終わりの魔導書   作:peg

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止水の鏡

「あー」

「あー、だりぃなぁ」

 

 王都の陰気臭い片隅にある骨董屋の軒先で、ウン某とダメ店主が座り込んでいた。

 時節は春先。肌寒い風が吹く中、陽気にも陽だまりで体を温めているのだ。

 偶にこの道を近道で通る学童から白い目を向けられているが、彼らはまるで気にしていなかった。

 

 己はダメ店主から日向ぼっこに誘われたが断った。ウン某の言う日の光に含まれるシガイセンとやらは、己の体に悪さをするらしい。

 

「ごめーん、待った?」

「全然、今来たとこ」

「……」

 

 春といえば出会いの季節。

 情緒もヘッタクレもないが、陰気な通りには薄汚くうらぶれた安宿もあり、時折妙齢な人間達が逢瀬を重ねているのを見かけることがあった。

 適齢期での繁殖に失敗した個体たちだ。不思議なことに人間は適齢期での繁殖に失敗すると、そのまま鬼籍まで残りの人生を駆け抜ける気来があった。ダメ店主はその口であるし、ウン某にもその傾向は見て取れた。

 

「おい、お前もどっかで声かけて来いよ」

 

 どこか遠い顔でそれを眺めていたウン某へ、ダメ店主が声を掛けた。ダメ店主はこんな成りでも、随分と王都で浮世を流している。うきは浮きでも憂き世の方だが。己の聞いた限りでは、いずこかの店で金の卵パーティとやらを開いているらしい。

 

「嫌ですよ。私はお金を溜めて何処か遠いところへ行くんです。この国でのしがらみなんていりません」

「あー……」

 

 ウン某は王都に嫌気が差していた。

 

「あ、うん○マンだ! おーい、う○こマーーン!」

「しっ、見ちゃいけません!」

 

 となりの八百屋に来た親子からのこのやり取りも、今ではここらの名物と化している。低年齢の子供にはやたらと人気のあるウン某であった。

 

「ほら見ろ。お前はある意味この国の英雄なんだ。まぁ、元気だせよ」

「出るか!」

「出たじゃねぇか。よっ、快便!」

「ファァァッック!!」

 

 ウン某は頭を抱えて口汚く叫んだ。

 そのとき、通りから鎖を引きずる音が聞こえてきた。

 

「悪かったって!」

「駄目だ! もう沢山なんだ! 僕たちは、君を追放する」

「な、なんだってー!?」

 

 遠くからそんな会話が聞こえてくる。

 春先、出会いもあれば別れもある。

 王都に本部のある相互扶助組合とやらの組合員だろう。日雇いの労働者が多い彼処の所属員には、己も思うところがある。

 

「あー……。おまえ本しまってこい」

「え?」

「あいつはな、遺跡で探窟家(ギルドマン)に盗まれて速攻で売られた可哀想なやつなんだ」

「そんな過去が……」

「だからな、く。せめて、ギッルドフッ、マンが来たときは、くく、隠そうと思ってなははは。だ、駄目だ、思い出し笑いが……はっははは」

 

 ダメ店主は地面で転げ回った。流石に莫迦にし過ぎだろう。

 

「たぶん、アンタに一番腹が立ってるよ……」

 

 無言で赤い火花を散らしまくる己を一瞥したウン某は、ダメ店主へ呆れ顔を返した。

 

 そんなやり取りをしていると、店へ幾人かの集団が訪ねてきた。

 先頭にいるのは赤い鎧を着た男。続いて、魔法使い風の女、そして武道家らしき少女に引きずられて、鎖で締め上げられた板金鎧の男がやってきた。

 

「ん? あんたら客か?」

「そうだ。こいつを買い取ってもらいたい」

「は? いや、来る店間違えてない?」

 

 定石通りの構成をした組合員達だ。あろうことか、味方を売り払いたいらしい。

 

「助けてくれ! 人さらいだ! 助けてくれ!」

「なんてこと言うんだ!? この、人でなしが!!」

「この! この! 黙りなさい!」

 

 にわかに騒ぎ出した鎧の男を他の三人が足蹴にし始めた。

 

「あの〜喧嘩なら他所でやってくんない?」

 

 しびれを切らしたダメ店主が、不機嫌そうに言った。

 

「違うんです! コイツを買い取ってもらいたくて!」

「はした金でもいいんです!」

「助けてくれ! 人さらいだ!」

「まだ言うか!」

「黙れ! この、黙れ!」

「なんなんだアンタら……」

 

 どういうことだろうか。

 ダメ店主は、ついには人身売買にも手を出し始めたということだろうか。

 

「えぇ……。道理に沿わないことは、決してしないと心に決めているんです。私、この店辞めます。今までお世話になりました」

「おいィ、ちょっと待て! 俺は関係ないだろ!?」

 

 折り目正しく直角にお辞儀したウン某にダメ店主が焦り始めた。

 ウン某は道理などと言っているが、自然に帰るべき汚物を消滅させている男だ。そのうち自然界からの使者がウン某を消滅させに来るだろう。

 

「聞いてないんですけど!?」

「何その動き、怖っ!?」

 

 お辞儀したまま、ウン某は体を捻りあげて己の方を振り返った。腰の関節はどうなっているのだろうか。

 

「ったくよぉ。これじゃ、おちおち昼寝もできないぜ。ちょっと待ってな」

「あ、このカオスな現状を放置してどこ行くんです!?」

 

 ダメ店主は店の奥に引っ込んでいった。

 大方、変な道具を持ってくるつもりだろう。

 しばらく経って、ダメ店主が戻ってきた。

 

「よし、こいつで良さそうだ」

「何を持ってきたんです?」

「まぁ、見てなって。おい、お前らこれを見ろ」

 

 ダメ店主が取り出したのは、一抱え程ある鏡だった。あれは、〈止水の鏡〉だ。

 

「こいつはな、写した者の悪意やわだかまりを吸ってスッキリとさせてくれる鏡だ。お前らにはちょうどいいだろう。そら、行くぞ」

「え?」

「あちょ、まっ」

「オロロロロロロン」

 

 鏡が組合員達を映し出すと、おどろおどろしい声を響かせた板金鎧の男が、中身を無くして崩れ落ちた。

 

「え?」

「ひとごろ……」

「ちがーう! まてまて、これはちがう!!」

 

 ダメ店主から滝のような冷や汗が迸った。

 

 

 

 

「ヘイトコントロールってやつですねぇ。しかし……」

 

 結論から言えば、板金鎧の男は敵対するものからの敵愾心を煽る道具だったらしい。敵愾心の塊のような何かを吸ったことで、〈止水の鏡〉も変化した。

 

「こんにちはー! 死ね!!」

「うっわ、腹立つ」

 

 なんと鏡に写ったものの姿で、やたらと煽り返してくるようになった。さらに、煽られているのに鏡の前から去ると妙にスッキリするらしい。

 

「何だこの感情のジェットコースターは……。絶対何かが吸われている。何かは、分かりませんが……」

 

 鏡の中の自分が普段しないような変顔やポーズを返してくるため、王都の子供たちの界隈でたちまち大人気となった。

 

 最終的に道具を気に入った王都の大貴族が、大枚を叩いて買っていくのだった。

 

 尚、例の組合員とダメ店主は、変化した鏡の金を巡って争うことになるのだが、それはまた別の機会に語ろう。

 

 

 

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