君に脅されていたんだ! それを渡すから、奴らを消してくれ!」

 

友好的な態度に、秘策を思いついた。

そうだ。何も他所の国に固執することはない。

この降魔こそ、この地上で今最強の存在ではないか。

その庇護に入ってしまえば、たとえこれまでの悪事が露見したところで痛くもかゆくもない。

自身の処世術を使えば、この化け物のコミュニティで成り上がることも……。

 

「では、対価をいただきましょうか」

 

「ああもちろんだ。金か? 宝石ならここにいくらでも……!?」

 

そう言って袋から隠して金属類を取り出そうとした時、突如周辺が暗闇に覆われた。

だが男の口から悲鳴は出ない。

それもそのはず。

何故ならその瞬間、男の頭は異形の手によって握りつぶされていたのだから。

 

「貴方の魂で結構です。これで丁度満杯ですね」

 

赤黒い血を垂れ流すばかりの死体に、興味なさげに異形は呟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

殺到する2機の無限を前に、英雄王は微動だにしていなかった。

まるで敵としてさえ認識していない佇まいに、容赦なく同時に切りかかる。

だが次の瞬間、ブリドヴェンを守るように金色の波動がバリアとなって展開され、攻撃を弾き返した。

理由はすぐに分かった。

王の隣に控える聖女である。

 

「無駄だ。我が傍らに聖女ある限り、王に傷つけることなど叶わぬ」

 

再び聖剣が天に掲げられる。

恐らくもう一度先ほどの一撃を加えようというのだろう。

その霊力の集約が終わるまで、聖女のバリアで身を守ろうというわけだ。

 

「笑わせるぜ。結局部下を盾にして、自分だけ安全な場所で攻撃してるだけじゃねぇか」

 

「王とは絶対的存在。王に劣勢などあってはならない。敗北など以ての外」

 

「何故貴方はそうやって、仲間すら見捨てて勝利ばかりに拘るんですか!? 自分の為に他者に犠牲を強いるなら、貴方も降魔と同じだ!!」

 

「王のために死ねるのだ。この上ない名誉である」

 

いつになく強い言葉で非難するミライに、さも当然のように返すアーサー。

その間にも英雄王の聖剣には黄金の霊力が集まりつつある。

させまいとバリアに絶え間なく攻撃を加えているが、強固な霊力により生成された障壁には効果的なダメージが入っていない。

そして……、

 

「終わりだ。王の前に跪け、帝国華撃団!!」

 

再び集まった裁きの光が天へとのびる。

最早万事休すかと思われた、その時だった。

 

「……あぁっ!?」

 

それまで人形のように無言を貫いていた聖女が、突如悲鳴と共に倒れこんだ。

瞬間、王を包んでいた絶対防御の黄金が、消えた。

 

「な、何だと!?」

 

これに驚いたのはアーサーだった。

何せ攻撃を加えるために練り上げた霊力は膨大極まりなく、すぐに防御体制に移ることも出来ない。

千載一遇の逆転のチャンス、逃す帝国華撃団ではない。

 

「行くぞミライ!!」

 

「はい!!」

 

既にバリア破壊の為に至近距離まで間合いを詰めていた二人は、同時に聖女を押しのけて王の鎧に殺到する。

 

「くっ、なめるなぁ!!」

 

苦し紛れに強引に剣を振り下ろすアーサー。

だがその軌道は、あまりに単調で読みやすい。

 

「そこです!!」

 

当たればまともには受けきれないだろう一撃。

だが割って入ったミライの光剣に、それは封殺された。

 

「今です、初穂さん!!」

 

「おっしゃあ!!」

 

攻撃を封じ込められ、身動きの取れないブリドヴェン目掛け、橙の無限が大槌を振りかぶる。

練りこまれた霊力が、焔色の炎となって燃え上がった。

 

「悪い奴には神罰覿面!! 東雲神社の、御神楽ハンマアアアァァァーーーッ!!」

 

がら空きの腹部に、強烈無比な一撃だ容赦なく叩き込まれた。

衝撃のあまり声すら出せぬまま、競技場の端まで吹き飛ばされたブリドヴェンは、壁に巨大なクレーターを残して倒れ伏した。

 

『こ……これは何という大番狂わせでしょうか!? 一瞬の隙を突いて帝国華撃団の東雲初穂隊員、格上のアーサー団長に強烈な一撃を加えました!!』

 

「く、くそっ!! こんな……バカな……!!」

 

全身から火花を散らし、明らかに起動限界を超えているアーサーの霊子戦闘機。

ギネヴィアのブリドヴェンも反撃の様子を見せない。

この瞬間、戦いの趨勢は決まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

だが……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……何だ!?」

 

それは、やはり何の前触れも無く現れた。

 

「これは……!?」

 

突如鳴り響いた警報と、それを掻き消すようにそれに広がる赤の煙。

間違いない。

この禍々しい妖力の空間は……、

 

「花組本部、応答せよ! 競技場周辺に魔幻空間が展開! 応答せよ!!」

 

反射的に通信機に叫ぶミライだが、帰ってくるのは雑音ばかりで反応がない。

どうやら競技場内と周辺で分断されてしまったようだ。

 

「開会式以来ですね、帝国華撃団。中々面白い見世物でしたよ」

 

「テメェは、獏!?」

 

遥か頭上から降り注いだ声は、見覚えのある上級降魔のものだった。

人の記憶を覗き見て闇に落とす醜悪なる降魔、獏。

だが立ち上がったアーサーは獏自身ではなく、その手にある何かに反応した。

 

「貴様……、何故だ! 何故聖杯を貴様が!!」

 

その言葉に、初めてミライは獏の手に何かがあることに気づいた。

聖杯、というものが何かは分からないが、なにやら高級なグラスのように見える。

だがそれ以上に感じるのは、その聖杯というグラスからとてつもない妖力が溢れているということだ。

 

「近くでネズミが一匹騒いでいたもので。そいつの魂を混ぜたら丁度一杯になりましたよ」

 

「メヌウ……、ぬかったな……!!」

 

「獏! 一体何をするつもりだ!?」

 

「知れたこと。こうするんですよ!!」

 

言うや獏はもう片方の手に生み出した妖力の波動で聖杯を包み込むと、上空へ放り出した。

瞬間、四方八方に電撃が迸り、周囲を無差別に破壊していく。

その時だった。

 

「あ、あれは!!」

 

最初に気づいた初穂が驚愕の声を上げた。

何と少女を乗せたブリドヴェンが聖杯に引きずり込まれたかと思うと、巨大な怪獣へと変貌を遂げたのである。

全身を黒い岩石のような外骨格に覆われた巨躯と、鋭利な牙を生やした顎を左右に供えた凶悪な面構え。

こちらを見下ろすと、口元がニヤリと笑った。

 

「無数の怨念が彷徨う断末魔……。最高の悪夢を味わえそうですね。さあ行きなさい! 我が僕、トロンガー!!」

 

「グオオオオオッ!!」

 

無数の傀儡騎兵を従え、絶望の咆哮が轟いた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

最初に感じたのは、懐かしいぬくもりだった。

真っ白に覆われた世界の中で、何かが羽のように自分を包み込む感覚。

まるで、母親の腕に抱かれているかのような……、

 

「あ……」

 

やがて開かれた瞼に、その顔が見えた。

穏やかに優しく、全てを包み込むように柔らかい、母の笑顔だった。

 

「気がつきましたか、カトリーヌ」

 

「……シスター……エリカ……」

 

彼女の膝の上で眠っていたことを悟ったのは、体を起こしたときだった。

瞬間、眼前に見えた漆黒の鎧を見るや、それまでの記憶が一気に蘇る。

 

「そうだ! ツバサが!!」

 

起き上がるが、すぐにそれ以上進めないと理解する。

何故なら彼女がいるであろう空間は、あの禍々しい球体の波動に包まれていたのだから。

 

「魔幻空間……! まさか、降魔……!?」

 

「娘は……あそこにいるんですね……」

 

人外の力を目の当りにして、僅かも動揺しないエリカ。

その眼差しに、カトリーヌは改めて彼女がかつてこの戦場に生きた戦乙女なのだと実感する。

 

「紅蘭さん、どうでしょうか?」

 

ふと、先のほうで二人に人物が一部分解した霊子戦闘機を前に議論を交わしていた。

男性のほうは分かる。

先ほどまで戦っていた、帝国華撃団の隊長だ。

もう一人の女性は、服装からして中国の人だろうか。

 

「アカンな。霊子水晶もそうやし装甲板自体が歪んでもうてる。もし起動できたとしてもまともに動かれへんで」

 

「そうですか……。まさか前回の反省が仇になるとは……」

 

「仕掛けてくるんは向こうやさかい、後手に回るんは当然や。それに……」

 

そう言って、紅蘭と呼ばれた女性はこちらのブリドヴェンを見て笑いかけた。

 

「こっちは動かせんとまでは、言ってないで?」

 

分からない。

無効はダメだがこちらは動かす、どういうことだ。

 

「カトリーヌ」

 

状況の飲み込めないカトリーヌに、エリカが真剣な眼差しで語りかけた。

 

「あの子を……ツバサを助けるために、貴女の力を貸してください」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

閉鎖された空間内で出現した降魔獏との戦闘は、圧倒的不利を通り越して絶体絶命と言って良いほどの窮地に追い込まれていた。

見渡す限りの傀儡騎兵の軍勢に、中央を陣取る再生怪獣トロンガーの電撃攻撃。

2機の無限はそれぞれ背中を守りあうように迫り来る軍勢を迎撃するも、際限なく現れる傀儡騎兵に徐々に追い詰められつつあった。

そして、それは彼もまた同様であった。

 

「どけっ!!」

 

剣を一閃し、眼前の傀儡を纏めてなぎ払う。

これまで作戦上、一個大隊に匹敵する降魔たちを相手にしてきたことも少なくはない。

だが平坦な地形で身を隠す場所もなく、背後を取られるような悪条件は経験したことがない。

ましてや今まで戦闘の大部分はランスロットが担っていたこともあり、ブランクのある最前線は大きな負担となってのしかかっていた。

加えてブリドヴェンも無限も今の今まで真剣勝負でぶつかっていた状況だ。

ただでさえ満身創痍の霊子戦闘機3機でこの無数の敵を撃退するなど、無謀以外の何者でもない。

そして、

 

「……嫌だ……嫌だ……」

 

「ああ……目が……腕が……」

 

「くっ……!!」

 

敵を切り伏せるたびにどす黒い波動のようなものが空間に広がり、何処からともなくおぞましい声が反響する。

その内のいくつかに、アーサーは聞き覚えがあった。

 

「フフフ、踏ん張りますねぇ。流石に無数の血に贖われた玉座は、そう簡単に奪われてはたまりませんからねぇ」

 

「っ! 貴様、何を……!!」

 

「受け継がれた高貴な血統……、由緒正しき精錬の鎧……、そして自らを律する誓いの言葉……。 どんなにそうしたまやかしに身を包んでも、隠し通すことは出来ない」

 

「黙れ!!」

 

「何故なら……、人間とは生まれながらにして醜悪な存在なのだから」

 

「黙れえええぇぇぇっ!!」

 

怒りに身を任せた一閃が、周囲の雑兵を纏めて吹き飛ばす。

だが同時に、怨念の合唱が勢いを増した。

 

「ハハハ……、ここまで……間抜けめ……」

 

「嘘だ……、……で、彼女が……!!」

 

「……魔だ……を殺……!!」

 

「うっ……! 違う……!!」

 

「最初から……訳ないだろ……」

 

「……でなければ……、英雄で……」

 

「どうせ獣と……何が……」

 

「違う……違う……!!」

 

脳内に巣くう悪夢の記憶が掘り起こされる。

必死に頭を振る瞬間、聞き覚えのある声が流れてきた。

 

「……トリア……、アストリア……」

 

それは、幼い少女の声だった。

瞬間、王の聖剣が音を立てて落ちた。

憤怒の形相は凍りつき、たちまち全身が震え始める。

 

「アストリアさんは……立派な騎士に……」

 

「私は信じてます! きっと……きっと……!!」

 

「あ……、ああ……!!」

 

やがてそれは全身を黒の邪念となって包みこみ、

 

「……ヴ……ゾ……、……ヅ……、……ギ……」

 

「ああああああああああぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁあぁぁ……!!」

 

決壊した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「アーサー!? クソッ! 一体どうなってんだ!?」

 

突然のアーサーの発狂としか思えない豹変に、混乱を隠せない初穂。

ミライもただ事でないことは察していたが、大群の迎撃に手一杯で返事を返す間もない。

その時、突如空間の外部から一閃した斬撃が、周囲の傀儡騎兵を吹き飛ばした。

斬撃はそのままかまいたちとなって直線距離の敵を纏めて吹き飛ばしていく。

今度は一体何者か。

振り向いた先に見えた漆黒の鎧に、疑問は氷解した。

 

「大丈夫!? 帝国華撃団!」

 

「ランスロット! それに、あの時のシスターさん!?」

 

ランスロットに続いて空間内に入ってきた思いがけない人物に、初穂は驚きに目を疑った。

無理もない。

あの開会式直前の挨拶にホテルを訪れたとき以来会っていなかったし、名前も知らなかったのだ。

まさか倫敦華撃団の関係者だったとは、夢にも思っていなかった。

 

「ツバサは……、娘はどちらに?」

 

優しげな声のまま、凛とした表情で問われる。

気づいたのは、ミライだった。

 

「まさか、あの聖女と呼ばれた子が……!」

 

思わず怪獣に目線を移すミライ。

それを追った先に見た光景に、シスターは全てを察したようだった。

 

「お願いします。私を……、娘の下へ連れて行ってください……」

 

その言葉に、初穂もミライも悟った。

彼女が生身でこの戦場に来た理由を。

そしてその果たすべき目的を。

 

「……じゃあ、私は足止めをしておくよ」

 

ふと、ランスロットが横に進み出る。

そこには、最早面影すらも無くした王であったものがこちらに殺気を向けていた。

 

「……殺す……、殺す……、殺してやる……!!」

 

「どうやら正気じゃなさそうだし、助けてもらった借りがあるもんね」

 

「ありがとうございます、ランスロットさん」

 

「シスター! しっかり掴まってな!!」

 

シスターを肩に乗せ、怪獣目掛け突進する無限。

それを確かめると、ランスロットは構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それを知ることが出来たのは、偏に偶然だった。

エリカと共に突入を開始する前、帝国華撃団に突如として連絡が入ったのだ。

内容は、総司令が倫敦在住の迫水なる知人からリークされたという、円卓の騎士設立の真実と、その影に隠された一つの悲劇。

図らずも耳に入れた瞬間、ランスロットは全てを理解した。

英雄王が何故、仲間の命をも平然と斬り捨てる暴君になったのかも。

 

「うおおおおっ!!」

 

「はああああっ!!」

 

アーサー、真名はアストリア・アシュフォード。

アシュフォード家の次男として生まれ、3歳年上の兄マクベスと共に育った。

剣術においては兄を超える才を持ちながら、指揮に長けた兄こそ円卓の騎士を率いる器であると団長を固辞。

そのため将来は参謀として兄を支えるはずであったが、結成直前の事件において兄が戦死し、団長に就任した。

これが、誰もが知りうる英雄王誕生の歴史であった。

 

「死ねえええぇぇぇぇっ!!」

 

「遅い!」

 

だがその事件、ヴァージン諸島で発生した最後の降魔殲滅作戦には、恐るべき陰謀が隠されていた。

50日にも及ぶ降魔の執拗な襲撃。

しかし実際に降魔が進行を続けていたのは6日程度。

その間に遠征した円卓の騎士たちは、異国の学者の協力を得て、ある実験に着手していた。

帝都の生物学の権威であった、故・真田康弘教授である。

そして実験とは、降魔の細胞を保護した先住民に移植したのちに解剖・殺害するという人体実験だった。

 

「ぬああああっ!!」

 

「ブレブレよ!」

 

それは利害の一致による協力関係だった。

真田教授は降魔の細胞による実験データ確保のため。

団長マクベスは霊力を蓄えることで所有者の力を増幅するという『聖杯』に贄の血を集めるため。

そして無数の降魔を撃退し続けたという偽りの栄誉に私腹を肥やすため。

悪魔から人々を守るという大義名分の下で、彼らは密かに非道な殺戮を繰り返していた。

そして運命の日はやって来た。

兼ねてから参加を熱望していたヴァージン遠征に、何も知らないアシュフォード家の次男が同行することになったのだ。

 

「返せ……!! グィネを……グィネをおおおぉおぉぉ……!!」

 

現場で発見された最も新しい人骨は、推定8歳前後の少女のものということだった。

彼は目の当りにしたのだろう。

親しくなった現地の少女が、狂気の実験の果てに惨たらしくその生を終えた瞬間を。

 

「そうだ!! お前達は悪魔になったんだ!! 高貴な血を引きながら……、騎士の鎧に身を包みながら……、人々の平和を守ると誓いを立てながら……、心の腐った醜い悪魔に成り果てていたんだ!!」

 

「アーサー……」

 

「これが……これが……、僕がずっと憧れ続けていた、円卓の騎士の正体かあああぁぁぁっ!! 消えうせろおおおぉぉぉっ!! 悪魔共めえええぇぇぇっ!!」

 

その遠征で、アーサーを除く団員は全て殉教した。

後に加わった騎士たちは、いずれも団長と誓いを立てていた。

あらゆる欲を捨て、人々の平和の為に己の全てを捧ぐ事。

分け隔てなく平等に接し、何者にも弱音を吐かぬ事。

有事には自ら死地へ赴き、死を名誉と喜ぶ事。

 

「そうだ……。人は弱い……醜い……、ならばそんな心など要らない……。心があるから欲が生まれ、欲を持つから悪魔になるんだ!!」

 

「……」

 

「だったら僕が体現してやる! 平和のためだけに生き、名誉のために死ぬ理想の騎士団を!!」

 

地獄を味わった彼が唯一見つけた贖罪の道は、人間は心ある限り悪魔であり、それをなくして初めて騎士となれるというものだった。

 

「出来やしないよ、アーサー。今のままじゃ、永遠に理想の騎士団なんて出来っこない」

 

「邪魔をするなあああぁぁぁっ!!」

 

かつて地獄で叫んだであろう悲鳴をそのままに、理性すらなくして突撃する王の鎧。

幾度と無く恐れ、時には殺意さえ抱いた今の彼にランスロットが抱く思いは、哀れみだった。

 

「人を信じられなくなった今のアンタに、人を守れるわけないだろうがっ!!」

 

一撃だった。

すれ違い様に振るった二刀が、青の鎧の両腕を切り落とした。

瞬間、まるで糸の切れた人形のように、王は黙したまま地に伏した。

 

「……背負ってやるよ。私も、一緒に……」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

エリカを肩に乗せた初穂を背後に庇い、ミライは猛スピードで最前線の敵に突撃をかけた。

何せ初穂の大槌による攻撃は威力もさることながら衝撃も半端ではない。

生身の人間を乗せて走ることなど想定しているはずも無い。

ならば可能な限り彼女が戦わずに済むように先陣を切るのが役目である。

 

「希望の未来に、描くは無限の可能性! ホープ・ザ・インフィニティーッ!!」

 

左腕に生み出した光剣を、無限の文字を描いて放つ。

閃光の斬撃は、前方の傀儡騎兵を多数巻き込み、怪獣の足元で爆ぜた。

 

「グオオオオッ!!」

 

今の衝撃を威嚇と取ったか、トロンガーは咆哮と共にこちら目掛け電撃を放ってきた。

だが、それはミライの狙っていた反撃だった。

 

「(今だ!!)」

 

眼前に迫る電撃に身を投げ出す。

背後に聞こえる声に心の中で詫びながら、ミライは左腕の宝珠を掲げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メビウーーーーーースッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

雷撃を掻き消す光と共に、白銀の無限を抱きながら、巨人は姿を現した。

未来を変える可能性を秘めた光の巨人、ウルトラマンメビウスである。

 

「来てくれたか、メビウス!!」

 

「光の巨人……。あれが、メビウス……!」

 

「セアッ!!」

 

橙の無限を庇うように怪獣と対峙するメビウス。

先に仕掛けたのは怪獣だった。

 

「グオオオオッ!!」

 

「スァッ!」

 

口から電撃が放たれる瞬間を狙い、至近距離からメビュームスラッシュを放つ。

普段は牽制技でしかないが、攻撃の隙を突いて放てば有効打になりえるのだ。

 

「グオオッ!?」

 

不意を突く反撃に思わずたじろぐ怪獣。

その隙を逃さず、メビウスは力を蓄えた左腕を振りかぶり、怪獣のどてっぱらに突き刺した。

かつてグロッシーナに取り込まれたクラリスを覚醒させるために用いた必殺技、『ライトニングカウンター・ゼロ』である。

 

「ハアアアア……!!」

 

体内に突き刺した腕にエネルギーを集中する。

このままエリカの娘が覚醒すれば……、

 

「グオオオオッ!!」

 

「ゥアッ!!」

 

だがその前に、トロンガーの容赦ない反撃が襲い掛かった。

竹箆返しとばかりに至近距離からあびれられた電撃に、およそ4万トンの巨体が易々と吹き飛ばされる。

 

「メビウス!!」

 

「クッ! スァッ!!」

 

初穂の声に起き上がるも、続けざまに遅い来る電撃に横に飛んで回避する。

これでは接近することもままならない。

 

「無駄ですよメビウス。以前の小娘の時と違い、トロンガーには小娘のみならず、この聖杯の無数の怨念を吸わせているのです。その状態で意識に触れるなど不可能!!」

 

「クッ……!!」

 

考えうる限り状況は最悪だった。

敵の体内にエリカの娘がいる以上、迂闊に攻撃することは出来ない。

下手に光線を放って爆発に巻き込んでしまえば、考えただけでも恐ろしい事になる。

その時だった。

 

「グゥゥゥゥ……」

 

「な、何だ?」

 

突如、怪獣が元気をなくしたように大人しくなった。

霊子計を見れば、それまで測定不能なレベルの妖力が目に見えて落ちている。

 

「……、シスター……!!」

 

最初に気づいたのは、初穂だった。

自身の肩に立つエリカが、胸の前でロザリオを握り、静かに祈りを捧げていた。

まるで神話の聖母のように、全てを許すかのように。

 

「この期に及んで……、邪魔立てはさせませんよ! トロンガー!!」

 

「グ……オオオッ!!」

 

獏の命令で沈黙していた怪獣が思い出したように電撃を放つ。

だが、それが届くことは無かった。

何故なら割って入った巨人が、身を挺して攻撃を防いだからである。

 

「セアッ!! クゥゥゥゥ……!!」

 

咄嗟に展開したバリアに直撃した電流が激しくスパークを起こし、周囲に飛散する。

最早すぐ側に死が見える状況下において、エリカは微動だにしていない。

 

「この空間に囚われし数多の魂よ……。痛かったでしょう、辛かったでしょう……私には、貴方達の哀しみに寄り添い、祈ることしか出来ません」

 

聖杯から解き放たれ、魔幻空間内に木霊する無数の無念に、静かに子を諭すように語り掛ける。

ロザリオを握る手に、淡い光が宿った。

 

「ですが、神は申されました。全ての命は生まれては終わり、終わっては生まれ、果てることの無い時の輪廻の中にいるのだと。だから……」

 

ロザリオの光が僅かに強まる。

同時に周囲の怨唆が、弱まったように見える。

 

「私は今生の全てを懸けて祈ります。どうか次の輪廻では、皆さんが幸せと思える生に巡り会えますように……」

 

その時だった。

それまでメビウスに絶え間なく攻撃を浴びせ続けていたトロンガーが、再び動きを止めたのである。

それだけではない。

怪獣の中心部分から、エリカと同じ霊力が、淡い光を伴って漏れ出していた。

 

「貴方達の次なる生に」

 

 

 

 

 

「「幸あれ」」

 

 

 

 

最後の言葉に、幼い少女の声が重なった。

その瞬間、信じられないことが起きた。

怪獣の体内に取り込まれた黄金の鎧が光と共に分離し、巨人の腕の中に納まったのである。

 

「ツバサッ!!」

 

静かに地面に下ろしたブリドヴェンに、思わず飛び出すエリカ。

するとそれに応えるようにコックピットが開き、中からツバサと呼ばれた少女が飛び出してきた。

 

「お母さんっ!!」

 

まるで人形のようだった表情が嘘のように、満面の笑顔で母親の胸に飛び込むツバサ。

エリカもまた、両腕一杯に娘を抱きしめる。

娘のためなら危険を承知で戦場まで駆けつける。

まるで奇跡のような親子の愛を、初穂は、メビウスは、まざまざと見せ付けられた。

 

「おのれぇ……、一度ならず二度までも……! 只では殺さん!!」

 

この一連の出来事に憤激しているのが獏であった。

聖杯の怨念をも利用し、勝てると踏んでいた戦況が覆った事実に焦っているのだろう。

自身の妖力を練りこみ、再び怪獣に命令を下す。

 

「こうなれば貴様らだけでも皆殺しにしてくれる!! やれ、トロンガー!!」

 

「グオオオオッ!!」

 

「セアッ!!」

 

取り戻した闘争本能をむき出しに、三度こちらへ襲ってくるトロンガー。

だがツバサを取り戻した今、もう攻撃を躊躇する必要はない。

メビウスも真正面から迎え撃った。

 

「クゥゥゥゥ……、スァッ!!」

 

「グオッ!?」

 

正面から相撲のように組み合うこと数秒、巨人の足が怪獣を掬い上げた。

元から体の大きい怪獣は、ボールのように地面を転がる。

すかさず起き上がる前にメビウスは両腕で怪獣を持ち上げた。

 

「セアアッ!!」

 

高々と掲げた怪獣を、再び脳天から地面にたたきつける。

激しい衝撃に脳震盪を起こしたのか、トロンガーは平衡感覚を失い、立ち上がることが出来ない。

チャンスは今だ。

 

「よし、行くぜ! メビウス!!」

 

「スァッ!」

 

初穂の声に頷き、立ち上がったメビウス。

橙の無限から溢れた神力が、並び立つ巨人へと流れていく。

 

「ハァァァァ……!!」

 

やがて巨人を包む神力は、灼熱の奔流へと具現化され、紅蓮の炎を巨人に宿した。

メビウスと初穂の絆が生んだ強化形態、バーニングブレイブである。

 

「スァッ! ハァァァァ……!!」

 

左腕の宝玉に右腕を重ねるように交差させ、力を集中しながらゆっくりと左右へ広げていく。

すると両腕を囲むように炎の帯が生み出され、眼前に巨大な火球を形成した。

 

メビュームバースト。

 

メビュームシュートを遥かに超える火力で敵を焼き尽くすバーニングブレイブの必殺技だ。

 

「グオオオオオッ!!」

 

「セアアアァァァーーーッ!!」

 

トドメを刺さんと放たれた電撃目掛け、メビウスもまた火球を放つ。

激しい火花を散らしてぶつかり合う二つのエネルギー。

趨勢を決したのは、後者だった。

 

「グオオオオオ……!!」

 

電撃を易々と押し返し、超火力の一撃をまともに受けた怪獣は、数秒苦悶の叫びを上げた後、木っ端微塵に吹き飛んだ。

同時魔幻空間も解除され、元の青空が蘇る。

獏の気配も無い。

恐らくトロンガーが敗れたことで退いたのだろう。

 

「セアッ!!」

 

隔たりの先にいた声が近づくことを確かめ、メビウスは空へと飛び立っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ご苦労だった」

 

周囲を闇に閉ざされた空間で響いた声は、労いだった。

それもそのはず。

最初から命じられていたのは、陽動だったからだ。

 

「蓄えは、順調ですか?」

 

そう問うと、声は論より証拠とばかりに刀身を見せる。

曇り一つ無いその身を包む光は、以前見たときよりその強さを増していた。

 

「あの王様には感謝しなければならんな。おかげでかなり集まった」

 

明らかに機嫌の良い声に、こちらもまた笑みがこぼれる。

きっと今頃、奴らは自分達の勝利だとでも解釈してポーズを決めて盛り上がっていることだろう。

それすらも、こちらの狙い通りであるとは気づかずに。

 

「今のうちに精々夢見ておくと良いでしょう。平和などという束の間の夢をね」

 

<続く>

 




<次回予告>

見えるものだけがすべてではない。

感じたものだけがすべてではない。

だから今貴方の前にいるのは、真実とは限らないの。

そう、こんな風に……

次回、無限大の星。

<夢幻の果て>

新章桜にロマンの嵐!!

嘘だと言ってくれ、アナスタシア!!

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