とある地方のウマ娘   作:乾燥海藻類

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第06R グランプリ

年末の大レース、有記念。

距離は2500メートル。

「今までで最長の距離だ」

老トレーナーが渋い声でつぶやく。

それを挟んで俺とオグリが座っている。俺は差し入れを持ってきただけなんだが……。

「なんだかんだ言って、おめぇもチームの一員みたいなモンだからな。良いから聞いとけ」

「はぁ」

チラとオグリに視線を向けると、コクコクと頷きながら、俺の差し入れたおにぎりをパクパクと食べている。

「距離の不安は、ねぇことはねぇが、おそらくは大丈夫だろう。それよりも面子だな」

ファン投票1位は前走でオグリより先着したタマモクロス。オグリは2位という結果になった。

さすがに有記念というだけあって、今年活躍した一流ウマ娘の名前がずらりと並んでいる。

「でもほとんどのウマ娘に勝ってるんですよね。警戒するのはタマモクロスだけでは?」

「菊花賞で圧勝したスーパークリークも油断ならねぇ相手だ。3000メートル走って、ほとんど息切れしてなかったんだぞ。あの無尽蔵のスタミナは脅威だ。タマモクロス以上かもしれん」

3000を走って平然としているのか。相手が弱かった、ってことはないよな。何といっても菊花賞だし。

「ディクタストライカも要注意だ。気性が激しくムラも大きいが、型にハマッた時の強さは侮れん。オグリ、ジャパンカップで抑え込まれたことは覚えてるな」

オグリが食べる手を止めて、ゆっくりと頷く。

「毎日王冠では内を絞められたが、あの時は逆だったな。わざと内に入れておめぇの自由を奪った。人気者は辛いな」

結託していたわけではないだろうが、一番の強敵を抑え込めるのならば全員に利がある。一瞬の判断でああも綺麗に動けたのは、さすが一流のウマ娘といったところだろう。

「あげく外に振られてスタミナを使わされた。自分の位置、相手の位置は常に把握しとけ」

「ん、分かった」

「逃げるのはロードロイヤル、メジロデュレンってところか。つられるなよ、自分のペースを保て。有記念、勝つぞ」

「うん。今度は勝つ」

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「決戦の地、中山レース場は大勢のファンで溢れかえっております。熱気と熱狂の中、各ウマ娘ゲート入りが完了したようです。さあ、今年の最強ウマ娘を決める大レース、スタートしました」

 

緊張の一瞬。ついにゲートが開かれた。

 

「軽快なスタート。さあ、先頭争いに注目しましょう。飛び出したのはロードロイヤル。この大舞台でペースを作れるか。2番手にムームークワイア。内に3番手のロングリブフリー。その後ろにオグリキャップ。1番人気のタマモクロスはなんと最後方からのスタートです」

 

(タマは後ろに構えたか。ろっぺいの言ってた通りだ)

 

「1周目4コーナーカーブから正面スタンド前の直線コースへ向かいました。先頭はロードロイヤル2バ身のリード。2番手外にムームークワイア、3番手内にロングリブフリー。その後ろにオグリキャップ。タマモクロスはまだ最後方。その前にディクタストライカ。第1コーナーから第2コーナーへと向かいます。たんたんとしたペース」

 

(このペースは……少し遅い? 上がった方がいいのか?)

 

「おっと早くもオグリキャップが仕掛けてきた。ロングリブフリーをかわして3番手へ。オグリキャップをマークするようにスーパークリーク。それを受けてロードロイヤルがピッチを上げる。タマモクロスは2人かわして現在11番手。2コーナーのカーブを抜けて向こう正面の中間地点を通過。いよいよ仕掛けどころ3コーナーに向かいます」

 

(ここだ。このカーブで仕掛けるッ!)

 

「レースはまもなく第3コーナーに入ります。ピッチが俄然速くなった。ロードロイヤル逃げる。ロードロイヤル逃げる。オグリキャップが上がってくる。スーパークリークもついてきている。ロードロイヤル捕まったか。最終コーナーを抜けて先頭はオグリキャップ! オグリキャップが先頭! 大歓声で迎えられます!」

 

(1周目とは比較にならないほどの盛り上がり。大気が揺れているようだ。これが有記念か!)

 

「最後の直線先頭はオグリキャップ。スーパークリークも来ている。ディクタストライカがスーッと上がってくる。そして外からタマモクロス。これは――何というスピードだ! 5人、6人をごぼう抜き! あっという間に先頭を射程圏内にとらえた!」

 

(怒号のような歓声。――きたかッ!)

 

「ターフに走る一陣の風! みるみるその差が縮まっていく! 実況が追いつきません! 上り坂もなんのその! 鮮やかにオグリキャップをかわした! 先頭交代! 先頭はタマモクロス!」

 

(……まさかここまで予想通りとは。いける、この大歓声が足音すら消してくれる)

 

「残り100メートル! 先頭はタマモクロス! おっとここでオグリキャップが外に振れた! タマモクロス、オグリキャップを見失ったか!? オグリキャップが外から来た! なんと! オグリキャップが差し返した! 残り50メートル! これは決まったかーーーッ!?」

 

タマモクロスが現状を受け入れるのには一瞬の間を要した。

オグリキャップをかわした瞬間、勝利を確信した。

まだゴールもしていないのに。

視界の端で後方を確認したのがマズかった。

思考に一瞬の空白が生まれた。

圧倒的な気配を感じたのは反対側。その瞬間、体軸がブレた。

その時点で1バ身の差がついていた。

 

(……また負けるんか)

 

心臓がはねる。(ドクンッ!)

 

天皇賞、ジャパンカップと2度の敗北を経て、改めて身体を鍛えなおした。自分とオグリキャップに、そこまで力の差があったとは思えない。ならば、勝敗を分けたのは別のもの。

 

(……負けとうない)

 

心臓が走れと言っている。(ドクンッ!)

 

タマモクロスが最も気を配っていたのは怪我をしないことだった。それはウマ娘なら誰しもが恐れるものだが、それよりもレースに出走できなくなることで収入が断たれることが問題だった。彼女にとってそれは死活問題だった。

ジュニア期に出走したレースで転倒事故に巻き込まれたことも、それに拍車をかける要因となった。

今でこそ経済的な問題は解消されたが、その頃に出来上がった無意識のブレーキ(・・・・・・・・)は今も根強く残っている。

 

(……ウチは何や? ウチは――)

 

全身の血が沸き立つ。(ドクンッ!)

 

だが出会ってしまった。そんなブレーキを抱えたままでは勝てない相手(宿敵)に。そして、ここで後塵を拝すようなことになれば、この怪物(オグリキャップ)には一生勝てなくなるだろう。

足りなかったのは、否、忘れていたのは、勝利への執念、執着、渇望。

 

(ウチは浪速の――)

 

勝ちたい!(ドクンッ!)

 

意識が先鋭化していく。大観衆の声さえもが消えていく。

諦観の衝動を抑えつけ、(おの)が魂に命じる。

 

 

 

――"白い稲妻"やッ!!(走れッ!!)

 

 

 

「内から! 内からタマモクロスが伸びる! タマモクロスが迫ってくる! タマモクロス横に並んだ!」

 

(――まさかッ! 一瞬で立て直したッ!?)

 

オグリキャップの表情が驚愕に歪む。

その踏み込みは、確かな力となってタマモクロスをひとつ上のステージへと押し上げた。

風も音も、光ですらも置き去りにして、タマモクロスはターフを駆けた。

 

「タマモクロスかわした! タマモクロスかわした! タマモクロスかわした!! 残り5メートル! 3、2、1、ゴーーールインッ!! 有記念優勝、今年度最強ウマ娘はタマモクロスだーーーッ!!」

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

アナウンサーは「タマモクロスかわした」と3度叫んだ。俺にはそれが絶望的な言葉に聞こえた。

「やっぱり、凄いウマ娘ですね。タマモクロス」

普段おちゃらけてるから油断しがちだけど、やっぱり強い。

「俺の作戦ミスだ。あの娘は随分とオグリにイレ込んでいたようだからな。ちょっと気を散らしてやれば、そのまま崩れると思った。少し侮ってたな」

「最後のスパートは凄かったですね。精神が肉体を凌駕するってやつでしょうか?」

「どうだかな」

返事はすぐに返ってきた。不機嫌な声が。

「精神が肉体を凌駕する? 世の中そんなに甘くねぇよ。確かにあの娘は限界を超えたパワーを引き出した。けどな、神様ってのはそこまで気前良くはねぇ。奇跡の代償として"何か"を支払わなきゃいけねぇ」

「何か……ですか?」

「そうだ」

不快げにつぶやき、老トレーナーは(きびす)を返した。

 

 

 

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