Battle Spirits ~The hero of moon right~ 作:クロコッペ
「おっしゃーー!! 今日も上げてくぜッーー!!」
バローネと世界チャンピオンの戦いから数週間。
ミカの経営するバトスピショップは一躍有名となり、これまでにない大盛況となっていた。
「おっ……ハチマキ。来たのか」
ハジメはそんな人だかりで混み合っている店内に入ると、一人の少年に話しかけられた。
抑揚のない声と目元まで深くかぶったキャップ。
手にはスケッチブックと鉛筆が握られている。
「おお! チヒロじゃん! テガマル達は!?」
その少年の名は日下チヒロ。ここら一帯で名の通った『テガマル組』の一人だ。
いつもならばその名の通りテガマルと行動しているのだが今日に限っては一人きりだった。
「あいつらは、なんか用事があって来れないだとさ」
「ふ~~ん。じゃあチヒロはなんか用事か?」
「まあ……な。でも無駄足だったみたいだ」
そう呟くとチヒロは視線を下へと落とす。
何やら残念そうな面持ちで床を見つめるその表情はどこか哀愁を漂わせる。
ハジメはそんなチヒロを見て少しやり辛さを感じると話題を逸らした。
「そ、そういえばさ! 今日はSBの日だけど、いつもとは一味違ったものをやるようだぜ! あの姉御のことだから何を考えてるのかな~~なんて……」
時刻は午後11時。
SBがそろそろ始まってもいい時間だ。
周りの者もそれを察しているのか、何やらピリピリしている。
今にも始まる激戦に備えて、相手を品定めするかのようにギョロギョロと視線を泳がす輩もいる。
「さあな。俺、今日は大会に出る気分じゃないんだ。絵でも書きながらゆっくりと高みの見物でもしておくよ」
「えーー!! 出ないのかよチヒロ! そんなこと言わずにさぁ」
他人事をまるで自分事の様に駄々をこねるハジメ。
しかし一度言ったことは曲げないのがチヒロだった。
なのでどれだけハジメが言おうと彼の決心は変わらない。
そんな時。
「へーー、それはいいこと聞いちゃったあ!」
ガシッ!!
突然二人は後ろから抱きつかれた。
ハジメとチヒロの首にかかってるいのは白くてしなやかな女性の腕。
ハジメは赤面しながら顔を後ろに向けると、
「あっ! 姉御じゃん!!」
そこにはいつものようにピンクのエプロンを着たここのオーナー、如月ミカがいた。
「こんにちは~ハジメ君! 今日のSB出てくんでしょ、今日の商品はすごいから期待しててね!」
「まじで!? うおぉぉ! 上がってきたぁぁ!!」
「そしてチヒロ君」
「なんだ?」
「SB出ないんだったらお店の仕事手伝ってくれない? お客さんが多すぎて猫の手も借りたい状態なのよ~~」
確かにバローネとミカしか働く者のいないこの店は客の比率があっていない。
しかも今ここにいるのはミカだけ、バローネの姿はどこにも窺えなかった。
「あれ? バローネさんはどうしたの?」
「……」
ハジメの追求にミカは言葉を詰まらせる。
まるで聞かれたくなかったことを聞かれたかのように、辛い表情をして。
「俺もその『バローネ』っていう人に会いに来たんだ。同じ白使いとしても聞きたいことがあったからな」
チヒロもバローネの行方をミカに尋ねる。
だが、やはりミカは黙ったまま。
「そ、そんなことはいいから……早くしないとSB始まっちゃうよ? ほらほら急げ~~」
勢い良く立ち上がったミカ。その勢いで彼女のエプロンのポケットから一枚の紙が落ちた。
その紙をハジメが取ってみると、そこには達筆な字で2,3行の文が綴《つづ》られていた。
『俺はもう長くはない。だから最後は一人で静かに消えていきたい。探さないでくれ』
「これって……!!」
「ミカさん……これはあの人が書いたものなんですか?」
ハジメとチヒロが形相を変えてミカに詰め寄る。
それを間近に目にし、これ以上誤魔化しが効かないと悟ったミカは、仕方がなく事情を説明し始めた。
「実はね、ここ最近バローネの様子がおかしかったのよ。特に病気でもないのに、まるで何かの激痛に苦しむように何度も何度も呻き声を上げて……」
それを思い出すたびにミカの表情は悲痛に染まっていく。
彼女が何を思い、何を感じ、何を求めバローネに接してきたかは十分にわかっている。
わかってるからこそハジメとチヒロはミカの決断に納得がいかなかった。
「なんで! なんで諦めてるんだよ姉御!! バローネさんは戻ってくる! ただ、はしゃぎ過ぎた反動がここに来て出てきただけだろッ!」
「そうだ。あの人はそう簡単に消えるたまじゃない。ハチマキ、俺達で探しに行こう」
チヒロはキャップをかぶり直しハジメに視線を送る。
ハジメはそれに頷くと、
「姉御! 待ってろよ! 俺がバローネさんを連れ戻してくるから!」
チヒロとともに店から飛び出し、どこかへと走り去っていた。
ミカはそんな様子を呆然と眺めながら立ち尽くす。
「バカね……もう、遅いのに」
まるで何も知らない二人の子供を憐れむかのような視線を送りながら。
◇ ◇ ◇
「うっ……ぐゥゥゥ……」
体が軋む音が聞こえてくる。
一歩先に進むだけでも、関節部に激痛が走り、骨が、肉が、根こそぎ消滅していくかのような錯覚に囚われる。
「はぁ……はぁ……グッ!!」
今にも破裂しそうな心臓を抑えるようにして胸を掴む。
心拍数が異常なほど上昇していて、手にはその鼓動がビートを刻むように激しく伝わってきた。
バローネが今いるのは、この街の丘。
今年の夏に世界チャンピオンを決める特設フィールドが一望できる見晴らしの良い場所だった。
『苦しいか、月光の覇者よ』
バローネの頭に貫禄のある男の声が聞こえてきた。
バローネが体調を悪くしてから、何度も何度も聞こえてくるこの声。
それは魔族の間では誰もが忘れなもしかった一人の人間の声だった。
「……否定はしない。だが、これも仕方ないんだろ……“異界王”?」
顔面までも蒼白なバローネは近くのベンチに腰を降ろし、この街の景色をゆっくりと見渡す。
『ああ、そうだ。月光のバローネ。貴様は神々の砲台から発射されたあと、マザーコアの力によりここの世界へと移された。しかし、それはただの延命措置でしかなかったということだ』
「別の世界から来た俺を、この世界が拒んでいる。今まさに俺というシミを洗い流そうと躍起になっているわけか」
ゼエゼエと呼吸を荒げ、バローネは笑った。
この世界が真っ黒なインクが入った瓶で、バローネが一滴の白いインクだとする。
一滴の白いインクがその瓶に落とされたとしたら、それは瞬く間に黒一色に染め上げられてしまう。
まるでその存在そのものが無かったかのように、消されてしまうのだ。
『貴様は今までマザーコアの力によりこの世界で存命できていた。だが、その力も薄れてきている。
もってあと数時間といったところだろう』
「……もとより、俺はあそこで消えるはずだったんだ。これだけの猶予が与えられただけ……満足さ」
多少の未練はあっても悔いは一切なかった。
バトルスピリッツを通じ、こうして様々な人間やカードに出会えたこと。
負けを知り、勝ちを知り、そして仲間の大切さも改めて確認できた。
これ以上なにを望もうというのか。
「最後に問う。異界王」
『なんだ、バローネよ』
「お前は何故俺に話しかけられている? お前もこことは別の世界の人間だろうに」
『そんなくだらんことか』
異界王はバローネの質問を軽く鼻で笑って、
『私は全知全能の神ともいえる存在となった。例え肉体が朽ちようとも、魂はあり続ける。次元を超え、別の世界までも把握できる魂へと昇華したのだよ』
「まさに化け物だな。さすがは俺達魔族を支配していただけある……」
それからは会話は続かなかった。もう語りたいことは全て語り尽くしたのか、相手が異界王だからなのかはわからない。
バローネは自分の身体が徐々に透け始めていることに気づく。自身の身体だけではなく、身に着けている服、腰に掛けたデッキケースまでもが。
「俺が関わった物も、証拠を残さないために消すというわけか……この世界はどうも几帳面でいけない」
透けるデッキケースからカードを取り出してみると、同じようにカードもその存在が消えかかっていた。
せっかくこの世界で集めたカードが消えて行く事にバローネは少し苦に思う。
「だが、これも定め……甘んじて受け入れよう」
バローネはここからの景色をベンチに腰掛けながらじっくりと眺めた。
近くには海もあり、波が押し寄せては引いていく音が聞こえ、潮の香りが微かに鼻孔をくすぐった。
この街にこれて本当に良かった。
未来のように荒廃したところではなく、自然が豊かで、穏やかな空気が包むこの街に。
そんな時、二人分の足音がこちらに向かってくる音が聞こえた。
その音は段々と大きくなっていき、バローネのすぐ隣まで来ると、その音はピタリと止まる。
バローネはまだ海のほうを眺めたまま、こう口にした。
「何か用か。お前ら」
「バローネさん!! 何やってんだよ!!」
二人のうち、赤い鉢巻をつけた少年が叫んだ。
そう、バローネを探し、ここまで来たのは陽昇ハジメと日下チヒロだった。
◇ ◇ ◇
「何……と言われてもな。見ての通り俺は何もせず、ただ黄昏れているだけだが……?」
バローネは目の前の少年たちに何から話そうか迷った。
ミカには自分がこの世界の住人ではないこと、そしてそのせいで自分が消える定めにあることを話した。
しかし、それと全く同じ事をこの少年たちに話すのは酷なことだし、何より残された時間はあとわずかなのだから、無駄に浪費したくない。
「なんで……あんた体が、透けてるんだ……?」
大きく目を見開いて、チヒロが呟く。
その言葉で気づかされたハジメも目の前の異常な光景に息を呑んだ。
「時間が惜しい……端的に説明する」
バローネは体中に駆け巡る激痛を堪えながら二人の方を向きこれだけを口から言い放った。
「俺はあと数時間でこの世界から消えてなくなる。お前らの中にある俺の記憶と一緒にな」
「嘘だろ……!?」
「なんだよそれ!! バローネさんが消えて、俺達もバローネさんのこと忘れちまうってのかよ!」
バローネは否定も肯定もせずに静かに目を閉じた。
段々と痛みが薄れてきたのがわかる。もうこれは自分の迎えが到着したのだろう。
「バローネさん!! あんたはチャンピオンにも勝ったんだろ!? じゃあ俺にリベンジしなくてもいいのかよ!? 負けたまま消えて行くなんて満足できんのかよ!!」
「俺はアンタに教わりたいことが多くある。同じ白使いとしてデッキの組み方や、ゲームの進め方……だからそんな早くにいなくなるよ……」
ハジメの目には涙すら浮かんでいた。
それを必死にこらえようと唇を噛み締める姿が、ひたすらに悲しみを物語っている。
「俺……さ。新しい相棒を手に入れたんだ。
ロード・ドラゴン・バゼルっていう……これでまたバローネさんとバトりたい! だから……!!」
「フッ……残念だが、それは叶いそうにないな……。見ろ、俺が消える前に俺のカードが消えてしまった。残っているのは……またこの2枚だけだ」
バローネが見せてきたのは月光龍と月光神龍。
それもタワーで当てたものではなく、この世界に来た時についてきてくれた2枚の友だった。
「だったら、俺のを使ってくれ。同じ白だから使いやすいはずだ」
チヒロが自分のデッキケースをバローネに手渡す。
「執念深いな……いい加減休ませてくれてもいいというのに……」
バローネはチヒロのデッキに月光龍と月光神龍のカードを組み込み、仕方なしに立ち上がる。
何故この少年はここまで自分に固執するのか。
どうせ自分が消えたらここで戦った記憶もなくなるというのに。
「だが――――」
消えるとわかって、何故求める。何を求める。
失うとわかって、なぜ得ようとする。
自分は最後に何を思い、何を感じ、何をしようとしている。
「挑まれた戦いには全てバトルスピリッツで応える。それがこの俺、月光のバローネだ。最後の戦い……存分に楽しませてくれよ? 少年」
「おう! 俺は、チャンピオンを超えたアンタを倒して、覇王《ヒーロー》になる!」
「そうか、ならば行くぞ。ゲートオープン……」
「――――界放!!」
◇ ◇ ◇
バトルが開始されてもう何ターンが経過しただろうか。
バローネは朦朧とした意識の中でカードとコアをひたすらに動かしていた。
バローネのライフは2。ハジメのライフは1。
こんな状態で、さらには自分のデッキでもないというのにバローネは確実にハジメを押していた。
「スタート……ステップ」
ギン、とディスプレイの外枠から光が漏れる。
フィールドには月光神龍と月光龍の2体。
最期にこの2体をフィールドの引っ張り出せてバローネはどこか満足をしながらバトルを進める。
「メインステップ……」
バローネは自分の手札に目をやる。
チヒロのデッキはバーストが中心に組まれていて、ブレイヴは殆ど無い。
2体の龍にブレイヴを与えてやることすらままならないのが現状だった。
「バーストをセット」
ブレイヴを出すことはできないが、そのかわりバーストなら豊富に存在する。バローネは最後の賭けに一枚のカードを伏せた。
「さあ、バローネさん! いつでもかかってこいよ! 俺のロードドラゴンが相手になるぜ!」
ハジメのフィールドのは英雄龍と爆炎の覇王がそれぞれレベル3で待ち構えている。合体していない月光神龍ではバゼルのBPには敵わない。
「エンドステップだ、少年」
バローネはこのターン動かなかった。
それはまるで、赤なら赤らしく自分から仕掛けてこいと言ってるかのようだった。
「おっしゃあぁぁぁ!! 上げてくぜぇぇぇ!!」
鉢巻を締め直し、ハジメは自分に活を入れるかのごとく大きく叫んだ。
これが最後、本当に最後のチャンスなのだ。
だからこそ勝つ。バローネが消えても、リベンジしに再びこの世界へ戻ってくるのに期待してるから、自分は勝たなければならない。
「バーストをセット! そして、アタックステップ!」
ハジメは自分の前に立つ英雄龍の背中をじっと眺め、何かを託すように、
「行ってこい!! 英雄龍ロード・ドラゴン!!」
「来るか……月光龍ストライク・ジークヴルムでブロック!!」
円形のフィールドの中心で英雄と月が衝突する。
ハジメと最初に戦ったときは互いに直接刃を混じ合わせることはなかった2体。
その2体はこうしてやりあえることを楽しんでいるかのように宙を舞った。
「フラッシュタイミング!」
その激闘をハジメが遮る様に口を開いた。
――――手に、一枚のマジックカードが握りながら。
「マジック、五輪転生炎を使用! 【系統:戦竜】を指定し、バゼルとロードドラゴンのBPを+4000!!」
【五輪転生炎】
フラッシュ:系統1つを指定する。このターンの間、合体していない指定した系統を持つ自分のスピリットすべてをBP+4000する。
「我が友のBPを上回ったか……!」
月光龍は合体していないのでBPは10000のまま。対して英雄龍は今のマジックによりBPが4000上昇したので13000となった。
英雄龍は刀を抜き天にかざす。
するとそこには空気を圧縮するかのように空間を捻じ曲げる炎が発生した。
それにすらも怖気づくこと無く月光龍は両爪に紫電を纏わせ、英雄龍へと突進してくる。
ガギィン!!
両者は再び空中で激突し、爪と刀が交錯する甲高い金属音が鳴り響いた。
刀と爪が命の応酬を繰り返す。
しかしリーチの関係上、爪では不利。英雄龍の刀の一撃を回避できず、月光龍の翼が斜めに切り落とされ空中から落下する。
それを追うようにして英雄龍も地面へと舞い戻った。
「!!」
その瞬間に英雄龍のハチマキがハラリと落ちる。
英雄龍も無傷というわけではなかった。
額には三つの閃光が走っていて、右目ごとハチマキが切り裂かれている。
そして腹部には深々と牙によって付けられた傷までもあった。
お互い満身創痍のこの状態。
英雄龍は刀を構え直し、月光龍は傷だらけの身体に鞭を入れて起き上がった。
四本の足で地を踏み、まるで肉食獣のような唸り声を上げて駈け出してくる月光龍。
それをじっと見つめ、英雄龍はまだ生きてる左目も閉じた。
音だけに集中する。他の情報は何もいらない。ただ感じ、思ったところに刃を重ねれば――――
ザンッ!!
一閃。
月光龍の牙が英雄龍に届く前にその一撃が走った。音速をも超える速度で薙ぎ払われた刀は月光龍の硬質なボディすらたやすく切り裂き、その地へと屈服させる。
動かなくなった月光龍。それを弔うかのように英雄龍は刀を地面へと突き立てその場を去った。
刀とともに残された月光龍は最後に顔を動かし、今まさに消えかかってる自分と重ねてバローネのほうへと向いた。
紫のバイザー越しに点滅するツインアイ。それが何を伝えようとしているのかはバローネには痛いほどわかった。
「ああ……俺もすぐそこに行く。だから……先に行って休んでてくれ」
直後。
月光龍の体が辺り一帯を飲み込む炎に包まれる。その爆炎は徐々に肥大化し、英雄龍の残した刀もろとも月光龍を消し去った。
「俺のスピリット破壊によりバースト発動――――」
月光龍は最後に残してくれたもの。それはバーストのトリガーであり、月光神龍への贈り物。
「ブレイヴ【オーセベリング】をバースト召喚、そして月光神龍へと直接合体!」
そう、このバーストが主軸のデッキに唯一入っていたブレイヴカード。
バーストブレイヴだった。
鈍い鋼色をしたブレイヴはその両手に持つハンドガンを放り投げ、月光神龍へとつかませる。
そして下腹部のスラスターがパージされ、月光神龍のバックパッカーとなった。
月光神龍の能力である【重装甲:可変】は合体してるブレイヴにより、体色が変化する。
今回のブレイヴは白なので体色に変化は現れないはずなのだが――――
「――美しい」
ふらつく身体を感動に震わせ、揺れる視界をしっかりと固定し、バローネは見た。
目の前でセラミックのような眩ゆい銀色に変わり、深夜の月の如く凛々しくフィールドを照らす月光神龍を。
「ようやくいつものバローネさんに戻ってきたみたいだな! けど俺のアタックステップはまだ終わりじゃない!」
ハジメは、疲労し膝をついている英雄龍にお礼を言って、
「次頼んだぜ! 爆炎の覇王ロード・ドラゴン・バゼル!」
英雄龍よりも一回り大きい爆炎の覇王が鮮やかな翼を広げバローネへと飛翔した。
「そしてアタック時効果でバーストがオープンされる!」
【爆炎の覇王ロード・ドラゴン・バゼル】
Lv2・Lv3『このスピリットのアタック時』
自分のバースト1つをオープンできる。そのカードのバースト条件が
【相手の『このスピリット/ブレイヴの召喚時』発揮後】のとき発動させる。
他のバースト条件のときはデッキの下に戻す。
Lv3『自分のバースト発動後』
このスピリットは回復する。
「オープンしたバーストは【爆覇炎神剣】! なのでこれを発揮し、バゼルは回復だぁ!」
【爆覇炎神剣】
【バースト:相手の『このスピリット/ブレイヴの召喚時』発揮後】
自分はデッキから1枚ドローし、BP6000以下の相手のスピリット1体を破壊する。
その後コストを支払うことで、このカードのフラッシュ効果を発揮する。
フラッシュ: このターンの間、系統:「覇皇」を持つ自分のスピリット1体に
“『このスピリットのアタック時』BPを比べ相手のスピリットだけを破壊したとき、
このスピリットが持つシンボルと同じ数、相手のライフのコアを相手のリザーブに置く”を与える。
「ライフで受ける……!」
爆炎の覇王は黒煙の炎をバローネに向けて吐き出す。
赤き障壁はその炎を受け、バローネに何度も衝撃を伝えた。
「これでお互いに最後のライフか……」
「ああ! そして俺がバローネさんの最後のライフを貰い受けるぜ! バゼル! もう一度アタックだ!」
両腕に二本の刀を構え、爆炎の覇王は再び空をかける。
バローネにライフで受ける選択肢は残されていない。ならもはや月光神龍でブロックするしかなかった。
「我が友よ……これが最後の命令だ……聞き入れてくれるな?」
今にも消えてしまいそうなバローネの囁きにも月光神龍は反応しない。
否……反応する必要がないのだ。
これまで激闘を勝ち抜いてきたパートーナー的存在だというのに、今更さらそんな確認は水臭いだけなのだから。
「言わずもがな……と言ったところか。なら友よ、お前に最後の命を下す」
浅く息を吸う。
僅かな空気が喉を通して体全体に伝わり、バローネに最後の力を与えた。
「爆炎の覇王の攻撃をブロックしろ!! 月光神龍!!」
バローネの命令が降りた瞬間、月光神龍は両手に持っていたハンドガンを宙に放り投げ何回か回転させる。
それをガンマンのようにキャッチすると、早速狙いをすまし、弾丸を放った。
乾いた銃声が聞こえてきたと同時に、爆炎の覇王に4つの鉛の弾が襲い掛かる。
だが爆炎の覇王は訳もなく、それらすべてを刀で切り捨て、さらに距離を狭めてきた。
2刀流対2丁拳銃。
実際ならば圧倒的に拳銃の方が有利だ。しかしそれは飽くまで人間の場合。
これは人知をこえたスピリット同士の対決、そこに常識なんて介在しない。
ダンダンダン!!
銃声を響かせながら牽制する月光神龍。
しかしただこうして弾丸を撃っていてもすべて回避されて勝負は決まらない。
それを察して彼はある賭けにでることにした。
ゴオォ!!
今まで距離をはなして牽制していた月光神龍が急に爆炎の覇王に接近してきた。オーセべリングのスラスターの補助もあり、その速度は計り知れない。
だがそれに焦りを示した様子もなく爆炎の覇王は迎撃のため刀を構える。
そして2体の距離が5メートル、3メートル、1メートルと縮まっていった。
そのあいだもひっきりなしに月光神龍は銃の引き金を引く。
かわされるのはわかっていた。
しかしこれは近づくのを少しでも容易にさせるための手段なのだ。
ガギィィン!!
宙を舞う一つの物体があった。
それはハンドガンが握られた月光神龍の機械の腕。
爆炎の覇王が振るった左手の刀が月光神龍の腕を仕留めたのだ。
なら右手の刀は何を仕留めたのかというと……
それもまた月光神龍の手だった。
正確に言えば仕留めたのではない、仕留められていたのだが。
そう。
「英雄の剣、砕け合体スピリット」
バギィィン!!
刀がたった一本の腕で白刃取りされ、そのまま砕かれたのだ。
金属の破片が宙に踊る。あちこちの光が反射して移し出すのは2体の表情。
あっけにとられることもなく、左手の刀で爆炎の覇王は横に薙いだ。
それをヒョイと回避すると、月光神龍はまたハンドガンを握り、弾丸を連続して放つ。
しかも今回はただの弾丸ではない。月光神龍自身が発する紫電を纏わせ、加速させた弾丸だった。
先ほどとは段違いな加速により、回避パターンが乱された。
爆炎の覇王はその弾丸をモロに受け、わずかながら怯む。
その隙を見逃さず月光神龍は何度も弾丸を浴びせた。
そしてハンドガンの弾丸が尽きると、最後は己でとどめを刺すため一気にボロボロになった爆炎の覇王へと飛び込んでいく。
ズザザァァァ!!
爆炎の覇王が地面に叩きつけられ、擦れる音が聞こえてきた。月光神龍はその上に覆いかぶさるように倒れ込んでいる。
両者ともしばらく動かない。
弾丸に体中を貫かれた爆炎の覇王はともかくとしてそれに追撃を掛けた月光神龍までもが動かない。
その理由はすぐにわかった。
月光神龍の背中から刀が突き出していた。
そう、飛びかかってきた瞬間に爆炎の覇王は月光神龍の腹部へと刀を突き立てていたのだ。
月光神龍の瞳が光を失い、手足がダランと垂れ下がる。
その直後に大きな爆発があった。
フィールド全体に広がっていく爆炎。全てを飲み込まんとする爆撃。
「我が友よ……」
その爆炎の中でバローネに向かって進む影があった。
それはすでに満身創痍の爆炎の覇王。
もげた翼を携え、なおかつ左足を引きずっている。その姿はちょっとした風が吹けばロウソクに灯されている火のように、あっさりと消えてしまいそうに弱々しい。
しかしその瞳だけは未だ業火の如く燃え盛っていた。
「爆覇炎神剣の効果が発動、BPを比べて月光神龍を破壊したので、バゼルのシンボルと同じ数だけライフのコアをリザーブに!」
【爆覇炎神剣】
フラッシュ: このターンの間、系統:「覇皇」を持つ自分のスピリット1体に
“『このスピリットのアタック時』BPを比べ相手のスピリットだけを破壊したとき、
このスピリットが持つシンボルと同じ数、相手のライフのコアを相手のリザーブに置く”を与える。
爆炎の覇王が刀をバローネに突き立てる。いつでもライフを削り取れると言わんばかりに。
「フッ……やはり陽昇ハジメ。お前には敵わなかったということか……」
「バローネさん……」
バローネは顔を上げ、清々しい表情でハジメの方を向く。
「最後に頼みがある。聞いてくれないか?」
「なん……ですか」
「我が友、月光神龍と月光龍がもしこのままこの世界に残ったとしたら、お前が引き取ってくれ。どうも、こいつらだけ消えるような予兆がないんでな」
ハジメは涙をこらえて頷いた。
それを確認したバローネは遠い目をしてフッと笑う。
「さあ……来い、爆炎より生まれし炎の龍よ。俺の最後のライフ……くれてやる」
爆炎の覇王の咆哮が刀が振り払われると同時に響いた。
それは嫌なものではなく、どこか自分を送り出してくれるための励ましの声にも聞こえる。
「ありがとうございました。いいバトルでした。……だろ? こういうバトルの後に残す言葉は」
胸のライフが光り輝きその役目を終えようとしていた。
周囲には真っ白な空間が広がり、バローネを包み込む。
あの時と同じだ。
神々の砲台から引き金となり消えていった時と。
どこか温かい、そして懐かしい感覚へと沈み、バローネの意識もまたそこで消滅していった。
◇ ◇ ◇
「あら~~ハジメ君今きたの? 残念だけどSBはもう終わったわよ?」
「おお、姉御。俺って今日ここに来るの二回目のような気がすんだけど、気のせいかな?」
「当たり前でしょ? 何言ってんのよ~~まったく」
「そうか、そうだな! なんかそんな気がしたけど気のせいだよな!」
ハジメはSBが終わり閑散としているショップ内に入ろうとする。
だが何かぼうっとしていて、足をすくわれ、大きくずっこけた。
その拍子に腰に掛けていたデッキケースからカードまでもが飛び出す。
「いっててて……」
「んも~~何やってんのよ。ほら立てる?」
そこでミカの目に入ってきたのは二枚の白のカード。
ハジメは基本的には赤を中心に構築しているのでそのカードはあまりに意外なものだった。
「これって、月光龍と月光神龍じゃない。どうしてハジメ君持ってるの?」
「んーーよくわかんないんだよね。なんか気がついたら俺丘の方にいて、そこにこのカードも落ちていたってわけ」
ハジメは頭をガシガシと掻いて、こぼれたカードを再びデッキケースにしまう。
そしてミカが持つその二枚のカードに手をかけると、少し真剣な表情になった。
「でもなんか……俺にとってこのカードはかなり大事なモノなんだ。
これを持っていると、誰かが俺を見守ってくれているような気がして……俺の知ってる、誰かが」
「フフッ奇遇ね。なんか私もそのカード見てると、誰かを思い出しそうな気がするわ。今まですぐ近くにいたはずの誰かを、ね」
二人は何気なしに外に出て夏の空気を吸った。
辺りからは蝉の声がせわしなく聞こえてきて騒がしいばかりである。
「あっ! 月! 昼なのに月があるぜ姉御!」
そんな時ハジメは空に浮かぶ蒼白の月を見つけた。
まるで昼に輝く月を見るのは初めてのようにはしゃぐ。
それを見て、ミカは微かに笑顔を作って言った。
「当たり前よ。月はいつだって地球をグルグルと回っているんだから。いつでもどこでも私達を見守ってくれているのよ?」
そう、月は消えることはない。
昼だろうが夜だろうが。
未来だろうが過去だろうが。
こうして常にそこにある。
こうして――――自分たちを見守ってくれるかのように。
Battle Spirits ~The hero of moon right~
完
これにて完結です
目を通してくれた方に大いなる感謝を