激闘の有馬記念が終わり、その興奮は年が明けても続いた。
オグリの勢いは依然衰えず、次々とGⅠレースを制覇していった。
しかし決して楽なレースではなかった。
スーパークリークやイナリワン、そしてオグリのクラスメイトであるヤエノムテキも完全に羽化し、何度もオグリと死闘を演じた。
そして3度目の有馬記念でついに優勝。これをもってオグリは、前年のタマモクロスを追うように"殿堂入り"を果たす。
これによりオグリはトゥインクル・シリーズを卒業し、新たなステージへと進む権利を得た。
強豪ひしめくドリーム・シリーズ。
トゥインクル・シリーズで好成績をおさめ、殿堂入りしたウマ娘たちが一堂に会する夢の祭典。
"皇帝"シンボリルドルフを筆頭に、マルゼンスキーやミスターシービー、そして前年に殿堂入りした"白い稲妻"タマモクロスなどなど。
煌びやかな宝石を敷き詰めたような、並みのウマ娘など寄せ付けない絢爛豪華な強者ばかり。
このメンバーの中ではオグリは久しぶりの挑戦者となる。
"皇帝"に並ぶだとか、"皇帝"を超えたなど、新聞の煽り文句で何度も見かけたが、それが真実かどうかがついに試される。
"皇帝"は今も変わらず"皇帝"だった。肉体のコンディションは絶頂を維持し続けている。
最近は特に入念なトレーニングを行うようになったと聞く。たまに模擬レースをやれば当然のように1着を取る。
彼女の技術を少しでも盗もうと、若いウマ娘たちは躍起になっているようだ。それが"皇帝"のもうひとつの目的だと気付きながら。
それに刺激されたのか、彼女の所属するチームの熱気は相当なものになっている。
オグリも本気の皇帝に触発されたのか、これまで以上に食べるようになった。それだけトレーニングでエネルギーを消耗するのだろう。北原トレーナーはオーバーワークにならないように宥めているそうだ。
サマードリームトロフィー開幕まで後1ヵ月と迫っていた。
静かな夜だった。トラックを照らしている照明も消灯し、常夜灯と星明りだけの淡い夜。
外周の柵に腰かけ、空を見上げる。夏の大三角がよく見えた。
とそこで、タッタッという軽快な足音が聞こえてきた。
常夜灯の下に姿を現したのは、銀髪の少女だった。いや、もう少女という年齢でもないか。月日が流れるのは早いものだと、改めて実感する。
「こんな時間にどうしたんだ?」
「それはこっちのセリフだ。前夜祭はもう終わったのか?」
枠順抽選会はテレビやネットで中継されていた。その前夜祭でオグリは薄水色のパーティードレスを着ていたのだが、今はいつものトレセン学園指定のジャージ姿だ。
「少し食べ過ぎてしまってな。腹ごなしに走っていた」
「それでこっちにきたのか?」
「気がつけばこっちに向かっていた。脚は覚えているものだな」
ああ、考え事してるとそういうこともあるよな。
「それで、そっちは何をしていたんだ?」
「ん? ああ、特に意味はないよ。ただの気晴らし、気分転換みたいなものかな」
「そうか」
うなずき、オグリが俺の隣に腰かけた。2人分の体重を受け、柵が小さく軋む。
「正直、貴方が中央に来るのは意外だった」
「そうか?」
特に気にせずうなずいたものの、少し違和感を覚えた。オグリは俺も一緒に来ることを、中央入りの条件としたと聞いたが、よくよく考えたらそれもおかしい。一介の料理人にそこまでこだわるだろうか。
多分だが、たづなさんとの会話で俺の話題が出たのだろう。そこで深読みしたたづなさんが気を利かせて、手を回したのだと思われる。
「……どうした?」
急に黙りこくったものだから、オグリが怪訝げに問いかけてくる。
「いや、なんでもない。今さら確かめるようなことでもないしな」
「?」
オグリは疑問符を張り付けたような表情を浮かべたが、それ以上追求してくることはなかった。
「あまり引き留めるのもマズいか。明日は大事な日だものな」
「そうだな。ベルノが心配するかもしれない。そろそろ行くよ」
立ち上がったオグリに向かって、右こぶしを突き出す。一瞬ハッとしたものの、すぐにこちらの意図を悟ったのか、自分の右こぶしをぶつけてきた。
「勝てよ」
「ああ」
そう言い残し、彼女は去って行った。風に揺れる銀色の髪を見送りながら、やがてそれは夜の闇に溶けていく。
カサマツから来た
その玉座に座す
果たして奇跡は起こるのか。
少なくない人たちがその期待に胸を躍らせている。
ならば俺は、その奇跡を追い続けよう。
というわけで完結です。
最後までお付き合いいただきありがとうございました。