チームポラリスの日常 作:ジャスタウェイ
私はトレーナー。トレセン学園でウマ娘のトレーニングを担当している。担当するウマ娘達の体調とモチベーションを慮りトレーニングのメニューを吟味し勉学を終えた彼女達を出迎えトレーニングに入る。これが日々のローテーションだ。
今日はカレンチャンのレースのため小倉競バ場へ向け東京駅から博多への新幹線の中でくつろいでいる。わざわざ五時間の道のりを行くなら飛行機でいいのではとなるが、トレセン学園やURAの公式見解でトゥインクルシリーズ、ドリームトロフィーリーグ所属のウマ娘が飛行機での移動をすることは非推奨とされているため仕方がない。
またそれと別にチームポラリスには新幹線にルールがある。それは座席は指定席で、余計に確保しておくことだ。
「オグリ早よこんかい!」
「ま、待ってくれタマ! この加熱式弁当が気になって」
「加熱に一個八分かけて何個食べる気や!? 食い終わる前に博多に着いてまうやろがい!」
名残惜しそうに手を差し伸ばす先、駅弁屋が深く深くお辞儀をしてオグリを新幹線へと送り出した。発進する新幹線の窓から加熱式弁当以外の場所にいそいそと本日売り切れの札を作る弁当屋の姿を流し見つつオグリキャップの得た戦利品を開いている座席に置く。一列を逆向きにしてチームポラリス全員がそこで小倉への旅路を楽しんでおり、余っている席にオグリキャップの戦利品が……まだ二駅くらいしか止まってないはずだが結構な量がもう積まれ始めていた。私の手元にはとても長い領収書。これがないと弁当代やら食事代が自費になってしまうのである種命より大切な領収書だ。
「わーオグリ先輩こっち向いて! はいチーズ」
カレンチャンが呑気に食べるオグリキャップをウマッターに上げる。その先でゴールドシップとマックイーンはなぜか足つきの碁盤で囲碁をやっている。ルールわかっているのだろうか。
「王手」
「でしたらここに新たな王を」
わかってない。囲碁の細かいルールはわからないが絶対に違う。
視界を斜め前に向ければビワハヤヒデが落としたりしても安全なように布を巻かれたダンベルを上げ下げしている。後日皐月賞トライアルの若葉ステークスに出場予定なのだ。
「新横浜越えたからトレーニングは終わりにしよう」
「……私はまだいけるが」
今はひたすらパワーを上げることに注力しているのだ。ただ少しオーバーワーク気味になってきているので注意していく必要があるだろう。
「無理しすぎない方がいいよぉ」
その隣でのんびりしているのはセイウンスカイだ。今のシニア中、長距離戦線でスペシャルウィークやキングヘイロー達と激戦を繰り広げている一人でそろそろ世代揃ってドリームトロフィーリーグへの移籍も視野に入っている。のんびりして適当そうだがその強みは絶妙なペース配分を用いて後続を幻惑する駆け引きの鬼でクラシックの頃はこれが見事に嵌りキングヘイローやスペシャルウィークを押し潰し皐月賞、菊花賞を制した二冠ウマ娘である。
「それはそうなのだが……いやすまない。チケットやタイシンの事を考えるとどうしてもな」
ウィニングチケットはアクルクス所属のウマ娘で今クラシック戦線の有力候補だ。情熱的なウマ娘と聞いている。
そしてナリタタイシンは知り合いの熱血トレーナーが担当している子だ。現状体の小ささで競り負けるなど良いレースが出来ているとは言えない為、トレーナー間では皐月賞はビワハヤヒデとウィニングチケットのニ強対決と目されているものの、あの熱血トレーナーが指導をしているなら何かがあるのではと思わせる。
焦る気持ちは痛いほどわかるので、素直にトレーニングをやめてストレッチに入ってくれるのはトレーナーとしてはとてもありがたかった。マックイーンなどはオーバーワークと言ってるのに止まってくれない頑迷な面もあって苦労した。
「じゃあ気晴らしに最速しりとりでもしよ〜か?」
「それは一体?」
「最速で"ん"で終わらせるしりとり。じゃぁビワハヤヒデからすたーとしよ」
「成る程……ではしりとりから……鱗粉」
「ンジャメナ」
「!? な、ナリタタイシン」
「ンゴロンゴロ」
「!!? なんだそれは!?」
「世界遺産だぞーい」
ゴールドシップが傍から補足を入れる。セイウンスカイによる予想外の返しにビワハヤヒデが混乱しているのを苦笑しつつゴールドシップとマックイーンの方を見ると碁石が積み上がってピラミッドを形成していた。
「……そっちの二人はどういう状況なんだ」
「王を討たれてしまったので墓所を建てていましたの」
「アタシは前方後円墳がいいと思ったんだけどさー」
「やはり墓所といえばピラミッドではありませこと?」
囲碁という規範を破壊し新たな価値観を生み出している……その時ふと閃いた! このアイディアはビワハヤヒデとのトレーニングに活かせるかもしれない!
「んな訳ないだろ!!」
「ど、どうしたトレーナー」
「気にすんなやビワハヤヒデ、このトレーナーのいつもの事や」
「そうだな。クラシックの頃の私が食事をしているのを見てよく自分の頭を引っ叩いて自分にツッコミを入れたいた」
「これやるとなぁ意味わからんトレーニング方法提案されることあんねんな。効果的なのがタチ悪いんや気ぃつけぇやビワハヤヒデ」
ひどい言われようであるが、実際一日くらいするとさっきの閃きが具体案に切り替わってくるのだ。恐らくは私のトレーナーとしての勘が何かを察知し、それを経験からの具体案として組み上げるのに一日程度時間がかかってしまうのだ。
「薄々思ってたけどお兄ちゃんがこの間出した変なトレーニングサクラバクシンオーさん見て思い付いたでしょ」
「そうだね」
カレンチャンが言うことは正しい。実際サクラバクシンオーが補習を受けている様子を見て思いついたものだ。
「でも良いトレーニングだったろう?」
「それが理不尽を感じさせるんやろなぁ」
タマモクロスが遠い目をした。
「何にせよカレン、これから行く小倉での一戦は大事なものになる。負けるとは全く考えていないが、気を引き締めるんだぞ」
「そうですわね。でもカレンさん、あまり緊張しすぎるのも良くありませんわ。適度に、適度にでしてよ」
「それにはやはり食事が大切だ。食べるといい」
オグリキャップが戦利品の駅弁の山に手を出しカレンチャンに差し出す。一個どころではない八個だ。それを片腕で渡すという無駄に高度なバランス感覚を発揮している。いやそこじゃなくて多い、受け取ったカレンチャンの笑顔がちょっと引き攣ってるぞ。
「あ、ありがとうございますオグリ先輩」
「いや無理せんと、昼にこんな食えんのはオグリくらいのもんやで」
「おやつのつもりだったんだが」
「なんでや! この量をおやつに出来んのはジブンくらいやろがい!」
「今日と明日で移動・休養・調整をやるのに突然の摂取カロリー大量増は勘弁して……」
ウマ娘は内臓も代謝も基本強いので問題ないことが多いが、食べすぎると結構すぐに太り気味になる。そうなると痩せる事を主体としたトレーニングをする必要があるが今日明日では流石にレースに間に合わない。
オグリキャップがあれだけ食べても平気なのはそれを消費し切るほどの膨大な運動量をしているからだ。ふと閃いた! このアイディアはカレンチャンのトレーニングに活かせるかもしれない!
私はもう一度自分の頭を引っ叩いた。
後日、無理して食べることもなく緊張をそこそこにカレンチャンは見事小倉でのレースを一着で制する事となった。
登山家のヒントレベルが1あがった!
栄養補給のヒントレベルが3あがった!