俺は料理人だ。
俺の仕事はメシを作ることだ。
仕事場である厨房に入りメシを作る。
ただそれだけのことを、毎日毎日繰り返す。
苦痛だと思ったことはない。俺にしてみれば趣味の延長みたいなものだからだ。それに、俺の作った料理を「美味い美味い」と言って食ってくれる客の笑顔を見るのは全く飽きがこない。
たとえ口に出さなくとも、その客が美味いと思ってくれていることは、顔を見れば分かるのだ。椀が空っぽになっていれば一目瞭然である。
だから俺はメシを作る。
ただ一つ、この食堂が普通と違っているのは、訪れる客のほとんどがウマ娘だってことだ。
今日も俺はメシを作る。
このカサマツの地の、小さな食堂で。
このカサマツレース場には、表と裏の2つの食堂がある。
表の食堂は主に観客のための食堂。
裏の食堂は主にウマ娘のための食堂だ。
俺が任されているのは裏の食堂だ。
料理人の視点から人間とウマ娘の違いを上げるとすれば、ほとんどのウマ娘の好物がニンジンだということだろう。
少なくとも俺は、この業界に入ってからニンジン嫌いのウマ娘には出会ったことがない。
となれば自然とニンジン料理のレパートリーが増えることになる。
ニンジンたっぷりの肉野菜炒めとか、ニンジンたっぷりの具だくさんスープとか、ニンジンたっぷりの野菜サラダとか。
テーブルの上には常にニンジンスティックが置かれているほどだ。
とはいえこの食堂、あまり繁盛しているわけではない。中央に比べれば地方のレース場は寂れている。
まあ俺は所詮、固定給の雇われ店長なのであまり忙しくても困るのだが。
店内にはちらほらとレース前のウマ娘たちが軽く食事をとっている。今はヒマな時間帯だ。
これがレース後となると、腹をすかしたウマ娘たちががっつりと食事をとる。といっても、ウマ娘の食事量は人間のそれと大して変わらない。それが俺の認識であり、常識だった。
――彼女と出会うまでは。
うちの食堂は、いわゆるシッティング・ビュッフェの形式となっている。数種類の料理が並べてあり、客は食べたいものを食べたいだけ取り、席で食べるというセルフサービスだ。
これなら俺はただひたすらに料理を作るだけでいい。注文を聞いたりする必要はなく、減った料理を足していくだけの簡単な仕事だ。
ちなみに料金はレース場の負担なので、会計の必要もない。
その日、俺はいつものように料理の量をチェックしていた。肉野菜炒めの量が心もとないと思い、鍋を振るって補充する。
そして補充し終わると、今度は肉団子のスープが空だということに気付く。いやまて、から揚げもほとんどないぞ。
そしてふとテーブルの方に視線を向けると、ちょうど中央のテーブルに山盛りのご飯と、卓上を埋め尽くさんばかりの料理がずらりと並んでいた。
――そうだッ! ご飯はどうなっているッ!?
俺は慌てて炊飯器の蓋を開けた。
「嘘だろ……」
思わず声が漏れる。2つある業務用炊飯器の1つは空で、もう1つも半分ほどになっていた。
俺は茫然と、再度テーブルへと視線を戻す。
山盛りだったご飯はすでに消え去り、全ての料理皿も空になっていた。
振り返った少女と目が合う。
「ごちそうさま。とても美味しかった」
彼女は微笑を浮かべ、そう言った。
その時の笑顔。煌めくような銀色の髪を、俺は生涯忘れないだろう。