とある地方のウマ娘   作:乾燥海藻類

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第09R 心機一転

阪神大賞典から3日が経った。

オグリキャップはレース後に精密検査を受けたが、幸い異常は発見されなかった。だが念のためということで、トレーナーから3日間の完全休養を命じられた。

それ故、このトレーナー室に入るのは3日ぶりということになる。

 

「座れ」

 

このチームのトレーナー、六平銀次郎に促され、オグリキャップは腰を下ろす。この部屋には2人だけだ。他のメンバーはトレーニングに出ている。

 

「脚の調子はどうだ?」

「ん、問題ない」

「そうか。ウイニングライブ、見たぞ」

「? ああ、ありがとう」

 

脈絡はなかったが、単純に褒められていると思い、オグリキャップは素直に礼を言った。

 

「歌は悪くなかったが、ダンスは0点だな。ほとんど動いてなかっただろう? 動けなかったんじゃないのか?」

「――ッ!?」

 

図星を突かれて押し黙る。もっと口が上手ければ、なにがしかの言い訳くらいしたのだろうが。

 

「……天皇賞はやめておけ」

「約束が違うッ!!」

 

オグリキャップがテーブルを叩く。強烈な衝撃を食らって、テーブルが大きく軋む。だが六平は平然と、その睨むような視線を受け流した。

もちろん六平にも反対する理由はある。長距離で戦うには、当然長距離に向けたトレーニングをしなければならない。しかし、六平はオグリキャップが中央に来て以降、マイル~中距離を想定したトレーニングを課してきた。

前走の阪神大賞典はなんとか勝てたが、付け焼き刃のトレーニングで勝てるほど、超長距離の天皇賞レースは甘くない。

そしてそれ以上に、六平には懸念材料があった。

 

「俺も伊達に長くトレーナーをやってきたわけじゃねぇ。不運に見舞われた娘も、不幸な事故に遭った娘も、腐るほど見てきた」

 

色の濃いサングラスに隠されて六平の瞳は見えなかったが、オグリキャップは彼が悲しい目をしていることを感じ取った。

それでも、簡単に引き下がるつもりはない。

 

「たった200メートル長いだけだろう。大丈夫だ」

「たった200だと? どうやら思い違いをしているようだな。3000メートル走ってきた後の200メートルは、ただの200メートルとはわけが違う。そこで何が起こるか分からないんだぞ」

 

全力疾走するウマ娘の走行速度はおよそ時速70キロメートルにも達する。そのため、もしトップスピードで転倒すれば最悪の場合、命を落とす危険もある。

 

「……それでも、私は……」

「おめぇは思い込みが強すぎるんだよ。本人に託されたわけでもあるまいに」

「ホンマやでッ!!」

 

バァン! という豪快な音とともに扉が開かれる。

腰まで届く銀色の髪をなびかせて、押し入ってきたのは松葉杖を携えたタマモクロスだった。

 

「タマッ!? どうしてここにッ!?」

「俺が呼んだ」

 

端的にそれだけを告げると、六平は腰を深くした。後は任せるといったところだろう。

 

「アンタの気持ちは嬉しいけどな、それはただの自己満足やで」

「タ、タマ……」

 

自分の主張をバッサリと切り捨てられ、オグリキャップは瞳を潤わせる。

 

「ウチのことを思うんなら、もっと自分のレースをしぃ。そんで有記念に出るんや!」

「有記念に?」

「せや! ウチは有記念までに、必ずこの脚を治したるさかいな。そこで勝負や。葦毛頂上決戦第2幕や!」

 

記念2500メートル。タマモクロスはそれが互いに最高のパフォーマンスを発揮できる舞台だと言っているのだ。

 

「この前はちぃとヘタ打ってしもうたが、2回もアホなことせぇへんわ。今度は最高のレースにしようや」

 

その涼やかな声は、不思議なほどスッと入ってきた。オグリキャップの心中にあったモヤモヤとしたものが晴れていく。

とそこで――。

 

「ここであたしが大~登~場~!」

 

再び、バァン! という豪快な音とともに扉が開かれた。

栗色の髪を二房にまとめ、狐のハンドサインを決めポーズに現れたのは、先日行われた阪神大賞典でオグリキャップと1着を争ったウマ娘だった。

 

「こ、このアホ! 話が終わるまで待っとれ言うたやろ!」

 

テーブルにぶつけた鼻先をさすりながら、タマモクロスが文句をぶつける。

 

「おんや? 話は終わったのでは?」

「情緒ってモンがあるやろ! 映画やってエンドロールはじっとしとるモンや!」

「てやんでぃ! こちとら江戸っ子でぃ! タラタラしてられっかてんだ!」

「何故イナリワンがここにいるんだ?」

「あ、オグリ先輩お久しぶりです。見ての通り、あたしも中央にカチ込みに来たんですよ。ま、中央入りの話はけっこう前から来てたんですけど、オグリ先輩の走りにあてられて来ちゃいました」

 

トレセン学園の制服に身を包んだイナリワンは、スカートの裾を持ち上げてくるりと回った。

 

「江戸っ子ならちゃんと江戸弁使えや。設定ブレッブレやぞ」

「う、うるせぇ! 設定とか言うんじゃねぇや!」

 

睨み合うふたり。オグリキャップはどうしていいか分からず思案している。

と不意に、ドン! という音が響いて床が揺れた。音の方向に3人が目を向ける。それは六平が杖の先で床を叩いた音だった。

 

「おめぇが編入してきたのは分かった。で、なんでここにいる?」

 

六平もおおよその理由は察していたが、こういうことは本人の口から聞かねばならないと思い、イナリワンに言葉を促す。

イナリワンは姿勢を正して六平へと向き直った。

 

「六平トレーナー! あたしをこのチームに入れてください」

「だそうだが、どうする?」

「ああ、いいと思う」

 

オグリキャップはあっさりと了承した。六平はニッと笑って視線をイナリワンへと戻す。

 

「歓迎するぜ、お嬢ちゃん」

 

 

 

 

 

―――――――――――――――――――――――

 

 

 

 

 

「ここでイナリワンがきたーーーッ! 内からイナリワン! 内からイナリワン! そのままかわしてゴーーールイン! 春の天皇賞を制したのはイナリワン! 見事期待に応えました!!」

ゴールラインを通過したイナリワンがピースサインで観客に応えている。初GⅠのプレッシャーなどなかったようだ。

「まさかあの()がオグリと同じチームに入るとは思いませんでしたよ。初G1で優勝とは、大したものですね」

「ああ、なりは小せぇが大した奴だよ。おっと、小せぇは禁句らしい。おめぇも気をつけろよ」

「なるほど。了解です」

身長はタマモクロスと同じくらいか。140センチあるかないかってとこだろう。

「次はオグリですね」

「ああ。ジョーもようやく合流したからな。後は任せて、俺は本来のチームに専念するとしよう」

カサマツ時代のトレーナーが無事に就任した。今はオグリを含めたチームメイトと一緒にスタンド前方でイナリワンを祝福しているだろう。

天皇賞を回避したオグリのローテーションが、暫定的だが決定した。宝塚記念、秋の天皇賞、ジャパンカップ、有記念と進めていくらしい。

昨年は名前を売るという目的もあって、かなりハイペースで出走していたが、今年はレースを絞っていくようだ。まあ、疲労がたまると思いがけない怪我を招くからな。G1レースは一瞬たりとも気が抜けない過酷なレースだ。六平さんはトレーナー生活が長いだけあって、怪我の怖さをよく知っている。

「そういえば、皐月賞は葦毛の()が取ったみたいですね」

「ああ、早くもクラシック三冠取るんじゃねぇかって噂になってるな。もしかしたら有記念にも出て来るかもな」

「だとしたら、有記念はもっと盛り上がりますね」

葦毛最強のふたりに、若い葦毛のウマ娘が挑む。

真・葦毛頂上決戦といったところか。

観客がウイニングライブを見るために移動を始める。

ウララが手を振りながらこちらに駆けて来るのが見えた。

 

 

 

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