とある地方のウマ娘   作:乾燥海藻類

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第10R 覚醒

クラシック三冠を取るのではないかと噂された期待のウマ娘は、クラシック2戦目の日本ダービーに散った。

「日本ダービーの雰囲気は他のGⅠレースとは別物、別格だからな。実力を出し切れずに負けちまうウマ娘も少なくない。まぁ、あの娘はテンションが上がりすぎてやらかしたみたいだがな。そういう意味では運がなかったんだろう」

六平トレーナーが缶の緑茶を啜りながら冷静に分析する。

皐月賞は「最も速いウマ娘が勝つ」、菊花賞は「最も強いウマ娘が勝つ」、そして日本ダービーは「最も運のあるウマ娘が勝つ」といわれている。

もっともこの評は元々イギリスのダービーオークスに対していわれていたものではあるが。

「トレーナーも手を焼いているらしいな。なかなか気性の難しい娘らしい。確かおめぇは面識があるんだよな?」

「ええ、不本意ながら」

振り返ったらいた(・・)からな。あの時は本当にビックリした。

厨房の前には『関係者以外立ち入り禁止。ご用の方はお声がけください』という看板が立てられている。

それを無視してズカズカ入ってきたわけだ。しかもその理由が「隠し味を知りたかった」だからな。何も隠してねぇよ!

「なんて言うか、かなり自由な()ですね。我が道を行くというか」

「シンボリルドルフとは別ベクトルの天才タイプかもしれんな。大成するか、ターフに埋もれるか。先が楽しみだな」

六平トレーナーが呵々と笑う。

あの性格なら相手の方を埋めそうだな、ダートあたりに。

「見えてきたぞ」

海岸沿いを抜けて見えてきたのは、少々ボロい……もとい趣きのある合宿所だった。

「裏の方に停めるぞ。そこを右だ」

「了解です」

指示に従いハンドルを右にきる。そこには多くの車が停まっていた。

「けっこう人気なんですね、ここ」

「伝統のある場所だからな。毎年くじ引きだよ。ジョーの幸運だ」

宝塚記念を快勝したオグリは、そのまま夏合宿に入った。

俺と六平トレーナーはその様子を見に来たのだ。

トランクから差し入れを取り出し、台車に乗せる。正面玄関に向かう途中で見える砂浜に、いつもの面子を見つけた。海らしくみんな水着姿だ。

『カバディ、カバディ、カバディ、カバディ……』

呪文のようにカバディと唱えながら、ウララとイナリワンが対面で睨み合っている。

「何やってんだ、あいつら」

「カバディじゃないですか?」

「カバディは7対7で行うスポーツだ。それにカバディと発声するのは攻撃側だけだ。あいつらふたりとも言ってるじゃねぇか」

「詳しいですね」

視線を戻すと、ちょうどイナリワンが動いたところだった。低い姿勢で突進し、両手でウララの腰を掴む。そのまま腰をひねりながら後ろに投げ出し、抑えつけてフォール。

「ワン、ツー、スリー! イナリちゃんの勝利です!」

審判員らしいベルノが赤い旗を上げて勝敗を告げた。

「ヴィクトリー!」

「むぎゅ~」

「何やってんだ、あいつら」

「レスリングじゃないですか?」

たぶんそれに近い何かだと思う。

「ふむ。器具では身に付かないナチュラルな筋肉を鍛えているのか。瞬時の判断力と瞬発力、ふんばりも鍛えられる。声を出し続けているのは心肺機能の強化が目的だな」

「遊んでるわけじゃないんですね」

「オグリの姿が見えんな」

「あれじゃないですか?」

少し離れた砂浜に北原トレーナーが立ち、その先でオグリが泳いでいる。泳いでいる?

「溺れてんじゃねぇのか?」

「いや、ビート板持ってますし、大丈夫でしょ」

「ふむ。トップスピードを上げるよりも、スタミナを鍛えてそれを維持する時間を伸ばそうってハラか。悪くねぇ」

そう言って、未だわちゃわちゃしているベルノたちに向かって歩き出した。

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「秋晴れの涼やかな日。本日は青天、良バ場に恵まれての天皇賞レースとなりました。やはり注目は連覇のかかったオグリキャップでしょう。堂々の1番人気です」

 

「天皇賞春秋制覇のかかったイナリワンにも注目ですね。阪神大賞典の激闘が思い出されます」

 

「そうですね。そのふたり以外にもメジロアルダンやヤエノムテキ、スーパークリークといった有力候補も出走しております。ゲート入りが完了して、各ウマ娘いっせいにスタートしました。おっとオグリキャップが素晴らしいスタート。そのままぐんぐん進んでいく。2番手につけたのはスーパークリーク。オグリキャップが止まらない! まさかの逃げかオグリキャップ!」

 

("逃げ"じゃない。これがあなたのペースなのよね、オグリちゃん)

 

(身体が軽い。脚がどんどん前に出る。こんな気持ちで走るのは初めてだ。負ける気がしない)

 

「飛び出したふたり、オグリキャップとスーパークリークが速すぎる! 誰もついていけない! いや、ついていかないのか!」

 

(確かにこのペースは速すぎる。でもね、オグリちゃん。わたしだってスタミナには自信があるのよ)

 

「隊列が2つに分かれました。先頭はオグリキャップ。すぐ後ろにスーパークリーク。7バ身離れてメジロアルダンがバ群を引き連れています。さあ1000メートルを通過してタイムは――な、なんと57秒! これはかなりのハイペースです。このペースで最後までもつのでしょうか!?」

 

(スピードが落ちないどころか……むしろ上がってる? 本当にこのペースで最後まで走るつもりなの? オグリちゃん!)

 

「最終コーナーを抜けて最後の直線へ! スーパークリークは一杯か!? ゆるゆると下がっていく! オグリキャップの脚色は衰えない! オグリキャップが抜けた! これは決まりでしょう! オグリキャップそのままゴーーールイン! なんということでしょう! 先頭でスタートし、そのままゴールしてしまいました! 誰もこのウマ娘をとめることができない! オグリキャップの独壇場! オグリキャップの一人旅でした! オグリキャップ、秋の天皇賞レース2連覇達成!!」

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

言葉もない、とはこのことだろう。距離が違うとはいえ、あれほど苦戦したイナリワンに影も踏ませず勝ち切るとは……。

「完全に覚醒した(めざめた)な」

「圧巻……でしたね」

「今日は明らかに調子が良さそうだったが、こんな展開になるとは予想もしていなかった。あいつは本当に、シンボリルドルフを超える逸材かもしれん」

「……そういうこと言うと、色んな方面から叩かれますよ」

「ふん。案外一番喜んでるのは、ルドルフ本人かもしれんぞ」

可能性はありそうだ。掲げているのが『唯一抜きんでて並ぶものなし』だからな。

「先頭で始めて、先頭で終わる、か。レースの理想だな。そう何度もできることじゃあないだろうが」

六平トレーナーがふんっと鼻を鳴らす。

レース後、気の弱いウマ娘は両手で肩を抱き、恐慌状態に陥らないよう必死に自制している。

嫉妬すら追いつかないほどの圧倒的な強さ。精神的に折れるウマ娘がいてもおかしくはない。

「あれを見な」

レース場の大モニターに視線を向けると、先ほど行われたレースのリプレイが映し出されたところだった。

「走るリズムに合わせて尻尾が揺れているだろう。あれはウマ娘が気分良く走っている証拠だ。あいつはちっとも無理しちゃいねぇ」

オグリは、ただ楽しく走っていただけなのだろう。だが誰もそれに追いつけなかった。逃げとか、そういう次元の問題ではない。

祝福の拍手と言葉は未だ収まる様子をみせない。

今年の有記念は、かつてないほどの盛り上がりを見せるだろう。

 

 

 

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