新たな年を迎え、俺はオグリより先んじてカサマツから中央へと居を移した。
仕事場となるトレセン学園は、広大な土地を潤沢に使った一大施設だった。中等部、高等部の校舎、共有棟にはプールやジムなどの設備が整えられており、トレーニング用のトラックは、芝、ダートはもちろん、短距離から長距離まで対応している。
といっても、俺が関わることはほぼないだろうが。
俺の仕事場は食堂……ではなくカフェテリアだった。ここも無料のビュッフェ形式で、やることは変わりなさそうで安心した。
とはいえ、客数は段違いだろうが。
そして俺から遅れること数週間、一月下旬にオグリが中央入りした。中途半端な時期だが、一刻も早くオグリを中央トレセン学園の設備で鍛えたいのだろう。時間は有限だ。
ちょっとふわふわしているオグリが上手くやっていけるか不安だったが、それは杞憂だったようだ。
オグリは体調を崩すこともなく、毎日元気にご飯を食べ、トレーニングに勤しんでいる。
そして一ヵ月が経った頃、レースに出ることを告げられた。
「いよいよ中央でレースか。自信はどうだ?」
「芝の練習もしたし、距離も問題ない。大丈夫」
「そうか。なら俺は、祝勝会の準備をしておこう。何かリクエストはあるか?」
「じゃあ、きんぴらごぼうのごぼう抜き」
「ホント好きだな、それ。OKだ。山ほど用意しておこう」
結論から言えば、オグリは勝った。初戦はもちろん、続く第2戦も危なげなく勝利した。驚いたのはそれらが全て
「GⅢを2連勝か。次はGⅡか、いやGⅠでもいけるんじゃないか? 皐月賞とか」
「うん。いや、よく分からないが、皐月賞には出られないらしいぞ」
海鮮丼を頬張りつつ、オグリが言葉を漏らす。特に落胆の様子は見られない。いや、それよりも……。
「出られないって……なんでだ? あ、よく分からないって言ったな」
「うん。なんだっけ? 登録がどうとか?」
登録? ああ、クラシック登録か。
クラシック登録は特定のレースに出走するための申し込みのようなものだ。中央移籍でごたごたしてたから出し忘れたのか。
つってもなぁ、自分たちがスカウトしたくせにクラシックレース出られませんってのはちょっと……と思ってしまう。
まあ誘ったのは学園であり、URAじゃない。トレーナー側でやってると思ったと言われたら、返す言葉もないが。
「じゃあオグリは、他に出たいレースとかはないのか?」
「……有馬記念」
「有馬記念か」
素人の俺でも知っているくらいの有名レースだ。最高峰のGⅠレースだが、出走条件が他のGⅠレースとは少し違う。ファンの人気投票によって決まるのだ。
つまり有馬記念は出走できるだけで価値のあるレースともいえる。
「トメさんが言ってたんだ。「いつか有馬記念に出られるといいね」って」
オグリは笑みを浮かべていた。故郷の穏やかな日々、田園風景を思い出していたのだろう。
皐月賞が終わり、世間は慌ただしく動き出した。
皐月賞で優勝したウマ娘が、以前にオグリが出走した重賞レースでオグリに敗れたウマ娘だったからだ。
このことからオグリの評価がさらに高まり、オグリを日本ダービーに出そうという気運が高まった。
オグリが注目されるのは嬉しいが、皐月賞をとったウマ娘がかわいそうだという気持ちもある。
各スポーツ紙はこぞってオグリの特集を組み、中には皐月賞の真の勝者はオグリキャップだと断言しているところもある。
これだからマスコミは嫌いだ。
オグリのところの
多くの署名まで集まったが、厳格なURAが折れることはなく、オグリは裏街道を進むことになった。
それでも出走するレースはグレードを上げてGⅡレースに絞られた。
オグリは出走した3レース全てを勝利し、高松宮杯ではコースレコードまで叩き出した。
そして季節は涼やかな秋へと移り、オグリは初のGⅠレースへと挑む。