タマモクロスは考える。次走ジャパンカップについて。
ジャパンカップは海外の有力ウマ娘たちが招待される国際招待競走だ。その中でタマモクロスは3番人気だった。
(これはしゃーない。なんせ前のレースで負けとるからな)
前走の天皇賞レースで覇を競ったオグリキャップは堂々の1番人気。自国贔屓があるとはいえ、オグリキャップの強さはタマモクロスが一番よく知っている。
(こいつも要チェックやな)
出走表に記されたひとりのウマ娘の名前を人差し指で弾く。凱旋門賞を制したウマ娘、リュシエンヌ。前評判では自分よりも高い2番人気。
(逃げはなしやな)
ジャパンカップは天皇賞秋よりも400メートル長い、2400メートル。あの時のタマモクロスは、過去にないくらいの絶好調だった。それが分かっていたからこそ、逃げという奇策をとったのだ。
(あの景色はなかなか新鮮やったけど、2400を逃げ切るんは……まあ無理やろ。そない簡単なモンやない)
本来逃げとはいうのは緻密にレースを組み立てる必要がある難しいものだ。自分のペースだけではなく、後続のペースもコントロールする。
相手との駆け引き、ペースの作り方。どれも実戦の中でしか身に付かないものだ。
(次のレース、マークされるんはオグリや。ウチはフリー、とまではいかんが、注意は
少々甘い見立てかもしれないが、このファン人気は各ウマ娘も目を通している。警戒されるのは自分よりもオグリの方だろうという確信が、タマモクロスにはあった。
(ここはいつも通り、後ろに構えるか。後はレースの中で組み立てるしかないな)
結局のところ、タマモクロスの頭の中には、オグリキャップに勝つという絶対の決意しかなかった。
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「東京レース場、本日は10万人を超える入場者で膨れ上がりました。ジャパンカップらしく、外国人のお客様も多く、華やかなお祭り気分と緊張感とが一緒になって、場内は興奮の坩堝と化しています。出走は取り消した2人を除く14人。1番人気は中央で負けなしのオグリキャップ。2番人気はイタリア代表、凱旋門賞を制したリュシエンヌ。勝つのは日本勢か外国勢か。世界が注目するジャパンカップ、スタートです」
ゲートが開き、各ウマ娘が一斉にスタートする。出遅れはなし。綺麗なスタートとなった。
「気合の乗った先頭争い。制したのはメジロデュレン。2番手はロングリブフリー。1番人気のオグリキャップは現在5番手」
(オグリは先行したか。ならウチは後ろで見さしてもらうで)
「さあ向こう正面の直線コースですが、大きな乱れはありません。14人がほとんど一団となってレースは進みます。先頭は変わらずメジロデュレン。これはかなり速いペースだが大丈夫か!?」
(あかん。あれはかかっとるわ。プレッシャーにやられとるな)
後ろに構えたタマモクロスの位置からは、ふたりのウマ娘からオーラが迸っているのがよく見えた。
ひとりは3番手に位置取っているリュシエンヌ。油断なく先頭を見据え、仕掛けるタイミングを計っているように見える。
ひとりは現在7番手のオグリキャップ。表情から苛立っているのが見て取れた。
(内側を狙いすぎたな。前、横、後ろ、完全に抑えられとる。けどな、それは洗礼なんや。一流のウマ娘はみんな味わい、はねのけてきた。その程度で沈むんやないで)
「第3コーナーのカーブに入りました。一団に大きな乱れはありません。さあ3コーナーから4コーナーに向かいますが、リュシエンヌが鋭角に切り込んでくる。世界のリュシエンヌがやってくる。タマモクロスもきているぞ。外からスーッと上がってきた」
(すまんなオグリ。先に行かせてもらうで。見ろや世界! これが日本の"白い稲妻"やッ!!)
「第4コーナーをカーブして直線コース。東京レース場、大歓声が沸きました。先頭はまだメジロデュレンだ。そしてリュシエンヌが差を詰める。外の方からタマモクロスが抜けた!」
(イケる! 脚は十分残っとる! このまま突っ走ったらぁッ!!)
「タマモクロスが一気にきた! リュシエンヌをかわす! 現在先頭! そして――オグリだ! オグリがきた! オグリがきた! タマモクロスのさらに外からオグリキャップがきたーーーッ!!」
(外に振られたか。いや、自分から行ったんか。まあどっちでもええわ。やっぱり最後はアンタとの勝負になったな!)
「並んだ! 並んだ! 天皇賞秋の再演だ! タマモクロスの逆襲か! オグリキャップがねじ伏せるのか! いや、さらに内から――」
(なんやてッ!?)
「ブルネットの髪がたなびく! フランメの猛追だーーーッ!!」
歓声の中にどよめきが生まれる。内々から切り込んできたのは、全くのノーマークだったアメリカのウマ娘。
「フランメが鮮やかにふたりをかわす! フランメそのままゴールイン! 優勝はフランメ! 2着はタマモクロス。1番人気のオグリキャップは3着です。勝ったのはアメリカのフランメです!!」
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「やられたな、全部あのアメリカ娘の手のひらの上だったってことだ」
隣の老トレーナーが渋面を作る。
「オグリは、タマモクロスもそうだが、強い相手と競り合って力を出すタイプのウマ娘だ。実際強い相手と並んだ時はいつも以上の闘志が出る」
いつもは必要な事しか口にしない寡黙な老トレーナーだが、今は滑らかに舌が動いている。これが彼なりの悔しさなのだろう。
「あのアメリカ娘は道中ずっと息をひそめて、気配を消していたんだ。後でオグリに聞いてみな。最後のスパート以外、まるで覚えていないだろうぜ」
言われてみれば、俺自身もフランメがどういうレース運びをしたか、記憶に残っていない。全て狙っていたのだとすれば、大したものだと思う。
「最後の直線で抜かれた時、あいつの身体がブレただろう? あれは虚を突かれたからだ。これと決めた相手以外に目が向かないのは、あいつの未熟だな」
相変わらず厳しいな。
「地力じゃ敵わないと思ったんだろう。だから策を弄した。相当キレるウマ娘だ。冷静にして豪胆。そして結果を出した。完敗だな」
そう言って、老トレーナーは天を仰ぐ。
「優勝はフロックではない。オグリは負けるべくして負けたのだ」