無限大の星   作:サマエル

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転職が重なり半年間の空白期間。

大変長らくお待たせしました。

ようやく、ようやくです……!!


第9話:夢幻の果て

 

「説明してもらえるかしら?」

 

身を切るような冷たい声が、喉元に突きつけられる。

理由は言わずもがな、眼前に立つ女の殺気だ。

仮面に隠した目元からは、それこそ放たれた刃のようなむき出しの殺意があふれ出している。

それが他ならぬ自身に向けられていることも、自覚していた。

 

「何の話だ?」

 

「命が惜しければとぼけない事ね。貴方はいつあの御方に代わって命令を下せる立場に就いたのかしら?」

 

やはりそのことか。

そう言葉を発せぬまま口元に笑みを浮かべると、それを制するように抜き身の刀が眼前に突きつけられる。

 

「言っとくが、俺が気を回してやらなかったら今頃お前はあの世だぜ? 感謝こそすれ恨まれる筋合いはないと思うんだがな?」

 

「ふざけないで。我々の命は偏にあの御方の為だけに存在するもの。その命に背き、あまつさえ刀身の儀を阻止できぬまま生き恥を晒すなど、一生の汚点だわ!」

 

思えばここまで感情を露にした事は珍しいように思う。

これまで自身を含め上級降魔の中でも抜きん出た実力を持ち、事実上自分達のリーダー格として作戦指揮に当たってきた夜叉。

まるで氷のように冷徹にして氷麗な笑みを浮かべ、瞬きの間に敵を屠るその仮面が崩れた唯一の瞬間が、あの東雲神社における戦闘だった。

 

「汚点……ねぇ。ならあの場で犬死することが、あの御方の意思だと思うのか?」

 

「あの御方の意思……?」

 

返ってきた反応は、やはり軽薄なものだった。

答えが分からないというより、質問の意図が分からない反応だ。

無理もない、と思う。

何故ならこの女は元より、与する誰もが僅かも疑念を抱かない、聖域に等しい統合意識への侵入だ。

他ならぬ自分も、少し前までその一人だった。

 

「少なくとも天宮さくらが現れた段階で、もうお前の勝機は潰されていた。それも相手の策じゃなく機体の性能差だ。あの場で足掻いてどうにかできるレベルじゃねぇ」

 

「それが何? あの御方の栄光の贄となれるならば、あたしは喜んで死を選ぶ!!」

 

「どこがだよ。帝鍵も新たに生み出され、それを振るう天宮の血筋が健在。しかも史上最強の霊子戦闘機を引っさげてきたんだぜ?考えうる限り最悪じゃねぇか」

 

「くっ……」

 

反論できる余地を失い、さしもの夜叉も沈黙を返した。

その姿に、朧もまた仮面の奥に隠した狐のような細い目を更に細めて夜叉を見る。

恐らくはあの大戦を生き延びた上級降魔の一人として自身の前に現れた時、その佇まいに感じたのは畏怖の念だった。

身内の仲間意識は皆無に等しく、あの御方の命に逆らおうものなら即座に刀の錆に消える。

自身の動物的本能がそう絶えず警告を発するほどに、眼前の女からは一部の感情が欠落していた。

だが……、

 

「なあ夜叉。お前が後生大事に守り続けてるあの御方の意思ってなぁ……、いつのもんだ?」

 

「な、何を……!?」

 

「じゃあ質問を変えるぜ。夜叉、お前は一度でもお会いしたことがあるのか? あの御方……『降魔皇』様に」

 

「!?」

 

その名を口に出した瞬間、眼前の女は凍りついたように固まった。

無理もない。

かの大戦で遥か異次元に封印された偉大なる皇の姿を、自分でさえ見たことがない。

当初こそこの女はその実力を見込まれて皇の御前を守護していたのかとも邪推したが、それは見当違いだったようだ。

だとすればこの女は、会った事もない皇の命令を勝手に思い描き、命を懸けて守ろうとしているのだ。

こんな滑稽な話があるだろうか。

氷のように冷たく命を刈り取る女の仮面の下には、まるで生娘のように純粋で一途な女がいるというのだ。

初めてそう思ったとき、気づけば怪獣を伴い、口八丁を交えてまで退かせていた。

あのまま放って置けば目の上のたんこぶだった女を始末して、自身がのし上がれていたかも知れないのに。

 

「それはお前とて同じではないのか、朧よ」

 

変わりかけた空気を戻したのは、聞きなれた低い声だった。

見ればその横には、獏の姿もある。

 

「我らはみなかの大戦を生き延び、人類への報復を託された同志。下手な揺さぶりは綻びを産むことになる」

 

「それに、貴方は無断で駒を一つ無駄にしている身。あまり大きな態度を取らない方が懸命なのでは?」

 

「ケッ、お前らこそあっさり作戦に失敗してるじゃねぇか。魔皇獣やら聖杯やら、大掛かりなことして何の成果も上がってねぇじゃねぇか」

 

話を邪魔された腹いせに、盛大に先の敗戦を当てこする。

上海華撃団との試合に合わせて仕掛けた魔皇獣を用いての大帝国病院制圧と、倫敦華撃団との試合に合わせて仕掛けた聖杯強奪及び華撃団殲滅計画。

その双方が失敗に終わった今、実質的な機能不全に陥った倫敦華撃団以外は未だ健在で、こちらは帝都陥落の中枢を担うはずであった肝心の駒を二つも失っている。

作戦の成功とは程遠い現状を鑑みれば、少なくとも今の自分達に大きい顔が出来るはずはない。

だが、返ってきたのは明らかな嘲笑だった。

 

「フッ……、結局お前だけは何も聞かされていないのだな」

 

「何?」

 

「既に目的の9割は達成されている。次の伯林華撃団との試合で、すべての欠片が揃うのです」

 

どういうことだ。

そう問いかけようとしたとき、陰火たちの奥からもう一人、こちらに歩み寄る人物がいた。

瞬間、朧は瞠目する。

何故ならそれは、あの大戦以降一度しか顔を合わせなかった人物だったからだ。

そして同時に理解する。

結局すべては、この男の掌の上でしかなかったのだと。

 

「全ての準備は整いつつある。そして今日、人類は真実を知ることになるのだ。この10年余りの平和が、張りぼての上に成り立つ仮初に過ぎなかったのだと」

 

かの10年前の大戦の生き延び、そうして自身を含む降魔達を集め、数多の策を弄して皇の復活に心血を注ぎ続けた忠実なる皇の腹心。

幻庵葬徹は絶大な自信を持って言い切った。

 

「最後の花を添えようではないか。我等が『人形達』の演じる悲劇の舞台に、慟哭という花をな!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ドイツ北東部に位置するベルリン総統官邸。

その応接間に、一人の女性が通されたのは、今しがたのことであった。

 

「良く来てくれた、アルタイル女史。楽にしてくれたまえ」

 

向かいの席に腰を降ろし、珈琲を振舞うのは、鼻下に髭を蓄えた壮年の男性だった。

その男の名を、今やドイツ国内で知るものはいない。

対するアルタイルと呼ばれた女性は、一礼と共に腰を下ろした。

まるで舞台女優のような美麗さと、様々な視線を潜り抜けてきたことを感じさせる堂々とした佇まい。

しかしそれも、彼女の素性を良く知るヒトラーにとっては何ら疑問も驚きも生じさせるものではなかった。

彼女『ラチェット=アルタイル』は、ドイツはおろか欧州、引いては国外においてもその名を轟かせた女傑だ。

曰く、幼少期より開花させた類稀な霊力と天才的な頭脳を用いた作戦構築とリーダーシップで、若干11歳にしてかの欧州星組を率いて戦線を渡り歩いた神童。

曰く、その美貌と役に憑かれたかのような圧倒的な演技で観客を魅了するブロードウェイのスーパースター。

曰く、発足間もない紐育華撃団星組を副指令として全方位からサポートし、第六天魔王や異星の侵略者からアメリカを守り抜いた英雄。

およそ人間の得られるほぼ全ての名声を欲しいままにした稀代の才女がこうしてここにいる事にも、ヒトラーはある種運命染みたものを感じていた。

足掛け10年に及ぶこの壮大な演目に、いよいよこのドイツが上がる時が来たのだと。

 

「……舞台のほうは、順調かな?」

 

「こうしてお会いできたことで、ご判断いただければ」

 

流石に直接口にする事は憚られるか。

だが無理もないと思う。

今から自分達が担う演目こそが最も重要な局面であり、最も憎まれるべき瞬間であるからだ。

 

「コマンダントは、よく了承してくれたね。僅かな間でも、そうした視線を向けられるのは辛いものがあると思うが」

 

「彼女の立案です。元より冷徹に接することにも、慣れていますから」

 

「頼もしいことだ。それが自虐とならないよう、配慮せねばならんな」

 

相変わらず強い女性だと思う。

自身の心血を注いで一から築き上げた精鋭部隊を迷う事無く作戦の中枢に投入し、情報展開にも隙がない。

仮にもその精鋭の中には、他ならぬ女傑の遺志を受け継ぐ令息がいるというのに。

いや、だからこその大胆さなのかもしれない。

何故なら……、

 

「総統閣下!」

 

親衛隊の若い将校が電報を片手に駆け込んできたのは、2杯目の珈琲をもらおうと立ち上がったときだった。

どうやら、早速のようだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「伯林華撃団との対戦を、実施……!?」

 

突如として総司令から齎された一報に、作戦司令室の誰もが言葉を失った。

アナスタシアの古巣の一つでもある、世界華撃団の中でも特に長いキャリアと、歴代最強と目される実力を以って、長きに渡り世界最強の名をほしいままにしていた最強の華撃団。

総司令を務めるレニ・ミルヒシュトラーセは、他ならぬすみれと共に初代花組の一員だったと聞く。

そんな彼女が今回の、未だその意義さえも見出せない不毛な戦いに承諾を返すとは思えなかったからだ。

 

「そんな……、エリスさんやポール君たちとも、戦わなければならないんですか……?」

 

一度挨拶に訪れて面識のあるクラリスが、悲痛な面持ちで顔を伏せる。

鉄の星と呼ばれる彼らは、単に霊力と実力だけで華撃団にいるわけではない。

エリスの統率、マルガレーテの知略、ポールの蛮勇。

方々に抜きん出た3つの才能が三位一体となって、初めて大陸間最強のチームワークを発揮するのだ。

そして何より、彼らは皆立場に奢る事無く、互いを認め合い、互いに助け合える、人としての心の絆も持ち合わせていた。

そんなエリスたちが、例えあの華撃団連盟の支配者の命令であっても素直に承服するとは考えにくい。

だが一方で、神山は冷静に鉄の星が今回の蛮行に与した理由を分析していた。

 

「世論から華撃団への信頼を回復させるため、ですね?」

 

「確かに、あの事件は酷かったもんな……」

 

倫敦華撃団との対戦中に発覚した、ヴァージン諸島での大量殉職事件の真実。

大帝国病院の神隠し事件にも裏で糸を引いていた真田教授によるもう一つの陰謀の被害者であり、同時に加害者でもあるアーサー団長をはじめ、倫敦華撃団にはそれまでの崇拝が一転して非難の嵐に見舞われた。

無理もない。

聖杯の力を用いて他の騎士団を服従させ、あろうことか死の名誉と称して望まぬ特攻を繰り返させていたのだ。

同日中に倫敦華撃団はWLOFから即時解散が命じられ、関係者各位はイギリス本国に身柄を拘束されるよう手筈が整えられた。

だが一方でランスロット以下所属騎士団員については一連の事件への関与がないことから身柄の監視に落ち着いた。

その監視を申し出たのが、フランスは巴里に居を構えるライラック伯爵夫人である。

一見すれば他国の要人がこうした問題に口を出すのは異例であり、イギリス側もいい気はしないだろう。

だが件の夫人には英国にこの上ない貸しがあった。

何せ倫敦華撃団の中核を成す霊子戦闘機「ブリドヴェン」の開発に携わったアヴァロン工房の技術と作業員は、いずれも元はフランスは巴里華撃団のシャノワール工房にて花組支援に従事していたからである。

その彼らが口を揃えて今回の伯爵夫人の進言を受けなければ一斉に辞職すると言い出したのだ。要はストライキである。

そうなっては事実上華撃団の運用は出来ない。

よってイギリスは隣国のフランスに倫敦華撃団の全権を一時的に譲渡することになったのである。

 

と、ここまでが倫敦華撃団の過去が明るみに出たことでの動向だ。

問題はここからだった。

 

同日中にプレジデントGは世界各国に華撃団大戦の続行を敢行する事を宣言。

その理由付けとして、あろうことか今回の事件に関与したとされる真田教授の存在を槍玉にこちらを批判しにかかったのだ。

 

『世界各国の諸君!! この恐るべき未曾有の惨劇は、決して降魔だけの手で引き起こされたのではない。真田康弘という、一人の狂った日本人によってすべては始まったのだ。それだけではない! サナダは例の大帝国病院の理事長を言葉巧みに誘導し、入院患者の人体実験を行わせたことも明らかになっている!!』

 

『降魔皇の細胞を人的に利用しようなどという狂った思想! こんな恐ろしい人間を何故帝国華撃団は察知し、阻止できなかったのか!? 最初から我々WLOFに委ねておけば、僅かでも被害を少なく、いや未然に阻止できただろう! これは彼らの怠慢以外の何者でもない!!』

 

『故に私は次の伯林華撃団との対戦で確かめたい! 真に都市を、いや世界を守護するに相応しい存在は誰なのか! 彼らがそれを実力を持って証明してくれるはずだ!!』

 

この言葉を皮切りに、倫敦華撃団に向かっていた批判の矛先は一転して帝国華撃団へと変わってしまった。

マガ細胞という存在と共にあらぬ混乱を招かぬよう上層部のみの秘匿事項としていたはずの真田教授の陰謀。

プレジデントはそこを巧妙に突き、あたかも帝国華撃団がその事実を隠蔽し、保身に走っていたというマイナスイメージを持たせようとしたのだ。

結果それはこちら側がマガ細胞を用いた人体実験を事実上黙認していたと邪推された事も説得力を持たせる結果となり、今や世間の帝国華撃団への信頼は急落しつつあった。

 

「既に国内外から、我々帝国華撃団のみならず、都市防衛構想そのものに異論が噴出しています」

 

「このままやと、今後の帝劇運営の見通しも立たんくなってきてまうな」

 

「……どうして……」

 

カオルとこまちの告げる現状に、搾り出すようなミライの呟きが、その場の全員の真情を物語っていた。

未だ世界各国が降魔の脅威に晒され、世界中の人間達が一致団結してこの脅威に立ち向かっていかなければならないという時に。

あろうことかその最前線に立って相互協力の姿勢を見せるべき華撃団が、自分達の地位や立場を守るためだけに争わなければならないという。

自分達が示すべき正義の見えなくなった現状は、どこまでももどかしく、歯がゆい。

 

「……気持ちは分かるけれど、今は対戦への策を考えるべきではなくて? 鉄の星は真正面からぶつかって無策に勝てる相手ではないわ」

 

堂々巡りの不安の並をせき止めたのは、この中で唯一伯林に所属した経験のあるアナスタシアだった。

確かに華撃団連盟の下で対戦の実施を決められた今、こちら側に拒否権はない。

断ればそれこそ今回のマガ細胞と真田教授に関わる疑惑のすべてを事実上認めたことになり、今度こそ帝国華撃団の信用は地に落ちてしまうだろう。

そしてそれは、あの世界華撃団連盟最強の名をほしいままにする鉄の星に土をつけられた場合でも同じ事が言えた。

故に今、帝国華撃団を存続させる最善の手段が、明日の対戦に勝利し帝国華撃団の実力を今再び知らしめる以外にないのである。

 

「……」

 

アナスタシアの言葉で気持ちを切り替え、各々対抗策を講じる面々。

その中で、ミライだけは只一人、やりきれない様子で俯き、沈黙していた。

それに周囲が気づかなかったのは、果たして幸運だったのだろうか。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……Verstanden」

 

了承の言葉と共に通信を終え、ログを消去する。

かねてから通達されていた、伯林華撃団極秘作戦。

通信相手からの内容は、その前段階を終えたというものだった。

同時に速すぎる逸材と謳われた頭脳をフル回転し、考えうる幾つものパターンを照合、無数の確率と結びつけ、最適解を導き出す。

 

「コマンダントからか?」

 

隊長から確認が入ったのは、その構築がほぼ終わる頃だった。

その間実に8秒。

 

「作戦は予定通りパターンγ。 現状の達成率は敵の心理状態を加味して、92.98%」

 

「いつになく弱気な数値だな。まあ、理由は想像できるが……」

 

「sicherlich。 少なくともポールには、重荷を背負わせることになるわ」

 

そう呟き、外でランニングに勤しむ幼き星に目を向ける。

最初は理解できなかった。

当時10にもならない子供が、母親が元欧州星組と紐育華撃団副指令を歴任したベテランであるだけの七光りだけで入ってきたと、そう思っていた。

しかしその子供は、型破りながらも今までの鉄の星にはない違う輝きを見せてくれた。

彼の母が告げた、

 

『この子には理論値で示せない可能性、<Something else>があるわ。きっと貴女達も、それを実感するときが来るはず』

 

その言葉が買い被りではないのだと、そう見せ付けられた気がした。

 

「……jedoch、それが彼の危うさでもある。今回の作戦も、それだけが気がかり……」

 

それは、幾つもの可能性を確率で見ることが出来る智将だからこその苦悩だった。

人間は生存本能的に危険を避ける。

もしくは理論的に先を読み、危険を予知してその回避に努める。

故に、だからこそ、その危険をお構い無しに真っ向から突っ込むポールの心理を、マルガレーテは危惧していた。

今までそうであったように、戦場で文字通り命の危険に晒されたことは数知れず。

いくら数値を出して危険を回避するよう促しても、本人は意にも介さない。

当初こそ何の結果も残せぬまま新兵として生涯を終えるのが関の山だと蔑視していたその感情は、いつしか拭いきれない死亡率へのもどかしさへと変わっていく。

その変化に気づきながら、マルガレーテはその理由を見出せずにいた。

何故自分はあの少年の生存率を上げるために全力を注いでいるのだろう。

本来なら作戦中に死亡した場合の策を練らなければならないところで、何故それを避けることに全力を注いでいるのだろう。

まるで自身が、彼の死を心の底から拒み、阻止しようとしているように。

 

「エリスー! レーテー! プログラム終わったぞーっ!」

 

「おおよくやったぞポール!! ご褒美に姉さんが今すぐナデナデしてやるぞ!!」

 

いつのまにかこちらを呼ぶ声にすぐさま飛んで行くエリス。

その後姿に肩をすくめつつ、マルガレーテも腰を上げた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……やはりブリドヴェンもか」

 

伯林華撃団との対戦を明日に控えた深夜、神山誠十郎の姿は地下作戦司令室にあった。

司令室に保管されるデータは隊員毎に閲覧できる内容に違いがあり、神山には作戦立案上必要とされる各種霊子戦闘機と過去の魔幻空間における戦闘履歴の確認が認められている。

そして今回、神山はカオルの了解を得て、倫敦華撃団のその後の動向について履歴を追っていた。

あの対戦の後、倫敦華撃団は無期限に活動停止命令が下された。

通常ならばそのまま霊子戦闘機各機と関係者全員が本国へ送還される所、フランスのライラック伯爵夫人が異議を唱え、フランス側にて身柄を保護すると提案。

イギリス側がこれに同意した所で記録は終了している。

これは、自分たちとも深い協力関係にある上海華撃団にも同じ事が言えた。

つまりは、『WLOF側がその身柄を確保していない』事の証左である。

この時点で、神山の脳内ではある仮説が浮かび上がりつつあった。

 

「だとすれば……」

 

俄かには信じがたいが、この仮説が正しければ様々な疑問に答えが出る。

しかしそれは同時に、新たな一つの大きな疑念を生み出すに至った。

それは……、

 

「あらキャプテン。何か調べものかしら?」

 

「……アナスタシア」

 

背後からの声に、平静を装い振り向く。

そこにいたのは、今や帝劇の舞台で大黒柱を担うベテラン女優だった。

 

「気になるところがあってね。司令やカオルさんに許可を貰って、過去のデータの確認をしていたんだ」

 

「あら、キャプテンの管轄外だったのかしら?」

 

「まあね。王龍とブリドヴェンの行き先、って所かな」

 

わざわざ隠すことではない。

隊長が他部署のデータを許可を貰って閲覧していた。

只それだけのことだ。

 

「アナスタシアは? データの確認なら代わるけど」

 

「ありがたいわ。……連絡したい相手がいるから」

 

こちらの返答に僅かに目を細め、含ませた返事を返す。

流石に人の機敏に聡い。

もうこちらの思考は読めているのだろう。

 

「……アナスタシア」

 

故に神山は、その場でそれ以上の言葉を使わない。

只一つ、

 

「……信じているぞ」

 

「得意分野だわ」

 

すれ違い様に互いに一言ずつ、最低限の言葉を交わす。

仮説は、確信へと変わった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「どういうことか説明しろ!!」

 

「マガ細胞って何だ!? お前らも加担してたのか!?」

 

「正義の味方だって信じてたのに!! 裏切り者!!」

 

翌日、世界華撃団大戦の会場は、これまでにない物々しい雰囲気に包まれていた。

今までは安全の為に会場にこそ入れないものの、会場の外側からこちらないし相手国に声援を送る人々で周辺は溢れていたはずだった。

しかし今や、閑散とした空気の中に混じって掌を返したような罵詈雑言が飛び交っている状況。

あの日を境に、まるで国賊のような扱いである。

 

「……酷いもんだ」

 

「里の掟44条。信頼は積み立て千日、崩壊は一瞬と心得よ……でも……信じてもらえないのは辛い……」

 

控え室の窓からその様子を見下ろし、初穂が呟く。

周囲も皆、沈痛な面持ちで沈黙する。

無理もない。

あの復活の日から築き上げてきた帝都民との信頼が、こうも簡単に崩れてしまったのだ。

自分達の信じてきた正義が、華撃団の存在が否定される現実が、重くのしかかってくる。

何のために戦うのか、その指標のない部隊が以下に脆いかを、神速の異名を持つ隊長は知っていた。

 

「不本意極まりないが、帝都民の信頼はまた築き上げていくしかない。そしてそれも、この対戦で敗れれば残された僅かな可能性が摘み取られてしまう」

 

「あくまでも連盟は……、プレジデントは私達を排除しようというのですね……」

 

「こうなっては、最早この対戦に勝利した後に真田教授の引き起こした事件を公開し、改めて帝都民に理解を得るほかありません」

 

カオルの言葉に頷く一同。

果たして一度疑念を抱いた帝都民の心が再び自分達に向いてくれるかは分からないが、今はその可能性にかけるしかない。

だがもう一つ、神山たちには懸念があった。

 

「もう一つ、俺達の無限の修理が間に合っていない。動けるのはあざみ機、クラリス機、アナスタシア機、さくら機だな」

 

昨日の倫敦華撃団との対戦と、その後の獏との戦闘で、出撃した3機は激しい損傷に見舞われていた。

特に途中離脱に追い込まれた神山機の損傷は激しく、霊子水晶の復旧が完了するまでは始動不可。

ミライ機、初穂機についても、始動が出来ても伯林相手に立ち回るのは無謀と判断された。

そして……、

 

「対戦中、俺とあざみは別行動をとる。今回の世界華撃団大戦と連盟のことで、月組と連携して至急調査することがあるんだ」

 

「そうなると……、対戦に出るのは私とクラリス……、さくらという事になるわね」

 

「わ、私が……!?」

 

アナスタシアの言葉で、その場の視線がさくらに集まる。

だが、それは決して消去法で決められた人選ではない。

伯林華撃団の霊子戦闘機はアナスタシアが使用するものと同様にアイゼンイェーガー。

狩人の名が示すとおり、両腕に供えられた砲塔による中~遠距離からの狙撃を得意とするタイプだ。

ならば同じく遠距離からの攻撃に長けたアナスタシアとクラリスを選出するのは、ある種自明とも言うべきである。

しかしここで伯林のイレギュラーを考慮しなければならない。

接近戦と主とするスタイルのポールの存在である。

銃撃戦の状況下で接近戦を挑むのは常識的に考えて自殺行為であるが、一度相手の懐にもぐりこめれば、それは相手にとって最大級の脅威となる遊撃兵へと早変わりする。

もしこのとき、接近戦に秀でた人物がこれを食い止められなければ、戦線はたちどころに瓦解する。

それを回避できる存在として神山が選んだのが、唯一整備の間に合った試製桜武を操るさくらだったのである。

 

「初穂とミライの霊子戦闘機は、引き続き改修作業中だ。また降魔がこの会場を狙ってくる可能性はある。会場で待機して、万一の時は加勢してほしい」

 

「確かにあたしらまでいなくなったら、怪しまれるもんな。引き受けたぜ!」

 

「隊長、皆さんもお気をつけて!」

 

二人の力強い返事に頷き、神山はさくらの前に近づく。

 

「か、神山さん……」

 

突然の指名に戸惑っているのだろう。

神山は僅かに顔を緩めると、そっとさくらの肩に手を置き、優しく語りかけた。

 

「さくら、突然のことで不安に思う気持ちは分かる。だが今俺達の中で唯一最前線に立てるのは君だけだ」

 

「神山さん……」

 

一瞬目を閉じて逡巡する仕草を見せるさくら。

やがて目を開くと、真っ直ぐに見つめ返し、一つだけ尋ねた。

 

「信じてくれますか?」

 

「え?」

 

「私に出来ると、神山さんは信じてくれますか?」

 

「……ああ、もちろんだ!」

 

その言葉に、こちらを見つめる視線が熱を帯びる。

その眼差しに神山も一瞬だけ優しい目で返すと、改めて隊員達に命令を下した。

 

「今はもとより、この催しが始まったときから本来の俺達の正義は示されていない。伯林や倫敦、上海と共にもう一度華撃団構想を世界に認めてもらうために、みんなの力を貸してくれ!!」

 

「「了解!!」」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『全世界の皆様、ご覧頂いておりますでしょうか!? 今日この日、世界華撃団大戦は最終局面を迎えようとしております!!』

 

『先日判明した、倫敦華撃団の背景にあった衝撃的事実。プレジデントGはこれを踏まえ、倫敦と上海のWLOF華撃団登録を抹消。最早華撃団として存続するのは帝国華撃団か伯林華撃団か、生き残りをかけたサバイバルの様相を呈してまいりました!!』

 

可能な限り波風が立たないように言葉を選ぶ司会者の声色も、いつになく緊張が漂っているように思えた。

既に世界は華撃団大戦という催しどころではない。

降魔に関する非道な人体実験を、一人の日本人が極秘で行っていた。

それも様々な国を巻き込み、夥しい惨劇を生みながら。

今や華撃団連盟、都市防衛構想の中核であるはずの霊的組織そのものに疑惑の目が向けられつつあった。

 

『尚、プレジデントGの意向により、今回も倫敦華撃団との対戦と同様、3対3のチーム戦となりました! 先に3機全てが戦闘不能になったチームが敗北となります!!』

 

「……やはりあの3人で来たか……」

 

対峙する3機の霊子戦闘機を前に、自身の機体の感触を確かめながらエリスが呟く。

前回と同様のチーム戦と聞いた段階で、相手がどういった人選で来るか、マルガレーテは読みきっていた。

帝国華撃団の擁する無限の構成と整備環境、各々の得意分野と戦闘スタイル。

これらを総合した結果、前回使用した神山誠十郎、東雲初穂、御剣ミライは整備が間に合わず参戦不可。

こちらが遠距離攻撃に特化したことへの対処として前衛要員として試製桜武を擁する天宮さくらが前線に立ち、こちらの動きを知っているアナスタシアとクラリスでサポートすると読んでいた。

結果その読みは的中。

開始前の布陣で、桜武はこちらの射程に入るか否かの距離まで接近した。

 

「マルガレーテ」

 

「Verstanden。 まずはパターンα’。後に10秒でパターンλ、直後にυ」

 

「お、いいのかよレーテ」

 

「その代わり失敗は許さないから」

 

「フッ、そういう時は怪我しないでというものだぞマルガレーテ」

 

「なっ……!? し、心配とかじゃないから……! 私の作戦で怪我されたら寝覚めが悪いというか……」

 

「怪我でもされたら夜通し泣いてしまうそうだ。無傷で帰ってきてやれよポール」

 

その言葉に羞恥からか完全に沈黙してしまうマルガレーテ。

幸いなのは最前線の任命に喜んで公判は聞き流しているであろうポールの様子だろう。

少々いじめすぎたかと自省したところで、狩人全機に一斉通信が入った。

 

「benachrichtigen。ターゲットは予定通り行動を開始。各機作戦を遂行せよ」

 

「「Verstanden!!」」

 

彼女と唯一コンタクトの取れる人物からの命令に、3人の顔つきが変わる。

鉄の星最大の任務が、幕を開けた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「鉄の星、4番星ポール=アンバースン!! 行くぜえええぇぇぇっ!!」

 

開幕一番、案の定伯林の鉄砲玉がいの一番に突っ込んできた。

予期した通りの展開に、さくらも油断なく身構える。

 

「受けて立ちます! 行くわよ、ポール君!!」

 

抜き放った刀を構え、迎撃のために霊力を集中する。

だがポールは臆する事無く、尚も突進を緩めない。

 

「おりゃあああっ!!」

 

「そこっ!!」

 

こちらに向けられた砲塔からの銃撃を阻止すべく、刀を振るう。

しかしその瞬間、思わぬ衝撃が刀身を襲った。

 

「なっ……!?」

 

その一瞬で眼前に接近していたはずのポールの姿が掻き消える。

瞬間、その先でこちらに狙いを定めたマルガレーテ機の姿が見えた。

砲塔の先から昇る白煙。

まさか……、

 

「まずは……」

 

「一人!!」

 

「……、しまった!!」

 

直後、金属音と共に足の自由が利かなくなった。

迂闊だった。

ポールの接近に気をとられて、エリスとマルガレーテの連携攻撃を許してしまった。

恐らく霊力伝達を阻害する断裂弾。

このままでは格好の的だ。

 

「さくら……、くっ!!」

 

「さくらさん……!!」

 

さくらの異変に気づいた二人も援護に動くが、近距離まで近づいたポールの撹乱掃射に牽制され、思うように近づけない。

その時だった。

 

「ぬかったな、アナスタシア」

 

「っ、クラリス!!」

 

背後からの声にいち早く気づいたアナスタシアが、間一髪クラリスを突き飛ばす。

瞬間、その足が脱力感と共に地面に縫い付けられた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……では、お願いします」

 

そう一礼する宮司に挨拶もそこそこに、黒服たちがいそいそと荷物を纏めて車を走らせる。

車が完全に見えなくなると、宮司はため息を吐きつつ独り言のように呟いた。

 

「言われたとおりでしたよ、神山さん」

 

「ありがとうございます、銀次さん」

 

そう言われて茂みから顔を出したのは、帝国華撃団花組隊長と、忍者隊員だった。

月組からある情報をリークされた神山は、ある確認の為にこの東雲神社を訪れた。

そうして一つの手を打って裏をかくために、東雲神社に協力を願い出たのだ。

果たしてこちらの狙いを知ってか知らずか、相手は何ら疑いもせずに目的の品を運び出していった。

あとは、相手が墓穴を掘るのを待つだけだ。

 

「誠十郎、これで何が分かる?」

 

「この歪な催しの……いや、連盟の正体といったところかな」

 

事情を知らないあざみの問いを煙に巻き、神山は会場に控えているであろう部下に連絡を入れた。

 

「こちら神山。やはり予想通りの動きがあった。念のために準備を頼む」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こ、これは一方的な展開だ!! 伯林華撃団の計算しつくされた作戦の前に天宮隊員とアナスタシア隊員が沈黙! クラリッサ隊員のみの状況で、はたして勝機はあるのか!?』

 

前情報から言えば、誰もが予想できた展開だった。

世界華撃団連盟随一の強さを持つ伯林華撃団を前に、正面から無策に挑んでまず勝ち目はないに等しい。

所属経験のあるアナスタシアの存在があったところで、それは微々たる物でしかないだろう。

少なくとも脅威である桜武とアナスタシアの戦力は奪い、作戦は90%以上成功。

後はいかに負担を少なくクラリッサにトドメを刺すか。

 

「うおおっ!?」

 

そう思考をめぐらせていたマルガレーテは、突然の出来事に一瞬理解が追いつかなかった。

突如眼前を舞うポール機。

勢い余ったか。

いや、アナスタシアを止めた段階でポールも攻撃の手を止めたはず。

ならば今のは一体……、

 

「隙ありです!!」

 

「なっ……、クラリッサ!?」

 

その言葉と共に眼前に突っ込んできたのは、巨大なつむじ風だった。

迎撃も防御も間に合わず、自身の機体もポールと同様に宙を舞う。

その頭上に見えた光景に、マルガレーテは今度こそ絶句した。

 

「こ、これは……!?」

 

それはクラリッサの霊力、重魔導で生み出した無数の圧縮霊力弾だった。

瞬間、マルガレーテの頭脳は一つの推論にたどり着く。

戦闘開始からポールの誘導とエリスの攻撃。

その間、クラリッサのアクションはなかったが、それは作戦の範疇だった。

元より戦闘に不慣れで消極的だった彼女のこと、戦闘では積極的に仕掛けるタイプではないと、過去の記憶からそう行動パターンを読んでの策だった。

だが、失策だった。

クラリッサは最初から自分以外が狙われることを承知の上で、上空に罠を仕掛けていたのだ。

 

「グラース・ド・ディアブル……」

 

「させんぞクラリッサ!!」

 

「アルビトル・ダンフェール!!」

 

阻止せんと放たれたエリスの霊力弾が緑の無限を打ち抜くと同時に、上空の霊力弾の雨が一斉に牙を向いた。

激しい轟音と共に2機の狩人が煙を上げて倒れ、同時に緑の無限もまた倒れ伏す。

だが、状況は最悪だった。

 

「見事なコントロールだったわ、クラリス」

 

「助かったよ!!」

 

「ふふ……、作戦成功ですね」

 

何と序盤に無力化させたはずのさくらとアナスタシアの楔が外され、2対1の状況に持ち込まれてしまったのだ。

そんなバカな。

あのクラリッサが、こちらに気取られずに罠を張っていたなど想像もできない。

 

「くっ……、エリス……!!」

 

ダメだ。

策が構築できない。

元よりこちらに戦闘不能者が出ることは想定していたが、ポールはまだしも自分まで同様の状況になるとは思っていなかった。

しかも相手は接近戦と遠距離戦に秀でた最悪の組み合わせ。

これではエリス単独で正面切って戦う以外にまともな策など……、

 

「無用だ、マルガレーテ」

 

それを振り払うように声をかけたのは、残された隊長だった。

モニター越しに見えるその目は、顔は、勝負を諦めた顔ではない。

 

「鉄の星は逆境でこそ輝く。追い詰められた伯林の底力、見せてやろうではないか」

 

言うや、最後の狩人が地を蹴った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ぐっ……」

 

会場より数キロ離れた場所で、銀河は一人身を隠すように腰を下ろしていた。

元から予兆は感じていた。

力を解放するたびに、疼き肥大化が進む自身の右腕。

だがあの大帝国病院での戦い以降、それは目に見えて頻度を増やし、症状を重いものへと変えていた。

無理もない、と思う。

何故ならこの力は、歪につないだ『紛い物』だったからだ。

 

「頼む……、もう少し……、もう少しなんだ……!」

 

脳裏を過ぎる幾つもの悲鳴、幾つもの涙、幾つもの怒号。

歪められたその全てを変えるため、一縷の希望を託して身を委ねた。

長い道のりだった。

一つずつ欠片をつなぎ合わせ、昨日ようやく運命の日を乗り越えた時、銀河はようやく自身の胸に希望の未来を想起し、僅かに安堵した。

だからこそ、多くの命を繋ぎ止めた今こそ、この力を押さえ込まなければならない。

自分はまだ、ウルトラマンであり続けなければならないのだ。

 

「……、あれは……!!」

 

僅かに痛みが引いた時、言い知れぬ悪寒にハッと会場を見る。

会場全体を、昨日と同様に覆い尽くす瘴気の霧、魔幻空間。

やはりまた仕掛けてきたか。

 

「くっ……!!」

 

激痛を堪え立ち上がる。

このまま耐え続けて戦えるかは分からない。

しかし希望の光を絶やすわけには……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「そこにいたか、異端の光よ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瞬間、何が起こったのか銀河は理解できなかった。

だが気配もなく背後から聞こえた声と、止まった世界。

そして何より、自身の胸から突き出た血濡れの腕に、遅れて思考が追いついた。

 

「まさか同類だったとは興味深い。その力、有効に使わせてもらうぞ」

 

「き、貴様……ぐぼっ……!!」

 

背後の声に反論しようにも、吐き出せるのは血泡のみだった。

やがて全身を、痛みすら掻き消す瘴気が包み込む。

この感覚に、銀河は覚えがあった。

そうだ。

『あの時』も、そうだった。

 

「……せ……星也……、……し……の……」

 

残された意識で呼んだのは、最愛の弟と、少女だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『こ、これはとんでもない大番狂わせだ!! 一方的な勝負になるかと思われたこの勝負! クラリッサ隊員の捨て身の攻撃が起死回生となりました! 今や伯林華撃団、エリス隊長一人で闘わなければなりません!!』

 

遡ること数分前。

クラリスの捨て身の攻撃で一気に形成を逆転したさくらとアナスタシアは、互いに連携をとって連盟最強の星に勝負を挑んだ。

だが相手もさるもの。

桜武の動きを紙一重で見切って回避、または砲塔で弾いて凌ぎ続ける。

その隙をアナスタシアが突こうにも、上手く桜武を間に挟んで射程距離から離れるからたまったものではない。

2体1という状況さえも利用できる咄嗟の勝負強さ。

今さらながら経験値の差を、アナスタシアは元よりさくらの実感せざるを得ない。

 

「それなら……、アナスタシアさん!!」

 

「了解よ!」

 

さくらは最後の勝負に出た。

再び足を止められるのを覚悟し、真正面から再度エリスに切りかかる。

 

「させるか!」

 

予想通り足を止められる瞬間、抜き放った刀を構えなおした。

瞬間、エリスの目が見開かれる。

それもそのはず。

隠すように構えていた刀には、既に膨大な霊力を練りこんでいたのだから。

 

「蒼き空を駆ける、千の衝撃!!」

 

「くっ……!!」

 

「天剣・千本桜ーーーっ!!」

 

刃に沿って放たれた霊力の斬撃が、波浪のように競技場を押し流す。

辛うじて砲塔の弾丸を直撃させて自身への被弾は防いだが、その瞬間こそが勝敗を分けた。

 

「……勝負、あったわね」

 

「ああ……、見事だよ」

 

遥か後方から聞こえる旧友の声。

その言葉の意味は、狩人の足に突き立てられた霊力弾の楔が物語っていた。

 

『け、けけけ、決着ーーーっ!! 天宮隊員の捨て身の攻撃で生まれた一瞬の隙を突き、アナスタシア隊員がエリス隊長を竹箆返しの如く無力化に成功!! この瞬間、伯林華撃団の敗北が決定しましたーーーっ!!』

 

さしもの司会も予想外の展開に驚きを隠せないのか、声が上ずっている。

まあ、仕方のないところだろう。

本来なら今度こそ引導を渡すはずの帝国華撃団が勝利し、連盟は戦わせる華撃団のカードを全て切ってしまった状態なのだから。

 

『えー、それでは総評の方を事務総長にお伺いしましょう。事務総長……』

 

いつもなら司会の声を遮ってでも歓喜や抗議に忙しい特別観覧席。

しかし今は、司会に応えることもなく不気味な沈黙を保っていた。

それには理由があった。

何故なら……、

 

『……ここは連盟関係者以外立ち入りのはずだが?』

 

『事務総長、プレジデントG……。話をつけにきました』

 

連盟にとって聖域とも呼べるその場所に、御剣ミライの姿があったからだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

伯林華撃団とさくら達の対戦が始まって数分後、ミライたちの下に神山から通信が入った。

 

『連盟関係者が東雲神社から帝鍵の刀身を預かって輸送した』。

 

その行き先こそが、この世界華撃団大戦競技場の特別観覧席。

即ち、プレジデントGの懐だった。

 

「話をつける? 何の事か。君こそ誰の許可を得て入ってきたんだ?」

 

「新たな帝鍵の刀身……、これを輸送させましたね?」

 

「それがどうした。誰か! この侵入者をつまみ出せ! 帝国華撃団解散の口実にしてやる!」

 

マイクが入っている事に気づいているのかいないのか、大声でまくし立てる事務総長。

だが護衛の返事はない。

代わりに返ってきたのは、豪快に開け放たれたドアと顔面を鼻血で汚した黒服たちだった。

 

「やりすぎですよ、初穂さん」

 

「しょうがねぇだろ。むしろ一発ずつで許してやったんだから、感謝しろってんだよな」

 

奥からスッキリした表情で踏み込んできた初穂に苦笑いを返しつつ、再び向き直るミライ。

護衛を失い多少は動揺するかと思ったが、相手は眉一つ動かさず不敵な笑みを崩さない。

 

「さて事務総長さんよ、説明してもらおうか? 一体誰の許可で帝鍵の刀身をふんだくりやがった?」

 

「ふんだくるとは人聞きの悪い。より安全な場所に輸送しただけのことではないかね」

 

「過去に降魔の襲撃があったこの場所にですか? あわよくば奪い取らせようとしている風にしか見えませんよ」

 

「増してや帝鍵の新造の話も、その刀身の安置場所もアタシらは秘匿にしてきた。プレジデントG、アンタが何故それを知ってるんだ!?」

 

当初こそ驚いた。

花組内でも特に極秘事項としていたはずの、帝鍵の再建と刀身の安置場所。

その場に居合わせた上海華撃団も、全員が口止めに同意し漏洩はしていない。

ならば何故目の前の男がそれを知っていたのか。

それは、隊長が導き出したある『仮説』に沿って考えると、パズルのように合致した。

 

「ずっと疑問に思っていました。何故世界規模で降魔事件が頻発する状況下で、こうした華撃団を一カ国に集中させる催しを強行したのか……」

 

「やる事なす事全部が裏目……。それでもアンタは頑なに中止を決断しなかった。あの開会式の時から、お膳立てしてやがったんだな!?」

 

思えば不思議な話だった。

何故霊的組織に属したこともない人間が、降魔の出現地域と時期を明確に判別できたのか。

本来なら希少金属であるはずのアンシャール鋼の素材を、何故苦労することもなく入手し、湯水のように提供できたのか。

世界規模で降魔事件が発生している中でこの催しを敢行し、何故その途端に降魔事件が帝都に集中するようになったのか。

長年連盟に所属していたはずの倫敦華撃団結成の裏にあった事実を、何故今の今まで知りえなかったのか。

開会式での襲撃から競技場だけで2度も降魔の襲撃を受けて甚大な被害を出しておきながら、何故頑なに世界華撃団大戦を強行し続けたのか。

そして……、

 

「な、何だ……?」

 

突如、観覧席に備えられた掛け軸が光を放ち始めた。

事ここにいたり、初めて事務総長の顔から笑みが消える。

その理由を告げたのは、ミライだった。

 

「事務総長。刀身が入っている箱を開けてみてください」

 

「は、箱だと? ……こ、これは!?」

 

言われるままに箱を開いたプレジデントGは、驚愕に目を見開いた。

それもそのはず。

箱の中に入っていたのは聞き及んでいたであろう帝鍵の刀身ではない。

帝国華撃団整備班長が苦心の末作り上げた霊力探知装置『みつけてちゃん』である。

そして……、

 

「そのみつけてちゃんは特別製でな。ある血筋の霊力にしか反応を示さない。そしてその霊力を光で可視化してくれるのさ」

 

「な……、ま、まさか……!!」

 

言い終わらぬ内に、ミライが掛け軸を力任せに引き剥がす。

果たして壁に埋め込まれたガラスケースに、それはあった。

 

「さあ、今度こそ説明してもらおうか事務総長さんよぉ!!」

 

「何故貴方の部屋に、降魔に奪い取られたはずの帝鍵、『天宮國定』があるんですか?」

 

そう、東雲神社が黒服に持たせていたのは、帝鍵の刀身ではなかった。

仮説を元に神山が動かぬ証拠を見つけ出すために初穂の家族に協力してもらい、刀身と偽って探知装置を持たせていたのだ。

そして神山の読みどおり、動かぬ証拠が見つかった。

本来自分達以外は降魔以外知りえるはずの無い、帝鍵新造と刀身の安置場所。

そして夜叉に奪い取られたはずの天宮國定を隠し持っていた事実。

これは最早、仮説が事実であることを決定付ける決定的な証拠だった。

 

「……フッ。帝鍵がここにある理由だと?」

 

世界華撃団連盟トップに君臨するこの男こそが、降魔たちと繋がっていたという事実に。

 

「ああいいとも。教えてやろう……、こういう事だ!!」

 

「なっ!?」

 

その一瞬、何が起きたか分からなかった。

怒号のような声が観覧席を、いや競技場全体を震わせ、強烈な波動が襲い掛かる。

その衝撃に耐え切れず、観覧席の窓が粉々に吹き飛んだ。

 

「ぐあっ!?」

 

辛うじて耐えたミライだったが、突然の不意打ちに反応が遅れた初穂はそのまま真後ろの壁にたたきつけられてしまった。

 

「初穂さん!?」

 

「……う……ぁ……」

 

すかさず駆け寄り助け起こすミライ。

恐らく頭を打ってしまったのだろう。

出血こそないものの、脳震盪を起こして意識を失ってしまったのだろう。

 

「ククク……、してやられたよ帝国華撃団。まさかこんな形で露見してしまうとはね」

 

「貴様……!!」

 

初穂を庇うように抱き寄せたまま、ミライが睨み返す。

最早傍若無人な事務総長の仮面を捨て去った男は、勝ち誇った笑みと共に帝鍵を握っていた。

 

「ずっと忌々しいと思っていた。この私の手中を幾度となくすり抜け、常に予定外の結果を以ってこちらを妨害してくる。まるでゴキブリのようなしつこさだった」

 

「やはり……、お前も降魔の仲間……、いや、一員だったんだな!?」

 

今の波動の一撃を身をもって受けて分かった。

明らかに人間業ではない攻撃。

それは目の前の男が降魔に与した人間ではなく、世界に仇なす降魔の一員であることを意味していたと。

 

「一員? 違うな……、私こそかの大戦の生き残りにして、降魔達を統べる存在、『幻庵葬徹』だ!!」

 

禍々しい波動が一層強まった。

同時に競技場全体を瞬く間に瘴気が包み込んでいく。

 

「長かったよ。降魔大戦から10年。人知れず人間界に溶け込み、プレジデントとして賢人機関を排除し成り代わり、華撃団に首輪をつけるまで」

 

「降魔皇復活の為に世界を、人類を利用しようとしていたのか! お前達降魔のせいで、どれだけの悲劇が生み出されたと思っているんだ!!」

 

「悲劇だと? 人聞きの悪い。すべては人類の自業自得というものだ」

 

「何っ!?」

 

悪びれる様子のない事務総長だった男、幻庵葬徹の言葉に義憤を隠さないミライ。

だが対する幻庵は、それこそ理解できない様子で語り始めた。

 

「霊的組織が発足することになった降魔の出現。その起源は戦国時代にまで遡る。当時の大名の一つだった北条氏綱が行った人体実験の末に投棄された幾万もの怨念が具現化した存在。それが降魔だ」

 

「昔の、怨念……」

 

「疑問に思ったことはないか? 幾代もの霊的組織がそれこそ命を賭して立ち向かいようやく封印し続けたはずの降魔が、何故際限なく蘇り牙をむき続けるのか。降魔の存在こそ悪だと信じて疑わないが、そもそも降魔を生み出し育てたのは誰なのか」

 

「……まさか……!!」

 

ここに来て、ミライの脳裏に一つの仮説が思い浮かぶ。

降魔が時代を超えて世界に猛威を振るい続ける理由。

それは……、

 

「そう、人間だ。人間の絶えることなき負の感情が餌となり、闇の中から降魔を生み出し続ける。人間が人間である限り、降魔の脅威が消えることなどありえないのだ」

 

「違う!! 人類は、人類はそんな汚い存在じゃない!! 互いに手を取り、弱いものを助け合い、愛と平和を願う心を持って……!!」

 

「……いるばかりが人類ではない。君も幾度となくそれを目の当りにしてきたはずだろう、御剣ミライ。いや、ウルトラマンメビウス!!」

 

「くっ……!!」

 

心の中で蓋をしていた事実を突きつけられ、反論の言葉を失うミライ。

言い返せない。

違うと叫びたい。

そんな事はないと否定したい。

だがしかし、ここに来て今まで目の当りにしてきた様々な出来事が、それを阻んでいた。

妻を喪った悲嘆から霊的組織に絶望し、降魔に魂を売った者。

子孫の存命の為に幾人もの命を弄び、食わせた者。

誉れと名声の為に罪なき命を実験と称して甚振りつくした者。

信じた正義に絶望し、仲間の命を駒としか見なくなった者。

そしてそのすべての悲劇の起源もまた同じ人間にあったのだと理解した瞬間、ミライは自身の中に描いていた地球と人類の姿が歪み、薄れていくのを感じていた。

 

「心配は要らない。私が全て終わらせてあげよう。君達人間の破滅を以ってな!!」

 

「……っ、待て!!」

 

制止の声も虚しく、幻庵は帝鍵を手に観覧席から身を投げる。

瞬間、巨大な影が競技場を覆いつくすように現れた。

 

「あ、あれは……!?」

 

その姿に、ミライは戦慄した。

無理もない。

それは今までにない巨躯を持った、降鬼だったのだから。

 

「グオオオオオッ!!」

 

おぞましい咆哮が、瘴気に満ちた競技場を揺るがした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

突如競技場に出現した巨大降鬼に、その場は大混乱に陥った。

何せ対戦の真っ只中での突然の奇襲である。

只でさえ今までの対戦で疲弊している現状では、手に余るどころの話ではない。

 

「グオオオオッ!!」

 

加えてあの規格外の降鬼の豪腕が、こちらの攻撃の手を鈍らせる。

動きこそ鈍重で回避にさほど労することもないが、反撃しようにも体格差がありすぎて反撃に移れない。

 

「各機パターンβ!! 掃射開始!!」

 

「「Verstanden!!」」

 

しかし浮き足立つさくらとは対照的に、鉄の狩人達は瞬時に立ち上がり、それまでのダメージが嘘のように猛然と反撃を開始する。

実際のところ、伯林華撃団側にとってこの降魔の襲撃は想定の範囲内であった。

昨日の倫敦華撃団の対戦時の状況から、敵がこちらの対戦後まで待ってこちらの疲労困憊を狙ってくると踏んでいたエリスたちは、当初から自身たちの霊力を温存し、迎撃のための準備を整えていた。

先ほどの対戦でわざわざ足元を封じ込めるダメージの低い戦い方をしたのも、有事の際に帝国華撃団側にも可能な限り負担がかからないようにするためである。

 

「アナスタシア、行けるか!?」

 

絶え間ない霊力弾の掃射で降鬼を牽制しながら、エリスが叫ぶ。

見ればアナスタシアもまた、先ほどまでの激闘を感じさせない佇まいで降鬼に照準を合わせている。

即興でここまで息を合わせられるところは、流石に元同僚といったところだろうか。

 

「運命を切り裂く、青き流星!! アポリト・ミデン!!」

 

突きつけられた銃口から、絶対零度の氷撃が巨人目掛けて放たれた。

直撃箇所から一気に巨体の全身を氷が包み込み、巨大な氷柱を形成する。

だが相手は降鬼。

神器を用いてその身を包む邪気を切り払わない限り、何度でも復活する不死身の力。

それが降鬼の恐ろしさだ。

 

「……、氷柱が……!!」

 

10秒も立たぬうちに分厚い氷の壁がミシミシと音を立て、四方八方に亀裂を生じさせる。

そしてこちらの焦燥を嘲笑うように、降鬼は身の毛もよだつ咆哮と共に氷の封印を力任せに破壊して見せた。

 

「グオオオオオォォォオオオォォォッ!!」

 

超濃度の圧縮された妖力が、咆哮と共に瘴気を伴って一帯を包み込む。

大地さえ揺るがすその勢いに身動きがとれず、霊子戦闘機たちはその場に膝をついて堪えることしか出来ない。

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「メビウーーーーーースッ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

瘴気の闇を切り裂き、さくらたちを守るように一筋の光が降り立つ。

それが共に平和を守る巨人だと気づくまで、時間はかからなかった。

 

「メ、メビウス……!!」

 

「セアッ!!」

 

さくらの呼びかけに応えるように、メビウスは眼前の巨大降鬼目掛け正面から飛びかかった。

数万トンを誇る質量同士がぶつかり合うこと数秒。

制したのは、降鬼だった。

 

「ウオオオォォォッ!!」

 

「ゥアッ!?」

 

巨体が宙を舞い、背中から地面にたたきつけられる。

そのまま標的をメビウスに見定めたか、両手を組んでスレッジハンマーの要領で叩き潰しにかかった。

 

「クッ!?」

 

間一髪横に転がって回避し、起き上がる。

降鬼はそれでも腕を横になぎ払い追撃を仕掛けるが、今度はメビウスも身構えていた。

肥大化した豪腕に自身の肩を割り込ませて懐へ入り込み、エネルギーを集中させた左腕を降鬼の核目掛けて打ち込む。

敵の内部からエネルギーで攻撃するライトニングカウンター・ゼロだ。

 

「グオオオォォォ……!!」

 

「クッ!? ウウゥ……!!」

 

激しい抵抗に晒されながらも、内部にエネルギーを送り込み続けるメビウス。

神器が手元になくとも、自身の光エネルギーを触媒にすれば……、

 

「ゥアッ!?」

 

だがもう少しで核に届こうというとき、敵の内部に残るエネルギーがそれを押し返してきた。

まさか、降鬼にもこれほどの質量のエネルギーを保有している敵がいるというのか。

 

「グオオオオオッ!!」

 

怒りを帯びた咆哮を上げ、降鬼が迫る。

しかしそこへ、地上から無数の霊力弾が放たれ進撃を妨害した。

クラリスである。

 

「メビウスさん、私が抑えます! もう一度……、キャアアアァァァッ!!」

 

「クラリス!!」

 

だが絶え間ない霊力弾の嵐を、降鬼は力任せに腕を振りぬきクラリス毎吹き飛ばした。

緑の無限は抵抗の間もなく後方の壁にたたきつけられ、完全に沈黙する。

ならばこちらも全力で倒しにかかるほかない。

 

「スァッ! ハァァァァ……!!」

 

左腕のブレスレットからエネルギーを解放し、頭上で集約して∞の文字を形作る。

メビウス必殺光線、メビュームシュートだ。

 

「グウウウゥゥゥ……!!」

 

対する降鬼も、自身の肥大化した右腕に膨大な妖力を集約させ始める。

まさか、こちらと撃ち合うつもりか。

 

「セアアアァァァッ!!」

 

「グオオオオォォォッ!!」

 

10万℃を誇る熱光線と、瘴気を圧縮した波動が正面から激突した。

衝突の余波が周囲に飛び交い、無差別に競技場を破壊していく。

拮抗した力が膠着すること数秒。

打ち合った膨大なエネルギーが爆発し、二つの巨体が互いに押し戻される。

 

「クッ……!!」

 

程なくメビウスが、疲労を露に片膝をつき、倒れこんだ。

今の攻撃でエネルギーの枯渇に見舞われたのか、既にカラータイマーが点滅を開始している。

だが一方の降鬼もまた、人間の意識を取り戻しかけているのか、膝を突いたまま動かない。

その時だった。

 

「その男を助けたいか?」

 

何処からともなく、空間内に謎の声が響き渡った。

周囲を見渡すが、それらしい姿も気配も見えない。

その時、桜武の眼前に、一振りの刀が突き立てられた。

瞬間、さくらは驚愕する。

無理もない。

それはあの開会式の日に奪われたはずの、

 

「天宮……國定……!?」

 

母が遺した雨宮の神器、『天宮國定』だったからだ。

降魔に奪われたはずの神器を何故このタイミングで。

一体誰が。

だがこれが千載一遇のチャンスであることに変わりはない。

さくらは意を決して桜武のコックピットを飛び出し、神器を手に取る。

そして……、

 

「天宮の名の下に……、邪なる力を切り払う!! 天剣・桜花乱舞!!」

 

抜き放たれた神器の刀身に蒼き霊力が宿り、巨体を形成する妖力の壁を真一文字に切り伏せる。

やがて肥大化した黒の体表に瞬く間に亀裂が走り、充満した瘴気を放出しながら爆砕した。

その中に見えた正体に、一同は今度こそ言葉を失った。

 

「ギ、ギンガさん!!」

 

「スァッ!?」

 

何と、巨大降鬼の体表から現れたのは、開会式の時から幾度も自分達の窮地を救ってくれた天川銀河、ウルトラマンギンガだったのだ。

何らかの形で敵の手に墜ちてしまっていたのか、エネルギー切れを示すように胸部のカラータイマーは弱弱しく点滅し、自身は立ち上がることすらままならない。

 

「ギンガさん!? 大丈夫ですか!?」

 

思わず駆け寄るさくら。

だが、ギンガはかすかな気力を振り絞り告げた。

 

「逃……げろ……!! 絶界……が……解……かれ……る……!!」

 

「絶界……、まさか……!?」

 

天宮の力を示す言葉にハッとして空を見上げるさくら。

果たして瘴気に覆われていた競技場上空には、まるでひび割れたガラスのように空間全体に亀裂が走っていた。

どういうことだ。

まさか、今の神器の力が封印に作用していたというのか。

 

「いやはや、感服するよ天宮さくら。まさかここまで我々のシナリオ通りに動いてくれるとはね」

 

「誰っ!?」

 

横から聞こえた先ほどの声に、油断なく神器を構えるさくら。

姿を現したのは、今まで相対したことのない異形の降魔だった。

法衣を纏った僧のような出で立ちでありながら、顔面は左目を残して異次元のような空間を形成した異形の存在。

そしてその全身を覆いつくす筆舌尽くしがたいほどに膨大な妖力。

あの夜叉を超える波動を感じ、さくらは直感する。

この人物こそが降魔達を従えて事件を引き起こし続けた首謀者であると。

 

「我が名は幻庵葬徹。人間を、世界を滅ぼし、この終わりなき業の輪廻に終止符を打つもの」

 

「schießen!!」

 

言い終わらぬうちに、3機の狩人が一斉に火を噴く。

だがその弾丸が当たるかと思われた一瞬、突如としてその姿が掻き消えた。

 

「何っ!? 何処に……!?」

 

急ぎ周囲を警戒するエリス。

だが、そこで動きが途切れた。

何故ならその瞬間、背後からゼロ距離で妖力の波動の一撃をもろに受けてしまったからだ。

 

「エリスッ!!」

 

「このやろっ!!」

 

一瞬遅れて反応する二人。

だが幻庵はまるで退屈といわんばかりに嗤うや、エリス同様に2機のアイゼンイェーガーの間に瞬間移動し、やはり両手からの強烈な波動で沈黙させる。

何ということだ。

世界屈指の実力を持つはずの伯林華撃団が、ものの数秒で壊滅してしまった。

あの夜叉という降魔も恐ろしい力を持っていたが、この降魔はその比ではない。

何故、これほどの妖力をもつ存在に、今の今まで気づかなかったのだろうか。

 

「さくら、私が背後を担うわ!」

 

「アナスタシアさん……、分かりました!!」

 

アナスタシアの声にハッと意識を引き戻し、神器を構えるさくら。

そうだ。

敵が瞬間移動の能力を持っていたとしても、こちらが囮になってその隙を突けば……、

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「隙ありよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その一瞬、何が起きたのか分からなかった。

囮役を買って真正面から切りかかった刹那、後方で銃声が轟いた。

同時に、体の感覚が消え、手足の自由が消える。

視界が急速に歪み、地面が、目の前に……

 

「(あれ……、私……何で……?)」

 

何も分からないまま、消えていく意識。

夢か幻か、その最後の糸が切れる寸前、あの声が、聞こえた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「さくらあああぁぁぁーーーっ!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前に移ったその光景に、神山は我を忘れて絶叫した。

予想通り東雲神社から刀身を輸送したという連絡を受け、待機していたミライと初穂に先を託したまでは良かった。

だが程なく出現した魔幻空間に競技場が包囲されたという報告と、アナスタシアから受けた救難信号に一抹の不安を抱え、あざみと共に急ぎ競技場まで舞い戻った。

果たしてその先に見えたのは、敵陣の真ん中に倒れ伏す幼馴染の少女だった。

 

「嘘だ……」

 

壁にめり込み動かなくなった緑の無限。

その場に倒れ伏す二人の巨人。

そして、少女の背後に砲塔を突きつけた一機の狩人。

目に映るすべての情報を、神山の心は一瞬拒絶した。

 

「さくら……、嘘だ……嘘だ!!」

 

「誠十郎、落ち着いて!! まずはさくらの容態を確かめる!!」

 

これまで窮地に驚きこそすれど取り乱すことのなかった神山に、戸惑いつつも呼びかけるあざみ。

しかしその言葉で辛うじて冷静さを僅かながら取り戻した辺りは、やはり軍人というべきだろうか。

だが次の瞬間、更に衝撃的な言葉が神山を襲った。

 

「よくやったぞ『アイスドール』。まがりなりにも天宮の血筋の裏を突くとはな」

 

「……任務を遂行したまで」

 

倒れたさくらの手から悠々と神器を奪い取る異形の怪物。

そしてその後ろにつき従う、青の狩人。

どういうことだ。

あの機体に乗っているのは、仲間だったはず。

共に舞台を舞い踊り、戦場を駆け抜けた仲間だったはず。

 

「アナスタシアッ!!」

 

気づけば、神山はその名前を叫んでいた。

こちらに振り向いてくれると信じて。

だが……、

 

「いかがだったかしら、キャプテン。……名演技だったでしょう?」

 

「どういうことだ、アナスタシア!!」

 

「見ての通りよ。貴方達華撃団に潜入して情報を流し、絶界の封印を破壊する一助とする。それが私『アイスドール』の任務」

 

一縷の望みを懸けて問いただすが、返ってきた答えは冷たいものだった。

信じられない。

信じたくはない。

だがこの状況、そうだとしか考えられない。

 

「……騙していたのか。俺達を……花組を……」

 

「アナスタシア……!!」

 

隣のあざみもまた、縋るような眼差しで見る。

だが、その瞳に応える事無く、青の狩人は背を向ける。

 

「待ってくれ、アナスタシア!!」

 

「無駄だよ神山誠十郎。君達はそこで見ていたまえ。この世界が灰燼に帰する瞬間を!!」

 

異形が神器を空に向かい一閃した。

瞬間、空間に走っていた亀裂が一気に広がり、ガラスが割れるような音を立てて砕け散る。

その先に見えた光景に、神山は言葉を失った。

 

「な……、何だ……これは……!?」

 

それは、禍々しい邪念に覆われた空間だった。

金色にギラギラと光る廃墟を覆いつくす漆黒の植物のような生命体。

それらは不規則に核のような器官を紫色に明滅させ、生物の血管のように脈動する。

まさか、これが10年前に降魔皇が封印されたという絶界の異次元世界なのか。

 

「フハハハハ……、目障りだった大神一郎はもういない!! この幻庵葬徹が、全てを消し去ってくれる!!」

 

絶望の波動が競技場一帯を包み込む。

やがてそこから現れたのは、上空の廃墟を模したような禍々しい不規則な魔城だった。

 

「絶望せよ、帝都!! 絶望せよ、世界!! 今日この日を以って、人類の歴史は終わりを告げ、理想の世界が訪れるのだ!!」

 

<続く>




<次回予告>

降魔皇復活まで、残り僅か。

だが俺は諦めない!

さくらとアナスタシアを取り戻し、

幻庵葬徹を止めてみせる!!

次回、無限大の星。

<決戦!命を懸けて!!>

新章桜にロマンの嵐。

未来を……、頼む……!!
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