古戦場の岩穿つ青 ~グラスワンダー、歴史を駆ける~   作:室星奏

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1章:2話 邂逅

「……」

「……」

 

 静寂が場を支配し、緊張感が身体中を伝う。歴史書で呼んだことがある。それが正しいのなら、私は今――彼の有名な将軍、織田信長の前にいる。

 ある事情を経て今私は腕を背中後ろに縛られ、その場に正座させられる。茶飲みの際は常に正座だったため、それは慣れている物の、後ろ手はさすがに痛くてたまらない。早い所解放してもらいたい所だが、相手が相手故にそうも言ってられないでしょう。

 

 なぜこのような状況になったか、それは体内時間の1時間前程遡る。

 

 ***

 

 山を全力疾走で駆けおりた私は、頂上に見えた建物を木々の後ろから間近で確認する。入口にはThe 侍と言わんばかりに武装をした人間二人と、私と同じウマ娘が二人。いかにも『私達は相棒です』と言わんばかりの構図だ。トレーナーでしょうか?

 それにしても、本物の甲冑? を見たのは初めてで、少し興奮を覚える。これぞ日本って感じがします。我を忘れたのか分からないが、気づけば顔を丸々覗かせて観察してしまっていた。

 なお、それに気づいたのは向こうが指摘してきた時だった。人間と会話していた一人のウマ娘が、こちらに気づき威嚇声を上げたのだ。さすがウマ娘、周囲の観察眼も鋭い。

 

「貴様ッ、何者だっ!」

「ハッ……しまっ」

「織田家の家紋無し、ウマ姫(うまひめ)と同じご容姿……今川の手の者か!」

 

 咄嗟にこれがヤバイ事態だとすぐに察しました。槍を握る男の手がいかにも強くなったのを視界に入れた刹那、私はすぐにそこから逃亡する。逃げは得意じゃないのですが……ッ。

 背後から『止まれッ!』という荒げた声が響き、後ろを振り返る。この時振り返っていなかったらば、私は確実に死んでいたでしょう。いつもの皆さんと再会する事なく。

 

 ビュッ!

 振り返り、眼前にとらえたのは弓矢でした。箆の部分が綺麗に削られた見事な竹、そして矢じりも刀が如く鋼で作られた見事な品でした。説明した通り、頭か背中に刺されば、致命傷は確実でしたが、何とか矢じりが頬を掠る程度で済みました。

 

(ッ……掠った?)

「クソッ、外したか! 敵ながら見事な観察眼……」

「私と同じウマ姫ですよ? そりゃ簡単には捕らえられませんって」

「感心してる場合か、逃がしたら殿に怒られるぞ!」

(……殿)

 

 振り返って次に驚いたのが、ウマ娘が男一人を背負って走っている事でした。確かにウマ娘はかなりの筋力がありますが、それでも甲冑を着た大柄な男を背負い走るなど、かなりの技倆と力を要す筈です。だというのに、彼女達はそれがさも当然であるかのような澄ました顔で、走っていたのです。

 そして何より、先ほどから彼らが語る『織田家』『今川家』、そして『殿』。この言葉、私は知っています。というよりも、今日の昼頃知りました。

 桜の木の下で優雅にお茶をすすりながら眺めていた日本の歴史書。そこに記された有名な将軍二人、そしてその二人の名を放ったという事は。

 

(戦国時代? でも、なんで……)

 

 放たれる矢を避けながら逃げ続ける。足場が硬く、凹凸が激しい山道の為、まるでダートを走っているような感覚だ。当然適性コースではない為、何度か転びそうになるが、やっとの思いで持ちこたえる。

 そもそも何で私がこの時代に飛ばされたのか、それすらも全く分からない。私が飛ばされる理由、今の今までに何かあったのでしょうか? 当然ながら私には思いつきません。

 様々な想いが交差した結果、ついに思考が混乱する。わたしらしくもありません。その結果、足元に意識が及ばず、凸部に足を引っかけ盛大に滑り転ぶ。もし今がレースだったら一大事です。最も、今は命がかかっているわけなんですけれど。

 

「そこまでだっ!」

「……ッ」

「いやー中々早いウマ姫だったね。ん、でも見かけない服してるね」

「何でもいいでしょ? とりあえず、主様。殿様の方へ連行しましょう」

「だな。立てッ!」

 

 無理やり腕を掴まれ、手を後ろに縛られた状態にし、私を無理やりに歩かせる。目指すは先ほどの旗が立つ建物。ここが戦国時代ならば、あそこは恐らく織田軍の陣でしょう。

 厳格な人物として広く知られている通り、少しでも気分を害させてしまった場合、私の命はほぼないと言っていいでしょう。

 一先ずは、落ち着く事。精神一到何事か成らざらん、何とかやり過ごせるといいのですが。

 

 ***

 

 そして時は戻り、現在に至る。

 建物の中に連れられた私は、そのまま殿と呼ばれる人物の元へと連行される。最後まで『殿』としか呼ばなかった為、結局誰なのかは不明だったものの、それに該当すると思われる人物の顔を見た瞬間、私はすぐに悟りました。

 この威厳、この覇気、間違いない、彼こそが殿――織田信長その人であるという事を。

 

「報告します。拠点付近を隠れて見ていた怪しげなウマ姫を捕らえました」

「……」

 

 そういえば先ほどから気になっていたのですが、この時代では私のような人種の事をウマ姫と呼ぶんですね。こんな状況ですが、中々風情ある呼び名だと思いました。

 

 殿は手で合図を送り、私を目の前に置くよう誘導する。問答無用で斬首されるのでしょうか? 平清盛程ではないですし、そこまではしないと思いたいですが……。

 互いに見つめ合う事数分、その間誰一人として口を開かなかった。なにかしびれを切らしたのか、ようやく信長様の方から口を開く。

 

「貴様、何者だ。名を申せ」

「……グラスワンダーと言います。この辺りでは聞かない名だと思いますでしょうが」

 

 名を聞いた瞬間、信長様はやはりと言いますか、怪しげに私を睨みつける。今の時代から推測するに、こう呼ばれるウマむす……姫はいる筈ないでしょうから。

 その視線は私の全身を痺れさせるには十分すぎる程の威厳を放っていました。どれだけ正座しても大丈夫な私が痺れるなんて、彼はどれ程のカリスマ性を有しているのでしょうか。生で感じてわかります、それは想像の2倍。いえ、それ以上でしょう。

 

「我は今、今川軍との戦時中にして、好機を探っておる。その最中、貴様が現れた。今川軍の差し金か?」

「……違います」

「じゃあ何故、我が陣を隠れて見ていた? 申せ!」

 

 たった三文字の言葉を、強めの口調で言い放たれる。全身に鳥肌が立ち、額から汗が溢れる。まるで一本の線の上を渡っているかのような緊張感。これほどですか、信長様は。

 ここに来た経緯を話せばいいだけの問答。しかし、私は口を開けない。言うのは容易いが信用の問題です。ここで平気に『未来の時代から知らない理由でタイムスリップしてしまったようです』と口にした場合、果たしてそれを信用してくれるでしょうか? 信長様じゃなくとも、それは信じれない話だと思います。私が敵か否かを判断しようとしているこの状況ならば、なおさらのことです。

 故に私は黙るしかありません。言えないと正直に言ったとしても、その結末はきっと変わらないでしょう。

 

「言えないか?」

「……恐らく、信じてはくれないでしょうから」

「……」

 

 信長様はすくっと立ち上がり、背後にあった刀をガシッと掴む。ああ、成程、どちらにせよ私は詰んでいたという事でしょうか? 命のチェックメイト。ふふっ、上手いですね。っと、冗談を言っている場合ではありません。

 

「これを見ても、まだ答えられぬか……」

「……ッ」

「ま、待ってくださいっ!」

 

 刹那、信長様の背後でその様子を眺めていたウマ姫がそれを制止させます。なんて肝が据わった子なんでしょうか、相手は信長様ですよ?

 その子は長く美しい黒髪をたなびかせ、金色の瞳を持ったウマ姫でした。現代のウマ娘からしても、その身体は非常に整っていました。レースに出たら、どれだけ注目を浴びる事か、それは想像に容易いでしょう。

 

 その声に気づいたのか、信長はクルリと振り返り、そのウマ姫の名を呼んだ。

 

「どういうつもりだ、白石鹿毛……」

 

 結構かっこいい名前ですね。

 

「その者には、今川家の家紋がついておりません。いつ、いかなる時も、私達ウマ姫の武装には、忠誠の為に仕える者の家紋をつけるのが習わし。それなのに、彼女はどこにも家紋がついておりません」

「……ふん。じゃあこの者は何だと申す?」

「それは本人にしか知りません。しかし、私は少なくとも彼女は敵ではないと思います。……ウマ姫の、勘って奴ですけれど」

 

 私に代わって、彼女が色々な事を弁明してくれました。そもそも、この世界にはそういうしきたりがあったのですね。ああ、さすがは大和の国です。感心してしまいました。

 信長様はそれを聞くと、深いため息をつき刀を戻す。私に対する視線は変わりませんが、何とか危機は免れたようでホッとしました。

 

「敵影視察もある。これ以上の時間は無駄だ。白石鹿毛、こやつを物置の中に入れておけ。監視は貴様に任せる」

「……了解です。さ、立って」

 

 背後へと周り、再び立たされる。周囲の家臣からの視線も同様に鋭く、まるで『今すぐにでも斬り捨ててしまえ!』と言わんばかりの忌み嫌ったものでした。その様子にビクビクしてる私を見たのか、白石鹿毛と呼ばれたウマ姫はふふっと苦笑する。

 

「何ですか?」

「いや、別に。助かっただけよかったじゃん」

「……ありがとう、ございます」

 

 彼女は『いいよいいよ』といって、信長様達がいた部屋を後にする。そして物置の蔵へと案内される間に、この世界の現状について簡易的だが教えてくれました。

 予想していた通り、今は織田軍と今川軍による戦の真っただ中。兵の差も激しく、それをひっくり返せる程の好機を今待っているとのことでした。故に、私みたいな怪しい人を見ると、すぐピリピリしてしまうのだとか。

 成程、納得です。

 

「はい、ここね。鍵はないけど、私が前にいる事、忘れないでね。出た瞬間斬首だよ?」

「……はい」

「うん、いい子だね。……人気のいなくなった夜あたりに、ちょっと話しましょう?」

「え?」

 

 彼女はそう、小声で伝えて扉を閉めた。空模様の景色から、太陽が沈むまであと3時間といった所でしょうか。

 しかし、一先ずは安心しました。彼女が優しい人で良かったです。私はちょうどいい椅子を見つけ出し、そこにゆっくりと腰かける。短時間で色々な事があって、とても疲れました。

 

 ……皆さん、元気にしているでしょうか? エル、会長……あっちの仲間たちの顔を静かに思い浮かべながら、私は静か目を閉じた。




白石鹿毛ってかっこいい容姿だけど、とても明るい子だと思うんです。
信長の対比、的な。いいですね~(自己満足)

古いウマ娘の呼び名とかわかんないよー! とりあえずウマ姫にしましたけど!
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